タイトル:【コミ】迷惑スパイ伝説マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/05 19:18

●オープニング本文


「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしく‥‥」
「まあ、泣かないでラッキー。とても鬱陶しいわ」
 メトロポリタンXのとある空き地に、無造作に置かれた犬小屋。そこに繋がれ泣き続ける一匹のマルチーズの皿に、『おいしく食べられる期限』の切れたドッグフードをザラザラと注ぎ終えると、リリア・ベルナールは笑顔で一言吐き捨てた。
「リリアさま‥‥このゴハンはキツイです‥‥」
「どうして? 激安ドッグフードばかりでは嫌だと言ったのはあなたでしょう? だから、色々な種類を揃えてみたわ。確かに少し古いけれど、『誇り高く強靭なバグアなら』健康に影響はないもの」
 わざわざ、『誇り高く〜』のあたりを強調して言うリリア。
 北米バグア軍がシカゴとミルウォーキーを失っただけならまだしも、親衛隊のトリプル・イーグルは次々倒れるわ、シェアトなんていう馬の合わない奴が勝手に北米に居座るわ、南米は南米で人間共が調子に乗って侵攻作戦なんかやってるわ、最近のリリアは苛々続きである。
 世界を危機に陥れるようなキメラまで持たせたにも関わらずフルボッコにされてノコノコ帰って来た白犬バグアなど、今の彼女にとってはストレスの捌け口以外の何でもなかった。
「めそめそめそめそめそめそめそ‥‥」
 傭兵達に刈られた毛はようやく伸び、しかし、激しく汚れ、毛玉だらけである。ついでに言うと、この空き地の草には多分、ノミがいる。
 それでも、まだバグアの一員としてここに居られるだけ、マシな方だ。
「リリアさま、あと一回だけチャンスをください‥‥! 絶対に、人間共をギャフンと言わせてみせます!」
「まあ‥‥寝言は寝てから言うものよ、ラッキー。ギャフンと言わされたのはあなたの方じゃない。しかも2回」
「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしく‥‥」
 再び泣き崩れるラッキー。心無い通りすがりのバグアAにマジックで書かれた眉毛が、さらに哀愁を誘う。
「しくしくしくしく―――――ハッ!?」
 と、立ち去ろうとしたリリアの前で、ラッキーが何かを思い付いたかのように顔を上げた。
「リリアさま! スパイです! スパイをやらせてほしいです!」
 キラキラ輝く瞳で彼女を見上げ、前脚でバンバンと地面を叩くラッキー。胡散臭げに犬を見下ろすリリア。
「? スパイ?」
「そうです! どこから見ても愛玩犬な姿を活かすのです!」
「‥‥‥‥」
 ラッキーはパタパタと尻尾を振り、自信に満ちた表情でピョンピョンと飛び跳ねた。


    ◆◇
「よし‥‥ここだな」
 7月下旬、ラッキーの姿は日本の近畿地方にあった。
 シャンプーをして若干小ぎれいになったラッキー(眉毛以外)は、大阪の街並みをトコトコと歩き、背負ったリュックの中から取り出した地図を確認する。
 立ち止まって見上げると、そこにはコンクリート造りの貸倉庫が並んでいた。
「フフフ‥‥人間どもめ。ここで『こみっく・れざれくしょん』の準備をしていることはお見通し! このラッキー様の目を誤魔化せると思うなよ! わははははは!!」
 短い前脚を振り上げて、早くも勝利のポーズを取る。
「‥‥‥」
 そして、ひとしきり高笑いした後、誰も何も言ってくれないので、ラッキーは再びトコトコと炎天下を歩き始める。
(「この間のバレンタインといい、人間どもはお祭りと見せかけて裏でコソコソ動くのが得意だからな! 俺様がその証拠を掴んで先手を打ってやるぜ! ヘイヘイ♪」)

 ‥‥言わなくてもわかるかもしれないが、ラッキーは、ヲタクの祭典『コミック・レザレクション』を勘違いしていた。
 コミック・レザレクションとは、大阪の中埠頭で年に2回開催される同人イベントである。確かに規模は大きいが、それ以上でも以下でもない。
 どこでコミレザの話を聞いたのか、何やら、グリーンランドの『バレンタイン強襲戦』のようなお祭り騒ぎを隠れ蓑にした大規模作戦がコミレザでも起こると、特に根拠もなく思い込んでいるらしい。

 ラッキーは事前に集めた情報をもとに一つの倉庫へと向かい、前脚のレーザークローでシャッターに穴を開ける。
 意気揚々と中に入って行くと、思った通り、そこには大量のダンボール箱が積み上げられていた。
「おおぉぉおおお!!!」
 美味しいゴハンの日々が間近に迫っている事を確信し、歓喜の声を上げて小躍りするラッキー。
 まあ、ダンボールの表面に貼られた送付状には『コスプレ衣装』と書かれており、彼が期待する軍事情報でない事は明らかなのだが、当のラッキーは全くそれに気付いていない。
 ルンルン気分でダンボールによじ登り、天辺に置かれていた一際小さな箱をリュックに入れる。
 そして、その他の箱はどうしよう、とラッキーが腕組みしていた――その時だった。

「なっ、なんや!? シャッターに穴開いとるで!?」

 オバチャンの声がしたかと思うと、いきなりシャッターが開いたではないか。
 しかも、

「ギャーーーーーーーーーーーッッ!!??」

 オバチャンのTシャツに描かれたヒョウの顔を、逆光のせいで本物と間違え、ビックリしたラッキーは思わず、悲鳴を上げてしまった。

「ギャーーーーッ!!?? 犬が喋っとる!? ちょっと! 誰か、誰かあぁ〜〜〜〜!!!」
「あっ、コラ! 騒ぐなヒョウ柄!!」

 焦るラッキーを無視してオバチャンの金切り声は響き続け、倉庫前はあっという間に大騒ぎになってしまった。
「あの犬、大事な荷物をリュックに入れとるで! 盗む気や!!」
 ヒョウを着たオバチャンが、さらに叫ぶ。 
 そう、ラッキーにとって運の悪い事に、そこは、飯田 よし江(gz0138)の実家が管理している倉庫だったのである‥‥。

●参加者一覧

智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
九条・縁(ga8248
22歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
森里・氷雨(ga8490
19歳・♂・DF
フェリア(ga9011
10歳・♀・AA
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ファリス(gb9339
11歳・♀・PN
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

「コス泥棒だとぅ!?」

 飯田 よし江(gz0138)の話を聞くなり、素っ頓狂な声を上げる森里・氷雨(ga8490)。
「破廉恥眉毛犬許すまじ! しかも、小さい箱だと!? 露出度際どい物件じゃないですか! ぜひ奪取して鑑賞と吸引ハァハァ‥‥」
 彼は今日も、清々しいまでに変態だった。
 暫くその場でハァハァ言っていた氷雨だが、何を思い付いたのかいきなり立ち上がると、「トイレ行ってきます」と言い残し姿を消してしまう。
「ち‥‥毛刈りだけじゃ足りなかったか‥‥。仕方ない、趣向を変えてみるか」
 ブツブツとそんな事を呟きながら、路肩に停めたジーザリオの後部座席を漁っているのは九条・縁(ga8248)。
「へえ‥‥あの馬鹿犬が倉庫荒らししてるんだ。相当落ちぶれたわね」
 こないだまで恐怖の一軍率いてたのにね、と肩を竦めたのは、これでラッキーとの因縁も3回目となる百地・悠季(ga8270)である。同じく因縁の深い智久 百合歌(ga4980)はというと‥‥、
「また性懲りもなく現れたのね、ラッキー。コスプレ衣装なんか盗んでどうする気か知らないけど」
 早くも目が据わっていた。
「せやけど、あれに何かあったらブースが出されへん子もおるんや」
「ええ、そうね。レイヤーさん達の血と汗の結晶をみすみす渡す訳にはいかないわ。あ、私の荷物もあの中なんて事はないわよ? ‥‥ないんだからっ!」
 うっかり口を滑らせ、言わんでもいい事を喋ってしまう百合歌。この場に氷雨がいなくて、本当によかった。
「犬をヨリシロにするとか、マヌケなバグアね。ちゃっちゃとヤっちゃいましょ」
 愛梨(gb5765)に至っては、ラッキーの事など憶えてもいない。彼女は極東ロシアで会って以来お久しぶりのよし江を振り返り、元気よく駆け寄った。
「オバチャン! 荷物は必ず取り戻すから、任せといて!」
「頼もしいなぁ! オバチャン、実家帰って麦茶冷やしといたるからな!」
「うん‥‥ありがと!」 
 日本の夏、実家の味といえば麦茶。
 今は亡き母を思い出してしまったのだろうか。愛梨は一瞬寂しそうに睫毛を伏せて、それから、何事も無かったかのように笑って見せた。
「よし江おばさま、ファリスが来たから安心なの。きちんと悪いキメラは懲らしめるの!」
 よし江に向かって今の意気込みを語るファリス(gb9339)。どうやら、ラッキーの事をバグアだとは認識していないようだが、そもそもマルチーズなんだから仕方あるまい。
「せやな。ちゃんとお仕置きしたってや〜」
 まるで近所の小学生に言うような口調で話すよし江に、ファリスは両手を胸の前でグッと握り締めて応えた。
「とぉー、ここがあのワンコのハウスねッ!」
 その時、野次馬を引き連れて引き上げようとしたよし江の目に、何か不思議なものが映り込む。
 思いっきり斜めに傾きながら、こちらに向かってノロノロと進んで来るスポーツバイク。それから、それを必死で押しているフェリア(ga9011)であった。
「‥‥‥‥」
 身長が低いが故に、乗りにくいらしい。

    ◆◇
 今日の天気は晴れ。気温は35度。アスファルトの照り返しが滅茶苦茶暑い。
 そして勿論、
「‥あ、あづい‥‥」
 シャッターを閉められてしまった倉庫内も、滅茶苦茶暑い。 
「やべぇ‥‥さっさと脱出しねぇと死ぬ‥‥!」
 だが次の瞬間、ラッキーの優れた聴覚が、信じられない言葉をキャッチした。
『流石ビールだ! 喉越しが違うぜ!』
「えっ?」
『やっぱ良い肉は片面焼きで食えるのが良いよな!』
 それは縁の声。漂う肉の香りが、ラッキーの黒い鼻を刺激する。ジュウジュウと網焼きBBQの音が響き、垂れ耳がピクピクと動いて反応を見せた。
「に、にく‥‥! ビール‥!」
 あまりの暑さに目が回り、BBQの誘惑に負けてフラフラとダンボールの山を降りるラッキー。
『そういえば、カレーも用意してるんですよね。夏といえばコレでしょう!』
 いつの間にトイレから帰還したのか知らないが、氷雨が開けたレーション「レッドカレー」から漂う加齢s――もとい、カレー臭が、ラッキーの空腹を更に煽った。
「‥‥ちょっとだけ‥‥ちょっと見るだけなら‥‥」
 とうとう我慢の限界に達したラッキーが、ハァハァとヨダレを垂らしながら出口へ走る。
 ちょっとだけ、と自分に言い聞かせ、シャッターに空いた穴からそっと、外の様子を窺った。


「奴がラッキー‥‥。伝説の負け犬でござるな!」
 案の定、ノコノコと顔を出したラッキーを見て、フェリアの両目がキラーンと光った。肉汁滴るカルビをモリモリと口の中に押し込み、咀嚼に苦労しながら席を立つ。
「‥‥かわいくないの! ぶちゃいくなの!」
「あの眉毛、一体何があったのかしら」
 眉毛犬と化したラッキーを一目見るなり、普通のマルチーズを期待していたファリスが微妙に顔を顰めた。彼女と共に団扇で炭火を煽ぎ、匂いを倉庫の方へガンガン送っていた悠季もまた、彼の顔面を見て小首を傾げる。
「あら、あんた来たの? ついでに参加する? 色々揃ってるわよ」
 悠季が声を掛けると、ラッキーはフン、と鼻を鳴らし、
「馬鹿め! 罠だって事ぐらい、このラッキー様はお見通しだぜ!」
 言いながら、氷雨がシャッターの近くに置いたカレーの皿をサッと引き寄せ、バクバクと物凄い勢いで食べ始めた。
(「チッ‥‥意外と賞味期限長いんですね。俺が食えば良かった」)
 思わず舌打ちする氷雨。2年前に入手したレーションの耐久テストのつもりが、案外普通に食べているラッキーの姿が面白くない。
「しかし、今回のコミレザはいつもより気合いを入れるべきですね。俺、ぶっちゃけ修羅場明けでテンション上がってるんで、徹夜組もイケる感じですよ!」
 わざわざラッキーに聞こえるような声で、氷雨は縁にそう話し掛けた。コミレザのカタログを広げ、何やら相談を始める。ちなみに徹夜でコミレザ並ぶとかマジ困るんで、やめて下さい。
「確かに気合いが必要だな。これが今回の重要機密書類か? 新型の情報は‥‥」
「俺はここから攻めます。そうすると、九条さんはこの辺りから‥‥」
 真剣な眼差し。縁と氷雨が開いているページは、成人向け同人ブースの配置図だった。
「だが、本命の情報はあっちの倉庫にあるんだろ? ――おっと、言っちまった」
「飲み過ぎなの! 言っちゃ駄目なの!」
 酔った振りをした縁が誤情報を流し、すかさずファリスが大声で窘める演技を入れた。
 それを聞いた白犬は動揺した様子で視線を巡らせ、百合歌へと行き着く。
「ふっ、バレちゃしょうがないわね、ラッキー! この倉庫はダミーよ! こんな事もあろうかと偽倉庫を準備しておいたの。お馬鹿なバグアが見事に嵌ってくれたわ。本命はあっちよ!」
「なっ‥‥なんだと!?」
 動揺させるだけさせておいて、後は放置でのんびりハラミを食し始める百合歌。よく冷えたビールとの相性が最高だ。
「だ、騙されないからな! さっきのヒョウ柄の態度を見たか!?」
「ふふん、あんたオバチャンに騙されたのね。ここの倉庫はダミーよ」
 アワアワと慌てながらも百合歌の言葉を疑うラッキーに、愛梨が駄目押しする。
「オバチャンがあんたの気を引いている間に、別の倉庫にある大事な荷物の無事は確認済みよ。残念だったわね」
「‥‥‥」
 ああ美味しい、とロースや豚トロを口に運び、乾いた咽をジュースで潤す愛梨。
「‥‥お、俺は‥‥また失敗したんか!? 騙されたんか!?」
 黒い瞳を涙で潤ませ、ガックリと膝(尻?)をつくマルチーズ。彼が引っ込んだ倉庫の中から、シクシクとすすり泣く声が響き始める。
「ラッキー、もういいじゃない。諦めてお肉食べに来たら?」
「そうよ。それにあんた、若干小奇麗になった様だけど、まだまだよねえ。丁度ペットトリミング店の割引券有るんだけど、要らない?」
 ここぞとばかりに、シャッターの穴に向かって呼び掛ける百合歌と悠季。しかし、この二人には過去2回ほどボコボコにされているので、ラッキーもそう簡単には出てこようとしなかった。
「ホントは食べたいんでしょ。早く出て来なさいよ」
「よし、じゃあここに置いといてやるから食えよ」
 仕方が無いので、愛梨がタレの皿を、縁が肉の皿をシャッターの近くに置き、百合歌と悠季を伴ってその場を離れてみる。ちなみに、皿の上にはザルが仕掛けられていた。
「このまま宴会に縺れ込みも良いわよね」
 悠季が網の上に肉を追加して、BBQを続けて待つことしばし。
 ふと見ると、小癪にも縁の罠を解除し、そーっと肉に口を近付ける白犬の姿がそこにあった。
「タレはたっぷりかけなさいよ」
「――‥ハッ!?」
 ラッキーが肉を手に取った瞬間、愛梨はタレの皿を思いっきり蹴飛ばした。


    ◆◇
「目が!! 目‥」
「だからやめなさいって」
 タレまみれになった目元を押さえて『誰かを彷彿とさせる悲鳴』を上げかけたラッキーを、百合歌の獣突がブッ飛ばした。
「引っ掛かったな阿呆! あれは罠だ!」
 別に罠自体に引っ掛かったわけでもないが、どや顔の縁。その隣に、闘志溢れる瞳で進み出たファリスの姿は、ラッキーの目から見れば天使の羽根を生やした悪魔だった。
「人の物を取るのは泥棒さんなの。そんな悪いイヌさんはファリスがとっちめるの!」
「ひいいぃぃぃ‥‥!!」
 ギラギラと光る槍先を突き付けられ、大慌てで倉庫の穴を顧みるラッキー。しかし、
「もう逃げ込めんぞ。覚悟せい!」
 そこには、フェリアと百合歌が立ち塞がっている。にっこりと、怖い微笑みを浮かべてラッキーに歩み寄る百合歌。
「お祈りは済んだかしら?」
「まっ‥待て! 話し合おう! 俺様はその、海風を浴びに来ただけであのその‥」
 ボキッボキッと指を鳴らして迫る百合歌にガクブルしながら、ラッキーは慌てて別の方向に走り出す。
 しかし、
「逃がすわけないでしょ」
「ギャインッ!!」
 愛梨のAU−KVに見事に撥ねられ、ポーンと飛んだ先はフェリアの目の前だった。
「さて、ここで年貢の納め時かしらね。決して大阪湾には逃さないわよ」
 起き上がろうとしたところを悠季に銃撃され、尻を押さえて飛び上がるラッキー。その瞬間、フェリアの手が彼のリュックを掴み、一息にそれを奪ったではないか。
「あっ! 返せ!!」
「悪いが‥貴様のリーチに入ってやるつもりは無い」
 レーザークローを振るって取り返そうとするラッキーから身を引き、フェリアは隠し持っていた別のリュックを取り出して地面に放り投げる。慌てて回収に走る白犬。
 だが、小癪にも臭いで中身に気付いたらしく、彼はハッと立ち止ると、いきなりレーザークローでそれを切り裂いた。
「わはははは!! こんなモンで俺様が騙されると思ったか!!」
「くっ‥‥阿呆のくせに生意気な!」
 中から出てきたのは、消費期限切れハム。それはともかく、例のキメラによく似たヤバい衣装まで飛び出ているではないか!
「見ろ! ブツはここだー!!」
 これはヤバい、と思った氷雨が皆の注意を衣装から逸らし、取り出した小さな箱を日除けのテントの中へと放り込んだ。
「畜生! それが本物か!!」
 フェリアの流し斬りをかわし、ファリスの刺突を掻い潜り、敏捷な動きで箱を追うラッキー。目の前に立ちはだかった縁に、右前脚を振り翳して飛び掛かる。
「俺のこの手が光――」
「しつこいわね!!」
 またしてもヤバいキメ台詞を吐きかけた白犬目掛け、悠季が発砲。銃弾に必殺拳の軌道を逸らされたラッキーは、アスファルトに大穴を空けながら縁の目の前に着地してしまう。
「今日の俺は酒が入ってんだ。手加減はできねぇぜ!」
「ギャイーーーーーン!!」
 スキル全開のクロムブレイドが、ラッキーの小さな体を叩き伏せるかのように振り下ろされた。肩から血を流し、それでも立ち上がろうとする白犬を、今度は百合歌の脚甲が思いっきり蹴り上げる。
「ほら、大事な箱がそこにあるわよ!」
 宙に浮いたラッキーを、蛍火の一閃で薙ぎ払う百合歌。まるで野球ボールのように吹っ飛んだマルチーズは、氷雨の放った箱の後を追い、そのままテントの中へと転がり込んだ。
「辞世の句は何?」
 ニコニコと微笑みながらテントを覗き込む悠季に怯え、ラッキーは半泣きで箱を引き寄せ、抱き締める。
 だが、次の瞬間。

「う‥!? おええええぇぇぇぇぇえええーーーーーッッ!!!」

 ラッキーの、悲鳴とは違う魂の叫びが木霊して、テントの中に異臭が充満した。


    ◆◇
「しゅっしゅっ。‥お、ニオイ消えた。さすが瞬間消臭スプレー」
 守り抜いたコスプレ衣装と、ラッキーが嘔吐した後のテントに消臭剤を振り撒き、臭いを取っているのはフェリアだ。
「犬って鼻がいいんですね。箱も開けずに、俺が3日穿いた下着の臭いに気付くなんて」
 淡々と語る氷雨の言葉には、皆、特に何も返さず、ただ微妙に引いた視線を送るだけであった。
 そんな彼は、シャッターの穴に磔にされたラッキーにヒョウ柄の模様を描き加えている。
「しくしくしくしくしく‥‥」
「わははは! 良い写真が撮れたぜ! LH中にバラ撒いてやるからな!」
 ヒョウ柄眉毛犬に幼児用ビキニを着せ、大笑いしながら写真を撮りまくる縁。ラッキーは、ただメソメソと泣き続けるのみだった。
「ほらほら、泣いてないで愛想でも振り撒きなさいよ。募金が集まらないでしょ!」
「は、はい。ごめんなさい‥‥」
 置かれた募金箱には、ラッキーが壊したシャッターと道路の修理代が『目標額』として書かれている。愛梨は白犬を一喝すると、自分は優雅に椅子に座り、よし江が届けてくれた麦茶を飲み始めた。
「皆、ホンマにありがとうな。オバチャン、ホッとしたわ」
「いいのよ。困った時はお互い様でしょ?」
 礼を言うよし江に、愛梨が笑ってそう返した。よし江は心底安堵した表情で、再び皆に麦茶を注ぎ始める。
「でも、このイヌさんどうしようなの。ファリスは、研究所に送るのがいいと思うの」
「ぎゃーーーーーー!! やめてええええーーーーーッッ!!!」
 ほんわかした雰囲気でキッパリと提案するファリスに、ラッキーが悲鳴を上げた。
「そうねぇ‥‥」
「放っておくと、また何をするか解らないものね」
 百合歌と悠季は一瞬迷ったように見えたが、ラッキーの悪行を色々と思い出し、案外あっさりと研究所送りを決定する。
「さらばだ悲劇の白犬よ。‥‥せめて、来世がよりよい生であらんことを‥」
「よーし、それじゃ、ちょっと眠ってもらわねぇとな?」
「お、おいバカやめろ! 縁起でもないことぎゃあああああああああああ!!!!」
 シリアスぶって悲しげに手を振るフェリアの前で、再び縁によるフルボッコの刑が開始された。

 真夏の大阪湾に、マルチーズの絶叫が木霊する。
 その後ラッキーは軍の施設に引き渡され、白犬バグアによる一連の事件はようやく幕を閉じた‥‥かに思えた。

 ――そう、この時は。