●オープニング本文
前回のリプレイを見る 僕は、いつから僕になったんだろう。
僕が失くした本当の僕は、僕が僕であるって、そんな簡単なことすら否定する。
失くした僕を僕が取り戻したら、僕は偽物の僕になってしまう。
そんな気がするんだ。
「リアム‥‥行ってくるね」
ある日の朝、思花さんは僕にそう言ったんだ。
どこに行くのって訊いたら、日本だって返って来た。
「山羊座に復讐しに行くの?」
「‥‥そうしたいけど、どうかな‥‥」
兵庫県で行われる、バグア軍基地の総攻撃に参加するって言うから、僕は、復讐をしに行くんだと思ったんだよね。
だけど、彼女の仕事は別だった。
兵庫のバグア軍基地で、北米産のバグア新兵器が見つかったから、らしい。もう破壊されてるけど、残骸が残ってるなら写真だけでも撮ってきた方がいい。山羊座が現れても、そっちを優先にはできないみたいだ。
「大丈夫?」
「‥‥大丈夫。‥‥あなたこそ、がんばってね‥‥」
思花さんはそう言い残して、研究所を発ったんだ。
◆◇
僕は昔、洗脳されてたらしい。
洗脳っていうのはつまり、バグアが人間を従わせるために施すものだよね。
その理屈でいくと、僕は昔、バグアに協力してたって事になる。
「‥‥‥どうでもいい」
僕はベッドに転がって、溜息をつく。
昔の僕がバグアに洗脳されてたからって、今の僕が変わるわけじゃない。
例えその時に誰かを殺したりしてたって、更生施設を出れたってことは、僕はもう罪を償ったってことだ。
関係無い。
「関係無いけど‥‥」
ミラー大佐に――僕の父になろうとしてくれた人に、真実を聞かされた後、僕はロスに寄った。
父親に会った感想とか報告とかを、孤児院の院長先生とロイド先生に話すつもりだったんだ。
――だけど、言えなかった。
父親だと思ってた人がそうじゃなくて、幸せに暮らしてたと思ってた家が洗脳者更生施設だった。
それは確かにショックだったよ。
だけど、僕が本当の事を言えなかったのは、ショックだったからじゃないんだ。
多分、怖かった。
僕がバグア側の人間だったって事を、皆に知られたくなかった。
先生達がどんな顔するかとか、それから僕を見る目が変わるんじゃないかとか。
一度そんな風に思ったら、もう何も話せなくなったんだ。
誰かに嫌われたくないって思ったのは、多分、初めてだった。
僕は何度かミラー大佐に手紙を送ったし、返事も貰った。
僕が何者なのかも知っていて、僕を自分の子だって言った人だから。
凄い人だと思う。
父親とか、家族とか、そんな感じはまだしないけど、信頼できる人だと思ったんだ。
あの時一緒に居た、ULT傭兵の皆を思い出すこともある。
彼らとはデトロイトで別れたけど、大佐の話を聞いて、どう思ったんだろう。
大佐はブラジルにある施設の住所が書かれたメモをくれて、その後の手紙で、紹介状みたいなのを送ってくれたんだよね。
施設に行ったら、これを見せるようにって。
開封厳禁だから、中身は見れないけど。
僕は、僕を知る事が怖い。
だけど、無視して生きる事も怖いんだ。
だから、僕は南米に行こうと思うよ。
僕は誰から生まれて、どんな風に生きてきたのか。
それはもしかしたら、今の僕には受け止めきれないほど、重いものかもしれない。
それでも僕は、南米に行こうと思う。
◆◇
ブラジル。南半球の国。
長く泥沼の戦いが続いていた南米では今、UPC軍によるコロンビア侵攻が行われてる。
僕たちが辿り着いたこの街も、その影響か、どことなくピリピリした緊張感が漂ってた。
僕はいつも通りにULTの傭兵に依頼して、ここブラジルまでついて来てもらったんだ。
もちろん、彼らが僕をどう思ってるかは、わからないんだけどね。
ともかく、僕たちは街の隅にある、『社会復帰支援施設』に向かった。
そこは、ミラー大佐が尋ねるように言った場所で、主に親バグア派のゲリラとして活動していた人たちが収容されてる施設。その中でも罪が軽くて、更生プログラムを受けた後の人たちが社会復帰する前に生活してる所が、ここらしい。
門の所でガードマンに大佐の紹介状を見せて、僕たちは長々と外で待たされたんだ。
そうして待ってたら、急に銃を持った軍人が何人か出てきて、まるで連行するみたいに僕たちを施設の中に追い遣った。
只事じゃない雰囲気に僕たちが焦ってたら、今度は一人の女の人が連れて来られたんだ。
「‥‥インヴェルーノ‥‥?」
「あなたは?」
その人は、テシェラって名前の、30代ぐらいの女の人で、僕を見るなり泣き出したんだよね。
「ああ、また会えるなんて思ってもみなかったわ。本当に大きくなったのね‥‥!」
テシェラはそのままずっと泣いてたんだけど、僕が彼女を憶えてない事、僕がここに来た理由を話したら、大きく何度も頷いてから顔を上げた。
「私は、あなたのお母さんの親友だったのよ。小さい時から一緒で‥‥そう、一緒に親バグア派として武器を取っていたこともあるわ。あなたのお母さんが戦いに出ている間、あなたとあなたの弟たちの面倒を見ていた事もあるの」
「僕は‥‥親バグア派として戦ってたんですか」
「何度かね。あなたは小さかったから、UPC軍に追われる時以外、銃を持たせなかったけれど」
僕は、後ろの傭兵の皆を振り返るのが怖かった。どう思われてるのか、気になったんだ。
テシェラの話を聞けば聞くほど、今の僕とはかけ離れた別の『僕』が存在したみたいな、変な気分になる。
「‥‥僕の家族は、どこにいるんですか」
僕は、一番尋ねたかった事を尋ねた。
テシェラは、ずっと黙ったままだ。
「‥‥生きてますか」
「‥‥‥一部はね」
僕の問いに、テシェラは低い声で答える。
それから、おもむろに立ち上がって、こう言ったんだ。
「行ってみたい? あなたの生まれた町に。あなたのお父さんのお墓の場所に。‥‥きっと、全てがわかると思うわ」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
●依頼内容
・リアムが生まれ、実の父親の墓があるという町に行きましょう。
●リプレイ本文
●トリシア・トールズソン(
gb4346)
「私は、バグアが嫌いだ」
皆が準備を終えて、車に乗り込もうとした時だった。
「当然だろう? 親しかった連中を、ごっそり殺られたんだ。私は」
井筒 珠美(
ga0090)。その人の呟きが、まるで水面を走る波紋みたいに、私達の心をざわめかせたんだ。
「あ‥‥」
リアムの声が咽から洩れて、だけど、それ以上続かない。
なんだろう。こんなの嫌だ。
何かが軋む音が聞こえる。
監視役の軍人が私達を急かして、気まずいまま、沈黙したまま、車に乗り込む。
こんなの、嫌だよ。
車の横を、愛梨(
gb5765)のミカエルが走ってる。その後ろに乗った珠美を、リアムはじっと見てるみたいだった。
こんな時、いつもはレイジ(鈍名 レイジ(
ga8428))が空気を変えてくれたり、ラウル(ラウル・カミーユ(
ga7242))が明るく話題を振ってくれたりするんだけど‥‥
深鈴(沢渡 深鈴(
gb8044))を振り返って見たけど、どうしたらいいかわからない顔でジャングルを見つめてる。
「‥‥リアム、何か迷ってる?」
「ん‥‥」
思い切って声をかけたら、リアムは曖昧に微笑ったんだ。
リアムは、私の可能性の一つだ。
少年兵として戦ったのは、周囲の環境のせい。
私は、たまたまそういう環境に生まれなかっただけ。
小さな手に持った銃の重さ。
それが今、リアムの心に圧し掛かっているんだね。
ミラー大佐に会う前は、嫉妬もしちゃったよ。
だけど、今は――
「大丈夫だよ、リアム。お父さんのお墓、見に行こう」
「‥‥ありがと」
同情なんかじゃない。
リアムに、幸せになって欲しいんだ。
「ここからは徒歩ね。昔は大きな橋もあったんだけど‥‥」
アマゾンの支流かな。私達は車を降りて、テシェラに案内された木製の小さい橋を渡った。
「それにしてもさぁ」
黙って歩いてたら、急に愛梨が大きい声を出したんだよね。
「やっと会えたと思った父親が、本当の父親じゃなかった‥なんて運命って皮肉よね」
愛梨もきっと、この沈黙が辛いんだと思う。
「でも、いい人だったよね。血が繋がってなくても、あんたのことを深く思っていて‥いいお父さんじゃない。羨ましいわ、ほんと!」
「はい。ミラー大佐は想像以上に『お父さん』で‥リアムさんを心配されている様子が嬉しかったです。‥‥今は亡き父の優しさを思い出させてくれるから、でしょうか」
私の後ろから、深鈴の優しい声がする。ふふ、って笑うのが聞こえて、ちょっとだけ空気が軽くなったんだ。
そしたら、
「大佐は良い人だ。規律を守り、情義に厚い。兵に懐かれるタイプだな」
ずっと仏頂面で一番後ろにいた珠美が、表情は変えないけど、やっと口を開いて。
「っても、いかんせん話がめまぐるし過ぎだな‥大丈夫か?」
レイジが米神に指を置いて、リアムを振り返る。
ああ、よかった。
いつもの皆が戻ってきた。
「緊張で肩凝るヨ。ホラ、緑のイイ匂い。リアムの故郷、キレイなトコでよかったネ」
ラウルが笑ってる。急にリアムの肩を揉むから、びっくりされてるよ?
「ってあんた、なんか変よ。いつもの生意気さがないじゃない?」
「どっちがだよ、愛梨の方が年下だろ」
「なによ!」
「おいおい、二人とも騒ぎ過ぎだぜ。キメラが来ちまったらどうすんだ」
また言い合いになった愛梨とリアムを、レイジが苦笑いで止めた。
そんな風景も何だか懐かしくて、私、何時の間にか笑ってたみたい。
「何笑ってるんだよ、トリシア」
「何でもないよ!」
笑った声でそう返したら、リアムは膨れっ面で文句を言ってきたんだよね。
今までと変わらない。
その事が、今は嬉しい。
●ラウル・カミーユ
「練成強化、参ります!」
深鈴の声が響く。愛梨のAU−KVが土を巻き上げて、道を塞いでるピューマの群れに突っ込んで行った。僕は弓で、リアムは小銃で、愛梨の横を擦り抜けてくるのを狙撃する。
倒し切れなかった一頭は、トリシアの機械剣が真っ二つに灼き切った。アサルトライフルの掃射音がして、木の上から飛び掛かってきたヤツを、たまみんがハチの巣みたいにする。
「っし。コイツで最後だ!」
レイジの剣が赤く光って、横から走ってきた最後のピューマを斬り伏せた。
「テシェラ、怪我してナイ?」
「ええ‥‥大丈夫よ。ありがとう」
監視者の目が、リアムを見てた。
テシェラにハンカチを渡して、僕は笑って訊いたヨ。
「テシェラ、リアムは何人兄弟カナ?」
「弟が二人よ」
「じゃ、目的地の町には誰か住んでる? リアムの家はあるのカナ?」
「行けば分かるわ」
テシェラがニコッて笑った。
誤魔化してるんだネ。
「‥‥家族で生きてる人がいるんだよね? その人に会える?」
わざと明るくしてるポイ声で、トリシアが訊いた。
ケド、テシェラの答えは、僕の予想通りだったヨ。
「‥‥それはどうかしらね」
「あんた、親バグア派だったこと気にしてるの? バッカみたい!」
「バカって何だよ」
「あんた、その時のこと何にも憶えてないんでしょ。憶えてないことを気にしたって、しょうがないわよ。違う?」
町の手前で、僕達はちょっとダケ休憩してた。
お墓参りの前に、返り血を落としたかったカラ。
「憶えてないから、余計に嫌なんじゃないか!」
「な、なによ‥‥急に怒鳴ったりして‥‥」
リアムは、イライラしてるのカナ。愛梨が面喰らった顔をして、深鈴の隣に腰を落としてる。
「ほんの少ししかない記憶も、全部違ってた。憶えてもない、知りもしない時代の僕が何をしてたって関係無い。僕だって、そう思いたいよ! でも、現実はそうじゃない。そうじゃないだろ!!」
怒鳴りながら、リアムはたまみんの方を一瞬だけ見た。泣きそうな目でネ。
「‥‥そう言われてもな。昔は親バグア派のゲリラでした、ハイそうですか、と何の裏表もなく笑顔で接せられる程、私は人間できちゃいない。これは常識内の感情だろう? テシェラ」
「そうね。私達が敵方だったことは事実だもの。だけど、私達だって、好きでそうなったわけじゃないの。死ぬより生きたかったのよ。それだけ」
「それが理解できない程、私は子供ではない。だが、感情とは別なんだ」
「わかってるよ珠美!」
トリシアがたまみんの袖を引く。
「だけど、だけど‥‥私だって、生まれる場所が違えば、親バグア派の兵士だったかも知れない。だから珠美、リアムの気持ちも考えてあげよう? ね?」
話はいつまで経っても平行線。
そりゃそーだよネ。誰も悪くナイんだカラ。
誰か責める対象がいれば、ソレで終了。
ケド、今回は違う。
僕は煙草に火を点けて、岩の上に寝転んだ。
リアムの過去がどんなだって、僕には関係ナイ。
僕だって、ステレオタイプの人生生きてナイ。
大事なのは、リアムと僕が友達だってコト。
だから今は、僕が口を挟む時じゃナイ。
僕がリアムの力になるのは、もっと後だカラ。
考え過ぎじゃナイ。
「‥‥思花サン、あのヒトは、リアムの――」
僕の言葉の後半は、紫煙と一緒にゆらゆら消えた。
●鈍名 レイジ
「もう止めろ。リアムが混乱するだけだ」
正直こんな事はしたくなかったんだが、俺はテシェラさんと珠美さんの間に割って入った。
トリシアさんがホッとした顔で俺を見て、岩の上のラウルさんがサムズアップ。
俺は、棒立ちになったリアムの肩を掴んで、言ってやる。
「昔のリアムの事は正直分からない。分かった振りも出来ない。ただ、難しい事を抜きにして、今も俺は勝手に思ってるんだ。あんたの力になりたいと」
「‥‥‥」
――もしあの人が母親なら、止めてやりたいともな。
真一文字に引き結んだリアムの唇を見遣りながら、俺は言葉を呑み込む。
「俺でもいい。誰でもいいさ。自分の立ち位置がわからなくなったら、一先ず今自分を信じてくれる人を信じて歩いてみたらどうだ?」
「私もそう思います」
それまでずっと黙ってた深鈴さんが、真っ直ぐ顔を上げて話し始めたんだ。
「‥‥親バグア派として活動していたことに嫌悪感を抱かれる方もいらっしゃるでしょう。私とて今後出会う親バグア派の方を憎らしいと思うこともあるでしょう」
いつも大人しいと思ってた深鈴さんだったが、その声は凛として、歪んだ空間に大きく響いてる。
「ですが、リアムさんは私の友人です。だから、リアムさんの力になりたい。一人では受け止めきれなくても、一人の友人として支えられるように。珠美さん、あなたは違いますか?」
深鈴さんと珠美さんの視線がかち合って、俺達は息が詰まるような沈黙の中に押し込められる。
「勘違いするな」
珠美さんはそう言って立ち上がると、深鈴さんの肩に手を置いた。
「私は‥‥今現在においてバグアである奴、そうでない奴、誰彼構わず敵意と殺意を向ける程に分別が無い訳でもないし、兵を無駄死にさせる指揮官でもなければ味方を後から撃つ趣味もない。――行くぞ」
そうだな、珠美さん。
あんただって、リアムやテシェラさんを憎んでるわけじゃない。
だからここにいる。それが証拠ってもんだ。
「リアム!」
「ぅわ!」
岩から飛び降りてきたラウルさんが、いきなりリアムを引き寄せた。
「キミは『リアム』。昔のキミもひっくるめて、新しい生を生きてるんだヨ」
「‥‥そうかな」
「そうよ。わかったら元気だしなさいよ、いいわね?」
ミカエルを横に置いた愛梨さんが、口を尖らせてリアムに迫る。
「‥怒鳴って、ごめん。愛梨」
「べっ、別に気にしてないわよ! ほら、さっさと歩く!」
不意を突かれたか、愛梨さんが照れ臭そうに踵を返して、ミカエルをその場に忘れて歩き出しちまった。
俺達は、それを見て笑った。
珠美さんと監視の軍人が痺れを切らすぐらい、俺達はその瞬間を惜しんでたな。
リアム。
俺達の予感は、直に真実になるんだろうな。
だが、過去の自分を見つけたなら、次はなりたい自分になる為に歩いていくんだ。
迷うため、次の自分を見つけるために。
失くした自分を取り戻せ。
●愛梨
「これが現実よ、インヴィ」
ジャングルの中、空間が切り取られたみたいに広がる草原地帯。
テシェラは懐かしそうにその場所を眺めて、リアムに話しかけたわ。
「私達の町は焼き払われた。僅かに残った建物も、私達の財産も、思い出も‥‥全部、後から来た奴らに持って行かれたわ」
それは戦利品を漁る人類側兵士だったのか、近隣の町から来た火事場泥棒だったのか。
「最後に、全部、なかったことになったの」
彼女達は、人類の敵だった。
‥‥全てを奪われても、文句を言う権利もないのね。
「‥‥ここが?」
リアムが呟く。
そう、そこには――町も建物も、何もなかったのよ。
『Ayrton Neve』
草原から少し離れた墓地に、その人は居たの。
「‥‥‥僕の‥」
あたしたちの予感は外れなかった。
ポルトガル語で『雪』の意味を持つ苗字。
それが、リアムのお父さんの墓石に刻まれてたわ。
「――お母サンの名前は『プリマヴェーラ』だヨネ?」
お墓の前に跪いたリアムの肩が、震えた。
テシェラはラウルの方を振り向いて、ただ静かに頷いたの。
「『一部』‥‥って。リアムのお母さんは、生きてるの?」
一度訊いた事を、トリシアがもう一回口にする。テシェラは少し黙ったけど、代わりに監視者が前に出た。
「ゾディアック山羊座がヨリシロであるか否かは、不明だ。どちらであろうが、倒すべき敵に変わりない」
「あんたに訊いてないわよ!」
あたしは思わず、声を荒げてた。
そんなこと、わかってる。言われなくてもわかってるわよ!
「‥‥僕は、ただの人類の敵でも無かったんだね」
前を向いたまま、リアムが呆けて呟く。「‥思花さんの」って。
「何言ってんのよ!」
あたしはリアムの服を引っ掴んで、その場に転がしてやったわ。
「母親が何だって、あんたはあんたでしょ! あたしの父親だって、どーしようもないダメ男だったわ。父親がダメなら子供もダメってなったら、あたしはどうなるのよ! あたしはあたしよ!」
ああ、カッコ悪い。
なんであたし、泣いてるのよ。
でも、もう止まらないの。
「子供は親を選べない‥。過去は変えられないけど、これからを作っていくのはあんたなのよ‥‥」
トリシアがあたしに抱きついてきて、彼女も泣いてるのに気付いたわ。
「愛梨‥‥トリシア‥‥なんで泣くの?」
「友達だカラ、じゃない?」
ラウルが百合の花を墓前に置いて、リアムを助け起してる。
「辛いかもしれないケド逃げないで。リアムを大切に思ってる人達の為にも」
「でも‥‥」
ラウルはリアムの頭を撫でて、それ以上言わなかったわ。
だけど、
「立て、リアム!」
あたしの目の前で、珠美がリアムに銃口を向けたの。
「おい、珠美さん――!」
「しっかりしろ。リアム。お前は誰だ?」
ガチャリ。
レイジの制止を振り切って、ライフルが鳴った。
「『リアム・ミラー』として生き続けるのか『インヴェルーノ』に戻るのか。バグアに戻るのか踏み止まるのか。お前が決める事だ。止めはしない」
「違う! 僕は‥‥僕は‥」
そうよ。違うわ。
あんたは、そんなことをしに来たんじゃないわ。
あんたは――
「僕は、僕だ。インヴェルーノも僕だし、リアムだって僕だ。母親が山羊座でも‥‥皆を、裏切れるわけないだろ!」
「リアム‥‥!」
トリシアが、リアムの腕を引っ張って笑った。
「次の再会が『敵』同士としてだったら、私は躊躇なく引き金を引くぞ」
あたしは見逃さなかったわ。珠美が銃を下した時、少しだけ口元を緩めたの。
「これからの事も、母親の事も、もう少し迷ってみればいい。きっと良くも悪くもまだ始まったばかりさ」
「‥‥そうだね」
レイジがリアムの背中を軽く叩いて。それから、持ってきた花束を墓前に供えて、手を合わせたわ。
「‥‥昔のことは、昔のことです」
あたしの前を横切って、深鈴がレイジの隣に座った。
「ロスでの人探しやデトロイトでの楽しい時間。あの思い出は、『本物』なんです。そこに嘘や偽りが入る余地はありませんよ」
深鈴はそう言って微笑んで、デトロイトで買ったカーネーションを、そこに置いたの。
「ご報告しますね。あなたの息子さんは‥‥しっかり今を、生きていますよ」
次の日の朝、あたしたちは空港で別れた。
少しでも良い事があるように、って、レイジが、デトロイトで買ったストラップをリアムにあげてたの。
「山羊座は神戸にいる。だけど、そこに行くかはわからない」
リアムは言ったわ。
もうすぐ、神戸で大きな戦いがあるんだって。
もしかしたら、山羊座は、そこで‥‥
「胸張ってなさいよ。ウジウジしてるあんたなんて、つまんないんだから!」
あたしは、そう言うのが精一杯だったのよ。
リアムはあたしをじっと見て、うん、って頷いた。
「僕はもう、大丈夫だよ」
あたし達の旅は、こうして終わって。
新しい旅が、また始まるの。