タイトル:Angelicaマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 14 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/12 06:27

●オープニング本文


 ラスト・ホープ内にある、ドローム社の社長室。
 年の瀬も近い12月中旬、ミユ・ベルナールは、コーヒー片手にぼんやりとモニターを眺めていた。
 画面に映し出されているのは、過去から現在に至るまでドローム社が開発を手掛けた、多数のナイトフォーゲルのデータである。

 ミユの白い指先がコンソール上を行き来して、やがて止まる。

 S−01に始まり、夏のシェイド討伐戦に際して発売開始された高級機『F−201A フェニックス』は、ナイトフォーゲル史上初の空中変形格闘を実現させ、ドローム社の高い技術力を象徴する存在となっている。今やドローム社製ナイトフォーゲルのラインナップは十を超え、さらに、南米メルス・メス社を代表する機体『GF−106 ディスタン』及び『GF−M アルバトロス』、果ては現在開発中の最新鋭機『サイファー』に至るまで、ドローム社の技術は例外なく活用されているのだ。
 無論、ドローム社とて、これで満足というわけではない。矢継ぎ早に新機体が発売開始される中、グライドル、スピリットゴースト、スカイタイガー等、新機体の開発と売り込みは休む事無く続いている。
 そして、ミユをチーフとする製作チームもまた、次世代機たるクルーエルの再設計に手一杯の状態であった。
「『あの計画』は、まだ先が見えないわね‥‥クルーエルの完成は遠いわ」
 カップを置き、ふぅ、と嘆息するミユ。
「クルーエルの開発が進まないとなると‥‥そうね、予定には無かったけれど、リカの方に手を加えるべきかもしれないわ」
 とある事情で再設計が進められているクルーエル。次世代機開発は遅々として進まず、ドローム社製の知覚特化機体は現状、『PM−J8 アンジェリカ』、ただひとつである。
 アンジェリカの性能は知覚特化機体として申し分なく、最近導入された機体特殊能力の強化システムにより、火力だけで見れば次世代機クルーエルにも引けを取らないほどの機体も存在するという。
 しかし、アンジェリカは既に古参の機体。それに、開発当時に比べ、ドローム社の技術も格段に向上しているのだ。
 のんびりと構えていては、あっという間にシェアを奪われる世の中だ。次世代機が出せないのならば、既存機体を強化して勝負するしか無い。
「クルーエルほどの性能は期待できないけれど、やってみる価値はありそうね」
 モニター画面に映し出されたアンジェリカを見つめ、ミユは静かに受話機を取った。


    ◆◇
 数日後。
 ドローム社の会議室には、ULTを通じて集められた傭兵達の姿があった。
 アンジェリカ改良に関して、現場の生の意見を聞くべきだと考えたミユは、保守的な正規軍より、自由な立場で意見を述べられる傭兵を選んだのである。
「皆さん、本日はお集まり頂きまして有難うございます。我が社では近々、『PM−J8 アンジェリカ』の改良を予定しております」
 スーツに身を包んだ女性がトレイを手に歩き回り、傭兵達に飲み物が配られる。ミユは、全員の注目が自身に集まった事を確認すると、再び話し始めた。
「皆さんには、アンジェリカ改良の方向性、改良点などを、自由にご提案頂きたいと思います。皆さんから寄せられた案に関して、可能か不可能か、もしくは製作チームにて検討する必要があるか、回答させて頂きます。その上で、より実現の可能性が高い案、そして、より多くの方の支持を集めた案を持ち帰り、アンジェリカ改良の詳細を考えさせて頂きますね」
 ただし、と、ミユは付け加える。
「実現可能な案であれば、全てを詰め込めるわけではありません。改良というものは、足し算引き算をしながら考えていくものですからね。装甲が厚くなれば、機動性の向上が望めなくなる可能性もあるでしょう。火力を上げることで、逆に失うものがあるのかもしれません。それに、『ブースト空戦スタビライザー』、そして『SESエンハンサー』は、アンジェリカという機体に搭載されている限り、改良できる範囲に限界があります。また、特殊能力を改良する場合は、完全に積み換えという形を取らなければいけません。この点にも注意して下さいね」

●参加者一覧

/ 真田 一(ga0039) / 藤田あやこ(ga0204) / ツィレル・トネリカリフ(ga0217) / 霞澄 セラフィエル(ga0495) / 水理 和奏(ga1500) / 小鳥遊神楽(ga3319) / キョーコ・クルック(ga4770) / 瑞浪 時雨(ga5130) / ティーダ(ga7172) / 森里・氷雨(ga8490) / ヤヨイ・T・カーディル(ga8532) / 赤宮 リア(ga9958) / アンジェラ・D.S.(gb3967) / アーク・ウイング(gb4432

●リプレイ本文

「お姉さん、ありがとう。あとはあたしがやるから、仕事に戻って大丈夫だよ」
「まあ‥‥いいんですか?」
 現役メイドのキョーコ・クルックが席を立ち、飲み物のおかわりを聞いて回る女子社員の肩を叩いた。彼女は戸惑ったようにキョーコを見、そしてミユ・ベルナールへと視線を移す。
「社員へのお気遣い、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、プロの淹れた紅茶を頂きましょう」
「いいのいいの。好きでやってることだから。‥‥あ、別にお姉さんのお茶に不満はないよ?」
 会釈する女子社員に笑いかけ、キョーコは慣れた手つきで茶葉とドリップ式コーヒーの準備を始めた。
「そう言えば、ミユ社長と会うのは久しぶりですね。もう一年以上経つなんてびっくりです」
 机の上で両腕を伸ばしながら、ふふ、と微笑んだのはヤヨイ・T・カーディルである。
「ええ。ですが、不思議ですね。ヤヨイさんと最後にお会いしたのも、まるでつい最近のことのように感じます」
 同じく、多忙を極めるミユにとっても、一年はそれほど長い時間と感じられなかった。
「コーヒーと紅茶・ジュースもありますが、どれになさいますか?」
「俺はコーヒーで」
 キョーコからコーヒーを受け取り、ツィレル・トネリカリフは足を組んだ姿勢のまま、真正面の椅子に掛けたミユを見遣る。そして、唐突に言葉を発した。
「社長。で、伯爵とはロングボウの一件以来、なんか進展はあったのかい?」
「○☆△□っ!?」
「大変だ社長の胸元に紅茶が!? シミにならないうちに俺がその巨にゅ‥」
「ミユお姉様っ!? 大丈夫っ!?」
 機体の話しか出ないと思って完全に油断していたミユが、ツィレルの奇襲により、飲みかけの紅茶を盛大に溢しまくる。そして、ドサクサ紛れに伸びてきた森里・氷雨の手はというと、邪心の無い水理 和奏が差し出した未使用おしぼりの前に敗北を期し、スゴスゴと引っ込められた。
「だ、大丈夫よ、和奏。‥‥ツィレルさん、し、進展とはどういう意味でしょうっ? ‥‥私と伯爵は、メガコーポレーションの代表として、大変良好な関係を保っているつもりですわ」
 へぇ、と頬杖などつきつつ口端を上げるツィレルから意図的に目線を外し、ミユはおもむろに立ち上がって笑顔を振りまくと、
「皆さん、お茶とお菓子は行きわたりましたか? では、アンジェリカ改良に関する意見交換会を始めましょう」
 コーヒーと紅茶の香りに包まれた傭兵達へ、開会を宣言した。
 集まったULT傭兵は14人、アンジェリカユーザーが殆どとはいえ、他機体のユーザーも少数ながら共に座し、中々理想的な参加状況といえよう。
「ついに、待望の機体改良ですね。とても楽しみです」
「バージョンアップ構想は待ち望んでたとも言えるわね。これを機に考えをぶつけてみるわ」
 お菓子をつまみ、実は内心ワクワクと心躍らせつつも表情の乏しいティーダの隣で、スーツに身を包んだアンジェラ・ディックが机の上で両手を組み、「ワタシと同系の意味合いの名を持つKVなのだから」と、アンジェリカに対する思い入れを口にした。
「ミユ社長、初めまして。アーク・ウイングです。『アーちゃん』って呼んでください」
「こちらこそ初めまして。わかりました。アーちゃんですね」
 会議を始めるに際し、きちんと頭を下げて挨拶をしたアークに、ミユはにっこりと微笑んで会釈を返す。そして椅子に座り直したアークが、今度は隣の小鳥遊神楽へと顔を向けた。
「アンジェリカかー。特に愛着や思い入れはないけど、こういった意見が言える場はやっぱり興味があるよね」
「そうね。乗ってない人の意見も聞いてみたいと思うもの。‥‥改良次第ではまだまだ第一線級で充分戦える機体を埋もれさすのは惜しいわ。私は乗り手の一人として、忌憚ない意見を言わせて貰うわね」
 アークの言葉に神楽はひとつ頷き、そしてキョーコから追加のお茶菓子を受け取る。
 と、卓の一角から、不意にパチパチと拍手の音が聞こえ始めた。
「アンジェリカは最強です、華奢な見かけによらず私は陸戦でもガンガン戦っています。まずは素晴らしい機体を送り出したミユ社長に拍手を」
「まあ。恐縮ですわ」
 何か良い事でもあったのか、礼服の藤田あやこに拍手を送られると、ミユは少し照れ笑いのような表情を浮かべてみせた。
「開発後期に関わって以来、諦めかけていた改に関われるとは‥‥」
 拍手の音も止み始めた頃、思わず感涙する勢いで拳を握り締めて呟き、そのまま勢い余ってガタンと立ち上がったのは氷雨だった。
「『俺は女性型KVにしか乗りませんよ宣言』で、可哀想な人扱いだったのが報われます! ――で、ですね‥巨乳になりませんか?」
「「「‥‥‥」」」
 シーン、と、神か幽霊でも通ったかのように静まり返る会議室。
 氷雨の熱意が皆に受け入れられるには、時間が掛りそうである。
「改良‥‥というものは、現行の欠点を全て解消して初めて改良という。‥‥が、今回もそうだが結局は『アンジェリカ改という商品』を開発するための場だ。それを踏まえて意見を出そう」
 ひとまず、ツィレルが再度議題を提示して沈黙の神を追い払うと、和奏はコクコクと大きく頷き、
「うんっ。僕はクルーエルを待ち望んでいるのだけど、でもリカに思い入れがあるのも事実っ」
 ね、とミユに笑いかけた。
「クルーエルか。クルーエルが出るときはどうするか‥‥いや、それは出たとき考えよう。『行動+2』や『知覚1.5倍』の機体特殊能力は凄すぎるからな。今日はともかく、アンジェリカの改良に力を注ごう」
 コーヒーカップを片手に香りを楽しみながら、真田 一は和奏とミユを交互に見遣り、小さく首を縦に振ってみせる。
「皆様、ではまず、アンジェリカの機体特殊能力についてお話し致しましょう」
 各員それぞれ意見が纏まった様子を確認すると、お茶菓子の包み紙を綺麗に畳み終えた赤宮 リアが、よく通る声で最初の議題を皆に提示した。


    ◆◇
「まず、私の意見から申し上げますね」
 キョーコがアンジェリカとロビンの資料を配り始める中、リアは机の上で軽く両手を組み、真剣な面持ちで口を開いた。
「アンジェリカのスキル、特にSESエンハンサーは他に類を見ないほど優秀だと思います。ですので、ここには手を加えず、能力やスロット面を中心に強化するのが良いと思います」
「そうですね。私も、特殊能力に関しては、特に改良を必要とする部分が思い当たりません」
 僅かに首を傾げながら言ったのは、霞澄 セラフィエル。彼女が改良すべきと感じる点は特殊能力以外の部分にあるらしい。
「あたしも特殊能力を弄る件には反対するわ。今のままでも十分使えるし、上位のものに換装できないなら、純粋に機体能力を上昇させる方が機体強化に繋がるから」
「機体スキル強化が出来る様にならなければ、エンハンサーの強化とか良いとは思ったのですけどね。思ったよりも強化で強くなるので、バージョンアップで強化して貰う必要性が薄らいだと言いますか。まあ、その分機体の方に集中して下さい」
 アンジェリカの機体性能、特殊能力、機体特殊能力の強化データを閲覧しながら、神楽が冷静に分析すると、ヤヨイも同様に頷いた。
 そして、彼女らの意見に付け加えるように、アンジェラが言葉を発する。
「それに、新規に積みかえるとなれば、強化状況が無に帰してしまうわ。なので、現状維持のままで良いと思われるわね」
「成程、皆さんのお考えは理解できました。やはり、強化の引き継ぎが出来ない部分がネックになるようですね」
 どうやら、機体特殊能力の積み換え時に予想されるメリット、デメリットと、強化時の伸び率を比較して考えた場合、アンジェリカに関しては現状維持の方が良いと判断する者が殆どのようである。
「エンハンサーは正直言って、強すぎるくらいのスキル‥。弄らない方がいい‥‥」
 人見知りの激しさ故に人前で意見を出すのは苦手な時雨だが、積極的に意見を交換する周囲を見て、少し下を向いたまま、ぽつり、ぽつり、と自分の考えを述べ始めた。
「改良して強くしたとして‥、錬力消費も一気に増えるはず‥‥。それなら、今のバランスのほうがコンスタントに使えていい‥‥」
「そうだね。あたしも、特殊能力については、今のままでいいかな〜? 下手に弄って消費練力が増えて使い勝手が悪くなるよりは良さそうだし」
 時雨のグラスにジュースを注ぎながら、キョーコが同意を示す。が、ふと思い直したようにミユへと視線を移し、問いを投げた。
「‥‥消費練力が減ってくれたら嬉しいとは思うけど。無理?」
「SESエンハンサーの消費錬力に関しては、全社の他機体と比較しても十分低いと考えています。我が社としては、限界ですね。ブースト空戦スタビライザーの消費錬力は‥‥多少燃費を良くする事は可能かもしれませんが、やはり積み換えは避けられません」
 ミユの回答に、「やっぱりか〜」と肩を竦めるキョーコ。リアは、彼女達の会話を聞きながら、難しい表情でおずおずと一同を見渡した。
「こういう場で出す意見としては不適切かも知れませんが‥‥やはりスキル強化が引き継がれないというのは大きすぎる痛手なのです。一部の人が著しく不利益を受ける様なバージョンアップであってはならないと思います。ミユ社長も、そう思って忠告してくれているのですよね?」
「はい。アンジェリカは特殊能力強化の伸びが比較的良い機体ですからね。少なくとも、それは考慮した上で改良点を考えるべきだと思っています。‥‥皆さんの意見を聞く限りでは、特殊能力の改良は必要ないという結論になりますが、それで構いませんね?」
 現状維持を求める声が続き、反対意見がほぼ皆無であったことから、ミユは念の為一同に意見の再確認を促す。すると、お茶菓子のカステラを飲み込んだティーダが、不意に口を開いた。
「現状維持で問題ないです。ただ、もし可能なら、特殊能力の追加ができれば嬉しいのですが」
 例えば砲戦型として命中・射程を補正できるものや、錬力消費を抑えるものを、と彼女は提案する。それに賛同し、手を挙げたのはあやこであった。
「命中率上昇なら、わたしにも案が。名付けて、連携強化システム仮称『アンジェリカ i』。『i』はまぁ、インフォーメーションのアイだとか愛とかそういう意味合いもあります」
「連携強化‥‥ですか?」
 ミユの顔を真っ直ぐ見て、あやこが立ち上がる。アンジェリカへの愛を感じさせる表情で強く頷くと、『アンジェリカ i』の内容について話し始めた。
「1スクエア内にいる同装備を装着したKVと機体をデータリンク。行動力ないし錬力を消費する事で相方機のレーダーや電子機器を共有し命中率を飛躍的に向上するパーツです。愛の力で勝つ、なんちゃって♪」
「アンジェリカ以外の機体でも使用可能な一般の機体アクセサリ、ですね?」
「はい。特殊能力ではありませんが、機体特別アイテムとして検討頂ければ幸いです。リカの使い方は物理や防御の強い機体と組んで知覚面を補う事で真価が発揮されると実感していますので、僚機との連携を強化するオプション機能を提案しました」
 あやこが一通りの説明を終え、席に着くと、ミユはまず、ティーダの質問から順に回答していくことにする。
「ティーダさん、残念ではありますが、アンジェリカには追加の特殊能力を搭載することはできません。現在のナイトフォーゲルにおける特殊能力の標準積載数は1つか2つで、それに合わせてアンジェリカも設計されているのです。これ以上の搭載は、基本性能に大きく影響を及ぼしてしまいます」
「いえ‥‥可能なら、の話でしたので、無理であればそれでいいです」
 標準以上のものを積むには、最初からそれなりの拡張性を持って設計しなければならない、というミユの説明を受け、ティーダは無表情のまま、アンジェリカの資料をちらりと見た。確かに、この華奢な機体に標準以上を求めるのは難しそうだと、彼女は頭の中で理解する。
 続いて、ミユはあやこのアクセサリ案について、見解を述べ始めた。
「藤田さんの案はユニークですね。ですが、お話を聞く限り、まず機体アクセサリとして実現可能な性能ではありません。検討するとすれば電子戦機向けの機体特殊能力ではないかと考えますが、目に見えて命中率が上昇するほどの効果は、他機体と情報共有を行う程度では実現しないでしょう。現在の技術では不可能ですし、アンジェリカの改良という範疇を超えていますので採用はできませんが、命中率向上を重視したご意見として受け止めさせて頂きますね」
 議事録をとる女子社員に目配せしながらのミユの言葉に、あやこはがっくりと肩を落として嘆息する。「でも面白い意見だったよね」とフォローを入れたアークに、隣の神楽も首是して僅かに口端を上げて見せた。
「傭兵が自由に意見を述べる場だからね。色んな案が聞けた方がいいわ」
 しょんぼりしていたあやこだったが、神楽を見、「そう? じゃあ残り時間も頑張るわ」と華麗な復活を遂げたようである。
 そんな中、リアは、それ以上意見が出ないのを見て取ると、ぽふん、と胸の前で両手を叩いて皆の注目を集めた。議長に任命されたわけではないが、どうやらこの場にいる者の中では、そういう役回りが一番合っているらしい。
「では皆様、そろそろ次の議題に移りましょう。次は――そうですね、基本性能の部分に参りましょう」


    ◆◇
「現状で優先して改良してもらいたい点が1点、コクピット周りを弄ってもらうことになるけどAU−KV対応にしてしてもらいたいってとこだね〜。ドラグーンにとっては自分の命に関わることだし」
 最初に要望を述べたのは、キョーコであった。
「AU−KV対応は必須ですね。AU−KVを着た状態のドラグーンと言っても、コックピットを大幅に広げなくてはいけないほどではありませんから、スペース的には確保できるでしょう。システム面も問題ありませんよ」
 ミユも全面的に賛成のようで、議事録に書き留められたキョーコの案に、そっと二重丸が添えられる。
「よかった。じゃあよろしくね。あとは、アンジェとロビンを比較すると、火力のアンジェ、命中・回避のロビンって印象を受けるから、長所を伸ばす意味で知覚を重視して能力が向上すると棲み分けができると思うね〜。次点としては、知覚武装は全般的に重量が重いイメージがあるから装備が上がると使いやすくなると思うよ〜」
 ついでに、とキョーコは、ロビンより回避が低いことを理由に、生命の向上もお願いしたい、と付け加えた。それを受けて挙手したのは、ヤヨイである。
「私は、装備を上げるよりは命中でしょうか。アンジェリカは元々砲戦型の知覚特化として開発されていましたから、改良するのも知覚・命中優先で‥‥装甲あるいは耐久性の向上もあるといいかな」
 基本性能に関しては堅実な改良を望む彼女は、それぞれの能力値に振り分ける数値をシュミレーションしつつ、次の意見を待つ。
「知覚の上昇には賛成ね。だけど、生命より命中かしら。当たらない攻撃はエネルギーの無駄よ。元々のコンセプトに従って、確実に敵に攻撃を当てる機体を目指すのが賢い選択だと思うわ。あとは‥‥そうね、知覚兵器は錬力消費があるものも多いから、錬力ね。防御・抵抗・生命は、その次でいいわ」
「私も同意見です。アンジェリカの一番の長所である知覚と、砲戦をする上で非常に重要となる命中力。この二つは最優先で強化してほしい能力です。知覚兵装に関しては神楽さんの仰る通りですので‥‥練力も増えると更に嬉しいですね」
 神楽とリアの意見は、ほぼ一致していた。要するに、砲戦型というコンセプトに従い、高い火力の攻撃を確実に当て、さらに威力の高い兵装を複数回使用することを目的とした意見である。
「軽戦闘機型のロビン、超火力のクルーエルに対して、差別化を図りたいですね。砲戦型KVとして命中と装備、知覚機として火力強化に知覚と練力の底上げ。個人的に装備力はあるので‥‥錬力を優先したいのですが。一般的には装備力でしょうか?」
「じゃあ、いっそ攻撃と回避をばっさり切り捨てて、知覚を限界まで上昇させる? 知覚タイプの重砲撃KVみたいな改良ができないかな? 空戦・知覚タイプのゼカリア〜って感じで」
 ティーダが他の2機体を比較に持ち出したところで、アークがポン、と手を叩き、攻撃・回避低下案を口にした。通常、基本性能の数値が下がるというとネガティブなイメージがあるのだが、今回に限っては、皆、興味深そうに身を乗り出して来る。
「攻撃は削ってもいいんじゃない? 出来る限りね」
「アンジェリカで物理攻撃をしてる人って、いないと思う‥‥。いっそ‥‥0近くまで下げてでも‥他の部分の強化を」
 アークの妙案にも、神楽と時雨は顔を見合わせ、さも当然の事のように頷き合った。物理攻撃に対するエネルギー伝導を大幅にカットし、その分を知覚攻撃へ回せないか、という提案である。
「無理ではありませんね。勿論それぞれの伝導率や出力には限界もありますから、例え物理を100%捨てたとしても、同じ100%の出力を全て知覚攻撃に上乗せできるというわけではないですが」
 知覚特化のアンジェリカ特有の面白い提案だと、自らもメモをとりながら実現の可能性を示すミユ。だが、そんな彼女の袖を引いたのは、思案顔の和奏であった。
「ロビンやエルと差別化するなら、物理攻撃は残したほうがいいかな。ロビンは物理攻撃を完全に切り捨ててるし、エルもそうした方がいいと思う。だけど、リカはある程度の物理攻撃力もあって、物理兵装も使えない事はないのが長所だと思うんだっ」
 和奏の考えは、時雨の意見とは真逆にあるようだ。正直なところ、今回、アンジェリカで物理攻撃を行う可能性を前提に改良案を考えていたのは、彼女ぐらいである。他の者は皆、物理攻撃力に関しては特に言及しないつもりか、むしろ削るべきとの考えだったのだ。
「本当は‥‥『物理攻撃を維持して性能を底上げするVer.』と『物理攻撃を切り捨てて更なる知覚を目指すVer.』の二種類あるといいかもだけど‥‥難しいかな?」
「そうね‥‥」
 ミユはしばらく空中を見上げ、軽く息を吸ってから視線を元の位置へと戻す。そして、和奏の目を見つめ、やや残念そうに口を開いた。
「二通りのバージョンアップを用意することはできないわ。アンジェリカは正規軍での採用数も多くは無いし、少ない機数のためにコスト増大覚悟で複数のバリエーションを用意することは難しいの」
「そっか‥‥」
 じゃあ僕は前者かな、と言い、キョーコに貰ったリンゴジュースを口に含む和奏。ミユは、彼女に視線を遣り、そのまま瞳を動かしてアークと神楽、そして時雨を見て、言葉を紡ぐ。
「物理攻撃力を削る事で、知覚を上昇させることは可能です。検討しましょう。ただ、削るといっても、ゼロ近くまで、とはいきませんね。バグアの兵器の中には、知覚攻撃の出力を減少させるものも存在します。物理攻撃力もある程度維持した上で、各数値の増減率を算出しなければ‥‥」
「ま、そいつは持ち帰って開発チームで検討してくれ」
 のんびりと話を聞いていたツィレルがおもむろに身を起こし、アンジェリカの資料をバサバサと振って見せた。そして、真剣な面持ちで議論を再開させる。
「俺からの意見としては2案ある。『命中・生命を重点に後は知覚を強化』と『兵装スロット+1、装備を強化』。オススメは前者だな」
「生命‥‥生存性ね。ワタシとしては、生命より防御・抵抗かしら。知覚兵装は短射程のものが多いし、敵の射程内に入ることが多いわけ。命中と回避もできれば上げてほしいけど、それより耐久力の向上を望むわね。撃墜された身としては」
 ツィレルの提案に対し、やや異なる案を提示したのはアンジェラだ。しかし、向上を望む能力は違うにしても、根本的な部分で二人の考えは共通していた。特に空戦時において、アンジェリカは接近戦を強いられる事が多い。要するに、予想され得る危険に対し、機体の生存性のバランスが取れていないということだ。
「これは極論になりますが‥‥」
 そこへ口を挟んだのは、氷雨。アンジェリカのバストアップ問題も大事だが、彼とてそんな事ばかり考えていたわけではない。
「リカより物理的に頑丈な機体は数多く、作戦は単独遂行は滅多に無い。ならば物理防御の『盾』には事欠かない。――というのは乱暴ですか?」
「確かに‥‥極論だな。だが、個々に足りない部分は仲間内でカバーし合えるのと、そうすべきなのは事実だ」
 ぽつり、と呟いた一を見て、氷雨は僅かに息を吐き、微笑ってみせる。
 だが、ツィレルは氷雨の言葉に暫く眉を寄せ、「一理あるな」と返しつつも、やはり頷けない部分があるらしかった。
「だが、いくら前衛機に恵まれるだろうからといって、それに頼りきりは考えものだ。庇ってもらおうにも、空中での挙動は、KVに負担が大きい。庇う側の機体も、何度も『直撃』を貰っては厳しくなる」
「まあ、最初に言った通り極論ですからね。つまり、それを考えた上で俺が推したいのは、命中率の向上です」
 紅茶の中に沈んだ輪切りのレモンをスプーンでつつき、氷雨が言う。一は、窓から注ぐ陽光に目を細めつつ、それに同意を示した。
「例えば、試作型G放電装置は命中が高く、アンジェが使うことで威力もそれなりに期待でき、敵エースの牽制に十分活躍中だ。‥‥それを考えると、やはり命中は高いほうが良いだろう。後は、既に意見が出ているが‥‥重量が重く錬力消費のある知覚兵装に対応できるだけの装備力、錬力だ‥‥」
「先程まで、知覚力の上昇がメインのお話になっていましたが、やはりその中でも命中を重要視する声が上がっていましたね。知覚と命中、この2点の強化は必須という事でしょうか」
 生存性や装備力などを望む意見も勿論あるが、傭兵達の要望は特に、知覚と命中の二点に集中しているようであった。ミユの言葉に、力強く頷き答えたのは、リアである。
「はい。その二つは最優先で強化してほしい能力です。知覚はアンジェリカの一番の長所ですし、砲戦をする上で非常に重要となるのは命中力ですので」
 柔らかな椅子に浅く掛け、リアは、背筋を正した姿勢のまま、ハキハキとした口調でそう返した。
「命中力は大事ね。私は、スナイパーライフルで敵の動きを牽制し、前衛に釘付けにする方法も使っています。あとは、回避向上で機体を機敏にして、奇襲狙撃や挟撃を狙いたいところ。基本の命中率、回避、錬力の増加を提言します」
 あやこが具体的な運用法を提示して命中力の重要性を強調すると、リアも再び口を開き、要望を付け足す。
「私も、練力が増えると更に嬉しい、と思います。理由は他の皆様と同じく、兵装面での不安を軽減するためです」
「錬力の増加も、次いで希望が多いようですね」
 大方意見も出揃い、ミユは手元のメモに目を落しながら、うーむ、と頭を捻った。
「そうだ。胸部とか腰部とか、特定の部位の装甲を強化して、回避を下げないで防御とか抵抗を上げたりできないかな?」
 悩むミユに、追加で質問するアーク。ミユは視線を上げ、
「アーちゃんの仰る内容では、大幅に向上、は難しいですね。回避に影響が出ない程度に、装甲の補強を施すのがベストかもしれません」
 と、答えるに留まった。
 結局のところ、基本性能の改良は、要望の多い知覚と命中の強化を二本柱に、次いで錬力の増加がメインとなりそうであった。あとは生命と防御・抵抗といった生存性の部分や装備力、機動性の見直しも必要であろうが、恐らくこの辺りへの数値配分率は小さくなることだろう。
「機動性、という部分についてですが、私に意見があります」
 不意に、それまで静かに紅茶を楽しんでいた霞澄が顔を上げた。
「他の皆さんとは少し異なる意見ですが‥‥実際に空戦で使用している上での意見として。私は、攻撃〜装備までのカタログスペック的には多少向上しても意味が無いと考えています」
 基本性能部分の強化を無意味と言う彼女に対し、ミユを始めとした一同はやや面喰らうと同時に、ある種の興味を持ったようだ。清聴する姿勢の傭兵達を前に、彼女は自らの経験に沿った提案を口にする。
「私がアンジェリカを使っていて不満足な点、一番必要な能力だと思っているのは戦闘時のダッシュ力――つまり、移動力です。KV全体としては決して悪い方では無いのですが、敵のHW類と比較すると明らかに劣っています。更にアンジェリカの場合、知覚兵装の射程の短さから、至近距離まで近付かなければ攻撃ができません。結果、アンジェリカは他機体に比べて攻撃機会を大きく減じている事になっています」
 正規軍でも問題になっているのでは? という彼女の問いに対して、ミユは明確な回答を避けた。アンジェリカは正規軍においてそれほどメジャーな機体ではなく、データが少ないことも、その理由の一つである。
「出力アップによる加速力の向上は、戦闘機開発での必須項目です。ドロームの技術レベルなら不可能では無いと思っていますので考慮して頂ければ幸いです」
「不可能ではありません。可能でしょう。霞澄さんのご意見は理に適っていますし、最近は他社でも、アンジェリカの加速力を大きく上回る高速機が発売されていますので、当社としても採用したいと考えます。ですが」
 と、ミユは一度、そこで言葉を切った。再びメモを読み返し、こめかみに片手を遣りながら、口を開く。
「他の基本性能と違い、加速力――速度の向上には、非常に多くの工程を費やすことになります。今回は、基本性能の向上を望む声が多いこともあり、そちらとのバランスが上手く取れれば何とか‥‥ということになりますね」
「わかりました。前向きにご検討願います」


    ◆◇
 特殊能力、基本性能に関する話が終わり、ここからは所謂『プラスアルファ』の議論に入る。
 まず口火を切ったのは、ティーダだ。
「砲戦型を目指すなら、兵装スロットは増設したいですね。アクセサリスロットは‥‥増えると嬉しい、程度ですが」
「そうですね‥‥。現状の3つでも決して少なくは無いのですが、煙幕等を積む時に、もう一つ兵装スロットがあれば‥‥と思う事はあります。是非、この機会にスロット追加を実現して欲しいです」
 言葉の前半は遠慮がちに、だが後半は強い希望を込めて、リアが同意する。それから一拍置いて、綺麗な脚を机の下で組んだヤヨイが、うーん、と声を漏らしながら軽く首を傾げた。
「原型機がバイパーですから、それくらいのキャパシティはあるかな、と思っているのですが‥‥。まあ、技術的に可能でも予算とか難しい大人の事情とかもあるでしょうから、優先度は低めで。アクセサリスロットの方は特に要望はしません」
「そうですね‥‥」
 ヤヨイの言葉を受け、ミユは深く息を吐き出してから、やや低い声音で言う。
「スロットの増設は、容易なことではありませんね。仮に皆さんが、基本性能やその他の改良を全て諦め、スロットの増設のみに全ての工程と開発時間を費やして欲しいという事であれば考えますが、ここまでの流れを見る限り、基本性能の向上を望む方の方が圧倒的に多いようです。アンジェリカに関しては、採用しない方向で考えざるを得ませんね」
 改良とは、足し算引き算をしながら考えていくもの。スロットの増設は、今回の改良において用意された選択肢と可能性、全てを引いた上でしか採用できない案であった。少なくともこの条件がある限り、アンジェリカユーザー全体の同意を得ることは難しいだろう。
「では、無理を承知で言ってみますが‥‥専用兵装スロット、つまり『固定武装』を搭載することはできませんか?」
 ヤヨイの脚に若干気を惹かれつつも、氷雨が代替案として質問を投げ掛けた。だが、ミユの表情は苦いままだ。
「そちらも、現状の兵装スロット数を維持した上で増設、という意味であれば、同じ条件になりますね。3つの兵装スロットのうち、1つを固定武装の専用スロットに変更する‥‥と言う意味であれば、無理ではありません」
「なるほど‥‥。それは何かと、不都合がありそうですね。代わりに、リカ改専用兵装っぽい推奨兵装を開発すれば近いかな?」
 現状でも多くは無いスロットを常に占拠されるとあれば、あまり固定武装に魅力を感じない氷雨。ブツブツと、今度は推奨兵装について考えを巡らせ始めたようだ。
「内蔵アクセサリとか、面白いと思うのですが‥‥やはり、同じ条件でしょうか?」
 ティーダの問いに、ミユは晴れない表情で「そうですね」と頷いてみせる。
 暫く沈黙したティーダだったが、ひとつの案が採用されなかったからといってめげるわけにはいかない。
「では推奨兵装を。アハトやプラズマライフルは充分強力なので、そういう意味では、安定した陸戦近接兵装が欲しいかもしれません。例えば、ハイ・ディフェンダーの知覚版のような、エース兵装は素敵だと思いませんか?」
「面白いですね。俺は‥‥シールドキャノンの知覚版とか、ファングシールドの機槍版とかを推します。あとは、『ピンポイントフィールド搭載武器』や『電子装甲』の新型、『発動時のみ行動2消費のスナイプ・スコープ』なんかも楽しそうかと」
 ティーダに続き、氷雨もまた、頭の中で固まってきた兵装案を口に出してみる。後半になるにつれ、少々開発には手間と時間が必要そうなものが出てきたが、案は案だ。
「‥‥アンジェリカを本気で活用する気があるのなら、G放電装置級の使い勝手の良い遠距離兵器の開発を急いで欲しいわね」
「やはり射程が10以上で錬力無消費・リロード可・複数連打のレーザー系が欲しい処かしら。あと‥‥出来うるならG放電のリロード可のも良いかしらね。こちらは発射もしくはリロードの際に錬力消耗は有っても構わなくてね」
 現状、空戦でも超射程を維持できる知覚兵装の供給が十分でないことは、今回の意見交換会はもとより、至る所で目にする意見だ。神楽とアンジェラの提案は、アンジェリカユーザーにとって実に切実な要望であった。
「そう言えば、アンジェリカ開発の時に出た兵装案の中には現在開発中の物もありましたよね。あれってどうなりましたかね」
「知覚弓とか‥‥」
 あ、と思い出したようなヤヨイの問いに、一もまた、以前自分達が提案したクルーエル推奨兵装案の存在を思い出した。
「もし、現在開発中の非物理兵装等が御座いましたら、このVUに合わせてアンジェリカ推奨として発売してみては如何でしょうか? 相乗効果が望めるかも知れません」
 どうやら開発中のものがあるらしい、と気付いたリアが、ミユにそう提言する。ミユは、斜め上を見上げて考える素振りを見せてから、小さく頷いた。
「はい。確かに、クルーエル推奨兵装案として頂いたものはいくつかあります。今回頂いた案と合わせて、うちいくつかでも発売に漕ぎ着けられるよう努力しましょう」
「‥‥ってか」
 お願いします、と、皆が推奨兵装の話を終えようとした頃、満を持したかのように立ち上がった男が一人。
「ぶっちゃけ、乳専用フィールドフレーム積んで巨乳にできませんか?」
 氷雨だった。


「イビルアイズの方もそろそろ考えて欲しいわね」
 華麗なるスルー検定の後、そう切り出したのはアンジェラだ。
「ええ。イビルアイズについては、既に改良担当の部署が決定しています。社内の調整がまだ終わっていませんが、皆様のご意見をお聞きする日も、そう遠くは無いと思います」
「それなら、ワタシの主催兵舎でも意見が色々出ているわ。詳しい事は覗いて貰える様、担当者に通知お願いするわね」
「いえ‥‥申し訳ありませんが、当社としては、出来れば今回のように正式な形でご意見を伺いたいと考えています。担当の者が兵舎まで出向いてご意見を伺うことは避けたい事情もあるのですが、アンジェラさんが皆さんの案を纏めて下さり、当社へお持ち頂く事に関しては、歓迎いたします」
 お手数をお掛けしますが、とミユは頭を下げ、謝意と感謝を同時に表した。
 そんなミユを見上げ、和奏は、少し不安げな口調で声をかける。
「ミユお姉様‥‥エル難航してるみたいだね」
「‥‥そうね。かなり時間が必要だわ」
 机の上に載せたままの和奏の頭を撫で、ミユは微笑みながら小さく溜息をついた。
 いつかの短い冬休み、構想中のクルーエルのデータをリリア・ベルナールに見られ、これでバグアに勝てる気でいるのかと屈辱的な言葉を掛けられた。データが敵司令官の目に触れてしまったという理由もあって開発計画は大幅に狂い、遅れが生じたが、『リリアの言葉を覆すことができるだけの機体を作りたい』というミユの気持ちは、クルーエルを既存機体の延長線上に置く事を許さなかった。
 ――リリアを倒すためではなく、取り戻すために。
「クルーエルか‥‥。威力だけでなく、知覚銃器の射程も倍化できれば‥‥兵装そのものの射程が伸びてショップに並ぶ方が早いか?」
「恐らくは」
 困ったように頷くミユ。一は、そんな彼女の顔を見つめながら、言葉を継いだ。
「気になったのは‥‥ただ数値だけ上がっただけでは乗り換える者は少ないかもしれないということ。まぁ‥‥能力だけでなく形状‥‥どんな女性フォルムなのかと言う点も重要だが」
「そうだな。アンジェリカ改からクルーエルの乗り換えに限り、貸出権の価格を安くするとか必要だな。正直、クルーエルは純粋にアンジェリカ改の上位互換になりそうだ。乗り換え予定組にとって、バージョンアップしないという選択が十分にあり得るぜ」
 一に同意し、意見を述べたのはツィレルだった。知覚特化の上位機体といえど、客層の被りが予想される分、クルーエルの売れ行きに影響する可能性が高い。
「私は反対‥‥。それが許されたら‥‥要求が際限なくなる‥‥」
 ぼそり、と、別の懸念をもって反対意見を述べる時雨。
 彼女の意見も尤もで、特定機体から特定機体への乗り換え時に優遇措置を施すというのは、今のところ前例のないことであり、また、強化に強化を重ねた機体を降りてでもクルーエルへシフトしてもらうには、一体何をどの程度優遇すれば良いのか、判断が難しい。
「少なくとも、貸出権の価格については、ULTを通す必要がありますので、何とも言えませんね。ただ‥‥私は、クルーエルを、単なるアンジェリカの上位機体として開発するつもりはないのです」
「へぇ‥‥」
 ツィレルが小さく呟き、ミユが言葉を続ける。和奏と一は、黙ってそれを見守っていた。
「クルーエルは、まだ構想段階ですが、『とある計画』の下、再設計が行われています。恐らく、皆さんにその内容をお教えできるようになるには、かなり時間が掛かると思いますが‥‥皆さんのご期待に添えるよう、今までにない新しいコンセプトを持った機体として、引き続き開発を進めていきたいと思っています」
「‥‥ただの上位機体ではない、か‥‥」
 微笑むミユに、一は、まだ見ぬ新機体を思い浮かべながら、ぽつりと声を漏らした。
 どうやら、アンジェリカの妹となるべきその機体は、まだその全容を明らかにできる段階にすら至っていないようだ。
「ミユお姉様‥‥エルを完成させてリリアを取り戻そうって頑張ってたのを思い出すな。僕も同じ気持ちだから‥‥あのね、大変そうだしとにかく心配なの。‥‥エルについて何かある時は呼んでね!」
「そうね。ありがとう、和奏‥‥」
 必ず力になるから、と、腕にしがみついた和奏の背中をポンポンと叩き、ミユは彼女を再び椅子に座らせる。
 そして、
「さて、では、そろそろお開きとしましょう」
 意見も出尽くしたところで、ミユは立ち上がり、一同の顔を見渡した。長時間に及ぶ会議のおかげか、皆、疲れの色が見え隠れしている。
 キョーコが甲斐甲斐しく飲み物を注ぎ、甘い物を配り、彼女らの労をねぎらっていた。
「皆さん、長時間の意見交換、お疲れ様でした。皆さんから頂いたご意見の数々を活かし、アンジェリカがより良い機体として生まれ変われるよう、私はもちろん、開発チームが一丸となって努力いたします。本日はお集まり頂き、誠にありがとうございました」
 ミユそう言って頭を下げ、席を立ち始める傭兵達一人一人に対し、「お疲れ様でした」と声をかけて回る。
「ミユ社長、ありがとうございました。バージョンアップが実現する日を、楽しみにしていますね」
 柔らかな髪を揺らし、礼儀正しくお辞儀をして微笑むリア。
 参加者間で大きく意見が擦れ違う事もなく、比較的スムーズに進んだ会議は、開催者のミユとっても非常にやりやすく、良質な提案を厳選しやすい最良の意見収集の場となったことだろう。
 アークは疲れ切った表情で机に突っ伏し、ふぅ〜、と大きく息を吐くと、キョーコの置いたオレンジジュースを一気に飲み干す。
「さーて、アンジェリカがこれからどうなるか、ドロームの腕の見せ所かな?」
 ジュースを飲んで元気復活。
 グラスをドンッ、と机に置き、アークはパタパタと足音を立てて、ドローム社の会議室を後にした――。