●リプレイ本文
「‥救い難いですね、内通者というのは」
ラナ・ヴェクサー(
gc1748)がカミロ中尉の自室を漁ると、襲撃の計画書や各拠点の見取り図その他、怪しいメモが数枚いとも簡単に発見された。
それらは、中尉の容疑を裏付ける証拠に他ならない。
その後、関係者の経歴をイリーナ・アベリツェフ(
gb5842)と共に効率良く調査していく。
イリーナが調べた限りでは、中尉が過去に配属された拠点とそうでない拠点、両方が襲撃を受けていた。
配属経験のある拠点の内情に詳しいのは頷けるが、そうでない拠点は?
「‥無実なら、助けになりたい」
ポツリと呟くイリーナ。隣で、ラナが天井を仰いだ。
「エリベルト司令が今の地位についたのは、ここ数年の話ですね。それ以前も国境警備の要職にはあったようですが、政変でその職を追われたり、復権したりの繰り返しですね」
ラナは続けてUPC軍医の資料を漁ったが、UPC非加盟国の記録では限界があった。
そしてアルビオル大尉は学生時代に北米へ留学しており、新政権樹立以前はアメリカへの旅行が趣味だったようだ。
「対して、リリアナ少尉は生まれも育ちもこの町‥‥行動範囲は狭いですね」
これ以上は必要に応じて更に詳しく調べましょう、とラナが付け加えて、ここでの調査は終了した。
隊員宿舎へと向かったイリーナ。雨霧 零(
ga4508)が数名の隊員と話をしていた。
尊大な口調で話す零を面白がってか、若い男性隊員たちは色々な話をしてくれた。
中尉には家族がおらず、本部勤務になってから知り合ったリリアナ少尉を大切にしていた事。少尉の家族とも仲が良く、結婚の話も出ていた事。
「こうすると、中尉が浮かんできますね」
イリーナが軽く会釈をしながら零に話しかけ、輪の中に入っていく。
二人はラナを伴ってリリアナにも話を訊きに行ったが、根掘り葉堀り聞き出そうとする零に『何も知らない』と言い放ったのみであった。
情報局を訪れたラナ、イリーナ、零の三人に、アルビオル大尉は件の証拠を見せてくれた。中尉の端末からのアクセスや日時を証明する内容だ。
「では、他人が彼の端末を操作する事は可能ですか?」
「状況によります。アクセスには当然、ある程度の専門技術や、ここのデータベースに関する知識が必要ですが」
零の質問に、親切に答える大尉。
普段から仕事熱心で残業も人一倍こなすアルビオル大尉は、情報局内でも中々に人望が厚い人物のようだ。
一方、キリル・シューキン(
gb2765)は町内での聞き込みを主として調べを進めていた。
「‥久々だな。この雰囲気、この臭い‥‥」
ドブの臭いが充満する汚れた裏路地を、早足で進む。
「ソフィア‥‥本城‥‥しかし、三人目は出さん‥!」
中尉が逃走したのは移送中だ。本部から首都へ移送する護送車に乗せる直前、激しく抵抗し隙を見て逃げたのだという。
キリルは本部周辺を徘徊する浮浪者に声をかけた。
「ああ‥‥あの時は大騒ぎだったな。奴さん、追い掛けて来る兵隊さんに『バグアの手先』とか大声で喚いてよ」
尋ねること5人目。キリルが差し出した煙草と酒を大事そうにしまい、彼は答える。
「バグアの手先‥‥か」
容疑者は彼自身のはずだ。苦し紛れに出た罵声なのだろうか? それとも‥‥
「この軍人さん、よくこのへんで見かけるよ。彼女と、彼女の友達を連れてんだ」
綺麗な柄の外国製の酒瓶が珍しかったのか、キリルが与えた空瓶に気を良くした浮浪児が口にしたのは、本部では聞いた覚えも無い情報であった。
零が最後に訪ねたのは、エリベルト本部司令であった。
ミラン少尉を疑っていると打ち明けた後に彼から得られた情報は、おおむね隊員の兵士達のものと同じ。
「ミラン少尉に、情報操作の専門知識は?」
「わからん。しかし、そういった職務に就いた経歴は無いな。カミロ中尉もそれほど専門知識があるようには思えんが、幹部候補として各種情報を閲覧させた事が何度かある。データベース内のどこに何があるか、おおよその見当はついただろう」
「ふむ‥‥情報局とカミロ中尉なら‥‥?」
専門知識という観点では情報局の人間が一番怪しく、また、カミロ中尉にも不可能ではなかったようだ。
その時、無線機からキリルの声が聞こえた。
◆◇
「また来たの?」
再び自室を訪れた零とラナ、イリーナの三人に、リリアナは苛立った表情で言い放った。
「あなたは『何も知らない』と言った。しかし、あなたと中尉と親しい人物がこの町に住んでるようなのだがね」
零が問う。リリアナは、ピクリと肩を震わせた。
カミロ中尉、リリアナ少尉、アルビオル大尉。
傭兵達は、当初からこの三名を中心に疑いをかけていた。
中尉の容疑を決定付ける証拠は、見つかった。不自然なほど簡単に。
大尉の提示する証拠も完璧。但し、大尉や情報局の人間が真犯人なら、捏造の可能性もある。
そして少尉は、中尉とも親密なはずの友人の存在を、軍にすら隠している。
「中尉の周囲から出てくる証拠は、まるで『見つけてくれ』と言わんばかりです。このままでは、中尉の容疑が確定する一方ですよ?」
「この町に、中尉が頼れる人物は少尉の関係者しかいません。教えてください」
まくしたてるラナとイリーナを、リリアナはまるで品定めするかのように見つめていた。
◆◇
半焼した国境警備基地。傭兵達がまず取り掛かったのは、記録機器や通信機器の捜索だった。
「単純に情報源として持ち帰ったか、内通者側がバレる様な記録が残るからか‥‥」
しかし、たっぷり数時間探しても発見できず、鈍名 レイジ(
ga8428)はひとり考え込む。データのバックアップや個人所有の記録機器の有無を確認していた秦本 新(
gc3832)もまた、頭を捻った。
「バックアップ類まで全滅なんて、そんな事起こり得ますかね‥?」
基地内の全ての記録を消す事など、内部の協力なしに可能だろうか。
すると、隣のアンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)がおもむろに口を開いた。
「敵との交信記録の隠蔽工作のように見えるが、むしろ逆か? 警備隊内にそのつど下されていた指示の内容を隠蔽したいのではないか?」
「っし。居合わせた兵士に当時の状況を訊くしかないな」
レイジの言葉に、一同異論はなかった。
「先の依頼で下手をしてこんな状態でな‥‥今はこんな裏方の任務だ」
片付けと警備にあたっていた兵士たちとは、アンジェリナの努力もあってすぐに打ち解けた。
「カミロ中尉がこの基地にいた頃のことを知っていますか?」
「カミロ中尉なぁ‥‥まあ、ちょっと真面目すぎっけど、悪いヤツじゃなかったぜ」
「では、襲撃当日、彼らを見かけた人は? 強化人間の話の内容を聞きましたか?」
洗脳の疑いがある兵士の名前リストを見せながらの新の質問に、一人の兵士が手を挙げた。
「確かに、俺とこいつは同じ隊だったよ。撤退寸前に強化人間と鉢合わせかけた時に聞いたって言ってたが、俺にはちょっと聞こえなかったな」
次に、愛梨(
gb5765)が襲撃前後の彼らの様子を皆に尋ねると、彼らは一様に首を傾げる。
「特に変わったとこはなかったなぁ。ふつーに町に遊びに行ってたし」
「町に? ここの基地の兵士は、よく町に行くの?」
「ああ。非番の日は許可取って気晴らしに行くんだ」
なるほど、と頷く愛梨。続いて、兵士たちは襲撃当時の状況を説明してくれた。
「まず最初に北東の何か所かで爆発があって、キメラが3頭そこから入ってきたらしい。もちろん、何隊かが迎撃に向かった。だが‥‥」
「その隙に、北西から何十頭ものキメラが押し寄せてきた。強化人間も混じってたな。俺の隊も迎撃に出たが、もう遅かったよ。基地を放棄して撤退するのも一苦労だったぜ‥‥」
「‥‥ふむ。そんなに簡単に押し切られるものか?」
兵士たちの話を聞き、アンジェリナが眉をひそめた。
「どうやら最初の爆発で、レーダーが何基かイカレちまったらしい。お陰で北側の死角がやたらと増えて、キメラの大群の察知が遅れたって話さ」
「レーダーが‥‥?」
キメラに、これと狙ったレーダーを爆破するような知能はあるだろうか。
いや、強化人間が操っていたならあり得るかもしれないが、少数とはいえ爆破されるまで敵の存在に気付かないものだろうか。
「当時の指示内容や配置に不自然はなかったか? それを出していたのは?」
「いや、別に‥‥? 兵の配置は基地司令達が決めて、定期的に本部にも送るはずだし。配置が拙けりゃ、どっかでダメ出しが来るだろ」
「本部か。その送り先は?」
レイジが問う。兵士たちは、事も無げにこう答えた。
「本部の幹部連中さ。情報局経由で」
その後、北東のレーダー付近で拾った爆弾の破片らしきものは、この基地のものとは形が違っていた。
国境の町へと移動した四人は、まずA班に電話をかけた。
その中で、ラナが中尉の部屋で見つけた襲撃計画書の内容が、先程の兵士たちの話した状況と合致した。中尉への容疑が強まったというわけである。
そして彼らがまず向かったのは、例の軍医がいる病院だった。
「で、なんで洗脳されてると思ったの?」
愛梨の問いに、軍医は「確かではないが」と前置いてから、口を開く。
「私も気になってね、強化人間の話のくだりを何度か尋ねてみた。彼らはきちんと覚えていたよ」
彼は難しい顔で低く唸った。
「記憶が鮮明すぎるんだ。さて、君は一昨日の夕食を思い出せるかな?」
「一昨日か? 一昨日は‥‥」
と、レイジが記憶を辿ろうとしたその時、軍医は柔和に笑って見せる。
「見なさい。人間、何かを思い出そうとするときは、目が斜め上を向いたり、頭が傾いたり、無意識に何か行動を起こす。彼らにはそれが殆ど見られなかったんだ」
「それは、例の証言に関してのみですか?」
新が尋ねると、軍医は「襲撃に関する証言の所々だね」と答える。
「被洗脳者を診たことは何度かある。今回の洗脳は限定的で、かけ方も上手くないね」
そして傭兵達は、まだその病院に入院していた兵士達から直接話を聞いてみた。
表情や動き、話し方、記憶の鮮明さ。
確かに、どこか違和感があった。
次に、傭兵達は街中での聞き込みを開始する。
例の兵士達は大抵、別々に行動していたようだ。
捜査は難航し、中にはカミロ中尉の写真を指して「見た事がある」と証言する者まで現れた。
ただ、ここでもやはり裏路地の住民たちの情報は貴重だった。
「あら。この人たちなら、よく町外れのバーで見かけたわよ」
男性相手の職業のその女性達は、新やレイジに微妙な営業を絡めつつ、証言する。
襲撃前数週間の間、彼らが特定の店で何かを話していたり、電話をかけている姿をよく見かけたと言う。
「ウチで荷物まで預かってあげたのに、それ渡したらパッタリ来なくなったし。サイテー」
「ちょっとまって、荷物って何?」
それまで複雑そうな顔で彼女達を見ていた愛梨が、割り込んできた。
「さあ? 中身ワレモノだから揺らすなって言ってたけど。襲撃?の前日ぐらいに取りに来たっけ」
傭兵達は話に聞いたバーへと向かった。
応対に出たオーナーは渋い顔をしたが、最寄の国境警備隊基地が陥落した不安もあってか、防犯カメラの映像を見せてくれたのだった。
何週間分もの映像を、早送りで見続ける傭兵達。
同じ店の風景を見るのも嫌になってきた――その時。
レイジの指が、一人の人物を指し示す。
そうして傭兵達は街に散り、商店や町中の防犯カメラの記録を漁り始めた。
◆◇
翌日朝、本部司令と大尉を前に、傭兵達はカミロ中尉拘束の報告をしていた。
婚約者の無実を信じたリリアナが口を割り、幼馴染の家に隠していた中尉と傭兵達を引き合わせたのだ。
「流石、ULTの傭兵は優秀ですね」
珍しく微笑みを浮かべ、中尉の引渡しを求める大尉。
しかしキリルは、その手を乱暴に掴み取り、言った。
「率直に聞こう、君が情報漏洩の黒幕か?」
「何を。中尉の容疑を固める証拠をこれだけ集めておきながら」
大尉は一瞬、動揺の表情を浮かべた。だが、すぐさま首を横に振る。
「基地の襲撃に使われた爆弾は外国製で、内通者の存在を示唆しています」
新が静かに話し始めた。例の兵士たちが場末のバーに集まっていた事、不審な荷物を受け取っていた事、カミロ中尉を目撃した者がいる事‥‥
「ですがその日、この町でもカミロ中尉を見掛けた同僚兵士がいました。彼は国境の町には行っていません」
国境の町での目撃情報と、イリーナの聞き込みの結果が食い違う。
中尉の偽物を用意し、目撃情報を捏造して得をする者は、真犯人以外に居ない。
「ほんの一瞬だが、例の兵士と一緒にいる男が映ってるぜ。あんたに良く似た男だ。この日、あんたが非番だった事も調べた」
レイジが防犯カメラのテープを机の上に放り投げると、大尉の目がそれを鋭く睨んだ。
そしてラナが、何枚もの書類を手に大尉に詰め寄る。
「あなたの新政権樹立以前の出入国記録を調査しました。行き先はアメリカではありませんよね?」
大尉は過去、頻繁に渡米していた。A班が調べ直した記録では、それは単なる偽装で、実際にはアメリカを経由して隣国ブラジルへと飛んでいた。あまりにも不可解な行動だ。
「捜査の目を中尉に向け、証拠を捏造する。きみなら、可能だったね」
零の手が、キリルとは逆側から大尉を掴む。
だが、その瞬間、
「――クソッ!!」
大尉がその手を振り払い、懐に片手を入れようとした。
「させるか‥!」
キリルとラナが反応し、大尉を床に引き倒す。自決を警戒した二人が大尉の口にハンカチを押し込み、イリーナが虚実空間を発動した。
「‥‥生死問わずなんて、あたし達に口封じさせるつもりだったのね」
本部司令の前で縛り上げられていく大尉を見下ろし、愛梨が吐き捨てる。
窓際のアンジェリナが見上げた空は、まるでこの国の行く末を物語るかのように、暗かった。
カミロ中尉は、捜索に来たA班に拘束時の状況について話していた。
無実の罪で捕えられた彼は、獄中で見慣れぬ二人の人物に会ったという。
日系人の男と、ポルトガル語訛りの女。
彼らは中尉を見て、「殺すと逆に不審だ」と言い、しかし、その会話の中から自分がいつか洗脳されると感じ取った中尉は、翌日に隙を見て逃走したのだという。
その後、軍による大尉本人と身辺の調査が進められ、大尉は内通者として逮捕された。
不可解な国外での行動も調べられ、北米に拠点を持つスパイ組織【デスペア】との繋がりも浮上する。
そして、中尉が見たという二人の人物も、UPCからの手配書をもとに照合作業が行われた。
二人の名前は、アキラ・H・デスペア(gz0270)とプリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)。
トリプル・イーグル、そしてゾディアックの名を持つバグアのエース。
報告を聞いたUPC軍とボリビア軍の間に、緊張が走った。