タイトル:激闘フラッグバトル!マスター:聞多 薫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/24 04:09

●オープニング本文


 春。
 それは猫さえも華を謳歌する季節。
 発情期を持たない、否、万年発情期の人類においては、その傾向は否が応にも顕著となる。
 それはここ、能力者達の集うカンパネラ学園も例外ではなかった。
 青春真っただ中、思春期真っ盛り。
 全寮制でしかも共学。
 親元を離れ人恋しさは募り、尚且つ欲望に楔を打つ保護者はいない一人暮らし。そんな危うい環境の彼等を止めることは神の力をもってしても不可能であろう。
 そして迷える子羊達は、溢れるパワーの捌け口を探し、新たなイベントを渇望するのである。

――1年某組。
 バレンタインデーの熱気冷めやらぬ中、既に教室内には複数のカップルが目に付き始めていた。
 兎に角仲良しメンバーの固定化が早く、しかもそれが恋愛感情で結ばれ、他のクラスメートとの交流を持たない類の物だと始末が悪い。
 奥手な子、内向的な子、内気な子。
 そんなクラスメートにも救いの手を差し伸べるべく、クラス代表白石夏音は悩んでいた。何か皆が纏まれるような、良いイベントはないものか。

「クラス皆で、動物を飼ってみませんか?」

 反響は上々であった。
 反対派はおらず、熱烈賛成派と、概ね賛成派、別にいいけど面倒は好きな人が見てね派の3派が手を取り合い、本案は可決となった。
 これでクラスがまとまってくれればと大喜びしたクラス代表であったが、混乱の魔王はその後に颯爽と現れた。

 犬派と猫派による抗争が勃発したのである。

「絶対猫ですわ!絶対猫ですわ!」
「わんこがイイ!わんこがイイ!」
 連日激論が戦わされ、今やクラスは完全に東西戦争状態の関ヶ原であった。

 自らの提案がこうも見事に逆効果を生んでしまった現実に頭を抱えつつ、どんどん幸薄い感じになっていく、元気で明るい苦労人白石夏音は、ついに最終カードを提示する事となる。

 対戦型フラッグバトル。

 説明しましょう、これは両陣営が堅牢な砂山を作り、頂上にポテンと王旗を建てた状態で、自陣よりスタート。王旗を死守し、敵陣の旗を奪えば勝ちとなる。
 勝利者に全ての決定権が与えられ、敗者には一切の反論を許さない至高のルールである。

 この戦、単純に足の速いもの、力の強いものが勝つ訳ではない。味方同士協力し合う頭脳戦である事を、ここに宣言させていただきます!


「猫組ふぁいっ!おー!」
「犬組いっぱーつ!」
 校庭に二つの砂山が築かれていく。
 高ければ高いほど良し!
 両陣営が競い合い、敵より1ミリでも天を目指した結果、非常に目立つイベントとなり、いつしか学園中から参加者が集まっていた。
「砂たりねーぞ!砂もってこーい!」
「落とし穴掘ってその分山にまわせー」
「ここに堀を巡らせようと思うんだけど」
「なんか楽しそう、犬好きはこっち?混ぜて混ぜて」
「ジュースかってきたよー」

 決戦を明日に控え、夕暮れにそびえ立つバベルの双子塔。
 それを見上げる白石夏音の笑顔は、何かを悟りきったように神々しかったと云う。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
藤堂 紅葉(ga8964
20歳・♀・ST
しのぶ(gb1907
16歳・♀・HD
霧山 久留里(gb1935
10歳・♂・DG
高橋 優(gb2216
13歳・♂・DG
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD
鳳(gb3210
19歳・♂・HD
青海 流真(gb3715
20歳・♂・DG

●リプレイ本文

 ポン! ポン!
 花火が打ち上げられ、青空に煙が躍る。
 校庭は見物客で賑わい、各部の露店が立ち並ぶ。
 本部まで設置され、最高責任者と云う、何かあったら各方面に土下座する役職となった白石夏音は、穏やかな目で全てを受け入れていた。
 その肩を叩いた男子生徒(夏目リョウ(gb2267))がいる。
「やぁ、お泊まり会は楽しかったよ。今回も大変そうだけど頑張って」
 爽やかに微笑む彼と縁があった白石だが、それは相当に恥ずかしい思い出であるらしく、赤面しながら頭を下げる。
 彼が立ち去った後、入れ替わりに眼光鋭い女性(藤堂紅葉(ga8964))がやって来た。
「ここ本部? 制服貸してもらえないか?」
 白石は快く制服を貸し与え、自身は体操着へと着替える。
 藤堂は制服をパッツンと着込み、スカートを翻らせた後、満足げに頷き、猫陣営へと去って行った。


 姿を現した猫軍は、男女問わずで猫耳バンドを着用しており、その絆深い雄姿に驚きの声が上がる。
 猫耳義務化発案者のしのぶ(gb1907)はトラ柄のスーツまで着込んで気合い十分。
 尚、語尾に『にゃ』を付けて喋る事も提案していたが、あえなく却下されていた。
「適当にやったりしないでよね?」
 彼女は傍の高橋優(gb2216)に念を押す。
「まあ、負けるのは嫌だから真面目にやるけど」
 この二人は喧嘩友達らしい。
 猫陣の最後方。ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は虚空を見上げつつ、煙草をゆっくりと吸い上げていた。
 彼と視線を合わせた優は、そっとお辞儀をする。
「今回は守り手を任せます。そっちは完全に任せたのでお願いしますね」
「ああ‥‥任せておけ」


 一方の犬軍である。
「山作りは相手との勝負であると同時に、自分との勝負でもあるのです! いかに満足できるか! 気を許してはなりませんよ!」
 砂山建築の総指揮者となり檄を飛ばすのは、小学校高学年くらいの男の子、霧山久留里(gb1935)くん十六歳。
「たのしいなっ」
 その後ろを、ぱたぱたと通り過ぎ、砂山の改築を続行中なのは青海流真(gb3715)。この天真爛漫な子、一見ギャルっぽいが、れっきとした成人男子であったりする。
 夏目は、スラっとしたアジアン美人(鳳(gb3210))との打ち合わせに余念がない。二人には只ならぬ奥儀が隠されているようだった。
「みんな行こう! 俺らを待ってる、犬達の為に!」


 ホイッスルが吹き鳴らされ、両軍は一斉に陣を飛び出す。
 その勢いは戦国時代の合戦宛らの様相を呈していた。
 丁度中央で激突し、暫しの膠着状態が続く中、突破を図った犬軍の夏目・鳳ペア、猫軍のしのぶ・優ペアが突出し、二組の視線が交錯する。
 だが、両者共に戦おうとはせず、敵旗を目指して互いに脇をすり抜けた。

「同じ事考えてるんが、あっちにもおるみたいやな」
 猫兵をカンフーで退ける鳳。
「俺達が先に旗を取ればそれで終わる!」
 身軽なフットワークで体当たりをかわすリョウ。
 猫軍は攻撃重視戦術らしく、防御が弱い。早々と前線を突破し独走態勢に入った二人は、朦朦と上がる土煙りの中、猫砂山を視界にとらえ驚愕する。
 その周囲には、非覚醒状態では飛び越せぬ程の深さの堀が巡らされていたからだ。
 「これは‥‥」
 要塞の威容に声を上げた二人の鼻孔に、煙草の煙が漂って来る。
 導かれ見れば、砂山への唯一の道として架けられた橋の袂に立つ男‥‥猫軍守護神、ホアキン・デ・ラ・ロサの姿があった。
「やあ犬組諸君。猫の気紛れな愛らしさは世界一だという事を教えてやろう‥‥」
 ラスボスの風格で立ち塞がる彼の右手には砂山より伸びた数本のロープ。左手には泥水の入ったポリバケツ。そして頭上には当然猫耳が‥‥。
「そういえば昨日の深夜、一人でザックザクしてるアンタをみたで。もしや‥‥」
「ああ、一睡もしてない」
 凝り始めたら止まらなくなった、と彼は告げる。
「恐ろしい奴め‥‥」
 リョウは鳳と顔を見合わせ、頷き、走った。ここを超えれば、その奥に守備兵は居ない。
「悪いが抜かせてもらうぜ!」
「むっ」
 煙草を銜えたまま、ホアキンはサウスポーに身構えた。


 よいしょ。よいしょ。
 青海流真の砂城建設は進む。
「うーん。もうすこしかな?」


 藤堂紅葉は中衛的役割を意識して動いていた。
 集団の中での個人戦術を知り尽くしたその思考は、彼女の本業で身に付けたものなのだろう。
 猫派ツートップを押し止めようとする犬兵を巧みにブロックする。
「ボウヤ‥‥お姉さんみたいな猫を飼いたくないか?」
 はぁはぁと息を荒立てつつ、押し合いの中で妖しいセリフを投げかけ、イケナイ所を弄り、大胆に借り物の制服を翻しては、男子生徒の視線を集めていた。
 かと思えば、女子生徒を押し倒し、四肢を絡めて頬を舐める程にヒートする。
「可愛い子‥‥私のペットにしてあげる‥‥」
 まさに手当たり次第、いえ、縦横無尽に活躍していた。


 猫軍の突破戦術に対し、犬軍はバランス戦術を取っていたが、戦況は次第に犬軍劣勢に傾いていく。
 号令が飛び、防御に人員を回す作戦へとシフトする事となった。
 ここに、一人の知将がいた。
「ふふふ‥‥そういう話ならばこの霧山にお任せあれ。古今東西の軍記物をパラパラ読んできた僕が居れば、恐らく四人力くらいにはなりましょうや!」
 霧山は、今こそ我が仕掛けが戦局を動かす時と知った。
 名付けて『山の前半から中腹辺りにわざと表面だけ均して、土を固めない部分をいくつか距離を離して作り、足を踏み入れた相手はアワレ足場を崩して下へと急降下。あわよくば他の罠とのシナジー効果も期待しちゃう作戦』と云う、多少名称の長い罠であった。
 そして罠の効果により、猫軍の進軍を鈍化させ、陣形を整える時間を作りだしたのである。
「んにゃぁぁ〜っっ!」
 猫的奇声を上げた元気娘しのぶが突破口を開き、負けじと優も獅子奮迅の活躍をしていたが、犬軍の新シフトがジワジワと効果を発揮し、彼女達を追い詰め始めていた。


 うんしょ。うんしょ。
 青海流真の砂城建設は進む。
「うん、お城っぽくなってきた」


 戦況は一進一退。そこに犬軍のトラップが火を噴く。
 砂山周囲に隠し釣り糸を張り巡らせ、それに敵兵が引っかかると、愛らしいお猫様の写真がバラ撒かれる罠である。
「真の猫好きなら踏めないはずさ!」
「リョウ、俺も似たような罠しかけておいたで」
 愛情を持ってお持ち帰りされた時の対策として、ネコミミなオッサンの怪しい写真も仕込んであるという周到ぶりであった。
 それにより精神が崩壊するか、新たな趣味に目覚めるか、どちらにしても大火傷は必至。
 勝敗を決してしまう程の破壊力をもった罠であったが、猫軍には『本当はどっちでも良い』を公言して憚らない高橋優がいたのである。
「何やってるんだ‥‥お先に失礼だし」
 写真の確保に心躍らせていたしのぶは追い抜かれて我に帰った。
「あ、ユウちゃんずるい!」
 突撃を再開した二人を軸に攻撃陣が再編され、猫軍は大崩壊を免れたのであった。


 せっせ。せっせ。
 青海流真の砂城建設は進む。
「うん、上出来。そうだ、堀も作ろ」

 ぐしゃ。

 鈍い音に振り返れば、猫兵の一人が、折角の装飾に突っ込んでいた。
 ボロっと崩れる砂城の一角。
 ひぐ!と流真の顔が歪む。泣き出す前の子供がみせるアレである。
 その姿を見た猫兵士は、思わず足を止めオロオロと言い訳を始めた。
「あれ? お、俺別に悪くないよな?」
「ひどいよ〜ちゃんと直してくれなきゃヤダ〜」
 大声で泣き始めたその姿に慌て、猫兵は砂城の修復作業に取り掛かった。
 ‥‥猫兵マイナス壱。


 ここにきて、劣勢であった猫軍の罠が発動する。
 勢いに乗り、攻め上がる犬軍が目にしたものは、猫砂山の手前サイドに、可愛いお犬様の入ったケージが置かれている風景であった。
「き、きゃわいい!」
 走り寄った犬兵達は次々と落とし穴に嵌まっていった。


「‥‥強い」
 乱れる呼吸、滲む汗。リョウと鳳は、恐るべき敵と対峙している事を認めざるを得なかった。
「はぃやあ!」
 ホアキンともみ合う鳳だが、突き放された後は速射砲の如く繰り出される泥水攻撃に為す術もなく防戦の一手となる。
 二人ならば超えられる。そう思っての力押しだが、眼前の男、ホアキンは実力でそれをねじ伏せて見せたのだ。
「やるな‥‥犬派の戦士よ」
「あんたもな」
「勝つのは俺らや!」
 台詞とは裏腹、犬派ペアが勝機を見い出せず消耗戦を覚悟した時、友軍の勇声が響いた。

「それそれそれー! 霧山さんのお通りですよ!」

 電撃参戦を果たした久留里はホアキンを見、本能的な何かで一瞬躊躇した後、遮二無二突っ込む道を選択した。
「行かねばなりますまい! 友の為に!」
 我武者羅。そんな無茶な漢字を背後に漂わせ踏み出し、落とし穴に掛かり、瞬間移動の如く失せる。
 コントな光景に強敵が意識を僅かに逸らしたその一瞬の隙に、鳳は勝敗を賭けた。
 突破と見せ、直前で身を沈め、仰向けに地面に寝転がって泥水攻撃をかわす。
「双竜スカイハリケーン!」
 鳳が掲げた両足、それを踏み台にしてリョウは天高く飛んだ。追風が彼を対岸に導く。
「この大空も、俺達の味方さ!」
 自らを超えゆく犬派の戦士を見上げ、ホアキンは唸る。二人分の脚力での跳躍は予想していなかった。
「‥‥にゃんこの魅力を甘く見るなよ!」
 彼は右手にした縄の内の一つを巧みに操作し、新たな罠が発動させる。
 砂山の中腹が崩れ、着地直後のリョウはバランスを崩した。
「うああ!」
 更なる罠を発動させようとしたホアキンを、穴より生還した霧山が阻止しようとしたが、うっちゃりされて堀に消え往く。
「ここで頑張るのが霧山さんっ!」
 投げられた勢いそのままに彼は飛んだ。空中で見事なクロールを披露したが、対岸三センチで失速し、そのまま切なく落下する。それでも藁にも縋る思いで手を伸ばし、何か紐状の物体を掴む。
「んー、なんだか、とっても、い、や、な、予感が」
 迫り上がる様に魚網が広がり、彼はプリンっと絡め捕られた。
「やっぱりぃいいい!」
 だがしかし、罠にかかった彼の体を足場に、リョウが踏み留まる奇跡を見せたのである。
 鳳は捨て身の体当たりでホアキンを組み倒し、友に向けて叫んだ。
「リョウ! 今や!」

 今、犬派が勝利を掴もうとしていた。
 目にしたフラッグにダイブし、それを抜き高々と掲げて勝利を宣言しようとした夏目は、眼前に広がる光景に瞬きする。
 ハタハタと翻る9本のフラッグ達。
 握ったフラッグを見ると、隅っこにちっちゃく『ハズレ』と書いてあった。
「き、汚ねえええ!」
「後は任せたぞ‥‥にゃんこ派の勇者達よ」
 押し倒されたまま天を仰ぐホアキン。
 守護神最後の罠、偽の王旗であった。


 えっさ。ほいさ。
 青海流真の堀建設は進む。
 爽やかに汗をかきつつ、休憩とばかりにスコップを置く。
 その後ろには城の修復作業に従事する猫耳が数名。
「あ、飛び越えちゃダメ〜」
 堀を越え侵入した猫兵を、その着地に合わせたえげつない体当たりで堀に沈めた。
 ‥‥現在の撃墜数八人。


「あう!」
 髪を掴まれ、失速するしのぶ。
 敵を蹴り飛ばし、彼女を救出に動いた優は、猫砂山を見る。
 敬愛する先輩が一人死守を続けているが、陥落は時間の問題かと思われた。
 感謝を述べるしのぶに、彼は真剣な顔で歩み寄る。
「しのぶ、ここは協力しないか? こんな所で負ける訳には行かないし」
 その表情、その提案に、彼女はドキンとする。
「作戦はいつもどおり。ボクが前に出てしのぶが後方で援護。どうだし?」
 乱れた髪を整え立ち上がったしのぶは、後足で砂を掘るように準備運動し、自信に満ちた笑顔を優に返した。
「ユウちゃん、いくにゃ!」
 今、二人は完全に一つとなった。
 お互いが競うようにして突破していた時とは違う攻撃力が生まれる。
 洞察と直感に長けた優が前衛になることにより、最適ルートが導き出される。
 しのぶは彼に気を取られた敵に足かけて転ばせ、馬跳びで飛び越え、そして投げ飛ばす!
 怒涛の勢いで犬旗に迫る二人。
 そこには霧山の仕掛けた罠が‥‥。

 刹那、二人を追い抜き加速した人物がいた。紅葉である。
 地形をみるに、最後の罠があるかもしれない。しかし、回り道や罠解除の時間はない。
 ここが勝負時と読んだ彼女は、自ら捨て石となっての罠破壊を敢行した。
 踏み込んだ先、足元が崩れる。彼女は叫んだ。
「構わず先に行け! 私を踏み越えて!」
 優は素直に紅葉の腰を足場にして飛んだ。むぎゅ。
「あんっ♪」
 しのぶも遠慮なく紅葉の尻を踏んで飛んだ。ぶぎゅ。
「いいっ♪」
 そのまま藤原は、連鎖したトラップに巻き込まれるように、砂山の麓まで転がり落ちていく。
 砂にまみれ、もみくちゃになり、泥水をかぶり、釣り糸に引っ掛かり、踏まれ‥‥。
「もっと虐めて‥‥」
 変なスイッチが入った彼女は、苦痛に快楽を見出していた。
「私の制服‥‥」
 白石はさめざめと涙を流した。


 そして激闘は決着の時を迎える。
「本物は‥‥あれか!」
 リョウは隠された真の猫旗を見つけ。
「‥‥重いし」
 愚痴る優に肩車されたしのぶが、砂山の頂上に刺さった犬旗へ手を伸ばす。
 それは本当に僅かな、蟻の触覚の先程の差であった。



「あー。白石君」
 クライマックスの一瞬、本部席へとやってきたクラス主任に、チョイチョイと手招きされ、彼女は立ち上がる。
「ペットの件だけれどもね。諸事情で犬猫ダメね。ハムスターでお願いね」


 
 薄氷の勝利に沸き返る猫軍。
 ハイタッチで喜びを分かち合った後、何だかおかしな雰囲気になって視線をそらし合うしのぶと優。
「あら?」
 半裸以上全裸未満の状態で平静を取り戻す紅葉。
「我々の勝利だ‥‥にゃ」
 仰向けに寝転んだまま、ゴソゴソと煙草を咥えたホアキン。
 
 がっくりと肩を落とす犬軍。
「俺のチャウ太郎‥‥」
 妄想の中で戯れた愛犬を想い、項垂れる鳳。
「くそっ、あと少しだったのに」
 己の無力さを恥じるリョウ。
「あ、えっとね。そこは、こう」
 砂遊びに熱中している流真。
「‥‥だれか助けて」
 網に絡まった久留里。


 参加者其々が戦いを振り返り、遺恨を残さず、健闘を称え合った。
「次は負けないぜ」
「ああ、犬と猫は永遠のライバルさ」
 ユニフォームの交換が行われ、記念にと砂を袋に詰める生徒の姿もある。
 にゃんこコールの中、犬と猫の両旗が掲げられ、閉会式へと進んだ。

 皆の眼が点になる。
 
 最後に企画者より一言を貰おうと思ったのだが、当の彼女は本部席テーブルの上に土下座しており、その胸から手書きのプラカードを下げていた。
『諸事情により、クラスペットはハムスターとなりました。ごめんなさい』
 ‥‥彼女にどんな罰ゲームが課せられたかはここでは伏せておく。


 皆の体に溢れる、青春という名のエナジー。
 それを輝かす場があれば、彼等は何時何度でも戦うであろう。