タイトル:【淡雪】−Urd−マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/29 04:29

●オープニング本文


 僕の名前は、リアム・ミラー
 自分の事は、あまり知らない



「‥‥銃を下げないで」
「あ‥‥、すみません」
 僕の意識は、急に割り込んできた女の人の声で現実に引き戻された。
 仕事中だった、と思い出して、僕は下がっていた銃口を目の前のキメラに向ける。
 強化ガラスに覆われた実験室。
 金属製の台に拘束されたキメラの上から、透明なカバーが被さってる。
 そこから横に出された左腕を、研究の為に今から斬り落とすとか言ってたっけ。
 僕の仕事は、切断が終わってキメラが牢に戻されるまで、それに銃口を向けておくこと。それだけ。
 この研究所に来てからは、大体そんな、寝てるキメラや強化人間相手の仕事がほとんどだった。
 さっき僕に声をかけたのは、研究員の女の人で、銀髪のチャイニーズの人。名前は知らない。
 その人は他の研究員と一緒に台の周りに立って、たぶんSES搭載のレーザーメスみたいなものを手に取った。
 ほんの数秒、その人が手を動かしたと思ったら、次の瞬間にはキメラの左腕が肩から外れて、別の台の上に載せられる。
「行くぞ」
「はい」
 僕は、他の警備員と一緒に、用が済んだキメラの本体を台ごと転がして強化ガラスの部屋を出た。
 それはキメラと聞いていたけど、外見的には普通の、アジア系の若い男の人にしか見えなかった。
「‥‥ごめんね‥‥」
 女の人の声がして振り返ったら、さっきの銀髪の女の人が、手を止めてこっちを見てた。
 でも、見られてたのは、僕じゃなくて。
 その人が見てたのは、透明のカバーの中で眠ってる――キメラの方だった。


    ◆◇
 僕が今働いてるのは、UPC北中央軍のUPCキメラ研究所っていう所だ。所長は、あのオリム中将。尤も、週に一度研究所に来れば良い方、っていう程度。
 研究所の場所は、関係者と軍上層部しか知らない。バグア本星が発するジャミングに対抗できるぐらいの中和装置があるからバグアにも嗅ぎつけられないし、警備員や能力者研究員、ナイトフォーゲル、あとは特殊すぎる地形のお陰で、中に収容されてるキメラや強化人間が脱走できる見込みは殆どゼロ。
 ‥‥それはいいけど、そこまで秘匿されちゃ、中で働いてる人間も大変だ。
 家族にも本当の住所は教えられないし、郵便物は全部検閲が入る。電話もメールも繋がらない。
 休暇で外に出ることはできるけど、外の人間に機密を漏らしたりしようもんなら、即捕まる。
 ――だから、家族の居ない僕みたいな能力者は、警備員に最適なんだ。

   僕は一体、ここで何をしてるんだろう

 僕がここにいるのは、それしか道がないからだ。
 僕には家もないし、両親も死んだ。子どもの頃の記憶すらない。
 僕の中にある一番古い記憶は、9歳ぐらいの僕が両親と暮らしてたレンガ色のマンション。
 そのあたりのことと、その前のことは、あんまり憶えてない。
 気がついたら僕はロサンゼルスの孤児院にいて、両親はバグアに殺されたって聞いた。
 僕は、それからずっと一人だったんだ。
 もうそれなりに大きくなってた僕は、他の子ども達の輪に入って行くのに抵抗を感じて、相手もそれを感じ取ってたから。
 そして14歳になった今年、僕の部屋にUPC軍の兵士募集のチラシが置いてあった。
 僕は、それがどういう意味かを理解して、孤児院を出たんだ。
 前線にいた頃、僕が上官に嫌われたのは、僕が能力者だからだったり、僕に戦意だの愛国心だのが見られないからで、たぶん僕というよりは上官の気分の問題。
 ちょっと怪我したからってこんな研究所に飛ばされて警備員やらされるのは、厄介払いされたからで、別に僕が物凄く悪いことをしたとか、そういう事じゃないと思ってる。
 まあでも、あの上官が悪いかっていうと、たぶんそれも違うんだろうな。
 孤児院を追い出されて志願してきたガキに、そんないきなり戦意なんてモノ、彼も期待してなかったと思うし。
 何が一番面倒だったかっていうと、そんなヤル気の無いガキに限って能力者だったりして、碌に訓練もしないまま戦場に出さないといけなかったことだろう。
 そういう扱い辛さが面倒になって、何かと理由をつけて僕を自分の下から外したあの上官の判断は、別に間違っちゃいないと思う。
 だけど‥‥こんな静かな所にいると、考える時間ばかりが増えて行く。
 ここの仕事は、前線みたいに辛くない。休暇もあるし危険も少ない。
 給料だって、不便を強いられる分、十分高い。
 別に不自由なんてない。
 だけど。
 
「僕は何のために、生きてるんだろう‥‥」

 両親を殺したバグアを倒したいとか、能力者だから戦わなきゃとか、そんな熱い気持ちは不思議と湧かない。
 だからって、孤児院の先生や他の子たちを守らなきゃとか、そんな慈愛に満ちた気持ちも湧いてこない。
 じゃあ軍を辞めて他の仕事を、って思ってみても、別段やりたい事なんてない。
 僕には、この世に執着できるものが何一つないんだって、気付いたんだ。

 ただ、安穏と過ぎて行くだけの日々。
 生きながら、腐って行くような感じがした。

 こんなことなら僕なんて、考える間も無く戦場で死んだ方がマシだった。


    ◆◇
 その次の連休に、僕はロサンゼルス行きの申請をした。
 孤児院の先生たちに会って、僕が一体誰なのかを知るために。
 色々考えてたら、何故か急に、記憶の中の両親に会いたくなったんだ。
 きっと両親は今、どことも知れない墓の中なんだけど。
 ロスに帰って、僕が生まれた場所に帰る。
 僕自身が生きた軌跡を辿ってみたい。
 何も見つからないかもしれない。
 また同じような日々しか待ってないかもしれない。
 でも、何故か、今行かなきゃ二度と行けないような気がしたんだ。

 僕は、事務員のお姉さんに取ってもらったチケットを持って、シティの空港に行った。
 そうしたら、思いがけない人に会ったんだ。
「‥‥ロサンゼルスに行くの‥‥?」
 琳 思花(gz0087)。
 あの時、悲しそうな瞳でキメラを見つめてた、銀髪の女の人。
 仕事でロスに向かう彼女と席が隣だった僕は、少しだけ旅の目的を話した。
 なんでそんな話を、この人にしてしまったのか、僕にもよく分からない。
 ただ、何かを失くしたような、何かを諦めたような、虚無感みたいなものが、彼女の周りにはずっと漂ってた。
 それが何なのか、よく分からなかったけど。
 僕に似たその空虚な匂いに、惹かれたのかもしれない。
「‥‥何かあったら、手伝うね‥‥」
 彼女はそう言って、研究所の外で使える携帯の番号を渡してくれたんだ。
 そうこうしてるうちにロスに到着して、僕は彼女と別れた。


 だけど、運命の女神っていうのは、本当に悪戯っ子ばっかりだ。
「‥‥まじかよ」
 ロス市内。
 自分探しの旅、一日目。

 全壊した孤児院と、その周りに広がる瓦礫の山を前にして。

 僕は早くも、彼女に助けを求めたんだ。

●参加者一覧

井筒 珠美(ga0090
28歳・♀・JG
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
相賀 深鈴(gb8044
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●井筒 珠美(ga0090
「残りの班も、そろそろ戻って来るな」
 事前調査の成果は上々だ。市庁舎では各シェルターの場所を調べることができた上、人捜し掲示板の利用案内まであった。
「リアム、入るわよ?」
 同班の愛梨(gb5765)が、ドアを開ける。
 公民館の児童向け無料プレイルーム。ここが私達の作戦会議室だ。
 ‥‥例え、壁が一面『うさぎさん』でもな!
「リストアップは終わったのかね?」
「スペルには自信ないけど」
「だろうな。少なくとも、日系人らしい名前は全部間違っている」
 孤児院関係者のリストを見た私のダメ出しに、リアムがクッションフロアに突っ伏した。
 全く、打たれ弱い奴だね。私が陸自に居た頃はこんな‥‥いや、まあいい。
「ああ、リアム。孤児院の運営母体について知らないか?」
 宗教団体、営利企業、非営利団体‥‥色々あるだろうが、そこに手掛かりがあるかもしれん。
「運営母体の会社には電話してみたけど、大規模作戦の影響で休業とか、色々あるみたい。『確認して折り返します』って言われたきり、掛ってこないんだ」
「事情はわからなくもないけど、イラッとしちゃうわね」
 ツン、と唇を尖らせる愛梨。

 やれやれ、12歳と14歳相手に、お遊戯部屋で作戦会議とは。
 10歳を越えれば、能力者として一人前。とはいえ‥‥陸自時代では有り得ない光景だな‥‥。

「あたしも両親はいないけど、お姉ちゃんがいるから、あんたと比べたら幸せなのかな。子供の頃の記憶もフツーにあるしね」
「どうかな。‥‥あんまり、自分の境遇を深く考えたこと、なかったんだ。記憶がないのは気になるけどさ」
「記憶ねぇ‥‥私の場合、むしろ忘れたいくらいの記憶なんだけどね」
 愛梨とリアムが話している。依頼内容的に、やはり『誰かを失くした者』が参加者には多いのかね。
 まあ、私もその一人‥‥になるわけだが。
「ゴメンね、あんたが欲しがってるものを、あたしは捨てたがってる。交換できたらいいのにね」
「人間って、耐えられないぐらい辛い事は忘れる‥‥って聞いたんだ」
「‥‥そうね」
「僕は耐えられなかった、君は耐え抜いた。もしかすると、そうかもしれないね」

 ‥‥少し、静かになってしまったようだ。だから私は、口を開くことにした。

「君の記憶がどんなものか、わからないがね。だが、孤児院を失った今の君の状況には、同情できる」
 私の携帯が、ブーンと震えた。他班が帰ってきたらしい。
「自分を知ってる奴、自分が知ってる奴、そいつらが居なくなるってのは中々キツイもんでね‥‥自分が居れば何か出来たんじゃないかとか考えると尚更にな」
 考えても詮無いことだ。だが、たまに思う。思い出す。

 ――私が除隊しなければ、部隊は壊滅しなかったかもしれない。


●沢渡 深鈴(gb8044
 事前調査で、色々わかったようですね。警察と消防の方が道路事情を教えてくれましたし、リアムさんの居た『トレイシー・アン孤児院』のお子さんが受診した病院も見つけました。私達は、そこで聞いた避難所へ参ります。
 初めてのちゃんとした依頼ですし、緊張しますね。でも、リアムさんのために頑張りたいです!
 ですが、大変です。ラウル・カミーユ(ga7242)さんと、リアムさんのお話に、中々入っていけません。
「キミにしか聞けないカラ‥‥思花サン、研究所で元気、カナ? ‥や、多分元気じゃないヨネ。外部から隔離された場所で、心と一緒なんだモン‥‥平気なハズない」
 なぜ、ラウルさんは苦笑いで依頼人の事を気にしているのでしょう?
「元気‥‥な人には見えないけど。まだ良く知らないんだよね。‥‥シンって誰?」
 ああ、リアムさんも依頼人の女性とお会いしたのですね。
「んと‥思花サンの昔の恋人サンなんだって。研究所にいないカナ? ‥‥茶色い髪の、人型のキメラ」
「‥‥多分、知ってる。そういう事なら、彼女は元気じゃないかもしれないな。誰だって嫌でしょ、良く知ってる人をモルモットにして切り刻むとか」
 依頼人の女性の周辺には、何か悲劇的なドラマがあるようですね。ラウルさんは、彼女と親しい間柄なのでしょう。
 ‥‥興味が湧いて参りました。もう少し、聞いていましょうか。
「そか。担当‥‥してるんだネ」
「一部だと思うけど」
 車がカーブしました。かなり郊外まで来たようです。
「‥‥リアムもさ、時間が止まったよな空間で苦しくなっちゃったのかなぁ」
「わからない。けど、昔の自分を知ってみたくなったんだ。――興味本位‥‥って言ったら、聞こえが悪いけど」
「そんな事‥‥ないと思います」
 無意識のうちに、私の口は言葉を発してしまいました。助手席のリアムさんがこちらを見ています。
「自分自身に興味を持つ事は、悪い事でしょうか。心が折れそうな時、原点に帰って自身を見つめ直そうという考え方は、間違っているのでしょうか。‥‥私は、そうは思いません」
「‥‥そっか」
 上手く言えたか心配ですけど、リアムさんはわかって下さったようです。
「そだヨ。僕だって、無意識に『何か』を探して放浪してたカラ。リアムの探したいモノ、見つかるとヨイね」
「ええ。微力ながら、私もお手伝いします。頑張りましょう!」

 避難所が見えてきました。
 リアムさんは――うふふ。少し、照れてらっしゃるようです。


「トレイシー・アン孤児院の人達が避難してるって、聞いたんだケド。面会デス」
「あぁ、何人かいたな。北の方の区画だったと思うんだが」
 ラウルさんと同班で助かりました。
 避難所の警備兵の皆様に率先して尋ねてくださったお陰で、また情報を得ることができたようです。
 私達は仮設住宅が続く避難所を、北に移動することにしました。
「あの‥‥トレイシー・アン孤児院の方を御存知ありませんか? 名前のリストがここに‥‥」
 ですが、私とて傭兵です。勇気を出して声をかけませんと。
 私達は、広い避難所を歩き回り、若者や顔の広そうな方を中心に、数え切れないほどの人に尋ねて回りました。それから一時間程でしょうか‥‥ようやく、彼らの居場所を知る方を見つけたのです。
 その方が案内して下さった仮設住宅の一室には、若い女性がお二人と、5歳くらいまでの子供たちが六人、跳ね回っていました。
「リアム?」
「まあ、リアムなの! ああ、良かった。元気にしているのね」
「ケイト先生、オリガ先生、お久しぶりです」
 先生方、嬉しそう。子供たちも、リアムさんを覚えているようです。
 けれど、気のせいでしょうか? リアムさんの方が‥‥その、他人行儀に振舞っているような‥‥?
「他の先生や、他の子たちは?」
「それが、いくつかの避難所に分かれてしまっているの。大所帯なものだから‥‥」
「リアム、軍隊に入ったんでしょう? 急にどうしたの?」
 先生に尋ねられて、リアムさんは少し黙ってしまいました。
 ああ、そうでした。確か彼は、追い出されるようにして軍に志願したのでしたね。
「リアムの両親のお墓を探してるんだヨ。先生達、何か知らナイのカナ?」
「両親の‥‥?」
 なんでしょう? 先生方が言葉を濁してしまいました。

「この住所に、院長先生たちが避難しているわ。そこへ行きなさい」

 結局、ここで私達が得た情報は、住所を書いた紙一枚だけでした。


●鈍名 レイジ(ga8428
 痛ぇ。最悪だ。
 なんだってこんな時に、重体喰らっちまうんだか。
「レイジ、大丈夫? 辛いなら無理しちゃダメだよ?」
 助手席のトリシア・トールズソン(gb4346)が、季節感無視で着込んだ俺を見上げてる。
「心配ねぇさ。痛み止めも効いてる。それに、運転ってのは、座ってやるモンだからな」
 いや、嘘だな。普通に痛ぇ。
 だが、これも仕事だ。引き受けちまった以上、重体でもやれることはやっとかねぇとな。
 俺達は事前調査で、シェルターから帰宅した家族に会った。そこに、トレイシー・アン孤児院の面子が何人かいたって話だ。他班と相談して、俺達の最初の目的地はそのシェルター、ってことになったんで、そこに向かってる。
「リアム‥‥記憶力、結構良いよね」
 トリシアさんが見てんのは、リアムが書いた名前のリストだ。
「数年一緒に暮らしたんだぜ? 名前ぐらい覚えるってモンだろ」
「そうかな。私の父は傭兵だったから‥‥ひとつの所に長くいたことないんだ。だから、よくわからないけど」
「トリシアさん‥‥そっか、俺の名前覚えてんのは、奇跡ってやつか」
「もう、違うってば。戦友のこと、忘れるわけないよ」
 わざとマジな口調で言ってみたら、トリシアさんは膨れっ面で抗議してきた。
「‥‥私は、父も母も死んじゃったし。墓も無いし」
 ちっさい背中をシートに押し付けて、トリシアさんが言う。
「だから‥リアムの旅に協力しようと思ったんだ。私には、もうできないから。‥この旅を。実りあるものにしたいんだ」
「家族がいない人は今時珍しくない。でも、普通だとは思えない。事情は人それぞれ、どう感じるかも人それぞれ、ってな」
 ‥‥俺も含めて、な。
 ジーザリオの前に立ち塞がる、倒れた鉄骨を見て、俺はブレーキを踏んだ。
「俺は色々失くして動けなくなっちまった時、何かを見つけるまで強い力に流されたくて傭兵になったんだ。多くを見て、知って‥お陰で良くも悪くも退屈しないぜ、今はな。‥ゆっくり見守ってやろうぜ」

 ま、手始めに、だ。この鉄骨でも相手にするか。
 豪力発現の出番ってやつさ。


「あ、この写真の人、知らない? それから、トレイシー・アン孤児院の人を探してるんだけど」
「さあ‥、しらなーい」
 シェルターでの聞き込みは、特に相手が子どもの場合、トリシアさんに頼んだ。俺はご覧の有様。初対面の人間に、どっちが好感持たれるか、って話だ。
「手間かけて悪ぃ。だが‥‥中々、思ったようには見つからねぇな」
「ここも広いからね。留守の人も多いみたいだし‥‥」
 トリシアさんの言う通り、このシェルターの人間は留守がちだった。
 そもそもここは避難所ってか、防空シェルター的な造りで、山の斜面の入口から地下に入る感じの空間だ。中は広ぇし、照明も設備も最新でしっかりしてるが、それでも地下ってだけで気が滅入る。外に出たくなる気持ちはわからねぇでもないぜ。
 内部を歩き回って、俺達は、擦れ違う人間ほとんど全てに、リストとリアムの写真を見せて聞き込みを続けた。
 ハズレだったか‥‥そう思い始めた途端、アタリを引くのが、この世の面白れぇトコってもんだ。
「これは‥‥リアム・ミラーかしら?」
「そうです。知ってるんですか?」
 トリシアさんが偶々声をかけたのは、孤児院の先生の一人だったらしい。
 圏外ってことで一旦外に出て、他班に連絡してみるが、それぞれ第一目的地を捜索中で、すぐには来れねぇって返事だった。
 俺達は、ソフィー先生、ってその人に、リアムの担当だった先生の居る部屋まで案内してもらうことになった。


「リアムの両親の墓の場所、ですか?」
 ここには三人の先生と、10人の子供達が避難してる。そのうちの一人、ロイド先生って男の先生が、リアムの担当だったらしい。
「本人が知りたがっているんですね?」
「そうです。だから私達が手伝ってて‥‥」
 ロイド先生の表情が、微妙に曇る。
 やっぱりな。これは何かあるぜ。
「孤児院に預けられ両親が死んだ事は伝えられてる。なのに墓の事が伝わってないのは何故だ? 理由を知ってる人はいないか?」
 俺がずっと疑問に思ってたことだ。尋ねられた先生達は、何かを迷ってるようにも見える。
「メトロポリタンX出身だからでしょ?」
 不意に、ソフィー先生の隣で聞いてた10代ぐらいの少女が、口を挟んできた。
「あたし、院長先生たちが話してるの、聞いちゃった事あるもん」
「バーバラ!」
「‥‥なるほどな」
 メトロポリタンXか。それなら頷ける。
 墓参りなんてできっこねぇし、最悪、墓もねぇからな。
「‥‥‥これ以上は、院長先生からお聞き下さい。これが住所です」
 
 俺達は、院長先生の居場所を書いた紙を渡されて、シェルターを出た。
 いや‥‥あの、バーバラとかいう子どもからも、手紙を託されてるんだがな。

『あたし、他の子と間違えて、リアムのベッドに兵士募集のチラシ置いちゃったの! ごめんね、って言っといて!』

 ‥‥‥なんてこった。


●愛梨
 掲示板を見た人から連絡があって、あたしと珠美が二つ目の避難所に向かってる時だったわ。
 時間にズレはあったけど、二つの班から、あたし達が向かってる避難所に院長先生がいるってメールが来たの。
 あたしは悪路に車を諦めて、ミカエルの後ろに珠美を乗せて現地に急行したわけよ。

「何のために生きてるかって? そりゃ、死にたくないからよ。死ぬのは怖いわ。悲しむ人もいるしね」
 皆と合流して、あたしとリアムはまた、話をしたわ。
「‥あんたには、悲しんでくれる人がいないの? やりたいこと‥もないんだ。何にも持ってないのね」
「‥‥‥」
「‥‥とりあえずもう少し歩いてみようぜ。悟って自分に見切りをつけるのは、それこそこの世の全てを見てからでも遅くないさ」
 レイジが歩きながら、リアムを振り返る。そういえばさっき、リアムに何か渡してたわね。
「いいわ、仕方ない。あたしが友達になってあげるわよ。感謝しなさい」
「なんでそんな上からなんだよ」
 あら生意気ね。ムッとした顔するなんて。
「いいわよ、そのうち後悔するんだから」
 そうよ。だってあなた、可哀想すぎるじゃない。
 最後まで付き合ってあげたくもなるわよ。


「そう‥‥ご両親のことが知りたくなったのね」
 院長先生は、おばあちゃんだったわ。
「僕の両親の墓は、メトロポリタンXに?」
「ええ、そうね。お母様のものはね。‥‥あなたは、もうお金を稼いで一人前になったのだから、私達も本当の事を言いましょう」
 優しく、語りかけるように話す人だった。
「ロバート・ミラー大佐を、御存知?」
「お名前だけは‥‥え?」
「その方が、あなたのお父様よ。あなたと離れ離れになってでも、お父様は最後までメトロポリタンXを護らなければならなかったの。養子縁組に差し支えるから、ご自分は死んだことにして欲しいと‥‥そう仰ったわ。あとの事は、ご本人からお聞きなさい」
 リアムのお父さんが、生きてる? 
 あたし達は、彼女の話に顔を見合せたわ。
「リアム、あなたの信じる道を生きなさい。そして、いつでも帰っていらっしゃい。‥‥私達もまた、あなたの家族なんですから」
「‥‥‥‥」



「少しでも役に立てたカナ?」
 空港までの道で、ラウルの問いに、リアムは無言。
 死んだと思ってた親が生きてたり、それがUPC軍の大佐だったり。
 まあ、混乱するわよね。
 だけど、得るものは情報以外にもあったんじゃないかしら?

 ‥‥辛いことも多いけど、生きる楽しみは自分で見つけるの。
 気の持ち方で、色々と変わるもんよ。ね、そうでしょう?