●リプレイ本文
「望まぬ愛でつかめる幸せなんて悲しい結末しかないですからね。なんとかその思いを届けてやりたいもんです」
過去に何かあったのだろうか。五十嵐八九十(
gb7911)遠い目をして、感情をあえて含ませないように淡々と言った。
恋に恋していそうな乙女、和泉譜琶(
gc1967)が口を開く。
「うーむ、想い人のことが諦められなくって、告白か‥‥憧れるなぁ、実るといいなぁ」
「今回のお仕事はあくまでトニーさんだね♪」
如月芹佳(
gc0928)は今回の依頼には前向きな様子。
「ヘタレ的トニーの恋を手伝ってやるかぁ」
悠夜(
gc2930)はそう言いながら、タバコを吸っている。足下には吸いさしばかりが散らばっていた。しかも、荊信(
gc3542)までタバコを吸っているので、能力者の作戦会議は煙たいものとなってしまっている。
「事を荒立てたくはありませんから、まずは穏便に‥‥それで駄目なら、力押しで行きたいと思います」
高梨未来(
gc3837)は拳をぐっと握った。ポジティブで前向きなところが魅力的な彼女だ。
能力者たちの意見を聞き、悠夜はとりまとめた。まず結婚式前の調査ーーこれはトニー、アリス、マークと三つの班に分かれることになった。
トニー班は木花(
ga5139)、荊信。アリス班は五十嵐、和泉、悠夜。マーク班は高梨、如月、月城(
gb6417)。
班分けをされた各々は調査を開始しようと、その場を立ち去った。
●トニーの話
木花、荊信は、夜自宅にいるというトニーの元へ向かった。荊信は初対面の人相手に自分をよく見せようという気がないのか、右手にタバコ、左手にお酒を持っている。トニーがビビるのではと木花は内心不安だった。
扉を鳴らすと、若い男が一人出てきた。
「トニー様でいらっしゃいますか? 今回、依頼を引き受けた者ですが‥‥」
木花は礼儀正しく相手を確認する。
「はい、僕がトニーです」
トニーは色素の薄い瞳と髪の毛、端正な顔立ち、そしてひょろりと背の高い人物であった。
「アリスさんの件で少しお話を伺おうと‥‥」
木花がアリスという単語を口にしたときに、トニーの表情が微妙に変化したのは気のせいか。
「今回の目的なのですが、トニー様自身の気持ちを伝えたいだけが目的なのか、その先を明確に意識していらっしゃるのか‥‥どちらになりましょうか」
木花が話し終えないうちにトニーは口を開いた。
「アリスと共に生涯を遂げようと思っています。たとえ、何かを犠牲にしても」
「それでは私たちがお手伝いにしましょう」
トニーの目的を確認した木花は、トニーがいまどんなに心を痛めているのだろうかと考える。その横で酒を飲みつつ、トニーに話しかける荊信がいた。
「欲しいなら、何故掴みにいかない! 女の気持ちを理由に手前で決める事から逃げているだけじゃないか、ヒック」
「ちょっと荊信、絡まないほうがいいですよ」
木花が荊信を咎める。
「いいんです。僕が勇気がないばかりにこうして依頼をしたわけですから」
トニーは微笑んだ。
「そんな考えでいきゃぁ、女が受け入れたら、一緒に逃げて、そこで困ったらまた女に押しつけるのか?」
「そんなことは絶対にしません。アリスを幸せにするのが僕の役目だと思っています」
荊信は壁にドスッと殴った。
「本気とみたっ!」
中国風の大徳利を飲んだ荊信の絡みに、少しトニーは怯えている。
「それでは、私たちは失礼いたしますね」
木花はまだ何かを言いたがっている荊信の腕を掴んで、トニー宅から立ち去った。
●後ろめたいアリスの父親
五十嵐と和泉、そして悠夜は、地元の裏情報をなんとか掴もうと苦戦していた。
「あれはな〜、アリスの父親に献金しとるじゃろ」
もう無理かと思われたときに、聞き込み相手のお爺さんがとんでもない情報を口にした。三人は驚きを隠せなかった。なんでも、マークの父親が経営している、地元で一番大きな不動産会社からアリスの父親が献金を受けているという話だった。話をしてくれたお爺さんにお礼を言い、三人だけで話し合うことになった。
「さらにパイプを太くするために結婚させるのかなぁ。できるだけ、みんなの納得いく形でトニーの気持ちが伝わればいいのにな」
和泉は珍しく難しい表情をしている。
「結婚式のときに、この事実を書いたビラでもばらまけば、それだけでも式は大混乱じゃね? そのときにアリスを連れ出しても構わねーじゃねえか?」
悠夜はビラを配ることを提案した。意外といい案かもしれないと、五十嵐は頷いた。
「アリスさんの父親の情報が何か出てくれば‥‥と思っていましたが、まさかマークさんの会社から献金を受けているとは思いもしませんでした」
もう直前だし、お互いの両親がつながっているのなら式が破談になることはないだろうと五十嵐は考えた。
「出てきましたね、大人の汚い部分が‥‥、汚いは褒め言‥‥っと、危ない危ない」
五十嵐はブツブツと独り言を呟いている。
「じゃあ、さっそくビラを作るのです」
画材屋に向かって、和泉がルンルンと走っていく。しかし、和泉が振り返ると他の二人の姿はなかった。
「な、なんでついてきていないの〜!?」
●マークの話
高梨と如月、そして月城はマークの身辺調査に出かけた。
「とりあえずメモ帳とカメラを買ってから持ってきたよ」
メモ帳とカメラを持った如月は聞き込み調査というより、取材に行くかのような出で立ちだ。
「とりあえずマークの企業の調査とマークの行動を張り込むってところか」
如月のゴールドの片目が光っているように見えるのは気のせいか。
「最初は企業で聞き込みですね」
高梨は他の二人とは違う丁寧な口調を使う。
マークが働いている、地元では一番大きな不動産会社へ聞き込みに行くことになった。
入り口には受付嬢二人が微笑んでいる‥‥が、その表情に「何しにきたの?」と思っていることがバレバレである。
高梨は結婚式の参加者だと言おうとしたが、月城がUPCの軍服で威圧にかかっている。受付嬢の微笑みが固まってきていることに、高梨は焦りを感じた。
「あの、マークさんの結婚式の参加者で‥‥」
高梨はしどろもどろになって説明をする。
「ああ、そうですか。それで何かご用ですか」
「少々、お話を聞かせてもらえませんか」
「ULTが絡む理由がある‥‥」
月城がぼそっと呟いた。
受付嬢二人が顔を見合わせている。三人は何か事情があると睨んだ。
「あの‥‥ここだけの話にしてくれませんか?」
受付嬢の一人が小声で話してきた。
「マークさんは今回の結婚はかなりイヤみたいです」
「マークさんがイヤがっている‥‥?」
意外な情報に高梨が首を傾げた。
「はい、ご近所に住まわれている女の子のことが小さい頃から好きみたいで‥‥」
マークまで幼なじみの女の子に恋をしていただなんて、思いも寄らなかった三人は黙り込む。
「でも、結婚式はきちんとされるらしいので、ご心配なさらないでください」
「はあ‥‥」
三人は呆然としながら、出口へ向かった。
「マークさんと幼なじみの女の子が会っているところをカメラにおさめたほうがいいかも」
如月がカメラを構え、呟いた。
「証拠写真みたいなのが撮影できるといいですね」
高梨はマークも幼なじみに恋しているのなら、この結婚はないほうがいいと思っている。
「じゃあ、尾行と張り込みね。尾行は普通の観光客っぽくね」
「ここらへんは観光するようなところはない」
如月の言葉に月城がツッコんだが、如月には届いていないようだ。
マークは父親の経営している不動産会社の社員なので、仕事終わりを待った。
「暇だ」
月城は退屈そうだ。
「暇かも」
如月は飽きてきたようだ。
「暇とかいっている場合じゃないですよ」
使命感あふれる高梨はそんな二人を咎めた。
会社の退社時間になると、マークと思わしき恰幅の良い人物が出てきた。トニーから参考にと渡された写真とそっくりだから、間違いないだろう。
「さあ、追うよ」
如月が先陣を切って、飛び出していった。バレるとかそういう観念が如月の頭からどこかへ行ってしまったようだ。
マークは実家へ帰ってしばらくすると、スーツから普段着に着替え、表に出てきた。そんなマークを待っている人物がいた。線の細い儚い印象の女といったところか。二人は公園へ行くと、ベンチに座って何も話さずにただ手を握っている。
「写真に収めます!」
如月はパシャッと音を立てたが、当人たちは気づいていないようだ。この写真を見れば、誰もが二人の関係が密であることが分かるだろう。能力者三人はそっと現場を離れた。
●打ち合わせ
トニーがアリスを幸せにする決意が固いこと。アリスの父親がマークの父親の会社から献金を受けているということ。マークにも想い人がいること。
これらの情報から、能力者たちは結婚させないことが当人の幸せかもしれないと判断した。
そして、能力者たちの元へトニーが現れ、大まかに状況を話した。トニーは自分の父親が献金を受けていることにショックを少なからず受けているようだ。
「たとえアリスの心が僕になくても、アリスを結婚させないでほしいです」
トニーは目に涙を浮かばせている。
「では、強奪ということにしましょう。結婚式を取り消すことはできないでしょう。大人の事情で色々とありますからね」
木花は穏やかに話した。
「強奪したあとはビシッと決めろよ」
荊信が酒を飲みながら、トニーの肩を叩く。
「は、はい‥‥。皆さんのご協力、どうぞお願いいたします」
トニーはしばらくの間ずっと頭を下げていた。
●結婚式当日
地元の政治家や財界人などが集まったチャペル。能力者たちは参列者の中に紛れ込んだ。違和感はない‥‥はずだ。そして、憮然とした表情のマークとアリス。皆、そんなことはどうでもいいらしい。ついにバージンロードをアリスが歩もうとした瞬間‥‥音を立てて、ドアが開かれた。
「アリス、君のことがずっと好きだった!!」
トニーが入り口に立ち、叫んだ。
「トニー!?」
アリスは振り返って、目を見開いた。
「さぁて、甲斐性無いお節介約の参上だ!」
五十嵐の大きな声が響きわたった。
「ヒャハハハハ!!! 結婚式殴り込み部隊だぜ! なんつってな♪ オラオラッ! 死にたくねぇーなら逃げな」
悠夜が思い切り言い放つ。
なんだなんだと来賓がざわめき立て始めた。
「アリス、僕のところへ来い!!」
いつになく男らしいトニーの元へ、アリスが振り向き、駆けだした。
先に結婚式来賓として忍び込んでいた和泉が追いかけようとする他の来賓の足止めをする。
「ああーっ、足がひっかかっちゃった」
ズテンと和泉から足をひっかけられた来賓がび、それをきっかけに来賓がドミノのように倒れていく。支援にまわっている五十嵐や荊信、如月はあやうく巻き込まれるところだった。
「トニー、こんなことして‥‥」
アリスは逃げながら涙ぐんでいる。ある程度、チャペルから離れたところへトニーたちはたどり着いた。
「アリスさん、ウェディングドレスじゃ目立っちゃうから、これ着てください」
和泉はアリスのために洋服を差し出した。
「ありがとう。トニー、この人たちはいったい‥‥」
「アリスのことが好きだから、ずっと好きだったから‥‥でも、言えなくて‥‥こうする方法を選んだんだ。頼りない僕だけど、ついてきてくれるかい?」
アリスはトニーの胸に飛び込んだ。
「もうっ、ずっと言ってくれるのを待っていたんだからねっ!!」
抱き合う二人。そして、それを傍観しているしかない能力者たち。
「あの、これは二人が生まれた年と年式が同じワインです。ちょっとしたご祝儀に‥‥」
五十嵐がワインを差し出した。
「ありがとう。これからはもっと強くなります。アリスのためにも」
トニーは微笑んだ。トニーとアリスの物語は第二章が始まったばかりだ。トニーがいかにアリスを幸せにできるか。トニー、頑張れと能力者たちは心の中で呟いた。