タイトル:【神戸】Moonsetマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: イベント
難易度: やや難
参加人数: 26 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/16 04:07

●オープニング本文


 人類とバグア、ふたつの勢力が鎬を削る競合地域――兵庫県北部。
 兵庫バグア軍は、県北西部の香美町・新温泉町を制圧し、瞬く間にその勢力を増して行った。対する兵庫UPC軍は、南部の主要都市防衛に戦力を割かれ、北部の最大拠点たるUPC豊岡基地を護る事すら精一杯の状態が続いていた。
 そして2008年秋、絶望を絵に描いたような膠着状態を打開すべく、軍上層部は、兵庫県内にULT傭兵部隊の設立を決定する。
 ナイトフォーゲルのパイロットとして、優秀な歩兵として、彼らは主要な任務を幾度となく任され、県内における作戦成功率は100%を維持している。これは、軍内部において全く想定外の戦績であった。
 県北部の勢力図は塗り替わり、前線は西へと推移する。
 人類の次の目標は、香美町香住地区に建造された兵庫バグア軍基地の制圧である。
 ULT傭兵部隊の活躍により、佐津地区のキメラ製造施設は制圧され、副官であった上月 奏汰は死亡した。そして、最後の砦たる基地を護らんと人類に牙を剥いたバグアの新兵器もまた、先日基地を強襲したULT傭兵の手で破壊されている。
 基地強襲に参加した骸龍が持ち帰った映像を分析した結果、総司令官プリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)の駆るファームライドを含めた大まかな敵戦力が割り出された。他に、中国山地、新温泉町、佐津方面など、所謂前線に配備された戦力も当然存在すると思われるが、その総数を推測ことは可能であったのだ。

 今こそ、長く競合地域に甘んじてきた県北部を解放すべき時。
 2009年11月末、兵庫UPC軍は、香住バグア軍基地への総攻撃を開始する。


    ◆◇
「‥‥奏汰は死んだ。『ヴィルト』も無い。人間どもが来るなら今ね」
 兵庫バグア軍基地、司令室。
 プリマヴェーラは、椅子の上にしゃがんだ不自然な体勢で、眼前に映し出される地図を見つめていた。
 目と鼻の先の中国で激戦が繰り広げられているというのに、彼女は、この狭い二町を護るため、兵庫に残らざるを得ない。奏汰が生きていれば留守を任せることができたし、その弟の心が捕虜になりさえしなければ、親バグア派を上手く使って人類側の情報を集めることもできた。
 だが、今はもう、そのどちらも居ないのだ。
 言ってしまえば今のこの状態は、総司令官でありながら一所に留まらず、兵庫戦線の殆どを人任せにしてきた彼女の浅はかさが招いた危機でもあり、自業自得とも言えるだろう。
 この小さな二町すら護り切れなかったとなれば、バグアはもはや、彼女の能力に価値を見なくなるかもしれない。いや、それならまだいい。最悪、そこに待っているのは、死だ。
「人間なんて、みんな死ねばいい。絶対負けない。絶対‥‥許さない!」
 机の上に置いたロケットキーホルダーを、ポケットに入れる。プリマヴェーラは、唇を噛んで立ち上がった。
「来るなら来れば。あたし一人でやってやるから!」


    ◆◇
 ポートアイランド駐屯地内、小会議室。
 兵庫UPC軍大尉ヴィンセント・南波(gz0129)、そしてUPC北中央軍所属研究員の琳 思花(gz0087)は、何時になく緊張した面持ちで、傭兵部隊の前に立った。
「2009年11月30日。本日、兵庫UPC軍は、香住のバグア軍基地へ大規模な空爆を行い、これを破壊する」
 聞いている傭兵達もまた、緊張を隠せない。
「君達の任務はふたつある。ひとつは、空爆直前の制空権奪取だ。敵基地、及び各方位前線に配備されている敵戦力を引き付け、可能な限り撃滅し、正規軍による敵基地空爆の隙を作る事。こっちの指揮は、俺が執る」
 そして、次に口を開いたのは、思花だった。前回、敵基地にて発見・破壊された敵新兵器の調査が目的で来日したと言うが、空爆前後にどれほどの調査が行えるというのか。それは、総攻撃に参加し、見届けるための口実のようにも見えた。
「‥‥もうひとつの任務は、空爆を行う正規軍の護衛です。‥‥正規軍のKVと爆撃機は、限界までフレア弾や投下型爆弾を積んでいます‥‥。敵機に遭遇しても満足に戦うことができません。彼らに同行し、護衛する班が必要になります。‥‥こちらの指揮は、私が執ります‥‥」
 思花が言い終わるのを待って、南波は傭兵達の顔を見回し、静かに頷いてみせた。
 失敗はできない。
 ULT傭兵部隊設立から一年以上。その最後を飾るに相応しい大規模な作戦が今、始まろうとしていた。
「空爆を行う正規軍のKV、および爆撃機は、バグア軍基地から見て東のUPC豊岡基地より発進する。基地上空到着・空爆開始予定時刻は、16時に設定された。それを頭に入れた上で、作戦を考えて欲しい」


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●依頼内容
・香住地区の兵庫バグア軍基地に、正規軍による大規模な空爆が予定されています。
 空爆が確実に行われるよう、基地および周辺の敵戦力を引き付け、可能な限り撃滅し、空爆の隙を作って下さい。
 また、正規軍のKVと爆撃機は限界までフレア弾や投下型爆弾を積んでおり、敵機に遭遇しても満足に戦闘を行うことができません。彼らに同行し、護衛して下さい。
・空爆で基地が破壊された後も抵抗を続ける敵機があれば、出来る限り撃滅して下さい。

●参加者一覧

/ 榊 兵衛(ga0388) / 皇 千糸(ga0843) / 如月・由梨(ga1805) / 平坂 桃香(ga1831) / リヒト・グラオベン(ga2826) / 漸 王零(ga2930) / 熊谷真帆(ga3826) / アルヴァイム(ga5051) / シーヴ・王(ga5638) / ソード(ga6675) / カーラ・ルデリア(ga7022) / クロスフィールド(ga7029) / 鈍名 レイジ(ga8428) / 御崎 緋音(ga8646) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 狭間 久志(ga9021) / まひる(ga9244) / 赤宮 リア(ga9958) / 最上 憐 (gb0002) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 蒼河 拓人(gb2873) / 堺・清四郎(gb3564) / アーサー・L・ミスリル(gb4072) / 冴城 アスカ(gb4188) / ソーニャ(gb5824) / 桜庭 結希(gb9405

●リプレイ本文

「――所謂一つの決戦、でありやがるですね」
「ええ、今日で一区切りといきたいところね」
 シーヴ・フェルセンと皇 千糸が、机上に置かれた兵庫県の地図を見下ろし、言葉を交わす。
「この作戦が成功すれば、兵庫からバグアの脅威は無くなります。長かった戦いに――今日こそ必ず決着を付けます!」
 夫である漸 王零は勿論、友人のまひるや狭間 久志の輪の中で、赤宮 リアは儀礼服の襟を握り締め、一年以上休まず参加し続けた兵庫戦線に、今ようやく、終結の兆しを見出していた。
「ゾディアックの一人がいるみたいだし‥‥気は抜けないけどね」
「亡くした子の恨みか‥‥同情はするが容赦はしない」
「‥‥‥」
 御崎緋音と王零が、椅子に掛けたままゾディアック山羊座プリマヴェーラ・ネヴェの資料を取り上げる。その遣り取りの中、鈍名 レイジだけが唯一、どこか物言いたげな表情で床を見つめていた。
「土壇場のクライマックスに参加できたのはラッキーかな? お久しぶりです」
 少し離れた位置のヴィンセント・南波と琳 思花に、久志が軽く会釈する。
「港のお嬢様に憧れっ子真帆ちゃんなのです。出撃が終わったら南波さんと祝賀会するです」
「神戸って牛が有名だったわよね?」
「それはまた今度。皆がちゃんと帰って来れたら、日を改めてやろうね」
 熊谷真帆と桜庭 結希が早くも勝利の宴を企画すると、南波は少し笑顔を溢して口を開く。
「まあでも、そろそろ決着かな。いや、奴らとの戦いはまだ終わらない‥‥か」
「それでも、こうやって地道に取り返して行くことが大事なんだよな」
 伸びをしながら言った赤崎羽矢子に、ユーリ・ヴェルトライゼンが机上を指で叩きながら言葉を返す。すると、隣の如月・由梨が静かに口を開いた。
「はい。日本は私の故郷ですし。一刻も早く、戦いを終わらせることができれば‥」





「最短航路だ。山の稜線に沿って飛び、1分以内に全機を敵基地へ到達させる」
 アルヴァイムの金瞳が鋭い輝きを放つ。
「‥ずっと待ち続けてきた戦い‥日ノ本を解放するための戦‥‥負けられん‥!」
「うん、負けられないな。今回も頑張りますか」
 この戦を日本解放への足掛かりにせんと意気込む堺・清四郎の声が無線越しに響き、アーサー・L・ミスリルが明るく言葉を返した。
 アーサーが最後に空を飛んだのは、極東ロシアだ。不安はある。だが、この作戦への期待と仲間への想いが、彼をこの兵庫の空へと導いた。彼はロケットを弄りながら、クリスマスは何をしようかと考えを巡らせる。 
「‥‥ん。行こう。出発。発進」
 出撃時刻。最上 憐のナイチンゲールが先陣を切り、18機が西へと飛び立った。
 そして最後の山の頂上部を越えた時、前方に見えるバグア軍基地の外縁に沿い、HWの編隊とキメラ達が空へと浮上した。基地の内外には、8機のゴーレムと9機のTWが配置されているのが見える。
 そして、迎撃のHW群が迫って来ると同時、能力者達に耐え難い頭痛が襲いかかった。
「小型15機、中型5機。翼竜5頭、中型グリフォン8頭。HWの間にCWが5機。CWは他にも隠れてる可能性がある。――K−02、来るぞ」
 南波が低い声で警告する。
 前列のHW8機が大型ミサイルコンテナを開き、4000発の小型ミサイルが視界を埋め尽くした。


「飛ばすぞ!」
 雨霰と降り注ぐミサイル子弾。誰一人として回避不可能と思われたその状況で、久志のハヤブサに搭載された4基の高出力ブースターが一気に出力を増した。
 誘爆と僚機の被弾によって生まれる全ての爆炎と黒煙を紙一重でかわして駆け抜け、音速の機体が先頭の中型HWへと迫る。
「ひゃっほーい! さあ久志レッツダンシンッだ!」
 被弾はすれど致命傷には至らぬまひる機が、久志を追って嵐の中から飛び出した。3基のファランクス・アテナイが唸り退路を塞ぐその隙に、久志機の剣翼が敵機の脇腹を強襲する。
「皆! 無事!?」
 空に蟠る黒煙塊を突き抜け、炎と熱風の渦から続々と僚機が抜け出してくる。赤崎羽矢子が全機に呼び掛け、皆の損傷率を確認した。
「機体損傷45%。まだ問題ないわ」
「損傷率40%だ。戦える」
「わかった。皆、後ろに本命が控えてるんだ。ワームは一機も残さないよ!」
 最も損傷の多い結希機、アーサー機でも、まだ戦闘継続に支障はない。羽矢子はそれを訊くと、やや高度に位置どるソードのシュテルン、そして榊兵衛の雷電を見上げた。
 激しくブレる視界に目を見開き、兵衛とソードはHWと、そしてその前をチラつく邪魔なキメラを一緒くたにロックし、同時にK−02を発射する。
 蒼空に解き放たれた750発の小型ミサイルが敵群へと突き進み、2頭のグリフォンを炎の渦に巻き込んでいく。しかし、小型は慣性制御を駆使してミサイルの雨を掻い潜り、白条を吹き散らして前進して来た。
「CWの効果か‥‥!」
 兵衛は絡みつく頭痛を払い除けるかのように逆立つ銀髪を振るい、接近する敵機に再び狙いをつける。羽矢子機が威力の著しく減退したアハト・アハトで何とか相手の退路を塞ぎ、さらに剣翼の閃きで後退させた瞬間を狙って、彼はAAEMを発射した。
「‥‥HWにはかわされましたか。邪魔なCWから駆除しましょう」
「そうね。CWを破壊しないと、相手がHWでも厄介だわ」
 対空砲の砲首を上げ、ソードは結季のヘルヘブンの前について、CWを探し始める。
「余所見してるから悪いのよ!」
 ソード機に気を取られたHWの横を結希機が突破し、機関砲の弾をバラ撒いた。照準が大きくズレながらもCWに数発をお見舞いし、結希が再び照準を調整する。
 だが、
「――っ!?」
 突如、どこからか飛来した淡紅の光が、ヘルヘブンの背部装甲と尾翼を吹き飛ばした。
 咄嗟に煙幕装置を起動させた結希機の後方で、エニセイでCWを爆散させたソードが小さく舌打ちする。
「ファームライド‥‥!?」
「退いて下さい。ここで無理をしてはいけません」
 FR出現を察知したリヒト・グラオベンが通信を送り、即座に結希機を後方へ下がらせた。
『来たな‥FR! 散っていった戦友たちのためにも貴様をここで倒す!!』
『熱い事言っちゃって。まー精々がんばって♪』
 清四郎の言葉に、軽い返事を返すプリマヴェーラ。
「とにかく、周りを良く見て、いそうな所に弾幕を張るしかないですね‥‥」
「誰も照明銃を持っていないとは‥‥煙幕の動きと各機の赤外線センサーが頼りですか」
 緋音と由梨がHW相手の戦闘を中止し、CWの効果で狂った計器と空の様子を見比べて言う。FRを燻り出す手段として期待していた照明銃は、一発も撃ち上げられない。CWの駆除すら終わらぬこの状況で、それも何十もの熱源と砲火の飛び交うこの広い空で、見えないFRの相手は分が悪すぎる。
「こっちにいるわよ!」
 再び光条が閃き、冴城 アスカのシュテルンが不意を突かれて破片を散らした。光条の発生した空間に兵衛機が長距離バルカンを撃ち込むが、空振りに終わる。
「‥‥そう簡単にはいかん、か」
 FRの攻撃目標は18機も存在する。山羊座の注意をFR対応班に向ける策があり、概ねどこを飛んでいるか予想できれば手の打ちようもあるだろうが、有効な作戦を思い付く者は居ない。FR対応班の5人は、目を皿のようにして広い空と不便な赤外線センサーを見つめ、僅かな変化を探さなくてはならなかった。
「FRに狙われたら、頼む。俺はCWをやるから」
 ユーリのR−01が重機関砲を撃ち放ち、目の前のHWが回避した隙に機首を下げて下方から通り抜けると、後方のCWを剣翼で切り裂いた。さらに、南波のスナイパーライフルが撃ち込まれ、ユーリ機の背後で四散するCW。
 一方、超伝導アクチェータとブーストを駆使してTWの大口径プロトン砲を連続回避し、真帆の雷電は他機よりも高い位置から地上を見下ろしていた。そして、TWの対空砲火の範囲外にはみ出した、1機の小型に目をつける。
 真帆機は再び加速し、敵機目掛けて上空から急降下をかけた。
「空中殺陣師真帆ちゃんなのです」
 接敵と同時に、ほぼ真上からヘビーガトリング砲を叩き込む真帆。銀色の破片が飛び散り、不意を突かれた小型は、慌てて加速し逃走を図る。
「逃がさないです――くっ‥!」
 追撃をかけようとする真帆だったが、積載量オーバーの機体では僅かに反応が遅れてしまう。その隙を突いて放たれた中型――恐らく有人機のミサイルを受けて炎に包まれる雷電。だが、その程度で手負いの小型の後退を許すほど、傭兵達は甘くない。
「まだ始まったばかりじゃない。どこに行こうって言うのかしら」
 重機関砲の砲口を上げ、小型の腹を見ながら無数の銃弾を撃ち込むアスカ機。カクンと傾いだ敵機を追い越し旋回し、プロトン砲の砲撃に装甲を飛ばしながらも、相手の機体を削り続けて撃墜する。
「ボクがより多くの空を確保すれば、それだけβ班の対地牽制力が大きくなるってこと」
 アリスシステムを起動させたソーニャのロビンが、TWの対空砲火を軽々かわし、戦場を縦横無尽に駆け抜ける。彼女は視界内に現れた中型のプロトン砲をロールでやり過ごし、すかさずAAEMを発射した。機体を僅かに傾けて回避した敵機だが、加速したままのロビンを止めることは叶わず、背後のCWを護りきれない。
「‥‥出ない」
 レーザー砲を発射しようとして、ソーニャは余りの出力の低さにそのままCWを通り過ぎる。そこへ、アルヴァイムがスナイパーライフルを撃ち込んだ。
 リロードと発射を繰り返し、CWを射抜いて行く。1機、2機――そして、立ち塞がるHWを弾き飛ばした後、アルヴァイムが手近な基地内建造物へと降下を始めた。随伴する憐のナイチンゲールがスラスターライフルの砲口を下に向け、ゴーレムを警戒する。
「道を開けた。Gプラズマ弾の投下を行う」
「‥‥ん。今が。チャンス。一気に。行く」
 速度と高度を下げていく2機は、ゴーレムの格好の標的となった。1機のゴーレムが浮上し砲を向けた瞬間に憐機がブースト加速、ハイマニューバを起動させて剣翼を叩き込み、上昇を抑える。
「‥‥ん。援護する。周りの。敵は任せて」
「俺もフレア弾を持ってる。合わせて行くよ」
「了解。爆撃隊、煙幕行くよ!」
 アーサー機がフレア弾を抱えてアルヴァイムを追い、羽矢子機がそれを援護すべく煙幕装置を起動した。空を大きく覆う黒煙に包まれた4機は、それを突き抜けてくる砲火を何とかかわしつつ、建物が見える位置を目指す。
 だが――4機の計画は、突如機内に響き始めたロックオンアラートによって中断を余儀なくされた。
『ってか、ソレ見逃すわけないじゃん?』
「FRは我の周囲に――!」
 咄嗟に回避機動をとるアルヴァイム機。煙幕の中に上空から降り注いだ小型ミサイルの雨が4機を襲い、黒の世界にオレンジ色の華が咲き乱れた。 
 小爆発の連鎖に機体を融解させた4機が煙幕の中から上昇し、高度を上げていく中、清四郎機と緋音機が急行する。一瞬だけ見えた黒煙の棚引きを頼りに両機がスラスターライフルを掃射し、兵衛機が再び長距離バルカンを撃ち込んだ。
『おーにさんこっちらー♪』
『逃げるのか! 大年増!』
 何とかプリマヴェーラの注意を引こうと、清四郎が外部スピーカーで暴言を吐く。
『‥‥そんな挑発、いい加減聞き飽きたし。犬だって、痛い目を見りゃ学習すんのよ。馬鹿にしてんの?』
 確かに苛立った声を上げたプリマヴェーラだったが、だからといって挑発を受ける様子は無かった。極東ロシアに始まり、この兵庫でまで、彼女は人類の挑発に乗って敗北を期している。基地陥落の危機に過去と同じ過ちを犯すほど、彼女は愚かではなかった。
「できるだけ煙幕を絶やさないようにしましょう。運が良ければ、FRの影が映るかもしれません」
「はい。数に限りはありますが、亀とゴーレムを抑える効果もありますからね」
 冷静に戦場を観察する由梨に応え、リヒト機が通信を返す。横合いから接近し、砲撃を仕掛けてきた中型を由梨機のスラスターライフルが穿ち、パニッシュメント・フォースを起動したリヒト機の銃撃で側面装甲を吹き飛ばす。
「見つけた。CWは残り3機いるぞ!」
「頭痛の種は早めに取り除いておかないとね」
 戦場の片隅で、HWの陰から煙幕の陰へと移動しているCW2機を発見し、アーサーとアスカがシュテルンを加速させた。星座を模したエンブレムを尾翼に掲げたアーサー機、そして、銀を基調に黒ラインのアスカ機が、前後上下を入れ替えながら敵機に迫る。
 進路に立ち塞がるグリフォンと翼竜を、アーサーのバルカンとアスカの重機関砲が肉塊へと変えた。そして、CWをロケットランチャーの射程に捉えたアーサーが引鉄を引き、突撃したアスカ機の銃弾とともに敵機を襲う。
 そして、四散するCWの破片の中を2機が通り過ぎた直後、アルヴァイム機の狙撃が並ぶ敵機を穿ち、砕いた。
「BFとゴーレムに警戒が必要だ。対応班以外の者は、FRに気を取られず、まず敵機を減らせ。加勢はそれからだ」
 CWが残1機となり、形勢は逆転。戦場に潜むFRのプロトン砲がチクチクと僚機の装甲を削っていく中、アルヴァイムはアーサー機を狙う小型をライフルの連射で地に墜としながら、冷静さを失わぬよう全機に呼び掛ける。だが、傭兵達の攻撃を受けたHWが数を減らし始める一方、入江のBFが空へと浮上してこちらへ接近、地上のゴーレムも慣性制御を使い空戦機動をとり始めた。
「桜庭。射程にCWを捉えるまで、援護お願い」
「了解よ。役に立てるといいけど」
 戦場の隅に下がっていた結希機を後方につけ、南波機がHWを迂回してCWを目指す。途中、飛び掛かってきたグリフォン2体と翼竜を連携して屠りながら、南波はスナイパーライフルの照星を最後のCWに合わせた。
 パキン、と対角線上にヒビを走らせ、弾丸を受けたCWが地上へと墜落していく。それと同時に、能力者達を苛んでいた頭痛も嘘のように消え失せた。
「行くよ久志ッ! 鯨野郎に一発お見舞いだぁ〜!!」
 基地の直上を避け、北端を迂回して来るBFに、まひる機と久志機がロッテを組んで向かって行く。さらに、それを察知した中型1機がプロトン砲を撃ち、2機を追って来た。
「‥‥よし、そのまま付いて来い」
 後方からの砲撃を機体の反転でかわし、さらにBFのプロトン砲をも見切って空を駆け、久志機が中型を引き付ける。そして、強引に戦場へ割り込もうとするBFの直上に達した時、2機の猛烈な反撃が始まった。
『‥聞こえる? 中に乗ってるなら上手い事脱出しなさいよ‥? 悪いけど‥遠慮は、出来ない!』
『こちらとて遠慮はせん。もとより――散る覚悟よ!』
 バグアか強化人間か。いずれにせよ、まひるの呼び掛けに応えた声は、少年のものに聞こえた。
 大型ミサイルがまひる機の左翼装甲を弾き飛ばし、中型は激しく上下しながら蛇のような機動で2機へと突進する。
 まひる機からファランクス・アテナイの掃射が放たれ、左に動いた敵機に剣翼が深い傷を刻む。そこへ、上空から叩き伏せるかのようにして久志機が迫った。
「行けっ、KVキャノンショット‥‥!」
 剣翼を携え体当たりをかける久志機。BFの背目掛けて弾き飛ばされた中型が、往生際の悪い事に慣性制御を駆使して急停止する。
 しかし、それも一瞬の事に過ぎなかった。
『な――ッ!?』
『あらぁ、人が乗ってたのね。無人機と勘違いしちゃったわ』
 飛来したアスカ機が放ったホーミングミサイルG−02。BFと接触し、爆散する中型を見下ろして、アスカは鼻で笑ってみせた。
「まるでピンボールだよぉ〜! あはは!」
 脱出の暇なく戦場の華となった中型に、内心とは裏腹な笑い声を上げるまひる。
 まだ損傷度の低いBFはハッチを開き、3機の攻撃の間を縫って5機のゴーレム達を空へと吐き出した。さらに、索敵を続ける兵衛機と清四郎機がBFの砲撃を受けて気を逸らしてしまうのを見て、まひるは口元をキュッと引き締めた。
「兵装1、2、3発射準備完了。PRMをAモードで起動。マルチロックオン開始、ブースト作動」
 全機に回線を開き、BFの周囲から退かせるソード。
「ロックオン、全て完了!」
 人型のまま空を駆け、フェザー砲を撃ち込んで来るゴーレム5機とBF、そして邪魔なキメラをロックオン、ソードは3つのミサイルコンテナを一斉に開いた。
「『レギオンバスター』、――――発射ッ!!」
 1500発の小型ミサイルが空一面に放たれ、無数の槍となって降り注ぐ。
 炎と黒煙がBFを包み込み、爆音の連鎖が冬空を揺るがした。キメラの焼け焦げた肉片とゴーレムの残骸がボロボロと零れ落ち、巨大な鯨は東向きにゆっくりと旋回した後、聳える山肌に触れて大爆発を起こす。
『‥‥なにそれ。超ウザいんだけど』
 プリマヴェーラの不機嫌な声が響き、警戒するソード。しかし、狙われたのは彼ではなかった。
「真帆は拳銃マニア。寄らば撃つです――ッ!?」
 思うように動かない機体でレーザー砲を操り、なんとか小型を撃墜した真帆機。視線を移した赤外線センサーにぼんやりと、『そこにはない影』を見たような気がして、マシンガンを撃ち放つ。
『これ以上狼藉は許さないです!』
 恐らくかわされたのだろう。真帆がそう思った時には、もう淡紅の光条に側面装甲の大部分を奪われていた。交戦に気付いたリヒト機が真帆機の周囲に煙幕を展開し、由梨がその表面を注視する。
「来ますか‥‥ファームライド‥‥!」
 煙幕の表面が一瞬だけ揺れ、その直上にFRの気配を感じた由梨が、赤外線で敵機の排熱を探した。
「ぐっ――!?」
 思わぬ方向から3条の光が飛来し、同じく索敵中だった清四郎機の装甲が派手に飛散する。機体損傷率が一気に75%を越え、警告音が鳴り響いた。
 即座に緋音機と兵衛機がその方向へと銃撃を加えるが、当たらない。空の異変や攻撃に気付いてから行動を起こしても、相手が次に誰を狙うか、どこに向かうか予想できなければ――追い切れないのだ。
「時間がなくなってきた‥‥さっさと数を減らさないとな」
 TWの対空砲火を軽々とかわし、ユーリ機と小型が高速で戦場を斜めに駆け抜けた。前後が入れ替わる度に淡紅光と銃弾の嵐が空を裂き、背後を取られた者が機体を揺らして回避する。
 そして、直後についた小型がユーリ機を撃ち墜とさんと僅かに高度を上げた瞬間、ユーリが突然にエアブレーキをかけ、機体を急減速させた。反応が遅れた小型はそのまま、ユーリ機の真上を行き過ぎる。
「無人機の限界だな。そのうち九州も‥‥追い出してやる」
 重機関砲に無数の穴を穿たれ、破片を散らす小型の腹を、再び加速したユーリ機の剣翼が切り裂き、爆散させた。
「空は、あんたたちの居場所じゃないのよ!」
 フェザー砲やライフルを携え、空と地上を行き来するゴーレム達。羽矢子は、地上から舞い上がった3機目掛けて、直上からK−02を撃ち放つ。250発の小型ミサイルを全身に浴び、ゴーレム達は上昇することもできずに炎に包まれた。
 薄れゆく爆煙の中に3機を捉え、羽矢子は『アハト・アハト』の狙撃でそれらを撃ち落とし始める。穿たれた2機のゴーレムが地面に叩き落とされ、その隙に狙撃を免れた1機のみが、再び空を駆け昇って羽矢子機に迫った。
 だが、
『空戦慣れしてない同士、仲良くしようか?』
 横合いから飛来したロケット弾が、ゴーレムの肩に着弾して片腕を吹き飛ばす。撃ったのは、アーサーだ。
 バランスを崩した敵機にアーサー機が肉薄し、K−02に装甲を剥がされた胸部を狙って、至近距離からレーザー砲を叩き込む。機体に風穴を空けられ、揚力を失ったゴーレムが、一瞬だけライフルを構え直し――そのまま墜落して行った。
「損傷率の高い者、動きの鈍った者は、FRに狙われる可能性がある‥‥該当の機体は、周囲に変化が無いか気を配るように」
「‥‥ん。爆撃班。到着まで。後。少し。踏ん張り所」
 既に手負いの中型目掛け、アルヴァイム機のピアッシングキャノン、そして憐機のスラスターライフルが同時に火を噴いた。自機を襲った十字砲火から逃げ切れず、側面と背面の装甲を深く抉られる中型。
「‥‥ん。ブースト発動。ハイニマニューバも。展開。突撃」
 ハイマニューバを機動し、さらに加速した憐機が中型へと突進して行く。アルヴァイム機のスナイパーライフルが2発の銃弾を吐き出し、動力部を撃ち抜かれた敵機に、憐機の剣翼が追い打ちの一撃を加え、叩き落とした。
「さぁ、つぎつぎいくよ」
 本来の威力を取り戻したレーザー砲を携え、ソーニャ機が小型3機の中に突っ込んでいく。小型の放った迎撃のミサイルをバレルロールで見事にかわし、うち1機に向けてAAEMを発射した。そして、ソーニャは速度を維持したまま、最終装甲まで吹き飛ばされた敵機に迫り、擦れ違い様にレーザー砲を撃ち込んで撃墜する。
「――!」
 不意に響くロックオンアラート。ソーニャは操縦桿を切り、一か八か、もう一度バレルロールで螺旋を描いた。
 半円の頂上で、背面に炸裂するミサイル。ソーニャは衝撃に耐えながらバランスを整え、FR対応班の射角に入らんと機体の向きを変えて、FRの射程から離脱を試みる。だが、FRはそれ以上追って来はしない。
 墜落したBFを離れた久志機が、1機の中型と交戦を開始する。すると、翼面超伝導流体摩擦装置を起動した久志機がバランスを崩し、中型が放ったプロトン砲が右翼に受けた。
 制御を失い、機体を何度も回転させながら高度を下げて行くハヤブサ。それを好機と見た中型が追撃をかけた――その瞬間、
「リスク承知でハヤブサ乗ってんだ! ハヤブサライダー舐めるなっ!」
 敵機の目の前で、突然に久志機が急上昇する。制御不能に見えたのは久志の罠であったと気付く間もなく、剣翼に斬り裂かれ爆散する中型。
「俺もFR対応に回りましょう。できるだけ目立たず、強襲を狙います」
「FRが出たら、真帆は退路を塞ぐ方向に撃つです。皆は別の方向から狙うです」
 FR対応班を支援すべく、ソード機が由梨機とリヒト機の周囲を飛び始め、目の前の小型をエニセイの弾幕で撃墜する。さらに、真帆機が再び高度をとって戦場を見渡せる位置につき、いつでも急降下できるよう視線を巡らせた。そして、索敵を続ける兵衛達とは反対側の空に現れたのは、まひる機だ。
「BFも墜ちたし、雑魚は皆に任せた! あたしも、FRとかくれんぼさせてもらうよぉ〜!」
 僅かに震える肺。まひるはそれを隠そうと、必要以上に大声を張り上げて加勢を宣言する。
「加勢か。有難い」
 兵衛は空に視線を巡らせ、そして時計を確認した。
 HWやゴーレムはある程度始末できるだろう。しかし、それまでにFRの光学迷彩を破ることは出来るだろうか。
『だが――山羊座。貴様には不名誉な借りがあるのでな。 しがらみのない今回こそはその借りを返させて貰うぞ』
『そ。頑張ってね☆ ――ナメんじゃないわよ』

 ――爆撃班到着まで、あと4分。





「‥FRは‥先行班と交戦中か‥」
 爆撃部隊の直衛として前を飛ぶ王零が、香住の空を見据えて呟く。
「挑発にはホイホイ乗るタイプだと思ったんだけどねん。学習するなんて生意気なっ」
 極東ロシアでは山羊座の挑発に成功し、勲章まで授与されたことのあるカーラ・ルデリアにとっては、相手に学習能力があった事自体が予想外であったらしい。
「ハードね、全く」
 S−01のコックピットで、千糸が溜息混じりに一言、零した。確認した限りでは、自機の他に照明銃を装備している者は居ない。
「‥‥。琳さん」
「‥何?」
 FR出現の報を受けてから、出撃前よりさらに無口になっていたレイジが、不意に回線を開く。
「やっぱ‥琳さんと南波さんにとっちゃ、山羊座は『仇敵』ってやつか?」
「‥‥何なの、急に‥?」
「いや‥何でもない。妙な事訊いちまったな」
 そう答えたきり、レイジは再び口を閉ざした。
 そして思い出す。今は北米にいるであろう、一人の少年の顔を。
「敵部隊、発見しました。小型8、中型3です。どっかの前線から来た増援部隊ですかね」
「ん、来たか‥護衛各機、せっかちな客の登場だ」
 爆撃部隊より前方を飛ぶ平坂 桃香の雷電が、西の空から飛来するHW群を発見し、迎撃態勢に移る。同時に、クロスフィールドのS−01Hがブレス・ノウVer.2を起動――スナイパーライフルの照準を先頭の中型機に合わせた。
「一気に突破しますよー」
 桃香機に積まれた大量のK−02。そのうちの一つから発射されたミサイルが空を埋め、迫るHW群に次々と着弾していく。そして、装甲を剥がれた姿で黒煙を抜けてくる中型を剣翼で叩き落とすと、桃香は次の標的を探した。
「さ〜て、たまには補給以外のお仕事もしないとねん」
 HW群の火線に機体背部を融解させながらも、カーラが真正面の小型にAAMを撃ち込み、爆散させる。急接近してきたもう1機にはガトリングで穴を穿ち、離れた瞬間にミサイルを叩き込んで沈黙させた。
「簡単に抜けると思うなよ」
 クロスフィールドのスナイパーライフルが火を噴き、黒煙から顔を出したばかりの小型を弾丸が貫通する。そして、素早く次弾を装填すると、迎撃班の上空を抜けようと高度を上げた2機のうち1機を狙い撃った。残る1機はそのまま前進しようと試みるも、桃香機の剣翼に追われ、あっという間に斬り捨てられる。
「さて、行こうか。この空の自由を掴み取るためにね」
 中型を中心に、高速で接近する敵HW部隊。突破を許すまいと立ちはだかるのは、オーバーブーストAを起動させた蒼河 拓人のフェニックスであった。
「戦場で言い訳はできないんだ‥‥だから、常に全力で‥!」
 K−02のミサイルコンテナが開き、500の白条が空へと解き放たれる。乱舞する小型ミサイルが敵編隊を包み込み、湧き上がる黒煙の下方から、HWの残骸が無残に零れ、墜ちて行った。
 撃墜を免れた中型2機と小型1機が、プロトン砲を連射して拓人機とクロスフィールド機を攻撃、間を擦り抜けると、一気に加速する。
「直衛に連絡。中型2機と小型1機が抜けた!」
「了解よ。3機なら対処できるわ」
 拓人の通信に応えたのは千糸だ。迎撃班はそのまま基地目指して飛び、直衛班はすぐさま迎撃態勢を整える。
「ここを切り抜ければ、すぐに基地上空へ到達いたします。直衛の皆様、正規軍の盾となる覚悟で参りましょう‥!」
 真紅のアンジェリカを駆り、リアは隣の雷電を見遣る。風防の向こうに座す夫と一瞬だけ視線を合わせ、唇を引き結んで頷いた。顔の向きを正せば、前方から高速で接近してくるHWの姿が見え始める。
「やらせないわよ!」
 正規軍を狙ったプロトン砲が閃き、前を固める千糸機、そして漸機とリア機が盾となってその多くを受け止めた。3機を避け、下方から迂回してきた小型には、シーヴの岩龍が立ち塞がる。
「これ以上は近づかせねぇですよ!」
 光条をなんとか受け止め、スナイパーライフルで反撃するシーヴ。敵機に穿った大穴目掛けてAAEMを叩き込み、内部から派手に爆散させた。
 小刻みに上下し、こちらを翻弄するかのような機動で接近する中型2機。だが、千糸は惑わされることなく照準を定め、螺旋弾頭ミサイルを撃ち放った。ドリル状の先端が中型の装甲に食い込み、爆裂と同時に破片を飛ばす。そして、爆撃機の前方にピタリと張り付いたレイジ機がピアッシングキャノンの砲首を上げ、低い唸りと共に敵機の最終装甲を打ち砕くと、揚力を失ったそれは光を失い、真っ逆さまに墜落して行った。
「零さん! 止めはお任せいたします!」
 墜落する敵機の陰から飛び出すようにして現れ爆撃機を狙う最後の中型に、SESエンハンサーを起動させたリア機がDR−2荷電粒子砲を発射する。迸る光の威力に押され、右半身の一部を完全に熔解させた敵機。最後の一発を撃ち放とうと体勢を整えたその瞬間、HWを駆る青年は、金属が擦れ合う嫌な音を聞いた。
 白く輝く刃を翼に戴き、王零機が疾る。爆音が響き、熱風が渦巻く空を背後に見ながら、彼は正規軍に被害が無いことを確認した。
 だがその直後、思花機から想定内で最悪の事態が告げられる。
「先行班‥‥FR、ロスト。多分‥来るよ」





 16時。
 香住基地の戦力は、地上戦力を除いて、ほぼ駆逐されていた。
 地下に潜むEQは全て健在であろう状況だが、残る戦力はゴーレム5機と、有人と見られる中型が1機、小型が4機。
 地上に配置された9機のTWに損傷は少なく、これらの対空砲火とFRの存在が一番の懸念事項であった。
「空爆が始まる。亀を退かさないとな」
「我も行こう。今ならば、FRの邪魔も入らん」
 ロケット弾ランチャーを携え、地上のTW目掛けて降下していくユーリ機。Gプラズマ弾を擁したアルヴァイム機、フレア弾を搭載したアーサー機の2機もまた、それに続く。
 アルヴァイム機が煙幕を展開し、標的を見失ったTWが黒煙の中へと対空砲を打ち上げる。最初に飛び出したユーリ機が地上へとロケット弾を撃ち下ろし、砕けたコンクリート片を避けるようにしてTWが移動を開始した。
 アーサーはアルヴァイムより先に煙幕を抜け、ロケット弾を連射して別のTWを動かしにかかる。
 そして、3機のTWが一所に集められた瞬間を狙い――アルヴァイム機が降下した。
「気をつけて!」
 音速で飛来し、アルヴァイム機を狙うゴーレムの頭部に、羽矢子機の狙撃が命中した。迫る危険を撃ち落そうと砲を向けるTW達の周囲を、急降下してきた憐機のスラスターライフルの火線が囲む。その隙に、アルヴァイムが2つのGプラズマ弾を投下する。
 瞬間的に展開した電撃の蔦が地表を覆い、捕らえられる3機のTW。焼け焦げ、転倒したワームがのろのろと身を起こすその直上へ、今度はアーサー機が狙いを定めた。
「‥やった!」
 フレア弾が炸裂し、一瞬の閃光と熱風が巻き起こる。離脱していく2機の真下では、赤熱する大地に身を横たえたTW達が、もはや起き上がることすらできず、手足をバタつかせていた。
 その時、
「お待たせしました。さあ、もーばんばん撃っちゃいますよ」
 一際派手な爆音が響き渡り、突如として空に現れた大量のミサイルが、戦場の端を飛んでいた小型3機を一瞬にして鉄クズに変える。
 それは、爆撃班の中で迎撃を担当する、桃香の雷電。
 その背後には――既に降下を開始している爆撃部隊の姿があった。



 爆撃機5機のコックピットに、ロックオンアラートが鳴り響いた。
「ちぃ、FRだ!!」
 クロスフィールドが叫ぶ。
 レイジ機が煙幕を展開し、千糸機の放った照明銃の光が辺りを照らし出した。
「居ない‥‥下じゃないわ!」
 煙幕上に不審な影は見当たらない。とすれば、FRは煙幕と照明弾の間ではなく、別の方向に居る可能性が高かった。
 直衛班5機が、すぐさま爆撃部隊の上に移動する。そして、下方と前方には先行班のFR対応機がつき、盾となる。
「全機に告ぐ。任務遂行を第一とし、被弾を防げ。同じ墜ちるなら――敵基地のど真中に墜ちろ!」
 爆撃部隊の隊長機が通信を飛ばし、降り注ぐミサイルの雨が上空を埋め尽くした。王零機がK−02を撃ち放ち、ミサイル同士の誘爆を狙う。
 直衛機の直上でオレンジ色の炎が膨れ上がり、灼熱の烈風と破片、そして誘爆を免れたいくつかのミサイルが、5機と爆撃部隊に容赦なく襲い掛かった。
『やぁ、オバハン。まだギャンギャン吠えてるの?』
『‥‥‥』
 2機の爆撃機が炎に包まれ、落下していく中、爆撃部隊から離れたカーラが、一か八か挑発を試みる。だが、その周囲に銃弾を撒いたリア機には、何の手応えもなかった。
「10時方向TW、3機。対空攻撃に注意しやがれです」
 FRに狙われながらも爆撃部隊が基地の直上に達した時、FR対応へと回った機体の穴を埋め、シーヴ機が煙幕を吐き出した。それに続いてクロスフィールド機、結希機が位置をずらして煙幕を展開し、爆撃部隊を巨大な煙塊の中に覆い隠す。
「この空に君が飛ぶ場所はない。地上に帰ってもらう!」
 地上から跳び上がり、煙幕の中へと突入してこようとするゴーレムを、拓人機の放った多目的誘導弾の連射が無理矢理に押し戻した。そして、再び浮上したところへアスカ機のG−02が容赦なく撃ち込まれ、ゴーレムの残骸が地面に激突した後、大爆発を起こす。
「撃ってきやがるです! 散開っ!」
 TWの対空砲火を爆撃機の代わりに受け止め、シーヴ機とまひる機が破片を飛ばす。
 そして、先行班の機体が残るワームに攻撃を加え、遠ざけた隙をついて、正規軍の爆撃部隊は一斉に空爆を開始した。

 
 爆音と閃光に満ちた香住バグア基地。
 まだ爆弾を擁したままの爆撃機に、ロックオンアラートが鳴り響いた。
 パイロットの悲鳴を聞き、レイジは思わず外部スピーカーの操作パネルを殴りつけるようにして、回線を開く。
『もう止めろ! こんな事‥誰も望んじゃいない! 何になるってんだ!』
 アラートは、まだ鳴り続けたままだ。
『あんたの息子は、こんな事望んじゃいない! 俺は――』
 知ってる、と、そう言いかけて、レイジは口ごもる。思花機と南波機の沈黙が、まるで自分を責めているかのように感じたのだ。
 入れ替わるようにして、王零の声が空に響き渡った。
『哀れな女だ‥本当の敵に操られ‥‥踊らされ‥子の仇も討てず‥‥憎しみを広める‥哀れだよ』
『何なのよ‥‥アンタ達に何がわかんの!? 知ったような口きいて、上からモノ言ってんじゃないわよ!!』
 その瞬間、戦闘機からアラートが止んだ。代わりに狙われたのは――王零機。
 急加速をかけ爆撃機から離れる王零機に、FRの螺旋ミサイルが叩き込まれる。しかし、
「見つけましたよ!」
「プリマヴェーラお命頂戴です!」
 王零機への攻撃を予想し赤外線センサーを注視していた緋音と真帆は、そこにぼんやりと映った影を見逃さなかった。
 2機の放ったペイント弾を紙一重でかわしたFRであったが、その進路上に、今度はリア機、兵衛機、由梨機の放った銃弾とペイント弾の嵐が巻き起こる。
 王零機の上方に姿を現した赤い機体。その側面には、ベッタリと塗料がへばり付いていた。
『‥‥‥‥』
 煙幕の晴れた眼下を見下ろせば、もはや救いようのない程に破壊され、炎に包まれる基地の光景。
 もはや、プリマヴェーラに勝機は無い。
「ブレイド、FOX3! うおらあああああ!!」
 清四郎機がスラスターライフルの引金を引き、FRに迫る。FRは機体を傾けてそれを回避すると、逆にプロトン砲を撃ち放って清四郎機の機体に風穴を空けた。
『貴様!』
 エンジンが停止し、そのままFRの横を擦り抜け墜落していく清四郎機。3機編成を組んでいた兵衛機と緋音機が銃弾の雨を降らせ、光学迷彩を剥がれたFRを追い始める。
『『ブリューナク』の名は伊達ではありません。この一撃‥受け切れますか?』
 FRの向かう先に撃ち放たれる、リヒト機と由梨機のブリューナク。
『――ッ!』
 リヒト機の方はどうにか回避するも、由梨機の一撃をまともに受けて赤い破片を散らすFR。そこへ、リア機と王零機が狙いを定める。
「リア‥引導を渡そう‥‥天雷衝光でたたみかける‥タイミングは‥任せる!!」
 リア機のG放電装置が連続して青白い放電を放ち、FRを絡め取った。王零機はKA−01を撃ってFRの退路を塞ぎながら突撃し、勢いそのままに剣翼の一撃を叩き込む。
「この熾天姫の閃光に灼かれて‥‥墜ちなさいっ!!」
 リア機から放たれるDR−2荷電粒子砲の光と、旋回した王零機が逆方向から撃ち放ったM−12粒子加速砲の光が、赤く燃える空に膨れ上がった。FRを巻き込み、装甲を灼いていく。
「‥‥終わっ‥た?」
 収束していく光を見つめ、緋音が呟いた。
 しかし、
「――っ!?」
『‥‥あたし、死なないから。ううん、死んだ後でもいい――』
 空に幾筋もの淡紅光が疾り、傭兵達へと襲い掛かる。緋音機と兵衛機が被弾し、リア機が紙一重で回避する中、その先に見えたのは、日本海へと飛び去っていく赤い機体であった。
 これまでダメージの蓄積が無かったFRには、今の連撃を喰らっても尚、撤退できる程の余力が残されていたのだ。
『絶対に――あの子達の恨みを晴らしてやるんだから!!!』





「九州も雪降ってるかしら‥‥」
 降り始めた初雪を眺め、アスカは故郷に想いを寄せていた。
「山羊座は撤退‥‥兵庫は平和になったのでしょうか‥‥」
 長かった兵庫戦線。赤い炎に焼き払われる敵基地見下ろし、リアの脳裏に浮かぶのは、この地で出会った多くの仲間達と、数々の戦場の風景であった。
 地上に残る手負いのゴーレムが2機、撤退していくのが見える。
 だが、誰一人として地殻変化計測器を所持していない状況で、地上へ降りて追撃を行うことはできなかった。
 しかし、残存するワーム達に、ここに留まる理由などもう存在しない。


 兵庫バグア軍総司令官プリマヴェーラ・ネヴェは、ULT傭兵部隊と兵庫UPC軍の前に敗走。
 香住地区バグア軍基地は、その日、陥落した。