●リプレイ本文
能力者たちを乗せて、車はカンパネラ学園へと向かっていた。
「こういう学園には縁がなかったので、見学に来たかったんですよね」
どこか楽しげなのはゲンブ(
gc4315)である。孤児院で育ったという経緯から他の者より、学園への憧れがあるのかもしれない。
「実際に彼女の絵を見てみないと原因がどこにあるのかわからんのが痛いな」
ぼそっと呟いたのは漸王零(
ga2930)である。
「人の似顔絵‥‥。ふふっ、気持ちは、分かります。想いを寄せるお方の姿を、自分の元へ留めたい。素敵、ですね。ああ、あぁ‥‥っ!」
一人で恍惚し、身悶えしているのは影空美照(
gc4076)である。このとき、犬坂刀牙(
gc5243)に、違う意味で身の危険が迫っているなんて、犬坂本人は気付いてないであろう。健気とストーカーは紙一重‥‥とか言ってはいけないのである。
「似顔絵ですか‥‥。事前にアリーナさんにお願いしてフィオナさんの絵を描いてもらいましょう」
フィオナ・フレーバー(
gb0176)へアリーナに似顔絵を描いてもらうことを提案したのはジョシュア・キルストン(
gc4215)である。この青年、素性を偽装した元詐欺師である。胡散臭い笑顔と人を食ったような態度はその名残である。
「ジョシュアさん、私でよければアリーヌさんに似顔絵を描いてもらいたいな。私がアリーヌさんが描きたいって思うような特徴をもってればいいんだけど」
フィオナはおっとりと話した。似顔絵を描いてもらえば、描いてもらった人がどう思うか分かるはずだと考えているようである。
「カメラと盗聴器のチェックしとかなくちゃなー」
影空の視線を背に受けつつ、カメラと盗聴器が正常動作するかチェックしている犬坂。
「わう‥‥?な、なんだか、背後から視線を感じるんだよ‥‥?」
絵は描く人の思いが詰まった世界に一つだけの大切なものであり、それを易々と破り捨てるような輩にはお仕置きが必要と考えているのは天羽恵(
gc6280)だ。しかし、アリーヌに非がなかったわけでもないと考えているようだ。天羽は仲間想いで情熱的な性格の持ち主だが、感情をうまく表に出せず、冷徹な印象を与えがちで、本人もそれを気にしているようだ。
「聞き込みの要点はアリーヌの評判と似顔絵の評判ですかね」
カイン・メンダキオルム(
gc6217)は犯人捜索より美術部設立よりの行動へ出ようとしているようだ。カインは二重人格であり、その性格は普段に反して饒舌で毒舌で好戦的である。しかし、本人はその人格を認識できていない。似顔絵を見て、別人格が出てこなければいいのだが‥‥。
それぞれの想いを乗せて、車はカンパネラ学園の入口へと到着した。
「みなさーん、こんにちはー」
学園の入口で出迎えてくれたのは、ツインテールにぽっちゃり気味の体型のアリーヌであった。若干、疲れがみられる。何度も絵が破かれ、描き直した疲れが出ているのだろう。
「こんにちは、アリーヌさん、私の似顔絵を描いてもらえませんか」
フィオナがおっとりとした口調でさっそく切り出した。
「うーん、なるほど。いいでしょう。では、さっそく、文化棟の空き教室へ。私の絵も観てもらいたいですし」
アリーヌから絵を観てもらいたいと切り出すとはこれ幸いである。
能力者たちはアリーヌに連れられて、ぞろぞろと文化棟へ向かった。
(当人の評判も良く、似顔絵の出来も良いというのなら、その似顔絵が無許可であるとはいえ、人の一人は集まってもよいはず)
カインはアリーヌの絵に難があるのではないかと憶測しながらついていったが、先入観をなるべく捨てることを試みた。
「さあ、どうぞ。これが私の絵です。フィオナさんはそこへ座ってください」
アリーヌの絵を観て、能力者たちは言葉を失った。下手ではない。下手ではないのだ。
特徴をとらえているのはよく分かる絵だ。しかし、特徴を強調しすぎて、おかしなことになっているのだ。
これでは描かれた本人もたまったものではないだろう。
アリーヌ独特の絵の描き方なのかもしれないが、お世辞にも一般的な意味で上手とは言えない。
「あぁ、こりゃダメだわ」
カインの別人格が毒舌を誰にも聞こえないように吐いた。
漸がアリーヌが勝手に他人の似顔絵を描いていることに対する説教を始めた。
「たしかに汝の意気込みはいいものだ。だがな、勝手に他人を描いてそれを飾って宣伝しているというなら‥‥汝がやっている事は盗撮と似た様なものだね。汝は盗撮を容認できるかい? 人を描くなら相手にちゃんと理解を得てからにしたまえ。それとも、自分に描かれてありがたく思えと思ってるのか? 絵を描くことの素晴らしさと楽しさを伝えるために美術部を作りたいのではないのかい? 今の汝の絵は独り善がりの自己満足な絵だよ。そういった絵が描きたいなら一人で風景でも描いていればいい」
アリーヌは漸の言葉に涙ぐみ、俯いた。
「私、心を入れ直して頑張りますから!! まずはフィオナさんを描かせてください!」
どこまでも前向きなアリーヌである。
アリーヌはフィオナと向き合って、うーんと唸っている。
「うーん、フィオナさんを一言で表すと、金色ですね」
「‥‥そうですか?」
アリーヌはキャンバスにフィオナの似顔絵を描き始めた。
「よしっ! できました」
描き始めてから描き終わるまで、ほんの十分程である。
「どうですか? フィオナさん」
フィオナに見せてきた絵はとにかく金、金、金である。一応、顔にはなっているが‥‥。
(似顔絵を描かれた人はあまりいい気分はしないかも‥‥)
フィオナはそう思った。
「このフィオナさんの似顔絵を飾っておきましょう」
ジョシュアが提案した。ジョシュア自身は教室の掃除用具入れかロッカーへ隠れるつもりだ。
「大丈夫ですか? ジョシュアさん」
フィオナが心配そうに尋ねる。
「まあ任せておいてください。すぐに解決しますって」
ジョシュアは力強く答えた。
「カメラと盗聴器を一応とりつけておくよー」
犬坂は空き教室の死角にカメラと盗聴器をしかけた。
「あ、これは私が作ったチラシです」
アリーヌが差し出したチラシには『あなたの芸術、爆発させてみませんか』云々書いてある。
「絵が好きな気持ちは分かるけどよ、少し押しつけがましくねえかねぇ?」
カインはぼそりと呟いた。盗撮紛いが「素晴らしい作品」とはカインは認めなかった。
(情熱は確かなんだ。なら正当であるべきだ。きちんとした段取りで絵を描き、そして展示しろよ。きっと伝わる。伝わるさ)
能力者たちはチラシ配りも兼ねて、情報収集をすることにした。
ゲンブと犬坂、そしてカインは美術室に出入りする人を重点的に聞き込みを行うことにした。
「すみません、お伺いしたいのですが‥‥」
話しかけても無視されるか、おもむろに嫌な顔をされることが多い。
「犬坂さん、臭いで犯人を追えませんか?」
ゲンブの無茶ぶりに、困惑する犬坂であった。
「ああ、アリーヌって、人のこと勝手に絵にして迷惑なんだよね」
「一人で勝手に美術部作ろうなんてバッカじゃないの」
「アリーヌごときの才能で美術部なんて馬鹿げてるわ」
情報収集の結果、以上のような声が得られた。どうやら生徒達はアリーヌのことをバカにしているらしい。
肝心なのは誰が絵を破いているかということなのだ。
「お知り合いに、絵のお好きな方は、いらっしゃいませんか?」
影空がチラシを配りながら尋ねた。
「ああ、いるよ。なんか美術部作りたかったみたいだけど‥‥アリーヌがねえ」
「え‥‥その方の名は?」
「ここだけの話にしてくれる? セシリーっていって、すごい絵がうまいんだ」
「セシリー、さんですか‥‥ありがとうございました」
夕暮れ時、文化棟の空き教室に忍び込む者がいた。フィオナの絵に手をかける。
「ちょっとあなた、そういうのはよくないですね」
ジョシュアが掃除用具入れから出てくると、フィオナの絵を破りかけていた女の子がはっと振り返る。
「私はただ‥‥」
「ただ破ろうとしていただけですか?」
女の子は押し黙ってしまった。
他の能力者たちとアリーヌが空き教室へ戻ってきた。
「セシリー」
アリーヌは女の子の名を呼んだ。
「この子がセシリーさんなんですね」
影空がチラシ配りのときのことを思い出す。美術部を作りたかった人物であったと。
「セシリー、どうしてこんなことを!?」
アリーヌは明らかに動揺している。
「私のほうが才能があるのに‥‥どうしてアリーヌが美術部なんか‥‥」
怒りなのか悲しみなのか、セシリーの目からは涙がこぼれている。
「一緒に美術部をやりましょう。私、セシリーから学びたいことがたくさんあるもの」
「どっちが部長をやるのよ、アリーヌが部長なんて絶対に嫌だわ」
「そ、そんな‥‥」
落ち込むアリーヌ。
「今後どうするかは、アリーヌさん次第です。素敵な部活になるといいですね。応援しています」
天羽はアリーヌを励ました。
「意見をぶつけ合い手を取り合う事、それは青春の特権ですよ」
ジョシュアもまた励ました。
この少女たちが美術部の設立を通して、成長することを願ってやまない。