タイトル:【HD】阿仁亀島の霊マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/11 12:00

●オープニング本文


※このシナリオはハロウィンドリームシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。


 瀬戸内海に浮かぶ孤島、阿仁亀島。
 切り立った崖が周囲を取り囲み、鬱蒼とした森に覆われた小さな島だ。
 兵庫県側に面した海には入江があり、白い砂浜が広がるそこだけが、この島への唯一の上陸地点となっている。
 かつて、とある資産家が所有していたというこの阿仁亀島には、一つだけ人工の建物があった。
 砂浜から森の小路を辿った先に聳える、古い洋館だ。
 大正時代に建てられた洋館は所々が傷み、お世辞にも綺麗とは言い難いが、現在は兵庫の海運会社に買い取られ、貸別荘として使用されている。
 美しい紅葉と青い海を独占できるということで、夏から秋にかけては予約が殺到する人気のリゾート地となっている阿仁亀島。
 しかし、この島には、恐ろしい言い伝えが存在するのだ。
 何十年、何百年もの間、近隣の島で語り継がれてきた忌まわしき過去の記憶は、今も風化することなく、この島を覆い尽くしていた――。


「っていうわけで、これから行く島には幽霊が出るらしい☆」
 島へと向かう小型船の上で、ヴィンセント・南波(gz0129)はULT傭兵達を前に、軽々しくもそう告げた。
 来てから言うんじゃねーよ、等とブーイングを飛ばす者、一層楽しげに瞳を輝かせる者、と反応は様々であったが、爽やかな海風と穏やかな波が気分を鎮静化させるのか、本気で嫌がっている者はいない。
「なんかね、洋館が建てられるよりずっと昔、当時では理解され難い何らかの趣味だか性質だかを持った『男の人達』が、集団で移り住んだのがこの島なんだってー。だけど、そのうち色々あって争いが起きて、結局殆どの人が殺されたとか何とか。残った人は島を捨てて、この島は無人島になったんだけど、殺された人達の行き場の無い怨念が、島を訪れる人に災いをもたらすらしいよー」
 浜に上陸し、明日の朝迎えに来るという船を見送って、一行は森の中を進んで行く。
「‥‥雨?」
 最後尾にいた琳 思花(gz0087)が、額に冷たいものを感じて空を見上げた。途端、驚くべき速さで島の上空を暗雲が覆い、雷が重低音を響かせ始める。
 突然の大雨に見舞われ、全速力で別荘を目指す一行。
 どんよりと暗い森をバックに佇む洋館は、別荘としては大きすぎる規模と古さでもって一行を威圧し、まるで外部の者の侵入を拒んでいるかのように見えた。
「すみませーーーん!!」
 南波が大声を上げ、管理人を呼ぶ。しかし、薄暗い洋館に人の気配はしなかった。
「‥‥電話、通じないみたい‥‥」
 嵐で電話線が切れてしまったのだろうか。思花は玄関にあった電話を使おうとしたが、何の反応も得られない。
「ともかく、嵐が止むまでここに居よ。明日か明後日には晴れると思うし、そしたら迎えが来てくれるからさ。管理人さん探してみよ?」
 しかし、南波が皆にそう言い聞かせた、その瞬間!

「ッアーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 野太いオヤジの変な悲鳴が、洋館中に響き渡った。

「こっちだ!」
 一行は二階に駆け上がり、悲鳴が聞こえた部屋の扉を勢い良く開ける。
 室内には衣服が散乱し、雷光に照らされた窓の傍には――

「う‥‥た、助けてくれ‥‥アニキが‥‥ふんどしアニキの霊が‥‥来る‥‥!」

 衣服を剥かれ、大切な何かを失ってしまったらしい管理人、リカルド・マトゥラーナ(gz0245)が、恐るべきワードをうわ言のように呟き、倒れていたのだった‥‥。


 そう、この島の名は『阿仁亀島(あにきじま)』。
 ガチムチ兄貴達の亡霊が男を求めて夜な夜な(まあ昼でもいいけど)現れる、恐怖の島だったのである‥‥!

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
張央(ga8054
31歳・♂・HD
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER
望月・純平(gb8843
32歳・♂・ST
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
エシック・ランカスター(gc4778
27歳・♂・AA
コッペリア・M(gc5037
28歳・♂・FT

●リプレイ本文

●佐渡川 歩(gb4026)による偏った報告
「幽霊? 科学的にあり得ませんよ」
 管理人さんがあんまり怯えるので、僕は男らしくそう言ってやりました。
 どうやら停電かな? この僕がその程度でビビるわけがありません。
 そんな事より、この貸別荘の管理人がむさいおっさん1名で、キャッキャウフフできるメイドさんはおろか、女性の参加者ですら琳 思花(gz0087)さんしか居ない――この現実の方が、余程問題なわけです。しかも、彼女は完全に男連れです。歴戦のイェーガーなラウル・カミーユ(ga7242)さんが、唯一の女性を独占しているわけですよ。
「ふんどしアニキの霊‥? よく分かんないケド、管理人サンが被害にあってるってコトは危険ぽいヨネ? しっかり思花サンのコト、守らなくちゃ! 僕、思花サンと同室にするカラ、なんばりんは一人で頑張ってネ!」
 そんな事言って、今夜は二人でキャッキャウフフするつもりですね? そうはさせません。
 ともあれ、ラウルさんはサラリと友人のヴィンセント・南波(gz0129)さんを切り捨てました。
「新種のキメラでも居るのか!? 休暇で非リア脱‥‥いや日頃の疲れを取ろうかと思ってきたんだが、なんだが凄い嫌な予感がする‥」
 またまた。秋月 愁矢(gc1971)さんまでそんなことを。
 幽霊もキメラもいるはずないじゃないですか。こんな小島にキメラを配置して、バグアに何の益があるって言うんです?
「確かに‥‥。休養に来た筈なのですが‥‥どうやら此処は戦場のようだ‥」
「えっ! 何で覚醒するんですか!?」
 やる気満々でいきなり覚醒したのは、終夜・無月(ga3084)さんでした。
 よく見れば、何でこの人だけ合羽着てるんでしょうか。しかもその下は黒鎧「ベリアル」。
 「嗜みです‥‥」とか微笑まれたところで、それを嗜んだ状態でバカンスを楽しむのは、僕にはちょっと無理です。さすが月狼総隊長。パネェっす。
「俺は霊媒体質‥‥憑依され易いんだ。気絶させてくれれば元に戻るが、な」
 憑依って何ですか。國盛(gc4513)さんまで、真剣な顔で何か怪しげな事を言い始めたようですね。
 それにしても、さっきから皆アニキアニキって騒いでますけど、ここにいる國盛さんがどう見てもアニキな件について。
「本当に出るなら、その道の方々専用の宿として売り出すか、軍が買い取って室内戦の訓練施設にすれば良いのでは?」
「無理無理無理無理! 貞操の危機を伴う訓練とか俺、無理だから!」
 張央(ga8054)さんの名案を、南波さんがまさかの全否定。ところで、張央さんが持っているバトルハタキは何ですか。どう見ても日用品に偽装したマフィアの暗器です。本当にありがとうございました。
「青い空、白い雲、輝くビーチにピチピチギャルの水着姿を堪能しに来たというのに‥‥」

 ピ チ ピ チ ギ ャ ル と か 死 語 (笑)
 
 17歳の僕に優越感を与えてくれたのは望月・純平(gb8843)さんでした。
「冒険心溢れる10代20代ならともかく、40代でアニキとデビュー戦は御免被りたいよ。さすがにキツイよねー」
 おっと。嫌なのは40代だからじゃないですよ、大泰司 慈海(ga0173)さん。そういうのは、僕も嫌です。
 えっ、何ですか? 悪そうな目付きで望月さんとアイコンタクトしちゃって。
「とーぅ!」
 彼らの視線を追ってみると、そこに居たのは、明らかに事態を把握してなさそうな様子でポーズを取るジリオン・L・C(gc1321)さんでした。
「改! 激! 烈! 俺様は! ジリオン! ラヴ! クラフトゥ! 未来の勇者様だ!」
「未来の? 今は勇者じゃないのか?」
「日々世界中の奥様方、及び旦那樣方から極上の傭兵と絶賛される俺様ジリオン様!」
「‥‥既婚者以外の評価はないのか?」
 僕も同じところが引っ掛かりましたけど、愁矢さんの疑問はジリオンさんの耳には届きませんでした。
「今日は戦士‥‥いや勇者の休息日! まさか‥‥まさかこんな勇者日和になるなんて!!!」
 何がですか。嵐ですよ。
「何であれ、骨休めですからのんびりしましょう。楽しくなるといいですね」
 無駄にやる気満々なジリオンさんを尻目に、アダルティな仕草でコートを脱ぎ始めたのはエシック・ランカスター(gc4778)さんでした。
 どう考えてもトラブルの匂いしかしないんですけど、そうですよね。そもそも幽霊なんていないんです。幽霊話に怯えて休暇を無駄に過ごすわけにはいきません。
「それにしても、なんて人達なの‥‥! 幽霊になってまで破廉恥な真似に及ぶなんて許せない! 私が残らず退治してあげるわ!!」
 何て表現すればいいんでしょうか? 2m近いボディビルダーがランニングと白衣を着てシナを作っている姿というのは。
 喋り方も何かと気になる点が多いコッペリア・M(gc5037)さんですが、ともかく彼は、心底管理人さんに同情しているようで――‥‥
「皆のキュートなお尻は、私のものよ!」

 違いました。

「上等だこの野郎! 慈海のケツは鉄よりかてえぞ!!」
「ぇっ‥‥、なんで貞操帯つけてることバレちゃったの」
 貞操帯ってどういう事ですか。
 いえ、そんな事はどうでもいいんですよ、望月さんに慈海さん!
 コッペリアさんがいかにも好きそうな線の細い美少(青)年なんて、僕を筆頭に(ここ重要)数えるほどしかいないじゃないですか!
 何か半ズボン半ズボン言いながらハァハァ言ってる最凶の敵がそこにいるじゃないですか!!
「ふっ‥‥」
 笑ってる場合じゃないですよ、UNKNOWN(ga4276)さん!
 今こそ、キュートでハンサムでクレバーでちょいワイルドな僕を変態の魔手から守るために、月狼と手を組んで鉄壁の防衛網を構築すべき時じゃないんですか!?
 UNKNOWNさんは不敵に笑って、雨に濡れたコートの襟とか正しながら言いました。
「積極的、だな。――可愛がってやろう」

 僕、帰りたいです。
 

●そろそろ普通に報告します
「こんなところでモタモタしてられないわ! グッボーイ&ナイスガールのために、その人達を捜し出してやるのよ!」
 相手は幽霊だと言っているのに、効くとも知れない鉄瓜槌を片手にオネェ走りで部屋を出て行くコッペリア。単独行動を危険と判断している者は多く居たが、同時に、コッペリアに同行する危険性も十分に把握していたので、敢えて付いて行く猛者は居なかった。
「あ、夕食はパインサラダをリクエストしていいですか? でも、停電を何とかしないと。僕、ちょっと見てきますね。あ、いいですいいです、一人で十分ですよ」
 歩は何気に死亡フラグを立てながら、UNKNOWNからちょっと大人なデザインの和蝋燭を受け取ると、さっさとブレーカーを見に行ってしまった。
「ジリオンくん。日本ではね、外人さんは湯上りは半ズボンをはくのが正式な作法なんだよっ」
「そうなのか?」
「そうだな。勇者たるもの、作法は守って当然だよな。‥‥畜生! 何で今日に限って半ズボン忘れるんだ俺って奴ぁ!!」
 コッペリアの姿が見えなくなったのをいい事に、ジリオンに妙な嘘情報を吹き込み始める慈海と純平。『勇者』の単語をつければ何でも信じそうなジリオンの、24歳にもなって未だ穢れぬ純粋さと単純さを利用した、実に卑劣な生贄作戦である。
「湯上りは半ズボンがマナーか! わかったぞ!」
 こんなこともあろうかと、と言いつつ、荷物の中から青色の半ズボンを引っ張り出して得意満面のジリオン。この自称勇者の意外な用意周到さは、何と彼自身の脛にまで及んでいた。
「安心しろ! 勇者たるもの、すね毛はつるっつるだ!」
 明らかに勇者を誤解している彼のズボンの下には、ムダ毛を悉く殲滅した美脚が覗いている。「こいつぁ思った以上に良いイケニエだぜ、へっへっへ」とでも言いたげな視線を交わす慈海と純平が実にイヤラシイ。
「よし! 善は急げだ! みんなで浴場へ行くぞ!」
「僕、行かナイ。部屋のシャワーでいいヨ。思花サンが入ってる間、見張っとかナイとだし」
「待ちきれないな! 先にいくぞ!」
「え? 聞いてる? 僕、行かナ―−」
 ジリオンは、全く聞いていなかった。
 とりあえずラウルには、彼が急ぐ理由を一切理解できなかった。しかし、彼はもう行ってしまったようだ。
「変わった人‥‥だね」
「勇者だからね」
 ポカン、とした顔の思花に、南波が意味不明の回答を返すが、
「そか。勇者って、イキナリ他人の家に上がり込んで無断でタンスから薬草取ったりするんだったヨネ! じゃ、話聞かナイぐらいで一々驚いちゃダメなのカナ?」
 少なくともラウルは納得したようなので、万事OKというやつである。
「‥‥俺は入りません‥。濡れてませんし‥‥無駄な危険は回避したいですから‥‥」
「俺も入らない。単独行動もやばそうだし、暖炉で暖まったら隊長と食材でも捜しに行く」
 メトロニウムの甲冑をガチャガチャ言わせながら現在も絶賛覚醒中の無月と、戦闘用の装備を入れた袋を引き摺り着替えるべきか否か迷っている様子の愁矢が、共に入浴を辞退した。
「私も部屋のシャワーを使うとしましょう。入浴は一人で済ませたいものですから」
「一人で大丈夫?」
「構いませんよ。今更、失う物もないので」
 管理人リカルド・マトゥラーナ(gz0245)を一瞥し、張央は意味深に笑って見せた。それはともかく、背中の刺青どころかそれを焼き潰された痕などは何となく他人に見せる気になれず、彼も浴場行きを断る。
 國盛はそんな参加者達を眺めて暫く考えたが、ややあって、顔を上げた。
「俺は‥‥共用浴場を使った方が無難‥だな。行くとしよう。温まってウィスキーの一つでも飲めば何か良い考えも出るかもしれん」
「では、私も浴場へ行こう。その後は夕食だね。簡単にできる温かいスープでも作るか‥‥。缶詰でもあればあれば早くていいのだが」
 UNKNOWNの言葉を聞いて、元々食材を捜しに行く予定だった無月と愁矢が「捜しておく」と声を上げる。
「俺も行きましょう。ジリオンさんを入れて4人位なら、同時に入れると思いますからね」
 冷えた体を温めないと風邪を引きそうなため、エシックも浴場へ行くことに決めた。三人は、とりあえずサロンか各自の部屋に荷物を置いて準備するか、という話になり、他の者も含めて移動を始める。
 だが、その瞬間。

「アッーーーーーーーーー!!!」

 歩の悲鳴が、洋館中に木霊した。


●ここからが本番です
 湯船に浸かり、勇者は華麗に待ちぼうけを喰らっていた。
「‥‥ふっ、遅れてきて俺様をじらす気か! 」
 それもそのはず。彼以外の参加者は、ブレーカーの前で尻を剥かれ心肺停止状態の歩を発見し、大騒ぎなのである。
 しかし、
「‥‥ぉ? 彷徨える魂達‥?」
 湯気で隠れた天井あたりに、何かが居る。
 それが白い褌を装備した兄貴の黒光りした肌だと気付くのに、それほど時間はかからなかった。
『はっはっは! この館で単独入浴とは‥‥小僧、ワシを誘っておるな?』
 まあ、兄貴もポジティヴ度は同レベルだ。問題ない。
「そ、そうか! この熱き魂に、道を示してもらいたいのだな! さあ! 俺様の熱い魂を掌で感じ‥」
『ふ‥‥愛い奴よ。よかろう! その熱い「塊」をワシに委ねるが良い!』
 艶っぽい声で囁くように言う兄貴。尚、熱い『魂』と『塊』は似て非なるものなので、兄貴が掌で感じて良いものとそうでないものがある事に注意して頂きたい。
 誘われたと勘違いした兄貴は一瞬のうちにジリオンの背後へと移動し、その背後を――
「あ、あぶないじゃないか! 俺様が勇者の必殺技、勇者よけで避けなかったら‥‥怪我をしていたぞ!」
 取られかけて、咄嗟に単なる瞬天足でかわすジリオン。だが、用意周到な勇者も後片付けが微妙になる事があるらしく、なんと石鹸を床に放置していたのが命取りになってしまった。
「ぅお‥‥?」
 つるん、と滑り、前のめりに転倒するジリオン。
 突き出された尻を、実体化した兄貴の両手が鷲掴みにする。

「ッアーーーーーーーーー!!!!!」



「‥‥ん?」
 客室でシャワーを浴びていたラウルは、例の勇者の悲鳴を聞いた気がして蛇口を捻り、湯を止めて耳を澄ませた。
「思花サン、今何か聞こえた?」
『‥‥さあ?』
 先にシャワーを澄ませた思花は、あまり離れるのは得策でない為、バスルームの扉の前で座って待っている。ラウルは首を傾げ、再び蛇口を捻ろうと正面を向いた。
「う‥‥!?」
 蛇口の下に、兄貴の生首が生えていた。
 思わず固まるラウル。そこが絶景ポジションなのか、髭面を満足気に歪ませる兄貴。
『‥‥どうしたの?』
 思花の声に金縛りが解けたラウルが、パッと飛び退って兄貴頭へとシャンプーのボトルを投げつける。盛大に液体が飛び散る中、兄貴は不敵に笑って壁の中へと消えて行った。
「な、何でもナイ!」
『そう‥‥じゃあ、一緒に入ってもいい?』

 ‥‥‥。

「え?」
 「じゃあ」の意味がわからず、訊き返すラウル。その時、シャワールームのドアノブがガチャッ、と動いた。
「え? え? ちょ、チョット待って? 思花サンさっきシャワー浴びたヨネ?」
『うん。でも入りたいから』
「せ、狭いカラ! 入れないってば!!」
『大丈夫』
 一体何が大丈夫なのか知らないが、異常を感じて咄嗟に握ったドアノブが、物凄い力で回り出す。どう考えても覚醒しているとしか思えない力で。
 おかしい。思花はこんなガツガツした女では無かった気がする。何だこの肉食系女子ップリは。
「ドア壊れるヨ! 何で? どしたの急に!?」
『ふふふ‥‥思花さんの体は頂きましたよ、ラウルさん』
「‥‥あゆむん?」
 ドアの向こうから聞こえたその声は、明らかに先程ショック死した歩のものである。ラウルは、思わず眉根を寄せた。
『僕、気付いたんです。女性に相手されないのなら男性に抱き締めてもらえばいいんだ‥‥って。ふふふ‥‥今は僕も兄貴達の仲間ですよ。人間に憑依するなんて朝飯前です』
「! 思花サンにそんなコト‥‥許さナイ!!」
 怒りに燃えたラウルがドアを開けようと一歩下がる。だがその背中に、何かが当たった気がした。
「‥‥え?」
『さあ、貴方もソドムという名の新しい世界へ誘ってあげましょう!』
 歩の叫びとともに、背後から襲い来る衝撃。
 兄貴の髭面が、再び満足気に歪められた――‥‥。


●まだ中盤です
「どうやら本当に霊障が起きているようだ、ね」
 3名が犠牲となった後の、夕食時。UNKNOWNが呟いたその一言に、食堂の空気は更に重みを増した。
「いや、霊じゃない。俺は新種のキメラを見た! 極めて悪性だ!」
「愁矢‥‥」
 ブンブンと首を横に振り、あくまでも認めない愁矢へ、労わるような視線を送る無月。
 愁矢はラウルの部屋から聞こえた異音に様子を見に行って、ちょっと色んなモノを見てしまったのだ。ショックのあまり現実を否定してしまう気持ちも、わからなくはない。それが若さというものだ。
 ジリオンを発見したのは後に浴場へ行った國盛達であったが、既に兄貴は満足して去った後だった。
「ラウル‥‥大丈夫? あの‥‥顔色が死人みたい‥‥だけど‥‥」
 ちなみに思花はその後正気に戻り、普通に食事を取っている。しかし、暗い表情で機械的に食物を口に運ぶラウルとジリオンの椅子には、管理人室からパクッてきた円座クッションが装備されているようだ。
「いいんだ‥‥思花サンが無事なら、僕の‥‥ぐらい‥‥」
「これが神の与えた試練というやつなのか‥‥! 伝説への道は険しいな‥‥」
 かなり追い詰められている二人を見て、顔を見合わせる慈海と純平。さすがにちょっと可哀想だったかと思いつつ、だが反省はしない。この世は弱肉強食なのだ。長い人生、自分が助かるために他者を囮にする事もあろう。
「張央は‥‥何事もなかったのか?」
「ええ、実害はありませんね」
 ちょっとドキドキしながら尋ねた國盛に、張央はシチューを口に運びながら鷹揚に答えた。
 実を言うと、彼は先程、コッペリアに憑依した兄貴、という最凶タッグ状態のモノにシャワールームのドアを開けられた。しかし、兄貴の自尊心を傷つける言動とコッペリアの気合が敵を退け、憑依を解く事が出来たのだ。
「ハロー、グッボーイ&ナイスガール! 今日も皆、半ズボンが良く似合ってるわ!」
「半ズボン人口は少ないですが。食事、できてますよ」
 食堂の扉を勢い良く開け、乱入してきたコッペリアに、エシックは極めて冷静な対応を返す。ちなみにジリオン以外、半ズボンは穿いていない。
「半ズボンをはいてるかはいてないかが問題じゃないの。心に半ズボンを持ってるかどうかが大事なの!」
「‥‥そうですか」
「心の半ズボンって何なんだよ‥‥」
 俺は持ってませんが、と呟き、わけのわからない事を喚き散らすコッペリアを華麗に受け流す無月。まだ修行が足りないのか、流し切れずに反応してしまう愁矢との対比が激しかった。
「まあぁーー! 素敵な半ズボンっ! 似合ってるわ!!」
 うっかり捕捉されてしまったジリオンが、コッペリアに激しく視姦されている。「お、おう! これがマナーだからな! 誰も穿いてないけどな‥‥」と、徐々にジリオンの元気がなくなっていくが、コッペリアにとってはそれすらご褒美である。

「さて‥‥こんな嵐の夜、おあつらえ向きな洋館ですから怪談でもしましょうか」
 食後はサロンに集まり、一同はエシックが入れた紅茶を飲みながら、彼の怪談を聞くことにする。
「お、スウェーデン製の暖炉か。これなら扱いやすくていい」
 UNKNOWNが暖炉に火を付けた後、エシックが静かに話し始める。それは、彼の母国である英国の怪談であった。
「お話はエリザベス1世の母君であらせられる、アン・ブーリン様が謂れなき不倫の汚名を受け、斬首された1536年まで遡ります」
 だいぶ遡った。
 エシックは色々と当時の英国について語ったが、そこは割愛する。ともあれ、洋館のゴシックな雰囲気と嵐の音が手伝って、彼の語りは中々雰囲気のあるものになっていた。
「‥‥以後、ロンドン塔では首のないアンの亡霊の目撃が後を絶ちません。去年ロンドンツアーの観光客から聞いた話ですが‥‥おや、こんな立派なドレスの方は観光客にいたかな? そういえば、何で先ほどから返事をしてくれないのだろうと不審に思いながら見上げると‥‥」
 突如、電気が消える。
 そして、皆が思わず天井を見上げると――
「ギャー!! 出たああああああ!!!!」
「キャーーーー! アンの亡霊よぉーーーー!!」
 暖炉の火に照らされ、首から上のない人間が浮いている。ビックリした純平は、不覚にもコッペリアと抱き合ってしまった。
『わはははははは!!! 可愛い奴らめ!! うっかりサービスしてしまったではないか!!』
「‥‥‥」
「‥‥‥」
 良く見れば、サービス精神旺盛なふんどしの兄貴が、天井に頭を隠すようにして浮いているだけである。
『さらばだ!』
「‥‥‥肝試しがてら、ブレーカーを見て来ようと思います。一緒に行ってくださる方はいますか」
 濡れ場ならぬ見せ場を終え、速やかに去って行った兄貴を醒めた目で見送りながら、気分を害したエシックは愁矢に借りたランタンを手に立ち上がる。じゃあ、と南波が彼について行き、部屋の中が少し暗くなった。
「俺は珈琲でも淹れて来よう。‥‥なに、キッチンはそこだ。大丈夫だろう」
 何気にこれも死亡フラグなのだが、気付かずキッチンへと消えて行く國盛。
 さらに人が減ったサロンでは、UNKNOWNがソファでゆったりと寛ぎ、無月が刀を抱いて周囲を警戒し、抜け殻のようなラウルとジリオンを思花が宥め、コッペリアがジリオンに張り付き、張央が兄貴用に建てる祠の絵を描き、慈海と純平がまたしても卑劣な作戦を練り始める。
「そういえば、管理人さん放置してるけど大丈夫なのか?」
 優雅にバイオリンを弾いていた愁矢が、こめかみに一筋の汗を垂らしながら、大事な事を思い出した。
「愁矢くん‥‥こういう時はね、そっとしておく方がいいんだよ?」
 ポン、と。肩に手を置き、沈痛そうな表情で言う慈海。まあ、腹の底では囮が増えたぐらいにしか思ってない。
「そう‥‥だよな。騒いで傷を抉るのも悪いか」


 一方その頃、キッチンでは。
(「‥‥! 貴様が噂の‥‥」)
 キッチン奥の食糧庫でコーヒー豆を捜している途中、いきなり目の前に現れマッスルポーズでアピールを始めた兄貴×1と、國盛が対峙していた。
 なぜか声が出ない。霊障の一種かもしれないが、食糧庫の扉も開かなくなっている。
(「しかし本当にガチムチだな‥‥いや、しかし俺もガチムチでは負けん!」)
 なぜ、そこで勝ち負けに拘るのか。
 衣服を勢い良く脱ぎ捨てボクサーパンツ一枚になった國盛が、兄貴に対抗して筋肉を盛り上げ、アピールする。
 何も知らぬ第三者が入ってきたら何事かと目を疑う光景だが、兄貴と國盛はあくまでも本気であった。
『くくく‥‥中々やりおるわ!』
 國盛のどのへんに脅威を感じたのかは謎だが、兄貴はダメージを受けたかのように慄き、幽霊の癖に額の汗を拭う。
『実に気に入った!! その体――ワシに渡してもらおう!!』
(「させん‥!!」)
 國盛の体を奪わんと憑依しに迫る兄貴。國盛は、マッスル対決をしただけなのに前のめりで攻めてくる兄貴の急所へと、渾身の力を込めて蹴撃を放った。
『う‥‥おおおおおおおおおっ!?』
 國盛の爪先に微妙な感触を残し、天井方向へ吹っ飛ぶ兄貴。霊体が軽すぎたのか、予想に反してそのまま上階へと消えて行く。
 だが、
「――!!」
『甘く見られては困りますね!』
 床から生えた歩の手が、國盛の足をその場に固定したではないか。そして背後には――。
 下半身に激しい違和感を感じながら、國盛は己の敗北に瞼を閉じた‥‥。 


「もう遅い。そろそろ眠るとしようか」
「もう1時ですか‥‥。俺は‥‥見張りをします」
 部屋に戻り、ワインなど飲み交わしながら談笑していたUNKNOWNと無月は、サロンの時計が1時の鐘を鳴らしたのを聞いてグラスを置いた。
 半裸の國盛がキッチンで発見され、ブレーカーを上げて戻ってきたエシックの態度にも違和感があった。彼は円座クッションにこそ手を出さなかったが、ソファに座る姿が微妙に空気イスだったのだ。あれは絶対にヤられている、と全員が確信したものの、足の負担が大きい彼はすぐに疲れ、自室に戻ってしまった。なので、敢えて問い質してはいない。
 なお、南波はどうやら行間で掘られたらしい。
「では、おやすみ」

「‥‥来ましたね‥‥」
 何時間ほど経った頃だろうか。壁に接している筈の背がさわさわと撫で回された感触に、無月は振り向き様に刀を振るう。
『ふふふ‥‥』
 切り裂かれた壁――そこから湧き出るようにして現れたのは、恨めしげな笑みを浮かべた歩であった。
 それが囮であることも、無月にはわかっている。歩に構わず、抜刀・瞬で小型超機械を取り出すと、真後ろで自身の尻を狙っていた兄貴へと電磁波を浴びせかけた。
『く‥‥う‥‥!?』
 少しは効いたのか、後ずさる兄貴。その、ふんどしを外して破廉恥にも実体化した下半身目掛け、無月の刃が襲い掛かる。
『き‥‥貴様‥‥!!』
 斬り落とされたそれが地面に落ちて四散すると、兄貴自身もまた、その存在意義を奪われたかのように夜陰に溶けて行った。そして、背後の歩へと電磁波を浴びせる無月。
『ちょっ!? SES武器使うとか反則ですよ〜〜!?』
 ビリビリと分解されていく歩。今までの人生が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。もう死んでるけど。
『やっぱり僕は女性の方がいいで‥‥す』
 歩が消え、静寂が戻った室内。
 一息ついた無月が腰を下ろそうと膝を曲げた瞬間、
「あっ‥‥!?」
 耳を噛まれ、咄嗟に刀を振り抜く。だが、そこには何もいない。
 続いて、今度は別方向から伸びた手が彼の体をまさぐり、無月は危機感を覚えた。刀を振るうが、当たらない。
「UNKNOWN‥‥君‥か?」
 千手観音の如く大暴れする黄金の指に幾度となく全身を嘗め回され、無月は疲れ以外の要素も混じり始めた荒い息遣いで友の名を呼んだ。
 これは霊障ではない。無月を超える回避力で刀をかわし、恐ろしいまでの命中力でさわさわしてくる黒い影が、闇の中に蠢いている。
「‥‥私は、寝ぼけているのだよ」
 その一言で、無月は悟った。
 奴は、本気だ。
 殺るか、ヤられるか。
 LH最強とも言われるベテラン傭兵同士の一騎打ちが、兄貴と全く関係ないところで始まった。


「た、隊長が‥‥!!」
 騒ぎを聞き付けて、無月のもとへと駆けつけた愁矢。
 しかし、彼は見てしまった。
 人間は兄貴の霊などいなくとも、ここまで恐ろしい事態を引き起こせるものなのか。
 どう見ても寝ぼけてないし、憑依もされていない黒い人が、ヒット&アウェイ的な動きで月狼総隊長を辱めている。
「今、助太刀します!!」
 勇気を出してドアを潜ろうとして、後ろから伸びてきた黒光りする腕に抱きすくめられた愁矢。その顔から、サッと血の気が引いた。
『ふははは! 邪魔せずとも良い。ワシが可愛がってやる』
「うわあああああああ!!!!」
 必死で暴れ、なんとか戒めを解いて莫邪宝剣を振るう。しかし気付けば‥‥2体の兄貴に挟まれているではないか。
「私のグッボーイになにするのぉー!!」
 その時、横合いから飛び出してきたコッペリアが、愁矢を守るように割って入った。コッペリアが天使に見えてしまった愁矢は、つまり、そこまで追い詰められていると言う事だ。
 だが、コッペリアは致命的に空気が読めない。それを失念して信用してしまったのが失敗だった。
「大丈夫? 可哀想なグッボーイ!! 精神的なケアが必要ね! 私が優しく看護してあ・げ・る☆」
「ち、ちょっと待て抱きつくなこれじゃ身動きが――!!!」

「「アッーーーーーーーーーー!!!!!」」

 二人分の悲鳴が、小さく響き渡った。



●悪い事はできないものです
 翌朝、昼近くまで眠ってしまった純平は、俄かに尿意を催してトイレに起きた。
「いやー! 爽快爽快! 囮を用意した甲斐があったぜ!」
 彼と慈海は、夜中の騒ぎの時も出て行くこと無く、ただひたすら気配を殺してベッドに潜っていたのだ。
 薄情とかではない。自分が可愛いだけである。

 ガチャ。
「‥‥‥‥」
 バタン。

 一瞬、便座に頬を赤らめた兄貴が座っていた気がするが、気のせいだ。
 きっとまだ寝ぼけているんだ、と自分に嘘をついて、純平は一目散にベッドへ戻り、フトンを捲る。

「‥‥‥‥」
 ぱさ。



「うおおおおおおおおおお!! 慈海さん助けてくれフトンの中にあにきあにむぐおっ!?」
 慈海の部屋のドアを開けるなり、純平は蹴り倒され沈黙した。
「望月くん。変態は、こっちがギャーギャー騒ぐと喜ぶんだよ。静 か に ね」
「‥‥‥はい」
 やっと嵐も弱まってきたのに、ここで騒がれて兄貴を呼ばれては困る。慈海は必死だった。
 慈海は朝食を皆と取ったのだが、愁矢の表情は暗く、コッペリアも尻を浮かせていた。無月が覚醒できないほど疲れ果てていたのには驚いたが、UNKNOWNの満ち足りた顔も非常に気になる。
「俺‥‥疲れてるのかな‥‥」
 ヨタヨタと部屋を出て行く純平、しかし。
「アッーーーーーーーーー!!!!」
「望月くん!?」
 悲鳴を聞いて飛び出した慈海が見たものは、筋肉質な腕に絡め取られ、自室へと吸い込まれて行く純平の足だった。
 咄嗟に部屋へ戻り、ドアを閉める慈海。
 だが、目の前には‥‥兄貴。
「ね、ねぇねぇ、いつも襲うばっかじゃ飽きるでしょっ。たまにはさ、攻守交代してみないっ? 中年オヤジの熟練の技でサービスしちゃうよっ」
『ほう‥‥やってみるが良い!』
 慈海はごくり、と唾を呑み込み、懐から縄を取り出し一か八か、兄貴へと飛び掛かった。
 実体化していれば亀さん縛りに――と、縄をかける。
『ふっ、遅い!!』
 エネルギーガンの発射より速く。実体化した兄貴が筋肉の隆起で縄を引き千切り、慈海の死角を取る。
 そこからはもう、スローモーションのように。
 慈海は45歳にして、新たなデビューを飾ったのであった。

 その後、洋館外の森の中で雨に打たれていた純平が発見された。
 声をかけると、「雨、冷てぇな‥‥」とだけ呟き、殉職した刑事のように尻を押さえて崩れ落ちたという‥‥。


「――っ‥‥」
 間もなく、迎えの船が来る。
 張央は最後にと入ったシャワー室で、熱い吐息を洩らしていた。
「がっつかないで下さいよ? こっちも久し振りなんですから‥‥」
 世界の裏側を生きてきた男は、自身の背後で蠢く浅黒い肌を横目で眺めながら、そんな言葉をかけた。
 今更、来るものを拒む気も、失うものもないのだ。
 傷と彫り物の痕が刻まれた肌に、シャワーのお湯が打ち付けられる。
 流れ落ちて行く水と排水口を見つめ、張央は抵抗することなく、兄貴に身を委ねた――。


●そんなことしたら‥‥
 帰りの船に乗り込んだ傭兵達は、異様な雰囲気に包まれていた。
 こんな島には二度と来たくない――その思いを込めて、無月は洋館に仕掛けてきた爆弾の起爆スイッチに手をかける。
 その時、純平がふと、顔を上げた。
「‥‥霊って土着の霊だよな。館爆破したら逆に」
「え‥‥?」
 
  ちゅどーーん。

「‥‥‥」
「‥‥‥」


 その翌日、対岸の兵庫県に謎のふんどし兄貴が来襲。
 解き放たれた欲望は留まるところを知らず、彼らの勢力は日本列島を縦断して遠くアメリカにまで飛び火したのであった‥‥。