タイトル:【JTFM】撤退不可マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/28 03:03

●オープニング本文


2010年12月 クルゼイロ・ド・スウル基地
 『ボリビア防衛作戦』終結後、南米の情勢は確実に人類側の有利に傾いていた。
 大規模作戦でのバグアの大敗、そしてボリビアのUPC加盟という一連の出来事は、人類側の仮面を被った親バグア国家ペルーにも少なからず衝撃を与えたと推測される。
 度重なる戦闘は南米のUPC軍を徐々に疲弊させて行くが、勝ちに高揚し勢いを増した彼らを止める理由にはならなかった。
 彼らの次の標的は、コロンビア国内に位置するバグア施設『キメラ闘技場』。 
 ペルーにほど近い密林地帯にひっそりと佇むそれは、かつてコロンビアやペルーの親バグア派の人間達を楽しませた娯楽施設であり、また、キメラ四天王・バグア四天王を始めとする強固な防衛力を持つ要塞のような特徴も併せ持つ。
 この目標に対しボリビアがUPC加盟後初の国外派兵を決定すると、その戦力をも取り込んだUPC南中央軍は、さらにブラジルのクルゼイロ・ド・スウル基地、マナウス基地、コロンビアのカリ基地、ボゴタ基地などから兵を動員しての短期攻略を目指して動き出した。
 陽動、陸空補給路寸断、潜入、強行突入――いくつもの部隊が連携し攻略を進める中、ラスト・ホープの傭兵達もまた、彼らと共に戦っていた。


●キメラ闘技場
「人間共め、ここを落とす気か。しかし、そう上手くはいくまいぞ」
 キメラ闘技場の地下にある吹き抜け最下層の一室。バグア四天王が一人クシィーは、ヨリシロたる10歳ほどの少女の愛らしい目を不敵に細めた。
 密林地帯という立地もあり、闘技場周辺に布陣した大量のUPC軍は歩兵が中心だ。戦車やナイトフォーゲルなどは離れた位置で包囲網を敷いているか、密林の間を縫う道を抜けて少数が進撃してきている程度。
 敵の数は多いが、まだ勝機はある――クシィーは、そう考えていた。
「A・Jよ、敵の陽動に乗ってやるが良いぞ。まもなく、ペルー側から援軍が到着するでの。挟み撃ちにしてやれば楽に殺れるであろう?」
 クシィーが声をかけると、その人物は白衣の裾を揺らして立ち上がり、
「‥‥仕方ないですね。私のテリトリーを侵させるわけにはいきませんから」
 光線銃を手に、言った。
「ウヌは研究者であるからの。闘技場地下のプラントを奪われては、自由にキメラも作れまい?」
「そうですね。ここは私の実験場‥‥易々とは渡しません」
 キヒヒ、と気味の悪い笑い声を洩らし、A・Jと呼ばれたバグア四天王が階段を上って行く。
 クシィーはその後ろ姿を見つめ、満足気に笑みを浮かべた。


●バグア四天王 A・J・ロ・ユェラ
 キメラ闘技場攻略に参戦したUPCボリビア軍は、時代に取り残された旧式装備が主であった。
 正式にUPCに加盟したとはいえ、それまでKVやSES兵器はおろか国外の最新装備を取り入れることすら限定的だった元中立国に、キメラの大群を相手にするための装備が行き渡っているはずもない。
 キメラ闘技場の西、ペルー側の密林で陽動による戦力の釣り出しを任務とするUPCボリビア軍は、他国のUPC軍人の7割程度の戦闘力しか発揮できないでいた。
 それでも、彼らは慣れぬ対キメラ戦で必死に戦い、闘技場からキメラ戦力を釣り出すことに成功していた。
 しかし、
『ペルー方面より、敵の援軍を確認!』
 背後の密林にキメラの大群を確認したのを皮切りに、挟撃を受けた彼らはあっという間に劣勢に陥っていく。
 だが、彼らに撤退の意思はない。
『作戦本部がULTの傭兵を派遣してくれる! もう少しだ! 耐えろ!!』
『祖国を救ったUPC軍に恩を返す時だ! 俺達が撤退してどうする!』
 自分達が撤退すれば、このペルーからの敵増援が闘技場内に雪崩れ込み、他の部隊に危険が及ぶ。UPCと、南米諸国から受けた恩義に報いるため、彼らは一秒でも長くこの場を死守すると決めていたのだ。

 UPCボリビア軍が敵の挟撃を受け能力者の救援が必要と聞いたULT傭兵達は、作戦本部から彼らの元へと急いだ。
 高温多湿の密林を走り、間もなく彼らの布陣する戦域に到達する――と思った、その時だった。
「キヒヒ‥‥」
 薄気味悪い笑い声に頭上を見上げた傭兵の一人が、ウッと息を呑む。
 そこには、木の幹に張り付くようにしてこちらを見下ろす、異形の女の姿があったのだ。
「ここは通しませんよ‥‥。闘技場を攻め落とそうなど、この私が許しません。私の可愛いデュラハンを殺された恨みもありますからね‥‥キヒヒヒ」
 190センチ近い長身に、骨と皮だけのような肢体。顔の半分にも及ぶ大きさの黒い両目には白目も、瞼すらもなく、光量を調節しているのか瞳孔らしきものがひっきりなしに動いている。肌と、膝まで届きそうな波状の髪は全て濃い桃色で、ぼんやりと光を放つ裸身に白衣のみを纏った――化け物だった。
 女は細長い手足で木の幹を虫のように伝い、裂けたように大きな口をニィッと歪めて言う。
「私はA・J・ロ・ユェラ。バグア四天王にして、デュラハンとアズラエルを生んだ科学者よ。初めまして‥‥キヒヒ」
 女の笑い声が響くと同時、周囲の木々の間から、エイリアンのようなキメラが次々と姿を現した。
 
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●依頼内容
・密林で行く手を阻むバグア四天王『A・J・ロ・ユェラ』とその配下のキメラ5体を撃破・撃退、もしくは振り切って、敵の挟撃を受け救援を求めているUPCボリビア軍のもとへ急いで下さい。
・UPCボリビア軍と合流後は、キメラ闘技場からとペルー方面からのキメラを殲滅して下さい。
 なお、UPCボリビア軍に撤退の意思はありません。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ORT(gb2988
25歳・♂・DF
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
萩野  樹(gb4907
20歳・♂・DG
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

「ここは任せて。ボリビア軍をお願い」
 赤崎羽矢子(gb2140)が囁く。ラウル・カミーユ(ga7242)、トリシア・トールズソン(gb4346)、萩野  樹(gb4907)、黒瀬 レオ(gb9668)のB班は、いつでも飛び出せるよう身構えている。
「ハッ、いい趣味してるぜ‥‥好みにはちょいと遠いがな」
「許さない、か。ならば言わせて貰おう。それはこちらの台詞だ。これ以上この大地に汚らわしい実験場を置いておくなど俺たちが許さん」
「家畜相手に許しを乞う必要はないでしょう? ‥‥ヒヒヒ」
 桃色の肢体を木の幹に張り付かせ、薄気味悪く笑うA・J。鈍名 レイジ(ga8428)と共に白鐘剣一郎(ga0184)が最前列へ進み、皆に見えるよう後ろ手に閃光手榴弾のピンを抜いた。
「あんたがデュラハンの制作者か。悪趣味なとこもそっくりだね。上辺は武人ぶってる癖に本体は陰でこそこそ動く滑稽な奴だったけど、そこは親に似たのかい?」
「ヒヒヒ‥‥いいえ。正々堂々と戦う武人の姿に理想を見る一方、卑怯な手段で敵を欺く知将を褒め称える。アズラエルとデュラハンは、貴女がた人間の姿を見て生み出したのですよ」
 A・Jの見開かれた目が、羽矢子に向いた。
「あっそ。けど残念だったね、アズラエルも死んだそうだよ!」
 羽矢子が高速機動を発動し、木々の間を一気に疾る。立ち塞がったグレイを獣突で弾き飛ばし、後ろを振り返った。
 アスタロトに身を包んだ愛梨(gb5765)、そしてレイジが彼女に続きグレイに迫る。樹を先頭にしたB班が走り出し、魑魅魍魎じみた素早さでそれを追う彼女の進路をORT=ヴェアデュリス(gb2988)の銃弾が塞いだ。そして、樹上に一瞬だけ静止した白衣目掛けて羽矢子のエナジーガンが光弾を放つ。 
「逃げるな、アズラエルの方が勇敢だったぞ?」
 脇腹を穿たれ地面に着地した敵に、月城 紗夜(gb6417)の蛍火が襲い掛かった。ミカエルの頭部に生じたスパークが全身へと伝播し、敵を斬り裂くと同時にその体を弾き飛ばす。だが、身を反転させて着地したA・Jの拳銃が幾条もの光を疾らせ、紗夜とORTの装甲を穿ち中の肉を灼いた。咄嗟に竜の血を発動する紗夜。
「貴女以外の者を追う行為は、貴女にとって『逃げ』ですか‥‥ヒヒヒヒヒ!」
 樹皮に飛びつき、カサカサと上方へ移動しながら嘲笑うA・J。
「天都神影流、虚空閃・裂破!」
「目標排除」
 SESの排気音が甲高く響き渡り、剣一郎の月詠が幾度も空を薙いだ。鋭い衝撃波がA・J目掛けて次々に殺到し、幹を両断された木々がその上の枝葉ごと倒れ込んでくる。そして、白衣の一部を青色の血で染めて飛び回るA・Jに、シエルクラインが掃射された。枝葉と衝撃波の舞う頭上を見上げ、不動のままひたすらに引金を引くORT。
「命中。――殲滅する」
 己の黒鎧を青い返り血が打った瞬間に、土蜘蛛を抜いて更に前進する。強烈な光線に身を灼かれようとも、活性化を発動し進み続けた。
「ココは通らせてもらうヨ!」
 ラウルの制圧射撃で怯んだグレイ達を、レイジのソニックブームが吹き飛ばす。全身を紅光に包んだレイジが手近なグレイに迫り、その灰色の首を剣の一振りで斬り飛ばした。
「こっちはあたしたちが食い止めるから‥‥そっちは頼んだわよ、トリシア!」
「わかった! レイジ、愛梨! ここはお願いするね!」
 もう一体を愛梨の機械剣が灼き斬り、出来た隙間をB班の4人が突破していく。
「――うっ‥!?」
 小さく見えた口をぱくりと開けるグレイ。脳と三半規管を直撃する怪音波にレイジが耳を塞ぐも、間に合わなかった。
 グレイの一体を指揮棒型の超機械で屠った愛梨がミカエルを疾らせ、片膝をついたレイジの前へ飛び込む。装甲をグレイの爪が掻き、反撃の機械剣が腕ごと敵の体を斬り裂いた。
「異常確認」
 飛び掛るグレイを意にも介さず斬り捨てると、ORTはレイジに歩み寄り二度、赤い光を煌めかせた。
「‥‥っと‥悪ぃ。助かったぜ」
 レイジが立ち上がった頃には、ORTはもう向きを変えてA・Jを追い始めている。愛梨は苦笑を洩らし、「ったく、だらしないわね」とレイジを顧みた。
「でも‥‥ま、あんたとなら息も合うし、悪くないわ」
「『先輩』にそう言って貰えるんなら、光栄ってモンだ」
 レイジの左目は火花を放ち、緑の世界を飛び回る桃色を追う。剣一郎がソニックブームを放ってA・Jを地面に誘導、機械脚甲の連撃をかわし、盾で受けた。非物理の衝撃波が盾と赤鎧を伝い、激痛が走る。一瞬の隙に敵の脚が膝を蹴り抜くと、倒れた剣一郎が地面を転がりながら片手を目に触れた。最初に閃光手榴弾のピンを抜いたタイミングを見れた事もあり、全員がその意味を理解して目を閉じ、耳を塞ぐ。
 ただ一人、両目を見開きエナジーガンを構えた羽矢子を除いて。


「もうすぐ到着スルから、死なないよに頑張って! まだ先があるんだカラ『死なない』の、大事だカラね!」
 足場も見通しも悪い密林を駆け、ラウルが無線機に呼び掛ける。その電波の向こう側にいるのは、到底勝てない敵を相手に奮戦するボリビア軍だ。
「突出しなくていい。無理に倒そうとしなくていいんです。だって、もうすぐプロが来るんだよ! しんどい思いしてさ‥‥そこにいるみんなで『勝利』の瞬間、みたいでしょ? なら、死んじゃだめだ!」
『わかってる! 軍人は死にたくて戦うんじゃねぇ、誰かを生かしたいから戦ってんだ!』
 ラウルに続き、無線機に向かってボリビア軍に呼び掛けたレオは、返って来た指揮官の言葉にハッと口を噤む。
『ありがとうな、傭兵。確かにキメラが相手じゃお前達の方が上だ。だが、今、敵の増援を通せば、闘技場の中の奴らが死ぬ。死に急ぐのとは違う。俺達もプロの軍人なんだ、命を懸けたい時はある』
 わかってる。でも、あなたの命にも代わりはないよ、だから僕はそれを守りたい、あなたが他隊を守りたいみたいに、僕も。
 言いたい事は沢山あるのに、どうしてこんなに言葉が出ないのだろう。
『だが、頼む。俺達じゃ長くは保たねぇ』
「‥‥すぐ。すぐ行きます! 助けます!」
 偉そうに言っといて何だが、と言う彼に、レオはギュッと無線機を握り締め、痛む胸を抱えて前を目指した。 
(『実験』なんて言葉で命を弄ぶ人は許せない。バグアは、どれだけ悲しみを生み出してきた? どれだけ私達に嫌な思いをさせれば気が済むんだ!)
 トリシアは走った。できれば、その想いをA・Jに真正面からぶつけてやりたい。しかし、今の彼女がすべきことはただ速く走ること。だから、走る。
「走り難いし、遅く感じる‥‥どれだけ迅雷に頼りきりだったか、身にしみるよ」
 呟き、トリシアは悔しさを露わに唇を噛んだ。
 先頭を行く樹が一瞬、草の中の窪みに足を取られるも、木の幹を支えに踏み止まる。揺れた樹上から鮮やかな色の蛇が顔を覗かせるが、パイドロスの腕がそれを枝葉の中にそっと押し戻して皆を通過させた。
「強くなったなんて、思わない。でも、無力だと思わない」
 後ろを振り返ることは、無かった。自分達が追撃を受けるとすれば、仲間が倒れた時だ。
 その可能性など、考えるつもりも無かった。


    ◆◇
 羽矢子のエナジーガンが光弾を吐き出し、A・Jの背に穴を穿つ。膨大な光が密林を埋めたのは、その1秒後の事だ。
「っ‥‥! 密林のハチドリはそう簡単に捕まらないよ!」
 光が収まり、目を灼かれた羽矢子が虚闇黒衣を発動する。黒いヴェールを破り、身を焦がす光線銃の連射。
「やはり思った程は影響を受けていないか」
「不意打ちとしては、あと一歩です。ヒヒヒヒ」
 猛撃を発動した剣一郎のソニックブームが折り重なるように樹上へ殺到し、大量の枝葉が空を舞った。乏しくなった木々の間を何とか飛び回るA・Jを捉えたのは、ORTの銃撃。血を流し地面に着地したそれに、剣一郎の直刀が閃く。
「天都神影流、斬鋼閃・裂破っ!」
 鋼をも断ち斬る一撃が、A・Jの左腕を捉えた。鮮血が舞い、骨が折れる感触が剣一郎の手に伝わってくる。
「お前より強い奴と戦ってきた経験、舐めて貰っては困る」
 機械脚甲が剣一郎の腰を打ち、両者が再び間合いを開ける。そこへ、ORTの土蜘蛛が迷いなく振り下ろされた。
「以前会ったキメラ四天王‥‥羽根付きだったか。死に際の表情‥傑作だった」
 赤光を帯びた曲刀が、手負いの左腕に襲い掛かる。腕を庇ったA・Jは、それを肩で受けて小さく呻いた。
「ヒ、ヒヒヒッ! 人間の美的感覚を検証した結果の顔ですよ!」
 A・Jの細長い右腕が、土蜘蛛を握るORTの腕を掴み取り引き寄せる。黒鎧の戦士に蹴撃が加えられ、光線銃の連射が撃ち込まれた。低い駆動音が響き、竜の紋章を輝かせた愛梨が敵の背後から指揮棒を振るう。横飛びに跳んで電磁波をかわしたA・Jの目の前には、コンユンクシオを振り被るレイジの姿。
 紅蓮衝撃を発動したレイジの剣がA・Jの白衣を裂き、袈裟懸けの傷をつけた。返り血を浴びるレイジに機械脚甲が襲い掛かり、鎧を貫く衝撃が重ねられていく。その背を愛梨の機械剣が大きく斬り裂いて、A・Jが振り返りざまに蹴撃を放ち、アスタロトを吹き飛ばした。
 密林を高速で疾る羽矢子の銃撃が突き刺さり、煩げに反撃のレーザーを放つA・J。しかし、背後に回り込んだ彼女を捉え切れず、ハミングバードの一撃をその身に受けた。鋭い刺突に小さく悲鳴を上げるも、もうそこに羽矢子の姿は無い。
 間髪入れず、接敵する紗夜。装輪走行のミカエルが桃色の敵に迫り、淡く光る刀身が空を斬る。かわされたと知った紗夜はすかさず、愛梨と同じ指揮棒を抜き、電磁波を発生させた。纏わりつく電磁波に肌を焼かれ、大き過ぎる瞳を忌々しげに見開くA・J。紗夜を蹴り飛ばし、よろめいた隙に光線銃を連射して跳び退る。
「ヒヒヒ‥‥中々やりますね。腕をやられては研究もできません‥‥今日のところは退きましょう」
 A・Jを中心に、大地から噴き上げるような衝撃が疾る。
 木々が砕け、薙ぎ倒され、離れていた羽矢子以外の傭兵達が一瞬にして吹き飛ばされた。
 身体を跳ね起こし得物を構え直す彼らを無視してA・Jは駆け、円の端で大きく跳躍、樹上を伝って行く。
 羽矢子は思わず、その背に一つの問いを投げ掛けた。
「待って! ひとついい? ソフィアの子供を改造したのは貴女?」
「――いいえ? 私は、そんなものに興味はありませんよ‥‥」 


「撃てぇーーーッ!」
 グレネードが飛び、爆発で吹き飛ばされたチュパカブラ達に重火器の火線が集中する。
 木々の間を飛び、手にした刃で次々と兵を切り裂いていくピクシー。倒れた兵に飛び付き、止めを刺すチュパカブラ。ボリビア軍は奮戦しながらも、確実にその数を減じていく。
 しかし、
『キィッ!』
 木陰から飛び出す、暗色の機体。
 頭部に青白いスパークを纏ったAU−KV「パイドロス」が、突き出した槍でピクシーを幹に繋ぎ止める。
「ULTの、傭兵です。助けに、来ました!」
 樹は、樹上から飛び付いてきたチュパカブラを振り払い、宙に浮かせたままで槍先を一閃、敵の腹を大きく切り裂いた。
「もうすぐ残りの傭兵も到着します! 盛り返しますよ、負けるわけにはいかない!」
 続いて戦場へ躍り出る、赤い鎧に、赤く燃えるような大太刀を持つ戦士。飛び掛かるチュパカブラを、ソニックブームが薙ぎ払う。仲間を助け、後退させる兵に救急セットを投げ渡し、レオは赤一色の体をさらに赤く、炎のように燃え上がらせた。
 紅蓮衝撃を発動したレオの一撃がピクシーを空中で叩き潰し、ボリビア軍の中で歓声が湧き起こる。
「軍の人、仲間と協力しながら1体ずつ押さえて!」
 ピクシーに追われる兵を庇ったラウルの頬に、一筋の傷が刻まれた。銃の間合いの内側で刃を振り回すピクシーは、イェーガーにとって厄介な相手でもある。
 しかし、
「手に持ってる武器だけ、見てちゃダメだヨ!」
 暗灰色の瞳がピクシーを捉え、抜き放たれた蛍火が白い閃きを放った。両断された妖精は地面に落ち、強弾撃を付与したSMGの掃射が周囲の敵を次々と薙ぎ払っていく。
 木々に張り付いては上方から飛び掛かってくるチュパカブラを、樹の赤槍とレオの大太刀が叩き落とし、突き刺し、斬り伏せる。傷付いた体でそれでも向かってくる敵には、ボリビア軍の一斉射撃が襲い掛かった。
「ここは、もう大丈夫、かな?」
「うん。次行こう!」
 密林で戦うボリビア軍の数は、数を減じていたとしても80人を超えている。戦場は広く、傭兵達は絶え間なく移動して戦わねばならない。
「僕らを信じて待ってるんだカラ、急がないとネ!」
 ラウルの銃弾が最後のピクシーを撃ち落とすと、三人は次のキメラを探して走り出した。

 茂みに身を隠した小隊に黒豹と猿が前後から迫り、闘技場側から洩れてきた1体のピクシーが兵の咽を刃で破る。弱まる火線に黒豹が駆け出し、小隊の運命は決まった――かに思えた。
「猿に集中して!」
 木々の間から飛び出した金色の何かが、横合いから黒豹を弾き飛ばす。さらに次の瞬間には、牙を剥いて襲い掛かったもう一体を有り得ない機動でかわし、二刀小太刀で斬り裂いていた。
 トリシアは綺麗な金髪が乱れるのも気にせず小隊に飛び込み、呆気に取られる前衛を越えて、猿を相手に戦う後衛に接近する。
(レオ‥‥ラウル、樹。早く来て)
 衝撃波が飛び回るピクシーと猿を直撃し、落ちて来たそれに小太刀が止めを刺す。独りでペルー側を受け持つトリシアはそのまま移動し、次の小隊の元へ。移動範囲の広さに、疲れすら感じる。
 それでも、
『こちらレオ! 大丈夫? すぐそっち、行くからね!』
「――うん! もう一息、がんばろ!」
 仲間たちと、守るべきものがそこにある限り、どこまででも頑張れる。そんな風に感じる今の自分が、好きに思えた。
 

    ◆◇
『また、あなた方に助けられてしまいましたね‥‥すみません』
「姉の代わりに様子を見に来てみたら。あんた、どんな結果になろうとも、自分の決断に自信と責任を持ちなさい。そうでなきゃ、死者に対して、顔向けできないでしょ」
 A班を含む全員でペルー側のキメラを掃討し、最終的に70余名の兵を救った傭兵達は、作戦本部のモニター越しにボリビア国王ミカエル・リア(gz0362)と対面していた。
 傭兵達に礼を述べ、少し複雑な表情を見せたミカエルを、愛梨が一喝する。
『‥そうですね。僕はいつでも、揺らいじゃいけない』
「ただ、責任と、自己犠牲は違う、忘れるな」
 猪突になるな、と言う紗夜に、ミカエルは暫く考え、頷いた。
『僕はずっと、あなた方のその力が羨ましかった。‥‥でも、今は違うんですよ』
 そう言って、彼は微笑んだ。そしてモニター越しに頭を下げ、凛とした声を響かせる。

『僕が愛するボリビアの兵士を救って下さったあなた方に、感謝します』