タイトル:【JTFM】憂国の少年王マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/30 00:10

●オープニング本文


 南米中部の内陸国、ボリビア。
 建国以来、周辺諸国との戦争、内紛の他、百回以上のクーデターを繰り返してきたこの国では、『平和』という二文字ほど尊いものは無い。無数の死体と血の上に上下の両院と大統領とを据え、共和国家として形を整えたのも束の間、バグアによる南米侵攻が再びこの国を動乱の最中へと叩き込んだ。
 そして、僅かな期間に再びクーデターを繰り返し、誕生した新政権は、バグアにも人類にも与する事無く生きる道を選ぶ。
 中立国家の象徴としてクーデター指導者を君主とする王制を敷き、上下院を残すことで国民の反発を最小限に留めた新政権は、バグアと人類の両軍に無視されていた状況を上手く利用し、自ら殻に閉じ籠ることで自身を護ろうとしたのだ。
 仮初めの平穏は、政府関係者の目から見れば相当な危うさを滲ませながらも、それを知らぬ国民からは歓喜をもって迎えられた。例え諸外国との国交が断絶し、各種産業が停滞の一途を辿ったとしても、彼らは争いを恐れていた。初代国王が暗殺者の刃に倒れたその後も、国政など何もわからぬ若年の王子が新たな君主となったその後も、まるで薄い氷の上を歩く者の如き『中立国』は、徐々にその国力を弱めながら、束の間の『平和』の中にあったのだった。
 しかし、張り詰め過ぎた緊張は、僅かな刺激でぷつりと切れる。
 2009年秋より、UPC南中央軍がコロンビアへの侵攻を開始した。『ジャングル・ザ・フロントミッション(JTFM)』と呼ばれる一大作戦である。
 傭兵を使い短期決戦かの如くコロンビア国内に雪崩れ込んだ人類側勢力は、瞬く間に同国のバグア軍基地を陥落させた。
 そして、ボリビアにおける『平和』が終焉を迎えたのも、この頃であった。
 強化人間による国王暗殺未遂事件を皮切りに、アスレードによる牽制攻撃、キメラやワームの襲撃事件が相次ぎ、バグアの脅威を認識し始めた国民の中からは、UPC加盟を望む声が上がり始めた。
 摂政のマガロを始めとする中立派の者達はそれを認めず、しかし、UPCの軍事介入を避けつつも有効な自衛手段を得る方法としてULTの支援を受け入れざるを得ない等、この国の情勢は今や、筆舌に尽くし難い程、混乱している。

 中立か、UPC加盟か。
 揺れ続ける国家の頂点に座する君主の名は、ミカエル・リア。
 国外からは『お飾り』とも揶揄される、僅か15歳の少年王である。


●ミカエル・リア
 面と向かって言われた事は無いけれど、僕は『お飾り』と呼ばれる国王だ。
 父が死んだ時、僕はまだ、政治のなんたるかも知らない子どもだった。僕を支えてきたのは、摂政のマガロを中心とした大人たちで、彼らは未熟な僕を差し置いて国を動かした。
 僕から見ればそれは当たり前の光景だったし、『平和』をもたらした父の偉業を称える国民は僕が玉座に居るだけで十分満足していたのだから、その状態が『お飾り』に見えただなんて、僕は気付いていなかった。
 政を行うために、国民によりよい未来を与えるために、僕が自己の意見を述べる必要があるだなんて、僕は知らなかった。
 それが必要なのかもしれないと思ったのは、何が切欠だっただろう。
 強化人間を目の当たりにした時? バグアの攻撃に曝されたラパスから脱出する時?
 ULTの傭兵に守られて、何もできない自分達の姿を見た時だったのかもしれない。
「国王様、演説のお時間です」
 マガロに呼ばれて、僕は『あらかじめ用意された』台本を机に置いた。
 僕とマガロは、バグアの被害を受けた首都・ラパスを訪れている。
 国王や議員達がラパスを捨ててスクレに逃げたとなれば、国民の不信を招きかねない。そのための、慰問演説だ。
 マガロ達が書いた『僕の演説』の内容は、被害者への激励と援助物資の約束、父の偉大さと、ボリビアの中立性を脅かす切欠となった【JTFM】作戦への遠回しな皮肉が満載されていた。
 その援助物資はULTから国民へ直接渡されるもので、マガロや僕達は、その行為を承認しただけに過ぎないのに、だ。

 マガロ達は、今でも強硬に「中立を保て」と主張している。
 武器を取るな、取ればバグアも武器を取る、この国をまた血で染めたいのかと、そう国民に語りかける。
 彼らの主張は、確かに一理あるだろう。
 中立宣言から現在まで、たかが数年とはいえ、武器を取らない事でこの国は生き延びたのだから。
 けれど、僕は思う。
 時代は変わった。過去においての正解が、現在においても同じく正解とは限らない。

 僕は演台に立った。
 僕はここで、何を言うべきだろう。
 マガロと、議員達と、この国の将来を話し合わなければと思う。
 最近は国内へのバグアの侵入が多い。恐らく、議員にも、国内企業にも、国軍にも、親バグア派が潜んでいるのだろう。
 そんな時に、いつまでも中立派だUPC派だと火花を散らし合ってどうなるものか。
 けれど、この国を動かす者達の中に、僕の言葉を聞いてくれる者はどれだけいるのだろう。

「キャーーーーーーーーーッ!!!」

 悲鳴だ。女性の悲鳴。
 慰問演説の会場を我が物顔で走り回る獣達の姿が見えた。
 マガロの指示で『ボリビア軍人の振り』をさせられたULT傭兵達が、僕とマガロを別々の方向へと連れて行く。

 獣達は群衆の中を駆け、数人を殺し、そしてその全てが僕とマガロに追い縋る。
 キメラだ。この襲撃はきっと、偶然ではない。

「大変! あのトラックからキメラが出たのを見たわ!」

 群衆の中から聞こえた声に、僕は聞き覚えがあった。
 国内最大のシェアを誇る運送会社オニール・トランスポーターの、カルメン・オニールという娘だ。
 キメラを引き付けかねない大声で、自社以外のトラックからキメラが出たと周知するなんて、商魂逞しい娘だと思う。

 万が一、僕とマガロが共に死んでしまっては、この国の将来が危うい。
 僕達は二手に分かれて逃げた。
 僕は能力者に守られながら、会場に広がる赤い血を見ていた。



 この国の王は、僕だ。
 けれど――僕はこの国に、一体何を与えることができるのだろう。
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
●依頼内容
・ボリビア国王ミカエル・摂政マガロの演説中に、キメラが現れました。
 各人を護り切って下さい。

●参加者一覧

赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
犬彦・綬陀矢(gb4825
25歳・♂・DF
萩野  樹(gb4907
20歳・♂・DG
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
Clis(gc3913
24歳・♀・ST
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

「呼ばないで。彼女は何かおかしい」
 舞台の隙間からカルメンの姿を確認し、呼び寄せようとしたミカエルの口を、赤崎羽矢子(gb2140)が塞いだ。
 注意して見れば、彼女の視線が時折、群衆の足元に向けられているような気がする。恐怖に引き攣る彼女の顔の中で、その二つの目だけは、いやに冷静だった。
「車を用意して来るわ」
 言いながら、Clis(gc3913)の足は既に出口へと向かっていた。
「悪いけど行かせて貰うよ」
 羽矢子が武器を取り、舞台裏から場内へと向かう動きを見せる。
「どこへ‥‥行くんですか?」
「他の人を助けなきゃ。放ってはおけないよ」
 不安を滲ませ問うミカエルに、同じく彼の傍を離れた夢姫(gb5094)が答えた。萩野 樹(gb4907)もまた、彼女達に続く。
「待て! お前達の任務を忘れたか!!」
 怒りの声を上げたのは、犬彦・綬陀矢(gb4825)と天野 天魔(gc4365)に両脇を護られ、早々に逃げ出そうとしていた摂政・マガロである。羽矢子は思わず、顔を顰めた。
「あんたの国の国民でしょ?」
「我々の警護を放棄するつもりか!」
「俺は」
 彼の怒声を遮ったのは、樹。
 AU−KVを封じられた青年は、幼さを残した貌をマガロへと向け、静かな声で言葉を続けた。
「目の前の、怖がってる人達を、助けたいんです。‥‥頼る鎧が無くても、俺は、能力者だから」
 ぐっと言葉を詰まらせたマガロから視線を外し、ミカエルを見る。
「‥‥お願いします」
「国王!!」
 ミカエルの言葉に頷き、樹と羽矢子、夢姫は、マガロの怒りを無視してスタジアムへと飛び出していく。
「はいはい。摂政さんよ、とっとと逃げようぜ? アンタが死んだら、国が傾いちまうよ」
「摂政殿はこちらへ。俺と犬彦氏でVIP室まで案内しよう」
 忌々しげに傭兵達を睨みつけるマガロを、犬彦と天魔が「やれやれ」とでも言いたげに肩を竦めつつ、通路へと誘導して行く。
(「全く、ただでさえ胸糞悪いというのに‥‥」)
 キリル・シューキン(gb2765)は内心の苛立ちを抑えて奥歯を噛み締めた。
 急進的な共和主義者である彼にとって、国王も摂政も自身のポリシーに反する存在なのだ。その上、あんな醜態を見せられるなど、己の忍耐力の限界を試されているような気分だった。
「王様、行きましょう。Clisさんが外に車を回してくれます!」
 エイミ・シーン(gb9420)に連れられ、出口へと続く通路に足を踏み入れるミカエル。そしてキリルもまた、それに続いた。


    ◆◇
「親バグア派の仕業なのかな‥‥人と人が対立するって、悲しいことだよね」
 混乱の只中に飛び込んだ夢姫は、キメラの姿を探してスタジアム中に視線を巡らせた。
 転んで押し潰されかけた子供をボリビア軍兵士が助け起こし、しかし、人々は彼らの誘導の声も聞こえぬ程興奮し、誰よりも先にこの場から逃れようと非常口に殺到する。
 そして、一際大きな悲鳴が上がり、群衆の中でその一角だけが円を描くように無人化した。
 円の中心では猿に取り付かれた女性が必死に抵抗し、駆け寄った兵士の軍用ナイフは赤い力場に阻まれて埒が明かない。
 羽矢子はその場で横飛びに跳び上がり、傍らの壁に両の靴底を付けた瞬間に瞬速縮地を発動。止まると同時に再び跳んで、手近に立っていた大柄な兵士の肩を蹴って群衆の上を通過、女性の目の前に着地した。
「ここはお前達の居場所じゃないんだよっ!」
『グギャッ!』
 ハミングバードに心臓を貫かれ、あっさりと地面に落ちる猿キメラ。
「早く! この人を運んで!」
 背中に軽傷を負った女性を兵士に任せ、羽矢子は次の標的を探し始める。大声に振り向けば、スタジアムの端に停車したトラックの荷台の上を走る猿の姿が見えた。
「キメラが居るよ! 頭を下げて!」
 群衆の頭上を闇のように黒い衝撃波が飛び、荷台の上の猿を直撃する。反対側に落ちたそれを追って、羽矢子が再び走り出した。
「北と西にはキメラがいます! 南と東の出口へ行って下さい!! あっちです!!」
 キメラの位置を把握し切れず、とにかく手近な出口に殺到する人々を、樹が大声で誘導しようとする。
 しかし、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したスタジアムでは、周りの悲鳴に声が掻き消されてしまう。樹はそれでも諦めず、北西やステージの方へ逃げようとする人々に声を掛け続けた。
「うわああああーーーッ!!」
「きゃ‥!?」
 断続的に聞こえて来る恐怖の声。見れば、北西からステージへと続く線上で、ひとつ、またひとつと人の頭が消えていく。
 人々の足元を攻撃しながら、小さな猿が移動しているのだ。
「道を、開けて下さい! キメラが来ます!!」
 キメラの存在に気付いた人々が、甲高い声を上げながら左右に分かれていく。
(「AU−KVが着れなくたって、俺は、能力者なんだ」)
 灰褐色の猿が真っ赤な目に殺意を灯し、地を蹴って樹へと飛び掛かった。
 カデンサの槍先が煌き、衣を裂くような断末魔がスタジアム中に響き渡る。
「‥だから、戦う。自分と、皆を信じる」
 肩で息をついて、槍先にぶら下がった猿を地に落とす樹。
 恐怖に顔を引き攣らせ、しかし唖然とした表情でそれを見つめる群衆へと視線を向けて、彼は再び大声を張り上げた。
「あっちへ逃げて下さい! 北西と舞台には近付かないで下さい!!」
 弾かれたように、逆方向へ逃げ出す人々。その時、誰かの手が樹の肩を叩いた。
「済まないな。助かった」
 それは、武骨な印象の中年兵士であった。
 彼は樹の肩をもう一度軽く叩くと、他の者の倍はあろうかという声量で声を上げ、群衆を南や東へと誘導していく。
「――! 4体抜けた!」
 トラックの陰に隠れるようにして移動した猿たちが、舞台裏へと消えていった。夢姫はそれを確認すると、無線を飛ばして護衛班に警戒を促す。
 各班から短い返事が返って来るなり、彼女はトラックの上を走るキメラに超機械「ザフィエル」を向けた。
 指揮棒の先端から放たれた電磁波が猿の毛皮を灼き、迅雷を発動して荷台を駆け上がった夢姫のベルセルクがその頭部を貫き絶命させた。
 人波を抜け、スタジアムを駆ける猿を発見し、夢姫は高らかに呼笛を鳴らす。
 音に気付いた羽矢子が彼女を顧みて、指し示された先のキメラへと高速移動、その命を絶った。
「あそこにもいる!」
 徐々に人が減り、視界が開けてきたスタジアムを見渡せば、今にも舞台へ飛び上がろうとしている猿たちの姿が見えた。
 夢姫がトラックを飛び降り、迅雷を発動する。
 握り締めた莫邪宝剣から光が生まれ、舞台に到達する寸前で1体を斬り伏せた夢姫。
 もう1体が舞台上へと上がり、危うく逃すかと思われた、その時だった。
「残念だけど、ここは通さないわよ」
 舞台袖のカーテンが翻り、突き出された杖が電磁波を発してキメラの全身を包み込む。
「Clisさん!」
「遅くなったわね。抜けてきた4体のうち、1体は途中で見つけて始末したんだけど‥‥残りは摂政側に行ったかもしれない」
 舞台上に転がった猿をそのままに、Clisはスタジアムへと飛び降りた。
「大丈夫ですよ、護衛班を信じましょう」
「そうだね。じゃ、あたしもキメラ掃討に加わるよ」
 夢姫の言葉に頷くと、Clisはスタジアムを駆けて来る2体の猿に視線を移し、武器を構えた。


    ◆◇
「こうも簡単に侵入を許すとは、この国は長くないな」
「何だと?」
 後方を警戒しながら天魔がポツリと洩らした言葉に、マガロはムッとした様子で彼を睨む。
「まあまあ。落ち着いて、摂政さん」
 犬彦は元警察官らしく『要人』を宥め、その様子に細かく気を配りながらVIP室へと先導して行った。
「‥‥後々の事を考えると、こっちに好印象持ってくれた方が楽だからな」
 職務に忠実な犬彦にマガロは好感を持ったようだが、彼がボソッと呟いた本音については聞き逃したらしい。
 二人はマガロをVIP室に入れると、扉をしっかりと閉め、一息つく。
(「『20世紀で最も完璧な人間』、チェ・ゲバラが死んだ地か‥‥」)
 犬彦は軍服の襟を緩め、煙草を咥えながら銃を抜いた。
「質問なのだが、摂政殿の望みはこの瀕死の国を延命させる事でいいのかな?」
『‥私と、この国を侮辱しているのか?』
「失礼。別に摂政殿を責めているわけじゃない。死なぬ人がいないように滅ばぬ国も無い。ならば滅びを受け入れるのも悪くないさ」
『‥‥何が言いたい』
 淡々と話し続ける天魔に対し、マガロの声には怒りが混じり始める。
「近い未来の滅びを知りながら、それを1秒でも先延ばしにしようと必死に足掻き続ける君の生は美しい。故に君の生を俺は肯定する」
『傭兵風情が、何様のつもりだ!!』
 まるで見下したような天魔の言に、VIP室の扉が内側から揺れた。犬彦は天魔を見て肩を竦め、
「悪いな、摂政さん。こいつはちょっと変わった思想の持ち主でね。言い過ぎた。だが、エル・チェが聖人扱いのこの国で、中立を掲げてるのには、何か理由があるのか?」
 上手くフォローを入れながら、自身の疑問をマガロにぶつける。
『それはバグア襲来以前の英雄譚に過ぎない。まして、この国はそのチェ・ゲバラですら革命に成功し得なかった地だ‥‥』 
「ああ。だが、なぜ中立を選ぶ? 戦いに疲れた国民の支持を受ければ、馬鹿正直にそれを続けるのか?」
『‥‥この国の蔑称を、知っているか?』
 マガロの、自嘲の笑みが見えた気がした。
『「黄金の玉座に座る乞食」だ。豊かな資源を持てどもそれを活かすだけの国力がない。貧しい国だ。‥‥今までバグアの攻撃を免れた理由も、恐らくそのあたりだろう。UPC軍の駐留を許し、日々の生活すらままならない国民を戦いに巻き込めと言うのか?』
「摂政さん、もう戦いは始まってるんじゃないのか?」
『人間相手のクーデターや戦争とは、訳が違う。無駄な火種を作らず、出来る限り戦う以外の方法でこの国を護ろうと考える私は、間違っているかね?』
「摂政殿。そもそも君は王と『話し合い』をした事があるのかい?」
 唐突に、天魔が口を挟む。マガロが押し黙ったその瞬間に、小さな獣の足音が通路の奥から響いて来た。
「滅びに抗いたいのなら別の方法があるんじゃないかな? お飾りの王様は、意外とその方法を知っているかもしれないよ?」
『国王‥‥と?』
 マガロの声が怪訝そうに、だが、どこか考え込むように、小さくなる。
 犬彦と天魔の銃が火を噴いて、キメラの悲鳴が通路に木霊した。


    ◆◇
「王様は‥‥何で王様に? 他に任せてしまえばきっと楽でしたよね?」
「え‥‥?」
 Clisが用意した軍用車両でスタジアムを離れ、最も近く警備体制の整った旧大統領官邸を目指した国王とエイミ、キリルの三人。その道中で、運転手のエイミが突然、そんな質問を口にした。
「‥‥‥」
 答えられないのか、考えているのか、俯いて押し黙ってしまうミカエル。キリルが彼を見る目は、一層冷たさを増していた。
(「暗愚な国家簒奪者の二世が。偉大な革命家シモン・ボリバルの名を冠した国家を、どこまで腐らせる気だ!」)
「‥中立を保つのは、何故ですか」
 もはや憎悪にも近い感情と本音を必死に抑え、キリルは丁寧な口調で問う。
「‥‥国民がそれを望まないと、思ったんだ」
(「ただ単に、国民の憎しみの矛先が自分に向かって欲しくないだけだろうが‥‥!!」)
 彼の言葉に、苛立ちを募らせるキリル。込み上げる怒りを我慢できず、彼はミカエルの肩を強く掴んだまま、嫌悪も露わに睨みつける。
「クーデターの末に特権階級に居座った似非革命家の遺児が‥‥人形のまま国民と共に理想という汚泥の中で溺死するがいい‥‥ッ!」
 あまりの暴言に驚いたエイミが息を呑み、慌ててキリルを諌めた。
「やめましょうよ、そういうの‥‥」
「‥‥そうなるだろうね。このまま行ったら」
 意外な事に、エイミの言葉を遮ってキリルに同意したのは、ミカエル本人であった。
「僕だって、中立の維持なんて理想に過ぎないと思ってる‥‥無理なんだ。もう。時代は変わったんだから‥‥」
「王様‥‥」
 それが、ミカエルの本音だった。
「親バグア派が入ってきているのに、議会はUPC派と中立派で対立しているんだ‥‥そんな事をしている場合じゃないのに。どうやったら‥‥マガロは、大人達は‥‥僕の言葉を聞いてくれるのかな‥‥」
「王様! 私が目指す未来の話、聞いてもらえますか?」
 不意に、エイミが明るい調子でそう切り出した。不思議そうに彼女を見るミカエル。
「私は、みんなの笑顔を見るのが好きですから。だから‥みんなが笑顔で居られる場所を、護り作るのです! 世界規模じゃなくても、私の周りだけででも笑顔が絶えない‥そんな場所を私は作りたい」
 エイミは車を止め、ミカエルを振り返った。
 そして、静かに問う。
「王様。あなたが王様になったのは、どうしてですか?」


    ◆◇
「戻って来たんだ。見直したよ」
 観客が全て避難した後の、閑散としたスタジアム。
 羽矢子は、舞台上に姿を現した少年を見て、他の傭兵達と共に走り寄った。
「僕の国の、国民だから‥‥」
「被害をこの目で見たいって、聞かないんですよ」
 キリルとともにミカエルの両脇を護るエイミが、笑いながら眉根を寄せてみせる。
「武器を手にしないことで平和を維持する。確かに素晴らしい事だとは思うけどね」
 そう言って、Clisは両腕を広げてスタジアムの惨状を指し示した。これが結果だ、と言わんばかりに。
「僕は‥‥この国の人達を安心させたいと思って、父の跡を継いだんだ‥‥」
 ぼんやりと、場内を見渡しながら呟くミカエル。そこへ、夢姫が進み出て、口を開いた。
「私たちに出来ることと、あなたが出来ることは、違うんだよ。あなたにしか出来ないことも、あるんだよ」
 夢姫は、自身と同じ年に生まれた少年の手を取り、じっとその目を見つめて諭すように言った。
 能力者には能力者の、国王には国王の、役割と為すべき事があるのだと。
 改革の一歩を踏み出すべきは、あなた自身なのだと。
「本当の意味で、国民を安心させたいって君が感じるなら、自分の好きにしたらいい。多分、王様って、そういうものだと、思う」
 まだ子供と言っていいような年下の少年が背負わされた、数奇な運命。樹は、大人達の身勝手に振り回される彼を見つめ、それでも、一度背負った『責任』は全うすべきだと、そう考えていた。
 ミカエルは、彼の想いを察したかのように、小さく頷いてみせる。
「‥マガロはまだ、あの二人とVIP室に? 迎えに行くよ。僕はもっと勉強して、彼と、国の皆と、話し合わないといけないから」
 舞台裏の階段を軽やかに下り、傭兵達を伴って通路へと消えていくミカエル。

「あなたならできるよ‥きっと」
 夢姫は若き国王の背中を見つめ、そっと言葉をかける。
 目の前の背中は最初に会った時よりも、ほんの少しだけ大きく見えた。