タイトル:Alecrim−4−・幕間マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 19 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/10 01:58

●オープニング本文


 ブラジルでは、クリスマスのことを「NATAL(ナタル)」と言う。
 この季節の南半球は暑く、夏真っ盛りの町に電飾が煌めくサマークリスマスなのである。

 ゾディアック山羊座プリマヴェーラ・ネヴェ率いるREX−Cannonを始め、キメラの大群と火災に襲われたこの町にも、去年と同じように、クリスマスがやって来た。
 襲撃を受け破壊された南部では、生存者の捜索が打ち切られ、死者に対するそれへと方針が変更された。瓦礫の撤去が進むにつれて行方不明者の数が減り、死者の数が上乗せされて行く。そんな状況であった。
 家を失った者は親戚や知人を頼り、被害の無い北部や別の町へと身を寄せる。行くあての無い者たちは、町の中央を流れる川沿いに設置された仮設テントに生活の場を移す。家族や友人を失った者は、どこに居ても、ただ悲しみに暮れるしかなかった。
 家々にイルミネーションが輝くことも、広場に巨大なツリーが飾られることもない、暗いクリスマスが訪れようとしていた。

 だが、仮設テント街で食糧の配給任務についていた若い兵士がある日、ダンボールで自作したトナカイの角を着けて子供たちの前に現れた。その小さな思い遣りが、多くの者達を動かしたのだ。
 暗く沈んだ表情しか見せなかった避難民たちが、不格好なダンボールの角を見て初めて笑った。それは心からの笑いであったり、嘲笑であったり、呆れて乾いた笑いであったり、それぞれ感じ方に差はあったものの、笑いには違いない。
 彼の優しい気持ちは少しずつ周囲を動かし、サンタやトナカイの扮装をした非番の兵士やボランティアスタッフが避難民たちと共に、テント街の木に缶やペットボトルの蓋で作った飾りを吊るし、クリスマスソングを歌う姿が見られるようになった。
 そして、その姿を写した写真と記事が地方紙に掲載されると、町の現状を知った周辺の町や村々から多くの支援物資が届けられたのだ。
 衣類や食糧、紙オムツなど日用品の詰まったダンボールが届けられる中、町内外の有力者からは、年に一度のクリスマスを皆が楽しく迎えられるようにと、寄付金が寄せられた。
 絶望に暮れる町民たちへ何かクリスマスらしい催しを‥‥と、考えた町長はふと、この町を救ったラスト・ホープの傭兵達の事を思い出した。
 REX−Cannonやキメラを倒し、救助活動でも多くの命を救ったULT傭兵は、この町に住む者にとって英雄だった。
 彼らに慰問に来てもらえたなら、きっと皆の心に希望を与えることができるに違いない。
 そう考えた町長は、遠くラスト・ホープへと依頼を出したのであった。


    ◆◇
「僕は一体、何やってんだろ‥‥‥‥」
 クリスマスツリーの扮装をさせられたリアム・ミラーが、広場に設置されたお菓子の配給コーナーを走り回っていた。
 走るたびに、全身の葉と電飾がわさわさ揺れる。足元が茶色のタイツ一枚なのは、一体何の羞恥プレイか。
「ツリーは‥‥喋らないでね‥‥」
 スカートサンタに扮した琳 思花が、ブツブツと文句を垂れるリアムにダメ出し。ウッと唸って口を噤むリアムツリー。
 思花は何をしているのかというと、他の傭兵を手伝う為に待機中のようだ。彼女は傭兵ではなく北中央軍の所属だが、最近は南米に出張してきているらしい。
「今日は非番なの?」
「‥‥そう」
 ガサガサと葉を鳴らしながら尋ねるリアムに、短く返す思花。その隙にも、リアムツリーはお菓子を貰いに来た子供たちに群がられ、蹴りを入れられ、衣装を引っ張られまくる。
「うぅ‥‥。‥‥ま、いいか」
 たとえヒーローキックを喰らわされようとも、子供たちと、そしてそれを見つめる親たちが楽しそうなら、それでリアムは満足だった。
 現時点で確認された死者は、約320名。行方不明者を加えれば、さらに多い。
 この大惨事を自分の母親が引き起こしたなど、考えたくもない。
(「‥‥‥覚えてない、か‥‥」)
 彼女はリアムを見て、そう言った。
 リアムの顔を見て、自分の子ではないと言った。
 彼女の友人のテシェラは自分を彼女の子であると認識したのに、肝心の彼女には、それができなかった。
 探し求めた相手に自己を否定される事は、予想以上に辛い。
(「後で‥‥テシェラさんに会いに行こう」)
 重く沈んだ表情のクリスマスツリーを、子供達が追い回していた。
「‥‥?」
 ふと、広場の隅に知った顔を見た気がして、思花がそちらへ視線を向ける。
 彼女の大切な人を人外に変え、そしてこの町を襲った女。
 『あの女』に似た、金に近い茶髪の女性だった。
(「‥‥‥違う‥‥よね‥」)
 4歳くらいの女児を連れて歩いていたその女性は、やがて人混みに消え、見えなくなった。


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●依頼内容
・ゾディアック山羊座率いるREX−Cannonとキメラの群れの襲撃により、南半分を壊滅させられた町へ慰問に行きます。
・やる事は、配給の手伝い、炊き出し、慰問ライブやショー、演劇、コスプレ、子供達の遊び相手などなど、何でも良いです。
 悲しいクリスマスを迎えそうな町の人達を元気づけてあげてください。

●参加者一覧

/ ケイ・リヒャルト(ga0598) / エマ・フリーデン(ga3078) / 終夜・無月(ga3084) / リュイン・グンベ(ga3871) / UNKNOWN(ga4276) / 智久 百合歌(ga4980) / アルヴァイム(ga5051) / 空閑 ハバキ(ga5172) / ラウル・カミーユ(ga7242) / 百地・悠季(ga8270) / 鈍名 レイジ(ga8428) / 赤宮 リア(ga9958) / 紅月・焔(gb1386) / 赤崎羽矢子(gb2140) / トリシア・トールズソン(gb4346) / 萩野  樹(gb4907) / 愛梨(gb5765) / ソウマ(gc0505) / 秋月 愁矢(gc1971

●リプレイ本文

『Feliz Natal!』
 大人から子供まで大勢の住民が集まる広場に、ケイ・リヒャルトの声が木霊した。
『今日はクリスマス・イブ。この町の皆さんのために、とっておきのクリスマスソングを歌うわ』
 広場の隅、小さな噴水の縁に立ち、黒いゴシックワンピースを纏ったケイはマイクを握り締めた。
 太陽が照りつける真夏の広場に、フッと訪れる静粛な空気。神の子の生誕を歌った賛美歌が、希望を失いかけた人々の心に染みて行く。
(私が出来ることは、これぐらいしかないけれど)
 一曲目が終わり、余韻に浸る観客へ、ケイはにっこりと微笑んで見せる。
『次は、明るい曲を』
(皆がそれで笑顔になってくれれば‥‥気分だけでもクリスマスを感じてくれればそれだけで幸せね!)
 二曲目に入ろうとした時、不意に、横合いからヴァイオリンの音色が聞こえてきた。振り向いたケイの前に、智久 百合歌とリュイン・カミーユが進み出る。
「私の伴奏で良ければ、ご一緒しましょう?」
「最近は歌う機会が無かったのでな。上手く歌えるか分からんが、何とかなるだろう」
 袖のないショート丈にホットパンツでサンタコスプレのリュインと、白のワンピースに覚醒時の翼を生やした百合歌の登場で、俄然盛り上がりを見せる住民たち。
『クリスマスですもの。明るく、盛り上げていきましょう』
 百合歌の腕が小刻みに、それでいて優雅に動き、ヴァイオリンが有名なクリスマスソングを奏で始めた。
 ケイと百合歌は顔を見合わせながら、愛しい人を待つ女性の気持ちを歌に乗せる。
(嘆いても始まらん)
 救えなかった者は大勢いた。助けを求めていた者は、ここにいる者より多かったかもしれない。
(生き残った者達の為、楽しいクリスマスにしてやろうじゃないか)
 曲調が変わりアップテンポの間奏部分に入ると、リュインはケイを誘ってリズムに乗り、踊り始める。
 二人の歌に合わせて手拍子が起こり、一緒に歌詞を口ずさむ者が現れ、笑顔の観衆もまた体を揺らしてリズムを取り始めたその中で、百合歌がヴァイオリン弾きながら弾むようにステップを踏む。
(哀しみに染まったままのクリスマスは淋しいわ。もっと笑ってくれたら、きっと少しずつ楽しい気持ちになれる‥‥)
 クリスマスにプレゼントは要らない、大切なあなたが傍にいてくれればそれでいい。
 住民たちは、そんな大切な人への想いを歌いながら、無事にクリスマスを迎えた喜びを噛みしめていた。

 一方、ライブや大道芸、露店、配給で賑わう広場には、ケイ達のステージを煩悩満点の目で見つめている者もいた。
「天使とサンタとゴス姫のアイドルステージッスか‥‥ぐへへ」
 不審な格好で木に登り、軍用双眼鏡で主にリュインのヘソ出し部分と太モモをガン見しているのは、煩悩ガスマスクこと紅月・焔である。
「ちょっと」
 いきなり木を蹴られ、無様に落下する焔。地面に潰れたまま顔を上げると、そこには赤崎羽矢子の姿が。
「何やってんのさ」
「おや、姐御じゃないッスか。いえいえ何にもしてやせんぜ、ホントホント‥‥」
「じゃなくて。その格好は何なのさ」
「サントナカイっす」
 胡散臭そうに見下ろす羽矢子。本日の焔の格好はというと、サンタ服にガスマスク。プラス、何故かガスマスクからトナカイの角が生え、背中にソリを背負った珍妙な姿であった。
「さて、赤崎嬢もプレゼントいかがっすか? 俺とか‥‥ぐへへ」
 負傷中の羽矢子が抵抗し辛いと踏んだのか、這いつくばったままでカサコソ接近を試みる焔だが、
「あっ、思花サーーーーーン!!!!」
「ぐぇっ」
 婚約者を見つけてすっ飛んで来たラウル・カミーユに思いっきり轢かれ、地面に転がる。
「あ、ラウル。今日は思花をよろしくね」
 何だろうと思って振り返ったラウルに、羽矢子は焔とは無関係の話題を振った。
 羽矢子は琳 思花をプリマヴェーラ・ネヴェに近付けるべきではないと考えていたし、ラウルもまた、自身と彼女の心情的に、そうしたくはなかった。ラウルは小さく頷くと、そのまま駆けて行く。
「さ、焔。ちょっと体動かすのもしんどいし、働くのはあたしの分まで任せたよー?」
「え? マジで? 俺、女の子限定で慰問したいッス。うへへ‥‥」
「‥‥‥」

「久しぶりだネ! あ、銀狐もふもふで可愛いっしょ?」
「うん‥‥久しぶり。けもみみ‥‥?」
 後ろを向いて狐の耳つきパーカーとしっぽアクセサリーを見せるラウルのテンションの高さは、何かを誤魔化しているように見えなくもないのだが。思花はそれに気付いていないのか、少し笑って恥ずかしそうに左手を伸ばした。
「広場の配給、知らナイヒトいるかもネ。リュンちゃん達のライブの宣伝もしたいカラ、一緒に町回ろ?」
 リングベルをシャンシャンと鳴らして言う彼に、思花は「そうだね」と一つ頷くと、横合いから近付いてきた終夜・無月の方を向く。
「初めまして‥‥終夜・無月です‥。‥町を廻るなら‥‥これをどうぞ‥‥」
 無月が思花に渡したのは、2つ持っていた大きな白い袋のうち1つであった。ラウルと思花が中を覗くと、キャンディーやチョコレート、マシュマロなど個包装のお菓子が大量に詰まっている。
「‥‥持ってきたの?」
「俺が手で持って来れる範囲でしたから‥‥十分ではないですが。‥サンタには是が無いとね‥‥」
「‥‥ありがとう」
 別の依頼帰りにそのまま直行して来たという忙しい無月だが、それでも、空港の待ち時間などを利用して、子供達のために自腹で購入して来てくれたのだろう。
 と、その時。ラウルは、すぐ横のお菓子配給コーナーに、怪しげなモノを見た。
「‥っつーか暑ぃ。よく着ぐるみなんて着ていられるモンだ」
「僕が選んだんじゃないからな!」
 広場の西側にあるお菓子の配給コーナーでは、電飾ツリーと化したリアム・ミラーが鈍名 レイジを前に、必死で自己弁護中である。
「あは。リアム、すっごく暑そう」
 シャツワンピースを着て涼しげなトリシア・トールズソンが、緑色に塗られ汗だくなリアムの顔を見上げて小さく笑う。
 戦場の中で育った彼女にとって、クリスマスを楽しいイベントとして迎える事など、LHに来て初めて知ったようなものだ。半壊した町で必死に今日を楽しもうとする子供達の笑顔が、とても眩しく、感慨深い。 
「暑いよ。6割は電飾のせいだけど」
「仮装を人に任せるから、タイツなんかになるのよ」
 フフン、と勝ち誇ったような言葉を投げたのは、キュートなミニスカサンタ姿でお子様とお父様がたに大人気な愛梨である。
「僻むなよ。ちょっと注目度で僕に負けたからってさ」
「だっ、誰も僻んでなんかないわよ!」
 憎たらしい動きで葉を揺らして愛梨を挑発しつつ、リアムは広場に到着したばかりの萩野 樹に「どっちがより目立っているか」とジャッジを求めた。
「二人とも、いいと思う。‥‥でも、一番頑張ってるのはリアムさんか、な」
 客観的な評価を頂き、より調子に乗って愛梨を挑発するリアム。しかし、目立ったが故に即座に子供達に群がられ、情けない悲鳴を上げるハメになってしまった。
「お疲れ様です‥‥」
 その惨状を見て一筋の汗など垂らしながら、樹は心の底から労いの言葉を洩らす。
「よしっ、じゃあ、私も働いて来ようっ」
 トリシアは笑いながら、リアムに群がる子供達のほうへと駆けて行った。「どうだっお姉さん、凄いだろー」と、大道芸人も顔負けの大胆なバク宙やジャグリングを披露する彼女に、子供達の拍手と歓声が巻き起こる。
「ま、どっちが勝ちなんて今日は無しだ。似合ってるぜ。お二人さん」
「あたしが似合うのは当たり前でしょっ」
 苦笑混じりに言うレイジにツン、と言い返し、集まって来た子供達をポラロイドで撮影する作業に戻る愛梨。
 自腹のフィルム代と画用紙代は少し痛かったが、愛梨は子供達の笑顔を写真に収め、沢山のクリスマスカードをプレゼントした。
「リアムーー! 僕、仮設テントとか廻って来るネ!」
「ぅあ、ラウルさん重い。地味に一番重‥‥!」
 子供達とラウルに圧し掛かられ、ぐえ、とカエル的な呻きを上げるリアム。彼を助け起こしたのは、白い袋を抱えたサンタさん、ならぬ無月であった。
「白い袋のプレゼント‥‥子供達が喜びますよ‥」
 くすくす笑いながら、白い袋を差し出す無月。すぐさま子供達がその中身を察し、パァッと顔を輝かせた。
 無月はその小さな頭を優しく撫で、「‥いい子にしていた人は?」と問い掛ける。元気良く手を上げる子供達に一人ずつ、小さなお菓子を握らせていく二人。
「思花さん! お久しぶりです!」
「リア‥‥久しぶり」
 広場を去ろうとした思花に声をかけたのは、赤宮 リア。中々会う機会の無かった二人は暫くの間、互いの近況を報告しあった。
「では私はそろそろ‥‥彼と楽しいクリスマスにして下さいね♪ ふふ‥‥また会いましょう」
 思花と別れたリアは、無月と一緒にお菓子を配っているリアムへと近付いて行く。
「リアムさん、こんにちは。あの‥‥私、お聞きしたいのです。あなたが山羊座と――お母様とお会いした時の事を」
 焔と一緒に子供達の相手をしていた羽矢子が、ラウルに視線を送り、後ろを気にしている思花を広場から連れ出させる。
「‥‥いいけど」
 ツリーに扮したリアムの表情はわかり辛いが、『その時』の事を説明する彼の声は、暗く、辛そうな響きをもって伝わってきた。
「そんな事が‥‥。ですが、母親が実の子の事を完全に忘れるなんて、有り得ないと思います。例えどんな事があったとしても‥‥」
「‥‥そうかな」
 ボソリ、と小さく返すリアムの目が、リアの青い瞳を捉える。
「思い出させる方法は必ずある筈です‥‥。何か思い出の品とか無いのでしょうか?」
「UPCは僕の素性を知ってたから、それっぽい書類を渡されたことはあるんだけど。けど僕は内容を読んでないし‥‥」
 以前、プリマヴェーラ・ネヴェの友人であるテシェラを尋ねる際、元義父である北中央軍のミラー大佐から預かり、テシェラが収容されていた施設で提出した紹介状のようなものがあった。
「そうですか‥‥UPCが発行した書類‥‥」
 真剣な表情で呟くリア。
 テシェラが収容されていた町‥‥それは要するに此処である。しかし、それは山羊座にとって証拠になるだろか。
 リアはリアムから詳しい事情を聞くと、
「お母さんを救う事が出来るのは貴方だけです。諦めずに頑張りましょうね! ゴメンなさい、こういう日にこんな話をしたりして‥‥」
 ぺこり、と一礼して広場から走り去った。
「‥‥‥」
 棒立ちのままリアを見送るリアムの、その葉に覆われた背を、無月の手が撫でる。
「ごめんなさいね‥‥でも‥詳しい事情は知りませんが、自分が信じた道を‥‥自分の心が想う結果を目指して進むと良いですよ‥‥」
「うん‥‥ありがとう、無月さん。でも‥‥リアさん、慰問の仕事はしないのかな‥」
「‥‥‥」
 

「おにいちゃん、この歌しってる?」
 トナカイ仕様に茶色く塗ったパイドロスを徐行させてソリを曳き、広場の片隅を行ったり来たりしていた樹。子供達に言われ、ふと、ケイやリュイン、百合歌のライブに耳を傾ける。
「おばあちゃんが、歌ってたんだ」
 寂しそうな顔で、一人の子供が下を向いた。
 彼の祖母は、もういないのだろうか。つられて、何人かの子供達もまた、寂しそうに表情を曇らせる。
「‥‥。この歌は、クリスマスの歌なんだ。どんな人にも、楽しいクリスマスと、素敵な一年が来ますようにって。それから」
 樹は、端切れで作った小さな手作りの人形を子供達に握らせ、悲しそうな顔をした子を抱き上げてソリの上に乗せた。
「反戦の、歌なんだ。みんながそうしたい、って思えば、戦争は終わるよっていう」
「そうしたいって思えば‥‥」
 子供たちは、ライブスペースから聞こえてくる人々の合唱に耳を傾け、噛み締めるようにその歌を聞いていた。
「よし、今日はクリスマスだから、目一杯、楽しもう」
「うん! あたし次、ソリに乗る!!」
「次はボクだよ!」
(楽しいクリスマス、こっちはNATALか。に、できてるかな)
 ゆっくりと地面を滑るソリの音と、それを追い掛ける子供達の声を聞きながら、樹は少し微笑みを零した。 
 

    ◆◇
 ウサギの着ぐるみを着た空閑 ハバキは、一人で仮設テント街を廻り、子供達に限らず通りかかる人全てに、プレゼントを配っていた。
 袋に詰まっているのは、透明な袋で包んだ手作りのジンジャーブレッドマン。
 つい治安の悪そうなほうへと行ってしまうので、ウサギ姿では絡まれることもあったのだが、そこは笑顔でプレゼントを渡した。
「夜の礼拝、忘れずにね」
 そう言って飄々と去っていくウサギに、地元の不良少年も何となく肩透かしを喰らったような顔を見合わせるばかり。
「おや、可愛いウサギさんだね。こんなばあちゃんにもプレゼントをくれるのかい?」
「メリークリスマス、おばーちゃん。体に気をつけてね」
 にこっと笑って見せて、首の懐中時計を揺らしたウサギがテント街を進んでいった。

 リングベルを鳴らしながらハイテンションでテント街を練り歩いているのは、先程広場から移動してきたラウルと思花だ。
「Feliz Natal! 広場で楽しいコトやってるヨ。皆でお祝いしよー♪」
 鈴を鳴らしながら宙返り。チンドン屋のように派手な音や動きで皆の注目を集める作戦である。
 ラウルについて歩き、拍手と歓声を送る者。話を聞いて広場へ繰り出そうかと相談し始める者。テント街はにわかに騒がしくなってきた。
 思花はラウルの後ろで鈴を鳴らしながら、無月に託されたお菓子を配って回る。
「Feliz Natal! 皆広場においでー! 配給も屋台もライブもあるヨ♪」
 少し開けた河原に出ると、ラウルは不意に、背後の思花を振り返った。
「はい、思花サンも一緒に☆」
「えっ‥‥」
 あまり普段声を張らない彼女は、どうしようかと一瞬迷いの表情を見せる。
 頑張って声を出そうとしてみたが、やはり中々、ラウルほどの宣伝効果は得られなかったようだ。


「配給所や炊き出しでは、兎に角被災者の不満が暴発しやすい。混乱が生じないよう十分に注意願います」
 仮設テント地域で炊き出しの準備をしながら、アルヴァイムの懸念は尽きる事がない。町に着くなり軍とボランティアスタッフと協議し、食糧の現地調達、警備体制への助言、さらには自腹で購入してきた日用品や中古の玩具、古着の配布を依頼し、現在はひたすら野菜を切っている。
 その様子を見ながら、妻の百地・悠季は思わず苦笑を漏らした。
(ただのデートじゃ、逆に落ち着かないでしょうから仕事にしてみたけれど)
 最近の悠季はすっかり半休状態なのだが、夫のアルヴァイムは相変わらず世界中を飛び回る日々である。その合間にただ一緒にいるだけよりは外に出たほうがお互い気晴らしになるだろうし、それに、アルヴァイムはデートに連れ出したところで仕事が忘れられない人間なのだから、いっそ最初から仕事で来て、そのついでにデートを楽しんだ方が良いのだという結論に達した。
「カレー炒飯の配布を手伝ってくれる? 手が足りていないようよ」
「承知した。スープも完成したなら、そちらにも人を回してもらおう」
 本日のメニューは、『カレー炒飯』『豆と根菜のミネストローネ風』。野菜不足と見た目の豪華さ、調理の手間を考慮した末の2品である。
「あんた、もしかして傭兵さんかい? ありがとう」
「治安は悪くないかしら? 復興の目途が立てばいいけれど‥‥」
「今は近くの町の人たちも助けてくれるし、本当にありがたいことよ」
 悠季は一人ひとりにスープを配りながら、励まし、町の状況を尋ね、世間話をしては彼らの心を解そうと努力していた。皆、朗らかな顔で礼を言い、スープを啜っている。
「テントに寝たきりの妻と子供がいるんだが、3つずつ貰えないか?」
「なるほど、では、配給証でご家族の人数を確認させて頂けますか?」
 中にはズルをしようとする者もいたが、しっかり現地スタッフと打ち合わせしていたアルヴァイムを騙すことはできなかった。被害の割には、心配していたほどの混乱もない。
 アルヴァイムはカレー炒飯を配りながら、避難民の不満や心配事を根気よく聞いてあげていた。
「あ、おかーさん! みて! まほうつかいがいる!」
「おや、僕の正体を見破るとは、只者ではありませんね」
 配給所の傍を通りかかったのは、魔術師の変装をしたソウマであった。見破るも何もそのままの格好なのだが、子供のテンションを上げるために演技でヨイショし始める。
 すぐに子供たちがワラワラと集まってきて、「魔法見せてー」とせがまれ、囲まれた。
「いいでしょう。このコインをよく見て下さい」
 ソウマはポケットから硬貨を取り出し、手のひらに乗せて見せる。食い入るように見つめる子供たち。
 そしてハンカチをかけ、3秒カウントしてから、再び手の中を皆の方へと向けた。
「ほらこの通り、コインがクッキーに! この魔法のクッキーを貴方に差し上げますよ」
「うわあ! すごい! ありがとう!」
「僕にも! 僕にもやって!!」
 それは所謂手品なのだが、周囲の大人たちを巻き込んで拍手喝采。大好評であった。
「なになに? 魔法使いがいるの?」
 そこへ、一人の子供に手をひかれてやって来たのは、ウサギの着ぐるみを着たハバキである。
 少し離れたテント街でジンジャーブレッドマンを配っていたのだが、騒ぎを聞きつけてやって来たようだ。
「わ、すごい。じゃあさ、コレでやってもらってもいい?」
「いいですよ。こちらもそれほどお菓子を持っていなかったので、助かります」
 ウサギと魔術師の短い密談。
 わくわくして見つめる観衆の前で、ソウマが大きなハンカチを空中でバサバサ振って見せる。
「わあ! ジンジャーブレッドマンだ!」
「やったぁー!」
 するとどうだろう、ハバキがもっていた筈のラッピングされたジンジャーブレッドマンが、ハンカチの中からポロポロ零れ出したではないか。
 大喜びでそれを拾う子供達。周囲の大人達も子供心をくすぐられたのか、人の形をしたそれを拾い上げ、懐かしそうに頬を緩めていた。
「まほうつかいさん」
「どうしましたか?」
 皆がお菓子を拾う中、ソウマの服の端を引っ張る男の子。彼はじっとソウマを見上げ、口を開いた。
「まほうで、パパを生きかえらせて?」
「‥‥‥」
 ソウマは少し沈黙し、ハバキのふわふわの腕が男の子を抱き上げる。
「魔術師の掟で、それはできないのです。‥‥その代りに、貴方の声を天国のお父さんに伝える魔法をかけましょう」
「ほんと?」
「ほんとだよ。お空に向かって「僕は元気だよ」って言ってみて? きっとパパに届くから」
 ハバキの腕の中で、空に向かって叫ぶ男の子。届いたかな、と振り返った彼に、ハバキとソウマは笑顔で深く頷いてみせた。
「うおしゃー! かかってこーい!!!」
 スッキリした顔で遊び始める男の子と、ウサギのハバキ。
 ソウマはそれを見て微笑みながら、ゆっくりとその場を後にした。


    ◆◇
 総合病院には、多くの負傷者が入院し治療を受けている。
 当然のことながらベッドが足りず、軽傷の者は廊下や待合所にマットを敷いて収容されている状態だった。医師や看護師は重傷者の治療に手一杯の状態が続き、中々治療が受けられないままの患者も多くいるようだ。
「ん‥‥どうした。何の曲がいいんだ? 言ってみな」
「えーとねー、トナカイさんのうたー!」
「トナカイの歌、か。これのことか?」
 秋月 愁矢は、病院の玄関ロビーに軽傷患者を集め、ヴァイオリンを披露していた。最前列には子供達、その周りには大人達が座り、退屈な入院生活を彩るクリスマスの気配に心躍らせている。
 滑らかに、寸分の狂いもなく弓を操り、リクエスト通りの童謡を奏でる愁矢。子供も大人も歌い出し、殺風景なロビーにクリスマスソングの合唱が響き渡った。
「よし、じゃあ次の曲は‥‥」
 と、その時。不意に病院の玄関が開いて、手を繋いだ親子がロビーを通り過ぎて行った。
(うわ、綺麗な人だな‥‥)
 母親と思しき女性は、30歳前半だろうか。ウエーブした髪を一つにまとめ、サングラスをかけたラフな格好だ。子供のほうは4歳ぐらいの女の子で、母親より濃い色の髪に水色のワンピースを着ていた。
 愁矢はその母親のほうに見覚えがある気がして暫く見つめていたが、それが誰だったか思い出せずに頭を捻る。
「ねえねえ、風船でワンちゃんつくってー!」
「僕もー!」
「じゃあ、次はバルーンアートだ。見てろよ、世界最速に挑戦だ」
 子供達の声にふと我に返り、愁矢は細長い風船を手に膨らませ始めた。いつ破裂するかとハラハラする皆の前で、愁矢は素早く風船を捩じり、あっという間にプードルの形を作っていく。
「すごーい! 速い速い!」
「あとは、ほら。ウサギだ。やるよ」
 風船を貰って大喜びの子供達。愁矢はお菓子も持っているのだが、医師の指示で食べられない子には優先して風船を配っていった。
「すごいねぇ。ウチにも子供が2人いるんだが、腕が治ったら作ってやりたいもんだ」
「意外と難しくはないから、すぐ覚えられるさ。早く良くなってくれよな」
 骨折した腕を見下ろして残念そうに言う男性に、愁矢はウサギの作り方を教えてあげることにした。

「少しでも退院が早まれば‥‥」
 朧 幸乃は練成治療を使い、重傷者よりも軽傷者を優先して診て回っていた。重傷者を治療した方が良いようにも思われるが、さすがに集中治療室にまで入っていくことはできないし、それならば、すぐに治る軽傷者を治療して退院を早めた方が、最終的に入院患者の数が早く減り、医療従事者の負担軽減と院内環境の向上に繋がるだろう。
「ありがとう。痛みが引いたよ。こりゃ、すぐにでも歩けそうだ」
「ええ‥‥お医者さんと、今後のリハビリについて相談して下さいね‥‥」
 しばらく廊下を廻って治療に専念していた幸乃だが、そろそろ少し休憩を入れることにした。
(たしか‥‥どなたかが入院されていたんでしたっけ‥‥?)
 子供達にお菓子を配り、フルートで子供向けのクリスマスソングを奏でている途中、ふと、その事を思い出す幸乃。せっかくだからお見舞いでも、と思い立って病室に向かった。
 途中、ロビーで愁矢と、場所を移してきたらしいケイとレイジ、無月の姿を見かけたが、ひとまずそのまま階段を上がっていく。
 『マリア・テシェラ・トーレス』は確か、トリシア達の知り合いの元親バグア兵士だと記憶していた。幸乃にとっては、だからどう、ということも無い。
「失礼します‥‥?」
 ノックをして、扉を開ける。
 ベッドの上で辛そうに顔だけ動かした女性と、窓際に座る同年代の女性、その足元には小さな女の子が座っているのが見えた。
「アンタ誰?」
「‥‥‥。朧 幸乃です‥‥トリシアさん達の‥知り合いで。お見舞いに来ました‥‥」
 サングラスを外していたその女性が誰なのか、すぐに気付いた。迷わず、ロビーにいたケイに『情報伝達』で言葉を送ったが、幸乃自身は特に事を荒げる気も、かき回す気も無い。
「ありがとう‥‥あの子達は元気?」
「はい‥‥慰問に来ている人もいるので‥ここにも来るかもしれません‥‥」
 胸に傷を負っているらしいテシェラが、幸乃に笑い掛けた。幸乃もまた微笑み、返す。
 ただ静かにフルートを唇に当てて、短いクリスマスソングを奏でる。女の子が嬉しそうに手を叩き、幸乃がその小さな頭を撫でた。
「では、私はこれで‥‥。お大事に‥」
「ええ‥‥素敵な演奏をありがとう」
 幸乃はケイ達が来る前に、病室を出る。途中で擦れ違う時に少し言葉を交わしたが、引き返すこと無くロビーに戻り、演奏中の愁矢に呼ばれて慰問の輪に入っていった。
「今、この時間は誰かの犠牲の上にある‥‥大事な時間だ。目一杯楽しい事に使ってやってくれ。皆その方が喜ぶだろうから」
 愁矢が、ロビーに集まった入院患者を前に、静かな口調で語りかける。神妙な表情でそれを聞く皆を見つめ、再びフルートに唇をつける幸乃。
 愁矢のヴァイオリンと、幸乃のフルート。二つの楽器が奏でるレクイエムが響き渡り、祈りを捧げる人々の胸へと染みていった。

 テシェラの病室へ向かったケイとレイジは、露骨に嫌そうな顔のプリマヴェーラと対峙していた。
「サンタさーん!」
 が、彼女の足元にいた少女が弾かれたように声を上げ、病院慰問のためにサンタ服を着ていたレイジに駆け寄ってきた事で、室内の時間が動き出す。
「Feliz Natal。今日は」
 椅子に座り、少女を膝に乗せてサンタのフリを始めざるを得なくなったレイジを横目に、ケイがプリマヴェーラに声をかける。
「――何故こんな所に?」
「あら、リア」
 ケイの背後から響いた声は、リアのものだった。
 テシェラが収容されていた施設に行ってきたものの、リアムの言う書類を見る事ができず、手掛かりを探しているうちにテシェラ本人に辿り着いたようだ。
「こうして直接会うのは初めてでしたね。私は赤宮リア、貴女とは何度も戦った真紅のアンジェリカ乗りです」
「ああ‥‥」
 思い出した、という表情で、ようやく声を洩らすプリマヴェーラ。不意に、ベッドの上のテシェラが口を開いた。
「私を探して来たのよ‥‥リアムの事で」
 彼女の3人の子供が死んだのは自分と一緒の時だったから、と、テシェラは言う。
「私はインヴェルーノが生きてるなんて知らなかった。でも、あの子が尋ねてきた時、UPCの説明なんか無くてもすぐにわかったと思うわ。‥‥あなたは彼の顔を忘れているから、無理かもしれないけど」
「だって」
 まるで、テシェラを傷つけたのが自分である事を忘れたかのように、プリマヴェーラは唇を尖らせた。
「信じられるわけないじゃん。UPCが用意した別人なんじゃないの?」
「そんな‥‥」
 リアは、「違う」と言い切る材料の無い自分が歯痒かった。
「‥‥何故信じないの? あたしは知りたいわ。貴女は何を考えて、何を欲しているの? 何を怯えているの?」
 リアが口を閉ざすと同時、ケイはプリマヴェーラの瞳を真っ直ぐに見詰め、問うた。
 彼女は暫くその緑色の両目を見返して言う。
「‥‥‥。あたし達は親バグア派だったけど、人間だった。UPC軍はみんな殺した。戦争だから、親バグア派を殺すのは必要な犠牲だって言ってさ」
 レイジの膝から少女が降りて、プリマヴェーラに駆け寄った。それを抱き上げて頭を撫でながら、彼女は言う。
「戦争だから必要な犠牲って何? 結局、他人事だから言えんじゃない? みんな思い知ればいい。散々バグアに抵抗して戦争長引かされて、自分の身内を殺されて殺されて、「彼らの死は無駄ではない」とか、訳わかんない言い訳聞かされればいいのよ」
 吐き捨てるように言い、彼女はケイとリアを押し退けて病室の扉を開けた。
「貴女は強い。でもその分、脆くて弱い‥‥」
「人間なんて、そんなもん。アンタ達だって強化人間やキメラを殺す時、自分に言い訳しない?」
 ケイの言葉に、ふっと笑って返すプリマヴェーラ。レイジに手を振る少女の事を問うたリアにも、彼女は「ただの孤児」と答えるのみ。
「今日はクリスマスだ。楽しい思い出があれば浸るのもいいさ。‥‥あんたは誰と、どうやって過ごしていたんだ?」
「‥‥最後のクリスマスは、インヴェルーノがスープひっくり返して病院に担ぎ込んだとか、大騒ぎよ。次の年からは、静かになったけど」
 レイジの問いに答えたその声は、寂しい色を滲ませていて。

「私は諦めません! いつか必ず貴女を連れ帰ります‥‥!」
 去っていく彼女の背に、リアは思わずそんな言葉を投げ掛けた。


    ◆◇
『それでは、最後の曲です』
 日が暮れかけた広場で、百合歌は天使のように柔らかな微笑みを浮かべ、オリジナルの曲を奏で始める。

    不思議だね

 透明感のあるリュインの歌声が、広場中に響き渡った。

    笑顔はしあわせ呼び しあわせは笑顔呼ぶ
    幸福の永久連鎖

 明るくて柔らかな、バラード調の曲。
 『Link』と名付けられたその歌に、人々はただ聞き入っていた。

    繋いでいこう どこまでも
    けして枯れない笑顔の花 咲かそう

『聴いてくれて、ありがとうございます』
『これでライブは終了だ。良いクリスマスを』
 笑顔が幸せを運びますように。その想いを込めた最後の曲が終わると、二人には人々の惜しみない拍手が送られた。


「愛ちゃーん!」
「あら、ハバキじゃない?」
 配給所の片付けを始めていた愛梨に、ハバキウサギが駆け寄ってきた。どうやら今まで、テント街を歩き回っていたらしい。
「はいっ、ジンジャーブレッド!」
 プレゼントを取り出し、愛梨に手渡すハバキ。
「俺もね、ちっちゃい頃に貰ったんだ。スラム暮らしだったから、珍しくて。何日もかけて、ちょっとずつ食べ‥‥って、愛ちゃん?」
 「ウッ」と微妙な声を上げた愛梨を見て、ハバキが不審げな顔を向ける。
 何でもない!と両手を振る彼女。
「ありがと。この後どうするの?」
 尋ねられ、ハバキは少しだけ照れたような表情で首を横に振って見せた。
「もう帰るんだ。彼女の国では恋人達の日だから‥‥さ」
 ハバキは顔を上げ、遠くLHの方へと顔を向けた。


「‥‥。ごめん焔、もうちょっと付き合って」
「え? 何スか、姐御」
 夕日の中、けもしっぽで子供たちと遊んでいた羽矢子は、広場から続く道の先に目を留めて焔を呼んだ。
 結局悪ガキに群がられて馬車馬のように走らされていた焔は、急に真剣な表情になった羽矢子を見て、ガスマスクの首を傾げてみせる。

「ねえ、おじちゃん。なにしてるの?」
 無垢な瞳で見上げる少女。コートを羽織った男の胸元からは包帯が覗き、顔色も良いとは言えない。
「病院を脱走したが、行くあてがなくてね。人を見ているのだよ」
 依頼料を受け取り仕事として来た傭兵達とは別なのか、重傷を負った状態でふらりとこの町を訪れ、そのまま病院送りにされたUNKNOWNである。
「ワインを1杯どうかね?」
 UNKNOWNは何となく、隣に立つ母親の方にそう声をかけた。
「いらない。アンタ、怪我人が呑んでどーすんのよ」
 半眼で胡散臭そうに言う彼女に、UNKNOWNは僅かに苦笑いを浮かべる。
「酒は薬代わりの――‥ま、私の事はいいだろう。何か探しものかね?」
「ううん。いまからおばちゃんのお家にいくの」
「おばちゃん、か‥‥」
 母子ではない事を悟ったUNKNOWNだが、ふとヴァイオリンを取り出し、少女の前で弾いて見せた。
 嬉しそうに聞き入る少女と、手を繋いだまま彼を見下ろす女性。
「――おや。もう行かなければ」
 視線の先に何を見つけたのか、慌ててヴァイオリンを仕舞い立ち上がるUNKNOWN。
 何かあれば連絡を、と女性に名刺を握らせて早足で去った彼と入れ替わりに現れたのは、羽矢子と焔であった。
「どうも、サントナカイっす、どうです? 背中のそりでドライブでも? ぐへへ――ギャッ!」
「へんなひとがいるー!」
 早速鼻の下を伸ばして女性の足元に滑り込んだ焔だったが、即座に少女に捕まり、角を引っ張られてガスマスクを奪われかけている。
「平凡な親子で‥見間違いで終わってくれたら良かったのに‥‥」
 人違いでなかった事を確信し、ぽつりと呟く羽矢子。ゆっくりと、少女の傍らにしゃがみ、その顔を覗き込んだ。
 茶色い髪に緑色の瞳。コルテス大佐やソフィア・バンデラスに似てはいまいかと確かめるが、確信は持てない。
「‥‥あたしは羽矢子。あなたの名前は?」
「アナクララ。アナ・クララ・ヒサイシ!」
「久石?」
 少女の外見にその特徴は少なかったが、その名前には日系の響きがあった。
「その子はただの孤児。ここで拾ったの」
「何の為に‥‥?」
「個人的な考えだけど。友達って、いた方がいいと思わない?」
 プリマヴェーラは羽矢子の顔を、探るような目で見ながらそう答えて、微笑う。
 立ち去って行く二人の足音を背中で聞きながら、羽矢子はその言葉を、胸の中で何度も反芻し続けた。


「お姉さん、貴女には何か良い事が起こりそうですよ。良ければ私に占わせてくれませんか?」
 ソウマは日が暮れても、人々を元気づけようと広場へやって来た。若い女性を中心に占いは大好評だったが、悪い結果が出ても落ち込ませないよう、ソウマはとにかく気を遣っていた。
「‥‥それはどうかしら‥‥」
「何故だ? 美味いぞ」
 パンやスープ、チキンにポテト。
 屋台で買ったもの全てにタバスコを振って食べるリュインを見て、百合歌は思わず苦笑を洩らした。
「夏のクリスマスも良いものだな」
 星空を見上げ、ぽつりと言うリュイン。
 百合歌は何もかかっていないポテトを一口食べると、ヴァイオリンを取り出して立ち上がった。
「ふふふ‥‥素敵な夜だもの。恋人達の時間を素敵に演出しちゃうわ。BGMはお任せあれ!」
 

 日が落ちるまで続いた炊き出しでクタクタにも関わらず、アルヴァイムと悠季の二人は、デートという名の警備巡回中であった。
 アルヴァイムの服の下には超機械が隠されていたし、彼はひたすら周囲に目を光らせていたけれど、悠季にとって今この時間は、誰が何と言おうと『デート』であった。
「どう? 何か問題ありそう?」
「警備兵の数もそれなりに充実しているようだ。混乱に乗じた軽犯罪は起きても、大事にはならんだろう」
「そう。じゃ、少し休憩しましょう?」
 ちょうどいい位置にベンチを見つけた悠季は、傍の屋台でコーヒーを二つ買い、休憩を勧める。アルヴァイムが腰掛けたのを見て、夏にしては近い距離で腰を下ろした。
「暑い?」
「いや」
 寄り掛かってから訊いた悠季へと、アルヴァイムは視線を向ける。
 今日はクリスマス。悠季はいつもより、少し余計に甘えてみることにした。


「はい思花サン、あーん」
 広場から少し離れた公園で、ラウルと思花は屋台の食べ物を手に、もはや恒例となりつつある儀式を行っていた。
 ちなみに、思花は未だに照れている。
「星、キレイだネ! あれ何座だろー‥‥」 
 南半球から見える星空は新鮮で、空を見上げてキョロキョロしているラウルを見て、思花が少し笑った。
「‥‥山羊座ではない‥と思うよ」
 言われて、パッと振り向くラウル。
 いつもより少し過剰に明るく振る舞うラウルに、思花が気付いていないわけはなかった。
「‥‥メリークリスマス。今日も一緒に居てくれて‥‥ありがとう」
「メリークリスマス。僕も言うネ」
 自分を見上げる思花を暫く見返し、ラウルはその体を抱き締めた。
 目を閉じて、キスをして、もう一度目を開ける。
「一緒に居てくれて、ありがとう」


「‥‥これでもう‥大丈夫‥」
「おにいちゃん、ありがとー!」
 広場が落ち着いてから病院へやってきた無月は、幸乃と同じく練成治療などで負傷者の治療にあたっていた。
 元々入院患者が多いところへ外来で訪れた子供の切り傷を治療し、元気に帰っていく姿を手を振りつつ見送る。
 火傷を負って入院していた女性が、見る間に痛みを和らげる練成治療の光を受けて涙ぐみ、無月はそれでも、当然のことだからと微笑んでいた。


「そう‥‥ここに来たんだ」
 愛梨とトリシアを伴ってテシェラを見舞いに来たリアムは、レイジやケイから昼間の出来事を聞き、小さくそう呟いた。
「洗脳が解けりゃ早いんだが‥‥やっぱりそれは難しいか?」
「そうね‥。私は数年で抜けたけど、あの子の洗脳はたぶん、もっと強いわ。そう簡単には‥‥」
 レイジの問いを受け、苦い表情を浮かべるテシェラ。
「‥‥ね、リアム。まだお菓子余ってるよね? 配りに行かない?」
 無言で俯いたリアムの肩を、トリシアがポン、と叩く。
「今から?」
「うん。だって、病院にはまだ貰ってない子がいると思うんだ。一緒に行こ?」
 精一杯の笑顔で、トリシアはリアムの手を引いた。リアムは彼女の気持ちを察したのだろうか、思いの外素直に、彼女の後について歩き始める。
「ま、待って」
 しかし、トリシアがお菓子の袋をゴソゴソしている間に、今度は愛梨が病室から飛び出してきた。トリシアに見えないように、何かを差し出す。
「作り過ぎちゃって困るから、あんたにあげる!」
「‥‥‥」
 ずい、と差し出されたそれを見て、リアムのこめかみを冷や汗が流れた。
「じ、ジンジャーブレッドマンよ」
 明らかに人型ではない、妙に黒っぽいそれを間に挟み、二人は暫く沈黙する。
 捨てればよかった‥‥と愛梨が後悔し始めた頃、リアムは一つ息を吐くと、パッとそれを受け取ってトリシアから隠すように鞄に入れた。
「‥‥困ってるんなら貰う。食べられなくはないだろ?」


     ◆◇
「バスまだかなー。早く帰りたいのに」
 町外れのバス停で、高速移動艇ターミナル行きのバスを待っていたハバキは、ふと、隣に座った母子に目を遣り、一瞬動きを止めた。
 その人と目が合って、ハバキは暫くその金色の瞳を見つめていたけれど。
「メリークリスマス」
 ただ微笑んで、ジンジャーブレッドマンを差し出した。