●リプレイ本文
夏の日差しが強く、村役場の前の整備されたアスファルトには陽炎が立っている。
村役場の前に、今回の依頼を受けた能力者が一堂に会した。
「事前にキメラの目撃情報を尋ね歩きましょう」
最初に口を開いたのは天原慎吾(
gc1445)だった。
「キメラの正体どころか、存在すら定かではないからな‥‥」
青白い顔に青の髪色が印象的なシクル・ハーツ(
gc1986)が呟いた。確かに決定的な情報ではなく、噂の範疇でしかないので情報収集をしたほうが良いだろう。
「そうですね、私も賛成です」
丁寧な口調でフランツィスカ・L(
gc3985)が賛同した。
「情報収集しないでいきなり森の中をうろうろするのは面倒ですしね」
銀髪のジョシュア・キルストン(
gc4215)が最もなことを言う。
「噂を流したのは誰でしょうね。とりあえず村役場の人に聞いてみましょう」
能力者たちは村役場に入っていった。村役場といっても、そう大きくもなく、職員も数えるほどしかいなかった。村役場に訪れている人は少なく、どうしても能力者たちだけが目立ってしまい、窓口から五十代と思わしき男性が顔を出した。
「もしかして、森林のヤツでやってきた能力者たちか?」
「はい、そうです。どこから噂が立ったのかなど調べたいと思いまして‥‥」
フランツィスカは具体的に用件を言った。
「えっと‥‥き、協力お願いします!」
天原は頭を下げる。
「わしはよく分からないけど‥‥あいつだったら分かるんじゃないかな。ちょっと待ってて」
男性は窓口から離れると、よく日に焼けた若者を連れてきた。
「この人たち、森林のこと詳しく知りたいらしいぞ」
五十代の男が若者の背を押すように言う。
「えーっと、森林で薪を割っている人が見たっていう話なんですが‥‥」
いきなりの能力者の訪問に、若者はたじろいでいる。
「夏なのに薪‥‥」
ぼそっとシクルが呟いた。
「薪割りって背筋が鍛えられるって言いますし‥‥冬の蓄えでしょうか。アリとキリギリスで言ったら、アリのほうでしょう」
シクルのつぶやきに、ジョシュアがぼそっと言葉を返した。
「その薪割りの人はどこにいらっしゃるんでしょうか?」
フランツィスカが尋ねた。本人に聞くのが一番手っ取り早いかもしれない。
「えーっと、ここだね」
地図を持ってきて、薪割りの人の住む家を指し示した。村役場からはそう遠くない距離だ。
「あ、ありがとうございました」
おどおどしながら、天原は礼を言った。
村役場周辺はアスファルトで舗装されていたものの、少し離れるとただの田舎の畑道にがらりと景色が変わった。
「のどかだな‥‥休みには子供たちに笑顔で安心して遊んでもらいたいものだ」
緑溢れる景色にシクルが目を細めて呟いた。
「あ、ここじゃないですか?」
ジョシュアがぽつりと立った一軒家を指さした。
「ここみたいですね。す、すみませーん、こんにちは」
天原が家の奥へと声をかける。すると、ドアから顔を出したのは真っ黒に日焼けしたガタイのいい兄ちゃんであった。
「今回、森林の中のキメラを退治する依頼を受けまして‥‥目撃されたのはあなたですか?」
フランツィスカが兄ちゃんに尋ねた。
「ああ、最初はなんかの虫かと思ったけどよ。ヘルメットをちょっと小さくしたみたいな黒いヤツでさ。テントウムシにしては大きすぎるし、これはキメラかもしれないっていうことよ」
能力者たちは頭の中でヘルメットを小さくして、テントウムシを大きくしてみたモノを想像している。
「まあ、とにかくもうすぐ夏休みだしな。子供たちが危険にさらされるようなことだけはあっちゃいけねえからな。よろしく頼むぞ」
兄ちゃんからバシバシ肩を叩かれる天原。
「あ、あの、目撃した場所を‥‥」
天原は叩かれた肩が痛かったのか、肩を撫でている。
「あそこから森林に入ってまっすぐに行けば、オレの作業場スペースがある。そこで見かけたからな。オレも当分その場所にはいけねえな。怖いもんな、はっはっは」
能力者たちはいつまでも豪快に笑っている目撃者を後に、森林へ向かった。
森林に入って少し歩くと、さっきの男が薪を割っていたであろう場所にたどり着いた。
「しかし、テントウムシを大きくしたようなキメラをどうやって探すか?」
シクルが能力者達に話しかけた。
「木に蜜を塗ってみるとか‥‥ですかね」
「まるで本当の虫みたいですね」
フランツィスカの提案に天原は頬を掻いている。
「確かに虫なら蜜に引き寄せられる可能性があるな。試してみるか」
シクルの言葉に皆が頷いた。そして、農村に戻り、村役場でもらうことになった。
先ほど受付にいた五十歳代ぐらいの男性が蜂蜜を持ってくる。
「虫のキメラって蜜で集まるんですか?」
的を射た男性の発言に、その場の空気が凍りついたと感じたのは気のせいか。
「物は試しということで‥‥」
ジョシュアはそう言い、蜂蜜を受け取った。
「集まらない可能性も、ありますね」
再び森林へ辿りついた能力者たちに、天原はおどおどと問いかけた。
「やってみなくちゃわからないし。まあ、とりあえず虫の集まりそうな木に蜜を塗るとするか」
シクルは天原の不安を和らげるかのように言い、皆、人数分に分けられた蜜を持ち、木へとに向かった。
「‥‥何か昆虫採集でもさせられている気分ですね」
ジョシュアは木に蜜を塗りながら独り言を言う。ジョシュアにとって木に蜜を塗ったりするのは自主的ではなく、他の協力者に合わせての行動らしい。
「あ、甘い‥‥って、危ない危ない‥‥作業を進めないと」
甘いものにはめっぽう弱い天原であった。
しかし、蜜を塗ったそばからいろいろな虫が木へ向かってやってくる。
「む、むっし〜」
天原は尻もちをついた。よほど虫が苦手らしい。
「あなたたちのために蜜を塗ってやったんじゃない!」
シクルが虫に向かって言うが、ここぞとばかりに虫が集まってくるのだ。そこに虫キメラらしきものはいなかった。
「えーっと、GoodLuckを使用しますので、ここらへんを探索してみましょうか。目撃されたのはここらへんですし」
フランツィスカが一時間だけ運がよくなるGoodLuckを使い、能力者たちは蜜を塗った木から離れ、薪割り場の周辺を探索すると‥‥。
ワサワサワサ。
地面を這うような音がする。何者かをそっと確かめてみると――ヘルメットを小さくして、そしてテントウムシを大きくしたような黒い物体が群となって動いている。
「ぶっちゃけキモイですね」
ジョシュアはぶっちゃけた。
「ほっ、これぐらいなら‥‥大丈夫かな?」
相手は十匹いるかいないかだ。天原は小銃を構える。弾は八発。総弾数を全て撃ち尽くすつもりだ。
シクルがキメラを殺そうと機械剣βを柄を強く握りしめた。すると、超圧縮レーザーが一瞬射出された。
「怖がっているものがいなければそのまま殺す、怖がっているものがいれば刃を止める」
消さなくていい命なら消したくはないという思いから発せられた言葉。だが、相手はキメラだ。やはり消すべきだろうと情を振り切った。
パンッパンッパンッ!!
天原が総弾数を全て撃ち尽くすと、中には動かなくなったキメラもいたが、まだゴソゴソと動いているキメラがいる。
「‥‥とりあえず他の方にお願いします」
元来、虫が苦手な天原は他の能力者にその場を託した。
「‥‥戦闘力は驚異ではありませんが、虫っぽい虫キメラというのはなんとも気持ち悪いですね‥‥。いっそのこと巨体であれば、発見も用意でしょうに‥‥」
田舎育ちのフランツィスカは革で装丁されたバトルブックで、虫を叩きつぶす主婦の如く攻撃する。
シクルは機械剣βで残っているキメラを切っていく。最後の一匹を切ると息をついた。
「日中だけ活動するとも限らないので、夜を待ちましょう」
フランツィスカは残存確認を提案した。能力者たちは残存確認のため深夜になるまで待った。シクルは機械剣βのレーザーの光を使い、寄ってきたキメラを切る。フランツィスカはランタンを灯し、キメラが寄ってこないか確かめた。
気付くともう朝になっている。残存確認も済ませた能力者たちは依頼の内容を完了したことに心を撫で下ろしていた。
農村に戻ると、登校中の子供たちの姿が見受けられた。
「森で怪我のないように遊ぶんだよ? あと、宿題も忘れないように!」
子供達に話しかける天原。しかし、心の中ではもう虫関係の依頼は遠ざけようと決心していた。
「はーい」
子供達は笑顔で返事をした。
これで子供達も思う存分遊べるだとうとシクルは微笑した。これから生きる子供たちが悲しい過去を背負わないようにと戦いをする決意を新たにする。
ジョシュアはスーツが汚れたので、さっさと帰って部屋でゴロゴロしようとその場を立ち去った。
一方、フランツィスカは村役場の受付で五十歳代の男性と話をしていた。
「もう‥‥大丈夫だとは思いますけれど‥‥。何かありましたらすぐにご連絡ください。あの、その‥‥報酬はもう少し少なくても構いませんので」
報酬の話題をするのはどうも苦手らしい。
今回の虫キメラ退治で、子供たちに安心して遊べる場所を提供できたこと。それが能力者にとって何よりも嬉しいことだった。