タイトル:【AP】絶対に押すなよ!マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/26 20:13

●オープニング本文

























※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。
































 な ぜ 押 し た し 。







































 人間は、押してはならないと言われたボタンほど、ついつい押してしまう生き物だ。
 それ故に、完全に自己責任だけで窮地に陥ってしまう事も、案外珍しくない。ついでに言うと、『開けてはならない玉手箱を敢えて持ち帰らせる』という応用技も存在しているようなので、世の中には、この手の罠が大量に仕掛けられているとしか言い様がない。
 というわけで、今回は、UPC本部に罠が仕掛けられていたらしい。


    ◆◇
 ヴィンセント・南波(gz0129)が目を覚ますと、そこは屋外だった。
 時間的には、夕方だろうか。まだ夕暮れとまでいかないが、かなり日が傾いている。
「‥‥あれ? ここどこ?」
 確か用事でラスト・ホープのUPC本部を訪れていたはずなのだが、まさかのアスファルト上睡眠。キョロキョロと辺りを見回せば、どうやらそこは、どこかの遊園地の中のようだった。
 誰もいない、無人の遊園地で、メリーゴーランドや観覧車が回っている。ジェットコースターが頭上を行き過ぎるも、悲鳴が聞こえて来るような事は無かった。
「っかしーなー‥‥俺、どうしちゃったんだろ。そろそろデートの時間なのにナー」
 とりあえず、出口か人影を探して園内を歩き回る南波。なお、デートは二次元の彼女との約束だ。
「お?」
 そして、イベント広場らしき場所に出た南波は、そこに幾人かが立っているのに気がついた。
 駆け寄っていくと、皆一様に困惑した様子で話し合っている。どうも、彼らも南波と同じく、目が覚めたらここにいたパターンのようだ。

『――説明しよう!』

「うお!? 誰!?」
 いきなり空から降ってきた謎の女の声に、ビビる一同。
 園内のスピーカーからではない。本当に空から聞こえて来るのだ。

『ここは私の妄想により作り上げられた世界、【アニキランド】である!』
「あんた誰だ」
 アニキという単語に大変嫌な予感を覚えつつ、そこから逃避して別の質問を投げ掛ける南波。
『私の名はモモヤン。それ以上でも以下でもない。そのへんは突っ込むな』
 なんか聞いちゃいけない事だったらしく、声はそれ以上の追及を禁じた。そして、ひとつ咳払いをした後、状況の説明を再開する。
『私は、傭兵達がどの程度、己が欲求に耐えられるものかを研究していた。そこで、本部の依頼モニターの中に、ひとつだけ『押してはならないボタン』を紛れ込ませたのだ。するとどうだ。こんなにも大量の傭兵が釣れてしまったではないか』
「俺、傭兵じゃないんだけど‥‥」
 戯れに依頼モニターを弄り、その上、好奇心に勝てなかったUPC北中央軍大尉の呟きは、完全に無視された。
『例えばあれが、大量破壊兵器の起動スイッチだったらどうするのだ。私は、危機感を覚えた。そう‥‥押してしまった君達には、然るべき制裁を加えなければならない』
 お前は傭兵の何なんだよ、という一同の心の声は、届かない。
 彼女はただ一方的に、その『私がかんがえたすごい制裁』とやらを解説し始めた。

『君達は、2時間の間、遊園地を模したこの世界から出ることができない。その間、暇だろうから、私は兄貴を放つことにした』

「おいまて。後半おかしいだr」
『兄貴達は、強靭な肉体と尽きる事のない欲望を以て、君達を追いかけ回して来る。捕まれば、恐らく大事な何かを失うことになるだろう。私も女性なので、具体的には言えない』
 ブーイングを飛ばす傭兵達をスルーして、声は邪悪そうな含み笑いを漏らす。
 そして、不意に広場全体が光に包まれたかと思うと――

「ワーーッハッハッハッハッハ! よく来たな、可愛い傭兵達よ!」

「‥‥‥げっ!」
 なんとそこには、黒光りする筋肉隆々の肉体にスキンヘッド、黒いブーメランパンツでキメた兄貴達が、ズラリと並んで立っているではないか。
 兄貴達は、傭兵達の身体を品定めするかのように目で舐め回し、満足気にニヤリと唇を歪めてみせた。

『兄貴達は、定期的に数が増えて行く。無事で済みたければ、2時間逃げ切ることだな』

「フハハ! 過去にも我らの同胞が架空の世界で暴れて来たようだが、奴らは我らの中でも一番の小物!」
「我らの手から逃げられると思うでないぞ! ふはははははははは!!」

「く‥‥っ! 2時間だと!? それじゃ完全にデート行けないじゃん!!」
 心配すべきはそこではないが、南波は他の傭兵達に目配せし、身構える。
 高笑いを上げる兄貴達の数は、現時点で10人。全員でかかれば、倒せないことはないだろう。

 ‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥。

「あれ?」
「フハハハハハハハ! 何をしておるのだ小僧!」 
 覚醒できない。
 戸惑う南波と傭兵達を前に、ハレンチな格好のまま嗤う兄貴達。

『あ、そうそう。言い忘れてたけど、今回は覚醒できないんで。じゃ、スタート!』

「「「「「早く言えええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」」」」」

 蜘蛛の子散らすように猛ダッシュで逃げて行く傭兵達を、解き放たれたパンツ兄貴達が追う。
 阿鼻叫喚の2時間が、幕を開けた――。

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
森里・氷雨(ga8490
19歳・♂・DF
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER
樹・籐子(gc0214
29歳・♀・GD
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文

「――! ロリ! 棒立ちになってないで逃げるぞ!」
 ふるふると震えながら立ち尽くす芹架・セロリ(ga8801)を見つけたヴィンセント・南波(gz0129)が、後ろを気にしながら慌ててその手を掴む。引き摺られるようにして走るセロリは、自失したように小さく、呟きを漏らした。
「俺はただ、ボタンを押しただけなのに‥‥それだけで、こんなことされるなんて」
「やばいやばいやばい! あいつら見た目より速いぞ!」
「‥‥。もう、誰も信じない」
「えっ」
 グシャッ! と絶望的な音を立て、セロリの足が、唯一の連絡手段である無線機を踏み潰したではないか。
「信じるのは己の逃げ足と、モモヤンの優しさ! 絶対に逃げ切ってやるぜうおおおおおおーーーー!!!」
 茫然とする南波を置いて、先程までが嘘のような俊足を発揮するセロリ。
「えっと。‥‥」
 むろん、南波は色んな意味で置いてけぼりだ。
「南波大尉!」
「あ、リア」
「あ、じゃありません! 追いつかれますよっ!!」
「うおおやべええぎゃーーー!!」
 気付けば、兄貴との距離がかなり詰まっていた。恐怖がそのままパラメータ『俊敏』に反映されてるんじゃないかと思うほど逃げ足の速い人妻・赤宮 リア(ga9958)の背を追って猛ダッシュをかける南波だが、レストランの角を曲がったところで、前方に小柄な少年が転倒しているのを発見する。
「だ、騙された! 美少女が空から降ってくるボタンだと思ってたのに!」
 ずれた瓶底メガネをそのままに、地面でビッタンビッタン暴れる佐渡川 歩(gb4026)。本当に空から人が降ってきたら確実に事件だが。
「あれ? どっかで見たよーな‥‥」
 兄貴達の足音は、既に曲がり角に近付いている。
 悩んだ末、リアと南波は、歩を放置してレストラン横を駆け抜けた――

 ――つもりだった。

「こうなったら!」
 いきなりガバッと身を起こした歩。
 その手が、横を通過しようとした南波の足首を掴んだではないか。
「うおおっ!?」
「な、南波大尉ーーーーっ!?」
 見事な腹打ちでアスファルト上に転倒する南波。その衝撃といったら、むせるどころかちょっと吐いてる。
「僕のために囮を買って出るなんて! あなたの自己犠牲は無駄にしないっ!!」
「ぐえっほ! げほてめぇ許さn‥‥!」
 ドスドスと近付いてくる兄貴の足音と南波の恨み言を背中で聞きながら、出てもいない涙を拭い、歩は駆けた。
「南波大尉! すみません! どうかご無事でーーっ!!」
 リアもまた、足を止めるわけにはいかず、前だけを見てひたすら疾走。
「ぎゃあああああーーーーっっ!!!」


    ◆◇
  チャンチャンチャッチャッ ピロピロピロ〜ン

「おのれぇ、剣だけでもあれば成敗できるものを‥‥!」
 薄暗い空間に小さな体を押し込み、美具・ザム・ツバイ(gc0857)は、悔しげに奥歯を食い縛る。

  チャンチャンチャッチャッ ピロピロピロ〜ン

 移動に使えるアトラクションを探していた美具は、園内を巡る路面電車『アニキトレイン』を発見。寝そべる兄貴を象った車体の中央座席後部、ちょうど兄貴のパンツ部分にある窪みに身を潜め、ゆるゆると移動中であった。
「いかん‥‥!」
 ここに隠れてから既に8分以上経過している。鈍足極まりないアニキトレインに絶望を覚えつつ、目的地のショップ手前で安全に降車できそうな場所を探してMAPを捲る美具。
 兄貴達の気配は多い。更に、トレインは現在、メインストリートを走っている。
「く‥‥! 何とか突破せねば‥‥ん?」
 早くも脂汗をかきつつ対策を考える美具の視線の先、トレインのパンツの中の更に窪んだ部分――外から見れば極力触りたくない出っ張りの部分に、小さな赤いボタンが設置されている。

   『LIMIT BREAK』

「‥‥‥」
 いやいやいやいや。
 ついさっき、痛い目を見たばかりじゃないか。
「お、押さぬぞ。そんな餌に美具が釣られ‥‥」
「む! 見よ! 我が偶像内に潜んでおるではないか!」
「ワーッハッハッハ! 小娘! それで我らの目を欺けるとでも思うたか!」
「クククククマーーーーーッ!!??」
 トレインを待ち構える兄貴達の声に理性がトンだ美具。その震える指は、迷わずボタンをONしていた。
 ガクン! と揺れる車体。凄まじい速度でブーストし始めた。
「なっ‥‥と、ととと止まれ! 止まるのじゃーーーーー!!!!」
「ぬっ! ちょこざいなウボァッーーー!!」
 車体に撥ねられた兄貴達が、園内のどこかへと吹っ飛んでいく。

  チャッチャッチャ マモナク キュウカーブデス

「なん‥‥じゃとおおおぉぉぉおおおおーーーーーッッ!!??」
 火花を散らして疾走するトレインが、ちゃちい造りの線路から脱線するのは必然であった。
 轟音とともにアーケードに突っ込み、両サイドのショップを抉りながら横転しまくるアニキトレイン。
「ふ、ふふふ‥‥、美具達をただの獲物だと思うていると‥‥痛い目見せる‥‥ぞい」
 しゅうしゅうと煙を上げるアニキトレインの下、全身打撲の美具が不敵に笑い、ぱたりと倒れた。


    **
 覚醒もできないただの眼鏡男子と化した幡多野 克(ga0444)はというと、広場から少し離れたファストフード店を訪れていた。
「これから‥‥春のスイーツバイキングに行く予定だったのに‥‥」
 口惜しい。おひとり様だから別にいつでも行けるけど口惜しい。
「絶対に逃げ切って‥‥食べに行かないと‥‥!」
 とはいえ、腹が減っては戦ができないわけで。
 しかし残念ながら、この店には調理前の食材しか置いていないらしい。
 悠長に調理などしていたら掘られるのも時間の問題なので、園内MAPを広げて目ぼしい店を探す克。
「あ、ここかな‥‥カレーハウ」
 バン!
「うわああああーーーーーッッ!!」
「スゥゥゥゥーーーッッ!?」
 突然、ドアを破る勢いで乱入してきた何者かの声に、不自然に語尾を伸ばしながら腰を抜かす克。ポーカーフェイスのまま心臓止まって死ぬかと思ったが、そこにいたのは学生服の少年で、兄貴ではなかった。
「‥‥佐渡川さん?」
「ハッ! 僕は兄貴に追われて‥‥逃げ切った!?」
 ガバッと身を起こした歩は、歓喜の表情を浮かべて克を見る。
 まあ実際のところ、歩を追っている最中に別の能力者を見つけた兄貴がターゲットを変えただけなのだが、彼が兄貴を侮るには十分な状況であった。
「フ。さすがの兄貴も、僕の健脚には勝てなかったようですね」
「‥‥けど、俺はそろそろ出ないと通報されるかな‥‥。兄貴は‥‥まだ近くに‥‥?」
 俺が移動すんのに兄貴連れて来てんじゃねーよバーカ! とか言わないのが、克のいいところである。
 だが、歩は卑怯極まりなかった。
「いい事を教えましょう。あのモモヤンには姉がいて、それが弱点なんです。危なくなったら『姉に言いつけるぞ!』と言ってみてください。きっと助かりますよ」
「本当‥‥? まあ‥‥今は移動しようかな‥‥。ありがとう」
 何の根拠もない情報を、自信満々に教える歩。克は半信半疑ながら、礼を言って店を出て行った。
「ククク‥‥この調子で生贄を増やしていけば、僕が助かる時間ぐらいは稼げそうですね」
 歩はカウンターの陰に隠れつつ、黒い笑みを零す。
「どんな手を使っても、僕は生き残ってみせます!」


    **
「‥‥増えてる‥‥」
 観覧車から園内の様子を確認していた那月 ケイ(gc4469)が、眼下に広がる光景を見て絶望的な呻きを漏らした。
 園内中央の広場に見えるのは、森里・氷雨(ga8490)の姿。あんな目立つところで何をしているのだろう‥‥と思いつつ、ケイは他の場所に目を移した。
「あれは‥‥ルーガさん?」
 ふと、中央広場に近いお化け屋敷から、背の高い金髪の女性が這う這うの体で飛び出してくるのが見える。
 ルーガ・バルハザード(gc8043)に違いない。
『くそ‥‥! 皆、気をつけろ! あいつら、一度見つかると仲間を呼ぶぞ!』
「えっ‥‥」
 なんだそのめんどくさいモンスターみたいな設定は。
 お化け屋敷の中で何か酷い目に遭ったのか、嫌な追加情報を無線で飛ばすルーガ。半ば錯乱状態である。
『あんなムキムキマッチョになどなってたまるか! 私の美意識が許さんッ!』
 ケイが見守る中、ルーガはジェットコースターの前で立ち止まる。
「ルーガさん、身長は大丈夫です」
『いや、知ってる』
 ケイの助言に対し、「120センチ」と書かれた身長計測看板の前で即答するルーガ(183センチ/28歳)。
『ではなくて‥‥これは、料金を払わなくていいのだろうか?』
 兄貴化の恐怖が迫る中、彼女は妙に律儀だった。
『要らなさそうだな。それならもっと乗ろう』
 タダなら乗らねば損である。ジェットコースター乗り口の階段を目指すルーガ。余裕だなぁ、などと思いながら、ケイはそれを見つめていた。
「ん?」
 そのジェットコースターの操作室付近が、何やら騒がしい。
 よく見れば、モップを手にした樹・籐子(gc0214)が操作室に立て籠もり、兄貴1体とドアの引き合いをしているではないか。
「樹さん! 大丈夫ですか!?」
『はーい、ちょっと工具を取りに来たら、こんな具合なのよねー。だけど』
『ワーッハッハッハッハ! もはや袋の鼠! 大人しく我らが同胞と成るが良い!』
『のよねー。自称エキスパ』
『そのような鍵、我らには通用せんぞ! フハハハ!』
『闘コーディネーター能力を存分に発揮するわよねー』
「すいませんちょっと何言ってるかわからないです」
 このままでは兄貴が一人増えてしまう。ケイが焦ったその時、ルーガの足音を聞いた兄貴の注意が、一瞬逸れた。
 今だ! とばかりに飛び出す籐子。見事に割れた兄貴の腹目掛け、勢い良く得物を突き出す。
『ぐおおぉぉっ!?』
 その威力たるや、エクスカリモップと呼ぶに相応しい。よろめいた兄貴がコースターの座席に落ち、籐子の手が発車ボタンを引っぱたいた。
『ぬおおおおお!! 安全バーが下りておらんぞ小娘えぇぇぇーーーーッ!!』
『いってらっしゃーい』
 走り去るジェットコースター。手を振る籐子の視線の先で、振り落とされた兄貴がカレーハウスの屋根を突き破って消えて行った。
「あれで兄貴が死ぬとは思えない‥‥。あっ、兄‥‥國盛さん!」
 次にケイは、子供向け(?)のアニキッズランド付近、休憩スペースの陰に隠れるムキムキな男を発見。恐らくあれは國盛(gc4513)だ。服を着た兄貴ではない。
 そんな彼に、パンツ兄貴の魔の手が迫っていた。
「國盛さん、1体接近してます。気を付けて‥‥!」
「ケイか。了解した。このままやり過ごす‥‥」
 緊張の瞬間。
 黒々とした口髭の下から、異様に白い歯が光る。
 ベンチの後ろで限界まで身を縮めて耐える、軍人経由の元ムエタイファイター。あんまり小さくはなれてない。
『行ったか‥‥』
 幸い、兄貴は國盛を発見できずに再び移動&サーチ開始。
「國盛さんにも、怖いものがあるんですね」
『いや、以前にもこの‥‥なんだ、兄貴と言うヤツらに会った気が』
 ケイの言葉に、どうにも歯切れ悪く答える國盛。遠い目で空など見上げながら、呟くように言った。
『思い出そうとすると何故か尻が痛むんだが、な‥‥』
「‥‥‥」
 と、そんなことをしている間に、気付けば観覧車が一周し終わっていたようだ。
 しかし、
「フハハハハ! マッタリと観覧車に乗る姿、我らに気付かれぬと思うたか小僧!!」
 出た瞬間、兄貴がいた。
「おうおあああああ!?」
「ハッハッハ! 可愛い奴よ!」
 焦りすぎて転倒したケイの頭上から、覆い被さるようにして迫る巨大な肉体。汗と油が太陽に輝く。
「よ、寄るなぁぁっ!!」
「グボァ!!」
 容赦なく蹴り上げられたケイの足が、兄貴の股間にめり込んだ。
「うおぉぉ!! こ、小僧‥‥貴様‥‥それでも男、か‥‥!!」
「ヒィィィ‥‥!」
 色んな意味で竦み上がるケイの前で、小さく蹲る兄貴A。しかしコイツは仲間を呼ぶのだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。


    ◆◇
「ともかく、無線機を奪われると終わりです。定期的に周波数を変えましょう」
 なぜか一度広場に戻り、再び移動を始めた氷雨が、無線ごしに提案する。皆の意見は概ね賛成で、チャンネル変更の法則を決めた後、無線を切った。
「‥‥‥」
 真剣に何かを考えるような顔で、物陰から物陰へと移動を繰り返していく氷雨。周囲は静まり返り、今のところ、兄貴達の気配はなかった。
 だから、言った。
「禁断のえっちなボタンだと思ったのに!」

『君、UPC本部に何を期待してんの』

「ハッ、聞かれましたか。仕方ありませんね。そういうことです」
 空を見上げて、真顔で意味不明の回答をする氷雨。
『‥‥‥』
「とりあえず俺は、『俺とお姉さんが最終生存者★』となるゾンビ映画的結末を目指しているんですよ。邪魔しないでください」
 空からの声を黙らせた氷雨は、おもむろに園内MAPを広げ、スタッフスペースと思しき場所にアタリをつけると、ソロリソロリと歩き出した。


    **
「さっきは取り乱してごめんなさい。これ‥‥ここにあったものなんですけど。危なくなったら押してください。きっと役に立つはずですから」
「‥‥‥いいけど」
 一方、お土産ショップでは、しおらしい感じでオモチャのような道具を差し出すセロリと、どうやら生き延びていたらしい南波が対峙していた。
 と言っても、セロリのした事など、歩の罪に比べれば咎めるほどでもない。
「な、南波大尉。ご無事で何よりです‥‥」
 紙袋に美少年グッズを詰め込んだ姿で、冷や汗混じりに声をかけるリア。変装のつもりだと思うが、マジカルな感じの衣装に身を包み、仮面をつけたその姿は、完全にマスカレード。
「宜しかったら、暫く一緒に行動しませんか?」
「‥‥そだねー」
 街中だったら断るが、幸い無人だ。どんな格好でもドンと来い。
「ぉお! 刃物があるぜ!」
 急に元気になってショップを漁り始めたセロリが見つけたのは、店員が使うハサミだった。彼女は入念にその切れ味を確かめている。
「‥‥あら?」
 リアがふと、通路で繋がっている隣のショップに視線を向けた。そこには、同じく武器を求めてやってきたルーガと、肩で息をしながら壁に寄り掛かるケイの姿がある。
 あと、店の外に見慣れた鼠が立っているのを見て戦慄を覚えたが、あまりに拙いのでノータッチを決め込んだ。
 その時。
 フッと、店内の電気が消えた。ルーガ達が居る店も同様だ。
「――!?」

『フハハ! 明かりを消した程度で怯む我らではないわ!』
「なんじゃと! ならば目晦ましじゃ!!」

「――やばい」
 ポツリ、と呟いたケイの声が、ショップに木霊した。
 再び電気がついた時には、もうパニックである。
「ぎゃあああ来たーーーーー!!!」
 バックヤードから入ってきた美具を追いかけて、3体の兄貴が雪崩れ込んできたではないか。
「南波大尉! 度々すみません! やはり別行動にいたしましょうっ!!!」
 一瞬、南波を囮にしようかと思ったリアだが、そんなことをしなくても、倒れた商品棚の下敷きになった彼の人生が変わるのは時間の問題だった。
 窓ガラスを割って飛び出したセロリと美具を追い、一目散に逃げるリア。その背後で、セロリに貰ったオモチャのボタンを押す南波。

『かかってこいやー』

 電子音声の後、一際大きな南波の悲鳴が響き渡った。

「どうする‥‥? 逃げるか、それとも‥‥」
「時間的に、隠れ続けるのも限界ですね。けど、今動いたら‥‥」
 咄嗟にレジカウンターの陰に隠れたルーガとケイ。しかし、時計の針は無常にも進み続けている。
 南波を蹂躙した後の兄貴達は二手に分かれ、今は2体が店内を捜索中だった。
 暑くもないのに汗が滲む。だがその時、兄貴達の足音がレジを通り過ぎ、僅かに距離が離れた。
「よし、い――」
『連絡です。兄貴に追われた際には、まず園内の外縁に向かい、広場にワープしてください。全員がこれを行うことによって、中央に空白が――』
「うわああああばかあああああっ!!」
 電源入れっぱなしの無線機が、こんな時に限って有益そうな氷雨の作戦を受信してしまう。
「クックック‥‥そこに隠れておったか小僧! 先程の礼、返させてもらうぞ!」
「ヒイィィィ!!」
 絶体絶命。
「こ‥‥こうなったら!!」
「な、那月!? よせ!!」
 レジから躍り出るケイ。もはや逃げられぬなら、ルーガだけでも。
 しかし。
「くっ‥‥! やめろ! 何するつも‥‥え? ちょ、やめっ、アッ」
「那月‥‥すまない!!」
 どう考えても助からない感じの怪しい声が聞こえ出したところで、ルーガは涙を拭いて走り出す。

「アッーーーー!!!」


    ◆◇
「け‥‥結局カレーは食べられないし‥‥兄貴は降ってくるし‥‥!」
 夕暮れ時。克は、カレーハウスの天井裏に隠れて震えていた。
 彼がカレーハウスに足を踏み入れたその瞬間、いきなり屋根をブチ破って兄貴が一匹乱入してきたのである。
 厨房から出られないまま10分が経過し、更に追加で2体の兄貴がやってきてしまった。ロッカーに隠れ、トイレに逃げ、としているうちに、天井裏まで追い詰められたというわけだ。
「ちょこまかとすばしっこい奴よ。だが‥‥悪くない」
(何が‥‥!?)
 階下には、気持ち悪いことを口走りながら自分を探し回る兄貴が3体。
 なんとか出口を探す克。日頃の行いが良いのか、奇跡的に隣の店に通じる穴を見つけた。
「よかった‥‥これで助かった‥‥?」
 すかさず隣の店の天井裏へ移動。なにやらカレーハウスのほうが急に騒がしくなったのだが、気にしている暇はない。

「おのれパンツども! 調子に乗るのもそこまでじゃ!」

「え‥‥?」

   ドゥン!!

 何が起こったのかわからない。
 ともかく、克は吹っ飛んでいた。
 天地が逆転し、浮揚感を味わい、硬い地面に叩き付けられる。
 ほんのり漂うガス臭さを嗅いで初めて、カレーハウスが爆発したのだと気付く。
「ええい! やめい!!」
「あ‥‥美具さん」
 痛む体を起こしてみれば、道の向こうで煤だらけの美具と兄貴2体が、鬼ごっこの最中だった。
 動物コーナーに逃げ込み、サルだのレッサーパンダだのヤギだのを解き放ちつつ攪乱を狙う美具。
 しかし、ここが年貢の納め時のようだ。
「ワーーーッハッハッハ!! 手こずらせてくれたではないか小娘!」
「く、来るでない!! 美具に手を出せば、この犬とサルとキジが黙っておらぬぞ‥‥!」
 助けようにも、克の位置からでは間に合いそうもなかった。
「来るな! や、やめ‥‥うわあああああッッ!!」
 美具の小さな体は、大きすぎる黒い筋肉に隠れて見えなくなった。
 ‥‥ということは、美具は、間もなく‥‥‥?
「か、隠れなきゃ!」
 少し離れた所に、『ここにいてはいけない鼠』が棒立ちになっているのが見えたのだが、今、気にすべきことは別にある。だからスルーした。
 ここはどうやら、コーヒーカップの乗り口のようである。克は、美具達の方を警戒しながら、カップに飛び込んだ。これでしばらくは凌げる――

「‥‥え?」

 カップの中に、兄貴。

「モ‥‥モモヤン! あの‥‥姉に通報するよ‥‥?」
 いやらしい目つきで舐めるような視線を這わせる兄貴の前で、克は声を絞った。
 これに賭けるしかない。
 だが、

『へへん。言えるもんなら言ってみな(ポリポリ)』

 なんか食ってるっぽい音とともに、不遜な返事が返ってきたではないか。
「そ、そんな‥‥!」

『危険因子め。犯れ!!』

「ちょ、ちょっと待っ‥‥や、うわああああーーーーっ!!!」


    **
 夕日を浴びてオレンジ色に輝くメリーゴーランド。
 白馬と白い馬車、キラキラした金の柱が、メルヘンな音楽に乗ってゆっくりと回転している。

 ――國盛を乗せて。

「4人やられたか‥‥兄貴の数も随分増えたな」
 2m越えの肉体に、オールバックの黒髪。その筋の方にしか見えない服に、人目を引く刺青。
 まあそんな感じのおっさんが、かぼちゃの馬車に乗ってシンデレラ状態であった。
「――来たか」
 回転しながら周囲を警戒していた國盛は、道の先に兄貴を発見。素早く身を伏せ、通過を待つ。
 うまくやり過ごし、馬車を降りた。
 その時、建物の前に、何故かヤバい鼠が立っているのが見えたのだが、國盛もそれはスルー。
 と、
『皆さん! 佐渡川です! ミラーハウスの安全性を確認しました! 僕も出入りしながら離れないようにしていますので、ぜひ来てください。皆で協力して、兄貴達を倒しましょう!』
 突然、無線機から歩の声が響いた。何やら、皆をミラーハウスに集めようとしているようだ。
「ミラーハウス‥‥?」
 國盛が首を傾げていると、
「胡散臭いですね」
「おお!?」
 いつの間にか接近していた例の鼠が、無表情のまま話しかけてきた。
「放置でいいでしょう。むしろ、奴が捕まってから行った方が安全かもしれません」
「‥‥氷雨、か?」
「いえ。中の人などいません。消されますよ」
 鼠はそれだけ言うと、野郎には興味ないとばかりに向きを変え、スタスタと歩いて行ってしまった。
「‥‥だが、行くあてもない。ミラーハウスに向かうか」
 鼠の助言は有難いが、ここにいても仕方がない。遮蔽物の陰から陰へと素早く移動し、國盛はミラーハウス目指して進んで行く。
 だが、道中にあったカラクリ屋敷の入口に身を潜めようとした、その瞬間。
「うおおおおっ!?」
 突如として謎のトラップに足を掬われ、ワイヤーで逆さ吊りにされてしまったではないか。
「クソ! なんだこれは‥‥!?」
 こんな状態で兄貴が来ようもんなら、一巻の終わりだ。
「フハハハハ!! いい格好ではないか!!」

 ハイ、来た。

「しまった‥‥!」
 薄暗さと共にテンションが上がり、若干前のめりで爆走してくる兄貴達の群れ。
 逆さ吊りのまま、必死でブランブラン揺れる國盛。
 と、入口隣の暗幕の中から、一人の女の顔が覗いた。
「あらー、間違えちゃったわねー。ごめんなさいねー?」
「なっ、籐子か!?」
 どうやら、國盛を兄貴と間違えてトラップにかけてしまったらしい。籐子は悪びれる風でもなく、肩を竦めて見せた。
「まあ、もう間に合わないわねー。折角だから、餌に使わせてねー」
「何だと!? お、おい、やめろ!!」
「フハハハハハ!!」
 暗幕の向こうに籐子が引っ込み、國盛の視界一杯に黒々とした兄貴の髭面が広がる。
「う、おおぉぉおお!?」
 籐子の操作で、吊られた國盛が物凄い勢いでカラクリ屋敷の中を疾走。それに釣られてホイホイ入ってきた兄貴達は、國盛の尻しか見てなかったせいか、面白いほど次々とトラップに引っかかって行った。
 カラクリ屋敷内部に、兄貴達の野太い悲鳴が充満する。
「中々上出来よねー」
 実に大漁である。國盛が出口に近付いた頃には、突入してきた兄貴達の全てが宙吊りになっていた。
「狩場変更。次は――」
 暗幕を少し開け、外を覗いた籐子。

 ――鼻息荒く操作室を覗き込む、兄貴の目が間近に見えた。


    ◆◇
 終了15分前。
 もうここからはカオスである。

「辛かっただろう‥‥くそっ、悪逆非道な兄貴どもめ!」
 医務室を訪れたルーガは、被害者たちを必死で慰めていた。
 しかし、返事はない。尻が痛い的な、か細い呟きが時折聞こえてくるだけだ。
「フハハ! 同胞たちよ! 見よ! 小娘が一人、仲間になりたそうにこちらを見ておるわ!!」
「誤情報を流すなーーーーッッ!」
 やめてほしい風評流布に励む兄貴達に対し、ルーガは全力で否定した。テンションが高いにも程がある。
「フン! こんなこともあろうかとっ!」
「ぬ! ちょこざいな!」
 兄貴の数が最多に達するこの時のために1台パクってきたゴーカート。悔しげに顔を歪める兄貴に背を向け、颯爽と走り去るルーガ。
 これさえあれば逃げ切れる――ルーガが巨大な胸を撫で下ろしたその時、広場に悲鳴が響き渡った。
「あれは‥‥!」
 なんと、セロリとリアの二人が兄貴達に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥っているではないか。
「ルーガさん、来てはいけません!」
 オイリーな兄貴達の隙間から必死にそう訴えるリア。しかし、ルーガとてケイに救われた身。見捨てるわけにはいかない。
「待っていろ! 今、轢き殺して――!?」
 風を切る音とともに、ルーガの体が宙に浮いた。
 わけもわからぬまま、自分を掴む者を見上げる。
「クックック‥‥我が同胞となれ!」
「罠、か‥‥!」
 広場脇の建物から建物に張られたショー用のワイヤー。滑車に吊られた兄貴にガッチリと抱き抱えられたまま、ルーガの姿は屋上へと消えて行った。
「ルーガさん! くっ‥‥!」
「ぬ! こ、これは‥‥!?」
「‥‥隙ありっ!!」
 追い詰められたリアが、美少年グッズを広場にブチ撒ける。思わず目を奪われ、隙を見せた兄貴の股間を、リアの美脚が全力で蹴り上げた。
「セロリさん! こちらです!」
 苦悶の表情でのた打ち回る兄貴を飛び越えて、駆け出す二人。猛牛の如く追いかけてくる兄貴達の足音が、地響きとなって大地を揺らす。
「モモヤン‥‥セロリ、捕まったらどうなっちゃうの? 痛いことされちゃうの?」
 必死で走りながら、セロリは上目遣いに空を見上げた。

『うーん』

「モモヤン‥‥大好き」

『よ、よせよ‥‥照れるだろ‥‥(///』

「お願い、兄貴達を止めて?」

『うーん。なんかね。もうこの時間になるとね、制御できんのだわ。テンション上がりすぎて』

「ふっ‥‥ざけんなああぁぁぁッッ!!!」
 怒りの声を上げるセロリの前に、「バア!」とばかりに飛び出してくる兄貴。彼女は憤怒の全てをハサミに込めて、一か八か突進をかける。
「ちょいさー!!!」
「ぬっ!? ぬおおおおおおっ!?」
 ハラリと落ちる黒のブーメランパンツ。リアが割と嫌そうな顔で言葉に詰まった。
「‥‥‥ふっ。そこは兄貴というより弟なんですね」
「お、おのれ小娘! 卑怯な!」
 ちょっと鼻で笑ったセロリを上気した顔で睨み付けるも、ノーパン兄貴は両手が使えない。使ったら最後、兄貴ではなく、そのへんの変態に成り下がってしまうからだ。
 しかし、兄貴達も負けてはいない。仲間を呼び、二人の前に立ちはだかる。
「セロリさん! 早く中へ‥‥!」
 すぐ傍のミラーハウスにセロリを逃がし、リアは囮となって広場を駆け抜ける。
 兄貴達の魔の手が迫り、息を呑む――が。

「あ、あれは‥‥!?」
 メインストリートから、煌びやかな電飾パレードが広場に入ろうとしている。
 その先頭車の先端に、出来る限りは無視しておきたい例の鼠が立っていた。

「とーぅ!! 満を持しての鼠登場です!」

 女子が一人でピンチになる時を待っていた、とばかりに、車から飛び降りる鼠。
「このスーパー☆鼠には、兄貴達ですら触れられぬ筈! 脱がしたら最後、世界の終わりですよ!」
「くっ‥‥! なんという反則!」
 手を出せない兄貴達を蹴散らし、リアの救出に鼠が走る。
 美人のお姉さんと二人で迎える生還エンドは、もうすぐそこだ。

 ――なのに。

「なっ‥‥何っ‥‥!?」
 鼠は、兄貴達の太い腕に捕えられていた。
「ワーーーッハッハッハ! 頭を使ったつもりか、小僧!」
「小賢しい! 描写がなければ大丈夫に決まっておろう!!」
 ジタバタと暴れる鼠を、手近な茂みに引き摺り込んで行く兄貴達。
 必死に顔を出し、空に叫ぶ鼠。
「モモヤン! この兄貴は元女性ですね!? そうだと言ってくれ! な!?」

『さあな。じゃ、アディオス!』

「アッーーーーー!!!」

 厄介な鼠が片付いた後の広場。そこには、自害して果てたリアが横たわっていた‥‥。


    **
「‥‥む。近くで見ると美しい筋肉だ‥‥。だが。俺も負けん! 見ろ! この俺の筋肉を‥‥っ!! 」
「ぬ、ぬぅ‥‥やりおるわ!」
「筋肉で語り合う‥‥素晴らしい、素晴らしいぞ! 兄貴と言うのも存外悪いヤツらでは」
「どけやコラーーーーーッ!!!!」
 ミラーハウスに入った途端、兄貴相手に上半身裸でわけのわからない勝負を挑んでいた國盛を、セロリの飛び蹴りが襲った。
「あああーーーっ!!」
 マッスル対決の緊張感が崩れると同時に、無数の鏡の間から伸びた太い腕に連れ去られていく國盛。
「はぁっ、はぁっ‥‥!」
 もう走れない‥‥絶望しながら、セロリがゆっくりと顔を上げた、その先には。
「ようこそ‥‥僕の城へ」

 大勢の歩が立っていた。
 全裸に、葉っぱだけで。

「へ‥‥変態‥‥」
 兄貴をも超える変態が、投入されたとでも言うのか。
 セロリはよろめき、尻もちをつく。
「僕は‥‥もう助からないならば、一番最初にここに来た女性に、純潔を捧げることにしたんです」
 誰も来てくれなかったけど。
 合わせ鏡の中、葉っぱの中の何かを揺らしながら、セロリに迫る変態少年。
 じり‥‥と後退したセロリの後頭部が、硬いものにぶつかった。
 振り返った先には、ニヤリと笑う兄貴の巨体。一番触りたくない部分に頭が触れたと知ったセロリは、半狂乱で暴れ始める。
「い、いやだぁあ!! 兄貴なんかになりたくない!! 俺は兄が世界で一番嫌いな属性なんだよぉぉおお!!」
「さあ、遠慮なく受け取って下さい!!」
 前門の変態、後門の兄貴。
 退路を断たれたセロリに、両者が飛びかかった。
 だが――兄貴が速い。
「たとえアニキ化しても、セロリさんなら望むところです!」
 変態は怯まない。
 しかし、その行動は、兄貴を激しく勘違いさせたらしい。

「フハハ! 待ちきれぬか! ならば我らが可愛がってやろうではないか!」
「えっ? いや、ちょっと‥‥え?」

 変異していくセロリの前に割って入った黒光り兄貴が、白い歯を光らせて歩を捕獲する。
 むろん、逃げる暇もなく――、

「アッーーーー!!」



―Ending Rank S:全滅―