●リプレイ本文
●井筒 珠美(
ga0090)
「残りの班も、そろそろ戻って来るな」
事前調査の成果は上々だ。市庁舎では各シェルターの場所を調べることができた上、人捜し掲示板の利用案内まであった。
「リアム、入るわよ?」
同班の愛梨(
gb5765)が、ドアを開ける。
公民館の児童向け無料プレイルーム。ここが私達の作戦会議室だ。
‥‥例え、壁が一面『うさぎさん』でもな!
「リストアップは終わったのかね?」
「スペルには自信ないけど」
「だろうな。少なくとも、日系人らしい名前は全部間違っている」
孤児院関係者のリストを見た私のダメ出しに、リアムがクッションフロアに突っ伏した。
全く、打たれ弱い奴だね。私が陸自に居た頃はこんな‥‥いや、まあいい。
「ああ、リアム。孤児院の運営母体について知らないか?」
宗教団体、営利企業、非営利団体‥‥色々あるだろうが、そこに手掛かりがあるかもしれん。
「運営母体の会社には電話してみたけど、大規模作戦の影響で休業とか、色々あるみたい。『確認して折り返します』って言われたきり、掛ってこないんだ」
「事情はわからなくもないけど、イラッとしちゃうわね」
ツン、と唇を尖らせる愛梨。
やれやれ、12歳と14歳相手に、お遊戯部屋で作戦会議とは。
10歳を越えれば、能力者として一人前。とはいえ‥‥陸自時代では有り得ない光景だな‥‥。
「あたしも両親はいないけど、お姉ちゃんがいるから、あんたと比べたら幸せなのかな。子供の頃の記憶もフツーにあるしね」
「どうかな。‥‥あんまり、自分の境遇を深く考えたこと、なかったんだ。記憶がないのは気になるけどさ」
「記憶ねぇ‥‥私の場合、むしろ忘れたいくらいの記憶なんだけどね」
愛梨とリアムが話している。依頼内容的に、やはり『誰かを失くした者』が参加者には多いのかね。
まあ、私もその一人‥‥になるわけだが。
「ゴメンね、あんたが欲しがってるものを、あたしは捨てたがってる。交換できたらいいのにね」
「人間って、耐えられないぐらい辛い事は忘れる‥‥って聞いたんだ」
「‥‥そうね」
「僕は耐えられなかった、君は耐え抜いた。もしかすると、そうかもしれないね」
‥‥少し、静かになってしまったようだ。だから私は、口を開くことにした。
「君の記憶がどんなものか、わからないがね。だが、孤児院を失った今の君の状況には、同情できる」
私の携帯が、ブーンと震えた。他班が帰ってきたらしい。
「自分を知ってる奴、自分が知ってる奴、そいつらが居なくなるってのは中々キツイもんでね‥‥自分が居れば何か出来たんじゃないかとか考えると尚更にな」
考えても詮無いことだ。だが、たまに思う。思い出す。
――私が除隊しなければ、部隊は壊滅しなかったかもしれない。
●沢渡 深鈴(
gb8044)
事前調査で、色々わかったようですね。警察と消防の方が道路事情を教えてくれましたし、リアムさんの居た『トレイシー・アン孤児院』のお子さんが受診した病院も見つけました。私達は、そこで聞いた避難所へ参ります。
初めてのちゃんとした依頼ですし、緊張しますね。でも、リアムさんのために頑張りたいです!
ですが、大変です。ラウル・カミーユ(
ga7242)さんと、リアムさんのお話に、中々入っていけません。
「キミにしか聞けないカラ‥‥思花サン、研究所で元気、カナ? ‥や、多分元気じゃないヨネ。外部から隔離された場所で、心と一緒なんだモン‥‥平気なハズない」
なぜ、ラウルさんは苦笑いで依頼人の事を気にしているのでしょう?
「元気‥‥な人には見えないけど。まだ良く知らないんだよね。‥‥シンって誰?」
ああ、リアムさんも依頼人の女性とお会いしたのですね。
「んと‥思花サンの昔の恋人サンなんだって。研究所にいないカナ? ‥‥茶色い髪の、人型のキメラ」
「‥‥多分、知ってる。そういう事なら、彼女は元気じゃないかもしれないな。誰だって嫌でしょ、良く知ってる人をモルモットにして切り刻むとか」
依頼人の女性の周辺には、何か悲劇的なドラマがあるようですね。ラウルさんは、彼女と親しい間柄なのでしょう。
‥‥興味が湧いて参りました。もう少し、聞いていましょうか。
「そか。担当‥‥してるんだネ」
「一部だと思うけど」
車がカーブしました。かなり郊外まで来たようです。
「‥‥リアムもさ、時間が止まったよな空間で苦しくなっちゃったのかなぁ」
「わからない。けど、昔の自分を知ってみたくなったんだ。――興味本位‥‥って言ったら、聞こえが悪いけど」
「そんな事‥‥ないと思います」
無意識のうちに、私の口は言葉を発してしまいました。助手席のリアムさんがこちらを見ています。
「自分自身に興味を持つ事は、悪い事でしょうか。心が折れそうな時、原点に帰って自身を見つめ直そうという考え方は、間違っているのでしょうか。‥‥私は、そうは思いません」
「‥‥そっか」
上手く言えたか心配ですけど、リアムさんはわかって下さったようです。
「そだヨ。僕だって、無意識に『何か』を探して放浪してたカラ。リアムの探したいモノ、見つかるとヨイね」
「ええ。微力ながら、私もお手伝いします。頑張りましょう!」
避難所が見えてきました。
リアムさんは――うふふ。少し、照れてらっしゃるようです。
「トレイシー・アン孤児院の人達が避難してるって、聞いたんだケド。面会デス」
「あぁ、何人かいたな。北の方の区画だったと思うんだが」
ラウルさんと同班で助かりました。
避難所の警備兵の皆様に率先して尋ねてくださったお陰で、また情報を得ることができたようです。
私達は仮設住宅が続く避難所を、北に移動することにしました。
「あの‥‥トレイシー・アン孤児院の方を御存知ありませんか? 名前のリストがここに‥‥」
ですが、私とて傭兵です。勇気を出して声をかけませんと。
私達は、広い避難所を歩き回り、若者や顔の広そうな方を中心に、数え切れないほどの人に尋ねて回りました。それから一時間程でしょうか‥‥ようやく、彼らの居場所を知る方を見つけたのです。
その方が案内して下さった仮設住宅の一室には、若い女性がお二人と、5歳くらいまでの子供たちが六人、跳ね回っていました。
「リアム?」
「まあ、リアムなの! ああ、良かった。元気にしているのね」
「ケイト先生、オリガ先生、お久しぶりです」
先生方、嬉しそう。子供たちも、リアムさんを覚えているようです。
けれど、気のせいでしょうか? リアムさんの方が‥‥その、他人行儀に振舞っているような‥‥?
「他の先生や、他の子たちは?」
「それが、いくつかの避難所に分かれてしまっているの。大所帯なものだから‥‥」
「リアム、軍隊に入ったんでしょう? 急にどうしたの?」
先生に尋ねられて、リアムさんは少し黙ってしまいました。
ああ、そうでした。確か彼は、追い出されるようにして軍に志願したのでしたね。
「リアムの両親のお墓を探してるんだヨ。先生達、何か知らナイのカナ?」
「両親の‥‥?」
なんでしょう? 先生方が言葉を濁してしまいました。
「この住所に、院長先生たちが避難しているわ。そこへ行きなさい」
結局、ここで私達が得た情報は、住所を書いた紙一枚だけでした。
●鈍名 レイジ(
ga8428)
痛ぇ。最悪だ。
なんだってこんな時に、重体喰らっちまうんだか。
「レイジ、大丈夫? 辛いなら無理しちゃダメだよ?」
助手席のトリシア・トールズソン(
gb4346)が、季節感無視で着込んだ俺を見上げてる。
「心配ねぇさ。痛み止めも効いてる。それに、運転ってのは、座ってやるモンだからな」
いや、嘘だな。普通に痛ぇ。
だが、これも仕事だ。引き受けちまった以上、重体でもやれることはやっとかねぇとな。
俺達は事前調査で、シェルターから帰宅した家族に会った。そこに、トレイシー・アン孤児院の面子が何人かいたって話だ。他班と相談して、俺達の最初の目的地はそのシェルター、ってことになったんで、そこに向かってる。
「リアム‥‥記憶力、結構良いよね」
トリシアさんが見てんのは、リアムが書いた名前のリストだ。
「数年一緒に暮らしたんだぜ? 名前ぐらい覚えるってモンだろ」
「そうかな。私の父は傭兵だったから‥‥ひとつの所に長くいたことないんだ。だから、よくわからないけど」
「トリシアさん‥‥そっか、俺の名前覚えてんのは、奇跡ってやつか」
「もう、違うってば。戦友のこと、忘れるわけないよ」
わざとマジな口調で言ってみたら、トリシアさんは膨れっ面で抗議してきた。
「‥‥私は、父も母も死んじゃったし。墓も無いし」
ちっさい背中をシートに押し付けて、トリシアさんが言う。
「だから‥リアムの旅に協力しようと思ったんだ。私には、もうできないから。‥この旅を。実りあるものにしたいんだ」
「家族がいない人は今時珍しくない。でも、普通だとは思えない。事情は人それぞれ、どう感じるかも人それぞれ、ってな」
‥‥俺も含めて、な。
ジーザリオの前に立ち塞がる、倒れた鉄骨を見て、俺はブレーキを踏んだ。
「俺は色々失くして動けなくなっちまった時、何かを見つけるまで強い力に流されたくて傭兵になったんだ。多くを見て、知って‥お陰で良くも悪くも退屈しないぜ、今はな。‥ゆっくり見守ってやろうぜ」
ま、手始めに、だ。この鉄骨でも相手にするか。
豪力発現の出番ってやつさ。
「あ、この写真の人、知らない? それから、トレイシー・アン孤児院の人を探してるんだけど」
「さあ‥、しらなーい」
シェルターでの聞き込みは、特に相手が子どもの場合、トリシアさんに頼んだ。俺はご覧の有様。初対面の人間に、どっちが好感持たれるか、って話だ。
「手間かけて悪ぃ。だが‥‥中々、思ったようには見つからねぇな」
「ここも広いからね。留守の人も多いみたいだし‥‥」
トリシアさんの言う通り、このシェルターの人間は留守がちだった。
そもそもここは避難所ってか、防空シェルター的な造りで、山の斜面の入口から地下に入る感じの空間だ。中は広ぇし、照明も設備も最新でしっかりしてるが、それでも地下ってだけで気が滅入る。外に出たくなる気持ちはわからねぇでもないぜ。
内部を歩き回って、俺達は、擦れ違う人間ほとんど全てに、リストとリアムの写真を見せて聞き込みを続けた。
ハズレだったか‥‥そう思い始めた途端、アタリを引くのが、この世の面白れぇトコってもんだ。
「これは‥‥リアム・ミラーかしら?」
「そうです。知ってるんですか?」
トリシアさんが偶々声をかけたのは、孤児院の先生の一人だったらしい。
圏外ってことで一旦外に出て、他班に連絡してみるが、それぞれ第一目的地を捜索中で、すぐには来れねぇって返事だった。
俺達は、ソフィー先生、ってその人に、リアムの担当だった先生の居る部屋まで案内してもらうことになった。
「リアムの両親の墓の場所、ですか?」
ここには三人の先生と、10人の子供達が避難してる。そのうちの一人、ロイド先生って男の先生が、リアムの担当だったらしい。
「本人が知りたがっているんですね?」
「そうです。だから私達が手伝ってて‥‥」
ロイド先生の表情が、微妙に曇る。
やっぱりな。これは何かあるぜ。
「孤児院に預けられ両親が死んだ事は伝えられてる。なのに墓の事が伝わってないのは何故だ? 理由を知ってる人はいないか?」
俺がずっと疑問に思ってたことだ。尋ねられた先生達は、何かを迷ってるようにも見える。
「メトロポリタンX出身だからでしょ?」
不意に、ソフィー先生の隣で聞いてた10代ぐらいの少女が、口を挟んできた。
「あたし、院長先生たちが話してるの、聞いちゃった事あるもん」
「バーバラ!」
「‥‥なるほどな」
メトロポリタンXか。それなら頷ける。
墓参りなんてできっこねぇし、最悪、墓もねぇからな。
「‥‥‥これ以上は、院長先生からお聞き下さい。これが住所です」
俺達は、院長先生の居場所を書いた紙を渡されて、シェルターを出た。
いや‥‥あの、バーバラとかいう子どもからも、手紙を託されてるんだがな。
『あたし、他の子と間違えて、リアムのベッドに兵士募集のチラシ置いちゃったの! ごめんね、って言っといて!』
‥‥‥なんてこった。
●愛梨
掲示板を見た人から連絡があって、あたしと珠美が二つ目の避難所に向かってる時だったわ。
時間にズレはあったけど、二つの班から、あたし達が向かってる避難所に院長先生がいるってメールが来たの。
あたしは悪路に車を諦めて、ミカエルの後ろに珠美を乗せて現地に急行したわけよ。
「何のために生きてるかって? そりゃ、死にたくないからよ。死ぬのは怖いわ。悲しむ人もいるしね」
皆と合流して、あたしとリアムはまた、話をしたわ。
「‥あんたには、悲しんでくれる人がいないの? やりたいこと‥もないんだ。何にも持ってないのね」
「‥‥‥」
「‥‥とりあえずもう少し歩いてみようぜ。悟って自分に見切りをつけるのは、それこそこの世の全てを見てからでも遅くないさ」
レイジが歩きながら、リアムを振り返る。そういえばさっき、リアムに何か渡してたわね。
「いいわ、仕方ない。あたしが友達になってあげるわよ。感謝しなさい」
「なんでそんな上からなんだよ」
あら生意気ね。ムッとした顔するなんて。
「いいわよ、そのうち後悔するんだから」
そうよ。だってあなた、可哀想すぎるじゃない。
最後まで付き合ってあげたくもなるわよ。
「そう‥‥ご両親のことが知りたくなったのね」
院長先生は、おばあちゃんだったわ。
「僕の両親の墓は、メトロポリタンXに?」
「ええ、そうね。お母様のものはね。‥‥あなたは、もうお金を稼いで一人前になったのだから、私達も本当の事を言いましょう」
優しく、語りかけるように話す人だった。
「ロバート・ミラー大佐を、御存知?」
「お名前だけは‥‥え?」
「その方が、あなたのお父様よ。あなたと離れ離れになってでも、お父様は最後までメトロポリタンXを護らなければならなかったの。養子縁組に差し支えるから、ご自分は死んだことにして欲しいと‥‥そう仰ったわ。あとの事は、ご本人からお聞きなさい」
リアムのお父さんが、生きてる?
あたし達は、彼女の話に顔を見合せたわ。
「リアム、あなたの信じる道を生きなさい。そして、いつでも帰っていらっしゃい。‥‥私達もまた、あなたの家族なんですから」
「‥‥‥‥」
「少しでも役に立てたカナ?」
空港までの道で、ラウルの問いに、リアムは無言。
死んだと思ってた親が生きてたり、それがUPC軍の大佐だったり。
まあ、混乱するわよね。
だけど、得るものは情報以外にもあったんじゃないかしら?
‥‥辛いことも多いけど、生きる楽しみは自分で見つけるの。
気の持ち方で、色々と変わるもんよ。ね、そうでしょう?