タイトル:学園怪談プールのUMAマスター:聞多 薫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/03 17:38

●オープニング本文


「ねぇねぇ聞いた?の鈴木さんの話」
「うんうん、あれって本当なの?」
「俺、先週第四プール行ったけど、そんな様子なかったぜ?」
 今、学園で語り草になっているのが、プールでの怪事件である。
 その舞台となったのは、広大な学園に複数あるプールの一つ。どこの部活にも属しておらず、体育の授業でも使用されない、野外開放型の第四プールだった。
 被害者の鈴木は、能力覚醒時にやや攻撃的な性格になるというファンキーな部分はあったものの、基本的に内向的で大人しい、生活態度に問題はない至って普通の女子生徒。
 そんな鈴木さんが、週末のプールで意識不明となって浮いている姿が発見されたのである。
 友人に「プールにいってきます」と云う簡素な文面のメールを送っており、それが早期発見に繋がって命に別状はなかった。これだけならさして話題にはならない。
 問題は、医務室で意識を取り戻した彼女が、その前後の記憶をすっかり喪失していた事だった。
「バグアの仕業にちがいない」
「あのプールには戦死した同級生が出るんだよ!」
「天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!」
 噂が噂を呼び、『プールのUMA』は学園を席捲する騒動となった。
 単なる知的好奇心だけでなく、能力者となった己の未来を不安視する心が、その流布に拍車をかけていたのは間違いないだろう。

 鈴木さんの所属クラス代表であった白石夏音は、怪異な噂に頭を悩ませていた。
 休養休校中の友人のメンタルケアを考えれば、あまり話題にして欲しくない。それが本音であったのだが、困った事に、クラスには超が付く程の問題生徒が在籍していたのである。

「おバカさん。そんなの現場に行けば一発じゃありませんの」
 数名の生徒の話題に、髪をなびかせ割って入るのは、カレン・オハラ。彼女はイイトコロのお嬢様らしく、その性格は非常に奔放で自己中心的である。
「オハラさん、あまり危ない事は‥‥」
 噂を楽しむだけならまだしも、危険行為に及ぼうとする姿を見かね、思わず声を出してしまってから、白石はしまった! と両手で口元を塞ぐ。
 彼女は、カレンがクラス代表選考で落選した時より、自分に対して非常に敵対心をもっていた事に気付いていた。
「なんですの? クラス委員だからって偉そうにしないでちょうだい」
 案の定お嬢様は反発し、語気を強めてしまう。
 ああ、私のバカ! と心の中で泣きつつ、こうなってはもう言葉は通用しない。何をいっても彼女の燃え盛る炎に油を注ぐ結果となるだろうと考え、逃げるように教室を後にする。
「まったく、失礼な女ですわ」
 脱兎していったクラス委員を見送った後、再びクラスメートへと向き直り、得意満面に語りだすお嬢様。
「これは陰謀の香りが致しますわね。カンパネラ生徒として捨てておけぬ問題ですわ。いつ鈴木何某さんと同じ運命が私達に降りかかるとも限りません。それなら、怯え耳を塞ぐだけの愚民となるよりは、自ら出向いて真相を暴くのが賢民と云うものではなくて?」
 お嬢様はこの事件を解決し、自分こそがクラス代表に相応しい事を証明しようと意気込んでいたのである。
 そして事態は最悪の方向へ動く。

 週末の自由を満喫し、寮自室で乙女ゲーに悶えていた白石の携帯がバイブする。
 メール、着信アリ。送り主はカレン・オハラ。もはや嫌な予感しかせず、それを開いてみると‥‥。
『プールにいってきます』
 大慌てで駆け出し、連れ戻そうとプールに向かう。
 深夜の学校は酷く不気味で、非常灯の明かりすら怖いものに思えてくる。
 全力ダッシュで一気に更衣室を駆け抜け、プールサイドへと転がり込んだ。
「オハラさーん‥‥」
 級友を呼ぶ声は虚しく響く。
 チャプ‥‥チャプ‥‥。
 漆黒の闇をそのまま映した水面が夜風に波たつ。木々がざわめく。
 ズル!
 足元にあった粘性の何かに足を取られ、パーンと尻餅をつく。
 プールに引きずり込まれそうになったのかとパニックを起こし、泣きわめきつつ覚醒してめちゃくちゃに周囲に攻撃を放ち‥‥やがて何も起こらない事に気がついて、そっと目を開けた白石は見た。
 ビート板を構えながら硬直し、プカプカと腹這いに漂うお嬢様の雄姿を。

「‥‥え? プール? 何のことですの?」
 懸命の救護活動により、意識を回復したお嬢様は真顔で「なんで私はプールにいるの?」と答えた。
 自らの失態を誤魔化そうとしてる様には見えず、またしても記憶を失っていたのである‥‥。
 クラスに二人目の犠牲者が出てしまい。最早捨て置けなくなった白石は事態の収拾に乗り出す。
 週末の第四プールに、殴り込み!
 バグアでも幽霊でも変質者でも、かかってきなさい。
「‥‥一人じゃ怖いから、仲間をあつめて‥‥」

 こうして告知ポスターが貼り出された。
『学園で噂の第四プールのUMA、その正体を一緒に付き止めませんか?』

●参加者一覧

鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
桐生院・桜花(gb0837
25歳・♀・DF
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD
レミィ・バートン(gb2575
18歳・♀・HD
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST
鳳(gb3210
19歳・♂・HD
天宮(gb4665
22歳・♂・HD
美環 玲(gb5471
16歳・♀・EP

●リプレイ本文

 白石夏音(gz0225)は事件解決集まった皆に囲まれ、聞き込みを行っていた。
「相変わらずやっかい事が起きているようだな。なに、特殊風紀委員UMAハンターの俺の手にかかれば、プールの怪もたちどころに解決さ」
 余裕の微笑で事件解決を宣言する夏目リョウ(gb2267)。
「それにしても奇妙な事件ですわねぇ」
 集まらない情報に落胆の吐息を漏らすのは、大胆に胸元の開いた衣装で周囲の生徒の視線を集めている鷹司小雛(ga1008)。
 読んでいた本から顔をあげた天宮(gb4665)が情報を整理する。
「人か、キメラか。幽霊なんて話もありますしね」
「記憶を失わせるなんてのは、キメラの可能性が高いものね。キメラじゃなかったなら、記憶を失うほどの事件が起こったって事だし、それはそれで放っておけないわ。」
 桐生院桜花(gb0837)は犠牲となった女子の気持を考え、憤る。
「一時間‥‥そして、失われた記憶。宇宙人の誘拐と事柄がよく似ているな‥‥古からのUMAの目撃例、あれは地球に放たれたキメラの一種じゃないかと思っていたんだ、人類を滅亡に導く為にね」
 真剣な表情で事件を語るリョウ。
 バサッ。
 次の瞬間、彼の鞄からミステリー漫画が漏れ落ちた。

 当初の予定通り現場探索を行う一行。
 プールに囮役が出向き、周囲を見張りで囲う案が採用となり、発起人の白石が囮を申し出るも、彼女を心配したレミィ・バートン(gb2575)が名乗りを上げる。
「幽霊だかUMAだか知らないけど‥‥このカンパネラのマーメイドが正体を暴いてやるッ!」
 得体の知れぬ事件。見えない先行きに光明を灯さんと、美環玲(gb5471)はタロットを取り出した。
「私占いが得意なんです。この事件を占ってみますわ」
 全員が見守る中、丁寧に並べられ、順に捲り上げられるカード。玲の指先が最後に導きだしたのは‥‥死神の正位置。
「‥‥う、占わない方がよかったかしら?」
 完璧な作り笑いを浮かべる玲を見、一緒にぎこちなく笑うレミィ。
「そうそう、俺、えぇモン持ってきたんや」
 鳳(gb3210)は手を叩いて注目を集め、ポケットから秘密のアイテムを取りだす。
「ケミカルライト〜。これがあれば真っ暗でも居場所が判るさかい、安心や。一応メアドも交換しておこか〜」
「ありがとう! いってきます!」
 ライトを胸に押し込み、レミィは夜のプールに向かった。

 漆黒の鎧を装備した天宮は、給水棟の陰に身を隠す。
 キメラを考えての完全武装だが、無論人の手による悪戯の可能性も考え、説得や降伏の言葉を考えつつ、更に第三の犯人像を予測していた。
 宗教関係の造詣が深い彼は、幽霊説が心に引っ掛かっていたのである。
「あまり厄介な事にならないとよいのですが‥‥」
 その頭上、屋根にぺたりんこと座り込む鳳。
「二人を襲ったウマは研究室から逃げたキメラちゃうんか。メールはそれを自力で捕獲しようとした研究員さんの仕業。自分が直接助けると関連を疑われるさかい、他の誰かを呼び出したんよ」
 人魚姫作戦やね! と胸を張るチャイナっ子。天宮は「ユーマだから」と突っ込みたくなるのを堪えていた。
「ネバネバは、この時期やとナメクジ? ‥‥イヤやー」

 夏目は更衣室屋根で待機中。
「恐らく被害者を襲った何かは、プールの中に潜んでいるのだろう。だが、必ず協力者が周囲にいるはずだ」
 彼は視線鋭く周囲を見張っていた。

「僕なりに推理してみましたが。メールの一件から、夏音さんのクラスの人間関係に詳しい者が謎に関わっているのではないでしょうか」
 美環響(gb2863)の推論を聞く玲。双子と見まがう美人男女はプール脇の茂みに潜んでいる。
「今回の犯人は人間ですわね。明らかに偽装工作がされてますもの。動機が予想つかないので場合によってはキメラが関わっているかもしれませんわね」
 響はトランプ束からハートのエースを抜き取って口付けし、キリリと表情を引き締める。
「姫を傷つけられたままでは、ナイトの名折れですからね」
「‥‥どなた?」
 あ、ちょっと前に知り合った子。そんな感じに歯切れの悪い回答が漂った。

 付近の物陰で合図を待ちながら、その胸に吸い寄せられてくる蚊を払う小雛。無線で桜花と連絡を取り合っている。
「メールを考えると、人間もいると思いますのよね。まあ、被害者の代わりに助けを呼んでいると思われるあたり、悪気は無さそうですけど。記憶障害はやっぱりキメラですかしら。粘液なキメラとか、素敵ですわねぇ」
 睫毛を伏せ、楽しげな光景を思い浮かべるのだった。

 桜花は、近くの建物から双眼鏡でプールの様子を観察する司令塔となっていた。
 時折レミィに見惚れ、我に帰って警戒を張る動作を繰り返す彼女の隣、白石はどんどんと高まっていく悪寒に不安を募らせ、やや挙動不審となる。
「夏音さんお泊り会の時も思ったけど、もしかして怖いのが苦手? 皆がついてるから大丈夫よ」
 優しく接してくれる桜花に腕を絡ませ身を寄せた白石が異変を察知する。
 プールサイドに佇む白い人影を見つけたのだ。
「いつの間に!?」
 鳴り響く桜花の笛。
 誰何してる時間はなく、六人の捜査員は一斉に不信な人影に襲い掛かった。押し倒す固める抑える絞める乗っかる!
「うわあ!」
 建物から急行した桜花と白石、そして容疑者の悲鳴に驚いたレミィも慌てて水から上がり、全員で不審者を取り囲んだ。
「そこまでだ。俺は特殊風紀委員の夏目リョウ、またの名を‥‥学園特風カンパリオン!」
 AUKVを装着した手間と名乗りで出遅れてしまった夏目。彼がぽちっとライトで照すと、天宮に両足を掴まれ、三節棍を構えた鳳に腹上正座され、右手を響、左手を玲に抑えられ、小雛の三角絞めで顔を真っ青にさせている、白衣姿の男性が浮かび上がった。
「夏音さん、知ってる顔ですか?」
 クラスメート犯人説を押していた響の問いに、白石は首を振る。
「悪気はないんです‥‥ただ‥‥寂しかっただけなんです」
 青白い顔でオドオドと釈明する男性。
「犯人は一人とは限らんで」
 鳳は周囲を窺う。
「寂しくても、プールを悪戯の現場にしちゃ‥‥きゃあああ?!」
 刹那、レミィが悲鳴をあげてプールへ落下する。
「あっ‥‥ぅ!」
 バシャバシャと水面を必死に叩く彼女。
「なんだ!?」
 天宮が前に出る。夏目が水面を照らす。
 見えない何かに捕らえたれたように浮き沈みを繰り返す女子生徒。慌てて駆け寄った桜花はレミィの腕を掴むが、一緒に引きずり込まれそうになる。抱きついて援護しようとした白石諸共、タパーン! とプールに引きずり込まれた。
「な、なんやなんやー?」
 三節棍で水面を叩く鳳。何か不思議な手応えを感じ取る。
 不審者を取り押さえ、動きのとれない響と玲も、状況に目を見張っていた。
 小雛は着物を脱ぎ棄て、水中に飛び込んだ。
 水泡で濁る視界、彼女は眼帯を外し、覚醒する。赤く光った眼が捕らえたのは半透明で不定形の生物。それがレミィの全身へ絡みついている光景。
 携帯した武器はレミィの安全を考えると使えない。囚われの愛弟子を助ける為、小雛は果敢にも肉弾戦を挑んだ。
「ちいっ! カンパリオン、ファイナルクラッシュが使えない!」
 見えない敵。プールは敵の領域。不利なのは火を見るより明らかだが、落ちた女子生徒を救う為に夏目も飛び込む。
「私も援護します!」
 天宮も飛び降りた。
 二騎のAUKVがモーター音を上げて見えない敵を抑え込む。掴みどころなく、抑制できない。
 レミィの口から気泡が上がる。彼女の呼吸は限界。
 桜花は両手に構えた二種類の剣を捨て、一度水面に浮かび上がり、大きく息を吸い込み再び潜り、マウス・トゥー・マウスでの呼吸補助を行う。
 人魚姫の手を引っ張り、浮上を試みた白石だったが、力及ばず。
 重たくなった制服を脱いで、着込んでいた水着姿になるも、その途端に体を拘束された。
「あれはなんなのです? 知っているんでしょう!」
 最悪の事態に焦り厳しい声で詰問する響に、男性は口を開く。
「可哀想な奴なんです‥‥」
 語られる真実。プールサイドにいた者は驚愕した。
「な、なにゃてー!?」
 思わず鳳も台詞を噛む。玲は慌ててプールへと潜る。
「傷つけてはダメですわっ!」
「水を抜きましょう!」
 機転を利かせ、給水設備へと走る響。
 渦巻き水位を下げていくプール。
 やがてそこに確認できたのは、排水されず、小山状に残る水──巨大水母だったのである。
「ナメクジじゃなくてよかった‥‥」
 鳳はぽつりと呟いた。


 カンパネラには様々な研究室がある。
 キメラの実験棟で、この水母は実験動物として管理されていた。
 飼育担当だった彼は、水槽を漂う水母に、何時しか癒され、愛着を覚えていた。
 キメラの細胞を移植された殆どの動物は死んでいったが、この水母は異常発育したものの、その生命を保った。
 特別な凶暴性もなく、動物としての能動性を高め、飼育係の青年に懐く素振りさえ現れた。貴重な研究成果として、過酷な過負荷テストや薬物試験を前にした水母は、もはや解剖され調べ尽くされる運命しか残っていなかった。
 そこで彼は使用されていない第四プールへと水母を逃がし、コッソリと飼育していたのである。
「人に甘えていただけだったのか」
「はい‥‥僕が遊んであげる時はいつも水着だったから。水着の人は遊んでくれるのだと思ったのかもしれません」
 水母に抱っこされ、ぐったりとなったレミィと、失神中の白石を皆で見つめる。
「後は皆さんの想像通りです。僕がメールをしました‥‥」
「そうだったの‥‥」
 悲話に母性を刺激され、項垂れる桜花。
「彼にした人間の行いを考えると、怒るに怒れませんね」
 AUKVを脱装した天宮は深くため息をついた。
「あははっ。な、慣れれば気持ちい‥‥じゃなくて。わ、悪くないかも?」
 今回一番の被害者となったレミィだが、彼に抱かれながら明るく笑う。
 これにて事件解決か。しかし響の表情は冴えない。
「事情は呑み込めましたが、まだ謎が残っています」
「と、言うと‥‥?」
 ズブ濡れになったドレスの水を切りつつ、玲が合の手を入れた。答えたのは殆ど半裸の小雛。
「おかしいですわ。最近研究室から何か動物が逃げたという話はきかなかったもの」
「そう言えばそうだな。意図的に秘密にされたのなら、その研究室奴らに既に回収されてないと不自然だ」
 聞き込み調査に精を出していた夏目も首を傾げる。
「まだ何か、隠している事がありそうですね‥‥」
 天宮の視線を受け、白衣の男子は押し黙った。
 夜も更に晩い時間となり、風に冷たさが増す。
 水に濡れた一同には、少々身が震える寒さだ。
 くしゃみをする桜花。
 男性はまだ話そうとしない。
 皆、彼の言葉を沈黙して待っていた。
「ロシアは寒かったなあ‥‥」
 夏の夜なのに、彼が吐いた息が白く曇った。
「僕の居た研究室は、生体科学で、応用分野は戦闘兵器でした」
「この春のロシアでの戦線に出向いたんです。その子は出発前にここに隠しました」
「すぐ帰ってくるつもりでした」
 寂しげに顔を上げた男性の、その額がパックリと割れ、白い肌に際立つ赤い鮮血が流れ出す。
「天罰だったんでしょう。試作兵器実験の事故で、僕はここには戻ってこれなかった」
「寂しかったんだと思います。何か月もプールの底で孤独に潜んで」
「我慢できなくなって、つい接触してしまったんでしょう‥‥最初の子も。次の子も」
 突然の独白に皆の思考が制止する。その中で唯一、この事態に備えていた天宮が口を開いた。
「‥‥水母は私達に任せて下さい」
 男性は驚きの表情を返す。
 彼の魂を鎮める方法、それはこの世に残る未練を断つ事に他ならない。
 大霊界な展開に、皆が二の足を踏む。そんな雰囲気をオープンに変えたのは鳳。
「キメラやバグアもおるんや。幽霊がいても不思議はないやろ!」
 勢いで現場を押し切る。
「そ、そうね。うん。」
 基本的にお化けは怖くない桜花も流れに乗った。
 空気を読んだ響はキザにポーズを決め、前身を掻き上げる。どこからともなく取り出されるレインボーロズ。
「月光に導かれ、出会った運命。彼に魂の救済を‥‥」
「そして水母ちゃんに愛の手を、ですわね」
 玲は上品な笑みを湛え付け加えた。
 男性も笑う。彼の青白い肌が血色良く輝いた気がした。
「ありがとう‥‥」
 そして、その姿は夢の様にかき消えた。
 不思議な気分で空を見上げる一同。
「成仏したっちゅーことか」
 未だ気を失っている白石を膝に乗せ、介抱しながら小雛が問う。
「それで‥‥どうするのでしょう」
 最後に残った大きな問題。水母の救済措置。
「‥‥んっ‥‥」
 ここで漸く白石が目を覚まし、水母に絡まってる身体と、それを取り囲み真顔で見下ろしてる皆を見て赤面した。
「ち、ちがっ‥‥」
 慌てて何かを否定しようとした女生徒に、状況を教える桜花。
 幽霊の事実は伏せ、訳あって研究生はこの場を去り、水母を託されたのだと説明を受けた白石も、一緒に考える。
「海に離すか‥‥?」
 最も無難な意見を口にする天宮。
「人恋しさに出てきてまうかもしれんで」
 鳳の危惧に続け、玲も頷く。
「海で生きていけるのでしょうか」
「知能はそこそこありそうです」
 水母に奇術を見せ、知能判定する響。
「わたくしとしては色々楽しそうですし、人を溺れさせない様に教えて、このまま匿うのも悪くないかと」
 第四プールであーんな事やこーんな事を。途端に妖艶な笑を浮かべた小雛に、桜花も同調する。
「い、いいかも‥‥。それに生殖活動で増えても困るわ」
 鼻血しそうな程にのぼせるている彼女も、考える事は同じか。
「そうだな‥‥学内でのキメラ飼育は、校則違反だ。だが、人間が生き物を弄ぶのは、もっと大きなルールの違反だよな。尻拭いをするのは当然か」
 風紀の番人を名乗るリョウも、譲歩の姿勢をみせた。
「面倒みてもいいでーす!」
 既に愛着を持ち、ホースで水をかけながらレミィが元気に飼育係を宣言。
「皆で時々様子をみにきちゃいましょう」
 白石が纏め、全員が頷いた。
「気まりやな。ほな、夏でも濡れたままやと風邪引くかもしれへん。皆でうまいもん食いにいかん?」
 こうして夜のファミレスで秘密の飼育計画が練られるのであった。


 翌日、響と玲はカレンの病室を訪ねた。
 突然の王子様来訪を、顔パックで迎えてしまった彼女。
「儚げなカレンさんも綺麗ですが、いつもの元気で優雅なカレンさんの方が好ましく思います」
 甘く囁かれ、翌日には退院したとかなんとか。
 なお、玲が今回の事件の真相を教えてあげようと『水母』という単語を口にした途端、ガタガタ震えだしたという。
「恐怖で自ら記憶を閉ざしていたのですね‥‥」

 事件は解決し、騒動も沈静化した。
 その年の夏の終りに『第四プールで溺れた生徒を、水自身が助けた』そんな噂話が広がったが、特に騒がれる事もなく消えていった。