●リプレイ本文
「あの‥‥」
「はい?」
黒髪に染め終わったミカエル・リア(gz0362)が、美容師と相談中の平坂 桃香(
ga1831)に歩み寄り、声を掛ける。
「本当にいいんですか?」
「あ、いいんです。やっぱり変装するなら髪ぐらい切らないとダメじゃないですかー」
軽く片手を振り、「おねがいします」と美容師に告げる桃香。
腰より長い艶やかな黒髪が、床に落ちた。
「すみません‥‥」
「また伸ばしたくなったら伸ばしますって」
ミカエルの顔を参考に化粧をしながら、桃香は少しずつ少年に近付いていく。
彼女の横に掛けながら、ミカエルはその様子をじっと眺めていた。
「ミカエル。あたし達は先に行くけど、気をつけてね」
ツナギに身を包み、ジャンク屋に扮した赤崎羽矢子(
gb2140)と、髪と目を茶色に変えて薄給バイト少女に変装した獅月 きら(
gc1055)が、ミカエルに歩み寄る。
「はい。プーノで会いましょう」
「‥‥いい顔になったね」
立ち上がって握手を求めたミカエルだが、羽矢子は何やら感心したように彼の顔を見、ニッと歯を見せて笑った。
「国王が出向くとは思ってないだろうし、本気を見せるのにこれ以上のことはない。罠からはあたし達が護るから。その代わり、交渉は頼りにしてるよ?」
少し戸惑い、照れたような表情のミカエルの手を取り握手を交わし、部屋を出て行く羽矢子。
きらはその後を追おうとして、ふと足を止め、
「あの‥‥国王様」
お下げを揺らして、振り返った。
「‥‥国の為、民の為、命を張ること。同年代なのに‥‥すごいと思いました。だから、私も‥‥精一杯。お手伝い、しますね」
言葉遣いの心配もしつつ、初対面の国王に微笑みかけるきら。
「ありがとうございます。そう言って頂けると、心強いです」
ミカエルもまた笑い返し、頭を下げる。
ではまたプーノで、と促されると、きらは一礼の後に羽矢子を追いかけ、走って行った。
一方、
「このぬいぐるみ類は、さすがに手荷物とは言えないだろう!」
「じ、じゃあこの超機械『虎きゅん』は‥‥っ!?」
「‥‥。抱ける程度ならば構わん。巨大なものは預かる」
どう考えても怪しいサイズのぬいぐるみを持ってきてしまった白虎(
ga9191)が、マガロの血圧を上昇させていた。
結局、90〜150センチの3体は、マガロに一時預けることに。
しかし、当の白虎はというと、
「このしっと団総帥が来たからには、しっかり会談を成功させてやろう♪ ミカエルくんも大船に乗ったつもりでいるようにっ」
「は、はあ‥‥」
それほど堪えてはいなかった。
――が、バス乗車直前。
「あれれ? もう入れ替わっちゃうの?」
「そうですよ?」
答える桃香に、首を傾げる白虎。
二人の後ろには、愛梨(
gb5765)と赤木・総一郎(
gc0803)が着いてきており、バスターミナル近くのトイレに向かっていた。
ここでミカエル達と落ち合い、桃香とミカエルの服を取り替える作戦である。
てっきり国境を越えてから入れ替わるのだと思っていた白虎は、ここで少し困惑を見せた。
「ええと、もう入れ替わるってことは、ボクはこのままこの班で、国境では‥‥」
「大丈夫? とにかく急がないと」
「ああ。怪しまれないよう速やかに、だ」
ワンピースの裾をひらひら、黒髪のウィッグを傾けて作戦内容を整理する男の娘を、愛梨と総一郎が保護者的に手を引いて連れて行く。
◆◇
「見て、チチカカ湖! コパカバーナはもうすぐかな?」
トリシア・トールズソン(
gb4346)がバスの窓から顔を出し、遠くに輝く大湖を指差す。爽やかな風に黒髪が揺れた。
と、後席の鈍名 レイジ(
ga8428)にシャツワンピースの背を引かれ、姿勢を戻される。
「あんまり身を乗り出すと危ない、座ってるんだ」
「だって、じっとしてるのつまんないよ。お腹もすいちゃった」
むぅ、と膨れるトリシア。半分は演技だが。
「双眼鏡を貸してあげなよ。湖までよく見えるから」
隣の、『変装した国王に変装した』桃香が、レイジを促した。
トリシアは彼の手から双眼鏡を受け取り、大喜びで景色を見る――振りをして、周辺の索敵を始める。
目に映るのは、緑豊かな南米の自然と、遠くに見えるチチカカ湖、時折通る質素な村々や、そこに流れる穏やかな時間。
レイジもまた、彼女を見守る風を装って外に視線を走らせていた。
「しかし、思い切った事をするモンだぜ」
「うん。直接会うのは初めてだけど、すごくシッカリしてる人だね。‥‥やっぱり責任感も相当なんだろうな。無理してないと、いいけど」
誰の話とは言わず、やや小声でレイジとトリシアが言葉を交わす。
「そうだね。ちょっと気が弱そうだし、無理する優等生タイプって感じかな? 僕も初対面だったけど」
「まあ、本人が決めた事だ。思い切った行動だが、好きだぜ、そういうの」
「僕も、嫌いじゃないよ」
桃香はそう一言返し、二人とは逆側の窓から景色を眺め始めた。
バスの後席では、
「国境越えたら、『スーパー男の娘たーいむ!』に突入だよ!」
「それ‥‥僕が着るの?」
旅行バッグの口からゴシックワンピースをチラつかせ、白虎がミカエルを顔面蒼白にしている。
ラパスで買った水色のキャミソールとショートパンツ姿の愛梨はというと、ソワソワとバスの中を歩き回っている。
「こら、急ブレーキがかかったらどうする」
彼女の行動は不審物を探す目的なので放置していたが、運転手の舌打ちが聞こえてきた為、保護者よろしく総一郎が呼び戻した。
「羽矢子ときらが国境を越えたわ。あたし達も、もうすぐね」
席に戻り、バッグの中の無線機を弄りながら、愛梨が言う。
一行にとっての第一関門、コパカバーナは、すぐそこまで迫っていた。
「待て、これは何だ?」
「あっ、えっと‥‥」
国境の手荷物検査で止められたのは、白虎だった。
軽くバッグの口を開けて見せる程度のチェックではあったが、服やぬいぐるみで安全に覆い隠せるサイズには限界がある。
係員が見咎めたのは、長さ50センチの謎の筒――機械剣αだった。
「保護者は誰だ」
「えっと、その‥‥」
白虎は迷う事なく、桃香を指差した。
本来はミカエルと同班だが、それもそのはず。
二人が入れ替わるのは越境後だと思っていた白虎の偽IDは、桃香の妹になっていたのだ。
「‥‥同伴者は全員残れ」
内心焦りながらも、白虎、桃香、レイジ、トリシアの4人が言われた通りに列を外れる。
「‥‥。行くしかないわ。3人になっちゃったけど、心配しないで。あたしが絶対に守ってあげる」
ミカエルの手を引き、愛梨は小声で、しかし力強い口調で言った。
幸い、ミカエル、愛梨、総一郎の3人は問題なく検査を終え、少々の賄賂で簡単に入国許可を得ていたのだ。
「‥‥命にかけて貴方を守る。それが私の仕事です」
総一郎はミカエルの瞳を見つめ、まるで自分に言い聞かせるかのように一言、告げた。
◆◇
「過ぎた事はしょうがないね。とにかく、もう少しバスの近くを走ることにするよ」
国境で4人が脱落した事は、先発隊の羽矢子ときらにも伝えられていた。
進路上に野良キメラを発見した二人は、それを相手にしていたことでバスとの距離が大分縮まっている。羽矢子は最善の策を練り始めた。
『プーノへ向かう別ルートは無いのかな‥‥』
保護者役が係員に絞られている隙に電話してきたトリシアだが、その声は暗い。これ以上距離が離れれば、携帯も繋がらなくなるだろう。
キメラ注意の赤い発煙筒を地面に置いていたきらが、羽矢子とともにジーザリオへ戻りつつ、頭を捻る。
「赤崎さん。そういえば、国境の人が船の話をしてましたよね?」
「ああ、そっか。もしかしたら‥‥」
きらに言われ、赤崎は国境での係員とのやり取りを思い出した。
『もうすぐバグアと南米軍がやりあうって噂だし、稼ぎ時になる前に下見しときたいのよ。そうなればまた世話になるから、この通りよろしく♪』
そんなノリで賄賂を渡しつつ、赤崎は、ついでとばかりにペルーの国内の情勢や政府の評判を訊いていたのだ。
その中で、「陸路の方がメジャーだが、ボリビアの復興と共にチチカカ湖の船も交易を復活させつつある」という話があった。
「交通手段になるかはわかりませんが、船があるかもしれません。港に行ってみてください」
『わかった。ありがとう!』
きらの助言に、トリシアは短く礼を述べ、通信を切る。
「うまく合流できればいいけど‥‥最悪、4人で守るしかない」
「はい‥‥」
◆◇
国境での出来事は想定外だったが、結果論で言うと、ペルー入りした5人にとってマイナスでもありプラスでもあったかもしれない。
もし、今回のルートが襲撃者に洩れていて、彼らが国境での事件を目撃していたとしたら、それは『国王がペルーに入国していない』ように映った可能性もあるだろう。
時間稼ぎにはなったかもしれない。5人はそれ以降、危険らしい危険に遭遇することがなかった。
「本日はご足労頂き、誠にありがとうございます」
ペルー大統領を名乗る白髪交じりのその男を、観察する愛梨。
政治家らしい、大物然とした態度ではあるが、少々やつれているようにも見える。
「彼らは?」
「護衛のULT傭兵です」
尋ねる男に、ミカエルが返した。男は、大統領の補佐官か何かだろう。
赤崎はミカエルの隣に、総一郎はペルー勢にやや近い扉の傍に、愛梨は窓際に位置している。きらは、外だ。
対して、ペルー側は大統領、補佐官に加え、非能力者の護衛3名であった。
探査の眼を発動した総一郎が、ペルー側一行の武装や荷物を注意深く観察する。
特に、不審な点は見当たらない。
総一郎は衝立を移動し、両国の要人達と窓の間に目隠しを作り始めた。
そして、会談が開始される。
互いの主張と条件、打算‥‥政治家同士の話は長くなるものだ。信頼関係がなければ、なおのこと。
赤崎はミカエルの傍で話の流れを見守り、愛梨はカーテンの隙間から外を窺いつつ、ペルー側の仕草や表情に注意を向けていた。
「――! 蜘蛛が3匹、います」
路上でジャンク屋の振りをしていたきらが会談場所周辺に妙な気配を感じたのは、会談が始まって約1時間半後のことだった。
バイブレーションセンサーで感じた人の気配は、確実にその民家を囲んでいる。屋内に連絡し、前庭に近寄るきら。
誰か、いる。
「あの」
声を掛けた彼女の視界に、銀の光が映る。
飛び退くきら。茂みから飛び出してきた男が、強い脚力で追い縋った。
(強化人間!)
超機械の電磁波が男を打つ。民家の裏と側面で、ガラスが割れる音が響いた。
「伏せて!!」
きらの通信を受けた直後、窓の外に異変を感じた愛梨が叫ぶ。
「やらせるもんか!」
割れたガラスが飛び散り、斬り飛ばされた衝立が床に落ちるより早く、強化人間の刃が羽矢子の肩に突き立った。数秒と経たずして部屋の扉を破り、もう一人の男が突入して来る。愛梨の銃撃に鮮血を散らし、それでも大統領に迫った。
「ここは通さん!」
拳銃から貫通弾と銃弾をバラ撒いて迎撃する総一郎。宙を掴むようにしてそれを回避した強化人間が、今度は大統領の隣の補佐官を狙う。
ペルー側の護衛が発砲するも、FFに弾かれる。総一郎はボディーガードを発動し、補佐官を庇った。
「く‥‥っ!」
胸に、深々と突き立つダガーの一撃。熱い塊がこみ上げる。
雷遁から電磁波が溢れ、跳び退いた強化人間の自動小銃が弾を吐き出した。5人を守る総一郎は、避けることができない。
「退きなさいよ!」
竜の翼で接近した愛梨が、ミカエルを背に自由の効かない羽矢子を襲う男を、背後から強襲。ナイフを振るい、部屋の隅まで弾き飛ばした。
男は、迫る愛梨に光線銃で反撃。2発、3発。少女の腹に熱い痛みが走る。それでも、愛梨はラグエルを撃ち捲った。
「飛び道具がないとでも!?」
その時、遠距離武器を持たない羽矢子が真音獣斬を放ったことで、形勢が逆転。黒い衝撃波に飛ばされた男に、愛梨の拳銃が止めを刺す。
だが、その一方でとうとう、総一郎が力尽きた。
大統領に迫る凶刃。
愛梨と羽矢子は、同時に竜の翼と瞬速縮地を発動した。
「あうっ‥‥!」
刃が、割り込んだ愛梨の胸を突いたのと、羽矢子の蹴撃が男に叩き込まれたのは、ほぼ同時だった。
ようやく子守唄で眠り込んだ強化人間を門の前に置いたまま、家の中に急ごうとするきら。
しかし、
「おい、どうした!」
「ダメです!」
騒ぎに気付いた通行人が数人、集まって来たのだ。
大声に目を覚ます強化人間。衆目に気付いて銃を取り出した男に、きらが電磁波を飛ばす。
(逃げる‥‥!)
そのまま、強化人間は路地に向かって走り出した。慌てて追うきら。
だが、その時。
「逃がすか!」
銃声とともに、男の背に塗料が広がった。暗くなり始めた街でも目立つそれを撃ち込んだのは、レイジだった。
「みなさん‥‥!」
安堵して微笑むきら。出航時刻の関係で遅れはしたが、なんとかプーノ行きの高速船を見つけ、駆けつけた4人がそこにいたのだ。
「ごめんにゃーー!! 名誉挽回だーっ!」
本気で反省しているらしい白虎が、ぬいぐるみ型超機械で男の脚を撃つ。たたらを踏んだ彼に、桃香の守り刀が迫った。
薄闇に銀光が閃き、強化人間が苦悶の呻きをあげる。
「すみませんねぇ。中々船が出なくて」
跳び退き、肩を竦めながら言う彼女の背後から、トリシアが迅雷で飛び出した。
ダガーの一撃を受け止める強化人間。だが、それは囮に過ぎない。
「貴方達の好きには‥‥させない」
目を見開き、眼前のトリシアの顔を凝視する男の首を、光の剣が薙ぎ斬った。
◆◇
「そんなに落ち込まないでください。会談は上手くいったのですから」
帰り道。
落ち込む白虎を慰めるミカエルの表情は、晴れやかだ。
強化人間の襲撃はあったが、会談はその後も続けて行われた。
ペルーの態度は煮え切らないままであったものの、
『ボリビアの国王がここに居る意味をもう一度考えてみなさい!』
と怒鳴りつけた羽矢子の気迫と、彼らの身代わりに重傷を負った愛梨、総一郎の痛々しい姿が、会談を有利に進める切欠を作ったようだ。
最終的に、ペルーはUPC軍の要請を呑んだ。
無論、彼らが戦犯として裁かれない事と、UPCがバグアの報復からペルーを守るという条件は、そのままに。
「肝心な時に、悪かったな。帰りは俺達がきっちり守るぜ」
「はい。よろしくおねがいします」
バスの中、小型超機械を弄りながら外を警戒するレイジに頷き、ミカエルは疲れ果てたようにシートを倒して、眠り始める。
その後、一度だけ野良キメラの襲撃に晒されたものの、余力のある4人の前に呆気なく倒された。
ミカエルは無事にラパスへと帰り、そして。
【JTFM】最後の戦い――グアヤキル決戦が、幕を開ける。