タイトル:機械仕掛けの罠マスター:聞多 薫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/06 08:26

●オープニング本文


 軍の護送ヘリにより、ラスト・ホープ内の小島に広大な敷地を有するカンパネラ学園へと降り立った女医・神楽坂泉美(かぐらざか・いずみ)は、割り当てられた研究棟の自室を一目見し、業者に荷物を搬入させた後、積み上げられた段ボールの一つに座りながら文献を整理していた。
 臨床医師として、また遺伝子解析分野での能力者研究を依頼されて着任した彼女だが、人類の敵たるバグア、急速にもたらされた技術革新、能力者、全てが既存分野の範疇を超えており、分からないことだらけと言っても過言ではない。

 彼女が特に問題としていたのは、この技術が医療倫理を超えた所に存在する事である。
 エミタ移植術の誕生より二年弱。人体に与える影響は未知数。
 これ程に大掛かりな医療行為故、その副作用の発現や再発の可能性を危惧し、治療成果を判断するのに最低五年は経過を見守るべきであると考えたが、しかしながら、崖っぷちにあった人類にはそのような余裕も時間もなかったのである。

 エミタ移植術は、人類を謎の有害知的生命体バグアより救う禁断のシステムは、神の与えた知識の実か、それとも人類の楽園追放を画策した悪魔の誘惑の実か――。
 この疑問こそ、彼女がここカンパネラ学園を訪れた理由である。

 無論、生徒を実験動物の様に扱う事は無論許されない。
 学園に赴き、学生に相対する時は、名目上、そして実質的にも保険医として振る舞う事を確約されていた。

 この学園に専任として、確か一つか二つ程年上の保険医がいると聞いており、挨拶を済ませてしまおうと考えた彼女は、鏡の前に立ち髪や衣服の乱れをチェックする。
 受話器を手に取り、インフォメーションデスクの番号を確認している最中、カチっと起動音がして、電話の内線ランプが点灯を始めた。
「保険のせんせーい、実習中に生徒が怪我をしてしまって、すぐきてくださーい」
 有事の際には、こうして医療関連スタッフ全員に伝達が来るのであろうか。それとも前述の専任保険医が別件で不在だった為の呼び出しだろうか。
 受話器の声の背後から苦痛の呻きが聞こえてくる。調理実習で指を切った程度の話ではなさそうだ。
平和に見えるこの学園も、軍事士官学校なのだと再認識しつつ、即座に白衣を羽織り、診察器具を抱き寄せ、出発の体制を整えると、焦る相手に最重要項目を伝えた。
「保険の先生ってゆーな。保険の先生って」

――カンパネラ学園・地下一階――
 
 研究部開発のキメラ型機動兵器を相手に、比較的安全に戦闘訓練が出来る施設がある。
多くの新入生たちにとって、能力を使う事は不安よりも高揚感が大きく、ゲーム感覚で技能を伸ばせるその施設は、人気スポットの一つとなっていた。
 だが、そんな浮ついた雰囲気が事故に繋がったのか、キメラ型訓練兵器の打撃により、負傷した生徒が出たらしい。
 急いで現場に向かえば、男子生徒が蹲っており、それを同級生達が取り囲んでいた。
「あ、せんせーい」
 急いで来た為に息を弾ませつつ、身を横たえている男子生徒に状況を聞いた後、患部触診を開始する。彼は問診にもハッキリ答え、意識レベルに問題はない。どうやら、大した怪我ではないようだ。
 すぐ傍らで動作中止しているキメラ型ロボットを見るに、こんな機械に殴られて、この程度の負傷で済む筈がなく、能力者という存在に今更ながら違和感を覚える。少しの嫌悪も感じたかもしれない。
 研究対象としては、申し分がない存在であった。
「全然大丈夫、ただの打撲だから。少し頭を打ってるかもしれないから、保健室にいらっしゃいな。そこで少し経過を診ましょう」
(「そう、診察室でじっくりと観察しましょう」)

 その時である。
 ギギっ、と軋んだ音を立てて、キメラ型演習兵器が動き出した。
 女医がそう認識した時には、機械の猛獣は既にその前足を振るっていた。

 不意に過剰な力で打ちのめされた女子生徒が壁面に叩きつけられ、ビクビクと昏倒する。

 予期せぬ惨劇。

 静寂を破った誰かの――それは女医本人のものであったかもしれないが――悲鳴が響き渡り、それを合図に館内は大混乱となった。

「止めろ! 止めろ!」
 緊急停止を試みる技術者達をあざ笑うかのように原因不明の破壊を続けるロボット。
 その衝動的で獰猛な動きは、宛ら本当のキメラが乗り移っているかのようだった。

 周囲には、別カリキュラムを受けていたグループや、自主練をしていた在校生、研究員、施設を利用しに来ていた聴講生。多数の生徒や内外関係者が散在し、今もなお危険に晒されていた――。

●参加者一覧

ウォンサマー淳平(ga4736
23歳・♂・BM
鉄 迅(ga6843
23歳・♂・EL
藤堂 紅葉(ga8964
20歳・♀・ST
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
ミク・ノイズ(gb1955
17歳・♀・HD
エル・デイビッド(gb4145
17歳・♂・DG
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
カイ・ニシキギ(gb4809
18歳・♂・EP

●リプレイ本文

「怪我人、子供は先に外へ!」
 悲鳴や足音が騒然と響く中、耳に聞こえるのは、事態を察知して素早く対処するカイ・ニシキギ(gb4809)の声。
「武器を持ってねぇ奴は、怪我人抱えて下がれ!」
 頼もし気な指示を飛ばしているミク・ノイズ(gb1955)へ視線を向け、女医は機械の猛獣に睨まれ、身動き一つ出来ずにいた。
(こっちにきてよーっ!)
 偽キメラの迫力に、診察中だった男子に彼に縋り付いた姿勢のまま腰が抜け、声も出せず、下着を湿らせている有様である。
 恐怖は連鎖し、秩序は崩壊の一途を辿り、皆我先にと出口に殺到する。
「この程度でパニックってるんじゃねぇ! それでもお前らは能力者か!」
 脱出口付近で避難者を一括したミクは、秩序を保とうと努力し、子供を押しのけ逃げ出そうとする輩を相手に殴り合いまで演じるが、中々混乱は収まらない。
 マニュアル通りの対処で効果がなく、右往左往する技術班にも怒声が響く。
「ええい、非常停止も出来ないメカを作るな。もう無駄だ、さっさと逃げろ」
 レベッカ・マーエン(gb4204)の主張は、尤であった。
 小さな子の手を取り、大人と手を繋がせペアにして避難させる機転を利かせていたカイは、ホール全体を見渡した。
「練習の機械相手にパニクるなっ、すぐに止める!」


 キメラ型兵器の傍には女医と男子生徒。周囲には標的となる生物は居らず、二人に向け攻撃動作にはいった機獣の頸部に金属音を伴って火花が散る。
「お前の相手はこっちだ。解体してやるよ」
 銃口から硝煙を上げるハンドガンを構え、髪を掻き上げて指招きした藤堂紅葉(ga8964)は、更に二発三発と銃撃を続けるが、疑似キメラは牽制を意に反さず、標的から視線を外さないまま前足を振るった。
 その一撃を寸前で受け止めたのは、盾を構えたAUKV(エル・デイビッド(gb4145))の雄姿。
「そーいえば始めて倒したキメラもこんな奴だったかな? いい動作テストになりそ♪」
 陽気な声で対処しているが、キメラのパワーに押され、膝が折れそうになる。
 鉄迅(ga6843)は情報収集よりキメラと力比べをしているドラグーンの援護を優先した。
「故障? それとも‥‥? どちらにしたって、今は!」
 駆けつける勢いそのまま、飛びあがり、白い光を纏った腕で渾身の打撃を見舞う。
 機獣は堪らずターゲットを彼に変え、姿勢を入れ替え怒りに唸った。

「‥‥ん。動ける? ダメなら。背負う」
 いつの間にか女医の傍らに、人形のような少女(最上憐(gb0002))が立っている。
 彼女は、女医が固まっているのを見て、返事を待たずして二人を抱き、身軽な動きで出口付近へと搬送する。大の大人でも出来ない芸当である。
 キメラの迫力と、能力者の力。そして小学生程の子供が、能力者とは言え危険を押して救出に動く事全てにカルチャーショックを受け、呆然としている女医を、心配げに最上は覗き込む。
「‥‥ん。気休めだけど。応急処置する。じっとして」
 少女は女医を抱えた時の湿りを出血と思い、徐に彼女の下腹に手を当てた。
「ち、ちがっ!?」
 それが気付けとなり、多少思考を取り戻した女医は、少女に男子生徒の治療を頼んで立ち上がり、周囲に目を向けた。
 有志が避難を誘導し、キメラに取り付いた数名が、それを避難口から引き離している。
 そのどれもが、プロの軍人然としている訳ではない、自分よりも若く見える『能力者』であった。

「ちょっと、いいか?」
 ウォンサマー淳平(ga4736)は、担当と思われる技術者を捕まえ、思考が必要な暴走の理由はあえて問わず、構造上の弱点や、動きのパターンと云った知識的な情報だけを聞き出した。
「よっし! 俺も混ぜてもらうぜ! 機能中枢の胸部を壊さず、側方より四肢を破壊して!」
 既に戦闘をしているメンバーに声を張り上げ、大槍を構えて突撃姿勢を取った後、ひょいっと振り返る。
「最後に一つ。アレ、保険入ってる?」
 真っ青になっている研究員に、壊しちゃったらごめんね、とおどけた後、獣人と化した彼は、大槍をブルンと振りまわしつつ、キメラの前面に躍り出た。
「俺の妙槍、お代は見てのお帰りってね」

 指示を聞いた紅葉は、自ら接敵し、至近距離からの銃撃を見舞うと、武器を持ち替え左後足の装甲の隙間に剣を付きたてる。
 時間との勝負、防御を捨てた超攻撃的なスタイルで臨んだ結果、キメラのバックキック食らい、剣を残したまま宙を飛んで機材に激突する。口の中に生暖かい血の味が広がった。
「いいねぇ‥‥この痛み、ゾクゾクするよ!」
 嬉々として立ちあがった紅葉の視界に、この光景を冷静な目で見守る白衣の男性が映ったが、この時はそれを特別に意識することはなかった。

 前衛を二分し、エルは側面よりその右前足を狙う。敵の攻撃を防御した後、確実に槍を突き立てていく。
「肉を切らせて、骨を断つ‥‥っていうんだっけ?」
 作戦の通り機獣は確実に弱りつつあった。

 レベッカは技術者を退避させ、メカキメラ本体を破壊せずに停止させる方法を模索していたが、他メンバーが四肢を破壊して停止させる方向へ動いているのを確認し、頭を切り替える。
 見据えた先では、攻撃を集中されて脚部を損傷し、体を震わせ、文字通り手負いとなって大暴れを始める機獣の姿。
 その様相は、キメラの魂が機械の中に入り、損傷を痛がり、自由に動かない機械の体に苛立っている様でもあった。
「そんな、ありえない‥‥」
 キメラの挙動に愕然とする研究者を横目に、レベッカは目を細める。
 彼女の中で一つの仮説が立ち、四肢破壊が原因究明の妨げにならないと判断すれば、味方の後方に駆けつけ、瞳を黄金に輝かせた。
「スキルでサポートする、キメるのダー!」


「悪いが誘導を変わってくれ。怪我人を運び出す」
「‥‥ん。こっちは。片付いた。手伝う」
 自ら動ける者の避難はほぼ終わり、ミクは近場にいた平静な人間に場を頼み、憐と一緒に怪我人の救護にあたる。キメラに直接攻撃を受けた者は少ないが、パニックの中で怪我をした者達がまだ脱出口付近に寝かされる形で残っていた。
「もう大丈夫だから。さあ、立って」
 カイは怯えて動けない一般人の肩を叩き、笑いかけて動揺を緩和する。そして危険なホール中央に残っているのが関係者のみと見れば、研究機材の保護に向かった。


「右後足、戴きだぜ!」
 肢部破壊に成功した迅が叫ぶ。
 残りの脚部も装甲が捲れ、人口筋肉は断裂し、電気系統と膝関節がむき出しとなっており、事態の収拾は時間の問題かと思われた‥‥その時であった。
 機獣は、それを模した生体兵器としての特性を現し、自らに纏わりつく能力者の存在を無視し、三本脚で突進を始める。脱出口へ向けて──。
「逃げ出すのか?」
「いいや、違う!」
 狙いは怪我を負って動けぬ要救護者達。
 自らの命が尽きると判断した偽キメラは、一つでも多くの生命を奪う事を最優先として行動を開始したのである。


 能力者の覚醒と、そのパワーを目の当たりにした女医は再び立ち尽くしていた。
 彼等は人間だが、その身体においては既に別の存在となっている。
 人の心に人ならざる身体。このミスマッチは果たして彼等の精神を危険へと導きはしないだろうか。
 一般人にしても、今は英雄だ、ヒーローだともてはやしているが、この戦いが終わった後、能力者達に対して、果たして脅威を感じずに歓迎していけるだろうか。
 やはりエミタ移植など、間違っていたのではないか‥‥。

「死にたいのか!」
 一人呆然と立ち尽くす白衣の女性を見て、救護に動いたミクはその『能力者を怪異と見る目』を見て、彼女の眼前に仁王立ちとなる。
「‥‥嫌な目つきだねぇ‥‥私は‥‥!」
 ミクが激昂したのは、元来の粗暴さだけでなく、孤高を気取っているが、本当は寂しがり屋、そんな内面故なのかもしれない。
(私は人間さ。能力者を人と思わない奴なんかよりよっぽどね!)
 そう告げようとしたが、暴走状態となったメカキメラが避難口へと突進してくるのを感知し、舌内して会話を打ち切り、立ち塞がる。
 避ける事は出来た。しかし背後には女医や、搬出を待つ怪我人達が居た。
「てめーの相手は、あっちの連中だっての!」
 車に跳ね飛ばされるように、ミクの身体は弾かれた。
 カイも飛び出し、その暴走線上にいた女医を抱き締め、盾となって共に吹き飛ばされた。


 AUKVをフル稼働させ、追いつき回りこんでキメラを受けとめたエルは、その爪先から火花を飛び散らせ、突進を食い止める。オーバーヒートした回線の焦げた香りが彼の鼻を突いた。
「‥‥また修理が必要かな、コレは」
 皆が鈍化したキメラに向けて飛び込む。
「させるかよッ! 出力最大! 身体のことは‥‥後で考える!」
 迅の全身に錬がラインとなって浮き出り、その流れは右手に束となって集約する。
「電装系に過負荷を与えれば‥‥超機械α、発動!」
 レベッカがSES搭載超機械を振りかざし。
「全弾、撃ち尽くすよ! イッちまいな!」
 紅葉はトリガーを引く。
 グラリ、泳いだその巨体に、淳平が横一閃に槍を薙いだ。
「これで決まりだ‥‥墜ちろ!」
 総力を結集させ、ついにメカキメラは四肢の支えを失い、脱出口まで数メートル迫って崩れ落ちる。
「‥‥ん。まだ。動いてる。しぶとい」
 ヴヴヴ‥‥と細動していたキメラの頭を、憐がぽかんと叩くと、それは完全に沈黙した。


「ちょっと‥‥キミっ!」
 カイを揺さぶる女医に対し、彼は笑って身を起こす。
「‥‥俺は治るから、ヘーキ」
「なにバカな事‥‥」
 彼の衣服を捲りあげた女医は、その打撲痕が倍速巻き戻しで戻っていく光景に絶句する。
 治癒能力を見た目の前の一般人がどう思うかは気にせず、自らを直し、早々に救助活動へ戻ることをカイは選んだのだが‥‥案の定、それを見守る女医の目には驚愕の色が映っていた為、彼は苦笑した。
 寂しい気持ちがないと言えば嘘になる。
 不意に女医がその患部に触れ、意外なソフトタッチにカイは驚いたが、それが触診と分かって安堵した。
「い、痛い?」
「平気です」
 彼女なりに気を使っての行為なのだろう、そう思えばカイは立ち上がり、やれる事を探してきます、と女医の元を離れた。
「‥‥」
 若い男子の肌、その感覚が残る手の平をぼんやりと見つめ、ようやく女医も腰をあげ、医療スタッフと合流した。



 事態は沈静化し、事後処理が始まる。
 その場に居合わせた技術者も集まり、原因究明や現場検証に参加したが、メカキメラ関係者は、担当者一人だけであった。

 破損したAU−KVを脱装し、やれやれ、と肩をすくめるエルは、多少の恨み事を込めて技術班に問い合わせる。
「整備不十分で誰か怪我させた、ってなると大問題になるみたいだから、もちろん手抜きなんてしてないよね?」
 担当者は慌てて首を振り、それを否定する。
「悪意を持った誰かに引き起こされた、なんてことじゃ無いと良いんだけど‥‥賑やかな学園だって聞いていたけれど、こいつはシャレにならないな」
 機械を見下ろし、自らの心配が杞憂である事を願う淳平に、エルも賛同して溜息をつく。
「校内でも騒ぎなんてね、どこで休めばいいのやら……こういうのは、もうなしになるといいんだけどねぇ」
 全員で物言わぬガラクタを眺め、何者かの悪意を感じ取り、陰鬱な気持ちになる。
「外側から何かをされた形跡はなかったぜ」
 介入がない状況証拠の一つを口にするが、迅の表情は険しい。
「でしょうね」
 レベッカは残骸の胸部を指差し研究員に問う。
「キメラを模した疑似AIがあるだろう? 簡単な反射やフィードバック機構の必要を考えれば、外部コントロールだけであの動きは実現できまい」
 担当者は頷く。
「モチーフとなったガードビーストの行動のデータと暴走時の行動データを比較検証し、『プログラム以上にキメラとして行動した』と言う正確過ぎた結果が得られたなら、仕組まれた暴走の可能性が高い」
 レベッカの説明を受け、紅葉が腕組みしつつ結論を結ぶ。
「成程、事故ではないと言うことか」
「結論は技術部に任せるが、キメラを模した身体にキメラから得たデータを入れれば、そいつはその時点でキメラと同じ。良く出来てるじゃないか」
 淡々と見解を述べる少女の言に、担当者は何か思い当たる節があるようだった。
 彼はキメラのAIプログラムを、学会で知り合った民間研究所の青年博士から手に入れたと白状する。
「しかしテスト起動では何も問題なく、そもそも元々のキメラプログラムより数パーセントの向上を見せた程度の白物だったんだ」
 結局その場は、今後の調査次第とし、そこで話を終える事にした。
「搬送を手伝ってくるわ」
 迅がまずキメラを離れる。
「……とりあえず、また診てもらわないとなー」
 エルも愛鎧を抱えて立ち去る。
「大事に至らなくて幸いだったと云う所か。この場に関してはな」
 紅葉も出口に向かうが、ふと足を止め振り返る。
(犯人が居るなら見物位はするだろう‥‥)
 青年博士、そう聞いて紅葉は意識の中に残っていた白衣の男性を探したが、既にその姿はホールになかった。


 事態は終結を見せ、全ての怪我人が運び出された後、憐は施設内をふらふらしながら、怪しい箇所が無いか散策したが、特にこれといった物は見つからなかった。
 最後に、ホールの監視カメラと数秒見つめ合い‥‥。
「‥‥ん。お腹空いた」
 くるる、と鳴り出したお腹を押さえ、彼女は最初の目的である学食へと向かった。


 ミクが目を覚ましたのは、ベッドの上だった。
 キメラに捨て身で当たり、事後の明暗を分けたであろうコンマ数秒の足止めの代償として、意識を失っていたのだ。
「目が覚めた?」
 朦朧とした中で視線を巡らせれば、目前に白衣姿の女がいる。定まらぬ意識の中、ミクは事の前後を思い出して跳ね起きるが、そんな彼女の先手を取り、女医は言う。
「能力者って言っても、ちょっと丈夫なだけの『只の人』なんだから。無茶はやめておきなさい。あ、あと、年上には敬語ね。けーご」
 暫し見つめ合う。
 不満を顔にしたものの、ミクは素直に小一時間ほど休み、診察室を後にした。


 この事件を機に、神楽坂泉美の能力者研究の目的は変わる。
 エミタ適合術に警鐘を鳴らす為、実験体とされていた能力者達の安全性を確認する研究から、彼等を人として保護する為、考えうる副作用や、来るべき事態に備える研究となった。


 残骸から回収されたAIプログラムは自動消去されており、その開発に携わったとされた青年博士の行方も、ようとして知れなかった。
 その人物によって仕組まれた出来事だったと解釈してもいいのだろう。だが、その動機も目的も、推測することしか出来ない謎となった。
 この事実は事件解決に尽力した八名の能力者達にも伝えられ、こうして暴走キメラ事件は、その一時の幕を下ろしたのだった。