●リプレイ本文
●対峙するその前に
静寂が支配する山の上を、謎の雲が音もなく動く。これこそが山羊型キメラの居場所を知る手がかりなのだ。
背の高い雑草に紛れ、遠巻きに敵の様子を伺う杉森・あずさ(gz0330)は、後ろに控える仲間たちに声をかける。彼らもまた移動する雲を追って、ここまでやってきた。今は戦闘の準備を整えている最中である。
「整備された道が一本でもあれば、山登りも楽だったんだろうけどね。ま、その辺はキメラを恨むがいいさ」
あずさの視線は、ずっとAU−KVを装着しているガル・ゼーガイア(
gc1478)に向けられた。少年は「俺だけならいいんだけどよ」と言わんばかりに、何気なく同じ姿で隣にいるドリル(
gb2538)を見る。獣道だらけの山の中をバイク形態で持ってくるわけにはいかず、やむなくふたりはAU−KVを装着してやってきた。
控えめだけど心優しい鳳 つぐみ(
gb4780)はそんなドラグーンたちを励ましながら、自分も懸命に登山した。
「ガルお兄さん。ドリルお姉さんも、がんばって、くださいね‥‥」
そんなやり取りを聞いてか、素朴でおっとりの八尾師 命(
gb9785)も「大変そうですね〜」と語る。しかし到着してしまえば、もうこっちのもの。ダンディーな木場・純平(
ga3277)が鋼鉄の肩を叩いて、それぞれを激励する。
「何も緊張することはない。いつも同じだ。自分のペースで、じっくりやればいいさ」
その励ましの声は後ろに控える『道化』ことレインウォーカー(
gc2524)の耳にも届いた。彼は自嘲気味に笑う。
「怖いか、道化ぇ。怖いのなら乗り越えろぉ。それが能力者だ‥‥」
その言葉どおり、刀を持つ手が震えている。それを見て、黒崎 裂羅(
gc1649)が不気味な笑みをこぼした。
「雷‥‥そうか雷か。いいねぇ、今宵も楽しい宴になりそうだ‥‥ククク」
同じ笑いでも、こうも違うものなのか。レインウォーカーは裂羅を見て、また自嘲気味に笑い出した。
そんな個性的な面々の中で、クールに振る舞うスナイパーがファファル(
ga0729)だった。彼女は自分で手配した地図を広げ、あずさの情報と照らし合わせる。確かにこの場所は開けていて、戦闘をするのに適していた。
「なるほど‥‥このあたりがちょうどいいのか」
「そうだね。キメラのいるところを中心に展開すれば、そこそこ戦いやすいと思うね。さて、準備はいいかい?」
ファファルが仲間を見渡す。準備はほぼ完了。それぞれが武器を手にし、いつでも打ち合わせどおりに動き出せる。つぐみは手に布を巻き、準備した長い鉄の棒を持った。これが彼女の秘策。避雷針で雷弾を無力化しようというのだ。
「いよいよ、戦いのゴングだね」
何気ないドリルの一言でみんなの心に何かが響いたのか、それを合図に一斉に山羊型キメラに向かって草むらから飛び出した。
●雷鳴と喧騒
自分に害をなす能力者が群れで現れたことで、キメラは自らを奮い立たせるためにも雄々しく吠えた。頭上の雲はゴロゴロと音を立て、今にも雷が落ちてきそうな雰囲気を醸し出す。そんな些細なことだけでも、少し不安になるものだ。
一連の様子を伺ったガルは「敵に感づかれた」と判断し、竜の翼を発動させる。脚部にスパークを走らせ、一気に間合いを詰めた。それに続くのはハルバードを持った裂羅、そして刀を持ったレインウォーカー。この3人は前衛であると同時に、囮役も兼ねている。この時、レインウォーカーが「山羊の視界は広いから、要注意ぃー」と声をかけ、味方に警戒を促した。
後衛に陣取るファファルが挨拶代わりに、胴体めがけてスナイパーライフルで数回の射撃を行う。これが的確にヒットし、うまくキメラの気を引いた。ドリルは竜の息を使うことで、射程を伸ばして射撃を試みる。スパークの帯びた腕の先にあるのは、真デヴァステイターだ。銃口から放たれた弾丸は、山羊の体を的確に捉えた!
「キメラの視界が気になるところだけど‥‥ここは足止めに専念すればいいかな」
ドリルの言葉に木場は「そういうことだな」と頷きつつ、クルメタルP−38の射撃を二度行い、そこから接近。放たれた弾丸はすべてキメラの体に吸い込まれるように命中するが、外しても特に問題はない。彼は距離を詰めた。敵の前で暴れながらの囮役は若い者にお任せとばかりに、すかさず背後に回りこむと、武器をクラッチャーに換える。
つぐみは覚醒し、長く伸びた髪をなびかせながら鉄の棒を持って前進。そして敵の目の前に、鉄の棒を深く突き刺す。せっかく用意した避雷針を倒されると面倒なので、つぐみはその場に留まって敵の攻撃に備えた。
「あれだけ大きな角だと硬いと思われますので、先に弱体化しますよ〜」
前衛が顔を揃えたところで、命が超機械を駆使してキメラに練成弱体を、さらにはつぐみとガルの武器に練成強化を施す。折る気満々の裂羅とレインウォーカーが後回しにされたことに不満を漏らすが、命はいたってマイペース。
「私の住んでた村では、なんでも女性が優先されましたよ〜」
「クク‥‥この期に及んでレディーファーストか‥‥」
「悔しい、ちょっと悔しい‥‥女じゃない男の俺が、ちょっと悔しい‥‥」
ちょっとよくわからない悔やみ方をするふたりの逆鱗に触れないよう、ガルは戦闘に集中する素振りを見せる。
能力者たちのかく乱作戦が功を奏したのか、山羊型キメラは場当たり的な攻撃に終始した。ガルを前足で、木場を後足で蹴り飛ばそうと攻撃。ガルはわずかにダメージを負ったが、木場はこれを避けた。
「ぐっ! なかなかやるじゃねぇか!」
「メェェェェ‥‥メェェェェ‥‥」
ガルの強がりに応えるかのように、キメラの不気味なうめき声を響かせた。しかしその攻撃は、いわば前菜。強力な一撃はまだ繰り出されていない‥‥と、誰もが警戒を強めたその時だった!
「メェェェェェ!」
山羊の一鳴きで頭上から青白い雷が落下した‥‥が、あずさの報告にあった雷弾はどこにも発生しなかった。あの恐ろしい破壊のパワーはただの鉄の棒に吸い込まれ、この大地のどこかに消え失せてしまう。
「メ? メメメ?」
自分の角に帯びるはずの力が消え去り、不思議そうな声をあげるキメラ。膨大な力が蓄積されるから、せっかく体をがっちりと支えていたのに‥‥敵の動揺は広がるばかりだった。
能力者たちの頭脳プレーはチャンスを生んだ。ここから一気呵成の攻撃が展開される。
ファファルは周囲の環境にも気を配りながら、射撃でサポート。その傍で、あずさが双眼鏡で敵を観察している。
「避雷針の作戦がうまくいったみたいだね。周囲に被害もないみたいで安心したよ」
「あとが媒体となり、強力な打撃ともなる角が折れれば問題なさそうだな‥‥」
彼女はチャンスがあれば、狙撃での角の破壊を狙っている。キメラに情は不要。スナイパーの目が青い光を放つ。
ドリルは竜の爪と竜の瞳を使い、AU−KVにスパークを巡らせながら強力な射撃を見舞う。山羊の悲鳴が周囲に轟く。
「これは戦闘だ。ボクがやってるプロレスじゃない‥‥つまりは一方的な展開でも構わないのさ」
勇ましい女性の活躍が続く中、命は献身的な行動をする。まず、ダメージを受けたガルに練成治療を発揮した。ついでに裂羅と道化の武器に練成強化を飛ばしてサポート。これに気をよくした裂羅が、ハルバードを大きく振りかぶった!
「散るがいい。己の運命を悔やんで‥‥ヒャハハ!」
いきなり渾身の力で角を狙うかと思いきや、意外にも初手は足をなぎ払っただけ。しかし惜しくも、奇手は実らない。その後は槍の部分を使って眉間をチクチクと狙い、敵の消耗を誘う頭脳プレー。こちらは的確に攻撃を命中させた。レインウォーカーも真正面から戦わず、死角からの攻撃に徹し、疾風を使って回避にも備えるという冷静さを見せた。
「援護よろしくぅ。行くよぉ、木場」
「いいだろう。しかしあのふたり、思ったよりクールだな。サドなんだろうが‥‥」
そんな感想を述べながら確実に打撃を当て、鼻の頭に攻撃する際に急所突きを使って強力な正拳突きをおみまいした。
「メグシャ!」
「まだまだ。かわいいお嬢ちゃんが待ってるんだ。受け止めてあげるんだ」
木場がキメラの正面からさっと離脱すると、そこには猛然と突っ込んでくるつぐみの姿があった! 彼女はすかさずジャンプし、ロエティシアで敵の額を攻撃。敵が怯むと同時に、頭を抱きかかえるように押さえつける。
「くっ‥‥‥‥‥!」
覚醒後は黙々と戦うつぐみの姿は、いつもとは違う圧倒的な存在感を放っていた。
少女は角に触れないように注意しながら、がっちりと押さえ込んでいるが、いかんせん山羊とは明らかな体格差がある。これをずっと維持するのは難しいのは、誰の目にも明らかだ。いち早く撃破するしかない‥‥ここでガルが吠える。
「おらおら! 俺も全力全開で行くぜ! つぐみの作ったチャンスを無駄にはしないっ!」
先ほど攻撃を受けたので念のために竜の鱗を、そしてチャンスをモノにするために竜の爪の効果を発揮。淡い光とスパークを身にまとい、リンドヴルムはバスタードソードを振りかぶって角を折らんと攻撃する!
「これでガクッと膝をつきやがれ!」
気合い十分の攻撃だったが、キメラも生命の危険にさらされると身をよじって回避を試みる。両者必死の攻防。結果、ガルの攻撃は一発だけ命中したに留まり、角を折るまでには至らなかった。ガルは素直に悔しがる。
この様子を冷静に見ていたのが、仲間たちだった。裂羅やレインウォーカーは自分で折る気満々だから、内心ホッとした。いろんな冷静さが垣間見えるこの戦いの中で、ファファルはもっとも警戒すべきポイントはまさに今だと捉えた。
●角折り大作戦
つぐみが懸命に頭を押さえ込んでいるとはいえ、キメラの攻撃手段をすべて封じたわけはない。雷弾を乱発できないとはいえ、ご立派な角を振り回す攻撃もそれなりに脅威である。うなり声が不気味に響いた。
敵はつぐみを乗せたまま巨大な角を振り回し、木場と裂羅を貫かんと暴れまくる。しかし、これも木場には命中しない。裂羅は防御したものの、わずかにダメージを負うが、それでもなお笑みを浮かべた。もはや、キメラよりも不気味である。
「げふっ‥‥なかなか痛いじゃないかい‥‥だが、まだまだぁ!」
その挑発でいらだったのか、山羊は再び雷を角に蓄えようと試みるが、願いむなしくまたしても避雷針へと逃げていく。
「メメメ? メェェェェェ!」
「ここまで思い通りにいかないと、ストレスは半端ないだろうね。あのキメラも」
あずさの語りに耳を傾け、それぞれに含み笑いを見せつつ、後衛に控えし乙女たちは最後の仕上げに取りかかっていた。
つぐみを無事に救出するには、キメラの撃破が最優先。命は木場のクラッチャーに練成強化をかけてバックアップする。
「あとはお任せしますね〜」
「任された。すばやくトドメを刺そう」
木場はそう答えると、すばやいパンチの連打で山羊のお尻をサンドバッグよろしく殴りまくる。
このタイミングで狙撃手が角を狙った。ファファルだ。両方の角の根元に数発の射撃を繰り出し、これを見事に命中させる。この攻撃で角は根元からひびが入り、いよいよ破壊寸前にまで追い込んだ。
「メェェェェ‥‥」
「チャンスだな、行くぜ‥‥!」
弱々しい声を漏らすキメラの姿を見たレインウォーカーが、円閃で一気に両方の角を折ってしまおうとした。
「これで終わりにしてやる‥‥!」
強力な一閃は命中するが、まだ折るには至らず。そこに裂羅が渾身の一撃を振り下ろすと、ついに右の角が砕け散った!
「さっきまでの姿‥‥美しかったぞ」
そしてガルが大剣で残った方を狙うと、こちらも粉々に砕ける。そしてお役御免のつぐみを抱きかかえてキメラから距離を置いた。角が折れて力を失ったからか、頭上の雲はゆっくりと霧散して消えた。その場に残された山羊も立ってるのがやっと。それを見たドリルが、容赦なく銃撃を浴びせたところで勝負あり。キメラは力なく地面に伏し、そのまま動かなくなった。
「ノックアウト‥‥だね」
見事な試合運びで、能力者たちが勝利を収めた。地面からまっすぐ空に伸びる鉄の棒のような意志が、敵に勝ったといえよう。
●山の平和と少女の願い?
戦いの後、あることが原因で楽しみを奪われたガルと命が嘆息した。
原因は敵の角である。あまりに立派な角ということで、折れたのを持ち帰ろうと考えていたらしい。ところが折ったと同時に砕け散ったものだからたまらない。もはや形を成さない角の欠片を手に、ガルは肩を落とした。
「こ、こりゃ予想外だったぜ‥‥し、仕方ない。俺も男だ。素直に諦めるぜ‥‥」
「私は欠片だけでも持って帰ります〜。記念になりますしね〜」
命はささっとポケットに欠片を詰めると、裂羅に駆け寄ってさっき受けた傷を救急セットで治療する。
ちなみに裂羅とレインウォーカーは、キメラが生きてる間に角が折れたということでたいそうご満悦の様子だった。
木場とドリルは格闘技やレスリングの話で盛り上がっている。ドリルが彼の戦闘スタイルを見て、自分から話しかけたらしい。今ではすっかり熱を帯びたトークを展開するほどで、木場も汗を拭いながらではあるが、話に熱中しているようだ。
ファファルとレインウォーカー、そしてあずさは3人で並んで、平静さを取り戻した山の空気に触れている。不自然な曇りもなく、忌まわしき雷光もない。大自然の胸に抱かれながら、ファファルは戦闘後の一服を楽しんでいた。
「ふむ‥‥なかなかいいものだな。プライベートでまた来るか」
「悪くないなぁ、こういうのも」
まんざらでもないふたりを見て、あずさは「いつでもおいでよ」と笑顔で声をかけた。
つぐみは自分で地面に刺した鉄の棒を回収している時、倒したキメラを見て思わずつぶやいた。
「ジンギスカン‥‥」
必死に戦ったからか、すっかりお腹が空いたらしい。その何気ない一言を、なんと命が聞いていたのだ。
「つぐみさんは〜、この後、ジンギスカンが食べたいんですか〜?」
「あっ‥‥命お姉さん、そ、その‥‥」
何気なく話す命のセリフを聞き、つぐみの欲求はみんなの知るところとなった。山羊だからジンギスカン。納得の連想だ。あたふたするつぐみを尻目に、話はみんなの間でどんどん盛り上がり、下山した後でジンギスカンを食べることが決定する。
「えっと、あの‥‥その、すみま、せん‥‥」
何か謝らなきゃいけない空気になったと思い、つぐみは頭を下げる。しかしここでも命が素朴な疑問を投げかけた。
「食べたいんですもんね〜、つぐみ様は〜」
「あ、う、う‥‥は、はい‥‥」
だったら何も問題と、みんなは大きな声で笑った。厳しい戦いを終えた後も、楽しい時間を過ごせるようだ。