タイトル:【NS】斜陽マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/12 12:53

●オープニング本文


 オタワの東――人類とバグアの機動兵器が空と大地に入り乱れ、火砲の飛び交う戦場。
 システム・ペンタグラムの雷光が雲を照らし、敵陣深くまで入り込んだ爆撃機が我先にと、巨大艦の上面を炎と熱波で埋めて行く。
 形勢が逆転し、徐々に押し戻されて行くバグア軍の後方。異形のギガワームが身動ぎするかのように機体を傾けた、その時。
 上空から飛来した長大な金属杭が、その上面を貫いた。
「総員に告ぐ、本艦はギガワームに突撃を行う。繰り返す、本艦はギガワームに突撃を行う。衝撃に備えよ」
 ユニヴァースナイト弐番艦内に響き渡る、艦長・覇道平八郎の声。
 爆炎閃く空を駆け現れた銀白色の艦に、人々は思わず息を呑んだ。
 ギガワームに深々と食い込んだ螺旋形の杭は、その後部より伸びた鋼線で以て、バグアと人類、双方の決戦兵器を繋いでいた。
 鋼線を巻き取り、後退する巨大艦を逃がすこと無く突撃して行くUK弐番艦。
 生き残った対空砲と護衛機が応戦するも、被弾を恐れず突き進む。

 轟音が空を揺るがし、続く盛大な歓声が、戦場と、飛び交う通信を埋め尽くした。
 空に浮かぶギガワーム。その上側面を、UK弐番艦の艦首ドリルが大きく抉っている。
 ギガワーム内部に頭を潜り込ませたUK弐番艦が艦内の歩兵を吐き出し、周囲に生じた破孔からは、突撃成功の報を聞き集まってきたナイトフォーゲル群が、次々と突入を開始していた。


    ◆◇
 巨大なギガワームの内部は、幾つかの階層に分かれていた。
 内部制圧にあたるUPC軍の各部隊は、UK弐番艦、及び周囲の破孔から艦内に突入し、艦橋、主砲ユニットなどが存在すると思われるギガワーム中枢を目指し、複数階から同時に攻め進む。
 大破したUK弐番艦は既に離脱を開始しており、ギガワーム艦内に突入した者たちの回収には、大量のクノスペを破孔に待機させておくという。人間の退避手段は確保されていても、自力で離脱できない陸戦機は乗り捨てて行く必要があるという事だ。無論、退避が遅れれば取り残される可能性もあるだろう。宙に浮かぶ敵旗艦内に突入するという事はつまり、時間と、自身の内に吹き乱れる生への執着との戦いでもあった。
「ギガワーム中層階、中央部に高エネルギー反応。主砲のジェネレーターと思しき反応とは‥‥別です」
 破孔からギガワーム艦内に侵入したクノスペを降り、生身で中層階を走るUPC北中央軍の一隊。エクセレンターの青年兵士が、艦内外から送信されて来るデータを手元の端末で解析しながら、報告した。
「その熱源、なんだと思う?」
「想像ですが」
 隊を率いるUPC北中央軍大尉ヴィンセント・南波(gz0129)の問いに、彼は思案の後、神妙な面持ちで言葉を継ぐ。
「この状況で熱量を増し続けている点から察するに、自爆装置の一種ではないかと。もしくは動力の一部ですが、前者の可能性は高いですね」
「‥‥ここでギガワームが自爆したら、どうなると思う?」
「大尉のご想像通りの結果になります」
「‥‥‥」
 南波は彼を振り返った姿勢のまま、口を閉ざした。
 この戦場には、UK弐番艦は勿論、北米の主戦力が結集している。その中心で、3km級のギガワームが自爆したとすれば、一体どれほどの被害が出るか。想像に難くない。
 バグア側の視点で見れば、ギガワームという主要な決戦兵器を失うに惜しくない程度の結果が確実に得られるはずだ。
「‥‥だけど」
 沈黙を撃ち破ったのは、隊に随伴するUPCキメラ研究所の研究者、琳 思花(gz0087)であった。南波の顔が、彼女に向く。
「自爆するなら‥‥弐番艦が歩兵やKVを吐き出してる間、離脱に入る前の方が‥‥効果的だったと思う。それをしなかったのは‥‥たぶん、まだ敵の司令官が‥‥『勝てる』と思ってるからじゃないかな」
「自爆はいつでも出来るもんね。もしもの時の最終手段、ってやつでしょ」
 思花の意見に、同じくUPCキメラ研究所所属のエレクトロリンカー、朴 佑幸(パク ウヘン)もまた、同意を示した。彼女らの他、同研究所からはジェニファー・ブロウ、キース・ロドリーという名の研究員も隊に同行しており、その目的は、ギガワーム内外のキメラ・バグアのサンプル採取。特に、南米で見られたような、高位バグアとギガワームの融合体発生時には、その内部変化観察を合わせ、内部装甲、細胞片などを持ち帰る事を任務としている。
 しかし、リリア・ベルナール(gz0203)がギガワームの自爆を視野に入れているとすれば、機械融合が行われる可能性は低いと言えるだろう。
「このまま艦橋を探すか、その高エネルギー反応ってやつを調べに行くか‥‥か」
 逡巡の表情を見せる南波に、隊員達は声も上げず答えを待った。彼の肩を、思花が叩く。
「‥‥敵司令官を倒しても‥‥それでギガワームの自爆を止められるとは、限らないよ」
「――了解」
 自身より幾らか年嵩の友人を見返し、南波はふっと息を吐き出してから、心を決めた。


    ◆◇
 ギガワーム艦橋寸前に到達したアンガー隊が、リリア・ベルナールを発見、護衛のキメラと交戦を開始した。
 中層階の調査に向かった軍人達にその報が届いた頃、彼らは異様なまでに激しい暴威を振るうキメラの群れに遭遇していた。
「どうなってんだこれ‥‥!」
 壁や床を足場に跳躍を繰り返し、全方位から牙を剥く猛犬の軍団。側頭を狙った重い一撃をガンドルフで受け止め、南波は荒い呼吸の中で舌を打つ。思花、佑幸の超機械が牽制の電磁波を放ち、犬を一時後退させた。
「同じキメラだと思うけど‥‥おかしいね」
「こんなチート現象、『不思議生物・バグア』の仕業としか考えらんない!」
 それは所謂ドーベルマンを模した中型のキメラである。ギガワームの外縁付近に現れたキメラも同様の外見と能力を有していたが、中枢に進むにつれて強力な戦闘力を持つものが混じり始め、目標たる熱源に接近した今、そこを護る全てのキメラが、強化人間やそれ以上の性能を以て隊の進攻を阻んでいた。
 先にこの付近に到達し、別の通路から熱源を目指す他隊の報告によれば、交戦開始時には然程苦戦しなかった筈の犬型キメラが、ある瞬間を境に突然強化され、一般兵どころか歴戦の能力者兵までも圧倒し始めたのだという。
「この上って艦橋か‥‥?」
 天井を仰ぎ、南波が呟く。
 報告によれば、上階のリリアは護衛のキメラの後方に立ち、交戦開始時には動きを見せていない。
 北米バグア軍総司令官の地位を得る程のバグアであれば、例え相手が複数の能力者であっても有利に戦闘を行えるだけの能力はあるはずだ。それをしないのは、何故か。
「この熱源を、護らせるため?」

 本来持ち得ぬ筈の力をその身に漲らせ、暴威を振るう犬達の群れ。
 それはまるで、階上に立つ主人の命を、ただ忠実に守らんとしているかのように見えた。

●参加者一覧

鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

 艦橋へ向かったアンガー隊と傭兵部隊がリリア・ベルナール(gz0203)と交戦を開始した事やその状況報告、その真下の空間で繰り広げられる番犬との死闘‥‥通信機からは、ひっきりなしに声が響いていた。
「リリア‥‥。僕の恋人が彼女の部下を助けたかったと悲しんでた‥‥」
 鐘依 透(ga6282)の呟きに込められた感情は、怨嗟に遠い。
 悲しみに暮れる恋人の姿。記憶が胸を締め付ける。
「謎の高エネルギー反応に、それを死守する番犬ども‥‥どうにも嫌な予感がする組み合わせだな」
 女王の加護でもあるのか、と、黒羽 拓海(gc7335)。
 情報に聞く犬の変化は異常で、リリアがキメラの後方を取るという不自然な上階の敵配置との関連性が疑われていた。
「思花サン!」
 燐光を纏う銀の髪を視界に捉えたラウル・カミーユ(ga7242)が叫ぶ。
 恋人の向こうには、見慣れた茶髪の軍人の姿。自身を、そして彼や恋人を巻き込み自爆するギガワームを幻視する。
「生きて帰るぞ」
 ぽつり、と。その言葉が持つ意味に見合う重さをもって、時枝・悠(ga8810)の声が響いた。
「何が何でも、依頼を達成させて」
 全員で。
 黒の短髪を逆立たせ、大神 直人(gb1865)が悠の言葉を継いだ。


    ◆◇
 透が投擲した黒塊が、正規軍の頭上を飛び越え犬の群れの中へと落ちる。
 大音量と閃光が犬達の悲鳴を掻き消す中、追儺(gc5241)は前衛を抜け研究員に組み付いた犬へと一直線に駆けた。
「追儺さん!」
 沖田 護(gc0208)の小型超機械から飛んだ光が、蒼天に力を与える。
(皆戦っている‥‥ここで俺がやらないことで他の奴の負担になる‥‥。なら、ここで役目を果たさないでいつ果たすんだ?)
 薙いだ刀が犬の首を捉えるも、硬い。追儺は大きく身体を捻った。
「絶対に死なないし、死なせない」
 跳躍の瞬間に、脚甲を叩き込む。キャインと啼いて前衛の向こうへと吹き飛ばされる犬を見送った朴 佑幸は、笑みを浮かべて追儺を見、そして超機械を構えて前を向く。
「突入を優先するのは、南波様とGP、ER2名程度でいいんじゃないかしら? AAとGDとJG、ELと残りERは戦闘に加わって。キメラプラントの可能性も無くはないけれど、敵を倒さない事には調査など出来ませんもの」
 メシア・ローザリア(gb6467)が、スキル名を幾つも挙げて正規軍と研究員の動きを指定していったが、すぐにヴィンセント・南波(gz0129)の制止が入った。
「今、キメラプラントの話はしていない。この先にある熱源は自爆装置の可能性が高くて、いつ起動するのか、調査と対処にどれだけの時間と人員が必要なのかもわからない。研究員は全員突破を優先させるって、聞いてるはずだ」
「それは‥‥敵を倒すより、調査が優先ということですの?」
「ああ。俺がボディーガードで護るのは、突破支援のアンタじゃない。研究員か隊長だ」
 ガーディアンの男が言う。更に、元々戦闘支援を目的にしていない研究員は、敵艦調査・探索向けのスキルがメインのようだ。
「キメラは僕らが食い止めます。南波大尉たちは突入を優先してください」
「ジジ、アーロン! 前に出ろ!」
 護に練成強化を施されたラウル、悠、追儺、要請を請けた正規軍のエースアサルト、ガーディアンが前衛を固めて壁となり、透のSMGが突出した犬達を後退させていく。
「とにかく全力阻止! チャンスはきっとあるはずだカラ、粘ってやるサ」
 傷ついた個体を乗り越え、次から次へと押し寄せる犬の群れを前に、ラウルはひたすら引金を引き続けた。扇状に広がる鉛弾が犬の波を押し留め、前進を阻害する。
「この犬‥‥っ! やはり異常だな」
 リロードの瞬間を狙ったように飛び出してくる犬を、銃口で追う悠。数発喰らっても迫る犬を紅炎で受け止め、振り払おうとした瞬間に血飛沫が舞った。爪だ、と気付き刀を振るったその時、4発の銃弾が犬の胴を捉え、飛び退かせる。
「やけに統制が取れている。‥‥指揮官が居るのか?」
 拓海の言葉も終わらぬうち、最前の5頭が黄ばんだ牙の並ぶ口内を露わに、一斉に火を噴いた。
「うわ‥‥!」
 通路の壁や床が融解するほどの火焔の海が、逃げ場のない能力者達を包み、灼き、焦がして行く。5頭が吐き終われば直後に控えていた5頭が頭上を飛び越え前進。尽きぬ炎が能力者の前衛を抜け、中衛をも呑み込んだ。
「耐えてください! 極北でも、アフリカでも、これ以上の敵はいた、そうでしょう皆さん!」
 盾を前に後衛を護りながら、護は暴威に晒される仲間達へ治療の光を飛ばす。彼や研究員の練成治療を以てしても損耗が避けられない程の、異様な強さ。
(強い‥‥!)
 透の視界を炎が埋める。灼かれ、治癒され、痛みが強弱をつけながら繰り返し体を苛んだ。
 ――負けられない。
(あの子や皆が苦しみ悲しみ作ってくれた道‥‥! 僕らは勝って、帰るんだ)
 強い意志が、今にも折れそうな透の膝を支え続けていた。
「動きが良すぎる。指揮官を探すぞ」
 火焔の合間に襲い来る犬の牙。一撃を片腕を犠牲に受け止め、跳躍して前衛を越えようとする犬の腹を斬り、蹴り返しながら、追儺が拓海の推測を肯定する。
 良く見れば、炎を吐く犬達の目は閃光手榴弾で潰されている。突撃を仕掛けてくる犬達は正常に目が見えているものばかりで、火焔の方向さえ定まれば当たるだろう通路の狭さを利用して、群内の不利を最大限補うかのような作戦だ。
「ローザリアさん、怪しい反応はありますか」
「いいえ。後ろではありませんわ。となれば‥‥」
 治療と貫通弾による援護を続けながら、護が声を掛けた先には、探査の眼で隊の後方を探るメシアが居た。エクセレンターの振動感知を以てしても背後に反応がない事を聞き、彼女は同じく探査の眼を発動した直人とともに、前方へと念入りに視線を巡らせる。
「どんな魔法か知らないケド、ヤになるくらいしつこいネっ!」
 嵐の如く弾をバラ撒き、不規則な起動で迫る犬達を必死で押し留めるラウル。透と拓海、護の援護射撃が撃ち漏らしの個体を狙い撃ち、前衛の悠と追儺、ジジとアーロンが刃を振るい止めを刺した。南波や他の隊員達の銃撃が、前衛を飛び越え迫る黒影を撃ち抜いて行く。
 しかし、強化人間並みの力を持つ犬達を前に、何時までも戦線を維持していられる筈もない。
「く‥‥っ! 見つけたか!?」
 とうとう中衛に襲い掛かった3頭から直人を庇い、拓海が問う。噛み付き頭を振るう犬の脚を刹那の一撃で浮かせ、迅雷で加速した拓海の体が、フッと消えた。
 瞬後、壁と拓海の体に挟まれた犬が甲高く啼き、床に落ちる。メシアの紅い唇から洩れた旋律が呪詛となって響き渡り、正規軍が3頭を抑えにかかった。
(群れの後方があまり動かない‥‥あそこか?)
 通路の奥、後方の犬達は、数頭がそこを動かず、扉への道を護るかのように位置している。直人はペイント弾を込めた小銃を構え、前衛の背後ギリギリまで走り込む。
 ラウルの片手が宙に弧を描き、黒塊が群れ後方へと飛んだ。
 犬達は頭上を行くチラリとそれを見――、
「奴だ!!」
 後方の1頭が跳び退ると共に、炸裂する光から一斉に顔を背ける。
 光の収束と同時、目を閉じていたその1頭は、自らに向かって放たれたペイント弾の連射を避ける事が出来なかった。
 べったりと、頭と胴を青く染めたその犬の眼光が、明確な知性をもって直人を射抜く。
『フン! リリア様に仇なす人間共め。皆殺しにしてくれるわ』
 直人と透の銃撃を跳躍してかわし、ニヤリと笑むドーベルマン。前衛を抜けていた3頭のうち2頭が中衛・後衛目掛けて火焔を放ち、二人を傷つけると共に自己に向いた注意を逸らさせた。
 肌をチリチリと焼く高温の中で、メシアは護の背後に立ち、呪歌を紡ぎ続ける。やがて完全に縛られた1頭が透の前で停止し、魔剣の連撃を受けてその場に倒れた。
 だが、
「ラウル!」
 狙われたのは、敵にとって最も邪魔な前衛のイェーガーだった。再装填を終えたばかりの彼に、炎の中を突っ切り身を焦がした犬達が殺到する。後衛の思花、正規軍が彼を組み伏せる3頭を狙い撃つも、それらは臆する事無く牙を剥き、骨肉を砕き続けた。
 隣のアーロンが吼える。向きを変えた3頭が、元々彼と対峙していた1頭と共に飛び掛かって行く。 
「彼を頼む! 今度はあのガーディアンが危ない!」
 血まみれのラウルを後衛まで運んだ直人が、小銃を連射しながら再び中衛へ。しかし、前衛に空いた穴を透が埋めようにも間に合わず、抜けてきた数頭を前に、研究員達も迎撃に回らざるを得ない。
 メシアはラウルの体を引きずり、敵をひまわりの唄の範囲内に入れるまいと、更に退がった。4頭の犬に執拗な攻撃を受けたアーロンが倒れ、その咽を食いちぎらんとする敵を直人と護の射撃が押し止める。白刃を振りかざした拓海が犬達の間に飛び込み、2頭を薙ぎ払った。瀕死で助け出されたアーロンを、メシアが慌てて回収して行く。追い縋ろうとする犬達を護の盾とナイフが受け止め、どちらのものとも知れぬ鮮血が幾度となく空を舞った。
 もはや、前衛後衛の区別すらない。後方に抜けた敵を倒し切ることもできず、誰もが目の前の敵を相手にする以外に選択肢がない。
「危ない!」
 グラップラーを突き飛ばした護が、火焔に巻かれて床を転がる。止めにと迫る犬の頭を拓海の銃弾が撃ち貫いた。
「追儺、透、指揮官を抑えるぞ」
 最も体力に余裕のある悠が、犬の爪を前肢ごと斬り払い、並ぶ仲間に視線を走らせる。
 追儺と透が、それぞれの得物を振るいながら頷いた。共に、全身を敵の牙と爪に裂かれ、焦がされ、限界が見えている。 
 エースアサルト2名が銃を抜いたのを見て、悠と追儺が一歩を踏み込んだ。
「援護を頼む!」
 エースアサルトの銃が弾丸を吐き出すと同時、追儺が跳躍。指揮官の一声でジャンプした犬が透のエアスマッシュに吹き飛ばされる中、続くもう一頭を回し蹴りで壁に激突させながら、追儺が犬の群れの真中に着地した。犬達の眼が彼に向いたその瞬間、迅雷を発動した透が壁を一気に駆け抜ける。
 自身に迫る魔剣を、逆に噛み付くようにして受け止める指揮官。イェーガーの死点射が弾頭矢をバラ撒き、爆煙の中を追儺が後退したその瞬間、剣を咥えたままの犬の頭が、ぐらりと揺れた。
 両断剣・絶。一撃を放った悠の銃口が硝煙を立ち上らせる。
 血を吐き、透を前肢で薙ぎ払うようにして飛び退る指揮官。鮮血を飛ばした透が追い縋ろうとするも、飛び掛かって来る犬達をかわし、再び壁を駆け後退するのが精一杯であった。
『フン‥‥小癪な。だが、同じ手は通じんぞ』
 指揮官の視線が、満身創痍の能力者達を嘲笑うかのように嘗める。
 上階の状況は芳しくない。今、キメラ達に分け与えられた力をリリアに戻さねば、彼女は敗けてしまうだろう。
『リリア様、20秒です。20秒、この私めが食い止めてみせましょうぞ!』
 この場には、まだ20以上のキメラが残っている。手負いの能力者達がそれだけの数を倒すには、時間が掛かるだろう。指揮官は、ニヤリと笑んで胸元のマイクへと高らかに宣言した。

「‥‥?」
 透の魔剣と挟み込むようにして蹴りを放った追儺が、脚甲から伝わる柔らかな感触に眉を顰める。
「弱く‥‥なった?」
「何がありましたの、弱体化していませんこと?」
 胴を両断された犬を前に透、そして後方で回復に徹していたメシアが呟けば、上階の様子を確認した拓海がニヤリと笑って刀を振るい、見るからに動きを鈍らせた敵の額に弾丸を叩き込んだ。
「どうやら、女王の加護は本当にあったらしいな」
『理解したとて遅いわ。20秒後には、能力者どもを蹴散らしたリリア様が再び、その犬に力をお与えになる。それまでに何頭倒せる? 満身創痍の、貴様らに!』
 悠が大きく跳躍し、犬達の真中に飛び込んで行くのを見ても、指揮官の嘲笑は絶えなかった。
「笑わせるな。私は、この時を待っていたんだ」
 フン、と鼻を鳴らした悠の紅炎に、吸い込まれていく剣の紋章。
 殺到する犬達の目の前で振り下ろされた大太刀から、膨れ上がるようにして通路を疾った十字の衝撃波。指揮官の目の前で、幾つもの黒い影が吹き上げられ、引き千切られる。
『ば、馬鹿な! 一撃で‥‥!』
「何かカラクリがあるなんて、最初からわかってたさ」
 後衛側に残る犬を斬り伏せ、拓海が吐き捨てた。 
「行け! 道は俺達が作る!」
 月詠を抜いた直人が、拓海と共に犬達の牙と炎を引き受け、悠、追儺、透が指揮官へと走る隙に、奥の扉目掛けて全力で駆ける正規軍部隊。
『お、おのれ‥‥!』
 蒼天を振るう追儺の腕の骨を噛み砕き、悠をも巻き込む猛烈な火焔を吐く指揮官。倒れた追儺の背後から飛び出した透の魔剣をかわし、反撃の爪を振るう。
「させませんわ!」
 犬達が正規軍へ飛び掛かるも、前に出たメシアの脚爪がそれを蹴り飛ばし、進路を守る。
 切り札を温存していた正規軍と研究員達の攻撃に耐えかねた扉が、歪み、溶け、叩き斬られた。
 軍服と白衣の背中が室内へと消えていく様を、指揮官は茫然と見送るしかない。
「体を盾にした甲斐があったな‥‥」
 まだ残るキメラを相手にしていた直人と拓海。しかし、いくら弱体化した相手でも、雑魚ではない。限界は来る。
 牙と爪に裂かれ、炎に巻かれて終に倒れる二人。メシアが戻り、彼らを守るべく立ち回った。
『リリア様!』
 助けを求めるも、返事は無い。悠の大太刀が、続けて胴を裂く。
(限界突破だ。もはやそれしか‥‥!)
 覚悟を決める指揮官。しかし、それすらも――遅い。
 死の直前の彼が見たもの。それは、最後の力を振り絞って立つ、透の姿。
「僕らは‥‥勝って、帰るんだ!」
 ――飛燕烈波。
 魔剣が二条の閃きとなって彼を貫き、斬り裂いた。


    ◆◇
 ラウルが目を覚ましたのは、医療ベースと思しきテントの中だった。
 彼のベッドに突っ伏して疲れ果てたように眠っている思花を起こさぬよう、激痛に悲鳴を上げる体に鞭打って、入口まで歩く。
 見上げた空には、まだ異形の怪物が浮かんでいた。しかし、UPC軍のクノスペが次々と飛び立っていくそれは、主砲を失くし、対空砲をも削がれ、あちこちから炎と黒煙を噴き上げている。
「リリア・ベルナールが討たれた。今は、内部を制圧した正規軍が艦橋を含めた中枢に爆弾を仕込んでいる最中だ」
 悠の声に振り返る。そこには、一人残らず生還した仲間たちが立っていた。
「あの扉の先は、やはり自爆装置だったとか。破壊するには骨が折れたようですが」
 軽く肩を竦め――空へと、艶やかな微笑みを向けるメシア。
 ポケットの中のラウルの手。その指先に、煙草ではない何かが触れる。

「‥‥‥」
 恋人の髪飾りと同じ、麦わら細工の時計を握り締めて。
 ラウルは再び、空を見上げた。