タイトル:【JTFM】Alecrim−5−マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2011/04/08 12:51

●オープニング本文


●1
 ソフィア・バンデラス率いるエクアドルの精鋭部隊が、コロンビアのカリ基地を襲撃し、占拠した。カリのUPC軍戦力の一部がキメラ闘技場攻撃に派遣されていた、その隙を突いた奇襲作戦だった。
 しかし、南米バグア軍にとって誤算だったのは、人類の飛行空母ヴァルトラウテがカリの南に出現した事である。
 人類側の拠点であるボゴタ、メデジン方面を主に警戒していたバグア軍は、カリ−エクアドル間の補給路に突如現れたヴァルトラウテとナイトフォーゲル群に驚き、同時にその後に続くであろう人類の第二手を危惧していた。
 順当に行くならば、補給線を断ち、カリを叩くだろう。しかし、それだけであろうか。ヴァルトラウテでバグアの注目を集め、エクアドルの戦力をカリに引き付けた隙に、エクアドルそのものを横撃する腹積もりではないのか。
 それは考え過ぎかもしれない。しかし、エクアドルの防衛を第一に考えるのであれば、戦力の補強は無視できない問題だ。
「結局、エクアドルに戦力の移動を?」
 観葉植物が多く置かれた部屋で、コーヒーを注ぎながら尋ねる本城恭香。プリマヴェーラは、カップを受け取り面倒くさそうに頷いて見せた。
「そ。ヴィエントはあたしが持って行く。けどさ、キュアノエイデスも死んだし、ソフィアもいないし、ここに『アレ』置いてけないじゃん?」
「確かに、危険ね」
 部屋の隅に置かれたものに視線を遣り、関心と無関心の境目のような表情で言葉を返す本城。
 二人の視線の先では、4歳ほどの少女が木柵の中に猫のぬいぐるみを突っ込み、振り振りしながら何事かを呟いていた。
 木柵の縁に留まり見守っていた猛禽キメラが、獲物と誤解して猫を奪い、室内を飛び回る。それを追い掛けて走る少女。
「アナクララは連れて行くけど、後のことは本城、ごめんだけどアンタにヨロシク」
「なぜ、私に頼むの?」
「アンタが強化人間だから。バグアは『アレ』を理解できない」
「ソフィアも、バグアだわ」
「だから、ソフィアは変に見られんのよ。バグアから見れば、だけどさ」
 カップを手に、腹の内を探り合うような視線を合わせる二人。
 本城はどこか投げ遣りに息を吐くと、「わかったわ」と小さく応えた。
「ありがと。あたしが居なくなったら、カリのソフィアの状況を良く見て、動いて。もし、ここに置いとけなくなったら‥‥エクアドルに」
「ええ。何とかするわよ」
 真剣な表情で言うプリマヴェーラに、本城はコーヒー豆の袋など眺めつつ、淡泊な返事を返した。


●2
 2月某日、コロンビア沖、太平洋上のUPC軍空母戦闘群が、ベネズエラ方面から飛来したバグアの輸送機団を捕捉した。
 その数は、高速攻撃型ビッグフィッシュ5機に、タロス8機、ヒュドラ6機、中型HW8機という大規模なもの。
 だが、止められない程でもない。
 洋上の空母からはUPC軍のナイトフォーゲル隊が次々に発進し、エクアドル目指して飛ぶそれらを迎え撃った。
 最前衛を守るタロスが激しい砲火を受けて墜ち、続く中型HWもまた、倒せない敵ではない。
 タロスとの激戦で戦力の3分の1を失ったUPC軍KV隊だったが、敵機団の通行を許さない自信はあった。
 しかし、優勢が劣勢に変わるのは、一瞬だった。
『いいのか? この船には、人間も乗っているのだぞ?』
 突然、中央のビッグフィッシュから、低い男の声が問う。
 反射的に、そちらへ注意を引かれる正規軍パイロット達。R−01が、一拍の後に黒煙を上げて墜落、海の藻屑と消えた。
「あれは――イビルアイズ?」
 東端のビッグフィッシュから吐き出された、黒い機体。イビルアイズを元に生体パーツを足された異様な機体が、尋常ではない速度で正規軍のKVを破壊していく。
 レーザーが閃き、銃弾が荒れ狂い、強烈な圧力砲がKVの装甲を押し潰し、四散させる。
『オマエハ‥‥ハヤイノカ?』
「コイツ! ヴィエントだ!!」
 スペイン語で“風”を意味する、黒い悪魔の名前だった。
 背後に付かれた隊長機のサイファーが、死に物狂いで操縦桿を切る。
 他のKVがそれを引き剥がそうと支援に向かった、その時。
 何もない空間から、幾条ものレーザーが降り注いだ。
「ファーム‥‥ライド‥‥!?」
『人質チラつかせるとか、全然面白くない。マジ冗談じゃないっての!』
 気付いた時には、もう遅い。
 黒い悪魔はビッグフィッシュの直上まで退がり、ファームライドのパイロットの声も、妙に遠いところから聞こえて来た。
『おばちゃん、がんばってーー! わるいやつらをやっつけてー!』
 場違いな、小さな少女の声が、中央のビッグフィッシュからスピーカーを通じて戦場に響き渡る。
 撤退を決めた部隊の背に、一列に並んだ中型HWが数千発の小型ミサイルを撃ち放った。


●3
「――以上が、帰還したパイロットの証言です」
 緊急出撃を要請されたULT傭兵達を前に、UPC南中央軍の女性士官が一通りの説明を済ませた。
「敵の輸送機団は太平洋を南下し、現在は既にエクアドル沖500kmの地点を飛行しています。ここから東進し、キトを目指すと思われます。あなた方の任務は、輸送機団がバグアの制空圏内に入る以前に、出来る限り多くのビッグフィッシュを撃墜する事です。もちろん、深追いすればエクアドルからの敵援軍を誘い、危機に陥るでしょう。引き際を間違えないでください。‥‥また、護衛機の中には、ファームライド、ヴィエントと呼ばれる鹵獲イビルアイズも確認されています。気を付けてください」
 淡々と、事務的に任務内容を伝え終わると、士官は傍らに立つ東洋風の美女に視線を向ける。
 彼女は、UPC南中央軍に所属する諜報員だという。
 名前は、レチシア・タカノ。兵庫UPC軍に在籍していた頃、小田垣 舞と名乗っていた女性だった。
「少し、気になる情報を掴んだわ。今回、ビッグフィッシュにはワームやキメラが多く詰め込まれたようだけど、うち一機には、強化人間候補の民間人も数十名、乗せられたようね。中央のビッグフィッシュの、『この船には人間が乗っている』って言葉は、恐らく真実だわ」
 レチシアはそこで一度士官を見、再び、傭兵達を見る。その中には、ゾディアック山羊座の長子リアム・ミラーも含まれていた。
「子供の声を聞いたパイロットもいるわ。軍としては、民間人の生命を優先すべきね。でも、彼らの為に該当の一機を見逃したとしても、彼らはいつか強化人間になって、私達の前に立ち塞がるわ。あなた達が、この情報を聞かなかった事にして、該当のビッグフィッシュごと民間人を海に沈めたとしても、その責任を問うつもりはないの。同時に、そもそも敵輸送機団の全機撃墜は難しい状況だから、最初から該当の一機を攻撃対象に入れない選択をしたとしても、問題視されないわ」

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
武藤 煉(gb1042
23歳・♂・AA
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD

●リプレイ本文

(ただの撃墜任務なら、何も悩むことはありませんのに)
 前を飛ぶ武藤 煉(gb1042)のように、戦いに臨む高揚感すら得られたかもしれないのに。
 如月・由梨(ga1805)は息をつき、視線を落とす。
「っし! ‥‥このチャンス、モノにしなきゃ男じゃねぇよな‥!」
 煉にとって、山羊座の撃墜は大きな意味を持つらしい。今回も勿論、FRを引き付け動きを抑える役割を担う予定だ。
「無月さん。強化人間にされると分かっているのでしたら、いっそ――」
「‥‥いっそ?」
 存外に早い、終夜・無月(ga3084)の問い。由梨は暫く逡巡した後、「いえ、忘れてください」とだけ付け足した。
 自分というものが、わからない。
「今日は宜しくです‥‥。前に言った事、覚えていますか‥?」
「自分の心が想う結果を目指して進めって?」
「‥‥ええ」
 無月の問いに、リアム・ミラー(gz0381)は緊張と不安の入り混じった声音で応えた。
「‥‥あの人は僕より、強い。殺す気でぶつからないと、僕には止められない気もする。僕は元軍人だから、被害とリスクを最小限にするなら、あの人の救命は優先順位的に一番最後だって‥‥わかってるんだ」
 そして自嘲するかのような笑みを零し、言う。
「けど‥‥戦犯扱いされても、死刑にされても、死ぬまで閉じ込められたり実験体にされても。‥‥時間が欲しいんだ。僕とあの人に、少しでも‥‥」
「――じゃ」
 我儘だけど、と言う彼に、最も早く反応を返せたのは、鈍名 レイジ(ga8428)だった。
「少しでもあの人を感じられるように、今は無理せず出来る事をやるだけだぜ。そこが戦場だって、二人が一緒にいる事に変わりはないさ」
「大丈夫だよ。私たちが力になってあげる。お母さんに想いが伝わるように、一緒にがんばろう?」
 寄り添うような、トリシア・トールズソン(gb4346)の言葉。
 FRの強さも、リアムの我儘を実現する難しさも、わかっていた。それでも、諦めたくはなかった。
「そうですね。彼女を救うために‥‥リアムさんのために、私に何が出来るのか。‥‥今はまだ分かりません。ですが、唯一の希望であるリアムさんだけは、絶対に守って見せます!」
 赤宮 リア(ga9958)もまた、実の子を前にしても頑なに拒絶するプリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)の姿に、打開策を見失い掛けている一人だ。
「ねえリアム、あんた――体に火傷の痕はある?」
 その時、黙って話を聞いていた愛梨(gb5765)が、不意にそんな事を口にした。
「‥‥火傷?」
「ネヴェが、家族最後のクリスマスについて話してたみたいだけど。あんた、スープをひっくり返した時の火傷の痕があるんじゃない?」
 再び、沈黙が落ちる。
 無言を肯定と、愛梨がそう見做した頃、次に通信を開いたのは、ケイ・リヒャルト(ga0598)だった。
「リアム‥‥予めFRに何か呼び掛けて貰えないかしら? ‥‥賭けになるかもしれないけれど、彼女が引いてくれることを期待したいわ」
「‥‥気、遣わないでいいよ。ケイさん。僕は、僕に出来る事をする」
「ごめんなさい」
 遠慮がちに提案するケイと、冷静を装うような口調で応えるリアム。
(こんな戦いは、早く‥‥終わりにしたい‥‥)
 傷つくばかりの母子を想い、愛梨は数秒、瞼を閉じた。
「あんた、撃墜とかされたら後で鼻で笑ってやるから。クッキーのリベンジがまだなんだからね! ‥‥少しは上達したんだから」
 リアムのシラヌイが空を駆け、自嘲とは違う笑みが愛梨のコックピットへと届けられる。
「‥‥期待しないで待ってる」


   ◆◇
「リアムさん、無茶だけはしないで下さいね。危ない時は私の後に隠れて‥‥」
「リアさん! ケイさんが前に出過ぎてる!」
「――!」
 前方にBF群を見据え、傭兵機の先頭には、ケイ機と由梨機の2機が居た。同様にブーストを吹かしてはいるが、突出を避ける由梨機より、ケイ機の前進スピードが速い。リア機がそれを追い掛ける。
 先手を打ったのは敵の方だった。BFの手前を守る中型HW5機から小型ミサイルが発射され、空を埋め尽くす。
 激しく揺れる機体をさらに加速させて炎と黒煙から逃れる2機。ケイ機の目の前を黒い風が過るも、割り込んだリア機の光翼に進路を塞がれ方向を変える。
 相対距離50を目指したケイ機は、BFを守るヒュドラが発する霧の端に入り込んでいた。射程内に300mのBF4機が入る位置を目指した由梨機も同様だ。巨大なBF2機とその周りを飛ぶヒュドラ3機を一度に射程に捉える為には、侵入方向を考えた上である程度接近しなくてはならず、敵も霧の中に傭兵達を収めようと動く。
 2機が初手に放ったK−02は、結果的に不調に終わった。思い通りの標的を射程に収め切れないのだ。

『‥‥僕を、覚えてますか』
 俄かに騒がしくなった空域に響く、リアムの声。

「ヒュドラ全滅後に、一度に沈めてしまえば良い」
 中型のプロトン砲をかわし、ケイ機とともに左翼のBFへ急行する由梨機。トリシア機が剣翼と銃弾で中型を押し退け、合流を果たす。
 だがその瞬間、ケイ機と由梨機を光線が貫いた。急行したリア機の操縦席にアラートが響き始め、大きく機体を回転させてミサイル攻撃をかわそうと試みる。一発は風防の向こうを高速で飛び去り、避け切れない二発目がアンジェリカの横腹を弾けさせた。
「出やがった‥‥!」
『プリマヴェーラ! リアムさんの言葉を‥‥聞いてください!』
 FRの攻撃を確認し、唇の端を歪める煉。彼は光学迷彩中のFRの的にならないよう広域を飛び回っていた。一方、リアとリアム、赤崎羽矢子は視線を空に巡らせ、敵機を探す。
『本当に僕らが親子なのかって、100%信じられないのは、僕も同じだと思う』
 BFを狙うトリシア機、由梨機、ケイ機に、4機の中型と2機のヒュドラが立ち塞がる。ヒュドラは白銀の霧玉を吐き出し、BFの周囲を霧で包み込んでいた。幾条もの光線をロールでかわし、フィールドコーティングを起動したトリシア機が霧の中へと踊り込む。上も下も無く機体を回転させ、殺到する銃弾とプロトン砲を回避していく。弾けた装甲が空を舞い、歯を食い縛った瞬間、眼前に現れる中型の砲口。
「やらせねぇよ!」
 直後、横から突入してきた煉のフェニックスが中型を吹き飛ばした。威力を減じているとはいえ、AAM2発をまともに喰らって爆炎を上げる敵機。後退したケイ機のD−02がそれを捉え、銃弾一発で機関部を貫いた。
 トリシア機を止めんと集中するヒュドラの1機もまた、同じくケイ機の狙撃を受けて炎に包まれる。
 しかし、その間にもFRの攻撃は激しさを増していた。リア機がFRの攻撃直後その方向へ弾幕を張っても、射程が足りないのか飛び去った後なのか、まだFRの光学迷彩を解くには至らない。
『だから、訊きたいんだ』
 もう1機のヒュドラを標的に、バルカンを発射するトリシア機。威力の出ない銃撃を取るに足らぬと見たヒュドラが前進をかけたのを見て、逆にブーストを吹かし肉薄する。突入して来た由梨機のバルカンが唸りを上げ、見る見るうちに敵機を抉っていくその側面目掛け、サイファーの剣翼が襲い掛かった。
「あら、トリシアばかり見ていていいのかしら?」
 ケイ機から発射されたI‐01「ドゥオーモ」 が、霧の晴れた空一杯にマイクロミサイルを舞い散らせる。BFの濃紺の腹が青白い放電の嵐に見舞われ、悲鳴のような轟音を響かせた。
 激しく揺れるBFと墜ちて行くヒュドラを交互に見つめながら、由梨は少し考える。ヒュドラを2機撃墜したはいいが、今度はエクアドル方面から飛来したヒュドラ2機、中型HW3機が強引に割り込もうとしていた。
「雑魚を一掃します。少し離れて下さい」

『僕の、右の肩から腕と背中まであるこの火傷の痕みたいなのは、あなたの子供と同じかどうか』


    ◆◇
『チッ、あんたにゃ一度世話になったんだがな‥‥運び屋さんよぉッ!』
 風の如く飛び回るヴィエントをひとまずスルーしたレイジのディスタンが、BF方面から迫って来るヒュドラ2機、中型2機をロックオン。500発の小型ミサイルが、密集陣形を組んでいた4機を覆い隠した。
 さらに、ブースト加速で肉薄して来た無月機の強力無比な砲撃を受けてヒュドラ1機が墜ちる。残る敵機は、他班がBFへの攻撃を開始した気配を感じたか、中型1機を犠牲にその場を逃れ、後退して行った。
『ヴ‥‥ハコビヤ‥‥』
『ああ、2年以上も前だがな。覚えてないか、シルフィード!!』
 BFと3機の間に割り込んだヴィエントの砲が、無月機の左翼を掠めて飛ぶ。やはり重力波レーダーを併用しているのか、愛梨機のロックオンキャンセラーの影響を受けているのは明らかだった。
 黒い軌跡を残して戦場を駆け回るそれを、レイジ機の螺旋ミサイルが追った。不意に背後を取られたディスタンが機体をロールさせ、背を深く抉られながらも何とか致命傷を免れる。さらに、水平飛行に戻した瞬間に機首を90度上げて急減速、クルビットで追跡者の頭上を越え、一回転。
『‥‥敵は‥1機ではありませんよ‥‥』
 レイジ機が消えたヴィエントの『視界』に映ったのは、前上方から迫る無月機の、白く輝く砲口。レイジ機が放ったミサイルを尾翼に受けながらも回避を試みるが、かわし切るには体勢が悪すぎた。
『あたしだっているんだからね! 見てなさい!』
 ロックオンキャンセラーで妨害に務めていた愛梨機が、これを好機とパンテオンの発射レバーを引いた。無月機の帯電粒子加速砲が、そして愛梨機のパンテオンが、光の奔流と白条の束となってヴィエントに襲い掛かる。
『――!』
 黒煙を押し流し叩きつけられた『空気圧』が、無月のミカガミを軋ませ装甲を弾けさせる。気付いた時には、愛梨機は側面からマシンガンの掃射を受け、レーザー砲で貫かれていた。
「速い‥‥!」
 コックピット上に開いた『目』を潰すべく、ペイント弾入りのバルカンで応戦する愛梨。だが、相手の回避速度は予想以上だ。
『‥モット‥‥モットハヤサヲ‥‥!』
「ですが‥‥先程のダメージは通っています‥‥」
 耐久力は高くない。生体パーツを焦がし、内部装甲まで剥き出しにしたヴィエントの様子を見つめ、無月は冷静にそう判断した。愛梨機のフェザーミサイルをかわした敵機に、レイジ機が急降下。黒い軌跡をピアッシングキャノンのレティクルに捉え、その進路を塞いで行く。
「‥‥これで‥‥」
 無月機のレーザーライフルが、動きを鈍らせたヴィエントへと降り注いだ。
『‥‥ヴ‥‥‥』
 破孔から火を噴いて墜落していく黒い悪魔。その『目』から、光が消える。
「終わった、か?」
 
「――中央BFハッチに反応あり! 敵機確認!」

 羽矢子が叫ぶ。
 ハッチを開けた中央のBF、そこから高速で飛来する機体を見た3人は、思わず絶句した。
「嘘でしょ? どうなってんのよコイツ‥‥!?」
 コックピット上に『目』を持つ、生体パーツで覆われたディアブロ。
 迎撃態勢を取る3機に向け、それは先程と変わらぬ悪魔のような声を響かせた。
『‥我ガ名ハ‥‥ヴィエント‥‥』


    ◆◇
 由梨機、ケイ機から放たれたK−02の爆煙の底から、ワームの残骸がボロボロと墜ちていく。
 他のワームが駆けつけるより早く、手近なBF2機へとK−02を叩き込む由梨。増援として現れたタロス達のプロトン砲をかわしながら、BFの艦橋に接近したトリシア機がブリューナクを発射。さらに、空中変形したケイのフェニックスが練剣を構え、突入していく。
『‥‥見せて』
 不意に、BF上方の空から、山羊座の声が零れた。
『‥‥‥傷を?』 
 再びK−02を照準する由梨機に、ロックオンアラートが鳴り響く。山羊座の声がした方向、BFから見た方向、由梨機との距離、タロス群との位置関係――時間は掛かったが、羽矢子とリアの予測がFRを捉える時が来た。
 ブーストで突入したリア機がバルカンを掃射する。赤い塗料が弾け、それに劣らぬ赤さを誇る機体が、空の青から溶け出でるように姿を現した。
 ゆっくりと墜ちていくBFとタロスを背景に、FRへと肉薄する煉機。スラスターライフルの弾幕を紙一重で避けたFRに、リア機の光翼が襲い掛かる。
『傷痕を見れば、信じて頂けますか!?』
 光翼に斬り裂かれたFRの、反撃のレーザー砲がリア機を穿った。FR、煉機、リア機の3機は上下左右を激しく入れ替えながら、墜ち行くBFの上空で火線を交わし合う。

『攻撃を止めろ! 民間人を見捨てるつもりか!』

 中央のBFから、鋭い男の声が飛んだ。
 しかし、
『狙われてもない癖に吠えんな!! 殺すぞ!!』
 傭兵達が口を挟む間もなく、激怒した山羊座の叱責が響く。彼らが中央のBFを避けている事に、最初から気付いていたのだろう。
 タロスに苦戦しながらも、ケイ機、由梨機、トリシア機が2機目のBFを撃墜したのは、その時だった。
『戦争だから‥‥か。でも、そんな想いをする人を増やすのは、貴女の本意では無いのではないの?』
 ケイは、彼女の言葉を思い出し、一言だけそう問いかけた。
 沈黙するFRを一瞥して、損傷の酷いケイの機体が戦場を去る。さらに、目標を達成したトリシア機と由梨機もまた、撤退を開始した。
『‥‥見て、頂けますか?』
 もう少し彼女と話したい。そう願いながらも、任務終了を感じたリア機が最後に問うた。
 だがその瞬間、
「――!」
 この時を待っていた、とばかりに、FRの至近で人型に変形する煉のフェニックス。咄嗟に加速し逃れようとした赤い機体の装甲を、吐き出された機杭が掠めて飛んだ。
『コイツ‥‥っ!』
『捨て身で挑まなきゃ、俺みてぇな雑魚が怪物退治なんざ出来っかよッ!』
 追い縋る煉機から撃ち出された杭が、FRの装甲を突き抜け深々と穴を穿つ。危険を感じたリア機、リアム機が援護すべく加速し、2機に迫った。

 だが、

「‥‥え?」

 リアの目の前で、煉機は『人型のまま』赤い力場を失って失速する。
 再変形することもなく、FRの砲に幾条も撃ち抜かれ、崩れ落ちるように墜落を始めたではないか。
 それが、人型の行動限界時間を超えた特攻の結果だとリアが理解したのは、一拍後の事だった。
 FRが彼に止めの一撃を放たぬよう、必死で光翼を閃かせ続けるリア機。
 何とか不時着しようともがく煉機が、錐揉み状態のままエンジンの爆発に巻き込まれるのが見えた。
 パイロットが脱出した様子は、無い。

『‥‥またね』

 機杭を刺したままのFRがヴィエントを呼び戻し、後退して行く。
 任務達成を示す数の、3機のBFがエクアドルへと向かうその様子を――傭兵達は、茫然と眺めていた。


    ◆◇
 海上で発見された煉が奇跡的に一命を取り留めたという知らせは、十数時間後に傭兵達へと伝えられた。

 彼が、不具合を生じたエミタを摘出したという事実を添えて――。