タイトル:【BD】Alecrim−2−マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/25 16:15

●オープニング本文


 こぽり、と空気の泡が消える音がして、プリマヴェーラは傍らの水槽に視線を移す。
 背の高い円柱形の水槽の中には培養液が満ち、透明なガラスの向こうに浮かぶ’それ’が、僅かに蠢いた。
「‥‥ソフィアも物好きだなぁ‥」
 目を細めて’それ’を見つめ、プリマヴェーラは軽く息をつく。
 ともすれば、人間共に敗れ兵庫を失った自分をソフィア・バンデラスが受け入れた事情の一つはこれかもしれない――と、そんな事を考えながら、彼女は培養槽の表面を片手で撫でた。
『やあ、プリマヴェーラ。君はダムにもボリビアにも行かないのかい? 居残りかな? キシシ』
「あたしは、まだ。彼を待ってるんだもん」
 からかう様な声と蹄の音。プリマヴェーラはそちらを顧みもせず、短く返す。
『アズラエルが人間共の補給路を見つけたようだ。折角だから、二人で行って来てもいいかい? 今はキュアノエイデスが留守でね。彼の鳥を世話するだけじゃ暇すぎるって、アズラエルが文句を言うんだよ』
「いんじゃない? アンタ、並の能力者が出たところで負けはしないだろうし」
『キシシ‥‥この間の奴らは並じゃなかったって事かい? 君は本当に嫌味だね』
「そうとは言ってないじゃん。ま、アズラエルが居れば問題ないんじゃない? この前のタイムを見る限りはね、デュラハン」
 ようやく振り返ったプリマヴェーラの目に、黒馬に跨り彼女を見下ろす騎士の姿が映った。尤も、銀の甲冑に身を包んだ彼には首が無く、『見下ろす』という表現は適切ではないかもしれないが。
「プリマヴェーラ様、それでは私共にお命じ下さい」
 デュラハンの傍に立ち、『アズラエル』と呼ばれた天使は、背に負った純白の翼を折りながら丁重に礼をしてみせる。
「必ずや人間共を制し、貴女様とソフィア様のお役に立ちましょう」


    ◆◇
 人類が主導権を握っていた先ごろの戦いでは事前に準備を整えることができたが、今回は逆の立場だ。大規模な戦力移動の確保は決して容易な事ではない。
「私達には輸送手段を提供する用意があります」
 北米の企業連合を代表したミユ・ベルナールの申し出は、南北中央軍に諸手をあげて歓迎された。コロンビアへの復興投資が、既に失われることを座視し得ない額に上っているという理由があるにせよ。不足している護衛の為の戦力確保には、傭兵たちへ白羽の矢が立った。


    ◆◇
 南米での戦いを泥沼化させた要因の一つには、大陸の北半分の広域を占めるジャングルの存在が挙げられる。
 その大部分に人の手が入らぬままの深い密林は、圧倒的な密度と面積、さらにはそこに棲息する猛獣たちといった大自然の脅威を以って、南米に展開するバグア軍のみならず人類までをも拒み、容易に分断した。
 陸と水の路は限られ、敵に嗅ぎつけられ寸断されれば、その先の街や村との連絡すらままならなくなり、それは各地にUPC軍が設置した前線拠点とて例外ではない。加えて空路も断たれれば、補給の途絶えた前線基地は瞬く間に窮地に陥る。
 人類にとっても、バグアにとっても、鬱蒼と茂る密林の中に補給路を確保し守り続ける事は、そう簡単な事ではないのだ。

 ――以上が、僕がUPC北中央軍にいた頃に教えられた、南米戦線の実情。
 除隊する前に聞いた事だし、今はどうだか知らないんだけど、たぶん、そんなに変わってないんじゃないかな。
 僕の名前は、リアム・ミラー。
 名乗る事はないけど、本名はインヴェルーノ・ネヴェ。ゾディアック山羊座プリマヴェーラ・ネヴェの長男、らしい。
 らしい、っていうのは、僕がそれを覚えていないからだ。今の僕の記憶は、10歳ごろに北米に渡って以降のものしかない。
 バグアによる洗脳の後遺症、って説明された。
 だから、僕の過去は、つい最近調べて知った事に過ぎない。勿論、プリマヴェーラ・ネヴェが僕の母親である事も。
「蒸し暑いな‥‥」
 UPC軍を除隊して傭兵になった僕は、今、南米にいる。
 いわゆる大規模作戦の関係で、軍の補給部隊の護衛任務を引き受けたんだ。
 ベネズエラのバグア軍がボリビアを目指して南下、再びコロンビアへと侵入を開始した今、前線への補給はそこで戦う兵士たちの命を繋ぐ生命線だ。北米から海を渡って、荷揚げされた武器弾薬、KVや戦車の部品類、食糧、日用品‥‥戦場に必要不可欠な物資を大量に積んで、8台の軍用大型トラックがコロンビアの前線基地を目指してる。大事な任務だ。
(「だけど‥‥」)
 だけど、それだけじゃなかった。
 僕は、自分の母親を追って、ここに来たんだ。
 少し前、ブラジルのマナウスで、彼女が南中央軍の一部隊を壊滅させたって話を聞いた。
 もしかしたら、南米に行けば会えるかもしれないって、そう思ったのも事実なんだ。
 会ってどうするとか、未だに答えは出てないけど。
 それでも、一度でいいから、会ってみたかったんだ。
 彼女が僕たち‥‥僕や弟達を亡くした恨みで動いてるんなら、僕が今生きてるってこの事実が、何かを起こすかもしれない。
 っていうか、まあ、そんなガキ臭い浅はかな妄想はともかく、母親だっていうなら一回会ってみたい。何となくそう思うんだよね。
(「‥‥会ったら‥‥」)
 僕は彼女を殺すのかな? 人類のために?
 彼女は僕を殺すのかな? 弟達の恨みを晴らすために?

 答えは、まだ何も浮かんでこなかった。
 
 どこまでも続く、ジャングルの中の道。未舗装の道路には所々大きな水溜りが出来てて、バイクで走るのも楽じゃない。
「うわっ‥‥!?」
 その時、道路を横切った黒い馬を目にして、先頭の1台が急ブレーキを踏んだんだ。後続の7台は反応が遅れたけど、襲撃に備えて車間距離に気を遣ってた事が功を奏したのか、ギリギリのところで追突を免れた。
 先頭車両に急行した僕達傭兵の目に飛び込んできたのは、トラックの前に立ちはだかる首無し騎士、それから、上空で弓に矢を番えて運転手に向けてる、天使みたいなキメラ。 
『愚かなる人間共よ。我が名はデュラハン。南米キメラ闘技場より来たりし、キメラ四天王が一角』
「同じく、キメラ四天王が一角、アズラエル」
 馬鹿でかい槍斧を持った騎士が名乗りを上げて、澄んだ鈴の音のみたいな天使の声が、それを追う。
「ソディアック山羊座プリマヴェーラ・ネヴェの命により、貴方がたには此処で死んで頂きます」


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●依頼内容
・皆さんは、南米での補給部隊護衛任務の最中、キメラ四天王を名乗るデュラハン、アズラエルの襲撃を受けました。
 これらを撃破・撃退するか、もしくは振り切って、補給部隊を無事前線基地まで護衛して下さい。
・補給基地に辿り着いたトラックの台数、生き残った運転手(兵士)の数で成功度が変わります。

●参加者一覧

井筒 珠美(ga0090
28歳・♀・JG
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD

●リプレイ本文

 先頭車両の運転手に向け、引き絞られる天使の矢。
「生憎とわたしゃ無宗教でね。天使の格好されても、コスプレ程度にしか感じん訳だが」
「――!」
 先手必勝。トラックの脇から飛び出した井筒 珠美(ga0090)が、SMGを掃射する。
「キメラ如きに、むざむざと殺される謂れも義理もない。早々にご退場願おうか」
 60発の弾丸が空を貫き、アズラエルは小さく舌打ちして数メートル降下。驚異の回避力で全弾を回避してみせた。
 しかしその瞬間、トラックの前方に停車したジーザリオのフロントガラスが砕け散る。
「貴方達の好きにはさせてあげない」
 超長距離狙撃を発動させたケイ・リヒャルト(ga0598)の銃弾が、空を舞う獲物へと襲い掛かった。
「人間風情が‥‥お仕置きが必要ですね」
「――ぁうッ!」
 翼を庇い身を翻した天使の片脚を、鮮血が伝う。引き換えに放った矢は確実にケイの鎖骨下を貫通していた。気がつけば最前列の運転手は座席の下に身を隠し、助手席に乗っていたトリシア・トールズソン(gb4346)も車外に出ている。
「車間を詰めて下に隠れる様に。私は、出る」
 二台目のトラックに同乗していたUNKNOWN(ga4276)が、硬直する運転手にそう言い残して窓を開け、するりと上によじ登った。
「ほう、美人な天使が居る、な」
 前方にアズラエルの姿を認め、口端を引き上げる。仲間達の無線が各車両に響き渡り、運転手たちが慌ててシートの足元に身を隠した。
「ここは危険です。今の内に後方へ避難を!」
 アサルトブーツの靴底で荷台を蹴りながら、最後列にいた赤宮 リア(ga9958)が車上を駆けて来る。最前列以外の運転手はその声に従い、天使の死角からトラックを降りて後方へ退避し始めた。
「あたし達が気を引くから隙を見て後ろに下がって。トラックは動かさない様に」
 赤崎羽矢子(gb2140)は先頭車両の運転手に無線を送り、騎士を見――そして馬へと視線を移す。
「‥‥そういう事か」
 この場にいる傭兵の顔を見る限り、殆どの者が同じ予想をしていることだろう。ならば。
「キメラ四天王が二体も居るってことは、ケット・シーとソフィアもここに居るのかい? ソフィアは妊娠してた筈だけど、子供はどうなったの?」
 天使の青い瞳が地を見下ろしたその瞬間に、羽矢子は瞬足縮地を発動。忽然と姿を消した。
 近い位置からの真音獣斬。腹部に衝撃波を受けた天使が、トラックと傭兵達とは逆方向に飛ばされて行く。息をつく間もなく、前方の騎士へと視線を落として再び高速移動を試みる羽矢子。
 しかし、
『同じ手は食わぬ』
 羽矢子の次の標的が自分だと気付いた騎士が、身を守るように槍斧で半円を描く。
 騎士の横に姿を現した羽矢子に襲い掛かる槍斧の柄。咄嗟に受け止めたハミングバードが甲高い音を立て、手首と肘に痛みが走る。
『猫殿は居らぬ。此の程度、ソフィア殿の御手を煩わす程でも無い』
「‥じゃあ子供は?」
『言わずとも知れた事』
 羽矢子がふっと微笑った。鳴神 伊織(ga0421)の小銃が火を噴いたのは、その瞬間だ。
「私は鳴神 伊織。肩書とは無縁の身で恐縮ですが、御手合わせ願います」
 銃弾が甲冑を穿ち、着物の裾を翻して伊織は疾る。振り下ろされた鬼蛍が騎士の右腕を捉え、銀の手甲にくっきりと亀裂が走った。
「高速移動できるのは、一人だけじゃないんだよ」
 伊織へと向き直ろうとした騎士。声は、その足元から聞こえた。
『――何!?』
 迅雷で懐へと飛び込み、高速機動を発動したトリシアの、伸び上がるような一撃。伊織の攻撃で多少なりともダメージを受けたであろう騎士の右腕を、蛇剋が襲った。
「今のうちに早く!!」
「オッケー!」
 トリシアの機械剣が騎士の甲冑を灼き、槍斧のマークから外れた羽矢子が跳び退る。
 後ろを振り向き、そこに佇む黒馬と対峙する羽矢子。
「騎士と離れてるのはちょっと露骨じゃない?」
 その広くを見渡す草食獣の目は、彼女を睨んでいるようにも、騎士の身を案じているようにも見えた。

「フーン。さては馬が本体ね」
 一方、トラックの傍らでは、バハムートを纏った愛梨(gb5765)が馬を見つめて銃にペイント弾を詰めていた。
「何それ」
 珠美が援護射撃で天使の攻撃を阻害し、その隙にリアが先頭車両の運転手を後方に逃がしたのを横目に見ながら、リアムが問う。
「まあ見てなさいよ。そうそう、あんたは天使の方をよろしくね!」
「‥‥いいけど」
 フフン、と笑って見せる愛梨に若干の不安を覚えつつ、銃を手に飛び出して行くリアム。
 愛梨は彼を見送ると、低い駆動音とともに行動を開始したのであった。


●天使
 先頭車両の荷台に立ち、リアは敵味方の様子を見渡しながら、UNKNOWNとリアム、珠美の武器に練成強化をかける。
 そして、
「あの騎士‥‥何らかの電波で操られているのならっ!!」
 おもむろにトラックを飛び降り、騎士の方へと駆け出した。
「さて‥‥では私がここを守ろう」
 一人車上に残ったUNKNOWN。見れば、高度を保ったままこちらへと向かってくる天使の姿。
「もう少しましな時にデートをしよう、か」
「貴方に、『次』があれば良いですね」
 天使が目にも止まらぬ速さで矢を放ち、同時にUNKNOWNのエネルギーキャノンが幾条もの光を放った。
 空中で交錯する羽根と光線。すぐさま回避行動に移る天使に対し、UNKNOWNはその場を動かず頭を庇う。
「良い心掛けです」
 避けきれず翼の一枚を焦がされた天使が、黒のコートに突き刺さった2本の矢を見て笑みを浮かべた。トラックを守るという役目がある以上、彼が自分の攻撃をかわせないことを知っているのだ。
「まさか物資が食糧だけ、という事はないのでしょう?」
 柔和な表情で、トラックと傭兵達を見渡すアズラエル。その白い肢体が、オレンジ色の炎に包まれる。
「火‥‥! そうはさせない。何枚も羽が在ると言うなら――全てを撃ち抜くまで!」
 長弓に持ち替えたケイが、死点射を発動させた。一斉に放たれた4本の弾頭矢が、炎を纏う天使へと吸い込まれて行く。
「――くっ!?」
 旋回してかわす天使。しかし、自らを包む炎に弾頭矢が次々と引火、爆裂する。さらに撃ち込まれるケイの矢、そして珠美とリアムの銃弾。
「下等生物が‥‥調子に乗って‥!!」
 煤けた顔の天使が舞い、5発の炎弾が地上の3人に襲い掛かった。
 リアムと珠美がかわし切れずに被弾。ケイは大きく横に跳んで回避したつもりが、左脚に激痛を覚えて顔を歪める。そこへ、2発目が飛来した。
 3人は地面を転がって火を消し、身体の至る所に酷い火傷を負いながらも何とか立ち上がる。トラックの上では、炎弾を免れたUNKNOWNがエネルギーキャノンを連射し、頭上を飛び回る天使を相手に孤軍奮闘していた。
「珠美さん! リアムさん! しっかりして下さい!」
 ダメージの酷い珠美とリアムに、戻ってきたリアが超機械を向ける。淡い光が二人を包み、焼け焦げた肌が少しずつ色を取り戻していった。
「感電と銃創、どちらがお好みですかっ!?」
 まずはエネルギーガンを空に向け、天使へと撃ち放つリア。身を捩る天使の腰に一筋の火傷が走り、振り返った敵の矢が後退しようとする彼女の腿を突いた。
「ありがとう、助かった」
 一言礼を述べ、戦線に復帰する珠美。SMGと拳銃を両手に構え、天使に狙いを定めた。
 天使の戦法は、ズバ抜けた回避力と高い命中力を生かした高機動戦だ。しかし、防御力や抵抗力の低さが際立っている。3枚が使い物にならなくなった翼は、よく見て数えれば全部で7対。あと数枚も撃ち抜けば、流石に機動力に影響が出るはずだ。
「リアム、奴が私の攻撃を受けるか、かわした瞬間を狙え。翼を撃ち抜ければ幸運だが、高望みはしなくていい」
 傍らの少年は、珠美の指示を受け入れた。自衛隊時代の、今は亡き後輩の姿をそこに見ながら、珠美は二丁の銃の引き金を引く。
「その程度、‥‥っ!?」
 空に散った無数の銃弾。急旋回でそれを回避したその先に、リアムの銃口が向いていた。
 撃ち出された弾丸が天使の首を掠めて飛び、真っ赤な鮮血がその胸を染める。
 怒りに目を細め、5発の炎弾を撃ち下ろす天使。リアムは肩に、珠美は背中にそれを受け、肉の焦げる嫌な臭いが密林に漂った。
「どうしたの? これでお仕舞い? 私はまだ立てるわよ」
 同じく炎弾を食らってしまったケイが、激痛を堪えながら左腕を空に向ける。その右腕は表面が黒く炭化し、使い物にならなかった。
 アラスカ454が4発の銃弾を吐き出して、天使が翼1枚を犠牲にしながらも矢を放つ。
 ケイの腹に、熱い痛みが走った。


●騎士
「あんたが本体なんでしょ。わかってるよ!」
 羽矢子が繰り出した獣突を、馬は無言のままヒラリとかわしてみせる。
 四足の草食獣にも関わらず、羽矢子が気付いた時にはもう側面に回られていた。その瞬発力は異常といって良いだろう。
「なんだ、バレちゃしょうがないね。鬼さんこちら〜! キシシ」
 振り抜かれた羽矢子の剣を首の動きだけで回避し、『デュラハン』は口元をニヤリと歪めてみせた。


 トリシアの機械剣が軌跡を描き、鈍重な騎士の鎧を溶かしていく。伊織と対峙する騎士の甲冑、その側面に生じた切れ目に蛇剋を力の限り突き立てた。
 騎士の手甲がトリシアを襲う。頭部を横ざまに打たれ、小さな身体が数メートルも吹き飛ばされた。
「‥‥!」
 突き込まれる槍斧。トリシアは歯を食いしばって悲鳴を堪え、脇腹から鮮血を流しながらも必死に上体を起こす。
 しかし、騎士が二度目の突きを放った時、彼女の身体は不自然な動きで宙を舞い、くるりと一回転してそれをかわしたのだ。
「身体が‥‥凄く軽く感じる‥」
 『回転舞』。身体の底から湧き上がる躍動感に、思わず感嘆の声を漏らすトリシア。
「余所見は禁物です」
 猛撃を発動した伊織の鬼蛍が甲冑の継目へと刺し込まれる。鎖帷子を突き破った伊織の一撃は、騎士の肉体に深々と潜り込んでいた。
 槍斧の柄で腹を突かれながらも、伊織は刀を振り下ろす。本体を攻撃されている騎士の反応速度は鈍く、銀の甲冑に幾つもの傷が刻まれていった。
 その隙に、トリシアが後退。羽矢子に加勢するべく馬へと走る。
「四天王を名乗る者といえど、正体がわかっている以上、脅威ではありませんね」
 闇弾を正面から受け、それでも伊織は攻撃の手を止めなかった。槍斧の柄を刀の側面で受け、そのまま刃を滑らせて斬撃を繰り出す。時には受け止め損ねて地面に転がりながらも、彼女は何度も立ち上がって刀を振るい続けた。

 羽矢子とトリシアを前に、馬は恐るべき敏捷さで攻撃をかわし、逃げ続けていた。
「この馬、逃げ足だけが取り柄? 何とか隙を――」
 トリシアが言いかけた、その時だった。馬が驚いたように目を見開き、低く嘶きを響かせる。
 騎士を振り向く二人。そこには、リアのエネルギーガンから伸びた青白い電波を受け、地面に膝をつく首無し騎士の姿があった。
「これでも喰らいなさい!!」
「ぶわっ!?」
 突如、横合いから飛来した2発のペイント弾が、馬の右目のすぐ側に着弾する。飛沫が目に入り、忌々しげに首を振る馬。
「こっちだって鎧着てるんだからっ! 負けてらんないわよ。覚悟しなさい、この首無し鎧ッ!」
 ペイント弾を撃った張本人は、鼻息荒く睨みつける馬を尻目に剣を構え、竜の翼を発動。騎士へと突撃していく。
「‥‥くそっ!!」
 馬は羽矢子とトリシアの斬撃をギリギリかわしながら、何とか騎士のコントロールを取り戻した。
 虚実空間で動きを止められ集中攻撃を受けた騎士は、よろめきながらも槍斧を振り回し、闇弾を撃ち出して応戦する。
「痛いわね! 倍にして返してあげるんだからッ!」
 トラックを守って闇弾を受け、さらに槍斧で突かれた愛梨が怒りの声を上げ、バハムートの関節をスパークさせながら騎士に肉薄。甲冑の継目から刃を突き立てた。
 そして、動きを止めた騎士を前に、伊織の刀が輝きを放つ。
「――天雷」
 両断剣・絶。斬撃が銀の甲冑を打った。地面に落ち、転がる騎士の腕。
「観念しなさい」
 馬が驚愕の表情で騎士に気を取られた、その瞬間だった。
 羽矢子のハミングバードが、その右前脚を捉える。
 飛沫く鮮血。カクン、と脚を折った黒馬目掛け、トリシアの機械剣が光を放った。


    ◆◇
 アズラエルは馬と騎士が大地に倒れたのを蔑むような目で見下ろした後、早々に撤退していった。
 少しばかりの追撃は行われたものの、深追いする必要も、余裕もない。
 傭兵達は、血まみれの天使がジャングルの空に消えていくのを見送ると、再び前線基地へとトラックを走らせたのであった。


 リアの練成治療と伊織の応急処置のお陰で重傷を免れた傭兵達は、前線基地で数時間の休憩を取ることになった。
「――それでね、『回転舞』を使ってみたんだけど、びっくりする位体が軽くて」
「転職かぁ‥‥僕も考えようかなぁ」
「そうだね。いいかもしれない。そうだ、リアムはLHの生活に慣れた? 私は、相変わらず彼と仲良しで‥‥」
 休息所のソファの上で、トリシアがリアムと談笑している。すると、いつの間にかそこに愛梨も加わった。
「ちょっとは傭兵として使えるようになったんじゃない、リアム? けど、あたしのペイント弾作戦見てなかったでしょ!」
「天使をよろしく、って言ったの愛梨だろ!」
 ぎゃあぎゃあとじゃれ合う三人。それを、静かに見守る大人たち。
 伊織は救急セットの医薬品を整理しながら。UNKNOWNは森の緑を肴にビールを、羽矢子とケイは紅茶を飲みながら、ソファに身を預ける。
(「‥‥あの顔はまだ吹っ切れてない、か」)
 一見楽しそうに笑うリアムを見つめ、珠美は心の中で呟いた。
(「口出しせんから、何事も経験だと思って若い内に悩んで置くがいいさ。悩めるのは若人の特権、さ」)
 愛梨も、そしてトリシアも、敢えて山羊座の話は避けているように見える。
 珠美は後輩の横顔を眺め、再び視線を落として銃の手入れを始めた。
「リアムさん。私は兵庫で山羊座‥‥いえ、貴方のお母さんと戦い、そして追いやった者の一人です」
 しかし、彼女らとは違う立場でリアムと話さねばならない者もいる。リアだ。
「貴方も彼女と会いたいと思っているのなら、私はその為の努力は惜しみません」
「‥‥‥なんで?」
 リアムは、そう尋ねるのが精一杯という顔で口を開いた。リアは、その瞳を真直ぐに見つめ返す。
「償いという訳では御座いませんが、私は彼女を救いたい。貴方とお母さんを会わせたいのです‥‥そうすればきっと彼女も変わってくれると思います」
 彼女の言葉に、リアムは口を噤んだ。そして、たっぷりと沈黙した後、困惑の表情でリアを見る。
「‥‥何も変わらないかもしれないよ?」


「――けど、変わるかもしれない」


 応えたのは、トリシアだった。