タイトル:想いは真珠の煤と消えてマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/29 06:27

●オープニング本文


   ――私の妻は、能力者でした。


 手紙は、その一文から始まっていた。
 UPC本部宛に直接届けられた小包に入っていたのは、手書きでしたためられた一通の手紙と、白い布に包まれた小さな指輪ケース。


   妻の名は、マルガリータ・エスチアーノ・ユキムラ。
   先の五大湖解放戦にて、神に召されたサイエンティストです。

   妻は、ブラジルの離村の出身でした。
   南米にバグアの侵攻が始まってからというもの、情報が途絶え、
   妻の故郷が無事であるのか、それともバグアの手に落ちてしまったのか、
   私たちの耳には一切届かなくなってしまいました。

   戦いに赴く前日、妻は私に言ったのです。
   もし、自分が命を落とすようなことがあったなら、どうか故郷の土に眠らせてほしい、と。

   縁起でもないと私が笑ったその翌日、妻は、撃墜された愛機の中で発見されました。
   損傷が激しかった遺体の代わりに、私のもとに送られてきたのが、この指輪です。

   アマゾン流域は今、敵と味方が入り乱れる危険な地域と聞いています。
   妻の最後の願いを叶えてやりたくとも、能力者でもない私には、何もできません。

   どうか、この指輪を、妻の故郷に埋めてください。
   もし、村がバグアの手に落ちて近付けなかったなら、無理は言いません。
   それならば、せめて、彼女を育んだアマゾンの水に眠らせてやって欲しいのです。

   妻と私の最後の願いを、どうか叶えてください。
                                       4月1日  雪村 隼人


 手紙はそこで終わり、日付と差出人の名前で締め括られていた。
 手紙を読み終えたオペレーターは、まるで骨壺のように白布に包まれた指輪ケースを開け、中身を確認する。
「能力者の形見、か‥‥」
 オペレーターは呟き、依頼料の確認と打ち合わせのため、小包の送り状に書かれた差出人の電話番号をダイヤルした。
 ヘッドセット越しに電話のコール音を聞きながら、彼女はふと、小包の箱の側面に、それまで見落としていた白い封筒を発見し、それを手に取る。
「もう一通、手紙‥‥?」
 何気なく開けると、中から出てきたのは、一枚の小切手。
 そこに記載されていたのは、依頼料としては少々多すぎるくらいの金額であった。
 依頼料を前払いする依頼人がいないというわけではないが、小包の中に多額の小切手を入れるとは、少々不用心な感じも受ける。
「危機感がないわよねぇ?」
 鳴り続けるコール音は、未だに途切れる気配はない。

 黒く煤けた真珠の指輪が、磨き上げられた机に鈍い輝きを落とす。
 それはまるで、死んでいった者達が流す涙のように、美しく、悲しい色。

 その後、UPCは何度か『雪村 隼人』という男性に連絡を試みたが、彼が電話に出ることはなかった。



−−−−−−−−−−−
●依頼内容
・南米アマゾン流域、ジャングルの中の離村に、マルガリータの指輪を埋めてください。
・村への接近が困難な場合は、できるだけ村に近いアマゾンの水に、指輪を沈めてください。
・依頼人は、雪村 隼人。現在は連絡が取れません。

●参加者一覧

ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
シェリー・ローズ(ga3501
21歳・♀・HA
霞倉 那美(ga5121
16歳・♀・DF
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
雑賀 幸輔(ga6073
27歳・♂・JG
ルフト・サンドマン(ga7712
38歳・♂・FT
佐竹 つばき(ga7830
20歳・♀・ER
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA

●リプレイ本文

 天高く輝く太陽。
 鬱蒼と茂るジャングルに、ゆらめく陽炎。
 そんなアマゾンの日常的な風景の中、ぬかるみで蠢く男が一人。
「‥‥幸輔。何をやってるのかしら?」
「ゲリラ戦の基本は擬態だからなっ。よし、完成!」
 眉根を寄せて問うシェリー・ローズ(ga3501)の視線を受け、顔から迷彩服から全部泥まみれで立ち上がったのは、雑賀 幸輔(ga6073)。なるほど言っていることは正しいが、とりあえず真似する者は現れそうにない。
「紫外線は女性の敵よ! 日焼け対策は万全にしなきゃダメよ♪」
 支給品の日焼け止めクリームを熱心に勧めているのは、ナレイン・フェルド(ga0506)である。
 今回はジャングルでの行軍ということで、それなりに支給品も多く、100円均一やディスカウントショップで買える程度のものならば、ほとんど経費として認められた。却下されたのは、基本的に貸し出しが認められないサイレンサーや、遺族の許可が得られなかったマルガリータの顔写真である。
 各々、日焼け止めクリームや虫よけスプレー、汗止めスプレーなどを手に、雑賀とは少し違う行軍準備に余念がない。
「しかし、この日差しに湿気‥‥慣れない身には堪えますねぇ」
「暑いのは耐えられるんですけど‥‥うぅ‥‥この湿気は‥‥」
 厳しい気候は覚悟してきた一行だが、やはり、この高温多湿の気候は、体に堪える。斑鳩・八雲(ga8672)と霞倉 那美(ga5121)の二人は、早速滲み出た汗を拭った。


   ◆◇
 鳳 つばき(ga7830)が持参した特大目覚まし時計とラジカセを二カ所に分けてセットした一行は、雨に湿ったジャングルを歩き始めた。
「ジャングル‥‥なのよね‥‥やっぱり、虫‥‥いるわよね‥‥どうしよう?」
 異様に厳戒態勢のナレインは、極力、周囲の草木に触れぬよう注意しながら、おどおどとした足取りで進む。
 ――が、
「‥‥イヤっ‥‥近寄らないでぇ〜」
 早速、アマゾン特有の珍しい虫と遭遇していたりもする。大声こそ我慢しているが、こうも虫が多いと、いずれナレインの精神は崩壊してしまうかもしれない。
 彼は、泣きそうになりながらも、なんとか虫を迂回した。
「故郷か‥‥傭兵になってから一度も戻っておらんな」
 顔にかかる枝を払いながら、ルフト・サンドマン(ga7712)が、小さく呟きを漏らした。
「マルガリータ殿も、さぞかし無念じゃろう。この依頼、失敗はできんな」
「大戦で亡くなった傭兵の願い、ですか‥‥」
 鳳の手元を見つめ、まるで独り言のような口調で言ったのは、なつき(ga5710)である。日焼け対策とはいえ防寒着であるPコートを身に纏った彼女は、人一倍暑そうに見えた。体力の消耗よりも美白を選ぶ、その女性としての根性は尊敬に値する。
「叶えてあげたい‥‥ですね」
 指輪を入れたウエストポーチをギュッと握り締め、鳳は目を伏せた。
 何となく重い空気が皆を包み、沈黙が落ちた、次の瞬間。
「あ‥‥蛇、踏んだ。誰か食う?」
「い‥‥っ!?」
 匂い袋など撒きながら先頭を歩んでいた雑賀が、突然振り返り、頭の潰れた蛇を差し出した。ちょうど後ろにいた霞倉は、いきなりの衝撃映像に、思わず半泣きで息を呑む。
「いらないわよっ! 早く捨ててくれるかしら!?」
「えー、結構美味いのに」
 シェリーに一喝され、雑賀は、しぶしぶ手の中の蛇を手放した。まあ、彼にしてみれば、しんみりした空気を回避出来ただけでも満足なのだろう。
 ぼたり、と地面に蛇が落ちる音の後には、木々の向こうに流れるアマゾンの水音と、甲高い獣たちの声だけが、緑濃いジャングルに響き渡る。
「――そろそろ、時間ですね。お静かに」
 時間を確認していた斑鳩がそう口にした途端、俄かに周囲が騒がしくなった。

 セットした目覚まし時計が作動したのだ。

 遮蔽物と湿気の多いジャングルでは、それほど音は響かない。それでも、警戒の声を上げる獣たちのざわめきを聞く限り、少なくとも聴覚に優れた獣型のキメラには、聞こえているのかもしれない。
「うまく‥‥いくといいんですけど‥‥」
 数分後には、少し遠くにセットしてきたラジカセも鳴る。霞倉は、僅かに不安の色を滲ませた声音で言い、周囲を見渡した。


    ◆◇
 一行がキメラと出くわしたのは、村の手前で指輪を沈める水場を確認し、岩陰で水分補給の休憩を取っていた時のことだった。
 音爆弾が功を奏したか、ここまで特に危険なこともなく進んでこれたものの、さすがに全ての敵が陽動に乗ってくれたというわけでもないらしい。
 最初に気付いたのは、ゲリラ戦に慣れた雑賀であった。
「獣の声が止んだな」
「‥‥敵でしょうか?」
 支給品の金平糖を、ルフトに分けてもらったミネラルウォーターで流し込み、なつきは、暑さに上気した顔で、洋弓に手を伸ばす。
 いくら村に近いとはいえ、先ほどまで聞こえていた猿たちの声が、今は全く聞こえない。
 接近する敵の気配を感じ、皆が次々と覚醒していく中、左手を薄紫に染めた斑鳩は、刀を手に鳳の前へと進み出る。
「来たわよ!!」
 弾かれたように飛び出したナレインの脚が、茂みの向こうから現れた異形の生物の胴を捉えた。
 血を流し、もんどり打って倒れたそれは、宇宙人のリトルグレイと獣を足して二で割ったような姿の、南米のUMA、チュパカブラスであった。
 残りの二頭を素早い動きで翻弄し、ナレインは、手負いも含めて計三頭のキメラを、鳳から引き離しにかかる。
 そこへ、木々の隙間に後退した雑賀の放った電撃が、容赦なく飛来した。後列にいたキメラの背中に命中したスパークマシンの一撃は、耳障りな悲鳴をも掻き消して、見るも鮮やかな青と白の花を咲かせる。
「アタシはシェリー! 人呼んで『夜叉姫』」
 電撃を纏ったまま苦し紛れに飛びついてきたキメラの爪が霞倉の死角を狙ったのを見て、シェリーは咄嗟に刀でその一撃を払いのけた。
 刀が一閃し、シェリーの前に真っ二つになったキメラの死骸が転がる。
「アタシに礼を言う暇があったら、一匹でも多くバケモノを地獄に送りな」
 口を開きかけた霞倉を、どこか悪意を感じさせない毒を吐いて止め、シェリーは刀に着いた血を払った。それを受けた霞倉は、何も言わずに小さく頷くと、冷静かつ冷酷な真紅の瞳で、周囲に視線を走らせる。
「ナレイン殿から離れい!」
 ルフトの両腕が唸りを上げ、未だにナレインに纏わりついていた無傷の一頭を、斬撃が襲った。
 ギイィッ、と、黒板を爪で引っ掻いたような悲鳴を上げ、斬りつけられたキメラは、脱兎の如くジャングルの中に姿を消す。
「なつきさん‥‥右に回ったよ」
 最後の一頭がジャングルの茂みを利用して回り込んだのを見て取った霞倉が、なつきに警鐘を鳴らした。
 着衣の暑さに頭がぼうっとしていたなつきだが、彼女の声にハッと我に返り、洋弓を構える。
 ガサッ、と音を立て、恐るべき跳躍力で飛び出してきたキメラに、斑鳩は、咄嗟に鳳を守って後退させた。
 そして次の瞬間、影撃ちを発動させたなつきの矢が、隙だらけのキメラの胸を正確に射抜き、その遺骸をジャングルの木に繋ぎ止めたのだった。


    ◆◇
「うーん‥‥敵か味方かって、難しいわよねぇ」
 物陰に身を潜め、ナレインは頭を捻る。
 キメラとの戦闘を終え、一行は偵察班と待機班に分かれていた。偵察班のシェリー、ナレイン、雑賀の三人は、無線を手に、先に村へと潜入し、様子を探るのが役割だ。
「バグアかキメラの襲撃の跡はあるんだが。そもそも、人が住んでるのか?」
 雑賀の言う通り、半壊した家々が建ち並ぶ小さな村は、ひっそりと静まり返り、人の姿もない。
「いいかい? アタシはバケモノにもバケモノの人形にも絶対に容赦しない。例えそれが、人間でもね」
 村を見据えるシェリーの目は、いつになく厳しかった。

「あら、誰か出てきたわ」
 しばらくすると、少し離れた家の戸が開き、中年の女性が一人、こちらに歩いて来た。気付いているわけではなく、こちら側にある井戸にでも行くのだろう。
 バグア寄りかどうかはわからないが、見た目には特に変わったところもない、普通のおばさんである。
「話を聞いてみるしかないかしら‥‥」
 シェリーの言葉に、三人は目だけで合図し、ナレイン一人だけが、わざと目につくような動きで物陰から体を乗り出した。
 彼女の姿に気づいたおばさんは、見慣れぬ人物の登場に眉をひそめ、数歩こちらに歩み寄ってくる。
「何か‥‥悪い事してるみたい‥・・ちょっと複雑」
 足元にしゃがんだままのシェリーに向けて、ナレインは、苦笑混じりにそうこぼした。
 その時、建物を迂回しておばさんに接近していた雑賀の手が、一気に目標を物陰に引きずり込む。
「‥‥ひっ!?」
 彼は、手際よくおばさんの手首をロープで縛ると、愛用の銃を突きつけた。
「UPCの者だ。村の詳細を教えてもらおう」 
 答えれば味方、黙れば敵――雑賀は、腰を抜かして座り込むおばさんに向け、静かに問い掛ける。
 だが、銃を突き付けられたおばさんは、それだけで完全に震え上がり、彼の問いに答える余裕など見られないくらい恐怖に慄いた表情で、目だけで三人を見渡し、哀願の声を上げた。
「‥‥あ‥‥た、助けて‥‥殺さないで‥‥!」
「ちょ、ちょっと、銃はやめましょうよ?」
 軽く誘拐っぽく、とは思っていたナレインとシェリーだったが、さすがに少し驚いて雑賀を諌めようと、声を上げる。
 銃を突き付けられた状態で、落ち着いて村の状況を説明できる一般人など、そうそういない。まして、UPCの名前を出しての行為である。これで村が人間側だったなんてことになれば、最悪、おばさんがUPCを訴えかねない。
「あ‥‥いや、すまない。こんなに怯えるとは思ってなかった」
 むしろ雑賀のほうが、ナレインの注意とおばさんの怯えように驚き、素直に手の中の銃を引っ込めた。彼なりに最適な方法を取ったつもりであったが、残念ながら、ちょっと一般人には刺激が強すぎたらしい。
「悪かったわね。アタシたちは、ただ、この村にバグア側の人間がいないかどうか、確かめたいだけなのよ」
 まだ恐怖に体を震わせているおばさんを覗き込み、シェリーは、自分の中で最も柔らかいと思われる口調を用い、そう話し掛けた。
「な‥‥何、わけのわからないこと言ってんだい!? バグア側? そんなもんいやしないよ!」
 だが、とりあえず銃という凶器が見えなくなったおばさんは、半分パニックのまま怒りの声を上げる。
「こ、こんな婆、バグアだって願い下げだよ! な‥‥何がUPCだ! さっさと縄を解きな!!」
 怯えつつも怒り狂ったおばさんの剣幕は、どうも人間側の者の反応で間違いなさそうである。その勢いに若干圧されながら、ナレインは、慌ててロープを解きにかかった。
「ご‥‥ごめんなさい。ちょっとやりすぎたかも?」
「全く、これだから最近の子は!! ちょっとそこに座りな!」

 その後、連絡を受けた待機班が事情を説明し、指輪を見せるまで、おばさんの怒りの説教は、延々と続いたのであった‥‥。


    ◆◇
「‥‥小さな村だ。今となっちゃ、皆、死ぬのを待つばかりだよ」
 今通ってきた村を振り返り、おばさんは、静かな声でそう話した。
 一行が案内されたのは、村のはずれにある墓地。
 事情を知ったおばさんは、マルガリータの家族が眠る墓の場所を教えてくれた。
 村の規模に反して広大な墓地には、普通では考えられない数の墓標が並べられている。
「もう、ここに残ってるのは、町に出ても働き口のない、年寄りばかりだよ。同じ死ぬなら、生まれたところで死にたいからね‥‥」
 おばさんはそう言って、鳳の持つマルガリータの指輪に視線を落とした。
 この村は、もう何年も前にキメラの襲撃を受け、大半の村人が命を落としたのだという。その中に、マルガリータの家族も含まれていた。
 その後も度々、ジャングルに棲むキメラたちが村人を襲い、命を落とす者や村を去る者が後を絶たず、現在はもう、どこにも行き場のない者たちが、身を寄せ合って暮らしているだけだという。
「皆が眠る場所じゃ、ここなら寂しくはないじゃろ」
 淋しい風の吹く墓地に立ち、ルフトは、神の御許に召された能力者の魂に向けて、穏やかな言葉をかける。
 母親、父親、弟と、三つ並んだ墓の横の土を、なつきが手で丁寧に掘り起こし、そこに鳳が指輪を置いた。
「想い人の真珠、Margaritas margarites、ですか。‥‥風雅な響きですが、何か物悲しいですね」
 少しずつ土に埋もれていく、真っ黒に煤けた真珠の輝きを見つめ、斑鳩は、誰にともなく、一言呟きを漏らす。
「‥‥これが‥‥一番いいよね‥‥‥‥。‥‥私も‥‥いつか‥‥お父さん達の形見‥‥ちゃんと眠らせてあげたい‥‥な‥‥‥‥」
「安らかに眠ってください‥‥。あたしのお母さんも‥‥」
 それぞれの過去に想いを馳せ、霞倉と鳳は、隣り合って瞼を閉じ、そっと手を合わせた。
 彼女らに限らず、今の世では、誰かが誰かを亡くしているのが日常なのだ。それが自分にとって近しい者であればあるほど、残された者の心に、深く、消えようのない傷を残す。
「――次の、大戦も近いようです」
 盛り上げた土の上、そっと置かれた石を眺めて、なつきは、指の先で小さく雑賀の服を掴んだ。
「死者は、涙も流せません」
 この戦いに散って行った者たちと、この世に残された者たち。
 いくつもの想いが重なって、なつきの頬を一筋の涙が伝う。
 雑賀は、そんな彼女の肩を軽く何度か叩き、口を閉ざしたまま、静かに頷いてみせた。
「‥‥遠いところ、この子を連れて帰ってくれて、ありがとうね」
 そう言ったおばさんの声は、また一人、村人の命を失った悲しみに震えている。
「いえ‥‥こちらこそ、お世話になりました」
「助かりました。ありがとうございます」
 ナレインと雑賀が、おばさんに頭を下げ、丁寧に礼を述べた。
「戻らぬ過去に踊らされるなんて‥‥まるで道化」
 小さな墓を見据えて目を細め、シェリーは、口元に淋しげな色を載せて、わずかに笑みを浮かべる。
 彼女は、一瞬視線を落としてから顔を上げ、ゆっくりと墓地の出口へと歩き始めた。



 マルガリータの想いは故郷へと帰り、家族とともに安らかに眠る。
 人々の想いと時は移ろい、やがて、次なる大規模作戦の幕が上がる。
 それでも、妻を亡くした夫の悲しみは、誰にも知れず。

 ――その後も、UPCが雪村 隼人という男の行方を掴むことはなかった。