タイトル:【BV】機中の月マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/08 01:17

●オープニング本文


 ガリーニン207C大型長距離輸送機――通称、ガリーニン。
 ロシア・プチロフ社製のそれは、21連装レーザー砲をはじめ、各種対空武装をハリネズミのように備えた武装巨大輸送機であり、ユニヴァースナイト弐番艦のエンジンなど、失敗が許されない重要な輸送任務の際に使用される事が多い。
 また、過去の大規模作戦における運用は本来の輸送任務だけに留まらず、G4弾頭を積載しての所謂特攻作戦や欺瞞工作など、通常の輸送機では不可能と思われる任務でも、その性能を高く評価されてきた。
 時には、護衛のナイトフォーゲルをも上回る対空攻撃性能を発揮するガリーニン。
 だが――ガリーニンの敵がいつも空から来るとは、限らない。
 

 次なる大規模作戦の舞台となるグリーンランドが俄かに騒がしくなってきた頃、遠く離れた太平洋上の島国に、一機のガリーニンが立ち寄った。
 日本は兵庫県で鹵獲され、『バレンタイン強襲戦』の火付け役ともなった小型ヘルメットワームの輸送任務の途上であり、この南国の補給基地での給油と整備が不可欠であった。目的地はラスト・ホープ。まだまだ先は長い。
 そして数時間の後、ガリーニンは再び太平洋上へと飛び立った。
 15機を超える正規軍のナイトフォーゲルに護られ、一路ラスト・ホープを目指すガリーニン。
 その機内には、34名の旅客も同乗していた。
 彼らは神戸からラスト・ホープへ帰還するULTおよび未来科学研究所の研究者・技術者たちで、バグア機体の解体・解析作業ができる貴重な人材であるため、通常の輸送機ではなくガリーニンに同乗して帰路についているのだ。
 そのため、今回使われたガリーニンは、機体の前半分がVIP用の旅客スペースとして改造され、後ろ半分に残った貨物室に分解した小型HWの重要パーツを積んだ特別仕様である。

 補給基地を飛び立ってから40分、ガリーニンの旅客スペースで、一人の男が立ち上がった。
 最前列のシートに座っていた、若い研究助手である。
「動くな」
 彼は黒光りする銃口を隣の女性研究者に突き付け、低い声でそう警告した。
 それを合図に、最後列、中央右、中央左の各シートに座っていた3人の人間が、次々と武器を持ち、立ち上がる。
「バグアの威信に賭け、ヘルメットワームを貴様ら人類に渡すわけにはいかない」
「お前‥‥!」
 彼らの声は、本来持ち得るものとは別人のものであった。
「御存知? バグアの整形技術って、人類よりずっと進んでるのよ。整備士も洗脳して手引きさせたし、ちょろいものね」
 中央左で棒状の何かを構えた女が、怯える乗客たちを嘲笑い、言い放つ。
「ふざけた事を!!」
 女に飛び掛からんと動く男性技術者。しかし、
「キャアアアアーーーーーーーッッ!!!!」
「うわああああああーーーー!!!」
 女の手に握られたものから伸びた、鞭のような光線。
 光がシートを切り裂き、灼き切られた技術者の首がゴロリと通路に転がった。
「ガリーニンには、この場で墜落してもらう。抵抗すれば死期が早まる。1ミリたりとも動くな」
 悲鳴が飛び交う中、最前列の男は銃を構えたまま、ちらりと後ろを顧みる。5メートル程度の狭い通路の先には、コックピットに通じる扉が見えていた。
 男はその場を3人の仲間に任せ、こちらを向いたまま後ろ歩きに扉を目指した。

 こうして、ガリーニン207C大型長距離輸送機は4名の強化人間によってハイジャックされ、乗客乗員合わせて35名が機内に取り残される。
 だが、用意周到なバグアにも、一つだけ誤算があった。
 万が一に備え、乗客の中に紛れ込んでいたULT傭兵達の存在に、今まで全く気付いていなかったのである。

 勝ち誇ったように乗客を見張る強化人間たちの目を盗み、傭兵達は静かに、武器を取った。


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●依頼内容
・神戸よりラスト・ホープへ向かう途中のガリーニンが、機内に侵入した4名の強化人間にハイジャックされました。
 敵は、鹵獲HWを乗せたガリーニンごと太平洋に突っ込み、心中する気です。
 乗員乗客と積荷の鹵獲HWを護り、機内の安全を取り戻してください。

●参加者一覧

水理 和奏(ga1500
13歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
アーサー・L・ミスリル(gb4072
25歳・♂・FT
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
赤い霧(gb5521
21歳・♂・AA
エイラ・リトヴァク(gb9458
16歳・♀・ER
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

「お前ら、許さねぇぞ。理由がないのにやりやがって裏切り者が!」
 シートに釘付けになったまま怯える乗客達の中から、怒鳴り声が上がった。
 通路を挟んですぐ隣に位置する強化人間(以下、番号で表記)が即座に光線銃を発砲する。
 だが、同時に彼女は白銀の光を放つ瞳で光線を見据え、紙一重でそれをかわしたのだった。
「能力者――!!」
 二発目を肩に受け、それでも倒れぬエイラ・リトヴァク(gb9458)を四が『脅威』と悟った瞬間、激痛が走る。
 先手必勝と瞬即撃を発動した水理 和奏(ga1500)の蹴撃が、彼の右上腕を引き裂いたのだ。

 そう、激昂した乗客を装ったエイラの行動は、ほんの数秒、4人の強化人間の注意を引いた。
 和奏が四に飛び掛かるのと時を同じくして、3人の能力者が先手必勝を発動、行動を開始する。


●壱
「座席に隠れて伏せろ!」
「――っ!?」
 壱が顔を向けるより早く、瞬天足で加速し目の前に現れたリュイン・カミーユ(ga3871)の左手が、彼の銃口を上へと逸らす。
「皆、頭を低くして、椅子の陰に隠れて!」
 再び悲鳴を上げる乗客たちに指示を飛ばしながら、迅雷を発動したトリシア・トールズソン(gb4346)が壱の真横を駆け抜け、コックピット側へと移動する。
「機長さん! 誰か! 気づいて!!」
 彼女はコックピットを振り返り、大声で叫んだ。
 壱の拳銃を抑えたままのリュインがもう一方の手で機械剣を振るい、その右手首を灼く。そして、間髪入れずに放った回し蹴りが敵の頭部を直撃した瞬間、一発の暴発の後に拳銃が床に転がった。
 その銃声とトリシアの叫びが届いたか、リュインは敵の肩越しに、コックピットから顔を覗かせた機関士の姿を見る。そして、彼が扉を閉めた直後、床が前に傾き、機体が明らかな急降下を開始したのだった。
『当機は、只今より緊急降下を開始します。また、現在、機内にて戦闘が発生しております。乗客の皆様は座席の間に伏せ、能力者の指示に従ってください。繰り返します――』
 客席に響く機長のアナウンス。
 長距離を飛行する航空機の高度は、鈍重なガリーニンであっても当然、それなりに高い。その為、人員を輸送する場合は、機内を与圧する必要がある。機長が選んだ行動は、安全を維持しながらも出来る限り早く、機外と機内の気圧・気温・酸素濃度差が少ない高度約10000フィート以下まで緊急降下し、最寄りの基地へ向かう事だった。それ以上の高度で機体に損傷が発生したり、客室のハッチが開いてしまった場合、緊急脱出どころか、乗客が機外に吸い出されてしまう恐れがある。
 早めに機長へ通報しようと考えたトリシアの判断は、正しかった。
「誰も‥死なせないんだからっ」
 壱が取り落とした拳銃が、機体の傾きで滑り、トリシアの靴にぶつかる。彼女はそれを後ろへ蹴り飛ばすと、二連撃と円閃を発動させた。
「乗客に手は出させん!」
 銃を失い、リュインの額に拳を叩きつけて自由を取り戻した壱が、最前列窓際の乗客を人質に取ろうと接近を試みる。だが、脳震盪寸前で踏み留まったリュインが割り込み、乗客を庇って壱のナイフを鎖骨の下に突き立てられた。
 その壱の背後から放たれる、蛇剋の連撃。トリシアの持つ短剣が円状の残像を残して敵の背を裂き、続く刺突が左肩を貫く。
「絶対に、コックピットには行かせない!」
 リュインを離し、振り返ろうとした壱の側面に、トリシアの機械剣が襲いかかった。肋骨が一部露出するほどの傷に、小さく呻きながらナイフを振るう壱。
 トリシアの左腕から鮮血が飛沫き、機械剣の柄が床に転がる。
「が――はっ!?」
 だが、その直後、瞬即撃を発動したリュインの脚甲が壱の背骨を直撃し、首元を機械剣の光が抉った。彼女は、前のめりによろめいた壱の腹部に再び蹴撃を加えると、トリシアの一撃で流血している敵の左肩目掛けて下方から機械剣を振り上げる。
 ぼとりと落ちる壱の左腕。トリシアの二連撃がもう一度発動し、蛇剋が半円を描きながら壱の胸元を斬り裂き、さらに肋骨の隙間を縫って突き立てられた。
「整備士に手引きさせたのは‥何をだ?」
 倒れた壱にフォルトゥナ・マヨールーを突き付け、問うリュイン。
「は‥‥ははっ‥! ‥整形で誤魔化せるのは顔だけだ‥‥だが内部に味方さえ作れば‥‥っ」
 壱は急に馬鹿にした様な笑みを浮かべ、地面に転がったナイフを横目で見遣る。
 武器を機内に持ち込むための何らかの役割を、洗脳された整備士が担っていたのだろう。


●弐
「椅子の下に伏せて!」
 弐が横目でエイラを見遣った瞬間を狙い、黒瀬 レオ(gb9668)が勢い良く立ち上がった。
 同時にレオのブレザーのボタンが吹き飛び、その中から現れた白刃が空を一閃する。ガキッと金属同士がぶつかる音が響き、弐の機械鞭の柄と、レオの小太刀が上下で鍔迫り合いに陥った。
 動揺していたのか、脳内で弐と参の武器がすり替わってしまい、相手の持つ得物を見て一瞬驚いたレオだったが、すぐさま身体を捻って拮抗状態を脱し、紅蓮衝撃を発動する。
「気をつけて! 後ろの座席の人と一緒に、できるだけ隠れるんだ!」
「まだいるの!?」
 通路を挟んですぐ後ろのアーサー・L・ミスリル(gb4072)が、隣の乗客に指示を出しながら接近してきたのを視界の端に捉え、弐の注意がわずかに逸れた。その瞬間を逃さず突き出されたレオの小太刀が、赤い光とともに弐の右手首を貫く。
「輸送の邪魔はさせないからな!」
 得物はダガーとアーミーナイフのみ。だが、アーサーは確信していた。目の前で戦うレオ、そして他の仲間と自分の力を合わせれば、必ず勝てるはずだ、と。
 利き手をやられ、機械鞭を左に持ち替えた弐に、アーサーが座席越しの攻撃を仕掛ける。
 豪破斬撃と急所突きで威力を増した刃が狙うは弐の右側面。肋骨の隙間からナイフを刺し込まれた弐が悲鳴を上げ、身を引いた。
 弐は正面と右側を能力者に固められ、死に物狂いで左手を振るう。利き手でない分コントロールが甘いレーザー光が3m近くも伸び、周囲の座席の背凭れが一斉に斬り落とされていった。レオとアーサーは咄嗟に上体を伏せて回避するが、光が掠めた衣服の背と皮膚が焼ける臭いが漂い、同時に鋭い痛みが襲ってくる。
 それでもすぐに顔を上げたアーサーが、座席の背が無くなったことで無防備になった弐の脇腹を、ダガーで一閃した。飛び散った返り血が彼とレオの顔に赤い斑をつくり、弐の体力を奪っていく。
 アーサーに向き直ろうとする弐。アーサーは機械鞭の攻撃を後ろに跳んでかわし、着地と同時に再び前方へ跳んだ。
 ダガーの一撃を機械鞭の柄で受け止めた弐に対し、アーサーはもう一方の手でアーミーナイフを引き抜く。豪破斬撃と急所突きの威力を乗せた刃が、相手の肋骨を断ち、臓器を抉った。
「けっこう、しぶといんだね!」
「ぐ‥ッ‥冗談‥じゃないわ‥‥!」
 レオの小太刀が横合いから振り下ろされ、機械鞭を床に叩き落とす。
 すると弐は、背凭れの無くなった前の席を飛び越えながら二撃目をかわし、そこにしゃがみ込んでいた乗客の首を左手で鷲掴みにしたのだった。
「全員、動くな! へし折るわよ!」


●参
 自分に背を向けて立つ参を上目遣いに見上げ、朧 幸乃(ga3078)はそっと機械剣の柄を二本取り出し、両手に握りしめた。
 エイラの声を合図に、彼女は行動を開始する。
 音もなく立ち上がり、瞬即撃を発動する幸乃。逆手に持った右の機械剣を、力の限り敵の右上腕に突き刺した。
「――ッ!」
 不意を突かれて拳銃を取り落としかける参。さらにもう一度、幸乃の左手が目にも止まらぬ速さで光を振るい、肉の焦げる臭いとともに参の身体が一瞬、傾いだ。
「グゥオオオオオオオオオ!」
 背後の幸乃へと注意を向けた参の目前に、赤い霧(gb5521)が獣じみた咆哮を上げながら跳びかかってくる。その手に握られた蛇剋は両断剣の効果で仄かに輝き、参の傷ついた右腕を襲った。何とか腕を上げて銃で受け止めようとした参だったが、既に重傷を負った腕には力が入らず、簡単に銃を弾き飛ばされてしまう。
 さらにもう一度、赤い霧の手の中で白刃が閃くと、硬い衝突音とともに骨を断ち切られた参の腕が、ぼとりと床に転がった。
「てめぇ――ぐっ!?」
 参の背後から、苦無が突き立てられる。再び瞬即撃を発動した幸乃が、ブーツやパーカーの袖から次々と苦無を抜き、赤い霧と対峙する敵の背、脇腹、左脚に攻撃を仕掛けていた。
 高度を下げていくガリーニン内部は、奇妙な浮揚感と気圧の変化による不快感で溢れ、能力者と強化人間を除き、バランスを保てる者はいない。
 幸乃と赤い霧は目の前の相手と戦いながらも、乗客の中に『一般人には不可能な動き』をしている者がいないか、細心の注意を払っていた。
「――クソッ!!」
 その時、参の左手から、何かワイヤーのようなものが伸びて空を舞った。
 明らかに自分ではない方向へと飛んだそれを見て、赤い霧は瞬時に、すぐそばの乗客を狙っているのだと判断し、咄嗟に手を伸ばす。
「――!!」
 それが腕に巻き付いた瞬間、赤い霧の体内に凄まじい衝撃が走った。一瞬の高圧電流に全身をビクリと震わせ、その場に膝を着く。
 ニヤリとした笑みを浮かべる参。
 だが、
「甘いよ‥‥チェックメイトだ」
「何‥‥っ!?」
 参の予想に反して、赤い霧が力を振り絞り、ピンと張ったワイヤーを一気に引く。脚に苦無を突き立てられた参はいとも簡単にバランスを崩し、気がつけば、赤い霧の目の前の床に身体を投げ出していた。
 幸乃の機械剣が突き下ろされ、赤い霧の左手が両断剣の威力を乗せたショートレイピアを繰り出す。
 赤い霧と参を繋ぐワイヤーが一度だけ大きく緊張し――そして、力なく床に垂れ落ちた。


●四
 練成強化を発動したエイラに呼応して、和奏の足爪が淡い光を放つ。
 和奏は目にもとまらぬ速さで再び回し蹴りを放ち、身体を一回転させてもう一発、刹那の爪を四の側面に叩き込んだ。
「痛っ! やったな〜!!」
「まさか能力者が紛れているとはな‥」
 四は左に持ち替えた光線銃を肩越しに撃ち、至近距離で和奏の首元を灼く四。苦虫を噛み潰すような表情で呟いた彼に向け、エイラの超機械「ラミエル」が練成弱体を発動する。
「みんなっ! 絶対に顔を上げないでね!」
 周囲の乗客に声をかけながら、和奏は四と対峙する。乗客を狙いかねない光線銃は、迅速に叩き落としておくべきなのだ。
「こっちも見てもらおうか」
 別の強化人間と戦うアーサーにも練成強化を施し、さらに、範囲内で一番遠い壱にも練成弱体をかけ終えたエイラが、声を発して四の注意を引く。
 和奏の蹴撃を左腕で弾き飛ばした四が、光線銃を構える。しかし、和奏の方が速い。
 二連撃を発動させ、再び二度の回し蹴りを光線銃を持つ手首に叩き込む和奏。ボロリと落ちたそれをエイラの方へ蹴り飛ばし、さらに蹴りを放った。
 電波増幅で強化されたエイラの超機械が、和奏の蹴りを紙一重でかわした四に襲い掛かる。頭を庇った四の左腕が黒ずみ、焼けただれ、炭化していく様は、実に凄惨な光景であった。
 絶叫し、半狂乱でエイラへと突進する四。だが、エイラは素早く座席間を飛び移り、さらに攻撃を加える。
 電磁波に焼かれ、よろめく四目掛け、和奏が跳躍した。身体を捻り、脚を振り上げ、叫ぶ。
「ガリーニンは、大佐のおじさんの大事なものなんだからっ!! 絶対に邪魔させない!!」
 真横から放たれた和奏の蹴りが、四の頭部を、有り得ない方向へと捻じ曲げた。


●笑顔の罠
「全員、動くな! へし折るわよ!」
 密室、閉所、複数の敵――悪条件が揃ったこの状況で、多数の乗客を100%守ることなど、もはや神業に近い。
 にも関わらず、人質を取ることができたのは、四人の強化人間のうち、たった一人だけだった。
 壱の額に銃を突き付けたまま、動きを止めるリュイン。レオ達の加勢に向かおうとしていた幸乃もまた、足を止めた。
『お客様にお知らせいたします。間もなく、当機は降下を停止し水平飛行に移行いたします。繰り返します――』
 機長のアナウンスが、静まり返った客席に響き渡る。
 そして数人の能力者たちが、この事態を脱するための狙撃や移動スキルの使用を考え始めた頃、
「あは‥‥あはははははははははははははははっ!!!」
「な‥っ」
 突然、弐の目の前でレオが弾かれたように笑い出した。
「何この状況! お姉さん、面白いことするんだね!」
 彼の意図を理解できた者は、皆無だ。
 しかし、赤い霧と幸乃の位置からは、『それ』が見えていた。
 ブレザーの袖に半分隠れたレオの手に握られている、閃光手榴弾が。
 ピンが抜けているかどうかは、わからない。
 だが二人は、レオの手が動くと同時に耳を塞ぎ、目を閉じた。
 
 
 視界を奪われたリュインが、壱の逃走を危惧して即座に引金を引き、その額を撃ち抜いた。
 そして光が治まると、目を開けたレオが弐の左腕目掛けて飛び掛かり、豪力発現を発動する。
「前だ‥アーサー!」
 腕を折られ、背凭れの無い座席から転げ落ちて、アーサーの足元に倒れる弐。赤い霧の発した指示を聞いたアーサーが、視力の弱った目に頼るのを止め、迷わず自分の前方に倒れ込んで弐を床に押さえつける。
「‥終わらせる‥!」
 間髪入れず、瞬天足で弐の目の前へと移動する幸乃。
 瞼を閉じて死を覚悟した弐に、眩く光るレーザーナイフが振り下ろされた。


●希望の島へ
 能力者たちは、機長と乗員の指示を受けながら、速やかに前方の非常用ハッチを開けた。
 乗客は備え付けの酸素マスクとシートベルトを装着しているものの、皆、ようやく安堵の表情を浮かべている。
「遠隔操作や時限式の爆弾を所持している可能性があります‥‥急ぎましょう‥」
 皆と力を合わせ、眼下に広がる太平洋へと、四人の死体を投げ捨てていく幸乃。
「お疲れ様‥‥皆、大丈夫か?」
 そしてハッチをしっかりと閉め、赤い霧が皆を振り返った。
 皆一様に疲れてはいたが、重傷者もなく、無事である。
「あいつらにとっちゃ、技術を奪われたくはないだろうけど。迷惑なこった」
 エイラが肩を竦めてぼやくと、
「あーぁ。快適な空の旅が台無しだ」
「ガリーニンって、乗るの初めてだったんだけどなぁ」
 レオとトリシアもまた、溜息などつきつつ、機内の後片付けを始めた。
(「早くLHに帰って彼女に会いたくて‥‥手を挙げた任務でこれか。運悪かったなぁ」)
 とはいえコレも土産話になるか、と前向きに考え直し、後片付けに加わるアーサー。

 安全確認を終え、LH目指して再び高度を上げていくガリーニン。
「このHWが人類の戦いに貢献できたらいいね‥」
「友や馬鹿兄が頑張った成果だ。無事にLHまで届けてやるとしよう」
 和奏とリュインはそう言葉を交わし、それぞれの親しい者たち、そして貨物室に眠るHWへと想いを巡らせた。