●リプレイ本文
「中学校の修学旅行以来だぜ、ここに来るのは」
ベレー帽に軍服姿で過去を懐かしむ発言をしたのは、伊達・正風(
ga8681)である。
酢昆布片手に物々しいブーツで真っ昼間の公園を闊歩する彼の姿は、どこから見ても浮いていた。鹿だって遠巻きだ。
「俺も久しぶりだ。まあ、いい思い出はないんだが」
煎餅に目が眩んだ鹿に踏み殺されかけた恐怖体験を頭の中で振り返りつつ、九条・縁(
ga8248)は、微妙に遠い目で、煎餅屋台前の鹿を眺めていた。
「あれを食べちゃうようなコウモリですか‥‥うーん」
「ふむ、コウモリ自体は別に嫌いではありませんが‥‥キメラなら退治するのみ、ですね」
ちなみに、鹿という生き物は、決して小動物には分類されない。そんな中型哺乳類を咥えて飛べる巨大なコウモリが、今回の敵だ。
若干の生理的嫌悪感を覚えて小さく唸るリゼット・ランドルフ(
ga5171)に対し、命喰(
ga8264)は、事も無げに一言呟いた。
「みんな、もう大丈夫! みんなの声、ちゃんと俺に届いたからね!」
「‥‥ほう。鹿と喋れるのか?」
鹿に向かってブンブン両手を振っては話しかけている白鴉(
ga1240)を観察していたリュイン・カミーユ(
ga3871)が、豊かな銀の髪を片手でかき上げながら問い掛ける。
「もちろん!」
「その割には、鹿、全く寄って来ないわね」
笑顔で力一杯答えた白鴉に、かなり冷静な見解を述べたのは、小鳥遊神楽(
ga3319)だった。
だが、そんなことでめげる白鴉ではない。
「うん、みんな、シャイだから」
「‥‥そう」
一行を遠巻きに見つめる鹿たちが、本当に白鴉を呼んだかどうかは不明だが、小鳥遊は、それ以上の追及は止める。
と、そうこうしているうちに、公園横の道路に一台の車が止まり、愛護団体の職員が降りてくるのが見えた。
ここから、キメラのねぐらのある山の麓まで、今回のキメラについての説明を受けつつ、送ってもらう手筈になっているのだ。
「では、行きましょう。みなさん、今日は宜しくお願いします」
愛輝(
ga3159)がそう言って促し、一行は、職員の待つ車へと乗り込んだ。
◆◇
山道を車で走ることしばらく、周囲を低い山々に囲まれた中に、巨大コウモリの棲む山はあった。
職員の話によると、キメラはこの山の中腹辺りにある洞窟に一匹だけで棲んでおり、それ以外の個体が存在している様子はないという。
もちろん、山には登山道など整備されておらず、地元の人間が山菜採りに使う細い道がある程度で、一行は、転落せぬよう細心の注意を払いながら、渡された地図を頼りに洞窟を目指す。
途中、非常に準備万端な伊達が酢昆布で塩分補給を勧めたり、ミネラルウォーターを皆に回したりと、とてもサバイバル感漂う登山ではあったが、適度な休憩を挟みつつ、一行は、なんとか無事に洞窟まで辿り着いた。
「懐中電灯は、2つか。奥行きにもよるが、少し暗いかもしれないな」
自分と同じく、腰のベルトに懐中電灯を括り付けているリュインに目を遣り、愛輝は、おそらく光が届かないであろう洞窟内部に思いを巡らせる。
「ええ。ですが、光量が多すぎても、敵に気付かれる恐れがあります」
「ま、一匹だけってことなら、一斉に襲われる心配はないしな。なんとかなるだろう!」
コウモリは耳がいい。
命喰と九条は、やや声を落としてそう言うと、草地の先の崖にぽっかりと開いた漆黒の闇を見据えた。
「じゃ、俺たちはこのへんで待つか」
「ドキドキ、みんな無事に誘き出せればいいんだけど‥‥」
洞窟の真正面、草地に入る直前の遮蔽物のない位置にどっかりと陣取り、伊達は背中のライフルを地面に下ろす。そのすぐ側の岩の上に小鳥遊が座り、射程の短い白鴉のみ、洞窟の入口横に待機することに決めた。
「では、挟撃のタイミングは、呼笛でお知らせしますね。行ってきます」
「了解! いってらっしゃーい!」
花のコサージュとワンピースの裾を風に揺らし、小さく片手を振ったリゼットを、白鴉が小声ながらも元気一杯な声で送り出す。
新緑の香り漂う草地を登り、洞窟内担当の五人は、足音を殺し、キメラの待つ闇の中へと飛び込んでいったのだった。
◆◇
洞窟内は緩やかなカーブになっており、外の光を遮断する構造となっていた。
壁面や床、天井は、コウモリが好む硬い素材の岩に覆われている部分が多く、かなり気を遣わなければ足音が響いてしまう上、懐中電灯の光でしっかり前方を照らしていなければ、隆起した岩に躓いてしまいそうになる。
少し進んだところで、先頭を行っていた愛輝が片腕を横に伸ばし、後続の皆を制止すると、リュインとともに、腰の懐中電灯を手で覆った。
洞窟の奥、やや広くなっている空間に、何かがいる。
耳を澄ましてみると、キキキッ、キキッ、と、小さな声が空間全体に反響して聞こえていた。
それと同時に、何か大きなものがゴソゴソと動く気配も感じられる。
それが間違いなく今回の敵である巨大コウモリキメラだと確信したリュインは、できるだけ皆を壁際に寄せ、目の前の空間に向けて照明銃を構えると、
「独居蝙蝠、遊びに来てやったぞ!」
戦闘開始の合図とするかのように、一息に発射した。
全員が目を庇って顔を伏せ、強烈な閃光が洞窟内を支配する。
だが、
「来ます!」
気配を感じたリゼットの声に目を開けると、消え行く照明銃の輝きの中、前列のリュインの眼前に、大きく牙を剥いたキメラが迫っていた。リュインは咄嗟に覚醒すると、金の瞳を光らせて身を屈め、そのまま瞬天足で少し前方へと駆け抜け、その攻撃をかわす。
そして、その攻撃を皮切りに、残りの四人も一気に覚醒し、戦闘体制に入る。
「コイツ‥‥ッ、目がないぞ!!」
一瞬だけ見えた、目眩ましの効果があるとは到底思えない衝撃の事実に、九条が歯噛みするような声を上げた。
再び懐中電灯の明かりだけが頼りとなった薄闇の中、リュインは、自分の真後ろの壁に張り付いたキメラを振り返り、大きく跳躍する。そして、キメラが飛び立とうとした瞬間を狙って、彼女は、相手の背中から心臓を狙い、急所突きの一撃をお見舞いした。
貫通はしていなくとも深手を負わせたか、洞窟内に響き渡る獣の絶叫の中、リュインは地面に着地する。
だが、
「食うなら、骨まで残さず食え」
着地地点にちょうど落ちていた鹿の頭蓋骨を踏んでよろめいてしまい、つい、一人暮らしキメラの食生活に口を出してしまった。
キメラはというと、そんな注意などもちろん聞いておらず、カサコソと高速で壁を登ると、バッと翼を広げ、リゼット目掛けて飛び掛かる。さすがに、この動きは懐中電灯では追い切れない。
ほとんど真上から落下してきたような状態のキメラに、リゼットは、瞬間的にバスタードソードを両手で構えて迎え撃った。
だが、彼女に接触する寸前でキメラは軌道を変え、翼の辺りを狙ったはずの彼女の剣の一振りは、視界の暗さに相手の動きを追えず、数本の毛を切り落としたのみであった。
しかも、相手が羽ばたいた風圧で地面の塵や乾燥したフン、食べ残した鹿の毛が舞い上げられ、戦闘環境は最低である。
「みなさん、壁を背にして、散らばってください!」
口を押さえながらのリゼットの言葉に、彼女の周囲にいた命喰、九条の二人が、それぞれ散開する。相手が一頭であることと、その大きさとを考えれば、その方が攻撃を受けにくく、動きやすい。
そして、愛輝は、全員が壁際に退がった瞬間を見計らって、一人、空間の中央に躍り出た。
「蝙蝠には可愛いイメージがあったんだが、でかいと全く可愛く無いな」
獲物を見つけ、斜め上の天井から滑空してきたキメラは、でかい上に、目が退化しているあたりが薄闇の中にうっすら見えて、非常に気持ちが悪い。愛輝は、一言感想を述べると、素早く片膝を折り、左翼の付け根を狙ってパイルスピアを突き出した。
ギャギャッ、とキメラが悲鳴を上げ、愛輝の手に凄まじい重みがかかる。彼は、突き刺した槍をそのままに、前方に重心をかけて耐え、相手と上下に擦れ違うような格好で、一気に翼を切り裂いた。
翼を縦に裂かれたキメラは、それでもまだ飛行能力自体は失っていないのか、鮮血を撒き散らしながら大きく羽ばたき、再び壁に爪を掛ける。そして、間髪入れずに威嚇の声を上げると、本人にとってはそう広くもないであろう空間で、短い滑空と張り付きを何度も繰り返し、こちら撹乱するかのような動きを始めた。
「さて、まずは翼‥‥!」
凄まじいペースで壁と壁の間を飛び移るキメラの前に命喰が立ち塞がり、イアリスを振るった。リュインが向けた懐中電灯の明かりを白刃が映し、ヌラリと濡れたような輝きがキメラを照らす。
真正面からキメラの発する風圧と粉塵を受けながらも、命喰の一撃は、右翼の中腹を裂き、さらに敵の機動力を奪うことに成功した。
両翼に傷を負ったキメラは、甲高い声で狂ったように鳴き、薄闇の中を右へ左へ飛び移る。
「この‥‥! うろちょろしやがって!」
明かりから外れた闇の中から突如飛び掛かってきたキメラの牙が、九条を掠めた。一度壁に張り付き、再び襲いかかってきた相手に、九条はクロムブレイドを構えるが、少ない光量と素早い動きに距離が掴めず、紙一重のところでかわされてしまう。
「外に出して、挟撃しましょう。これでは、時間がかかるかもしれません」
「ああ、それもそうだな」
リゼットの提案に、九条が頷いて呼笛を咥える。
光に頼る人間と違い、超音波で周囲を視るコウモリにとっては、音を反響しやすい洞窟の中は、鏡張りの室内のように全てを見通すことのできる有利な場所である。それとは逆に飛行能力自体は抑えられるため、このまま圧せば倒せないこともなさそうだが、出口での挟撃が行える以上、何もこんなところで埃とフンにまみれてまで時間をかける必要もない。
「‥‥さあ、お出かけの時間だ」
出口へと続く道の前に立ち、愛輝は、裂けた両翼を広げて滑空してきたキメラに向けて、一言声を掛けた。そしてそのまま、ぶつかる寸前で素早く身体を屈める。
「二度と帰っては来れんがな」
屈んだ愛輝の背中の上を抜け、多少おぼつかない飛び方で出口へと向かうキメラに、リュインの冷たい視線が向けられた。
九条の呼笛が高い音を響かせ、キメラの飛行速度を超えて外の仲間のもとへと届く。
その瞬間に、肉食巨大一人暮らしコウモリの運命は決まった。
◆◇
呼笛の音が聞こえて、数秒後。
それぞれに覚醒して待つ待機組の耳に、洞窟内の空気が動く音が聞こえた。
「発見ー! うおっ、間近で見るとでっかー」
洞窟の入り口付近に待機していた白鴉が、闇の中から飛び出してくるキメラの姿を発見し、声を上げる。
明るいところで見れば、一応、このキメラにも小さな目があるのがわかるのだが、この光量の変化にも動じない様子を見る限り、やはり光は感じていないようであった。
「この一撃に‥‥この一撃に鹿たちの想い全てを入魂する」
鹿の想い以外のモンもけっこう入魂されてそうではあるが、白鴉は、妙に力んでそう言うと、セリアティスを両手で握り締める。
真剣な顔立ちで長槍を一回転させると、彼は、洞窟の出口いっぱいに翼を広げたキメラの腹部に滑り込み、流し斬りの一撃を叩き込んだ。
「‥‥折角仲間が追い出してくれたキメラ。ここであたしがきっちり決めないとみんなに申し訳ないわね」
絶叫してバランスを崩したキメラを、今度は、小鳥遊のライフルが狙う。
「‥‥だから、これで決める!」
銃口が火を噴き、強弾撃と影撃ちで強化された銃弾が、キメラの右翼の付け根から体内を貫通し、背中に抜けるのが見えた。
「自由に飛び回れるなんて、このあたしが居る限り無理。みんなの刃に掛かって貰うわ」
7mの巨大コウモリは、錐揉みしながら草地に落下し、そのまま急勾配を一気に滑り落ちる。そして、伊達のすぐ側の大木に物凄い勢いで衝突し、じたばたと爪で地面を引っ掻いてもがき始めた。
「もう諦めるんだな」
伊達は、それでもなんとか木に登ろうと爪を引っ掛けているキメラにそう言い放ち、キイキイとうるさい声を上げている顔を狙い、引き金を引く。
グギャッ、と短く潰れた悲鳴とともに、キメラは力なく落下し、地面に落ちた。
体の至る所から血を流し、震える爪で土を這うキメラの目に、いつの間にか追い付いた命喰のブーツの爪先が映る。
「あなたの命を喰らいましょう‥‥」
命喰は、静かにそう言うと、イアリスを抜いた。両断剣で強化された刀身が赤く光り、大きく振り下ろされる。
「斬り裂け――!」
死に場を迎えたコウモリの断末魔の悲鳴が、山を越えて木霊した。
◆◇
「みんな、仇はとったぜ‥‥」
鹿にその想いが届いたかどうかは謎だが、白鴉は、一つのことをやり遂げた達成感でいっぱいの顔つきで、公園に向かってガッツポーズを取った。
「埃まみれになっちゃいましたね」
山を下り、救急セットで九条の傷を手当しながら、リゼットが困ったような声を出す。確かに、洞窟内担当の五人は、埃どころではない不快な塵に襲われてしまったため、非常に気持ちが悪い。
「だったら、このへんに温泉がいくつかあるはずだ。行ってみるか?」
「それは良いな。我も、早くこのフンを落としたいところだ」
九条の名案に、リュインが頷いて賛成した。
「じゃ、迎えの車が来たら、どこかいい温泉でも紹介してもらいましょう。ついでに、美味しい甘味処もね」
「そうだな。いくつか土産も買いたいところだ」
ライフルを磨きつつ、甘いものに想いを馳せる小鳥遊に、買うべき土産の数を頭の中で数える伊達。
「では、せっかくですから‥・・観光してから帰りましょうか」
「そうですね。こんな機会でもなければ、観光なんてできませんし」
皆の意見を統合し、提案した命喰の言葉に、なんとなく平和を確認したくなった愛輝が、返事を返す。ちなみに彼は、今回の依頼元を聞いた瞬間に、別に理由はないが日本の平和を確信していたらしい。
「よーし、じゃあ、温泉入って牛乳飲んで、鹿もふりに行こー!」
元気な白鴉の声が山間に響き、観光都市を震撼させた一つの事件が、幕を下ろす。
その後、一行は、観光協会より地元銘菓の葛餅を贈呈され、愛護団体からも感謝の意を述べられた。
そして、古都の魅力を堪能し、温泉で戦いの疲れとコウモリのフンを落とした彼らは、再び、戦いの待つ日常へと戻って行ったのだった――。