●リプレイ本文
「増槽? ありません。南中央軍は物資も資金も不足していますから。傭兵を雇うのも大変なんですよ」
アルヴァイム(
ga5051)からの申請に対し、南中央軍の女性士官は素っ気なく首を振った。
皮肉めいた言い方でぼやく女性士官に対し、アルヴァイムは顔色一つ変えず、淡々と話を進めて行く。
その後、傭兵達によるブリーフィングで、最も難航したのは、撤退条件の設定であった。
各員の主張する撤退条件には微妙に齟齬があり、調整の結果、最も多かった『味方機の半数撃墜』を共通撤退ラインと定め、それまでに残錬力や損傷度が各パイロットの定めた限界ラインに達した機体があれば、離脱して上空待機、もしくは状況を見て全機撤退を進言することとなった。
◆◇
「案外見つからないもんですねぇ。バグアも気を抜きすぎですよ」
「首都のボゴダが陥落し、カリ基地にも大攻勢を受けている以上、奴らも海側まで気を回していられんのだろうさ」
マテリアルのパイロットに対し、平坂 桃香(
ga1831)は、ふーん、と一言相槌を打っておく。
「ここで少しでも敵を削る事が次の戦いに繋がるのですから、微力でも尽くさない訳にはいきませんわね」
「ええ! 此処で負ける訳にはいきませんの‥っ!」
「その調子でやってくれよ、姐ちゃん達。陸は任せたぜ」
意気込みを見せるクラリッサ・メディスン(
ga0853)、そしてロジー・ビィ(
ga1031)に、R−01のパイロットが陽気な笑みを交えて言葉を返した。
「勿論ですわ。この子を【アズリエル】と名付けた以上、それに相応しい活躍を収めない訳にはいけませんわよね」
クラリッサの機体が、海と陸の境界を通過する。前方を飛ぶ抹竹(
gb1405)のアヌビスは、眼下の森に溶け込む迷彩に塗られていた。
「これも、どれだけ効果があるかはわかりませんが‥普段よりはましでしょう」
「そうね〜。やれることはやっておかないとね。備えあれば憂いなしだわ」
不安気な抹竹の言葉に、藤田あやこ(
ga0204)は、にこやかな声で通信を送る。
しかし、彼女とて不安が無いわけではない。遠距離から格闘戦まで視野に入れ様々な装備を積んできたものの、結果的に適正な積載量を超えてしまい、思うように機体を動かせないでいたのだ。
「そろそろ降下の準備を。いつ敵機が現れてもおかしくありません。気をつけましょう!」
「折角、敵地の真ん中まで来たんだ。戦況を左右できるほどの戦果を残してみせる。――作戦開始」
レーダーを注視しながら、ドッグ・ラブラード(
gb2486)が北向きに進路を変える。雑賀 幸輔(
ga6073)の合図を機に、13機は2班に分かれ、アンデス山岳森林上空を駆けた。
「誰も死にませんよおに‥‥っと」
待伏せ地点より少し北、草地から小川を伝い、本流へと近付いた森の中で、ドッグはGoodLuckを発動させて武運を祈っていた。
本流を挟み、クラリッサ、ロジー、幸輔、そして彼の機体が、それぞれ通信機器以外の動力を落とした状態で待機している。
そして、待つ事約20分。
「鳥が‥‥」
盛大な羽音を最後に、鳥たちが一斉に飛び立っていく。ロジーは静まり返った森に一瞬眉を顰め、やがて再びざわざわと揺れ始めた木々を見遣る。
少し離れた場所に潜むクラリッサもまた、それらの異変を感じ取っていた。
「この振動は‥‥間違えようもありませんわね」
大地を揺らし、川面を震わせ、恐竜たちの巨躯が迫り来る。4機はただ森の一部と化し、黙して敵群の通過を待ち続けた。
盛大な水音を立て、いくつもの影が森の中を駆け抜けていく。
地鳴りと振動、パニック映画で聞くような肉食恐竜の咆哮が、南の空へと吸い込まれ、消えて行った。
「‥通り過ぎたようですのっ」
だが、ロジーが安堵の声を上げたその時、息をつく間もなく前線班のアルヴァイムから無線連絡が入る。
『敵機数確認‥‥RC13機、ゴーレム6機。――砲撃開始』
「予測されていても構わない。奇襲には圧力が必要だ。迷わず叩く!」
ヴヴン、と低い音を立て、幸輔のディスタンが起動した。木々の間を強引に抜け、本流に出たところで他機と合流し、通過した敵群を追って南へと機体を向ける。
目と鼻の先の川の中には、通過したばかりの敵機の群れが、前線班と衝突して立ち往生しているのが見えた。
「よぉし! いっちょ派手にいきますか!」
「‥‥‥」
ドッグのガルムが勢い良く先頭へと進み出て、ロジーの顔から、一切の表情が消え失せた。
少し時間は遡る。
潜伏班が森の中で息を潜めている頃、アルヴァイム、桃香、あやこ、抹竹の4機は、他班より南、本流の下流側に待機していた。
「ジャングルか‥‥こういうところは初めてだっけな」
鬱蒼と茂る枝葉が、抹竹の視界を覆う。周辺には一切人の手が入っておらず、生身で迷えば生きて帰れる保証は無い。
「地形と森を利用して、上流に進撃するべきじゃない?」
己が役割を遊撃と決めたあやこが、待機の姿勢を見せる3人に提案する。だが、彼らは『待伏せ、誘引する』方針らしい。
「あー、だいぶ揺れちゃってますねぇ。もうすぐ来るんじゃないですか?」
ビリビリと空気を震わす程の地響きを感じ、桃香が上流を見遣る。確実に近付いてくる『それ』に、4機は迎撃の陣形を整え、待った。
そして――
「レーダーに反応あり。敵機数確認‥‥RC13機、ゴーレム6機。――砲撃開始」
アルヴァイムの通信を皮切りに、超伝導アクチュエータを起動した桃香の雷電が多目的誘導弾を全弾発射。先頭のゴーレムが炎と煙に包まれ、倒れた。
「さて‥‥寄ってきて貰うとするか」
KVが2機しか並べないと同様に、敵機もまた、2機程度しか前線に立つことはできない。倒れたゴーレムを踏み越え、飛び越し、後続のRCやゴーレムが前線班へと殺到する。真正面から迫る緑色のRCを見据えた抹竹はMSIバルカンRの乱射で敵の興奮を掻き立て続け、徐々に河岸の森へと移動してアルヴァイム機とあやこ機の射線を確保した。あやこ機は装甲の固いアルヴァイム機の斜め後ろに立ち、高分子レーザー砲の砲口を迫り来るRCへと向ける。
「わたしの機体、華奢だから。楯役をお願いする代わりに、知覚攻撃は任せて」
「構わんが、RCの体色変化を注視する事だ」
アルヴァイム機のスラスターライフルが銃弾を吐き出し、抹竹機に注意を向けているRCへと襲い掛かった。皮膚を穿たれ、悲鳴を上げて立ち止まる敵機目掛け、今度は抹竹機のバルカンが確実に撃ち込まれて行った。
「緑は物理攻撃に強いか。汝がレーザーを撃つなら緑、ライフルなら後列の赤だ」
「なるほどね」
緑のRCに対し、思ったほどのダメージを与えられなかったと気付いたアルヴァイムが、あやこに指示を出す。ブースト加速で前列に出た桃香機が、ハンマーボールを振りかざして緑色のRCに肉薄していた。あやこは桃香の攻撃が敵機に届く寸前を狙い、レーザー砲を撃ち放つ。
「まあ、赤とか緑とか関係なく。とにかくタコ殴りにしとけば死にますよね」
あやこ機の攻撃に腿の上を穿たれ、動きを止めたRCの胴体目掛けて、桃香機の右腕が巨大な鉄球を打ち下ろした。物理に強いはずの緑の体表が恐ろしい威力で引き裂かれ、どす黒い液体を噴出させる。さらに、桃香は水中に落ちた鉄球を力任せに振り上げ、鋭い牙で今にも噛み付かんと迫る敵機の顎を、下方から完全に粉砕した。
水飛沫を上げ、水中に倒れるRC。だが、
「危ねぇ!!」
抹竹が3機に警鐘を鳴らす。
「――っ!」
倒れた敵機の陰から、淡紅色の光が溢れた。RCの大口径プロトン砲を至近距離で喰らった桃香機が、前面の装甲を溶解させながらそれを受け止める。さらに、抹竹機と対峙するRCの頭上を飛び越え、あやこ機とアルヴァイム機の眼前にもう1機のRCが着地した。
「跳んできたわね!」
アルヴァイム機の左腕に噛み付いた緑色のRCの片脚を、SESエンハンサーを起動したあやこ機のレーザーが撃ち抜く。激痛に猛り、今度はあやこ機へと砲口を向けた敵機だったが、自由を取り戻したアルヴァイム機の拳打がそれを制した。高電磁マニピュレーターから眩い放電が飛び、赤い表皮を灼きつつ敵を吹っ飛ばす。敵機に肉薄しすぎていると感じたあやこは、相手が倒れたその隙をついて、川の中から河岸へと移動した。
『さあ、このアズリエルに狩られたいのは誰かしら?』
森に響く、クラリッサの声。その言葉を半分掻き消すようにして、ゴーレムとRCの列の後方で二発のミサイルが炸裂した。
奇襲開始を告げるその轟音は、最後尾のゴーレムの腕を吹き飛ばし、RCの背肉を抉る。クラリッサ機の後方から現れたロジーのアンジェリカがレーザー砲でゴーレムの残る片腕を落とし、ブーストを焚いて一気に突進をかけた。
振り返ったゴーレムの胸部装甲をロジー機のリヒトシュヴェルトが貫き、一瞬の間を置いて爆散する。傷ついた赤色のRC目掛けて幸輔機のショルダーキャノンが火を噴き、二発の砲弾がその胴を潰し、頭部を拉げさせた。
「ガルム! 鳴けぇ!」
ドッグ機ガルムがヘビーガトリング砲を掃射し、銃弾が雨霰と敵機の足元に降り注ぐ。激しく跳ね上がる水飛沫の中、川の水に黒と赤の液体が混じり始めた。
「包囲成功、ですかねぇ」
予期せぬ事態に一瞬、そちらへ注意を奪われたワームの人工AI。桃香機はジリジリと後退しながら、余所見しているRCの脳天に刺付きの鉄球をお見舞いする。体液のような何かが飛沫き、恐竜を模したワームの頭蓋は、桃香機の二撃目で完全に原型を失った。
アルヴァイム機の拳が再び振り下ろされ、地でもがくRCを沈黙させる。緑色のRCに苦戦していた抹竹機の機爪が敵の頭部を鷲掴みにして引き寄せ、その咽元にヒートディフェンダーを潜り込ませる。それでもなお爪を振るおうとする敵機の腿を、木々の隙間に身を潜めたあやこ機が光弾で貫いた。
「‥‥う‥っ」
RCの尾が鞭のようにしなり、ロジー機の胴を打ち据える。なんとかその場に踏み止まり、機剣を突き出して反撃するものの、思ったより機体の損傷は大きかった。
クラリッサがスラスターライフルの引金を引き、目の前のゴーレムに無数の穴を穿つ。しかし、無人機のゴーレムは損傷をものともせず、機槍を腰だめに構えて一気に突撃を仕掛けてきた。
「‥‥やるわね」
機楯を貫通し、ゴーレムの槍先がシュテルンを刺し貫く。それが引き抜かれるより速く、クラリッサはスラスターライフルで敵機の頭を粉砕した。
「数が‥‥多い!」
ロジー機の頭上を2機のRCが飛び越え、さらにゴーレムのフェザー砲が幸輔機に迫る。森の木々を薙ぎ倒すようにして光条を回避したディスタンに、RCのプロトン砲が浴びせられた。赤熱する機体に搭載されたファランクス・アテナイが唸りを上げ、目の前に着地したばかりのRCに銃弾の雨を降らせる。幸輔は言葉にならぬ叫びとともに機体を起こすと、至近距離からバルカンと剣翼の連撃で敵機に立ち向かった。
「慣性制御を使ってきやがったか!」
ガルムのガトリング掃射をかわし、1機のゴーレムが宙を舞う。背後を取られかけたドッグは、振り返り様にブレス・ノウを発動、機杖「ウアス」を上段から叩き込み、先手を打った。
KVの頭上を飛び越えてくるRC達を止める余裕は誰にも無く、既に戦場は乱戦状態に突入している。ドッグはRCの爪を受け流しながら、目の前のゴーレムに機針を打ち、ひたすらに撃破を狙う。
一方、前衛班もまた、少しずつではあるが、敵機の突破を許していた。
跳躍してKVの頭上を飛び越えるRCをあやこのスナイパーライフルが撃ち落とすも、手数が足りない。アルヴァイムもまた、極力敵機を通さぬよう、砲を頭上に向けながら戦っていた。
「‥‥っ、見つかったか!」
森に潜むあやこ機を発見し、1機のRCが大口径プロトン砲を撃ち放つ。光の本流が木々を焼き、薙ぎ払い、あやこ機の装甲を吹き飛ばす。
「一体でも多く‥‥逃がす訳にはいかねえ」
RCの爪をジェットエッジのブースター全開でなんとかかわし、抹竹機がヒートディフェンダーを振るう。しかし、体表を極度に硬質化させた緑色のRCにとって、それは致命傷になり得なかった。足元を薙がれたRCはそれでも立ち続け、抹竹機の表面装甲を凶悪な牙で剥ぎ取っていく。
「く‥‥っ!」
歯噛みした抹竹の視界に、桃香の雷電が機関砲を構えているのが映った。抹竹はなんとか機体を翻し、RCの巨躯を押し出すようにして楯にする。
桃香機の機関砲が轟音とともにRCの表皮を引き裂いていく。抹竹機は逆側から熱剣を突き刺し、それを屠った。
「撃破数、10機。各機、損傷度の報告を」
レーザー砲の連射で1機のゴーレムを撃破し、アルヴァイムが全機に問う。この時点で、抹竹機、あやこ機、ロジー機、クラリッサ機の4機は、早くも損傷率90%を超え、撃墜の危機に瀕していた。
「そろそろ潮時ね‥‥撤退しましょう」
クラリッサ機が放ったグレネードが炸裂し、数機のワームを爆炎の渦に巻き込む。だが、同時に目の前のRCの牙がシュテルンを引き裂き、破壊した。ロジー機もまた、片腕で機剣を振るい敵機に斬りかかったところで、ゴーレムのフェザー砲を受け、倒れた。
幸輔機とドッグ機が脱出した二人を回収するため、ワームを振り切って混沌の戦場から森の中へと後退していく。
「‥‥仕方ありませんね。そろそろ撤退しましょうか」
RCの牙が抹竹機に襲い掛かり、分断されたアヌビスから脱出ポッドが射出されたのを見て、桃香がアルヴァイムに通信を送った。
「ああ。全員無事である事も、成功条件のうちだ」
森の際でレーザー砲を射ち、抵抗を続けるあやこ機に向け、アルヴァイム機が加速する。桃香機は煙幕を張り、抹竹の脱出ポッドを掴み上げて森の中の小川へと消えて行った。
「脱出しろ。我が連れ帰る」
「そうね‥‥もう限界だわ」
既に片脚を失ったアンジェリカから、脱出ポッドが射出される。アルヴァイムはそれを回収すると、ワームの追撃を警戒しながら草地を目指した。
◆◇
「残ったワーム、北へ戻って行くみたいですね」
補助シートに抹竹を乗せ、離陸した雷電のコックピットから眼下を見下ろして、桃香が呟く。
草地へ撤退する4機を追おうとするワームはおらず、川に残されたワーム達がメデジン基地の方角へと引き返していく様子が見て取れた。
「カリ基地でも作戦が展開中らしい。返り討ちに遭わないようにプログラムされてるんだろうな」
幸輔のディスタンが空を駆け、1000km先の空母へと方角を修正する。
「皆、無事で良かったです! 早く空母に戻って、4人の治療をお願いしましょう」
「そりゃ当然だ。なに、空母には優秀な軍医がいる。俺達が無事に送り届けてやるさ」
ドッグの言葉に、正規軍のパイロットが力強く応えた。