タイトル:Alecrim−3−マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2010/12/10 07:50

●オープニング本文


「ソニア。お母さん、またいつか会いに来るからね」
 私は娘の墓標を撫でて、墓地を渡る風に目を細めた。


 私は、親バグア兵だった。
 幼い娘を背負ってUPC軍と戦った。
 ある日気付いたら、背中の娘の頭が無かった。
 私には、親友もいた。
 彼女の息子達を守って逃げた。
 ちょっと転んで振り返ったら、子供たちの上に爆撃で崩れた家が被さっていた。
 あっという間に火が付いて、前線から戻ってきた親友が泣き崩れた。
 私達は、UPC軍を恨んだ。
 私達はバグアに捕えられ、戦闘を強要されているだけの人間だ。
 なぜ彼らは私達を助けることもなく、敵と決めつけて殺すのだろうと。
 なぜ、見捨てるのだろうと。
 バグアを追い返すだけの力もないくせに、無駄に戦火を広げる愚か者ども。
 彼らがそのつもりなら、私達は必ず彼らを殺してやる、復讐してやると、そう心に決めた。

 親友は姿を消した。
 その後の事はわからない。
 私はUPC軍に捕らわれ、被洗脳者用の更生プログラムを受けながら、罪を償った。
 時が経つにつれ、そして私の思考を捻じ曲げていた洗脳が解けていくにつれ。
 あの時の私には理解できなかった事が、いくつかわかるようになった。
 洗脳され、UPC軍と敵対し、人を殺す兵器となった私達を助けることなど、誰が思いついただろうか。
 例え思いついたとして、侵略の危機に瀕しているUPC軍、それも物資も資金も無い南米のUPC軍に、それが実行できただろうか。
 そもそも悪いのは、私達を捕えて利用したバグアであって、UPC軍ではなかった。


 私は、親友の夫の墓の前に立ち、その隣に、小さな丸い石を二つ、付け加えた。

「テシェラ」

 突然、背中から聞こえたその声に、私は息を呑んだ。
 懐かしい声。
 ずっとずっと、聞きたいと思ってた、彼女の声。

「プリマヴェーラ‥‥?」
 振り返った私の視線の先で、彼女は驚いたような目をしてた。
 あの時より少し歳を重ねて、だけどどこも変わらない、私の親友。
「プリマヴェーラ!!」
 私は、彼女がゾディアックと呼ばれている事を知っていた。
 だけどそれでも、私は彼女に語りかけた。ここまで付いてきてくれた、護衛の兵士達の制止を振り切って。
 会いたくて、会いたくて、ずっと待ち続けた私の友達だから。
 元気なの、いつ帰って来たの、怪我は無い?
 私の質問に、彼女は昔と同じように、明るく応えた。
 何一つ変わらない、明るくて優しい私の親友。
 そして私は、幻想を抱いた。
「ねえ、もう止めにしない? 私、気付いたのよ。バグアに味方したって、何も良いこと無いって」
「え‥‥?」
 もしかしたら、私の力で彼女を、バグアから取り戻せるんじゃないかって。
 このまま一緒に帰れるんじゃないかって。

 そんな、思い上がった幻想を。

「――‥‥っ?」
 私の胸に、小さな穴が開いていた。
 何が起きたのか、わからなかった。
 だけど。
「‥‥アンタも私を、裏切るの?」
 泣きそうな声で、彼女は言った。拳銃を握り締めて。

 私の意識は、そこで途絶えた。


    ◆◇
 ブラジル西部のとある街の近郊で、親族の墓を訪れていた元親バグア派兵士マリア・テシェラ・トーレスが瀕死の重傷を負った状態で発見された。
 護衛兼監視役として同行した正規軍兵士は2名が死亡し、1名が重傷。
 唯一口がきける状態であった彼の証言では、彼らはゾディアック山羊座プリマヴェーラ・ネヴェと接触し、攻撃を受けたのだという。

 そして――その夜の事であった。
 1機のREX−CANNON、そしてキメラ達が群れを成して押し寄せ、街を襲撃したのだ。
 正規軍が築いた防衛線は、REXの砲撃と大型キメラの突撃により瞬く間に崩され、開いた穴から機動力の高い中型以下のキメラが次々と雪崩れ込んできた。REXと大型キメラが家々を瓦礫に変え、炎を吐く白虎が街を火の海と化し、逃げ遅れた住民たちへの虐殺が開始される。正規軍は、己が有する少数の能力者軍人を中心にキメラと戦い、その中で、瓦礫に埋もれた住民を助け、逃がし、そして更に、街を覆い尽くさんと迫る炎を食い止めねばならなかった。
 街は人々の悲鳴と破壊音に満ち、暗いはずの空はオレンジ色の炎に照らされ昼間のように明るかった。

「悪いが、見ての通り状況が変わった」
 テシェラ達への襲撃事件を調査するためLHから派遣された傭兵達が目にしたものは、壊滅へのカウントダウンを開始したかのような街の惨状であった。
 出迎えたUPC南中央軍の士官は、茫然とする彼らに依頼内容の変更を要請する。
「30分も経てば、近隣の基地から増援が来る。ダンデライオン財団の岩龍も、空からの消火に協力してくれるとのことだ。‥‥だが、我が軍はもはや限界だ」
 敵軍に圧された正規軍は、既に敵の制圧下に落ちた街南部の放棄を決定していた。瓦礫の下に多数の住民が閉じ込められていようとも、また、彼らに火の手が迫っていようとも、それらを一旦切り捨て、まだキメラの侵入が少ない北部を防衛しながら増援を待つ方が、結果的に全体の被害を抑える事が出来るとの判断であった。
 幸い、街中央には東西に流れる大きな川が横たわっており、大半の橋を落とすことで敵の進軍速度は鈍くなる。主要な橋のみを残してそこに防衛線を敷き、南方からの増援とダンデライオン財団の消火を待って再び南へ渡り、敵軍を挟撃する作戦である。
「君達には、このREX−CANNONを何とかして欲しい。キメラならともかく、奴が橋を渡り出したなら、一般の兵士達にそれを止めることは難しいだろう。それに、奴の対空砲はダンデライオン財団の消火活動を阻害する可能性が高い‥‥。奴だけは、増援が来る前に排除せねばならんのだ」
 暗く落とした声音で説明する士官の言葉に、傭兵達は困惑した顔を見合わせる。
 彼らは今回、LHからナイトフォーゲルを持たずにやって来た。いつ火が来るとも知れず、キメラが跋扈する街の中で、荒れ狂う巨大恐竜を倒せと言うのだ。
「REXは現在、街を南北に走る大通りを北上している。このままでは、じきに川へと到達するだろう。どうか――頼む」

 深々と頭を下げる士官。
 街の命運は、彼ら傭兵達に委ねられていた。

 士官の前に並び頷く傭兵達の中で――ゾディアック山羊座の長子、リアム・ミラーは、炎に包まれ焼け落ちていく街の姿を、まるで吸い寄せられるかのように、じっと見つめていた。


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●依頼内容
・放棄が決定された街南部(市街地)にて、ダンデライオン財団(非営利民間医療組織)の特殊岩龍による消火活動、及び正規軍増援到着後の挟撃作戦が始まる前に、REX−CANNON1機を生身で撃破or撃退してください。
・消火活動開始は30分後です。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
萩野  樹(gb4907
20歳・♂・DG
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
橙乃 蜜柑(gc5152
20歳・♀・FC

●リプレイ本文

(「生身でREXワームとキメラの大群相手ね‥‥やれるのかな。やらなきゃいけないんだけど」)
 橋の上の薄闇にバイクのエンジン音が響き、橙乃 蜜柑(gc5152)の胸中が不安と緊張にざわめいた。自分を呼ぶ仲間を振り返り、表情だけはへらへらと笑って見せる。
「しっかりしなさい、ここは戦場よ。実母が山羊座と知って、それでも会うと決めたんでしょ」
 町の南側を見つめていたリアム・ミラー(gz0381)の腕を、愛梨(gb5765)が引いた。少し微笑って見せた彼に、愛梨は一瞬、訝しげな視線を向ける。
「愛梨。あの人はバグアの指揮官なんだ。今更、こんな事で僕はショックを受けたりしない」
「じゃあ、何考えてたの? 大丈夫?」
 自分を見上げるトリシア・トールズソン(gb4346)に、リアムは覇気なく笑った。
「自分の故郷もこんな感じだったのかなって‥‥」
 愛梨と顔を見合わせるトリシア。
 炎に浸食されていく町を見つめるリアムの目は、どこか寂しげに揺れていた。
 バイクの調子をチェックしていた鈍名 レイジ(ga8428)とラウル・カミーユ(ga7242)が振り返る。
 どう言い繕おうとも、母の所業と言われる現実を前にしてショックを受けぬ筈がない。ラウルは、静かに口を開いた。
「リアム、考えるのは何かあってからでヨイと思うヨ。とにかく生き抜くコト最優先でネ」
「うん。僕はちゃんとやるよ、ラウルさん」
 疲れて、夢を見失った子供のような口調で、リアムが応える。
「全く上の空だな。愚兄の言葉がどこまで聞こえているのやら」
 彼らの様子を眺めていたリュイン・カミーユ(ga3871)が苦笑混じりに呟くと、ラウルは笑いながら肩を竦めて見せた。
「――では、行くとしよう。酷い被害だが、助けられる者は助けたい」
「うん。助けきれる人数じゃないかも知れないけど‥‥私は、絶対に諦めたくない」
 ひとつ息をつき、武器を取るリュインとトリシア。
 南部へと駆けていく彼女らを見つめる萩野 樹(gb4907)の目は、揺れていた。
 すぐそこに見える光景の下に、まだ生きている人間がきっと大勢いる。今すぐにでも助けたいのに、それが許されない現実が歯痒い。
(「プリマヴェーラ‥‥一体何を考えてると言うの‥?」)
 樹の、ギュッと握り締めた拳をぼんやりと眺め、ケイ・リヒャルト(ga0598)が鼻歌交じりに小銃を弄ぶ。
 この大惨事を起こしたのがプリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)だとしたら、彼女は一体『何』を見て、『何』を為したいのか。
(「そうして‥‥あたしはどうすると言うの?」)
 自嘲の笑みが零れた。
 ふと、ケイの視界に、リアムに向けて頭を下げる錦織・長郎(ga8268)の姿が映る。
「済まないが、君には残酷な結果を強いる事になる筈だが、その辺は勘弁願えるかね」
「え‥‥?」
「くっくっくっ‥‥蝿転じて山羊座の偕主とはね。看破したからには逃すつもりは無いね、バスベズル」
 バスべズル。南米を飛び回る、六本腕の蝿の王。
 リアムは戸惑ったように彼を見返し、彼は多くを語らず踵を返す。
「今更どっちが悪いとは言わないけどね、洗脳の有り無し別にしてもプリマヴェーラは正気じゃない。悠長なこと言ってられないから、力付くでも止めるよ?」
 リアムと、皆に念を押すかのような赤崎羽矢子(gb2140)の声。彼女の言葉は重く、鋭かった。
「必ず止めるわよ、レイジ」
 愛梨が言う。
 スクレの街で、彼女達がプリマヴェーラにかけた言葉。それが彼女をより狂わせたのだとしたら‥‥、
「ああ。だが、本当の意味であの人を止められるのは、きっと俺達じゃない」
 バイクに跨ったレイジの目は、真直ぐにリアムを捉え、語りかけていた。
 覚悟を決めろ、と。


    ◆◇
 計5台のバイクが、月明かりと燃える空の照り返しの中を走っていた。
 襲い来るキメラ達の体を、傭兵達の火線が射抜く。

 大通りに姿を現した巨大な影。周囲をビリビリと震わす咆哮とともに、REXの背に負った大砲に光が生じ、一瞬のうちに大きく膨張する。
「――降りるよ!!」
 羽矢子が叫び、傭兵達はバイクを飛び降りた。ミカエルを纏った愛梨が散開と声を上げ、次の瞬間には皆の視界が光に埋まる。
 最大級の火力を持つ『プロトンバースト』。膨大な光の奔流の先には――愛梨とリアム、ケイ、そして蜜柑がいた。
 迅雷で離脱を図った蜜柑の背を光が掠める。ケイが光の中に消え、愛梨のミカエルが熱に溶かされていく。左半身に直撃を喰らったリアムは吹き飛び、ビルの外壁に叩き付けられた。
 羽矢子は瞬速縮地を発動、単身突入して行く。
「ここはお前の居ていい場所じゃないんだよっ!」
 赤い、巨大な脚にハミングバードを突き立てられ、恐竜が吼えた。羽矢子を踏み潰さんと脚を上げ、しかし、首元を襲った小爆発がその狙いを逸らす。
 驚異的な速度で矢を番え、さらに続けて4本の弾頭矢を撃ち放つラウル。REXの顔面から首が火薬の匂いと共に次々弾け、オイル混じりの血が噴き出した。流れ出る体液にセンサーの一つが潰されかけたらしく、大きく頭を振るREX。
 咆哮を上げ、背のプロトン砲をラウルに向けて連射するREX。しかし、レイジの大剣から飛んだ衝撃波が恐竜の腿に叩きつけられ、砲の照準が僅かに逸れる。光は直撃せず、ラウルの左脚を焦がしたに留まった。
 コンユンクシオが風を切って唸り、急所――太い足指関節へと振り下ろされる。刃と骨が衝突する感触がレイジの腕を震わせ、REXの悲鳴が響き渡った。さらに逆側の脚に羽矢子の細剣が振るわれ、REXは一歩後退する。
 凶悪に並んだ牙が、頭を庇った右腕もろともレイジの肩へと食い込んだ。肋骨か鎖骨か、骨が折れる激痛が走り、しかし、REXは食い千切ることなく彼の体を放り出す。
「RCで在ろうと甘く見て貰っちゃ困るわね‥‥」
 硝煙立ち上るアラスカ454とエネルギーガンを手に、煤けた顔のケイが微笑を浮かべて立っていた。体の前面を庇った背は焼け爛れ、それでも彼女は仲間を救うべくREXへと銃弾を放つ。
 ケイの銃撃に気を取られた敵の腹に、同じく砲撃のダメージから復帰した愛梨が薙刀を振るった。胸に浮かぶ竜の紋章が蒼く輝き、振り上げられた敵の脚爪を間一髪かわす。リアムが引金を引き、注意が逸れたREXの肌へと再び薙刀の一撃が加えられた。
 スゥッ、と、恐竜の体色が変化する。緑に変わったそれを見て、傭兵達もまた即座に武器を持ち替えた。

「皆が戦う場所を、守る」
 目の前に現れた2頭の白虎に槍先を向ける樹。
 人と戦闘の気配を嗅ぎつけ、あちこちの路地から飛び出してくる大中小のキメラ。それに対するは、樹、長郎、蜜柑の3人だった。彼らはREXを狙う後衛のラウルとケイの左右、背後を守れるよう、そして自身の背がキメラに向かぬように位置取る。
 リュインとトリシアのお陰か、人の姿は見えない。戦闘に集中できる事が、有難かった。
 炎弾を吐き出す白虎。パイドロスの鼓動をその身に感じながら、樹は装輪走行で弧を描き、それらをかわした。そしてそのまま竜の翼で2頭に接近、1頭を竜の咆哮で弾き飛ばすと、残る片方を槍で貫く。
 もんどり打って倒れたそれに止めを刺し、引き抜くと同時に、路地から飛び出してきた猫キメラを叩き落とす。白虎の爪がパイドロスの腕を打ち、炎弾が弾けた。
 踏鞴を踏んだ樹に飛び掛かる敵へ、長郎が真デヴァステイターを撃ち放つ。白い毛皮を血で染め跳躍した虎の腹に、再び踏み込んだ樹のカデンサが刺し込まれた。
 傭兵達を追ってきたらしき大熊が、もっとも近い位置にいた長郎へと突進をかけてくる。自分が避けてはラウルとケイに危険が及ぶと判断し、自身障壁を発動して受け止めんと身構える長郎。
「――っ!」
 交差した腕の甲冑が砕けて地面に落ち、横から薙ぐような二撃目が二の腕と肋骨を軋ませた。しかし次の瞬間、長郎のシャドウオーブから生じた黒塊が熊の体内に侵入、その皮膚を奥へと食い破る。
 怯んだ熊の横合いから、蜜柑のハミングバードが円を描いて襲い掛かった。鮮血が舞う。悲鳴を上げる相手に、さらに細剣を突き込む蜜柑。長郎はガラ空きになった敵の腹に銃弾を撃ち込むと、シャドウオーブから止めの黒塊を吐き出させた。
 ゆっくりと、体組織を浸食されて倒れる大熊。しかし3人に休む暇はない。蜜柑の真横の路地から3頭の犬、2頭の猫、そして十数匹の鼠が次々に姿を現したのだ。
「キリが無い‥‥でも、頑張るしかないよね!」
 脚に淡い光を纏い、汗だくの蜜柑が微笑む。ハミングバードを下向きに、押し寄せる鼠達を弾き飛ばした。

 愛梨が恐竜の爪に抉られ吹っ飛ぶのを目にして、ケイが光線銃を連射する。5条の光がREXの脚、首、頭を穿つと、ケイは旋回する砲から逃れるため位置を変えた。機械脚甲を装備したレイジが痛みに耐えながら突入する。ラウルの撃った光線が大口径砲に直撃し、一瞬その動きを止めた。続けて脚と頭を狙う。
 レイジの回し蹴りが炸裂し、頑強なワームの脚がようやくふらつき始めた。それでも、振るわれた巨大な足先がレイジを弾き飛ばす。
 REXは再び体色を変えて数歩前進すると、追ってきた羽矢子へ脚爪を振るう。しかし、羽矢子は回転舞を発動してそれをかわし、着地と同時に瞬速縮地を発動――何と、REXの脚から背へと一気に駆け抜けたではないか。
「――っあ‥!」
 細剣を振り上げた瞬間、羽矢子の体がよろめいた。
 落下した彼女を、REXの脚が容赦なく踏みつける。それを助けるべく、竜の翼で突進した愛梨が薙刀を突き出し、ケイが頭部と腿の損傷部へと銃弾を撃ち込んだ。
「あの人が、いる‥‥?」
 異常を察した樹が、周囲を見回す。
 樹だけではない。羽矢子を襲った狙撃に、全員の表情が強張った。
 恐竜が凶悪な口を開いて吼え、背の砲を旋回させる。ケイを狙ったその動きを見て、鼠6匹と猫2頭を相手にしていた蜜柑が、動いた。
「賭けだけど、利用出来るもんは利用しないとね‥‥!」
 ケイが飛び退った、その場所へと。
 キメラを引き連れた蜜柑が、後退する。
「やめろ!」
 その狙いに気付いた長郎が、彼女へと飛び掛かる猫目掛けて黒塊を飛ばそうとした。
 しかし、
「――!」
 迅雷で離脱するつもりが、砲の向きを気にしていた蜜柑は追い縋る敵に足を噛まれ、キメラもろとも光に吹き飛ばされる。
 倒れて動かない蜜柑を護るべく、長郎が救出に向かった。ラウルとケイは、リアムへの狙撃を警戒しながら弓と銃でREXを狙い、スキルを全開に上乗せして撃ち放った。兵破の矢が恐竜の足首を貫通し、その周囲の肉を銃弾が次々と抉り取っていく。
「あとは仕上げだけね!」
 片足に力を失い、横倒しに倒れて行く巨大ワーム。愛梨とレイジ、羽矢子は巻き込まれぬよう一旦後退すると、背中の砲を滅茶苦茶に撃ちながら暴れる敵へと肉薄した。
「痛‥‥っ!」
 その時、さらに矢を放とうとしたラウルの脇腹を凶弾が貫く。
 樹の目が、REXの斜め後ろの半壊したビルの影から突き出した銃口を捉えた。
(「‥‥こっちを、見るんだ!」)
 迷いは無かった。
 注意を引き、REXと戦う仲間から彼女の目を逸らし護ることしか、今は頭に無い。
 パイドロスの脚部に青白いスパークを纏い、槍を構えてREXの真横まで駆け抜ける。
 装輪走行で真っ直ぐに、銃口を目指した。
 小さな舌打ちが鼓膜を震わせ、樹の体に4発の銃弾が撃ち込まれる。
「これで――終わりだ!!」
 地面に倒れた樹が、レイジの声を聞いて僅かに頭と目を動かした。
 炎のようなオーラに包まれたレイジが大剣を振り下ろし、REXの砲台が斬り飛ばされる。薙刀が恐竜の固い皮膚を裂いて、愛梨のミカエルが赤黒い返り血に染まる。
 そして――小山のようなREXの腹上へと駆け上がった羽矢子が、巨大恐竜の首元へと二度、ハミングバードを突き下ろした。


    ◆◇
「もう止めようぜ‥‥見ろよ、この街の惨状を! こんな事がロクでもないってのはあんた達が一番よく解っているハズだ」
 樹を庇って立ち塞がり、レイジは自分を見つめる金色の瞳を力強く見返す。
 つまらなそうにREXを一瞥した彼女は、レイジの言葉を一笑に付した。
「じゃあ、UPCに言えば? 降伏しましょって。それで戦争終わるじゃん」
「あんた」
 山羊座の台詞に被せ、愛梨が語気を強めた口調で口を挟む。
「自分の手で我が子の命を摘むつもり?」
「――シツコイって。次は殺すって言わなかったっけ」
 ピン、と張り詰めたような殺気が、薄闇の中に充満した。
 ケイが、呆けたように母親を見つめるリアムの前に出る。羽矢子は細剣を握り締め、警戒を強めた。

「言ったヨネ、インヴェルーノは生きてるって。ここに居るヨ!」

 ラウルの声が響いた。
 眉根を寄せた山羊座と、全員の目がリアムへと向く。
「あ‥‥」
 記憶にも無い母。この街を破壊した母親を目の前にして、リアムは戸惑ったように立ち尽くし、声すら出せなかった。
「‥‥インヴェルーノ?」
 ラウルに促されケイの前に出たリアムを見据えて、ポカンと首を傾げる山羊座。
「違う‥‥」
「あいつとだけでいい。その眼でほんの少しだけ向き合ってみてくれないか? たとえ記憶が濁っていたとしても、あんたならわかるさ、あいつが何者なのかがな」
「その子じゃない‥‥あれ? 違う‥‥?」
 急かすでもなく、語りかけるレイジ。山羊座はそれを聞いているのか、口元に手を当てて、動揺と混乱の表情を浮かべて視線を泳がせていた。
「――僕は‥‥」
「でも、でも‥‥違う。だって、あたし‥‥」
 リアムと山羊座、二人の金色の視線が、空中で衝突する。
 彼はやっとのことで、言葉を紡いだ。
「僕は‥‥インヴェルーノだ」
「アンタなんか知らない!! だってあたし、あたし‥‥」
 
「‥‥覚えてないから‥‥‥」

 山羊座はこめかみのあたりを両手で押さえたまま、はあはあと荒い息をついていた。
 彼女の言葉の意味をすぐには理解できず、ただ沈黙する傭兵達。
 リアムはその中に立ち、茫然とした顔を母へと向けていた。
「そろそろ茶番劇の猿芝居に付き合うのは飽き飽きしてるだろうかね。『彼女』に何を説こうが無駄だろうて」
 ただ一人、これを彼女の狂言だと信じる長郎が、キメラの返り血と蜜柑を抱いて歩み寄って来る。
 ハッとしたように顔を上げ、彼を見据える山羊座。
「何しろ中身は『蝿の王』バスベズルなのだからね。違うかね、山羊座の偕主よ」
「‥‥蝿は‥‥ここにいない」
 一歩後退し、山羊座は覇気の無い声でそれを否定する。

 そしてそのまま――ビルの陰に身を躍らせ、姿を消した。


    ◆◇
 ダンデライオン財団の岩龍、南中央軍のヘリが飛び回り消火活動を開始した後には、傭兵達も正規軍と共に挟撃作戦に参加して成功を収めた。
 また、救助活動においては卓越した身体能力を活かして活躍し、軍の賞賛を集めたのだった。