●リプレイ本文
●ロデオ・ドライブの朝
視察当日、皇 千糸(
ga0843)と来栖・繭華(
gc0021)の二人は、予定より早い便の高速移動艇に乗り、ロサンゼルスの街をぶらついていた。
繭華の服を購入しようと、ロデオ・ドライブまでやってきた二人。バスを降りると、ロマンチックなヨーロッパ調の建物と石畳の組み合わせが二人を出迎えた。
「やーん、可愛い〜♪」
早速、目に付いたブティックに繭華を連れ入り、子どもサイズのドレスを次々引っ張り出してもらう千糸。選んでもらう本人より楽しそうなのは、多分気のせいだ。
「ふにゅ、す、皇お姉ちゃん、あ、あの服はどうですの?」
値札に書かれたお値段にクラクラしながらも、パーティー用ならこれぐらい妥当なのだろうかと思い直し、繭華も真剣にドレスを選び始める。
一方、偶々二人と同じ便でロス入りした美沙・レイン(
gb9833)はというと、衣より食に走っていた。
ハリウッドを訪れた彼女は、壁一面に映画の登場人物や監督の絵が描かれたお洒落なハンバーガーショップに入り、テーブル上に登場した200gのお肉入り特大バーガーを見て若干、焦る。
「美味しそう‥‥。でもホントにこの国の料理はビッグサイズなのね。‥ふぅ」
だが、彼女はまだ、アメリカの特大サイズをナメていた。
「お待たせいたしました〜!」
追加で置かれたバスケット入りポテトは、どこをどう見てもそれだけで、一食分のカロリーを余裕で突破していた。
●集合〜ローリングヒルズ高効率発電所
「ここがLA‥ハバキおにいちゃと幸乃さんの、故郷‥‥」
ローリングヒルズ高効率発電所のそばで護衛車を降りたレーゲン・シュナイダー(
ga4458)が、周囲に広がる高級住宅地と海、少し遠くに見えるビル群を眩しそうに見つめ、呟いた。
「‥私が居た場所は‥‥こんなに綺麗なところではなくて‥‥」
思うところあって路線バスで移動してきた朧 幸乃(
ga3078)が、少し遅れて到着する。彼女は、自分の育ったスラムの風景を思い浮かべながら、再び発展を始めたロスの街をぼんやりと望んでいた。
(「これから、どう変わっていくのかな‥‥」)
自分を育ててくれた街。故郷の発展と変遷をその目に映し、幸乃はどこか寂しい表情で黙り込む。
「れぐ、ゆきのん! 見て、発電所が見えるよっ!」
空閑 ハバキ(
ga5172)が指差す先に見えるのは、1キロ四方にも及ぶ巨大な建物。予想以上の大きさにレグは口元に手を当てて驚き、着工前の現地視察に同行していた幸乃は、本当に聞いていた通りの速度で建設が進んでいることを知った。
そうこうしているうちに、ヴェレッタ・オリム(gz0162)、ハインリッヒ・ブラット(gz100)、ジョナサン・エメリッヒ北米大統領が発電所へ向けて歩き始める。
「あ、ね。ヴェレッタは、れぐ、はじめてだよね?」
ハバキが、レグをオリムの元へと連れて行き、紹介した。
「大体の傭兵は初見だな。‥‥大体は、な」
ジト目で傭兵たちを見回すオリム。翠の肥満はともかく、南の島で会った事あるなんてバレてないだろうと踏んでいたクラーク・エアハルト(
ga4961)と百地・悠季(
ga8270)の二人が、びく、と身体を震わせて目を逸らした。
まあ、翠の肥満(
ga2348)やハバキも別に怒られたり行方不明になったりはしていないので、恐らく大丈夫‥、と自分に言い聞かせる二人。
「初めまして、レーゲン・シュナイダーと申します。どうぞレグとお呼びくださいです」
「レーゲン・シュナイダー、か。ドイツに所縁があるのか?」
「はい。ドイツ出身です!」
にこ〜、とレグが頷くと、オリムは傍らのブラットを振り返り、声を掛けた。
「ブラット准将、貴殿も確か、ドイツの生まれではなかったか?」
「覚えておいででしたか、中将。――お嬢さん、私はハインリッヒ・ブラット。長らく故郷の地を踏めてはいないが、機会があればまた、我々の祖国の話でもしよう」
「ぜひお話ししたいです。よろしくお願いします〜」
原子時計という言葉が体を成したかのように、ブラットの所作には乱れ一つ見当たらない。レグは彼を見上げて、コクコクと首を縦に振った。
「ゴホン」
と、背後からわざとらしい咳払いが聞こえ、何だろうと振り返るレグとハバキ。そこには、明らかに順番待ち中の翠の肥満の姿があった。
「あ、そっか」
気を利かせたハバキが、彼に場所を譲る。ウホホイと踊る心と表情をサングラスで隠し、そそくさとオリムの隣へ移動する翠の肥満。
(「翠の肥満さん、相変わらずオリム中将の事が好きなんだ‥‥」)
彼の行動を補足していたクラークが、めげないなぁ、とでも言わんばかりの視線を向けていた。
クラークは所属小隊の白い制服に身を包み、懐には拳銃を隠し、いかにも護衛然とした姿で三名の要人を守りつつ、翠の肥満の暴走をも危惧して自分のポジションを移動させていく。
(「‥まあ、人の好みですね。とやかく言うことではないですが」)
「中将、またお会いできるとは‥‥光栄です。僕を覚えておいででしょうか?」
「呼びにくい名前の男だ。忘れてはおらん」
ウホホイ覚えてる、と心の中で小人さんがタヒチアンダンス状態な翠の肥満。
ここらで一気に仲良くなりたい。そう、せめて交友申請が通るぐらいには。
「以前と同じく貴女の護衛を‥‥よろしいですか?」
「今回の仕事は護衛任務だろう。まあ‥お前の射撃の腕は知っている。だが、油断はするなよ」
「そちらもお知り合いですか。オリム中将?」
有能さを褒められてウキウキな翠の肥満だったが、ここへきて、話に割り込んでくる者が現れた。
ハインリッヒ・ブラットである。
「貴殿の代理で出席した結婚式で、私を案内した傭兵の一人だ。‥覚えているか? 極東ロシアで、ふざけた発言をした傭兵がいただろう」
「成程‥‥。若者は勢いがあって羨ましいですな」
頷きつつ、ブラットは妙な間を空けながらそう呟き、翠の肥満に軽く会釈してみせた。会釈を返しつつ、「なんだその間は」と脳内で警戒警報を鳴らす翠の肥満。
とはいえ、あんまり話しかけると任務に対する姿勢を疑われそうなので、彼は真面目に護衛を開始した。
年中温暖なロサンゼルスの日差しが降り注ぎ、ちょっとしたお散歩気分で高級住宅街を眺めている者もいる。
しかし、そんなもん関係ないぐらい本気な者もいた。鯨井昼寝(
ga0488)である。
(「これだけ豪華な面々が集まれば、襲撃のひとつやふたつある筈。どうせならゾディアッククラスが仕掛けてくると有り難い!」)
こらこら、そんな怖いことを期待しないで下さい。
「君たちは、午前中に出かけたらしいな。ロスの街は楽しんだか?」
「ええ、とっても。ロスは良い街です。生きる活力に溢れていました」
「あの、素敵なお洋服がたくさんありましたの。今夜のドレスも買いましたの」
「ははは、そうかそうか。楽しんだなら良かった。アメリカ人として嬉しく思うよ」
千糸と繭華がジョナサンに『報告』している声が聞こえる。そんな和やかな雰囲気の中でも、昼寝はひたすら、いつ起こるかわからない、っていうか早く起きてほしいぐらい待ち遠しい激戦を、脳内シミュレートし続けていた。
「今日は暖かいですね。天気も良いですし、高速移動艇のターミナルも観光客で賑わっていたようです」
そんな昼寝に話し掛けるハンナ・ルーベンス(
ga5138)。武器すら持ってこなかった平和主義の彼女と、戦闘狂の昼寝とで任務に対する姿勢に差があるわけではないが、性格的には正反対と言えた。
「ええ。観光客に紛れたバグアがいるかもしれない。私がこのローリングヒルズを攻めるなら、まず国道の封鎖から始めるわね。単独行動なら、狙撃。だけど、高級住宅地はガードマンも多いから、うまく死角を見つけないと‥‥」
和気藹藹と要人の周りを囲む者達に直衛警護を任せ、昼寝は、やや遠巻きに全体を見ながら周囲を警戒する。
「あまり警戒した様子を見せすぎるのも‥‥逆効果だ」
昼寝とは対照的に、比較的のんびりとした表情で歩きながらそう言ったのは、スーツとロングコートに身を包んだ真田 一(
ga0039)だった。一応武装はして、周りの様子に気を配ってはいるものの、どちらかというと遠くの空や建物に視線を向けている為、ゆったり散歩しているだけにも見える。
「‥‥俺はもう少し下がって、広い範囲を見る。あんたたちは‥‥両サイドの建物や路地を警戒して欲しい」
「了解」
一の言葉に、嬉々として応える昼寝。何か起こっては困るが、何も起こらないのもつまらない――そんな表情で。
やがて一行は、第一の視察ポイントである『ローリングヒルズ高効率発電所』の入口へと到着した。
「ハンナお姉さん! すごいっ! これが発電所なんだって!」
外壁を目で辿っても端が見えないほどの巨大施設を前にして、水理 和奏(
ga1500)がハンナに駆け寄り、感嘆の声を上げる。
建設中とはいえ内部の一部を除いてほぼ完成に近い状態のそれは、一般的な発電所とは一風変わったデザインが採用され、印象の柔らかい色を基調とした近未来的な建物となっていた。
一見しただけでは、発電所だとわからない者が多いだろう。
バグアに対するカモフラージュというよりは、周辺住民と景観への配慮という意味合いが強い。
「発電所建設地の下見、あたしも同行したのよね。工事の進み具合が気になってたのだけど、中も殆ど出来ているのかしら?」
「うわ、凄い。1キロ四方の発電所? 煙突高いな〜! 発電所に入るなんて初めてだ!」
発電所の内部へと進みながら悠季が言えば、背後から走り寄って来た暁・N・リトヴァク(
ga6931)が、換気用の巨大煙突を見上げつつ、キラキラ目を輝かせる。
着崩したスーツに拳銃、ワイルドな感じで腰にくっついているナイフ。そして何故か、頭部に装着された謎の猫耳。
「一年ぶりのロスかな〜。夏にこの上飛んだ時は、忙しくて何も見れなかったからなぁ。何か今日は、体も軽い♪」
「‥‥‥‥」
「ん? どうかした?」
「大丈夫よ何でもないわ。市民の要望によって進められてきたロスの要塞都市化計画、現状は殆ど完成した形となっていてその模様を視察が遂行される事につき、あたし達傭兵陣が護衛として起用される事に相成った訳なのよね。なので用いられたからにはきっちりとやるべき事はこなすわよ(以下省略)」
「気分はSP☆」とか言いつつ、圧倒的な違和感を発する暁の頭部。微妙に目を逸らしながら、ひたすら独り言を唱えて依頼の目的を自分に再認識させる作業に入る悠季。
「バグアが襲ってくるとは思わないけど、予想外の事件や事故が起こる可能性がないとは限らないからね。護衛自体はまじめにしないと‥‥」
そんな悠季の耳に、中々真剣に任務に取り組んでいるらしいアーク・ウイング(
gb4432)の呟きが届いた。暗視スコープや双眼鏡を駆使し、いつ襲来するとも知れない刺客を探す彼女の姿は、幼い外見とは裏腹に、実に頼もしい。
あたしも負けずに仕事するわよ、と褌(※注:そんなもの穿いてません)を締め直し、オリム達のサイドを固める悠季。
しかし、
「‥‥ん。発電所。食べ物は。何も。売ってないのかな」
発電所に屋台が無い、という割と当たり前の事実に対し、最上 憐(
gb0002)は不満の色を隠せずにいた。
「‥‥ん。発電所まんじゅうとか。無いのかな。残念」
グゥグゥと、大音量で独唱を始める憐のお腹。
その後、一切自重しない彼女の腹の虫を宥めるため、発電所の所長が自身の『隠しオヤツ』を動員する等、今回のロサンゼルス視察護衛任務は、早くも『観光旅行』の様相を呈し始めたのであった‥‥。
「こちらが、マグネシウム還元型火力発電の模型です」
会議室で大まかな説明を受けた後、一行が案内されたのは、一般向けのサービスホールだった。
後に本物も見て頂きますが、と前置いて、模型を指した所長が解説を始める。
「ロサンゼルス、そして、この街に配備された大型兵器類に十分な電力を供給するには、莫大な発電量が必要になります。原子力発電という方法も当初は検討されましたが、最終的には、万が一の事故やバグアの襲撃でも周辺への被害を抑えられるよう、酸化マグネシウムを利用した発電方法が採られています」
物珍しげに、模型の中を覗いてみたり、発電の流れを記したパネルを読んで回る傭兵達。
中には子供向けの体験コーナーも用意されており、アークや憐、繭華らが、交代でボタンを押しては画面を見つめていた。
『ちょっと大きいおともだち』向けの発電ゲームコーナーでは、和奏がクラークとハンナを相手に発電量を競っているのも見える。
オリム達や他の傭兵達が説明を受けている内容はホール全体に響いているので、彼らの耳にもちゃんと届いていることだろう。
「酸化マグネシウムは海中から、と言うが、尽きる心配は無いのか」
「ほぼ無尽蔵に存在しますので、ご心配には及びません」
オリムの疑問に対し、にこやかに答える所長。
「酸化マグネシウムを太陽光励起レーザーによって還元すると、酸素とマグネシウムとに還元分離されます。マグネシウムが水と反応する際に放出する熱、そして、同時に発生する水素を燃焼させる熱とを利用してタービンを回す仕組みです」
「そして残った酸化マグネシウムも、レーザーで再びマグネシウムに還元される‥‥ですな。住宅地の中にある施設としては、危険も少なく理想的な発電法に思えます」
エイジア学園都市に籍を置くジェーン・ブラケット博士が基礎設計を行ったという、SES増幅つきの『マグネシウム還元型火力発電』。ブラットは感心して頷いた。
「‥‥ん。電気。電気は。流石に。食べられない。何か。無いかな」
「またお腹が空いたの? ‥‥あのポテト、テイクアウトにすれば良かったわね‥‥」
中央制御室を回り、タービン室へ向かう途中、再び食べ物を探し始めた憐。美沙はその食欲に一筋の汗を伝わせながら、視察前に戦い敗れたバーガーセットに想いを馳せる。
「それにしても、これだけ広い発電所なのに、見て回れるのは本当に一部だけなのね」
「‥‥一般公開できる場所だけか‥‥当然といえば当然‥‥」
もう少し内部まで見られるかと思っていたが、普通の発電所見学ツアーとそう変わらない内容に、美沙が首を傾げる。そんなものだろう、と言い置いてタービン室へ入って行く一だったが、後に続く昼寝は、周囲の様子に少しだけ、違和感を感じていた。
「随分、ガードマンが多い発電所ね。オリム中将達が来ているせい、かもしれないけど」
そういえば、と来た道を振り返る傭兵達。
定められたルートから外れる道には必ず警備員が配置され、一行のうち一人でもそこに迷い込まないよう、監視している気がする。
「‥‥気のせい、だよね?」
タービン室から響く轟音に身を震わせ、アークはぽつりと皆に問いかけると、踵を返して規定のルートを進んで行った。
●アーバイン橋頭堡
次なる視察地、アーバイン橋頭堡。
東西に延びる防壁としてメキシコ方面のバグアを食い止めている橋頭堡だが、本日訪れたのは、その丁度真ん中辺り――中央司令部である。
「随分護りが固くなったみたいね。針山のようだわ」
南の空に向けてズラリと並ぶ120mm高射砲、そして司令部屋上に設置された大口径M3帯電粒子砲を見上げ、千糸は感心したように言葉を洩らした。
「ふにゅ‥‥皇お姉ちゃん、以前にも此処へ来た事がありますの?」
「ええ。もう一年前くらいになるかしら、ここでステアーとやり合って見事に負けちゃったのは」
不思議そうに尋ねる繭華に、千糸は自嘲気味な笑みを向ける。
「私はあの時より強くなれてるのかしら‥‥?」
友軍機が全滅し、破壊された司令部。次々と撃墜されていった傭兵達のナイトフォーゲル。その時の光景が、ふと、千糸の脳裏を過った。
瞼を閉じて、再び開ければ、傷一つなく立派に修復された司令部が瞳に映る。
「なかなか、壮観ですね? ねえ、翠さん」
「‥‥ハッ!」
ここを護る佐官か誰かに説明を受けているオリムの背中を、ついボーッと見ていた翠の肥満。クラークにいきなり声を掛けられ、我に返った。
「翠さん。噂によると、オリム中将は猫が好きらしいですよ?」
「猫が? ですが、こんな所に猫なんて――」
「元軍人っつっても知らない事が多いなー。橋頭堡って一言で言っても色々――あ、翠さん、こんにちはー」
いないですよ、と言いかけた翠の肥満の目の前に、通りすがりの猫耳男が現れ挨拶する。
「ね、猫耳‥‥だと‥‥!?」
「あ、コレ? あはは、ちょっと悪ノリしすぎたかな〜?」
ちょっと照れたように笑う暁。その頭に載せられた猫耳が、その準備の良さが、遠回しに翠の肥満を絶望させていた。そうとは知らない暁は、戦車を見にレグ達のほうへと走り去っていく。
「‥‥大丈夫ですか?」
「‥‥‥‥。フッ‥‥問題ありません。例え猫グッズが無くたって、僕とおりむんの赤い糸は切れたりなんかしないっ‥‥!」
優しいクラークに助け起こされ、キリッ、と効果音がつきそうな表情で爽やかに言い放つ翠の肥満。本音を言えば、暁がとても羨ましい。
「翠さん、どうしかしたの?」
クラークの傍らから顔を出し、不思議そうに尋ねる和奏。だが、深く考えなくていいですよ、と言うハンナとクラークに連れられ、大人しく高射砲を見に行くことにした。
「‥‥ん。橋頭堡。橋頭堡カレーとか。無いのかな」
「ごっ‥ごめんなさいっ。この子ったら育ちざかりで!」
またお腹が空いた憐が、ウロウロと兵士たちの前を彷徨う。心配で付いて来ていた美沙が、少し恥ずかしそうに頭を下げ、憐の手を引いた。
「はは、能力者といっても、子どもに此処は退屈だろうさ。おい誰か、ガム持ってないか?」
一人の兵士が差し出したガムを口に含み、ヒャッと一瞬体を強張らせる憐。スーパークールな刺激が、舌と咽を直撃する。
「すみません、ありがとうございます」
「‥‥ん。慣れたら。美味しい。ありがとう」
モグモグと口を動かしながら、美沙と一緒にお礼を言う憐。
「うーん。怪しい機影やキメラは見えないなー」
「‥‥それなりに、要塞化の効果は出ているということか‥」
司令部の屋上では、アークと一が双眼鏡を覗き、バグアの襲撃に備えて空と地上を監視していた。
「恐らくはこちらを焦らし、油断させる作戦なのね」
大事な時にトイレなど行ってられない。水分補給すら殆どせず、昼寝は戦いに備えて武器を持ち、待ち続けている。
「あら、あれが新型戦車のアストレアね」
同じく双眼鏡で辺りを見回していた悠季が、M−1戦車に混じって駐機している見慣れない風貌の戦車を発見し、声を上げる。
「KVと一緒に、この街を護る力になってくれたらいいわね」
「うん‥‥そうだね」
しかし、声を掛けられた幸乃はというと、どこか上の空だった。
「れぐ! こっちにすごい戦車があるよ!」
「‥‥! やめて、くださ‥!」
背中側から腕を取ろうとして、突然、ハバキはレグにその手を振り払われた。
茫然とするハバキに、ハッと我に返るレグ。
「ハバキおにいちゃ‥‥ご、ごめんなさい‥‥! その、私‥!」
帰らない人を待ち続ける不安と恋しさが、レグの心を支配して止まない。
親しくなれば親しくなるほど、愛すれば愛するほど、喪失の恐怖と不安は増していく。
いつしかレグは、兄のような存在にハバキにすら、偽りの笑顔しか向けられなくなっていた。
彼も自分と同じく、大切な誰かの帰りを待ち続けていると知っているのに。
「‥‥ねぇ、れぐ。お兄ちゃは、れぐが大好きだよ?」
ハバキは、彼女の目を覗き込んだ。
「ゆきのんだって、きっとそうだよ?」
二人が屋上を見上げると、一部始終を見ていた幸乃が、無言のままで片手を振った。
「‥‥。LHに行く前ね。この街に特別なヒトが居たんだ。‥‥でもね、そのヒトを待っても、もう帰って来ないって知って。俺はこの街を出たんだ」
「おにいちゃ‥‥?」
唐突にそんな話を始めたハバキに、レグは不思議そうに首を傾げる。
「こんな話ができるのも、れぐが話し易い相手だから、なんだよ」
「‥‥‥」
「おーい、二人ともー!」
しばし立ち尽くし、沈黙した二人へ、やや遠くから見守っていた暁が声を掛けた。
「エースカスタムの偵察型バイパーを見せてくれるらしい! 今からロッキー山脈の上を飛ぶんだって〜!」
大きく手を振り、明るい声で二人を呼んだ。
オリム達とともに歩いていく彼の背中を見つめながら、ハバキはもう一度、レグの手を取った。
●ロサンゼルス軍用地下鉄
アーバイン橋頭堡と、ロス各所の軍事拠点を繋ぐ軍用地下鉄。
兵員輸送用の車両には簡易の座席しか無く、お世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。
「有事の際に、のんびり鉄道旅行でもないですからな。快適さより定員を増やす方が得策でしょう」
「ですが、この地下鉄はまだ、排水や換気などの設備が完全ではありません。満員状態で湿度と温度が高い場所を通るのは、中々堪えますよ」
ブラットの言葉に、ジョナサンは噴き出す汗を拭いながら、そう答えた。この地下鉄に関しては、もう少し改良の余地があるようだ。
ちなみに、オリムの左隣にはブラットが座り、右隣はというと、さり気に翠の肥満が陣取っていた。
「換気に関しては急務だな。万が一、火災や事故があった場合に困る。緊急脱出路は足りているようだがな――ん?」
と、オリムの目が一点を見つめたまま、止まる。
「えーと、ふむふむ。日本のカリスマ猫駅長か‥‥」
そこにいたのは、猫雑誌を広げて読みふけっている美沙であった。
「‥‥‥。おい」
「ゴホン‥」
「‥‥〜♪」
まさかお前ら変な噂を‥‥と、目を細めるオリム。ブラットは咳払いとともに、ジョナサンはわざとらしく鼻歌を歌いながら、それぞれ目を逸らす。
「貴様、任務中に何を読んでいる!」
「あっ、いえ、これはですね‥‥あああ〜!」
いきなりオリムに猫雑誌を没収され、美沙は残念そうに肩を落とした。のんびりSF小説を読んでいた暁もまた、とばっちりを恐れて体の向きを変える。
しかし。
「全く。遊び気分もいいところだな!」
オリムはブツクサ言いながらも、手の中の雑誌を割と丁寧に鞄へと仕舞い込んだのであった。
●ロサンゼルス国際空港
「覇道艦長。久しいな」
「オリム中将、ブラット准将、大統領‥‥お久しゅう御座います」
空港で一行を出迎えたのは、厳めしい顔つきの老軍人であった。
弐番艦の格納庫に案内された一行は、そこで静かに出撃の時を待つ紅白の艦を眺めながら、感嘆の声を洩らす。
「覇道さんっ! 僕のこと、覚えてくれてるかな?」
「む? 君は‥‥」
思い思いに格納庫を見学する傭兵達の中から、覇道の前に進み出たのは和奏であった。
「水理 和奏だよ。グラナダ以来かな? ギガワームに突貫は壮観だったね、ふふ」
「おお、あの時の傭兵かね? 懐かしい」
孫ぐらいの年齢である和奏を見下ろし、軍人然とした覇道の表情が僅かに緩む。
格納庫を出て、一行は空港内施設をぐるりと一周。
軍用拠点としても、通常の空港としても活用されているためか、場所によって雰囲気が全く違う。
勿論、一般人が軍用部分に立ち入ることはできないが、普通の空港だった頃の免税店や土産物屋も、ごくごく一部ではあるものの、まだ営業している所があった。
「あ、これ可愛いかも」
護衛を続けながら、何気なくその辺りの店を見て回っていた暁が、ラインストーンで作った小花をいくつもあしらった、銀色のヘアピンに目を留める。お値段もお手頃価格だ。
(「彼女に似合うかな?」)
素早く購入。暁は購入品の入った袋をポケットに押し込むと、何事もなかったかのように護衛の列へと戻って行った。
●サンタモニカ・パシフィック・ホテル
夕刻になり、一行はパーティー会場のホテルを訪れた。
「ふにゅ‥‥皇お姉ちゃん、ど、何処ですの‥‥」
千糸とはぐれ、会場を彷徨う繭華。だが、千糸のほうも彼女を探していたようで、巡り合うのにそう時間は掛らなかった。
「わあぁ〜!! やっぱり可愛いぃ〜〜〜!!」
「ふにゅ、は、恥ずかしいですの‥‥」
空色のフワフワドレスに着替えて現れた繭華に感極まり、思わず抱きしめる千糸。
「‥‥ん。ようやく。食べられる。全力で。頂く」
テーブルに置かれた料理を、かなりフライングでモリモリ食べまくっているのは憐である。だが、乾杯前に飲み物を飲むような暴挙には出ていない。ギリギリセーフだ。
「‥‥ん。食べ放題。費用は。UPC持ち。全力で。食べる」
「本当によく食べるわね‥‥」
美沙はというと、昼間の特大バーガーが未だに胃の中で絶大な存在感を放っており、ならば高そうな食べ物をピンポイントで食べようかと考えている所だった。
『皆様、お忙しい中、お集まり頂きまして、ありがとうございます!』
と、会場のステージに立ったジョナサンが、グラスを手に挨拶を始める。
『2009年秋より進められてきた『ロサンゼルス要塞都市化計画』も、完成に至り‥‥』
ジョナサンは、オリムやミユ・ベルナール(gz0022)、ブラットの視線を一身に浴びながら、熱い開式挨拶をカンペも見ずにやり遂げた。
だが、その内容は割愛しよう。彼の情熱を全て伝えるには、字数が足りない。
『では皆様――乾杯!!』
「「「「「乾杯!」」」」」
賑やかな食事会が始まり、青いドレスに身を包んだミユの周りには、多くの傭兵達が集まっていた。
「お久し振りです、ミユ社長。スピリットゴースト、発売おめでとうございます」
和奏を連れたクラークが現れ、ミユに一礼する。タキシードを着た和奏は、嬉しそうにミユの傍らに腰を下ろした。
「さっそく購入させてもらいましたよ。平面装甲と大口径キャノンは好みですからね。次はクルーエルを楽しみにしています」
「まあ、ありがとうございます。あなたのような方に選んで頂けて、嬉しく思いますわ」
ドローム社の最新機体の話題に、ミユは微笑みながら軽く頭を下げた。
「クルーエルに関してお話し出来る事は少ないのですが‥‥そうですね、夏が過ぎる頃‥秋ごろには、一度皆様のご意見を伺いたいと考えています」
シャンパンを口にして、随分と先の話をするミユ。一部の者たちが僅かに落胆の表情を見せたものの、どうやら、クルーエルの開発が長期計画、というのは本当のようだった。
「は、初めましてですの、え、えっとお話とか聞いてもだ、大丈夫ですか?」
そこへやってきたのは、繭華と千糸であった。繭華は機体開発に興味があるようで、積極的に話を聞き始める。
「初めまして。今はクルーエルの話をしていました」
「S−01フリークの私でも思わず乗り換えたくなるような新型機体を期待してますわ、社長」
たぶん乗り換えないけど、と思いつつ、折角の機会なのでミユに声を掛ける千糸。ミユとは対照的な赤のドレスが、白い肌と青い瞳によく映える。
「ふふ、当社としては、勿論S−01を愛用いただく事も喜ばしいのですけれど。今は各社機体のラインナップも豊富ですから、皆様のご意見をお聞きして慎重に機体案を練らなければ、成功は難しいかもしれませんね」
「ふにゅ‥‥や、やっぱり機体の立案とかものすごくむ、難しいものなんですね」
自分には難しいかなぁ、と尻込みする繭華。ミユは、「難しいけれど、達成感もありますよ」と笑ってみせた。
「あ、そうだエル開発も大切だけど、また伯爵と一緒にコラボKV作ったらいいかも☆」
「え‥‥ええ‥」
伯爵が来られなくてしょんぼりなミユを元気づけようとした和奏だったが、提案自体が地雷だったらしく、目に見えてミユのテンションが下がってしまった。慌ててフォローに入る和奏。
「伯爵さん残念だったね。僕も‥‥大好きなお姉さんと中々一緒できないけど、色々見たり聞いたり出来た思い出をお土産話にして、喜んで貰えたらって思うの。ミユお姉様と伯爵さんも、そんな感じで仲良くできたらいいねっ!」
「ま、まあ、和奏ったら‥‥! 私はそんな、いえ、伯爵をお誘いしたのは事実ですが、別にそんな」
何を言い出すのこの子は!とでも言いたげに、ミユは頬を赤く染めて、しどろもどろな台詞を吐いた。クラークはそんな二人をくすくす笑いながら見つめ、静かにその場を後にする。
「これからのドローム社の発展と活躍を願いますよ。それと、伯爵との仲の発展も願っていますよ」
「な、何をおっしゃるのですか‥‥!」
クラークの残した言葉に激しく動揺しつつ、ミユは、周囲の傭兵達の視線に気付いてハッと我に返った。
「こんばんは、ミユ社長。久しぶりだね。伯爵が来なくて残念だったね」
皿いっぱいに料理を取り、堪能していたアークが、『伯爵』と聞いて駆け寄って来る。ちょっとしたイタズラ心でからかってみるが、我に返ったミユはというと、顔を赤らめたまま澄まし顔だ。
「ええと、何だか元気が無いですね‥‥もしかして恋煩いだったり、なんて」
フォアグラのソテーをもぐもぐしながら、あんまり事情が解ってない様子で悪気なく尋ねる美沙。ミユは、営業スマイルを浮かべ、
「そ、そんなことありません。私だって、もういい歳なのですから、恋だ愛だと騒いでいるわけにh」
「やっぱり事を進めるには、既成事実とか必要なのかな」
「―――ブッ!!!」
アークの二撃目を喰らって、盛大に噴いた。
シャンデリアの下、華麗に舞うシャンパン。
「社長っ!? 大丈夫ですか?」
「ふにゅ、お、おしぼり取って来るの!」
千糸と繭華により、大急ぎで届けられるおしぼり群。アークはと言うと、既に逃走し、柱の陰で黒い笑みを浮かべている。
「大丈夫ですか? 伯爵様がいらっしゃらないのは残念ですが‥‥私は姉様の思いを応援致します‥」
おしぼりでテーブルを拭きながら、ハンナが皆には聞こえないような小声でそう告げた。
「ご、ごめんなさい。ハンナ。大丈夫です‥‥」
「もう、去年の冬休みから一年が経つのですね‥‥お元気そうで安心しました‥」
にこ、と微笑むハンナ。共に過ごした短い冬休みを思い出しながら、彼女はミユの健康を気遣う。
「ありがとう、ハンナ。また会えて嬉しいわ‥」
「ミユ社長」
それまで護衛然として会場内を歩き回っていた一が、ミユのそばに歩み寄った。ハンナと同じく、他に聞こえないように小さな声で、囁く。
「‥‥今回は残念だったが、伯爵とは闘技場で二人っきりになれそうで‥‥。そう落ち込まず、妹たちと楽しむと良い‥」
「ま、まあ‥‥」
再びモジモジとし始めたミユをしばらく見つめ、一は、再び彼女から距離を取った。
そろそろ弄りタイムは終わりかな、という雰囲気が漂い、皆は思い思いに料理を取り、談笑を始める。
「そうそう社長、毛刈りされたラッキーはどうなったの?」
ハンナの隣にいた悠季が、エビのカクテルサラダを盛った皿を横に置き、不意にそんな事を聞いた。
すると、ミユは困ったような顔で彼女を見返し、ふぅ、と溜息混じりに口を開く。
「白い犬のバグアのことですね。‥‥その後、傷だらけで全身ツルツルに毛を刈られた小型犬が、バーガーショップの残飯を漁っているとの通報が、動物愛護団体へ寄せられたそうです。ですが、団体職員が駆けつけた時には既にいなかったようですね」
「ラッキー‥‥激安ドッグフードから、残飯漁りに降格していたなんてね」
可哀想に、とは言わない悠季。正直、あの犬コロがこの世界にしようとした悪行を思えば、それぐらい当然の報いである。
ともかく、悠季は彼について考えるのを止め、彼には到底ありつけないだろう御馳走に舌鼓を打つことにした。
「あら、このエビ、美味しいわ。ハンナ、次は和食に挑戦するわよ」
「では私もそうしますね。悠季さん、あちらの蟹の天ぷらがお勧めだそうですよ」
「‥‥ん。これと。それと。あれ。おかわり。大盛りで。大至急」
「‥‥ん。弱肉強食。食物連鎖。早い者勝ち」
「‥‥ん。遅い。コレは。全部。頂いて行く」
ひたすらに料理を胃に収めていく憐。今日一日、ずっとこの食事会が楽しみでしょうがなかったのだから仕方がない。
積み上がって行く皿を、ウェイターがどんどん下げていく。
「中将、シャンパンをお持ちしましたが如何です?」
「頂こう」
ずっとオリムの横にいたブラットがトイレに立った隙を見計らい、翠の肥満のミッションが始まった。
「貴様は、あっちに行かんのか?」
傭兵で大賑わいのミユを指差し、オリムが言う。翠の肥満は静かに首を横に振った。
「僕が話したいのは貴女です。オリム中将」
「ほう」
「近く、また新しい大規模作戦で出撃です。昼間にお褒め頂いた通り、それなりに腕は立つつもりです。ですが、これだけ戦いが長引くと‥‥そろそろ危ないかも知れない。まあ傭兵なんて仕事は、本当はそんなものなのでしょうが」
そこで言葉を切り、自嘲気味な笑みを浮かべる。
オリムはシャンパンを一口含み、彼を見ていた。
「だから生きている間に、これだけは言っておきたい。貴女に直接、お目にかかったのはほんの数回ですが、しかし僕が貴女を想い続けた時間なら、決して短くはない。だから、言います」
「‥‥‥」
「貴女が、好きだ。初めて貴女の事を知った時から、惹かれていた」
彼の言葉に、オリムは無言だった。
付睫毛の奥の瞳は欠片も揺るがず、翠の肥満を見据えていた。
「‥‥ふふ、失礼、それだけです。ただ、それを伝えたかった。貴女にお目にかかれる機会も、そう多くはないでしょうからね」
オリムが、自分の想いに対して、簡単に何かを返してくれるとは思えなかった。
数十秒にも、数分にも感じられた沈黙の後、翠の肥満はそう言って、席を立つ。ブラットが戻って来るのも、遠目に見えた。
「――‥べばいい」
「はい?」
オリムの声が聞こえた気がして、振り返る翠の肥満。
彼女は彼を見ては居なかったが、無表情のままで唇を動かした。
「貴様の名は呼びにくい。次に会った時は、何と呼べばいい?」
「――っ」
「まあいい。翠、でよかろう。意義は無いな?」
「――はい‥!」
ホテルの外、海を眺めながら缶コーヒーを啜る幸乃。
(「あの料理も市民のお金が使われているのかな‥‥あれだけの料理、スラムに配れば皆、喜ぶのにな」)
そんな一時的な事をしても意味が無いと、わかっていた。何の解決にもならないと。
それでも、変わりゆく街と豪華な料理を見ると、そんな想いに駆られてしまう。
(「私ももう、外の人間に、なっちゃったんだろうな‥‥」)
「やあ、お嬢さん。また会ったな。キャンペーンガールの選抜以来だ」
「大統領‥‥」
振り返ると、そこにはジョナサンが立っていた。
「あの時、君は私に、その想いをぶつけてくれたな。ここは君にとって、特別な街なんだろう」
「‥‥」
「君は本当に、ここを愛してくれているんだね」
ジョナサンが言い、周囲には再び、波の音が満ちる。
(「‥‥私にとっての唯一は、ここだけ‥‥」)
幸乃は静かに目を閉じて、ロスの風に身を任せた。
「ああああああっ‥‥結局何事もないっ!」
会場の外の廊下では、昼寝が『バグアが手を出してくれない』という理由で激しく凹んでいた。
まもなくパーティーも終了。モチベーションは最後まで下げたくないが、もうそろそろ無理だ。襲撃のシの字も無い。
「万が一のことがあったら嬉、いえ困るけど。ちょっとぐらい‥‥」
まあ仕方がない。昼寝は、最後の気力を振り絞って見回りを再開した。
●猫問題
「待て」
パーティー会場で、ふらりとオリムの前を通りかかった猫耳の暁。
とうとう止められた。
「あ、あはは‥‥オリム中将が猫好きと聞いたので〜」
「何やらそんな噂が流れているようだな? 誰に聞いた? 吐け」
「そんな御無体な〜!! 噂は噂なんですってばああああ」
ぐりぐりとコメカミを抉られつつ、暁が悲痛な声を上げる。珍しく感情的になって彼をシメるオリムには、どこか余裕が感じられなかった。
「ふふ、やっと微笑んで下さいました‥‥オリム中将」
実際には怖い笑みなのだが、ハンナの目には違う風に映ったらしい。慈愛に満ちた目で、その様子を見守っていた。
「ねこさん、可愛いですよね。宜しければ‥これ」
昼間より少し緊張の解れたレグが、『こねこのぬいぐるみ』を差し出す。オリムが動きを止めたそのお陰で、なんとか逃走する暁。
「れぐの笑顔はね、にゃんこに並ぶすーぱー癒し効果があるんだ! って、あれ? 妹自慢かな」
「レグ‥‥空閑‥‥」
にこにこオーラとぬいぐるみ、それを交互に見ながら、ふぅ、と溜息をつくオリム。
彼女はプレゼントを断ったが、落ち着きを取り戻した様子を見て、ハバキが笑顔で話しかける。
「そういえば、ヴェレッタにも妹さん居るんだっけ?」
「ああ‥‥バネッサと言う。姉も一人いるが‥‥」
そしてパーティーも終わりに近付き、クラークの提案で、一同は三列に並んで集合写真を撮った。
その後、オリム中将が着替えに使用した部屋から、
『かわいいにゃー‥‥おねえさんも飼っちゃいたいにゃーん』
などと言う呟きが聞こえたと言う噂が流れたが、事の真偽を確かめようとする勇者は現れなかったという。
なお、猫雑誌は無事に美沙へ返却されたという話である。