●リプレイ本文
「初めての依頼で緊張です」
フランツィスカ・L(
gc3985)が分厚い瓶底眼鏡から見せる瞳は真剣そのものだ。
「皆さんよろしくお願いします」
如月葵(
gc3745)は丁寧に挨拶すると、辺りを見渡し、言葉を続ける。
「温泉街の立て直し、ですか?」
温泉街はお世辞にも賑わっているとは言えず、閑散としている。今回の依頼主が言うには、亀が原因だそうだ。
「‥‥亀は爬虫類、変温動物だ。温度が高くなると活発に活動し始める。もしかしたら、温泉が原因で集まってくるのかもな」
藤枝真一(
ga0779)の言葉を潤んだ瞳で聞いているのが天道桃華(
gb0097)だ。どうやら藤枝をシンちゃんと呼んでいて、藤枝とは自称ほのぼのラブラブカップルらしい。今回は二人の温泉旅行も兼ねてやって来たらしい。みんなの嫉妬や妬みを買わないといいのだが‥‥。
「しかし、亀なんて‥‥こんなキメラを作って何がしたいのでしょうか」
九龍リョウマ(
gb7106)は首を傾げる。確かに依頼主の話だと人に危害を加えるというわけでもないらしい。
「自由に気ままにキメラが闊歩している‥‥。一般の人は不安になるでしょうね」
結城有珠(
gb7842)の言葉にみんな納得がいったようだ。自分たちは能力者だから危害を加えないキメラなどあまり気にしないが、一般人からしたら脅威となるだろう。そして、それが温泉街を寂れさせた主な原因なのだろう。
「一般に原生生物に近いキメラはほとんど無害だ。まあ、放っておくと、生態系に深刻なダメージを与える可能性があるから野放しにはできないが、無理に倒す必要はないだろう」
今回の亀は無理に倒すべきではないという方向に話を持っていく藤枝を天道がキラキラとした瞳で見つめている。シンちゃんかっこいい〜とか思っているに違いない。
「にゃー! それでは目標は温泉に現れた亀を捕獲にゃ! 龍ちゃんと一緒にするのら!」
称号にゃんこ娘のリュウナ・セルフィン(
gb4746)が拳を突き上げた。
「私、リュウナ様と一緒に行動しますよ」
東青龍牙(
gb5019)とリュウナはどうやら仲良しらしい。もしかして‥‥ゆ、百合ですか!?
能力者たちの間では亀キメラを捕獲して、客寄せに貢献できるのではないかという話が持ち上がっている。
「捕獲か‥‥排除より面倒だな」
西島百白(
ga2123)は無表情のまま、誰に言うわけでもなく一人呟いた。
「殺しちゃうのも可哀想よね。生け捕りで済ませられるんだったら、そっちのほうがいいかな‥‥」
天道は指先を顎に当て、考えている。
「成功するかはわかりませんが、宿の主人に餌になりそうなものをもらって、おびき寄せましょう」
九龍は成功するかどうかわかりませんけどねと苦笑している。
「そうですね、危険性がないといってもラストホープに持っていかなければならないでしょう」
結城は捕獲してラストホープへ送るのが妥当だと考えているらしい。
「亀キメラを客寄せに使えないのでしょうか? マスコットみたいな感じになってもらって‥‥」
如月は無抵抗の者を殺したくないという信念から、あえてみんなの意見に抵抗してみた。フランツィスカは同意しているようだ。しかし、他の能力者たちは首を横に振った。亀といっても、キメラである。いつ一般人の生活を脅かすものになるか分からない。
「亀は何体いるか分からないが、捕獲してラボに送るべきだろう。生体サンプルが多いに越したことはない。カンパネラには手配を出しておく」
藤枝は他の能力者を引っ張るように意見した。
如月は亀が客足を遠のかせている原因ならどうすればいいのか考えていた。
「ポスターとか作ったらどうでしょうか。キャッチコピーは『一度はおいで、亀もくつろぐ、長寿の湯』‥‥とか」
如月の意見にフランツィスカもアイデアが浮かんだようだ。
「キメラは飼わないにしても、すでに根付いている亀キメラのイメージを利用して、キャラを書き起こして、ぬいぐるみを作ります。亀をモチーフにしたお菓子とか‥‥」
如月とフランツィスカは、亀キメラを逆に利用して客寄せにすることを宿の主人に交渉に行くことに決めた。
「こんにちは〜」
宿の主人に聞こえるように、フランツィスカは戸を開けて挨拶をする。
奥から出てきたのは、宿の主人にしては歳をとっている皺々のおじいちゃんであった。
「あれかい? あんたたちが亀をどうにかして客寄せに協力してくれるという……なんだっけっか?」
「能力者です」
如月は威張っているように聞こえぬよう、丁寧な口調で答えた。
「で、本題なんですけども、亀キメラ自体は私たちでそれ相応の処分をしたいと思っているのですが、亀キメラが現れたことを逆手にとり、ポスターやぬいぐるみを作成したらどうかと思っているのですが‥‥」
フランツィスカの言葉に宿の主人の顔が綻んだ。
「ほほう、それはおもしろそうじゃ。いっそのこと『タートルズ温泉』にしてしまおうかいな」
タートルズ温泉−−宿の主人のネーミングのセンスに如月とフランツィスカは絶句した。いや、決してセンスが悪いなんてことは‥‥思っていないはずだ。
「じゃあ、能力者さんたち頼むよ」
「はい、頑張らせていただきます」
如月とフランツィスカは宿を後にした。
「タートルズ温泉‥‥」
二人の呟きが見事にシンクロしたが、そのことよりもタートルズ温泉というネーミングのほうが重要な気がした。
如月とフランツィスカは戻り、宿の主人からポスターやぬいぐるみで客寄せすることを承認してもらったことを報告した。
能力者たちは本格的な作戦会議に入る。
「キメラを発見した場合は無線機で連絡を取り合いましょう。それまでは温泉街をふらふらと散歩します」
そう言った結城と同じように考えている能力者は多いようだった。
「宿の主人に亀の餌でももらって簡単な罠を仕掛けますね」
九龍は微笑んだ。
「亀はひっくり返して捕獲するにゃ! 大きかったら龍ちゃんと一緒にひっくり返すなり〜!」
「リュウナ様と一緒なら心強いです。私たちも簡単な罠を仕掛けましょう」
リュウナと東青は今にも手をつなぎそうな勢いだ。もう一方のカップル、藤枝と天道も簡単な罠で捕まえて捕獲するらしい。
「亀と言えば‥‥やっぱり甲羅は硬そうだね」
空漸司・影華(
gc3059)の言葉に天道が言葉を返した。
「亀をひっくり返して身動きを封じて捕獲するにゃ。大きかったら「凶骨の槍斧」でテコの原理をひっくり返すよ」
「じゃあ、とりあえず私たちは依頼主に餌になるものをもらいに行きましょう」
九龍が罠で捕獲するといった能力者たちに提案した。
「わたくしは町の人に聞き込みをして、出現しそうなところへ罠籠を設置しましょう」
フランツィスカや結城は町のほうへ出るようだ。西島は亀キメラが発見されるまで地形把握のため、単独行動をすると無表情でぼそっと言った。
依頼主の元へ集ったのは九龍、天道、藤枝、リュウナ、東青、空漸司であった。
「おやおや、これはみなさんお揃いで‥‥若いっていいのう」
ほっほっほと独特の笑い方をする依頼主のおじいちゃん。
「亀を捕まえるために何か餌になるようなものがあったら頂きたいにゃ」
元気娘リュウナが明るくお願いする。依頼するぐらいだから餌になるものぐらいくれるかもしれないが、こういうときに明るく元気に頼める人がいると安心だ。
「池の鯉の餌しかないにゃっ!」
依頼主はリュウナの口調を真似て、鯉の餌を能力者たちに差し出した。口調を真似た主人にツッコむ者はいない。
「鯉の餌で充分ですよね」
天道が手にとった餌はペットショップで売っていそうな鯉の餌だった。
「客もあまり来ないし、亀たちが可愛く思えてきてね、それでその餌をやっているのじゃよ」
依頼主が亀を餌付けしていたなんてことは誰が想像していただろうか。
「えーっと、それでは、亀が現れる時間とか‥‥分かっています?」
東青が動揺を隠しきれず、口調がたどたどしくなってしまっている。
「だいたい夕方かね。いつも亀たちが来る前に男湯にね、餌を蒔いているんじゃよ。もうわたしの日課になってねぇ」
どこまでもノンキな依頼主。空漸司はこの宿はいろいろな意味で大丈夫なんだろうかと頭を抱える。この依頼主が余命幾ばくもなかったら温泉街も再び寂れてしまうだろうということまで不謹慎ではあるが想像が及んでしまった。
亀キメラがおそらくいつもの餌の収穫にやってきた様子が遠くに窺えた。
「亀キメラが来ました。全員集合しましょうか」
その場にいる能力者たちに九龍は話しかけた。
「こちら藤枝、依頼主の元へ来るように」
藤枝はここにいない能力者たちに無線で呼びかけた。
「え、足湯に足をつけたばかりなのですが‥‥」
温泉街をぶらぶらしていた結城は、たどたどしく不満気な返事をした。
先に宿に来ていた能力者たちは、依頼主がいつも餌をまいているという男湯に罠籠を準備していた。
「亀はね、いつもこっちの方向から来るんじゃよ」
依頼主は町にある大きな池の方向を指さした。餌付けしたからやってくるようになったのか、やってくるようになって餌付けしたのかは定かではないが、池に住んでいると考えて良さそうだ。
午後四時。
男湯に亀が五匹現れた。大きいのが亀が二匹に小さい亀が三匹である。亀ということだけあって歩みは遅い。
「アレか、さっさと始めるか‥‥」
西島が小さい亀をフンッとひっくり返した。天道は大きい亀の腹の下に長柄武器の先端をもぐりこませて、テコの原理でひっくり返す。
「いい子だから、ちょっとだけ我慢しててね。シンちゃん、あたしこの亀飼いたいな」
「桃華、ウチでキメラを飼う余裕なんてありません」
藤枝に一蹴された天道は泣きそうな顔で落ち込んでる。
「あ、忘れてた」
亀をひっくり返したはいいけど、様子を観察したまま放置していた西島は捕獲するのを忘れていた。
「龍ちゃん、一緒にひっくり返すなり!」
東青とリュウナは一緒に罠籠に引っかかった亀をどんどんひっくり返していく。
「ん〜、なんかこう‥‥浦島太郎の亀虐めをしている子供みたいだなぁ」
空漸司はなかなか的を射た発言をする。
「どう見ても無害なようですね‥‥」
九龍はひっくり返った亀を眺めながら呟いた。如月も同じ事を考えているようだ。
亀を全部捕獲し終わった能力者たちは五匹全部をラボへ送ることにした。生体サンプルが多いに越したことはないだろうし、今回現れた亀キメラが五匹だけだったということもある。とりあえず今はメトロニウム合金の檻に閉じこめている。うんともすんとも言わない亀は非常におとなしい。
「亀みたいなゆっくり動くモノにはリラクゼーション効果がある。それに亀は長寿の象徴。温泉宿にはピッタリだと思う」
藤枝は亀をまだ飼いたそうにしている天道を後目に話した。
「むー、一匹飼いたかったかも」
藤枝を天道はちらりと見上げるが、無視されてしまっている。しぶとく亀を飼いたいと何度も藤枝に打診しているが、ただちに却下されている。
「あんたたちのおかげで温泉街にも客足が戻るんじゃろうな。ポスターやぬいぐるみは町の人と頑張るぞよ。本当にありがたい。温泉でも浸かっていきんしゃい」
依頼主はお礼に温泉に浸かっていけと言った。
「桃華、混浴で一緒に入るか?」
「シンちゃん、私は水着を着るからねっ!」
天道は混浴と聞いて、頭の中がピンクになってしまい、かなり動揺した発言をしてしまっている。結局、天道は水着着用で藤枝と混浴することになった。
「あんたたちも温泉がすきなのねー」
隔離された亀を見ながら、天道は独り言のように言った。その言葉の響きには、まだ亀を諦めきれない想いが込められているのは気のせいか。
「にゃー! 温泉なりー! にゃー! 温泉でのんびりするのら!」
リュウナはすっかりテンションが上がっている。
「お疲れさまです♪ 温泉でゆっくりしましょうね♪」
東青は嬉しそうに言葉を返す。温泉に浸かったあとに牛乳でお腹を下す運命にあるだなんて、この二人にはまだ知らなかった。
九龍はお酒を持って温泉へ浸かる。
「これ、一回やってみたかったんですよね」
酔っぱらって覚醒し、胸が大きくなり女性っぽい体つきになっている。周囲の男性の目を釘付けにしていることには、酒のせいか気づいていない。
「ん〜、やっぱりサイコーですね。それにしてもどうしてみんなコッチを見ているのでしょうか。」
酔っぱらって胸が大きくなるだなんて、女性にしたら羨ましい限りだろう。入浴後の宴会でも、酔っぱらって浴衣の胸元がはだけても気づいていない九龍だった。
「いい眺めですね‥‥」
空を見上げながら、結城は呟いた。いまだに足湯を中断されたことを気にしていることは誰も気づいていない。
「さて、せっかく温泉宿に来ているんだし、ここは温泉に入らないと損だよね」
空漸司はポニーテールのように髪を纏めている髪を解いて温泉に浸かる。
「‥‥『影に咲く華』のように、小さくても弱くてもみんなを守れるように努力しないと‥‥」
空漸司は宴会で日本酒を嗜んでいたが、周りの能力者たちにやたら絡みだした。後日、本人に聞いてみると記憶にないらしい‥‥。
如月は一人で星空を見上げながら一人唄い、西島は温泉に誰もいないことを確かめてから入った。フランツィスカも内気な性格で、あまり他の能力者とカラむことはなかった。
後日、タートルズ温泉として様々なメディアにぬいぐるみや亀をモチーフとしたお菓子が紹介されるようになった。あなたも一度タートルズ温泉に来てみませんか?