タイトル:【決戦】Happy go luckyマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/08 09:56

●オープニング本文


 宇宙は、静かだった。
 キラキラと輝く光が、命をかけた争いの炎だと知っていても。
 闇の中に浮かぶ幾つもの光が、音もなく生まれては消えていく。
 静寂の中、それはとても美しく見えた。

 禍々しく光を放つバグア本星とて、今や戦場だ。
 人類は、いつのまにこんな力を得たのだろう。
 バグアが地球を支配し、人類を管理していくことこそが、戦争を終わらせる唯一の手段だと思っていたのに。


 宇宙を漂う真紅の機体。
 内部モニターが点灯し、どこからか増援を求める通信がコックピットに響き渡った。
「――戦えって?」
 ポツリと、呟く。
 唇の端を、ゆっくりと歪めながら。
「愛子のこと、懲りてないじゃん」


 死人ほど、自由な立場など無いというのに。




    ◆◇
 本星艦隊追撃の最中、敵艦の主砲を受けて沈んだ、UPC宇宙軍中央艦隊のエクスカリバー級巡洋艦ネイリング。
 クルーの半数は行方不明となり、その多くが死亡したと見られている。
 それでも、生き残っている者はいた。
 UPC軍は撃沈したポイントに輸送艦を派遣し、生存者の捜索と救助にあたらせた。
 期待したよりは多くの生存者を回収し、一度帰路についた輸送艦。しかし、九死に一生を得た生存者にとって最悪の事態が、その航海中に発生したのである。


 絶望的な報告が、艦橋を飛び交っていた。
 生存者を乗せて帰る途中のリギルケンタウルス級宇宙輸送艦が、バグアのワーム部隊に襲撃されたのだ。
 護衛のKV8機が全滅と引き換えに本星型HW数機を破ったものの、残るワームやキメラの接近を許し、とうとうバグアの生身部隊が艦内に侵入を始めてしまった。
 どさくさ紛れにヨリシロでも得るつもりか。ともかく、危機的状況に変わりはない。
「艦内のULT傭兵、それからバーデュミナス人も迎撃に出せ! 艦橋まで辿り着かせるな!」
 その時だった。
「左舷‥‥右舷からも新手のワームを確認! 艦に取り付こうとしています!」
「何!? 本星型か!?」
「いえ、通常のヘルメットワーム1機と‥‥」
 弾かれたようにモニターを振り返る艦長。彼が見たものは。

「ゾディアック山羊座、ファームライドです!」


    ◆◇
「わはははは! そーれ隔壁封鎖!!」
「「‥‥‥」」
 バグアの侵入が激しい区画では、2体のバーデュミナス人と謎の四足獣が通路を走り回っていた。
「このラッキー様にかかれば、チョロいもんよ! わははははは!!」
 宇宙服を着た白いマルチーズが、宙に浮いたまま高笑いを上げている。

 そう。
 HWでやって来た、再生バグアのラッキーである。

 今、ラッキーは輸送艦の通路を走ってきた宇宙服の人影を、壁の中のスイッチを押して隔壁を落とすことで撃退(?)したのだ。
 その背後で、ヒソヒソと話し合うバーデュミナス人達。
 ラッキーは彼らに向き直り、その宇宙用のパワードスーツから伸びた触腕を、ガシッと握り締める。
「いいか、お前らはバグアやない。けど、本星艦隊の一員や。俺様が絶対に守ったるからな!!」
 関西弁で意気込むラッキー。地球語の簡易翻訳機を着けたバーデュミナス人たちは、ますます混乱して顔を見合わせた。
「‥‥リリア様も、もうおらへん。俺みたいな下級再生バグア、再生された意味も‥‥ないと思ってた」
 小さな小さなヘルメットの中で、ラッキーの目から一筋の涙が零れた。
「でも、俺は決めた! お前らを守って、無事にどっかのバグア部隊に合流させたるからな!!」
「‥‥‥」
 どうやら、ラッキーは根本的に、今のバーデュミナス人の立ち位置を誤解しているようだった。
 先程撃退したのは、宇宙服を着た人間サイズのバグア兵である。
 遠目に一瞬だけ見て慌てて隔壁の封鎖ボタンの場所を教えてもらったため、イマイチ気付けなかったらしい。
 とはいえ、ここで真実を教えても、人類側が得をすることなどない。
 バーデュミナス語で相談した2人は、ラッキーを引き連れて別の通路に移動することにした。
 次の通路にも、バグア兵とキメラの姿がある。
 バーデュミナス人たちは、それらをラッキーが視認しないよう、隔壁封鎖ボタンのある場所でスタンバイしてくれと頼むと、自身らは触腕に持ったライフルを掃射し始めた。
 彼らにFFを破る力はないが、ULT傭兵が来るまで押し留めることはできる。バーデュミナス人たちは、必死で通路を守り続けた。
 だが、侵入してくる戦力は少なくない。徐々に圧されていく。

 その時だ。

 バグアやキメラの背後から、強烈なソニックブームが通路を突き進んだ。
 次々と切り刻まれていく宇宙キメラ達。
 更に、通路の先に現れた宇宙服の人物が、背に負った大口径ガトリング砲を構えるのを見て、咄嗟に退避するバーデュミナス人。

「なっ‥‥きさま‥‥!?」
 銃弾の嵐が吹き荒れる通路で、ハチの巣と化したバグア兵が掠れた声で叫んだ。
「あれ? 意外だった?」
 血と肉片に塗れた通路を進み、その女は、醒めた表情で彼を見下ろす。
「ごっめーん。ソフィアやアスレードが居れば、ちょっと考えたかもなんだけどさ」
「――‥‥がっ!?」
 宇宙服の靴底が容赦なく、瀕死のバグア兵の腹にめり込んだ。
「あたしね、死人なんだ。しかも、たぶん今から数分の命。わかる?」
 もはや、バグア兵に答える力などない。血を吐き、徐々に脱力していく。
「あたしが何のために戦って、何のために死んだのか、佐渡は考えた方がいい。バグアの為に戦って死ねって? ハァ? カンチガイも大概にしてって感じ」
 靴底を死体から離し、クルリと振り返る女。バーデュミナス人たちに、緊張が走った。
「プリマヴェーラさま!!」
「ん? 犬?」
「プリマヴェーラさま! お、俺は、リリア・ベルナール北米総司令官配下、ラッキーです!」
 騒ぎを聞いて駆け付けたラッキーが、驚いた表情で通路に飛び出してくる。
「さすがプリマヴェーラさま! 友軍が壊滅するような相手を、一人で撃退したのですね! これで百人力! わはははははははは!!」
「‥‥え?」
 お前は何を言っているんだ、とでも言いたげな表情でラッキーを睨んだプリマヴェーラだが、通路の先で困惑した様子のバーデュミナス人たちを見て、なんとなく、状況を理解した。
「ああ‥‥なるほどね‥‥」
 ラッキーは、攻め込んできたバグア軍を艦内の人間達が倒して死体の山が出来、その人間達をプリマヴェーラが蹴散らしたから通路に誰もいないのだと思い込んでいるらしい。
「まあ‥‥いんだけどね‥‥」
 そうこうしているうちに、通路の先と奥、両方から、複数の気配が近付いてきた。
「来たな! 隔壁操作は俺に任せてくださいっ!」
「じゃ、あんたはそれだけ見てて。絶対目を離さないでね。いつ指示するかわかんないから」
「ラジャー!!」
 元気いっぱいに騙されるラッキーを見送り、プリマヴェーラは二丁拳銃を構えた。

 準備を終えたULT傭兵達が通路に到着したのは、その時だった。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
森里・氷雨(ga8490
19歳・♂・DF
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

(字数を大きく超過しておりますが、遅延状況と依頼の内容的に特例として許可しております。
 ご了承くださいませ)

●赤宮 リア(ga9958
 通路を塞ぐように立つバーデュミナス人のお二人は既に傷だらけで、私はまず、彼らに駆け寄りました。
「もう大丈夫です。後は任せて下さい!」
 治療の光に包まれ後退した彼らの目には、安堵の色が浮かんだように思います。
 FFを破る力が無くとも、彼らはここを守り続けました。その勇気に、私達も応えなければ。
 私達は各々武器を構え、そして――
「プリマヴェーラ‥‥?」
 ケイさん(ケイ・リヒャルト(ga0598))が茫然と漏らしたその名前に、誰もが動きを止めたのです。
 未だ鳴り止まない銃声と、ヘルメットを脱ぎ棄てた一人の女性。
 ‥‥これは、夢ではないでしょうか?
 私の脚は動かず、唇も言葉を忘れて小刻みに震えていました。
「そう、貴女も再生されたのね‥‥貴女の想いも何もかも無視で」
 独り言のように呟いたケイさんの声には、底知れない怒りの感情が込められていて。
「‥‥本当に‥‥彼女なのですか‥‥?」
 私は、思わず仲間に答えを求めました。それまで口を閉ざしていた皆さんの表情が、ようやく事態を呑み込めたという風に引き締まってゆきます。
 ああ、でもまだ信じることができません。
 けれど、
「まさかとは思ったが、もう一度会えるなんてな‥‥ロスタイムってヤツか?」
 レイジさん(鈍名 レイジ(ga8428))が、
「‥‥ゾディアック山羊座っテ、プリマヴェーラの方だったのカ」
 ラウルさん(ラウル・カミーユ(ga7242))が、
「数分で消えるだろうけど、味方とも限らないんじゃない?」
 羽矢子さん(赤崎羽矢子(gb2140))が、
「いいえ。生前の最期の時の感情の侭、だとしたら‥‥。彼女は、きっと‥‥」
 ケイさんが。
 そして、私が。
「プリマヴェーラ!!」

 ‥‥間違える筈がない、でしょう?

「――赤宮?」

 振り返った彼女の顔、彼女の声。
 どうしてこんなに懐かしく感じるのでしょう?
「まさか貴女と肩を並べて戦う日が来るなんて‥‥」
「‥‥。ちょっと、ね‥‥」
 その時、プリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)は、私達を振り返って、何故か自嘲気味に口元を歪めたのです。
「‥‥プリマヴェーラ?」
 私は無意識に下腹部に手を遣り、しかし、次の瞬間には洋弓を手にキメラを撃ち抜いて。

 守るべきものができた今、どうして私はここに来たのでしょう。
 どうして、この依頼に心を動かされたのでしょう。

 その答えは、きっと‥‥。


●森里・氷雨(ga8490
「ああ! バグアが隔壁操作ボタンの前に! 奥の隔壁閉じられタラ、向こう側カラの増援と合流出来なくナルから困ったナー、困るナー」
「‥‥。ラッキー! 3、4封鎖!」
「ラジャー!!」
 ぶっちゃけラウルさんの演技力は如何なものかと思いますが、この場に咲く貴重な! OPPAI! プリマヴェーラ嬢は、幸いにもこちらの意図を察してくれたようで。
 雄犬が嬉々として通路を寸断する様を、あのM字禿京太郎に見せてやりたいもんですよ。‥‥本来の苗字なんでしたっけ。佐渡?
「あー、なるほどね。現状把握」
「え?」
「‥‥莫迦犬は勘違いしてる様だけど、『彼女』は敢えて味方みたいね?」
 百地さん(百地・悠季(ga8270))、気付くの遅くないか。おっぱいだから許します。
 それにしてもアホ犬、意外とテキパキ行動してやが――
「ちょっと!! なんで2封鎖してんのよバカじゃないの!?」
「えええええ!! な、なんでや!? これをこうしてk」
「馬鹿野郎ーーーーーッッ!!!!」
 何を言っているかわからないかもしれないが、気付けば俺はアホマルチーズの胸倉引っ掴み、涙を流していた。
「メス犬に生まれ変わって再会する約束だったでしょうが!? なのにプリマヴェーラ嬢以外、キメラに至るまで雄ばっかじゃねーか!」
「く、苦し‥‥! 死ぬぐえっ!?」
 後ろで仲間達が戦ってる音がするとか、赤崎さんが隔壁2を開け直して3と4を開けてるとか、そんなことはどうでもいい!!
「アレか? 佐渡が再生時に女体化に失敗したか邪魔したんですね? 俺のおっぱいドリームin宇宙を返せ!!」
 許すまじ、M字禿。人望もなければ髪もない。ハゲてた過去は消せねぇんだよ!!
「そもそも再生能力なんておっぱ――うぶぉっ!?」
「はいはーい、そのへんにしてね。それの死に際へ駆けつけなかった愚痴も言いたいのよ」
 百地さんの声と鈍器で殴られたような衝撃に、涙で滲む視界が揺れた。
 俺は馬鹿犬を取り落とし、無重力に身を委ねる。
 おのれ佐渡。俺をこんな目に遭わせるとは‥‥!!

 ‥‥いえ。それより何より。

「――犬ですらドジなりに己の信念の為頑張るというのに、無下に扱うとは」


●赤崎羽矢子
「あーあ‥‥何やってんだか」
 隔壁3と4を封鎖し終わったあたしの目の前には、悠季に殴られてプカプカ浮かぶ氷雨と、泡を噴きながら悠季の腕に捕まえられたマルチーズがいる。
 氷雨は最初こそ番天印片手に通路の敵を倒してたけど、暴走するとすぐこれだよ。
 通路の方を見遣ったけど、もう仲間の姿はない。隔壁2を抜けて前進して行ったみたいで、プリマとケイの大口径ガトリング砲が凄い音立ててるのと、たまに光線が行き過ぎるのとで、まだ割と激しい戦闘してるなってのが認識できる位。
「あーーっ!! お前ら!!」
「はいはい。大人しくして頂戴ね」
 あたし達の顔を見たラッキーがジタバタしてるけど、あの様子じゃ百地からは逃げられないな。
 というか、ブライトン――今は佐渡か。あいつも見境無いね。
 戦力になるか検討する余裕すら無いのかな。
 それとも‥‥狂った?
「ぎゃーー! 離せ! 俺にはあのイルカどもを守る使命があるんやーーー!!」

 一応言っとくけど、あんたが邪魔してるのはバグアだよ?
 ちなみにバーデュミナス人は地球人に保護されてバグアの支配を脱してる。

 って、言おうと思ったんだけどさ。
「‥‥やめとく」
 肩を竦めたあたしを見て、百地が微笑った。
 上にいい様に扱われてる奴を‥‥もうすぐ消えていくだけの奴を、わざわざ絶望させて喜ぶ趣味なんて無いよ。
「では行きますか」
「うわ、起きてたんだ」
 相変わらず光がない目で顔を上げた氷雨だけど、まだ暴れてるラッキーに自分の宇宙食を投げて渡すんだからさ。‥‥わからない奴だよ。本当に。でも悪い奴じゃない。
 ラッキーと操作盤を悠季に任せて、あたし達はプリマと仲間のほうに向かった。
「プリマがバグアと敵対してるのは‥‥今更生き返らされてバグアのために戦えと言われた事への抗議のつもりかな?」
「どうでしょうね。何にせよ、彼女は再生されたにも関わらず佐渡を裏切りました。馬鹿犬の暴走を防ぐことも出来ない。佐渡の人望も再生能力も、その程度ということです」
 氷雨の言葉は、ひどく冷めてて。
 けど、もしかしたら、彼なりに憤りを感じてるのかもしれないね。

 ああ、氷雨の言う通りだよ。

「これであたし達に勝てると思ってるなら、佐渡は相当な大馬鹿だ」


●鈍名 レイジ
 二人のガトリングが鳴り止んで、四挺の拳銃と赤宮さんの弓が敵を圧していく。
 隔壁2の前から完全に敵の姿が消えた隙に、ラウルさんが隔壁4の前へ、俺は瞬天足で一気に隔壁3方向へ。
「クソッ! まだ3匹も‥‥!」
 隔壁3周りのキメラは、未だ無傷だった。中型3匹の向こうから、バグアの光線が俺の脇腹に突き刺さる。
 熱い。そう怯んだ隙にキメラの触手が横殴りに肩を打って、俺の体が壁まで吹っ飛んだ。
「レイジ!」
 ケイさんの銃弾がキメラを撃ち抜く。お陰で体勢を整える時間が出来た。
 剣を構えて壁を蹴る。キメラの脳天に刃を差し込んで、振り返り様にもう一匹の触手を切り落とした。
 だが、そのキメラは、俺の次撃を待つこともなく死んじまった。
「一人で前に出過ぎ。何やってんの?」
 キメラの頭を破裂させたのは、プリマヴェーラの蹴りだ。その威力は半端じゃない。
「あんたに力を貸して貰えるなんて、これが最初で最後なんだろうな。派手に共闘も悪くないか」
「別に。この艦を助けたくてやってるワケじゃないし。今更、人の側に戻りたいわけでもないし」
 俺が右から斬りかかって、彼女が左から銃を撃つ。
 信じられないような状況だが、現実だ。
「じゃ、あんたは何でこんな事をするんだ? 理由があるんじゃないのか」
「‥‥‥」
 プリマヴェーラは答えない。ケイさんの射撃で光線銃を取り落としたバグアが、金属爪を振り回す。だが、それも赤宮さんの矢に阻まれて俺達に届くことは無い。
「まあ、いいさ。今は目の前のアイツを倒すほうが先だ」
「てか、一瞬じゃん」
 軽く笑ってみせた彼女の表情は、俺が初めて見る顔だった。
 敵意を向けるでもない、母親の顔でもない。

 プリマヴェーラの選択に、今更、口を挟む気なんてないさ。
 だがな、立場が変わって同じ目線であんたを見たら、そんな気持ちも揺らいで来そうだぜ。

 あんたは母親として死んだが、一人の人間としては、まだ若かった。
 勿論、俺よりは遥かに上なんだろうが、それでもまだ、死ぬような歳じゃなかったよな。

「速攻で決めるぜ。話したいことがあるんだ」
「‥‥了解」

 たった数分間でも。
 あんたと戦友になれて良かったよ。


●ラウル・カミーユ
 うわー、なんデ宇宙キメラってテこんなに気持ち悪いんダ!
 タコ? 虫? とにかく見た目が悪い!
「ラウルさん、危ない!」
 リアっちの矢が、僕の死角に居たキメラを隔壁に縫い付けて行く。ちょと危なかったカモ。
 ケド、後退してる暇はナイ。僕には‥‥彼女には時間がナイ。
 折角また出会えたんだカラ、リアムのコト、伝えたいモン。
 残るはキメラ1匹とバグアのみ! 僕は、殆どゼロ距離からシエルを撃った。
 バグアの胸に弾丸が減り込んデ、僕の脚が相打ちに突き刺される。それでも僕は、膝をつくワケにはいかナイ。
「急いでるカラさー、さっさとヤられちゃっテ!」
 天照がバグアの首を宇宙服ごと裂いテ、僕の勝ち。突進して来たキメラに吹き飛ばされそになったケド、ソレは無かったヨ。
「畜生、雄か雌かも不明なキメラばっかりですね!」
「よし、ともかく、これで全部だね。ラウル、立てる?」
 キメラを突いた得物を抜いテ、ひさめんとパヤコが周りを見渡しながら僕の方に来る。リアっちとケイちーの姿は、もう無かっタ。
「ヘーキ! 無重力だし、歩かなくてヨイしネ!」
「そう。じゃあ行こっか。‥‥伝えたいこと、あるんでしょ?」
「‥‥ウン」

 キメラの死体を押し退けテ、左へ。
 その先には、彼女が居たヨ。

「貴女がバグアに背き、私達と一緒に戦ってくれた‥‥それだけで私は夢の様に嬉しいです」
 リアっちの声が、震えテル。
 プリマヴェーラは壁際に浮いテ俯いテ、ジッとしてた。
「別に、あたしは‥‥」
「それでも、です。貴女が私達を助けるつもりではなかったとしても、私は‥‥」
「――も一度会えて嬉しーヨ。伝えたいコト、聞きたいコト、あったし」
 リアっちが言葉に詰まっテ、今度は僕が彼女に話しかけた。
「リアム‥‥インヴィはネ、キミに愛されてたコト分かってたヨ。分かってるカラ、何も返せなかったコトが辛いってサ。そして悩んでる」
 辛いナ。
 このヒトが死んでいくトコ、二回も見るコトになるなんてサ。

 ケド、彼女が再生されテ、僕らがココに居るコト。
 その時間を、無意味なモノになんかしたくナイ。
 
 聞いたコト、絶対リアムに伝えるヨ。
 だからサ、生き返ってヨカッタって思ってほしーんダ。
 僕がキミにしてあげられるコトは、ソレだけだカラ。


●ケイ・リヒャルト
「‥‥それが聞きたかった」
 彼女がそう呟いたのは、ラウルの言葉を聞いた後だったわ。
 宇宙服の中で、少しずつ崩れて行く体。想像のしようもない苦痛に違いないけれど、彼女は静かに微笑んでいたの。
「どういう事? プリマヴェーラ、貴女は、どうして‥‥?」
 彼女は言ったわ。人の側に戻りたいわけでもなく、人を助けたかったわけでもないと。
「あは。来たのがあんた達なら、あたしは結構な強運って思っただけ」」
「‥‥強運?」
 体を擦ることすら、崩壊を早めてしまう気がして。
 あたしは何もしてあげられない。
「‥‥だってさ、気になるじゃん? 自分の選択は後悔してない。けど‥‥生き返っちゃったら。生き返っちゃったらさ」
「プリマヴェーラ‥‥」
 彼女は、涙を流していたの。
 赤宮さんが彼女の手を両手で握って、同じように泣いていて。
「‥‥待ってた。インヴィが生きてるって、知ってる誰かが来るの。けど本星に行ったって、大軍対大軍の中に埋もれて何も出来ないし」
 主戦場から外れた、護衛も全て失った輸送艦なら、正規軍より傭兵が救援に差し向けられるかもしれない。
 そう考えたの?
 あたし達は、たまたま乗り合わせただけ。
 目当ての者が来る保証もない、無為に終わるかもしれない行動。
 それでも貴女は‥‥賭けたというの?
「聞かせて。お願い。頼むから。インヴィはあたしのせいで悩んでんの? 死んじゃいたいなんて思ってない?」
「‥‥心配しないで」
 生きている人間とは言えないほど柔らかな彼女の頬に、そっと触れて。
「悩んでいても。貴女の死も過去も、受け止めて。彼は――必死に、生きているわ」
 そう言ってあげるしか、できなかったの。
「ねぇ、今カラでも何か出来るコトってナイのカナ?」
「ああ。インヴィはあんたの記憶を追い、アナクララを探していた。だから、あの子の事とその所在について教えてもらえないか?」
 ラウルとレイジは、悲愴な表情なんて見せなかったわ。
 ただ彼女の正面に座って、穏やかに語りかけていたの。
「ソフィアが逃がしたなら‥‥日本か、日本に向かうルートのどこかにいると思う。唯一の親戚が日本にいるから」
「日本?」
「あたしが連れて行ければよかったけどさ」
 困ったような彼女の表情が、苦痛に歪み始めてる。
「あと、ユウは元気だよ。父親のところに居る。面倒見てくれてたらしいし、その事は感謝するよ」
 それでも彼女は、羽矢子が告げたその事実に、安堵の表情を浮かべて。
「プリマは何か伝えたいコトない? あとインヴィの昔の話。彼、記憶なくしちゃっテルからサ。‥‥もう辛いなら、一言ダケでもサ」
「そうだな。‥‥いつかまた心が揺らいだその時の為に。前を向いて進めるようなあんたからの一言を届けてやりたいって思うんだ」

 『親にもらった大切な言葉は、御守りのように暖かく光る時がある』
 レイジの言葉に、彼女は涙に濡れた目をゆっくりと開けて、言ったわ。


 ――生まれて来てくれて、ありがとう。愛してる。


「私達、貴女の仇は必ず討ちますから! インヴィの未来も守ってみせますから!!」
 赤宮さんの声は、掠れて。
 崩れて行く彼女を、今度は躊躇いなく撫でて、あたしは微笑ったの。
「‥‥逢えてよかった。今度は、静かに眠れると良いわね‥‥」
 あたし達が見守る前で、彼女の泣き笑いが消えて行った。
 まるで夢だったかのように、愛の言葉だけを遺して。

「死者の魂を弄ぶ佐渡京太郎。絶対に‥‥絶対に許しません!!」

 涙に暮れる赤宮さんの手を取って、あたしは歌ったわ。
 彼女の冥福を祈って。
 そして――

 必ず佐渡を倒すと、心に決めて。


●百地・悠季
「ラッキー、お久しぶりよ」
 そっと宇宙服を脱がせて、柔らかくなった彼を、以前と同じ柔らかな毛の上から撫でて。
「お前‥‥」
「死に際が勇猛果敢だったのは聞いてるわよ。だからこそ、ある意味蘇るのに選ばれたみたいよね」
 痛むのかしらね。
 丸くて大きな目が、半分しか開いていないのよ。
「そんなことない‥‥どうせ手違いや。俺が一番わかってる」
 もう、抵抗する力もないようね。
 あたしは一度目の死に際を見ることができなかったけれど。
 『莫迦犬』の最期がどんなものだったか、十分に調べて、聞いて、知っているつもりよ。
「けれど、最期に立ち会えなかった愚痴を言う機会には恵まれたわよ。何せ、あの時は家族計画進行予定だったからねえ‥‥」
 家族計画という言葉の意味を、バグアのラッキーに理解できたかどうかは、わからないけれど。
 彼は黒い瞳であたしを見上げて、「‥‥そうか」と頷いて見せたのよ。
 視線が泳いだ先には、通路を抜けて戻ってくる羽矢子と氷雨の姿。
「プリマヴェーラさまは‥‥未練なく逝けたか?」
 ラッキーが不意に口にした問いに、あたし達は思わず顔を見合わせたわ。
「‥‥リリアさまと、同じ。‥‥さみしそうな目で。だから、俺‥‥」
 彼は一体、いつから、どこまで気付いていたのかしら。
 騙されていたのかしら。それとも、騙していたの?
「‥‥大丈夫だよ。あんたはよくやった」
 驚きを飲み込んで、羽矢子が答えたわ。
 白い毛に覆われた体から、安心したように力が抜けて。
「あ、イルカ君や投降者は無下には扱わないから安心しろ。次こそ再生じゃなく生まれ変わってこいよ」
 無表情のまま、ぶっきらぼうに言う氷雨の姿に、あたしとラッキーは、思わず笑みを零したの。
「まあ、色々翻弄し合った同士だけども。思い返せば楽しかったわね」
 コクン、と彼の顔が縦に揺れる。
 苦痛に震える体に、羽矢子がそっと手を触れて。
「ラッキー、今はヨリシロを変え正体を隠し人に紛れていますが、私はかってリリア・ベルナールであったバグアです」
「‥‥‥?」
 優しく微笑みながら言った彼女の言葉に、ラッキーは一度だけ、大きく目を見開いたの。

「あの時はバグアのためによく戦ってくれましたね。もう十分ですから、今はゆっくり休みなさい」

 ポロポロと涙を流して崩れて行く白い毛並を、あたしは撫で続けていたわ。

「‥‥ありが‥‥と‥‥」

 彼は、羽矢子の嘘に騙されてはいないかもしれない。
 けれど、その言葉を待っていたかのように。
 ずっとずっと、待っていたかのように。

 白い砂のように散って、あるべき場所へと、帰って行った。