タイトル:奪還! 洋館攻防戦!マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/17 04:38

●オープニング本文


「ハアハア‥‥」
 夏の夜道に、荒い息遣いが木霊する。
 彼は、道路脇の植え込みに巨大な肉体を隠し、前を行く女性を見つめていた。
 彼女は、時折聞こえる謎の呼吸音に後ろを振り返りつつも、首を傾げて足を速める。
「ハアハア‥‥咲紀ちゃん、萌えぇ〜‥‥」
 彼の名前は、マーティン・スミス(36歳、独身)。ジャパニーズアニメ『萌えっ子魔女★ぷりてぃマキちゃん♪』をこよなく愛す、へヴィーなヲタク(アメリカ在住)である。
 マーティンは現在、日本限定マキちゃんグッズの買い付けのため、ヲタクの聖地・日本橋へとやってきていた。
「‥‥咲紀ちゃん‥‥初めて来た日本で、君みたいなリアル・マキちゃんに逢えるなんて‥‥運命だねっ。ハアハア‥‥ゼエゼエ‥‥」
 彼は、日本橋の裏通りを行く女性に対し、熱く湿っぽい視線を注ぎながら、脂ぎった額の汗を拭いた。

 マーティンが尾行しているのは、赤代 咲紀(シャクシロ・サキ)という女性である。
 彼女の職業は、グラビアアイドル(売り出し中)。瞳の大きな童顔に巨乳、低めの身長に高い声、という、どこかアニメキャラを彷彿とさせる彼女は、主に日本橋の皆様から、『ポンバシ系アイドル』と呼ばれているという。
 また、彼女は、双子の弟が能力者であることを公言しており、イベントや握手会などでの過激な反バグア発言も、その人気の理由の一つであった。 

「咲紀ちゃん‥‥ボクは、一生キミについて行くよっ! ハアハア‥‥萌え萌えぇ〜!」
 完全にストーカー的発言を漏らしつつ、鼻息荒く咲紀をつけ回すマーティン。
 彼が咲紀に出会ったのは、本日午後、日本橋で行われた『萌えっ子魔女★ぷりてぃマキちゃん♪ 新作DVD発売イベント』の会場でのことである。
 キャンペーンガールとしてマキちゃんの衣装を身に纏い、グッズのPRをしていた彼女に、マーティンは、脳髄が痺れるほど衝撃的な一目惚れをしてしまった。

 その結果が、このストーカー行為である。

 現在155?の巨体を揺らし、日本の夏の蒸し暑さに多量の汗を噴出しつつ、物陰を伝って咲紀を追う。
「ハアハア‥‥咲紀ちゃ――んんっ!?」
 咲紀を見つめていたマーティンの目に、薄暗い通りを猛スピードで疾走してくる車のヘッドライトが映った。
 そして、その車は、甲高いブレーキ音を立て、前を行く咲紀の真横で、いきなり急停車する。
「な‥‥何‥‥!?」
 怯える咲紀の前に、車から飛び出してきた3人の男たちが立ち塞がった。
「‥‥赤代 咲紀だな?」
 言うが早いか、男たちは、何か布のようなものを咲紀の口元へと押し当てる。
「――うっ!?」
(「さ‥‥咲紀ちゃんっ!?」)
 力を失い、崩れ落ちる咲紀を抱え上げ、彼らは、素早く車の中へと引き揚げていく。

 その光景を目の当たりにした瞬間、マーティンの中で、何かが切れた。

「う‥‥うおおおぉぉぉーっ!!! 咲紀ちゃんを放せぇぇぇっっ!!!」
 奇声を発し、物陰から飛び出したマーティンは、まだ車に乗り込んでいなかった一人の男に、ジャンピング・タックルをかける。
「うぶぉッ!?」
 揺れる脂肪に顔面から押し潰され、地面に倒れ伏す男。頭でも打ったか、ピクリとも動かない。
 その上に覆い被さり、マーティンは、あらんかぎりの声で叫んだ。
「誰かあぁぁぁーーッ!! 咲紀ちゃんが!! 咲紀ちゃんがぁぁぁーーッッ!!!」
 助けを呼びながら、マーティンは、何かが破裂するような大きな音を聞いた。一瞬遅れて、背中に熱い痛みが走る。
「誰か‥‥誰かああぁぁぁーーーーッ!!!」
「クソッ! 何だコイツは!?」
 助手席の男が、黒光りする拳銃を構え、再びマーティンへと銃口を向ける。
「おい! 人が来たぞ!」
「――チッ!」
 だが、マーティンの叫びと銃声を聞き、集まってきたいくつかの人影に気付き、男たちは舌打ちして銃を引っ込めた。そして、マーティンに押し潰された仲間を見捨て、勢い良く車を発進させる。
「さ‥‥咲紀ちゃ‥‥待って‥‥」

 ――人々の悲鳴とざわめきが満ちる中、マーティンは、咲紀を乗せた車が遠ざかって行く音を聞いていた。


    ◆◇
 その後、マーティンによって捕えられた男が、親バグア派の人間であることが判明した。
 警察とUPCによる捜査の結果、今回の誘拐事件は、反バグア・アイドルの赤代 咲紀を洗脳し、逆にバグアの広告塔に仕立て上げようと画策する、親バグア派の犯行であることが明らかとなる。
 犯行グループが数頭のキメラを有しているという情報もあり、UPCは、能力者の派遣を決定した。


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●依頼内容
・親バグア派によって誘拐されたグラビアアイドル・赤代 咲紀(19歳)を救出してください。
・監禁場所は競合地域にある、古い洋館(2階建)と判明しています。
・犯行グループ(残り二人)を捕縛してください。
 今後の捜査に役立てるため、また、過激な解釈をするメディアもありそうですので、PCや被害者の安全上やむを得ない場合や、相手が自殺を図った場合を除き、生きた状態での捕縛が望ましいです。
・キメラは殲滅が望ましいですが、被害者救出を優先してください。

●参加者一覧

平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
忌咲(ga3867
14歳・♀・ER
梶原 暁彦(ga5332
34歳・♂・AA
草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP
緑川 めぐみ(ga8223
15歳・♀・ER
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
Fortune(gb1380
17歳・♀・SN

●リプレイ本文

「全く‥‥親バグア派は揃いも揃って誘拐ばかり‥‥本当に救えませんねぇ」
 曇天の空の下、ふう、と息をつき、ヨネモトタケシ(gb0843)は頭を抱える。
「‥‥アイドルを誘拐か‥‥許しておけないな」
「うらやま‥‥げふん。うしッ‥‥ファンの期待も担ってるワケだし、気合い入れてきますかッ」
 梶原 暁彦(ga5332)の呟きに、ちょっと本音が出かかった草壁 賢之(ga7033)が、わざとらしい咳をして誤魔化し、左の掌に右拳を音が出るほど打ち付けて、気合を入れる。
「マーティンさん頑張ったんだね。帰ったら褒めてあげよう」
 忌咲(ga3867)が、平坂 桃香(ga1831)と緑川 めぐみ(ga8223)を振り返り、口元に微笑みを浮かべながら言った。彼女たちは、以前に一度、マーティンと会ったことがあるのだ。
「敵戦力は親バグア派の人が2人。あとキメラがいるでしょう。そこで強襲して救出するというわけです。がんばりましょう」
 緑川は、梶原が皆に配った洋館の見取り図を手にして、一同を見回した。
「配電盤は、恐らく今も、地下室のままでしょうね」
「もし、そこまで改造されていたら、かなりついてませんけど‥‥。まず大丈夫でしょう」
 リュドレイク(ga8720)とFortune(gb1380)は、見取り図の端に書かれた地下室を指し、皆に確認を促す。
「では私たちは裏口から行きますね」
 平坂が覚醒し、塀沿いに洋館の裏手へと歩き出すと、B班の緑川、Fortune、そして、同じく覚醒して探査の眼を発動させたリュドレイクもまた、彼女に続いた。

「草壁センサー始動‥‥っと。おーけー、グラドルの3サイズまでばっちり解るハズ」
 草壁が、おどけた声を上げる。
 そして、一斉に覚醒し、洋館の正門を見上げる4人の先頭で、梶原が静かに作戦開始を宣言した。
「これよりターゲットを探し出す‥‥ミッションスタート」


●侵入【A班】
 陽動を兼ねたA班の4人は、正門を開け、堂々とそこから前庭へ侵入した。
 監視カメラやセンサー位は設置されているだろう。キメラが出ないうちに、と、4人は、全力で石畳を突っ切り、玄関前へと辿り着く。
「逃走用でしょうか?」
 玄関横に停められた白いワゴン車を指し、ヨネモトが声を上げた。
「‥‥排除する」
 刀を抜き、ワゴン車に歩み寄る梶原。

 ――その瞬間。

「梶原さん、危ない!!」
 忌咲が叫ぶのと同時、破壊音とともに、ワゴン車の両側のサイドガラスが割れ、何かが飛び出してくる。
 目の前に着地したそれを薙ぎ払おうと、梶原が刀を振るう。だが、それは敏捷に攻撃をかわし、唸りを上げて跳躍すると、その獰猛な牙を彼の左腕に突き立てた。
「――っ‥‥! 犬型か」
 自分の腕に喰らい付き、引き千切ろうと激しく頭を振る犬キメラに対し、梶原は、逆に一歩前に踏み込み、残された右腕で、下から上へと力の限り刀を振り上げる。
 鮮血が飛沫き、未だ噛み付いたままの上半身を残して、キメラの胴から下の部分が、重い音を立てて地面に転がった。 
「――ッ!!」
 玄関の扉の前では、涎を撒き散らしながら前庭を疾走する二頭目を相手に、草壁のブラッディローズが、立て続けに火を噴いた。炸裂した散弾が、真正面からキメラを捉える。
「寄って来るな!」
 全身に散弾を浴びながらも、獰猛なキメラの闘争心は止まない。草壁は、咄嗟に銃身でその牙を受け流すと、左手のフォルトゥナ・マヨールーの引き金を引き、相手の脳天を吹き飛ばした。
「かまってはいられませんねぇ‥‥畳み掛けます!」
 両断剣を発動させたヨネモトが、執拗に梶原に纏わり付いている一頭目に向け、両手に構えた蛍火を振るう。
 彼は、一撃目を回避したキメラを、二段撃を発動させた両の刀で、一瞬のうちに斬り裂いた。そして、返す刀で、一気にその首を刎ね飛ばす。
「中に入ろう! キリがないよ!」
 上空に現れた鷲のようなキメラを目にして、練成治療で梶原の腕の傷を癒していた忌咲が叫び、玄関へと駆け寄った。ここで時間を無駄にしているわけにはいかない。
 ヨネモトが体当たりで扉を破ると、一同は、一気に洋館内部へと雪崩れ込んだのだった。


●侵入【B班】
「表は大騒ぎですねぇ」
 裏口の横に停まっていた黒い車の前輪を銃で撃ち抜き、平坂は、正面玄関のほうをチラリと顧みた。
「多少の音は誤魔化せますね」
 ダメ押しに給油口から砂糖など詰め込んでから、リュドレイクは、裏口の扉を丹念に調べ、蝶番の下に鬼蛍の切先を当てると、一息にそれを切断する。
「なんだかキメラ以外のモノも出そうな雰囲気ね‥‥。夏、肝試しにいいかも‥‥」
「お兄様とかが好きなアクションゲームな展開ですけどがんばりますね」
 歩く度に軋む床に、薄暗い廊下。Fortuneと緑川は、ゆっくりと辺りを見回した。
 使用人用だろうか、洋館の右端の角には、2階へ上がる階段がある。4人は、足元に注意しながら、忍び足でそれを駆け上がった。
「待って下さい。センサーが」
「あ‥‥これですね?」
 階段を上り切った緑川の腕を、リュドレイクが掴んで止める。探査の眼で強化された視力が、足元に仕掛けられた赤外線センサーを捉えたのだ。
 一同は、センサーに引っ掛からぬよう、軽くジャンプして無事通過する。
「周りに比べて新しい感じがする壁とか、要注意ですね」
 平坂はそう言って、一番手前のドアを開け、内部を覗き込んだ。
 2階は、そのほとんどが、階段ホールを挟んで一直線上に並んだ寝室や書斎である。家具が置かれているものの、基本的に全ての部屋は正方形ないしは長方形といった単純な形をしており、見取り図との比較がし易い。
 壁、床、クローゼットの中と、4人が手分けしてチェックをするが、別段不自然な点は見当たらない。

 そして、いくつかのセンサーを掻い潜り、手前の部屋を全て見て回った一行は、階段ホールを抜け、奥の8室の捜索へと向かった。


●捜索【A班】
 地下室への階段は、洋館正面から見て右側の、使用人室の隣にあった。
 玄関を入るとすぐに吹抜けの階段ホールがあり、左側の扉が食堂、右側の扉はリビングや応接間が並ぶ廊下に繋がっていて、4人は、まず配電盤を破壊するため、右側から捜索することにしたのだった。
「どうです? 梶原さん」
 刀を鏡代わりにして階段の様子を窺っていた梶原は、ヨネモトの声に、一つ頷いて腕を下ろす。
「問題ない。だが、油断は禁物だ」
 どこにキメラが潜んでいるとも限らない。4人は、用心深く地下へと階段を下って行った。
「あ、ここ涼しいですねー」
 そう言って、草壁が明かりのスイッチを入れる。すると、木箱や家具が置かれている一番奥の壁に、配電盤らしき白い鉄製の箱が見えた。
 忌咲は、手にした超機械を構え、無線機越しにB班へと連絡する。
「配電盤発見。今から壊すよ」
『了解!』
 聞こえた返答は、平坂の声だった。何やら忙しそうにも聞こえる。
「何があるかわからない。明かりが消える瞬間は、片目を閉じて視界を確保しておこう」
「なるほど。やってみましょう」
 梶原の薦めに、まずヨネモトが片目の瞼を閉じ、草壁、忌咲もそれに倣った。
 忌咲の超機械が光を放ち、火花が上がったのと同時、フッ、と周囲に暗闇が訪れる。
 閉じていた片目の視力だけでは心許ないが、一同は、勘の鋭い草壁の先導のもと、なんとか階段を上って廊下へと出た。窓がある分、明かりが消えても廊下の光量に問題はない。
「では、食堂に――!」
 ヨネモトが口を開いた瞬間であった。
 いきなり天井から降ってきたスライムが、まるで行く手を阻むかのように一同の前に立ち塞がる。
「邪魔なんだよッ!」
 スブロフで自作した火炎瓶に火を点け、草壁は、スライム目掛けてそれを投げつけた。
 ビンが割れ、飛び散る中身に引火して、青いスライムは、一気に炎に包まれる。

 ――ただし、赤く光るフォースフィールド越しに、周囲の床も巻き込んで。

「!? くそっ!」
 歯噛みする草壁の背後で、忌咲が超機械を振りかざす。

 電磁波をモロに受け、見る見る溶けていくスライムの周囲で、こぼれた酒と床板が、青とオレンジの炎を上げていた。


●捜索【B班】
 配電盤破壊の連絡を受けた時、B班は、まさにキメラと対峙している最中であった。
 洋館2階の階段ホール左側、計8室を捜索中に現れたそれは、まるで人間の子どものような姿をしていた。
 だが、瞼のない目を見開き、ニタニタと笑いながら迫ってくるその姿は、ホラー以外の何でもない。
「薄気味悪いですね!」
 妙に動きの遅いキメラに拳銃を向け、平坂が引き金を引く。乾いた音とともに、銃弾がキメラの腹を貫通し、鮮血が溢れ出した。しかし、敵は相変わらず、ニタついた笑みを浮かべたまま、変わらぬスピードで迫ってくる。
「あと2部屋なのに‥‥」
 ついてない、などと思いつつ、Fortuneが撃ったショットガンの弾が、真正面からキメラを捉え、その体にいくつもの穴を開けた。
 さらに、緑川が疾り、手にしたイアリスで一閃する。
「時間がありませんし、急ぎますね」
 一撃目でキメラの肩ごと右腕を斬り飛ばし、二撃目で、その腹を真一文字に斬り裂いた彼女は、相手が倒れることを予想し、一歩後退した。

 キメラは、目を見開いたまま膝をつき――ニタリ、と笑う。

「――!?」
 平坂が悪寒を感じて飛び退り、飛び抜けた敏捷性で大きく後ろに退がった瞬間、キメラの口の中に、淡い光が灯った。
 彼女が声を上げるより早く、円錐状に吐き出された光の波動が、緑川、リュドレイク、Fortuneの3人を一気に呑み込む。
「う‥‥ッ!?」
 外傷は一つもないにも関わらず、体の芯が冷え切るような感覚を覚え、3人は、動きを止めた。
 床の上に血溜まりを作り、その上で、瀕死のキメラが笑いながら、再び3人に向けて光の波動を浴びせ掛ける。緑川とFortuneは、たまらずその場で片膝をつき、呻きをあげた。
「しぶとい‥‥ですねッ!!」
 淡い光に襲われながらも、リュドレイクがキメラににじり寄り、真上から思い切り鬼蛍を突き立てた。
 額から刀を生やし、絶命したキメラは、笑い顔のまま、血溜まりの中へと倒れ伏す。
「‥‥なかなか手強かったですね」
 平坂は、そう呟いて一息つき、皆を助け起こすと、今のキメラが出てきたはずの書斎を覗き込んだ。
「何か‥‥おかしいところは?」
 額に滲む冷や汗を拭い、Fortuneもまた、室内へと目を遣る。
 正方形の室内には、四方に本棚が置かれ、中央に木製の机と椅子、そして、キメラが入っていたとおぼしき檻が置かれていた。
「おかしいですよ?」
 見取り図を手にして、平坂は皆を振り返り、にっこりと微笑んで、口を開いた。
「この部屋、見取り図では、『長方形』なんですよね」


●救出
 合流したA班と協力し、『正方形』の部屋を捜索すると、四方に置かれたいくつかの本棚のうち一部が、背板のない偽物であることが判明し、その背後からは、ベニヤ板の壁と扉、さらに扉の中からは、階下へと続く階段が現れた。つまり、犯人たちは、先に扉の中に入り、筒抜けの本棚の後ろから本を並べ、扉と壁とを隠したと考えられる。
「煙が回ってきたようだな」
 慎重に階段を下り、地下道を歩きながら、梶原が口元を押さえ、そう言った。
 スライム炎上事件をきっかけに燃え広がった炎は、消火器すら見つからない状況下で、着々とその範囲を広げつつある。恐らく、このままこの洋館を焼き尽くすまで燃え続けることだろう。
 煙を吸わないよう注意しながら進む一行の前に、やがて、小さな扉が現れた。
「森‥‥逃げられたのかな?」
 そこは、洋館の裏手、塀の外に広がる森の中であった。忌咲は、眉をひそめ、周りを見回す。
「いや――」
「あれです!」
 叫ぶと同時、草壁とFortuneが同時に鋭覚狙撃を発動し、やや離れた森の中を過った二人の男目掛け、即座に引き金を引いて発砲した。
 静かな森に銃声と悲鳴が交錯し、人質の腕を掴んだまま、二人の男が大きくよろめいてバランスを崩す。
 その一瞬を狙い、瞬天速を発動させた平坂が、遮蔽物のない位置から一気に駆け抜け、男の一人を蹴り倒した。
「後悔なさい、そちらに与した事を‥‥」
 懐から銃を出そうとしたもう一人に、ヨネモトが猛進をかけ、側面から流し斬りの一撃を喰らわせる。峰打ちとはいえ、骨の何本かは折れたのだろう、男は、その場に倒れて動かなくなった。
「咲紀さん、大丈夫?」
「むーっ! むむーっ‥‥ぷ、ぷはっ! あ、ありがとう‥‥」
 すかさず駆け寄ったFortuneが大急ぎで咲紀の拘束を解き、その口に貼られた粘着テープを取り除く。
「全く‥‥女の子にキャーキャー言ってもらうのは男の夢だけど‥‥悲鳴でもいいってワケじゃないだろう?」
 意識があるほうの男がリュドレイクに手錠をかけられる様を見ながら、草壁は、呆れた声で一言、言葉を投げた。対してその男は、チラリと彼の方を見て、口を開く。
「いや、それはそれで結構‥‥」
「変態!」
 平坂が男を踏みつけ、黙らせる。そして、冷たい目の緑川が、丸めたハンカチを男の口に力づくで突っ込むと、
「あなたたちに死なれると迷惑なのよ。きちんと知っていることを話してもらうまでは死ぬ権利は奪わせてもらうわ」
 死ぬ権利、そして、ついでに、いらん事を言う権利も奪い取ったのだった。


●お見舞い
「マーティンさん早くよくなってね」
「き、忌咲ちゃん‥‥優しいなぁ。桃香ちゃんも久しぶり。ハアハア」
 忌咲に撫でられ、病院のベッドの上で萌えているのは、影の功労者のマーティン・スミス。
「マーティンさん、今回の活躍すごいですね。でもストーカーなんてするような人が女性の愛を勝ち取れると思いますか? 今回は黙っておきますけど、二度としないでくださいね」
「な‥‥何のことかなぁ‥‥」
 笑顔のまま腕をつねり上げる緑川に、マーティンは、怪しく視線を泳がせて誤魔化し、リュドレイクに貰ったメロンを貪り食う。
 その時、病室の扉が開き、
「一応‥‥あなたを助けようとした人にお礼言っておいた方がいいと思うわ」
「貴女を守ろうと立ち向かった勇敢な方に、是非会ってあげて下さい」
 Fortuneとヨネモトに連れられ、誰かが病室へとやってきた。
「あの‥‥マーティンさんですよね? 犯人を捕まえてくれたって聞いて。ありがとうございます!」
「さ‥‥咲紀ちゃんッッッ!!??」
 なんと、それは、憧れの赤代 咲紀であったのだ。
「私、またお見舞い来ます! 早くよくなってくださいね!」
 硬直して動かない彼の手を取り、咲紀は、本当に嬉しそうに頭を下げた。
「マーティンさん、よかったですねぇ」
「何かお話しされては?」
 未だ動かないマーティンに、平坂とリュドレイクが、笑いながら声を掛ける。


 だが、皆、気付いていなかった。

 この時、既にマーティンは、緊張の余り、意識を失っていたのだということに――。