●リプレイ本文
●遠石 一千風(
ga3970)
「スパイによる情報漏洩‥。既に出ている被害が大きすぎるわね――あ?」
急ブレーキ。バーク・レイクフロント空港に着いた私は、駐車場でいきなり人を轢きかけた。
誰かと思ったら、傭兵じゃない? ラウル・カミーユ(
ga7242)、そんな名前の。
彼は笑いもしないで軍服を払って、空港に入って行ったわ。
「それにしても、意外よね」
関係者の資料を捲ってみる。男遊びが激しい女と天才ピアニスト。私が抱いてたイメージに反して、ジル准尉の写真は派手でもなくて、むしろメイクも薄いし、普通だったのよね。
空港に来る前、基地で本人とも顔を合わせて来たけど、声を荒げるでもないし、親友と自分が容疑者に挙げられたショックと不安を悲しそうに話してくれたわ。
写真のクレア少尉はステージ用なのか、普段からそうなのか知らないけれど、「盛ればいいってものじゃないでしょう」と言ってあげたくなるような派手派手さ。性格もキツそうなのよね。
私は軍警察として、管制塔の責任者にだけ捜査の目的を告げて、准尉のデスクや業務周りを一通り漁ってみたわ。
予想通り、こんなバレバレの所には何もないわね。何なのこのお菓子の山は。
「何か思い当たること、ありませんか。クレア少尉と会っていたとか‥‥」
「そうねぇ‥‥以前はよく彼女の話をしてたけど、最近はあまり聞かなかったわ」
「急に羽振りが良くなったり、ということは?」
「どうかしら。彼女、給料の殆どを彼氏に貢ぐなんて、昔からなのよ。まあ確かに、最近はあまり『お金が無い』とか言わなくなってたけど」
「そう‥‥ありがとう」
上司も呆れ顔ね。まあ、男ができると女友達と疎遠になる人はいるけれど‥‥。
それにしても‥‥派手な変化ではないにしろ、彼女の収入が増えていた可能性があるわね。
「貴方達、ハミルトン准尉の同僚だと聞いたのですが」
管制塔の職員が昼休みを過ごす食堂。彼らの話に聞き耳を立てていたら、ラウルさんがその輪の中に入って行ったのが見えたわ。
准尉に一目惚れした士官のフリをする彼。ちょっと頬が赤いところとか、芸が細かいわね‥‥。
「実は、准尉の事を少しでも知りたいと‥‥」
面白がって盛り上がり始めた彼らの話を聞く限りでは、彼氏にゾッコンで勤務態度も悪くない、気の利く明るい子‥‥だけど。
でもね。
「やめときゃいいのに。どーせオッサンの中古でしょ」
「あの子、男の前だと態度変わるよねぇ。クレアの悪口ばっか言う割に、自分も変わんないじゃん」
「知ってる? あの噂‥‥」
逆側から聞こえてくる、女の子の陰口。ええ、よくあることよ。
私は、苦笑するラウルさんと一瞬だけ目配せした。たぶん、彼にも聞こえてたはず。
「なる程‥‥恋人がおられるとは、困ったな。一度お会いしたいのですが、どこに行けば?」
彼は准尉の恋人を。私は女の子達を。
「私、色々あってジル准尉のことを調べているの。たとえば」
私は早速、カウンターで買ったケーキをトレイに載せて、女の子達の前に座ったわ。
「あの女が、どれぐらい嫌な女だったか――とかね?」
准尉の自室を漁りながら、私はUPC職員に扮しているはずの追儺(
gc5241)さんに電話を掛けた。
『司令の軍内での評価だが、あちこちの女に手を出している以外は、まあ悪くないな』
「英雄色を好む?」
自分で言って自分で笑う。引出しにあった缶の中身はペンチやドライバー、小さいバネ、ネジ――彼氏の影響っぽい工具類。
追儺さんも笑ったのかしら。受話器に息がかかる音が聞こえた。
『司令は防衛戦向きの思考で、実際、いくらバグア軍に虚を突かれても、市内まで被害を出した事が無い。逆に言えば、積極的に攻勢をかけるタイプじゃなかった』
クローゼットには大量の服。自然色のワンピースなんかが多いけれど、若干、露出多めの派手服が畳まれていたわ。‥‥相手によって使い分けるのかしらね?
『だが、『シェイド討伐戦』後に転属してきた副司令は違った。人類優勢の地域であればと、オタワの戦力を一時借りてでも、周囲のバグアを駆逐するべき‥‥ってタイプだった。対立があったわけだな』
「2月からは東海岸奪還作戦の影響で、副司令の主張と上層部の動きが合致したってわけよね‥‥」
チェストの中のミニアルバム。どこかを旅行中の、クレア少尉とジル准尉の笑顔が眩しかった。
お揃いの、ボストンバッグとスニーカーが可愛い。
『それは偶然だったかもしれない。だが、副司令が就任以来、司令を失脚させるネタを探していたんじゃないか‥‥とも噂されている』
「副司令はジル准尉の事を探っていた時期があるそうよ。副司令の配偶者――准尉と不倫の噂があったみたい。その辺りも調査できる?」
『‥‥わかった』
私はクローゼットをもう一度、覗き込んだ。
●夢守 ルキア(
gb9436)
「じゃあルキア君、今日はそっちの個室からね。あたしは洗面台から」
ちょっと待とうよ先輩。なんで毎日私が便器からで、きみは毎日洗面台からなのかって話。
「先輩、Msシンプソンは今日も出ないんですか?」
コンサートホールの清掃員として潜り込んで数日。この先輩たちとも、世間話ができるようになってきた。
クレア少尉は、典型的な『ピアノの女王』だったみたいだね。美人でプライドが高くて気性が激しい人。ちょっと清掃員が持ち物をどかそうとしただけで、「汚い手で触らないで!」とかキレてくるレベル。
けど、やっぱり長期休暇の後から精神的に落ち込んだり、不安定だったみたい。元々潔癖症気味だったけど、ピアノを弾く時以外は常に手袋を嵌めてたし、リハーサルでミスを連発して演奏会をキャンセルする事が相次いだトカ。
前は宿舎にある自分のピアノで練習してたけど、今年に入ってからは殆ど、このホールの練習室が落ち着くって言って、そこのピアノを使ってたトカ。
「彼女、今、指名手配犯らしいよ」
「えっ、ホントに?」
便器をゴシゴシ磨きながら、素っ頓狂な声をあげてみる。
「スパイだったらしいよ」
「へぇ〜。見つけたら賞金とか出るんですか?」
「さあ? でも軍でやるんじゃない?」
「だって面白そうだから」
私は別に、調査しようとしてる事は隠さない。正体は隠すケドね。
だって、もっと手慣れた、正規軍の諜報員とかが動いてるかもしれない。だとしたら、私達がこうして動くことが陽動になってる可能性もあるんだ。
「クレア少尉に会いに来る人とか、いませんでした? ハミルトン氏とか‥‥」
勤務後の雑談タイム。ちびっこ探偵! とか笑われたけど、お陰で皆、面白おかしく色々話してくれた。
「そういえば、去年はよく楽屋にも来てたのに、最近は演奏会もないし、減ってたわね」
バロウズ司令も同じで、最近は花束を持って訪れる頻度が減ってたらしい。演奏会がないんだから、そうかもしれないけど‥‥敢えて距離を取ってたみたいで、ちょっと気になるよね。
「従兄のお兄さん? よく来てたわよ。練習室で何時間も一緒にいたり、出かけたりしてたみたい」
「その三人って、今年に入ってからいつ来てたとか、わからないかな?」
「守衛さんとか、受付とかに訊いてみたら?」
被疑者3名がコンサートホールに来た日付は、大体わかった。
けど、クリスを除いて、去年より今年の方が頻度が低くなってきてるみたいだね。
ヴィンセント・南波(gz0129)君にデータチップの保存日を調べてもらったけど、日付的に一番怪しいのはクリス、残る二人は微妙って感じかな。
「クレア少尉の方が、捨て駒だと思う。スパイやるヒトが、取り乱したりするかな?」
『スパイ行為自体、本意じゃナイかもしれないヨネ。弱味を握られてたトカ』
『弱味ね。親バグア派と接触があったクリスかしら? 脅迫?』
単独で出来る大体の調査を終えた後、ラウル君から電話が来たんだ。愛梨(
gb5765)君たちも一緒。
やっと、情報共有。
トリシア君(トリシア・トールズソン(
gb4346))はヴィンセント君と一緒にアクロンに行ってるらしい。
『僕は今夜、ジル准尉の恋人サンに突撃してみるヨ。イチカにも聞いたケド、貢いだ額がスゴイ。車だけじゃダメだから、市内の駐車場まで借りてあげるトカだヨ? 准尉の”パパ”のコト、知らナイわけがないカラさ』
『俺も、次の情報収集は夜だな。准尉のパトロンに副司令の旦那が居たって話と、バロウズ司令のプライベートを中心に調べたい』
ラウル君、追儺君も、それぞれ夜の町に。
「私が基地の警備担当に聞いた話だと、クレア少尉の外出先は殆どホールで、ホール側にも記録があるんだ。ケド‥‥」
ホールに来た記録だけは残して、寄り道でスパイ活動に勤しむ日があったかもしれないよね。
失踪当日もホールに行ったきり。クレア少尉は、今どこにいるのカナ。
『ジル准尉だけど、部屋から旅行バッグが消えてるわ。私は彼女の行動をもう少し洗う』
一千風が言った。
軍の諜報員もいると思うのに、見つからない犯人。
クレア少尉は今――”動いている”のカナ?
●トリシア・トールズソン
「アクロンでクレア少尉を見たのは、電車の車掌? 他の目撃情報は、ゼロ?」
「うん。アクロンからクリーヴランドに戻る電車の中で。そうだよね、ヴィンセントお兄ちゃん?」
アクロンから帰って、私たちは基地に残ってた愛梨と合流。調べてきた事を話して、他の皆が調べた事と情報交換したんだ。
アクロンはクリーヴランドから日帰りで行けるけど、いつ非常招集がかかるかわからない軍人が申請なしに行っていい距離じゃないみたい。軍楽隊でも、決まりは決まり。
「だね。変装してたけど、途中でサングラスが落ちて気付いたみたい」
私は、南波が保護して育ててる戦災孤児って設定なんだ。
嘘ついたりするのは好きじゃないけど、戦災孤児なのは本当。『軍部の偉い人の孫娘で、天才新人兵士』なんて無茶設定を南波に広めてもらった愛梨に比べたら、まだ可愛い嘘‥‥だよね?
「例の親戚、二人の叔母さんって事だったけど。データ上は実在して、病死してたわよ。改竄されてなければね」
愛梨と、皆の調査記録を読みながら、少尉の部屋へ。
クリスは、北米の色んなところで仕事してたみたい。少尉とは仲が良くて、任務がない時期は演奏会を観に行ったり。少尉がおかしくなった時期と様子、周りの評判はルキアが調べた通り。
クリスがお金を振り込んだ後、少尉がカウンセリングを受けたのは1回だけ‥‥。
「何か変なところはないかな?」
室内を色々調べたけど、やっぱり私にはよくわからない。だから、ピアノが弾ける南波に訊いたんだ。
けど、南波も首を捻ってた。
「これ、ペアリングかな?」
「シンプルね。そうかもしれないわ」
宝石がたくさんのジュエリーボックスの中。箱に入ったままの細い指輪を愛梨と南波に見せたら、二人とも頷いた。
「もし、クリスとクレア少尉が恋人同士だったら?」
愛梨が呟く。うん、そうだよ。私も、同じ事考えてたんだ。
「‥‥あ、そうだ。南波、あんた少尉のピアノ弾いてみてよ」
「え、俺?」
「早くっ! 何かわかるかもしれないじゃない」
愛梨ってば‥‥演技なのかな?
少尉の自室の隣にある練習室の鍵を開けて、”お兄ちゃん”がしぶしぶピアノの前に座った。
愛梨はたまに、びっくりするぐらい押しが強くて、それ大丈夫?って思うことがあるんだけど。
でも、私、愛梨のそういうところに憧れる。
ラウルもそう。ここだって思った時にすぐ行動できる人だから、信用してるんだ。
「ミラー大佐、元気かしら」
「うん。私も気になって――!?」
演奏を始めて3分、急にすごい音がして、私達は体を硬直させた。
ピアノの蓋がすごい勢いで閉まって、指を挟まれた南波が思わず覚醒しちゃってたんだ。
「何これ‥‥」
蓋の端を調べたら、隙間に小さなバネを使った仕掛けみたいなのが見えた。
少尉は休暇の後、このピアノを使わなかった。
ミスが増えて、ずっと手袋を嵌めていた。
「怪我、させられたの‥‥?」
ピアニストが指に怪我をしたら、どんな気持ちになる?
少尉は怪我を隠してたの?
クリスは、それを‥‥?
●結果
南波の携帯が鳴った。追儺だ。
『街でバロウズ司令、副司令、ジル准尉について聞き込みをした結果だ。司令が手を出した女を含めて、な』
『副司令は、旦那と不倫の噂が立った准尉の身辺を嗅ぎ回っていたらしいな。結局事実無根だったが、その後も執拗に調べている。‥‥副司令は、准尉の『何か』に気付いたんじゃないかと、俺は思う』
それから、と彼は続けた。
『司令は女を口説く時、とあるバーのVIPルームに必ず連れ込んでいる。密室だ。『シェイド討伐戦』後から今年にかけて、そこに複数回現れた女達の特徴を、店の入口の監視カメラで確認したが』
追儺自身、一千風と情報交換をしなければ気付かなかっただろう。
うち一人、サングラスの女の派手な服装が、准尉の自室にあった服の一部と酷似していたのだ。
トリシアの携帯も鳴った。ラウルからだ。
『准尉の恋人サンに突撃したの、正解だったネ。あのヒト、絶対事件に関わってるヨ。貢いだ金を返せって言われて、准尉とは別れた! てスゴイ強調するし。あのヒトの行動調べて、あと車も売っちゃってたポイから、探して調べたんだケド』
整備員のケビンは、少尉が失踪した晩とその翌日に外出し、駐車場付近で目撃されていた。
ルキアの調べでは、准尉も同様に、その日は外出している。
『血液反応出たヨ。ちょっとだケドさ』
「それって‥‥」
『イチカが今、准尉のスニーカーと車の底についてた泥を調べてもらってる。少尉、もう生きてナイかもネ』
●解明への糸口
DNA鑑定と泥の成分調査の結果、口を割ったのは整備員のケビンだった。
彼はスパイ事件とは無関係だったが、少尉の失踪当日、ホテルの一室で准尉と共に彼女の遺体を解体し、2日間に分けて森に埋めた。
バグアとの繋がりを仄めかした准尉に、身の危険を感じたが故の協力だ。
その後、ジル准尉が犯行を自供。口封じを目的としたクレア少尉の殺害と死体遺棄、及びスパイ事件への関与を認めた。
彼女は自身に指示を下していた者として、傭兵達の予想通り、バロウズ司令の名前を挙げた。
クリスの関与は現在のところ認められず、彼は、クレア少尉の指の治療の為にサンフランシスコへ飛び、その後自身と少尉の身元調査データを改竄した疑いで、引き続き基地に拘束されている。
しかし、傭兵達の調査が真実であれば、バロウズ司令とジル准尉は、『シェイド討伐戦』後から既に繋がりを持っていたことになる。
深い森の奥から掘り起こされた、女性の手足。
薬指に治りかけの亀裂骨折を持つ左腕が、ボストンバッグの一番上に詰められていた。
ジル・ハミルトン准尉は、淡々と語り始める。
親友の命とともに闇へ葬り去ろうとした、この都市の本当の姿を。