●リプレイ本文
「暫く時間を稼いでいただくよう、作戦本部に依頼しました。もう少し観察してみましょう」
少し戻った所で無線のやり取りをしていた赤宮 リア(
ga9958)が、四つん這いのままで小さくそう告げた。管制室の中からは、甲高い声が聞こえる。
「あの時逃がしてなきゃ、こんなふざけた真似させなかったのに‥‥!」
「全くよ。闘技場も潰してやったのに、しぶといったらないわ」
歯噛みしながら室内を確認する赤崎羽矢子(
gb2140)に、愛梨(
gb5765)が不機嫌な小声で応えた。
「自称、科学者だったか? くそ‥‥嫌な予感がしやがる」
鈍名 レイジ(
ga8428)の視線の先には、人型キメラの姿。人質の姿は確認できず、目にするものは強化人間とキメラ、ヨリシロ化バグア兵。それらが人質と無関係とは思えず、20万人全員が手遅れという最悪の事態すら想像できる。
「例え人質の中に『人間』が居なかったとしても‥‥。私は‥‥私達の目指す着地点は変わりません、から」
獅月 きら(
gc1055)もまた、レイジと同様に人質が既に『消費』された可能性を考えていた。彼らがまだ人質になり得る存在か否かは、疑ってかかるべきだろう。
とはいえ、囚われた人々の今を思い、胸を痛めていないと言えば嘘になる。
(‥‥こんな事態、一刻も早く覆す)
一方、傭兵達は人質の所在にも懐疑的であった。
「20万の人質、本当にそんなもんがいるのか分からねぇな。でも万が一本当ならヤベェなぁ」
「連れ去られた人質、すべてがいるかは‥‥怪しい‥‥です。ユェラの話は少し‥‥焦り‥‥があるような‥‥」
ジャック・クレメンツ(
gb8922)が、ゴーグルの内側に鋭い眼光を湛えて呟く。A・Jの言葉を一つ一つ、丁寧に聞いていた御鑑 藍(
gc1485)が振り向き、静かに首肯した。
「どうにか退かせようとしてる感じね。ハッタリかもしれないわ」
「何にせよ、慎重に行こう。‥‥って言っても、良く知った顔も多いし、頼もしい限りだ」
愛梨とアレックス(
gb3735)は互いに顔を見合わせ、パイドロスのバイザーを下して方向転換。ジャック、藍の二人について通風孔を進み始める。
「地下に何か反応はあるか?」
振動を感知しながら神妙な表情で眉根を寄せているきらにそう尋ねたのは、レイジだ。
「‥‥範囲内だけですが、地下に数十‥‥人間サイズの何かがいます」
「数十? 20万の一部にしちゃ少ないね」
「はい。でも、人質が昏睡していたり、全く身動きしない状態なら感知が難しいので、居ないとは言い切れません。‥‥それから」
問う羽矢子にやや早口で説明すると、一旦言葉を切って視線を斜め上に向けるきら。
「管制室の真下だけ、かなり深いところまで反応があります。『稼働中』のワームや大型機器類の反応は、地上や地上に近い階に集中していますが‥‥」
『キヒ。言っておきますが』
A・Jの含み笑いが響き、ハッと口を噤む4人。
『兵を引かせるなら、お急ぎなさい。キヒッ! 人質の存在が確認できなければ引けないと仰るなら、見捨てれば良いでしょう? ヒヒヒッ‥‥!』
どうやら、正規軍による時間稼ぎが限界を迎えつつあるようだ。
「メインモニターは‥‥地上の様子が映っているだけですね」
「モニターの字は地球語じゃないね。手には何も握ってない」
リアと羽矢子が言い交し、きらは南側の機器に注目。やはりこれらが管制室のメイン機器だろう。
A・Jはというと、メインモニターの映像を小刻みに切り替え、施設内の正規軍の様子を確認し始めた。
「‥‥ん?」
ふと、A・Jの頭が動いた気がして、レイジはゴーグルの倍率を上げた。彼女は今、モニターを見ていないように思える。
「何を見てる‥‥?」
しかし、背後のキメラが動いて視線を遮り、再びA・Jが見えた時には、既に彼女の目はモニターに戻っていた。
「‥‥何か見てたよね」
「南西の角の、あのデスクでしょうか。何かあるかもしれません‥‥気を付けましょう」
顔を見合わせる羽矢子とリア。ともかく、今は陽動班の連絡を待つのみだ。
**
一方、陽動班は、管制室の斜向かいの部屋の真上に来ていた。
「監視カメラは‥‥ない、か?」
通風口の蓋を持ち上げ、ミラーを回転させながら大雑把に安全確認を済ますアレックス。次いで、長い髪をゴムで纏めた藍の頭がピョコリと飛び出し、室内を見回した。
「書庫でしょうか。‥‥ドアは一つ。室内に敵はいません」
「資料室ってわけでもねぇか。まあいい、俺から行くぜ」
そこは、本棚が並んだ狭い部屋だった。大柄なジャックが先に下りてドア前に移動、廊下の音を確認してからハンドサインを送る。AU−KV2機が下り、藍が下りると、もう窮屈さを感じる程の広さだ。
「地上の本ばっかり。世界の伝承、架空の生き物‥‥ユェラの趣味かしら」
「宗教関連の書籍もありますね‥‥。人の思想や信仰を理解しようとするタイプには思えませんけど‥‥」
本棚に並ぶ書籍を調べていた愛梨と藍。今回の作戦に役立つ資料はなさそうだ。
ジャックは押し戸を細く開き、廊下に視線を巡らせる。管制室とは逆、右方向の確認しかできない。少し先の天井に監視カメラらしきものを視認して、素早くドアを閉めた。
「右の天井にカメラが一つ。敵はなし。だが、左は確認し辛い」
「了解。ジャックは右のカメラを頼むぜ。愛梨は左だ。俺と藍で管制室前を確保する」
アレックスの案に一同が頷き、得物を構える。ジャックの片手が再びドアを開け、サプレッサーつきの銃口がカメラを捉えた。
低く籠った発砲音。傭兵達が廊下へと飛び出し、電磁波が左の天井の一角を穿った。管制室前には強化人間。手にした銃らしきものを構える暇もないまま、燃える拳と閃く白刃の前に斃れた。
翠閃を振り抜いた藍の視線が廊下を素早く巡り、動くものを探す。
「クリア、気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
管制室前に移動したジャックが、SMGを左方向に向けたままで言う。
愛梨が無線で別班に合図。すぐに返事が返ってきた。
「よし、退がってろ」
扉を前にしたアレックス。胸に浮かぶ竜の紋章が赤く輝き、その両腕が再び炎を纏う。
◆◇
「動くな! 傭兵だ!」
管制室の扉が轟音とともに破られ、少年の声とともに倒れる。A・Jが振り返ると同時、ジャックの制圧射撃が室内に吹き荒れた。
迅雷で加速した藍が突入。手近なキメラに回し蹴りを放ち、勢いのままに転倒させる。
「クソッ! こっちゃ急いでんだ!!」
敵の油断を誘おうと、焦った風を装うアレックス。その拳が、進路を妨害すべく肉薄してきたキメラの腹にめり込んだ。さらに、藍の前で転倒したままのキメラが口を開くのを見て、愛梨のザフィエルが電磁波を放つ。
「そいつ! 消化液かなんか吐くかもしれないわ!」
「やはり‥‥肉弾戦だけではない、ですか」
数秒でキメラ2体を抑えた陽動班。A・Jの動向を確認しようとしたその時、南側の機器前に立つキメラの向こうから、短い悲鳴が響いた。
「卑劣極まりない悪党‥‥! その気味の悪い薄ら笑い、今すぐ止めて見せます!!」
通風口から壁に当たり、跳ね飛んだリアの弾頭矢が、陽動班に気を取られていたA・Jに命中したのだ。床に飛び降りたレイジの前には、人の面影が残るキメラの巨体。
「――‥‥っ。退け!」
言葉がすぐに出てこない。咽が詰まったような感覚を覚えた。
両手で振り抜かれた剣に踏鞴を踏み、大きく位置をずらすキメラ。その場所を、一陣の風が駆け抜ける。
「また会ったね! 今度こそ引導を渡してやるよ!」
羽矢子のハミングバードが白い軌跡を生み、白衣ごとA・Jの右腕を切り裂いた。深い。息つく間もなく細剣を振るう羽矢子と、連撃を右腕の骨で受け止めるA・J。桃色の肘から先が斬れ飛んだのと、A・Jの左腕が拳銃を抜いたのは、ほぼ同時。
「キヒ! 奇襲ですか。上出来ですね。ヒヒヒヒッ!」
「うるさいよ!」
剣を銃身で受け止め、瞼のない目で羽矢子を凝視するA・J。張り付こうとした天井が弾頭矢による爆発を起こし、床に留まった彼女を、細剣が執拗に狙っていた。
獣突を乗せた斬撃がA・Jを捉え、壁際まで吹き飛ばす。すぐさま、機器前に走り寄るきら。
「この下で動いているものは、“何”ですか? “人質”ですか? それとも‥‥」
「‥‥。ヒヒッ、気になりますか。では貴女、人質が既に強化人間ならば、どうします? 見捨てますか? 人間に戻す技術があるにも拘らず? キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
「『もしも』の議論をする気はありません。時間の無駄、ですから」
きらは僅かに眦を強くして言い放つと、機器類に視線を落とした。羽矢子の斬撃、リアの矢が立て続けに放たれるも、A・Jは壁と天井を飛び移りながら回避。キメラと組み合う傭兵達の背や腕目掛けて、360°から光線と銃弾が撃ち込まれる。
「キヒッ! 起爆装置の所在は掴めていないようですね。キヒヒヒヒヒ!」
「そもそも、20万人の人質は何処!?」
「地下です。ヒヒヒヒ‥‥さあ、退くなら今ですよ。これ以上は許しません」
羽矢子の刺突をヒラリとかわし、西側の機器の上に立ったA・J。威圧的な低音で言い放つ彼女の左足が機器のボタンの一つに触れている。拳銃を握る左手は白衣を捲り、腰に固定されたスイッチのようなものに手首を触れさせていた。
(クソッ‥‥どっちが本物だ? それとも‥‥)
キメラの頭を何度目かの拳打で叩き潰したアレックスが、そのままの姿勢でA・Jへと視線を遣る。同様に、キメラの腕を剣で受け、拮抗させたままで止まるレイジ。藍と愛梨もまた、キメラを挟んだ状態で動きを止めていた。
リア、ジャック、羽矢子がA・Jを照準するも、複数のスイッチを同時に示されたことで、僅かな迷いが生じる。
「待って! あたし達が退けばいいんでしょ!?」
キメラの酸を避けるより、愛梨はそう懇願することを選んだ。
一瞬でも、敵の注意を引くために。
背後で仲間達が戦っている間、きらは南の機材に触れ、攻性操作で起爆信号を変更しようとしていた。しかし、ワームのような自律型AIを搭載していない機械を操ることはできない。次に試したのは電子魔術師。人類側技術が混じっている可能性があるからだ。
手応えはあった。どこかに隠れているはずの爆破プログラムが燻りだされようとしている。
だが、
(‥‥出ない‥‥?)
画面には、何も表示されなかった。
(そんなプログラムは、ない‥‥!?)
咄嗟に振動感知。管制室の真下にあった人間サイズの反応のうち、幾つかが消えていた。
弓弦のしなる音と発砲音が同時に響く。きらの視界の端で白衣の裾が翻り、部屋の南寄りに着地した『それ』を中心にして、猛烈な円状衝撃波が広がった。
「レイジ!!」
思わず名を呼んだ相手が横に、きらを庇わんと飛び出してくる。吹き飛ばされる仲間達とキメラの姿が見えた。
「嘘です! 爆弾なんて、どこにも、ない!!」
レイジを抱えるような恰好で機材に叩き付けられながら、きらが叫ぶ。
「通風口、ドア、全部塞いで! ユェラの目的は、最初から‥‥!!」
「頭下げろっ!」
愛梨の言葉に、室外に位置していたジャックが反応。室内に鉛の嵐が吹き荒れた。
「キヒッ!」
跳躍と同時に左足を撃ち抜かれ、A・Jの体が床に落ちる。それでも床を這い、進んで行く。
主を守らんとするキメラの体が、アレックスのガトリングに圧されて壁まで滑り、レイジの剣に両断された。愛梨のザフィエルが残る1体に電磁波を飛ばし、開いた大口にジャックの銃弾が飛び込んでいく。愛梨は倒れたキメラ眼球目掛け、太刀を振り下ろした。
「全て嘘ですか。‥‥予想通りといえば、予想通りですね」
「ああ、なるほどね。んな悪足掻き‥‥させるかっ!」
駆け出した藍と羽矢子。羽矢子の放った真音獣斬を、床を転がって回避するA・J。しかし、そこで待っていたのは、迅雷で肉薄した藍の翠閃だった。
突き下ろされた二連撃がFFを貫通して右腿の骨を断ち、間髪入れずに繰り出された羽矢子の突きが、彼女の胴を串刺しにする。
「――!」
「キヒヒヒヒヒ!!」
A・Jの体から放たれた光の波動が、羽矢子と藍を包み込んだ。眩暈のような感覚に膝をついた二人から逃れ、南西の角を目指して片手だけで床を這うA・J。
しかし。
「止まりなさい!」
見えたのは、赤いブーツの爪先だった。
「そこに何かあることは、わかっています」
巨大な目で見上げた先には、矢を番えた白銀の弓。その向こうには、デスクの下に開いた暗い穴。そして、それを暴き出したきらとアレックスの姿がある。
「ありました。‥‥隠し通路です」
管制室の真下、他と比べて異様に深い地下の階層に何があるのか。内部が滑り台のような螺旋状のその穴は、地下へと続く緊急脱出口にしか見えなかった。
「チッ。結局、今までの茶番は自分が逃げるための時間稼ぎかよ」
「キヒ‥‥私だけではありませんよ。今頃、保管されていた私の研究データは地下水路を通って海の中です。それだけの時は稼げましたからね‥‥ヒヒヒッ。UPC軍が退こうと退くまいと、どうでも良いこと」
呆れたようなアレックスの言葉に、バグアは苦しい息の下で嗤ってみせた。
きらのスキルでは、水中の振動までは感知できない。地下から幾つかの反応が消えたのは、それらが地下水路に入った事を示していたのだろう。
「施設の中では、まだバグア兵や強化人間が戦っていたのですよ!? それを‥‥部下を、置き去りにするつもりだったのですか!?」
「キヒヒヒ‥‥より強い者が生き延び、同胞を倒した者を倒しヨリシロとする事こそ、私達バグアの正しい姿。何が悪いのです? ヒヒッ」
炎のようなオーラに髪を揺らがせ、弓を引くリアの手に力が籠る。
「テメェ、自分が人質になる覚悟はあるか?」
ジャックの銃弾が、A・Jの肩を抉った。彼女は、耳まで裂けた口を不気味に歪めるのみ。
「ご冗談を。ヒヒッ、自爆が怖ければ殺しなさい。私を殺したところで、何が変わるとも思えませんが。キヒヒ」
「‥‥ああ、構わないさ。俺の力なんていつも、全てを救うには足りない」
響いたのは、レイジの声だった。
「だがな、『あの時』届かなかった手が、今なら届くかもしれない。一人でも、一つでも多くに手を伸ばす為に。今、俺に出来る事は‥‥」
その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせる独り言のようで。
「あんたを、倒すことだ」
A・Jは、最後までゲームを楽しむかのように嘲笑っていた。
◆◇
中央管制室の制圧は、敵将の撃破という形で大成功を収めた。
ジョージタウンに集結したUPC軍の標的がポート・オブ・スペインだと察知した時点で、A・Jは施設の維持を放棄していたのだろう。最小限のバグア兵の手で島北部の山脈に送られ、着の身着のまま密林に放置されていた20万の人質達は、後のUPC軍の捜索により発見された。