タイトル:【神戸】Limit Breakマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2009/10/27 07:10

●オープニング本文


 鳴り止まぬ雨音が、闇と静寂の中に木霊する。
 吹き抜ける風の音も、木々のざわめきも、そのどれもが遠く、手の届かぬ世界のものと感じられる。
 幾度となく日が沈み、月が昇る。
 何度も繰り返される光と闇の中、彼はただ、傷が癒える時だけを待ち焦がれていた。
「‥‥『お前』が死んだ時も、こんな気分だったな‥‥」
 先の無い左肘を撫で、奏汰は呟く。『奏汰』に向けて。
 冬の海に投げ出された脱出ポッド。僅かな亀裂から染み出す海水が、ゆっくりと、緩慢に命を奪って行った。
 その時の恐怖を、絶望を、そして強い恨みを、奏汰は今でも『覚えて』いる。
 
 窓の外に感じる、何かの気配。
 奏汰は重い腰を上げ、残る右手で武器を取る。
 幾日を過ごそうとも、助けとなる者が現れることはなかった。
 ならば全てを、自らの手で斬り捨て、切り拓くのみ。


    ◆◇
 2008年1月。名古屋防衛戦が終結を見せ、ウランバートルからの遠征軍に応戦したUPC軍、そして傭兵達は、ここ兵庫県に於いても確実な成果を見せていた。
 だが、時を空けず再来したバグアの軍勢は悉く人類の防衛網を破り、県北西部をほぼ占領。兵庫戦線は混乱を極めた。
 上月 奏汰が命を落としたのはそんな時のことだったと、ヴィンセント・南波(gz0129)は、傭兵達の前でそう語った。
 日本海上空に現れた数機のヘルメットワームから豊岡を守るべく、6名のULT傭兵達が、南波の指揮のもとに基地を飛び立った。当時、ヘルメットワームは1機でも相当な脅威であり、戦場には独特な緊張感が張り詰めていた。
 だが、奏汰だけは違った。
 生来の闘争心か、それとも他者を圧倒するその実力がそうさせたのか、今となってはわからない。
 ただ言えることは、彼が作戦を無視し、南波の命にも従わなかった結果、彼以外の者が危険に晒されたということだ。
 他者を囮に、そして盾にしながら自らの功を求めた彼は、戦いの中で2機の僚機が墜ちようと、意にも介さなかった。
 南波は撤退を決め、戦闘を継続しようとする彼の進路を妨害し、戦域から強制的に離脱させようと試みた。

 まさか彼が、僚機の射線に入ってでも撤退を拒むとは、思わずに。

 ULT傭兵・琳 思花(gz0087)のバイパーから放たれた2つのミサイルは、遠くのヘルメットワームではなく、至近に突然現れた奏汰の機体を爆裂させた。
 奏汰は機体とともに日本海に墜ち、そのまま発見されることは無かった。
 UPCとULTは、上月 奏汰を戦死したものと見做し、処理を行った。指揮官であった南波は、状況を証言した複数の傭兵や正規軍人のお陰で降格だけは免れたものの、軍内部での糾弾と冷遇はその後、彼が自力で通常以上の戦果を上げ、名誉を挽回し昇進を果たすまで続いた。
 奏汰の実弟は失踪し、その恋人であり仲間殺しの汚名を着せられた琳 思花は、傭兵を辞し、LHを去った。
 奏汰の残した禍根は多く、だが、それでも彼が南波たち仲間の手によって殺害されたことには変わりない。
 彼がバグアの精鋭となって再び姿を現した後には、せめて強化人間であれと身勝手な願望が頭を擡げた事もある。
 同時に、強化人間であれ、バグアであれ、泰汰が兵庫UPC軍にとって倒すべき相手だという事も、理解していた。
 ただ、自分にとって都合の良い可能性がひとつ消えただけだと、南波はそう呟いた。


 ULT傭兵部隊の力を借り、佐津地区の奪還に成功したUPC軍は、周辺のキメラ掃討とともに、キメラ製造施設制圧の際に逃走した兵庫バグア軍副官・上月 泰汰の追跡を行っていた。
 地区内は勿論、周囲を取り囲む山々までも虱潰しに捜索し、五日後、佐津からそう遠くない山中に、それらしき痕跡を発見する。
 だが、捜索隊はその報告を最後に一切の消息を断ち、二度と帰ってくることは無かった。
 そして翌日、兵庫UPC軍は、ヴィンセント・南波大尉を指揮官としたULT傭兵部隊を再び召集。
 ――上月 泰汰の抹殺を命じた。


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●依頼内容
・兵庫県北部の山中に、前回の佐津奪還作戦にて重傷を負った兵庫バグア軍副官・上月 泰汰が潜伏しています。
 これを抹殺して下さい。

●参加者一覧

平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
アーサー・L・ミスリル(gb4072
25歳・♂・FT
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

「静かなもんやな。もっと爆音立てた方が、キメラの気ィ引けたやろか?」
「キメラの気は引けても、奏汰も気付きやがるです」
 SKには初搭乗の烏谷・小町(gb0765)が地上を窺いながら言うと、操縦席のシーヴ・フェルセン(ga5638)が、そう答えた。
「――上月奏汰と空で決着付けられんかったのは残念な気はするけど‥そこはしゃーないか」
 鍛えに鍛えた愛機があの暗色のHWに打ち勝つ瞬間――それを見る事はもう無いのだと、彼女は複雑な表情で視線を落とした。


「キメラの影は無い。SKに気を取られているか‥‥だが、警戒が必要だな」
 運転に支障を来す程の霧ではない。それでも、左右の林の中はぼやけて見える。ランドクラウンの運転席で、藤村 瑠亥(ga3862)が目を細めた。
「負傷したヨリシロ討伐か。‥‥そういうのに縁があるね」
 後部座席の赤崎羽矢子(gb2140)が、苦笑を洩らす。アーサー・L・ミスリル(gb4072)は、そんな彼女の表情をチラリと見て、口を開いた。
「手負いを追い込んで倒す‥‥気分的に難しいな」
 壊れたロケットを、胸元で弄る。
「俺はちゃんとやれるかな、応えは返って来ないけど」
「上を見なくていいよ。いつもちゃんとやってると思うから」
 ヴィンセント・南波(gz0129)の声に、アーサーが顔を上げた。相手の顔は窓の外に向いて、目が合うことはない。
「‥‥今日も、頑張るよ」
 朝の山は静寂に満ち、エンジン音だけが大きく響き渡っていた。
「――上月奏太が亡くなった時の事、ですが」
 顔を伏していた赤宮 リア(ga9958)の、長い赤毛が揺れる。
「‥‥南波大尉や思花さんは何も悪くないと思います。どうかあまり気に病みません様に‥」
 車内に沈黙が落ち、南波はリアを見返した。
「‥‥ありがとう、リア。‥でも、そうだな‥多分、俺の指揮能力不足はあったと思う。それに」
 そして、暫く言葉を選んだ後――彼は少し笑う。
「思花より先に、俺が撃ち墜とせばよかった。そんな風にも思う時まであるよ」


「‥‥もう、終わりにスル」
 ラウル・カミーユ(ga7242)の脳裏に浮かぶのは、恋人の顔。バックミラーの中にランドクラウンを見つめ、手元の弓を握り締める。運転席の鈍名 レイジ(ga8428)は、黙してハンドルを握っていた。
 そこへ、ランドクラウンの南波から無線が入る。
『あと10分で現地に着く』
「了解。あいつには煮え湯を飲まされたからね‥‥今度こそ引導渡してやるわ」
 ジーザリオの助手席に座り、冴城 アスカ(gb4188)は、愛用の銃を念入りに磨きながら返事をした。
『頼もしいね。‥‥‥けど、先に言っとくよ』
「何を?」
 ラウルの問いに、南波は一拍だけ間を置いて、告げる。
『――もし、これ以上は無理だって判断したら、俺が何とか隙を作る。立ってる人は、怪我人連れて逃げて欲しい』
「わかりました。大尉が作った隙に突っ込んで、ヤツを全力で殺せばいいんですね」
 即座にそう切り返したのは、平坂 桃香(ga1831)だった。
『いや‥‥』
「私はそうしたいんですよ。命令違反したくないんで、先に言っときます」
『う〜ん‥』
「南波さん」
 それまで黙って運転していたレイジが、口を開いた。
「俺が出来る事は最後まで目一杯力を貸すだけだ。だからこそ、一人で無茶はさせやしない」
『‥‥‥』
「大丈夫よ、やってみせるわ。――ほら、戦闘開始よ」
 アスカが桃香と目を合わせてニッと微笑み、窓を開ける。
 霧空に浮かぶ3つの影。鳥キメラだ。

 弓弦が震え、光線と銃弾が空を切り裂いた。


    ◆◇
 強風と共に広場へ降下を開始したSKを囮に、傭兵達は山林沿いにキャンプ場を駆け抜ける。
 飛び出してきた二頭の狼が、SKの放ったヘルファイアの威力に耐え切れず燃え尽きた。
 途中、桃香が暗視ゴーグルを使って二箇所のロッジを窓から覗き込んだが、生物の気配はない。
「‥‥カーテン、か。閃光手榴弾を使うなら、それに追随しよう」
 瑠亥が立ち止り、振り返る。
 奏汰が潜伏していると思しきロッジ。南側に一つだけある窓にはカーテンが掛けられていた。
「待って下さい。――南波大尉」
 リアが仲間を制し、南波の袖を引く。渡されたメガホンを口元に持ち、彼はロッジ内部へと呼び掛けた。
『上月、いい加減に出て来い。お前もバグアなら、人間に負けたまま逃げたくはないだろ』
「――家畜如きが、知ったよーなクチきいてんじゃねーよ」
 怒鳴るでもなく、聞き覚えのある声が返ってくる。
 9人は目で合図をすると、窓側と玄関側に別れ、羽矢子とラウルは閃光手榴弾のピンを抜いた。


「突入するよ!!」
 残り3秒。羽矢子の銃がドアに穴を穿ち、ラウルの左肘が窓ガラスを割った。
「――っ!? バリケード!!」
 ドアの穴へと投げた閃光手榴弾が、その向こうに立てられたベッドのマットレスに弾かれて玄関前に落ちる。羽矢子の声に反応し、リア、瑠亥、アスカ、桃香の四人も目と耳を塞いで顔を背けた。

 割れた窓の中から溢れ出る光と音の洪水。
 皆、その場で目と耳を庇い、自身を護る。
 ――ラウルを除いて。
 閃光手榴弾が炸裂する直前、窓を突き破って外へと躍り出た黒い影。光から顔を背け、自分へと向けられた白刃を、ラウルは反射的に身を捩って回避しようとする。
 激痛を覚えて飛び退った彼の首元には、赤い傷がつけられていた。
「赤崎! こっち!」
 南波が別班を呼び、奏汰とラウルの間に割り込んでいく。白刃がレーザー光へと変質し、彼の脇腹を灼いた。次いで豪破斬撃を発動したレイジが敵の右腕を狙い、コンユンクシオを振るう。木陰まで移動したラウルがスキルを乗せた矢を放ち、迫る三つの武器に対して回避行動を取った奏汰は、避け切れずにレイジの剣を胸に受けた。耳に閃光手榴弾の影響を受けているのか、微妙に反応が遅い。
(「本物を知らない俺にとってはコイツの方がずっとリアルだってんだ‥可笑しな話だぜ」)
 レイジは再び大剣を振り上げ、足を踏み出す。
(「あれこれ考えたって答えを出せる程俺は利口じゃない‥いいさ、俺は迷う事を迷わない。だから‥」)
「見せてみやがれ、あんたの全てを!」
「こっちだ! 避けられるもんなら避けてみろ!」
 彼と同じく右腕を狙い、アーサーが雲隠を手に急所突きを放った。切先が奏汰のFFを貫き、僅かに逸れて肩甲骨の上を裂く。大剣を片手持ちの実剣で受け流した敵は、そのまま腕を振り上げ、レイジの上体を大きく斬り裂いた。
「奏汰、お前の存在は苦しみしか生まない。そろそろ消えようヨ!」
 ラウルの矢が再び飛来する。右肩を狙ったそれは影撃ちと急所突きの威力を持ち、ギリギリでかわした奏汰の背を傷つけた。
「いちいちうるせぇ奴らだぜ‥‥! てめぇらが消えろ!!」
 低い咆哮とともに二頭の白虎が隣のロッジの陰から飛び出してくる。
「皆はバグアを! さあ来い、俺が相手になってやる!」
 南波を狙ったキメラの炎弾をその身で受け止め、アーサーが二頭の前に躍り出た。豪破斬撃と急所突きを組み合わせた直刀が白虎の胸を突き、その毛皮を赤く染める。そして、もう一頭が彼へと飛び掛かったその瞬間、飛来した矢が低音とともにその脇腹を貫き、敵を地面へと叩き落とす。
「わたくしもこちらを! 早く片付けましょう!」
 別班のリアが、ロッジの角に半身を隠しながら洋弓を引いていた。
「この数を相手にして、無事でいられると思うか?」
「バリケード作るなんて、結構ビビッてるんですねぇ」
 別班の瑠亥と桃香の二人が攻撃に加わる。二刀小太刀を抜き放ち、腕の無い左側から接近する瑠亥。桃香の瑠璃瓶が火を噴き、5発の弾丸が奏汰を襲う。
「――ぐっ‥」
 かわし切れず2発をその身に受け、呻く奏汰。瑠亥の小太刀が霧の中に舞い、一刀が右肩に深く突き刺さった。
 瞬天足を発動したアスカが奏汰の眼の前に飛び込み、真正面から蹴りを放つ。避けもせず体で受け止めた相手の側面に回り、至近距離で銃の引金を引いた。
「ハァイ、会いたかったわ奏汰クン♪ いい女の脚で蹴られる気分いかが?」
「別に」
 体を揺らして回避した奏汰に、アスカは僅かに眉を歪めて二撃目を放つ。舞うようにステップを取る彼女を敵の剣が追い、切り裂く――その時、冷静に射撃のチャンスを窺っていた羽矢子のエナジーガンが、光条を生んだ。
 奏汰の右肩を光線が襲い、そこに残る上腕ごと吹き飛ばす。
 そして、思わず右を向いた彼が目にしたのは、キメラを片付け山林側に移動した、リアの姿だった。
「こうして直接顔を合わせるのは初めてですね‥赤宮リアです!」
「てめぇか‥‥赤宮!!」
 リア、そしてラウルの矢が、奏汰の脇腹に突き刺さる。
「アレ使うわよ!」
 アスカが投げた黒い物体に動きを止めた奏汰目掛け、南波、レイジ、瑠亥、アーサーが殺到した。必死に受け止め、かわそうとする彼の背後に、単なる黒い石がぽとりと落ちた。
 前衛が離れた瞬間、羽矢子のエナジーガンと桃香の瑠璃瓶が発射される。
 そして最後に、コンユンクシオが空を薙ぎ、奏汰の右腕がぼたりと落ちた――。
 
「ヨリシロってのも大した事無いのね」

 馬鹿にしたような、アスカの呟き。
 投げ放たれた本物の閃光手榴弾が炸裂する直前、奏汰が吼えた。

「人間が――ナメてんじゃねえぇぇぇーーーーッッ!!!」



「‥‥竜人‥?」
 桃香が目を開けると奏汰の姿はなく、目の前に現れたのは――漆黒の鱗と鋭い爪を生やした腕を持つ、半人半竜の生物。
「‥‥気をつけろ。腕も再生している」
 瑠亥が小太刀を構えたまま、低い声で警鐘を鳴らした。
「調子乗ってんじゃねぇよ‥‥クズどもが‥!」
 羽矢子が異変を感じ、一旦皆を退かせようと口を開けた瞬間、竜人は憎悪に満ちた声音で言葉を発した。
「危な――!」
「てめぇらだけはブッ殺してやる!!」
 竜人――奏汰が、先程までとは比べ物にならない疾さで前衛へと突っ込んでくる。彼を中心に猛烈な衝撃波が生じ、円形に膨れ上がってレイジ、南波、瑠亥の三人を数十メートルも吹き飛ばした。
「急に速く‥! 閃光の効果を受けて、なお‥!?」
 リアとラウルがそれぞれにスキルを発動し、矢を放つ。だが、奏汰はそれらを腕の一振りで叩き落とすと、逆に闇色の球を撃ち放った。着弾とともに全身から力が抜け、リアが膝を着く。だが、攻撃を受けてなお矢を射ち返すラウルを見て、彼女は再び矢を番えた。
「あたしが注意を引くから、隙を見つけたら急所に攻撃を集中させて」
 桃香、アーサー、アスカにそう言い置いて、羽矢子がハミングバードを抜く。
「聞いたよ。命令無視した挙句味方の射線に突っ込んだんだって? それがバグアに憑かれてまで帰って来て言うことが恨み節かい。そんな小さな男、南波や思花の手を煩わせる迄もない。あたしがあの世に送り返したげるよ!」
「‥俺は『上月奏汰』じゃねぇ。カンチガイすんなよ、クズが」
「――っ!」
 気付けば、羽矢子の眼の前には奏汰が居た。咄嗟に身を翻した彼女の腹に、鋭い爪が潜り込む。
 羽矢子が瞬速縮地を発動し一旦後ろに逃れると、機動力を上げた桃香が瞬天足を使い、背後から奏汰を狙い撃った。だが、黒い鱗が宙を舞うのみ。
 痛みを堪えた羽矢子が再び接敵して突きを放つ。敵が右手でそれを受け止めた瞬間の隙を狙い、スキルを発動して左右から接近するアーサーとアスカ。しかし――
「く‥‥っ!」
「うあ‥‥!」
 刃が、銃弾が届くより速く、奏汰の手は羽矢子の剣を弾き、アーサーとアスカの胸を貫いていた。
 その場に崩れ落ち、血塊を吐き出す二人を見て、リアが声を上げる。
「南波大尉! 皆様! 一旦撤退致しましょう!」
「リア‥‥」
 南波は、他の傭兵達を見回した。
 瑠亥の小太刀が奏汰に届き、鱗を飛ばす。突き出された爪が彼の皮膚を大きく抉り、限界突破を発動して辛うじて後退していた。羽矢子が細剣を振るって敵の気を引き、その隙に桃香が背後から銃撃を仕掛ける。レイジは、倒れた二人を運び、応急処置を施して戦闘に復帰しようとしていた。

 目を離せば、奏汰が逃走してしまう可能性がある。
 撤退すべきか、否か。

「負けられ‥ナイ!!」
 ラウルが叫び、何本目になるか分からない矢を放った。急所突きを乗せたその一本の矢が、レイジのソニックブームに気を取られていた奏汰の左目に命中する。
 奏汰の絶叫を聞いて、南波は立ち上がった。
「撤退はしない! 全力で上月を倒せ!」

 皆、持てる力の全てを注ぎ、戦い続けている。
 そこからは、撤退の意思など感じられなかった。

「かしこまりました。では、全力を以て打ち倒しましょう!」
 眼球ごと矢を引き抜いた敵に、リアの放った弾頭矢が命中する。爆発とともに右の腹の鱗が吹き飛び、そこにうっすらと血が滲むのが見えた。
「そこだ!」
 レイジがソニックブームを放ち、奏汰の眼前に突っ込んでいく。南波の黒爪が側面から注意を引いた瞬間、レイジの大剣が赤く輝き、敵の腹目掛けて突き出された。
「ぐ‥‥がああああああああああッッ!!!」
 奏汰が苦悶の咆哮を上げ、両の爪をそれぞれ南波とレイジに突き立てる。レイジは大剣を敵の腹深くに残して倒れ、南波も膝をつき、動けなくなった。
「そろそろ倒れましょうよ!」
 月詠を抜き、前衛に出た桃香が、先程自分が鱗を飛ばした部分を狙って攻撃を加えるも、かわし切れない斬撃が彼女の肌を引き裂いた。そこで、瑠亥が敵の左斜め前から小太刀の連撃を加え、さらに、その腹に刺さったままの大剣を力の限り引き抜く。
 夥しい量の血が噴き出し、奏汰は悲鳴を上げながら瑠亥を殴り飛ばした。瑠亥の胸の中で肋骨が砕ける音が鳴り響く。
「もう、あんたも終わりだね」
 よろめく奏汰に、羽矢子が細剣を突き出す。腹の傷口に刺し込まれたそれは、爪を突き立てられた彼女の最後の力を受けて、体内から敵の皮膚を大きく切り裂いた。
「が‥‥っ‥許さ‥ね‥」
 羽矢子を巻き込み、奏汰がその場に膝を着く。

 その右目をリアの矢が貫いたのは、ほんの数秒後のことだった。


    ◆◇
 基地に運ばれ、透明なケースに入れられる奏汰の遺体。
 アスカとアーサーは応急処置の甲斐あって意識を取り戻し、瑠亥も命に別条はない。だが、南波、レイジ、羽矢子の意識は戻っていなかった。
 滑走路の脇で泣くリアに、桃香が声をかける。
「何泣いてるんです? 皆きっと大丈夫ですよ」
「‥‥上月兄弟のことを考えておりました。少し‥同情、してしまいます」
 桃香がハンカチを差し出すと、彼女は赤く腫れた目で顔を伏した。
「早く、終わればいいのにネ。‥‥こんなの全部‥‥」
 ラウルの視線の先には、戦闘機が並ぶ滑走路。戦いは、まだ終わっていない。

 その時、兵士と科学者たちから、どよめきが起こった。
 透明なケースの中に横たわる、奏汰の遺体――それが、パシン、と小さな音を立てて砕け散ったのだ。

 奏汰の破片はケースの中を舞い、やがて――消えた。