タイトル:恋の島キャンプツアーマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 20 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/11 23:59

●オープニング本文


 大規模作戦――通称【Woi】も五大湖を除いて終結を迎え、予備戦力として戦場へ駆り出されていたUPCキメラ研究所の能力者たちも、ようやく本来の業務に戻る事が出来た。
 デスクに向かい、溜まりに溜まった書類の山と戦っている琳 思花(gz0087)も例外ではなく、研究所を離れていた間の遅れを取り戻そうと必死であった。
 そんなある日。

「じゃんっ☆」
「‥‥何コレ」

 同僚のシンシア・バーレンが差し出した回覧板を受け取り、ボソリと呟く思花。
 シンシアは、妙にテンション高く腕を振り上げ、
「サンタカタリナ島キャンプツアー、モニター募集のお知らせよ! 来るわよねっ!?」 
 力いっぱい誘った。
「‥‥サンタカタリナ島って‥‥」
 大規模作戦の舞台になったところじゃ、と思いつつ、思花は回覧板に目を通す。


『サンタカタリナ島キャンプツアー、モニター募集!

 UPCキメラ研究所スタッフの皆様へ(特に、今、一人でこれを読んでいるアナタへ)

 暑い夏、いかがお過ごしでしょうか。
 ふっ‥‥こんなもんを読んでいるということは、どうせ一人なんでしょう。
 カップルなんてこの世から消えればい(ry
 ――まあ、それはそれとして、この度、サンタカタリナ島キャンプツアーを開催する運びとなりました。
 別に他意はありません。一人で寂しかったから、とかじゃありません。勘違いしないでよねっ!
 
 主催は、私の父が経営するホテルチェーンです。
 大規模作戦の影響で改築が遅れていたロスのホテルも、ようやく工事再開となりました。
 ただ残念なことに、ロサンゼルス解放戦、シェイド討伐戦と、ロスでの戦闘が相次いでいることにより、今後観光客の増加が見込めるかは微妙なラインです。
 そこで、父が目をつけたのは、先日解放されたサンタカタリナ島。
 ロサンゼルスから一時間前後、コバルトブルーの海にジャイアントケルプの林、トロピカルフィッシュの群れ、豊かな緑に恵まれたリゾートアイランドです。道中の海では、イルカやクジラも見られる素敵な島です。
 ホテルの宿泊客が参加できる格安アイランドツアーとして提供すれば、きっと人気が出るはずです。
 なので、今回はその下調べとして、皆さんに島で遊んできて欲しいと思います。
 皆で泳ぎまくり飲みまくり食べまくり暴れまくり、夏の暑さとともに、日頃の鬱憤を発散しようではありませんか。
 一人参加OK、カップル可。
 
 シンシア・バーレン』


「‥‥これは‥‥」
 どこかで見たような前半部分の文面に、もはや同情すら覚えて唸る思花。
「もちろん行くわよねっ! だって、あの島ってまだ未整備で、能力者の付添がないと私、入れないんだもん♪ あ、もちろん前回の飲み会みたいに、ULTの傭兵も呼んどいたわよー」
「‥‥でも私‥仕事があるし」
 そう言い返されても、決してめげないのがシンシア・バーレン。
「ひどいわ思花。そうやって三十路女のチャンスをどんどん奪って行くつもりね。女の友情なんてそんなもんよね。自分はもう幸せだから他人を顧みたりしないのね。わかってるのよ女なんて――」
「‥‥‥‥」
 めそめそと泣き崩れるフリをするシンシアを、うるさいな、と溜息混じりに見下ろして――

「‥‥わかった」

 思花は、負けた。
 ほんと? と顔を輝かせるシンシアの眼前に、ドスン! と膨大な量の書類を落として、言った。
「‥‥行っても良いけど‥‥半分やってね」

●参加者一覧

/ 水上・未早(ga0049) / ベル(ga0924) / ロジー・ビィ(ga1031) / 叢雲(ga2494) / 漸 王零(ga2930) / 忌咲(ga3867) / 雪村・さつき(ga5400) / 不知火真琴(ga7201) / ラウル・カミーユ(ga7242) / ブレイズ・S・イーグル(ga7498) / 鈍名 レイジ(ga8428) / 紅 アリカ(ga8708) / 芹架・セロリ(ga8801) / ジェイ・ガーランド(ga9899) / 赤宮 リア(ga9958) / 紅月・焔(gb1386) / 芝樋ノ爪 水夏(gb2060) / 蒼河 拓人(gb2873) / 獅子河馬(gb5095) / 結城悠璃(gb6689

●リプレイ本文

「なんてぴこハン日和でしょう! 楽しみですわッ」
 カラリと晴れた空を見上げ、ロジー・ビィが手にしたブツで船体をピコピコ叩いて心躍らせていた。その隣でドキドキしながら海面を見つめ、イルカ待ち中の不知火真琴と、デッキの椅子で読書しつつ居眠り中の叢雲。
「思花さん、お久し振りで御座いますね。お元気そうで何よりと存じます」
「‥ジェイさん、アリカさん‥‥久し振り。相変わらず、仲良さそうだね‥‥」
 ジェイ・ガーランドと紅 アリカの二人に声を掛けられ、思花は顔を上げた。
「何か月振りかしら‥‥。そちらこそ、仲が良さそうで何よりだわ‥」
「え‥‥うん、まあ‥‥」
「うん♪ 遠距離恋愛だカラ、たまには、ネ!」
 思花の手をしっかりと握り、御機嫌なラウル・カミーユ。アリカはその様子に少しだけ顔を綻ばせ、自らの伴侶をそっと見上げた。
「思花さん、ラウル君。御報告が御座いまして。――実はお恥ずかしながら、先日結婚致しました」
「えっ、そなの? オメデトー!!」
「おめでとう‥‥! そうなんだ‥‥またLHに行ったら、お祝い持って行くね‥」
 盛り上がる四人。ちなみに、遠くで嫉妬の神と化しているシンシアには、誰も気付いて居ない。
「有難う御座います。夫婦共々、これからも宜しくお願い致します。――おや」
 軽く頭を下げるジェイとアリカ。そこへ、もう一組の新婚夫婦がやってくる。
「皆様、今日は♪ いいお天気ですねっ!」
 赤宮 リアと漸 王零の二人であった。
「思花さんは、結婚祝賀会に来て頂いて、ありがとう御座いました♪」
「今日は、リア‥‥漸さんも。新婚旅行‥?」
「ああ‥‥モニターとは言え、中々こういった機会は無いからな‥」
 リアの隣に寄り添い、王零が頷く。リアは、ジェイやアリカにも結婚の挨拶を済ませると、おもむろに思花の耳に口を近づけた。
「思花さんとラウルさんは、まだなんです?」
 動きを止める思花。リアは悪戯っぽく笑い、答えを促す。
「‥‥えと‥そういう話、した事なくて。‥‥まあ、仕事辞めないと無理だしね‥」
「お仕事ですか‥‥。あ、でも、したい気持ちはあるということですね♪」
「そ‥そんな事言ったかなぁ‥‥!?」
 からかうリアに、思花は、ぼわ、と急に赤くなって小声で反論する。何となく内容が聞こえた気がしないでもないが、ボソボソと内緒話をする二人に、ラウルが口を挟んだ。
「ねー、何の話ー?」
「「いいえ、何でも」」
 妙に息の合った返事をする二人。
 その時、急にフェリーの速度が落ち、デッキの片側で、わぁっと歓声が上がった。
「皆様、どうやらイルカの登場のようで御座います。行こうか、アリカ」
「ええ‥‥」
 アリカの手を引き、ジェイがデッキの縁へと向かう。残る4人も急いで席を立った。
「未早さん、見て下さい。バンドウイルカですよ」
 フェリーと並走して泳ぐ四頭のイルカ達を指差して、ベルが水上・未早を振り返る。未早はワンピースを海風になびかせ、海面スレスレに見える丸っこい背中を夢中になって見下ろしていた。
「凄い。イルカって、こんなに速いんですね‥」
「あ、あっちにも」
 ベルの声に未早が顔を上げた瞬間、少し離れた海で一頭のイルカが華麗なジャンプを決める。
 歓声と拍手の中、ベルは恋人の嬉しそうな横顔を見つめ、安堵したかのように肩の力を抜いた。未早が楽しそうにしてくれる事が、彼にとっては何よりも喜ばしいことなのだから。
「むーらーくーもーーーッ!! イルカさん達見ないの? もう、行っちゃうよ?」
「ううーん‥‥あと5分寝かせて下さい‥‥」
 真琴に服を引っ張られ、叢雲の顔に載っていた文庫本がズリ落ちる。
 ぼた、と叢雲の上半身が並んだ椅子の上に落ち、そのまま再び居眠りタイムへと突入して行ってしまった。
「もー、仕方ないなぁ。ロジーさん、見に行きましょうっ」
「ええ。でも、叢雲は後で水鉄砲の刑ですわねっ♪」
 どうやら寝ている間に刑罰が確定したようだが、叢雲はまだ夢の中である。真琴とロジーは、大急ぎでデッキを駆け、手摺から身を乗り出して海面を見下ろした。
「わぁ、すごいです! イルカさんがたくさんなのですよっ!」
「まあ! あちらを見て下さいまし。十頭はいましてよ!」
 海面に背ビレを出して猛スピードで泳ぐイルカ達を見て、きゃあきゃあと声を上げる二人。その隣で、シャッターチャンスたるイルカジャンプを狙ってカメラを構えているのは、鈍名 レイジである。
「お、跳んだ跳んだ。すげぇな、一体何頭集まってんだ?」
 使い捨てカメラのフィルムをゴリゴリ巻きながら、手摺を離れて船内へと戻るレイジ。
「どうだった? クジラいた?」
 船内のソファには、同じ小隊の雪村・さつきの姿があった。その向かいでボンヤリ窓の外を眺めているのは、ブレイズ・S・イーグル。こちらも小隊仲間である。
「いや。ま、イルカのジャンプは撮れたし、良しとするさ」
 通り掛かったボーイにドリンクを貰い、うち二つをテーブルの上に置くと、レイジは手近なソファに掛けて観光パンフレットを手に取った。バグア襲来前のものらしいが、見て損になることは無いだろう。
「‥‥折角の休暇だ、適当に寛がせて貰おう」
「そうだね。戦ってばっかりだったからね」
 覇気のない様子でソファに身を預けるブレイズに、さつきは出来るだけ元気な声でそう言った。
「偶には息抜きも良いでしょ。ハイ、オレンジジュース」
 レイジが置いたグラスを差し出して、さつきは、軽く相棒の肩を叩くのであった。


    ◆◇
 最初の体験はグラスボトム・ボート。
「おおう、底が‥‥。海の中がよく見えますね!」
「へへっ、楽しみだね〜♪」
 床にぺたんと座り、かぶりつきで海中観察に取り組んでいる少女はセロリだ。拓人はそんな彼女の隣に座り、微笑ましいラブ・オーラを発散させていた。
「‥結構、急に深くなるのね‥‥」
「この辺りは岩がちだな。このへんの海域だと、何が泳いでるかな?」
 椅子に掛けたまま、海の中を眺めるジェイとアリカ。ビーチの方とは違い、この辺りの海は岸から数メートル行けば急に足がつかなくなるような場所で、そう遠くまで行かなくとも様々な魚が見られるのだ。
「シンシアさん、この海域に居る魚を描いたパンフレットがあれば、親子連れにも喜ばれるかもしれませんよ」
「おぉ、そうね、叢雲くん。ありがとう」
 叢雲のモニターとしての提案を受け、シンシアは頷きながらメモを取る。
「叢雲っ! すごい! コンブが茂ってるよ!!」
「本当ですね。真琴さん、これはジャンアントケルプと言って‥‥」
 透明度の高い海の中に広がるのは、熱帯のサンゴ礁ではなく5m近い巨大なコンブの森。海面でたわんだ部分が船底を撫で、その隙間からオレンジ色の物体がいくつも覗いている。
「シンシアさん、あのオレンジの魚は?」
 どう見ても子供用なピンクのワンピース水着に身を包んだ忌咲が、チョコチョコと寄って来て海中を指差した。
「ガリバルディっていうスズメダイ科の魚よ。このへんに多いの」
 気がつけば、ケルプの森には様々な魚が泳ぎ回っていた。模様の多い大小の熱帯魚達があちこちから顔を出す。
「お酒のアテになるようなお魚は居ないのかな?」
「いるわよ。アジとか、ロブスターとか。見えないかしらね?」
 シンシアがそう口にした瞬間、セロリが反応して顔を上げる。
「うぅ‥‥そう言えば十時のおやつ食べてなかったなぁ。お腹減ったなぁ。お魚、美味しそうだなぁ。食べたいなぁ」
 セロリはチラチラと期待の眼差しを拓人に向け、必死にヨダレを抑えつつ塩焼き魚を想像していた。
「拓人君。ちょっと潜って獲って来なさいよ」
 ちょっとした冗談のつもりで、セロリは拓人に命令を下す。
「なーんて、冗談――」
「うん! わかった! セロリちゃんが食べたいなら獲ってくるよ!」
「えっ、ちょ‥!?」
 セロリのためなら! と、嫌々どころか寧ろヤル気満々で海に飛び込もうとした拓人を、慌てて止めに行くセロリ。
「冗談ですよ!? まさか本気じゃないですよ!?」
「うーん、でも折角だから潜って‥‥」
「こらぁーーーーーッ!! そこ! 何やってんの!?」
 ボートの縁でキケンな揉み合いになっていた二人目掛け、何処から出たのか、シンシアのハリセンが唸りを上げた。
「‥‥ジェイさん、今‥何か居なかった?」
「何かって?」
 ケルプの隙間に何か大きいものを見た気がして、アリカは傍らのジェイに声を掛ける。
「イルカじゃないか?」
「‥‥イルカというか‥黒っぽい感じの‥‥」
 と、二人が再び海中に目を向けた時、船底を黒い流線型の生物が横切ったではないか。
「アシカ!? 今のってアシカだよね、叢雲?」
 アリカの足元にしゃがみ込んでいた真琴が、それの正体に気付いて歓声をあげた。よく見ると、愛くるしい一頭のカリフォルニアアシカが、ケルプの陰から顔だけ出してこちらを窺っている。
「‥‥可愛い‥アシカもいるのね‥‥」
「これは珍しいな、アリカ。他にもいるかもしれないぞ」
 予想外の動物を見つけたジェイは、先程泳ぎ去ったもう一頭を探して海中を見回した。その後、何度かアシカを見かけることはあったが、気紛れな彼らはすぐに、どこかへと姿を眩ませてしまった。
 だがそれは、バグア勢力下でセイウチキメラに追い遣られていた海の生き物たちが、少しずつカタリナの海に戻って来ている証拠でもあった。


「あっ、ブレイズさん、さつきさん、ただいまですよっ。釣りですか?」
「‥ああ。船を出しての海釣りはできんが、な‥‥」
「おかえり〜! どうだった? 面白かった?」
 ビーチに戻った真琴は、皆から少し離れた防波堤にブレイズとさつきの姿を見つけ、駆け寄って行った。
「さっき、ボートの底からアシカが見えたのですっ! 可愛かったですよ〜♪」
「へぇ〜、いいなぁ。そんなのもいるんだ、ここ」
「はいっ! あ、叢雲とロジーさんが呼んでます。お魚釣れたら、見せて下さいね!」
 真琴は二人に手を振って走って行ってしまった。ブレイズは、そんな彼女らの姿を眺めながら、ぼんやりとした表情で釣竿を握る。
「よし、じゃあ、あたしもビーチに行って来ようかな? ホテルの人と食材の打ち合わせしてくるよ」
「ああ‥‥」
 ふと、さつきが立ち上がり、浜へと歩き出した。
「あ、釣れなかったら晩御飯抜きだからね!」
「‥‥‥」
 立ち去り際に一言釘を刺され、少し苦い顔で釣り糸の先に視線を落とすブレイズ。
 穏やかな波の音に混じり、楽しそうな皆の声が浜に満ちていた。
「‥‥やはり静かだと落ち着くな」
 そう呟いてはみたが、まだ一匹も釣れていないのも事実なのであった‥‥。


『オレサマイチャイチャマルカジリ』
 イチャつくカップルあればとことん粘着、愛あるところに嫉妬あり。そして、ビキニあるところにこの男あり。
 変態ガスマスク、紅月・焔の参上である。
『うへへへへへ‥イイっすねぇー。お、それ、揺れろ揺れろ』
 コーホー‥と相変わらずの呼吸音を響かせ、草陰に潜みつつ、ビーチで揺れる女性陣のバストをガン見する焔。暑さと興奮で鼻血吹きそうだ。
 彼の視線の先には現在、ビーチボールを投げ合いながら走り回るロジーと真琴(の胸)があった。
 彼女らは焔の視線に気付くこともなくビーチバレーに興じていたが、しばらくして、パラソルの下で読書に励む叢雲の元へと歩み寄っていく。
「叢雲もご一緒に如何でして?」
 ロジーが投げたビーチボールが、ぼよん、と叢雲の腕に当たって落ちる。
「そうだよ、海に来てまで引き籠っても楽しくないよー?」
「いえ‥‥モニターの仕事はちゃんとしますよ?」
 叢雲は微笑んで誤魔化し、再び手元の推理小説のページを捲り始めた。今、一番怪しいアントニオのアリバイが崩れるか否かで物凄くいいところなのだから、仕方がない。
(「いや‥‥アントニオがあの時講堂に居なかったとすれば‥‥ジェシーの証言は一体――」)
 何やら物語の中で良い感じに人間関係が入り乱れてきたようであるが、ふと、現実世界に目を向けた叢雲の視界に、いきなり黒い銃口が飛び込んできた。
「ま、真琴さんっ!?」
「えいっ! 遊んでくれないと攻撃しちゃうからねー!」
 真琴の水鉄砲から冷水が飛び、慌てて本を庇った叢雲の後頭部に直撃する。
「隙在り! ですわッ☆」
 身を起こした叢雲の顔面に、ロジーのバズーカ水鉄砲が炸裂して盛大な飛沫を飛ばした。
「‥‥‥。全く、貴女方は本当に、元気なんですから‥‥」
「わーい! あっちで遊ぼう、叢雲♪」
「水鉄砲なら、ホテルの方が貸して下さいますわよっ!」
 タオルで顔を拭きつつ、観念して立ち上がる叢雲。はしゃいだ様子で水鉄砲やらビーチボールやらぴこハンやらを抱えて走るロジーと真琴の元気さとは裏腹に、彼は、照りつける太陽を一目見上げて肩を落とす。
「‥‥暑いです」

「‥‥それさぁ、大人用じゃないわよね?」
 ビーチベッドの上で寛いでいる忌咲の横を通り掛かったシンシアは、体験中から気になっていた事をとうとう疑問として口に出した。
「ん〜、ショップにちょうど良いサイズのがこれしか無かったんだよ」
 スク水じゃないんだし、とでも言いたげな表情で言い、せっせと日焼け止めを塗り始める忌咲。
「あ、そうだ。お礼言ってなかったね。シンシアさん、誘ってくれてありがとね」
「いいのよ〜。あたしが遊びたかっただけだし! 結果的に出会いもなさげだけどねっ! フフフ‥‥」
 ビーチでイチャつく数組のカップルを涙目で見つめつつ、シンシアは地面に『の』の字を書き始める。
「今は晩婚の時代らしいから、焦らなくても良いと思うよ? 私だって、相変わらず恋人居ないし」
「あなたはまだ若いじゃない。うん‥‥まあ、気持ち的にどうしても結婚したいわけじゃないのよ?」
 忌咲に励まされたシンシアが、不意に真面目な表情を見せ、笑った。
「親がホテルチェーン経営とかしてると、色々うるさくてね。自由にできるのは、今だけだからさ」
「そうなんだ‥‥お金持ちの人も、大変なんだね」
「まあねー♪」
 というわけで、とビーチに狩人的な視線を巡らすシンシアにつられ、忌咲も同様に辺りを見回した。そして、明らかに不審な物体を見つけて動きを止める。
 それは、シートの上で語らうベルと未早のカップルに匍匐前進で忍び寄る、ガスマスク焔であった。
「妹がね、あの人の事好きみたいなんだよ」
「ふーん‥‥え? えええぇぇーーーーっ!?」
 危うく聞き流しかけ、そして驚愕するシンシア。ビーチにガスマスク男がいた時点でびっくりだと言うのに、この上何を。
「うん。妹って言っても、母親は違うんだけどね。水夏っていう名前で‥‥」
「あ、ううん。追及したいのはそこじゃないんだけどな‥‥」

「それでね、今年は誕生日に、二つもイベント参加したんだヨ」
「‥‥スイスに行くって‥言ってたね」
「うん。ケド、思花サンがお祝いしてくれたのも嬉しかったヨ?」
 ソフトドリンクなど飲みつつ、遠距離恋愛なラウルと思花はそれぞれビーチベッドに横になって、会えない時間を埋めるが如く語り合っていた。
「シンシアにもお礼言わナイと。思花サン誘ってくれてアリガトって」
「‥‥シンシアはね、私と違って‥‥あんまり研究所から出れない仕事だから‥‥。何かと理由をつけて、外に出たいんだ‥‥多分」
 浜辺のハンターと化しているシンシアを横目で見ながら、思花は少し複雑そうな表情をする。
「そかー。じゃあ、シンシアとも一杯遊んであげナイとだネー」
「‥‥うん。『必要の範囲内で』ね」
 何処となく口調に棘を感じた気がして、ラウルは「ん?」と首を傾げた。
「ソレって、必要以上に近付かナイで欲しいってコト? もしかしてヤキモチ!?」
「‥‥ご、ごめん‥聞き流してくれる‥‥?」
 瞳をキラキラさせて追及してくるラウルに、思花はビーチベッドに顔を突っ伏して沈黙した。 

 浜に敷いたシートの上でのんびり寛いでいたベルは、不穏な気配を感じてガバッと上体を起こした。
「どうしたんですか?」
「いえ‥‥何か殺気を感じたような‥‥」
 見回しても特に異変は無く、首を傾げるベル。気のせいか、と自分を納得させ、再び未早の隣で横になった。
 穏やかに流れて行く時間。未早はしばらく無言になり、ふと、顔をベルの方へと向ける。
「ねえ、ベルさん。折角だし、ベルさんと二人だけで小さいロッジ借りられないかな‥‥」
「えっ‥?」
「‥‥‥あ、べ! 別に何でって事も無いんですけど!?」
 一瞬、戸惑ったような声を漏らしたベルに、未早は慌てて起き上がり、バタバタと両手を振った。
「あ、その! そうしたら朝食とか作ってあげられるし‥‥あの‥」
 無理ならいいんですけど、と小さく呟いた未早を、ベルは少し微笑みを浮かべて見返す。
 そして、ピンク色に染められた恋人の頬を見つめ、彼は、「嬉しいです」と一言、応えたのであった。

 さて、浜辺に漂う殺気の源、焔はというと、芝樋ノ爪 水夏の手によって捕えられていた。
「焔さん。そういう事は、したらダメですよ?」
『ちょ、俺まだ何もしてないよ!? 未遂ッスよバリバリで!』
 何未遂なのかはわからんが、ぴこハン片手の水夏に捕まり、茂みの中で弁解っぽい台詞を吐く焔。
「こんなに素敵な島なのに、他の人の迷惑になるようなことは、ダメです」
『へへへ‥‥仰る通りで‥‥』
「さ、お昼でも頂きに行きましょう?」
『お供しやす!』
 とりあえず水夏の言う事はきくようシツケがされているらしく、焔は、ビーチのレストランへと向かう彼女の後を犬のようについて行く。
 だが、
『ムッ!? イチャイチャアンテナがカップル受信!!』
 真面目モードは、三分しか保たなかった。
「あっ! 焔さん!!」
 ガサガサガサガサとフナムシが如くビーチを匍匐前進した焔が、一組のカップル目掛けて突進する。
「ん〜、それにしても良い所ですね!」
   ごりっ。
 セロリの足元で、人の骨がどうにかなった時の鈍い音が響いた。
 何事もなかったかのように、テーブルに掛けた拓人がメニューを差し出し、セロリに笑い掛ける。
「そうだね。ほら、ロブスターのパスタだって。何にする? セロリちゃん♪」
「バッファローバーガー、メガで。‥‥できれば3つくらいお願いします」
 聞いちゃいねぇ。しかもメガ。
「メガ‥‥アメリカのメガって凄いんじゃないかな‥‥」
 ははは‥と乾いた笑いを洩らす拓人。客の注文に忠実なシェフの動きを見守りつつ、ふと、テーブルの下に視線を遣った。
「!?」
『ぃよう、セロリん』
 にょろり、と湧いて出たガスマスクに仰天して言葉を失う拓人。セロリは慣れているので、スルーだ。
『はあ? 何? 彼氏? 何てめえだけ幸せ勝ち取ろうとしてんすか? あの頃の純粋なセロリはどこ行ったんすか?』
 首が変な方向に向いているようだが、焔は気にせずセロリに絡みに来る。
「あ〜、良い島ですね〜」
『何すか? スルーっすか? シカト――』
   ごぎん。
「お前がいなければの話だが、ナ!」
 ガスマスクの下から泡っぽい何かを噴いて痙攣している焔を睨みつけ、とりあえず邪魔な空缶の如く蹴り飛ばして遠ざけるセロリ。
「もう、焔さんたらまた‥‥。駄目ですよ?」
 後から現れた水夏のぴこハンに叩かれるも、もはや焔の意識は別の世界に飛んでいるようだ。
「しばひー!! 一緒にメガ水牛バーガーどうですかっ?」
「バッファロー? 珍しいですね。ご一緒したいです」
 甘えて腕を引っ張るセロリに誘われた水夏は、意識不明のガスマスクを引き摺り、同じテーブルに腰を下ろすのだった。


    ◆◇
 昼食時になり、島内に散っていた参加者たちは、わらわらとビーチに戻って来ていた。
「名物といっても、バッファロー系ばかりではないのですね。うーむ」
 名物を漁ろうとメニューとにらめっこをしていた獅子河馬は、結局、全部食べたくなって全部注文した。
「えーっと、あたしはシーフードピザでしょ、それからジンジャーエール! ‥‥って、レイジのそれ何? ずるーい!」
「いや、午後から動き回るってんなら、食い過ぎはマズイからな」
 注文を済ませたさつきが、レイジへと運ばれてきたプレートランチを目にしてブゥブゥ文句を垂れる。色々食べてみたかったレイジは、ミニバッファローバーガー、メキシカンタコス、小海老のカクテルサラダ、ロブスターの塩焼き、フレッシュフルーツゼリーの5種を少量ずつ載せたプレートを作ってもらったのだ。
(「ちょうど良いや。一皿にまとまってるし、後で同じの持って行こう。‥‥相棒に」)
 美味しそうに食べるレイジを見ながら、さつきは、まだ防波堤で釣りをしているだろうブレイズのことを思い出す。
「さつきさん、良かったら、私たちの料理と少し交換しませんか?」
「あっ、ホント? いいよー交換しよっ!」
 ベルと一緒に昼食に来ていた未早に声を掛けられ、さつきは快く、ピザ二切れとカニクリームパスタ、フィッシュサンドを交換した。
「‥‥バッファローのお肉って‥‥結構ビーフに似てるんだね‥‥」
 ラウルと一緒にバッファローバーガーを食べていた思花が、感想を述べる。バッファローの肉はビーフに近く、しかもヘルシーで美味しいとか。
「ふむ、結構美味しい。はい、思花サン、あーん♪」
「‥‥‥」
 フォークに刺したフィッシュフライを、にこにこ顔で差し出すラウル。思花は若干躊躇いを見せたものの、しばらくしてそれを口に入れた。
「えっと、私はこれにしようかな? シーフードパスタと海藻サラダ」
「えー、私もそれ狙ってたんだけどなぁ。あ、そうだ。こっちでカニマヨピザ頼むから、半分にしない?」
 シンシアは他人のモノが気になる性格なのか、忌咲が注文した料理が欲しくて仕方がないらしい。半ば強引に半分この約束をすると、上機嫌でコーラを煽り始めた。
「さて‥‥皆、ここで我が南国らしい飲み物を振舞おう」
 リアの隣でシーフードドリアとピザを食べていた王零が、おもむろにどこかへ消えていく。戻ってきた彼の手のトレイには、白い液体の入ったグラスが沢山載っていた。
「‥リアが飲みたがっていたココナッツミルクだ。デザートに良いだろう‥?」
「ありがとうございます、零さんっ! これ、作るの大変だったのでは‥‥」
 ココナッツミルクとは、ココナッツの固形杯乳をすり潰し、煮込んだり裏ごししたりして作る案外手の込んだ飲み物である。王零は作成にかかった手間を語ることもなく、皆にグラスを配り終えると、リアの隣に掛け直した。
「何‥大したことではない。新婚旅行中だからな‥‥」
「零さん‥‥」
 ウットリと頬を赤らめ、幸せそうに王零に寄り添うリア。
「‥‥リアさんも幸せそうで良かったわ。ね、ジェイさん‥‥」
「ああ、そうだな。‥‥有難う御座います、王零君。美味しく頂きますよ」
 ポヨ・コン・ヒトマテと呼ばれる鶏肉のトマト煮込み、海老カツサンドを分けて食べながら、アリカとジェイは、微笑ましげにリア達の様子を見守っていた。


    ◆◇
 どうやら今回一番人気の体験は、ジェットスキーだったようだ。
「俺は風になります‥‥!!」
 跨るなりいきなり飛ばし、全速で風のように去って行く河馬。
 さつきは免許を気にしていたが、能力者でもあるし特に問題はない。
「よーし! あたしも飛ばすぞー!」
「ベルさん、さつきさんと競争しましょう。ね?」
 水飛沫と白い波を残して海面を疾走していくさつきを見て、未早の中で何かが弾けてしまったようだ。ベルの後ろに乗り、ワクワクした様子で腰に手を回す。
「わかりました。負けませんよ‥!」
 グングンとスピードを増し、さつきを追い掛けるベル。未早はKVに乗るようになってからモータースポーツの楽しさがわかってきたとかで、エンジンの振動を心地よく感じていた。
「雪山のスキーならよくやったが‥‥結構違うのかな、やはり」
「‥‥そうね、どちらかというと、スノーモービルに近いかしら‥‥」
 ジェットスキー初体験のジェイは、それでも手元のアクセルとハンドルを巧みに操り、中々のスピードで海面を走り回っている。アリカはその横にぴったりとつき、付かず離れずの距離を保ちつつ並走していた。
「アリカ、少し離れてくれないか」
「‥‥え?」
 アリカが言われた通りに車体を離すと、いきなりジェイがスピードを上げ、ジェットスキーごと宙を舞ったではないか。
 驚いて絶句するアリカの前で、ジェイのジェットスキーは空中で一回転し、見事着水。
「わー、スゴイ! 僕もやりたいナー!!」
 一旦止まり、パチパチと拍手を送るラウル。その後ろに乗った思花が、「今はやめてね」と釘を刺した。
「ぎゃははははは! 速ぇ! マジ速ぇ!!」
「セロリちゃん、ちゃんと掴まっててねー」
 と、大騒ぎしながら二人乗りのジェットスキーが沖へと走り去り、ラウルはその後を追うことにする。沖にはイルカが泳いでいるかもしれないのだ。
「あっ! セロリちゃん、あそこ見て!」
「おおお! イルカの背ビレですねっ!?」
 数頭のイルカが海面から背ビレを出しているのを見つけて、拓人とラウルは気合い入れ、アクセルを握り直すのであった。
「このスピード感‥‥たまりませんわねッ☆」
「待ってくださいロジーさーん!」
 ガンガンに飛ばして走るロジーを、真琴と叢雲のジェットスキーが追い掛ける。ロジーは海風を全身に浴びながら、水の上を走る爽快感を満喫していた。
「ほら、真琴さん、ロジーさん、そんなに飛ばしては危ないですよ?」
「これぐらい飛ばさなくては、楽しくありませんわっ♪」
 大ハシャギでハンドルを切るロジー。
 エンジン音と波音がいくつも重なっては歓声に掻き消され、その様子を、ブレイズは防波堤から静かに眺めていた。
「‥‥よし、食料ゲット‥とな」
 どうやら、晩メシ抜きだけは免れたようである。


    ◆◇
 続いての体験は、ダイビング。
 未早、ベル、ロジー、王零、リア、レイジ、アリカ、ジェイ、結城悠璃の9人が、沖に浮かんだ船から次々に飛び込んで行く。
(「水の中の世界‥‥素敵ですわ〜。なんて神秘的なんですの‥」)
 海中に潜ったロジーを待っていたのは、海底から長々と伸びるジャイアントケルプの森。海面にたゆたうケルプの隙間から陽光が射し、薄暗い海にいくつもの光条が生まれていた。水温は案外低めで、サンゴ礁の海とは違う、静謐な雰囲気を感じさせる海がそこに広がっていた。
(「すげぇ‥‥何だこの魚?」)
 レイジが遭遇したのは、体長1.5mもあるブラックシーバスである。気配すら感じさせずにスーイと現れたそれは、人間と変わらない巨躯を優雅に動かし、むしろ自分からレイジの方へと近づいて来ていた。
 どうも、レイジの写真撮影が気になって来たらしい。
 レイジが自分に向けてシャッターを切る様子を大きな目で見つめていた彼は、しばらくして、来た時と同じように音もなく去って行ってしまった。
(「あ‥‥っ!」)
 少し船から離れた所を一人で泳いでいた悠璃は、ケルプの向こうに大きな影を発見し、フィンをバタつかせてそちらへ向かう。
「ぷは。みなさーん! イルカです! あっちにいますよ〜!」
 水面に上がり、周囲に浮かんでいた他の参加者に声を掛けると、彼は再び潜ってイルカ方面へと泳ぎ始める。
(「うわ‥‥あっちから寄って来る」)
 悠璃、リア、王零の三人が近付くと、イルカ達は呼笛のような音で何か言い交わしながら、ゆっくりと寄ってくるではないか。
「イルカさん可愛い‥‥海も綺麗で心の底から癒されますねぇ‥‥」 
「ああ‥‥こうやってイルカと泳ぐというのは新鮮でいいな‥‥海天共に蒼か‥‥‥いい情景だな」
 リアと王零が海面に浮上し、会話を交わす。その横をジェイとアリカが通り掛かり、二人は笑顔で手を振った。
「どこまで潜れるか、ちょっと競争してみようか?」
「‥‥ええ、負けないわよ」
 ジェイの挑戦を受け、アリカは彼と同時に海に潜り、フィンキックを駆使して海底を目指す。ケルプの先から根まで辿るように潜っていた二人は、ふと、自分達以外の者が競争に参加していることに気がついた。
(「‥‥これは勝てそうにないわね‥‥」)
 僅かに微笑んだアリカの横では、まだ若い一頭のイルカが高い鳴き声を上げていた。
(「‥‥お子様向けにはシュノーケリングかな? ダイビングもいいけど‥」)
 海の中を漂いながら、未早は後のアンケートか何かに書こうと思う事を纏めていた。神秘的な海の景色に囲まれ、自分の中の全てが解放されたかのような感覚を覚える。
 前世は魚だったのかもしれない、とぼんやり考えていると、不意に誰かに手を握られた。
 黒のウェットスーツに身を包んだベル。未早は微笑み、仰向けになっていた身体を反転させると、彼と手を繋いで海中を散策に出かけるのであった。


    ◆◇
 乗馬は参加者が少なかったこともあり、比較的フリーダムな感じで体験が行われた。
「俺は風になるぜ‥‥!」
 どこかで聞いた台詞とともに、丘を越え走り去って行く河馬。
 が、
「おおぉお!?」
「‥‥っと、大丈夫ですか?」
 どうやら落馬して、悠璃に助けられた模様である。ここからは見えないが。
「思花サン、帽子被ってネ。ゆっくり行こ」
「‥‥今は自然保護区も入れるから‥‥見に行こうか‥」
 思花を前に乗せ、馬をゆっくり歩かせて行くラウル。馬はそれをいいことに、草を食んだり遠くの雌馬にときめいたり満喫している。
「ゴ〜♪」
 草原を駆け、馬と一体になって楽しむ悠璃。シンシアの乗る馬が近付いてくると、彼は上機嫌で馬を撫で、
「さてと、少し、競争してみよっか♪」
「え、ちょっ‥待ちなさいよっ!!」
 大人げなくムキになるシンシアとともに、蹄の音を響かせて走り去ってしまった。

 ところ変わって、こちらは自然保護区。
「マジでいた‥‥スゲェよな、野生動物って奴は」
 カメラ片手に散歩中のレイジは、運良く野生のバッファローが生息しているゾーンに足を踏み入れていた。
 この島にはキメラが放たれ、多くの動物達が彼らの餌食になったはずなのだが、こうして生き残っている者達も存在するのだ。レイジは改めて大自然の偉大さを痛感し、夢中でシャッターを切る。
 乗ったら暴れるだろうか‥‥などと彼が迷っていると、丘の方から一頭の馬が走り込んできた。
「やはり‥馬はこう走らせないと‥‥っと大丈夫かリア?」
「こ‥こういう激しい乗馬は初めてですぅ‥‥」
 王零の前に乗せられ、お嬢様としては有り得ない乗馬を経験したリアが、ぐったりした様子で地面に降りる。王零は周囲を見回し、ふと、一頭のバッファローに目を止めた。
「‥‥ちょうどいい、飯の一つに持ち帰ってやる」
「おいおい、野生動物を狩ろうってのか?」
 いきなり覚醒した王零と、『かかって来いや!』とでも言いたげに鼻を鳴らしたバッファローを交互に見て、レイジが慌てて間に入る。
「大丈夫ですよ、よく見て下さい。タグがあるでしょう?」
 そのバッファローの耳には赤いタグが付けられていた。何でも、バグア襲来時に牧場から逃げ出したものだとかで、シンシアが元の持ち主に許可を取ってくれたらしい。
「まあ、だったら別に構わねぇけどよ。じゃ、また夕飯でな」
 ドスーンとか、バターンとか、一転して大騒ぎの草原を後にして、レイジはビーチのハンモックへと戻って行くのであった。


    ◆◇
「アルティメットに不可能は‥ない」
 ズダダダダダダダダ、と高速で魚を捌き始めたブレイズの周りで、どよめきが起こる。さつきは、満足気にそれを眺めていた。
「よかったね! 晩御飯抜きじゃなくて!」
 残念ながら魚は3匹しか釣れなかったが、その分は調理の腕で補うつもりである。
「ブレイズさん、こっちのカマドも火起こしとくか?」
「ああ‥‥頼む」
 頼れる男手となって働くレイジが、ブレイズの調理の具合を見ながらカマドに火を付けた。
「凄いボリューム‥食べ切れないかも‥‥」 
 網の上を思いっきり占拠しているバッファロー肉を見下ろしつつ、リアが小さく呻く。王零は早くも、その隣で勝利の美酒に酔いしれていた。
「ああっそれはまだ焼けてないですよっ」
 凄い勢いで肉を攫いに来た河馬を、すっかりBBQ奉行と化した悠璃が必死で止めている。
「シーフードにビーフ、バッファローか。随分豪華だな」
「‥‥ええ。大勢で食べるのも、いいわね‥」
 ジェイとアリカは皆の中心に座り、皆の会話と笑い声を聞きながら、ゆったりと食べ始めていた。
「未早さん、お肉焼けてますよ」
 ベルが肉を皿に取って、自分が食べるより先に未早に渡す。未早は、彼が自分の分を取るのを待って、一緒に食べ始めた。
「はい、あーん☆」
 戯れに、ラウルがシンシアの口元に肉を差し出す。
「きゃ♪ 何年ぶりかしら☆」
「‥‥年単位なんだ‥‥」
 ハシャギまくる彼女の姿に突っ込みすら忘れ、思花は唸りながら、ラウルが取ってくれた野菜を口に入れた。
「お肉ばかりじゃなくて、ちゃんと野菜も食べないとダメですよ?」
 水夏に野菜を与えられた焔は、皿を持ったままカサカサと草むらに隠れる。素顔を晒したくないのか、よくわからないが。
「水夏も大変なんだね」
 ウォッカベースのカクテルなど飲みつつ、妹の恋の行方を見守る忌咲。その隣では、
「すきありー♪」
「あっ、セロリちゃん! それ自分のー!」
 またしてもハラヘリ状態なセロリが、拓人の皿から次々と肉を奪い取っている。拓人は涙目になりつつも、可愛い彼女のためならと自己犠牲の精神を発揮して耐えるのであった。
「‥‥っと、こんなもんか。どうやら‥まだ技は腐ってはいないようだ」
「「「おおおお!」」」」
 ブレイズの焼き魚やとペスカトーレが完成。その出来栄えに歓声を上げ、良い香りがBBQ場に充ち溢れる。
 さらに、どこからともなくカレーの香りまで漂って来たかと思うと、寸胴を手にした叢雲が真琴を連れ、自作カレーのおすそわけに来てくれたではないか。
「よかったね、叢雲! 美味しく出来てる♪」
「真琴さんが手伝ってくれたおかげですよ。さあ、皆さんもどうぞ」
 キャンプの定番といえばカレー。叢雲と真琴の合作は、どうやら喜んでもらえたようだ。
 ――が、悪夢は忘れた頃にやってくる。
「ふふふ〜素敵に出来ましたわ〜v」
 背後から迫ってくるぴこハンの音。叢雲と真琴は、ピキーンとその場に凍り付いた。
 ロジーはルンルンで走って来ると、花火が刺さってバチバチ危険な音を立てる大皿を、皆の前に差し出した。
「さあ召し上がってくださいまし! ナシゴレンですわ〜♪」
 どん! と、置かれたナシゴレン。
 その後、能力者達がどうやってこの『梨入り南国ピラフ(水分過多)』を処理したかについては、敢えてここでは語るまい――。


    ◆◇
 暗闇に包まれたキャンプ場に、澄んだフルートの音色が響いていた。

 線香花火の先が、ぽたりと落ちる。悔しがるラウルを見て、思花は少しだけ笑った。
 もう寝よう、と踵を返した思花。彼女の身体が、一瞬だけ強い力で引き寄せられる。
「思花サン、好きだヨ」
 唇が離れて、思花は俯いた。ただ黙って彼の腕を取り、帰ろう、と言う。
 彼女の鼓動を腕に感じて、ラウルは苦笑する。
 一緒に寝ようね、と囁いて、彼は赤くなった恋人の頬をつつくのであった。
 
「綺麗ですね‥こんな星空を一緒に見れるなんて‥‥幸せです‥」
 二人きりで借りたロッジ。白いシーツの上に座り、リアは空を眺めていた。
「確かにきれいだ‥でもこの満天の星よりもリアの方がきれいだよ」
 そっと触れられる、王零の温かな手。リアの唇が、薄闇の中で王零の唇と重なる。
「綺麗な‥‥音色‥」
 窓から聞こえる美しい旋律。
 月明りの下、二人の影が一つに溶け合った。

「素敵ですわ。どなたのフルートなのでしょう?」
 窓から見える星空を見上げ、ロジーが呟く。グラスの中で、氷がカランと音を立てた。
「悠璃さんが持ってたみたいです。キレイですね‥‥」
 音色に聴き惚れる真琴のグラスに、叢雲が酒を注ぐ。
 透き通った赤のカクテルに、月の姿が揺れていた。

「星か‥こんな綺麗なのは久しぶりに見たな」
 ロッジの外に寝転がり、ブレイズが独りごちる。
 今にも振ってきそうな満天の星空を、ただ眺めていた。
 ふと隣を見ると、いつからいたのか、さつきがそこで同じように空を見上げている。
「‥‥綺麗だね」
「‥ああ‥‥そうだな‥」
 楽しかった一日が、静かに終わりを告げようとしている。
 フルートの音色が流れる夜、二人はいつまでも、天に輝く星を見上げていた。


    ◆◇
 翌朝11時、一行は再びフェリーに乗り、ロザンゼルスへの帰路についた。
「‥‥また、機会があったら来てみたいです」
 キラキラと輝く碧い海を眺め、水夏が言った。
「あれは‥‥クジラか?」
 遠くの海に上がる水柱のようなものを見つけ、レイジがカメラを構える。
 その瞬間、海面から大きな黒い尻尾が現れて水飛沫を上げた。
 デッキの手摺に詰め掛ける一同を背に、クジラが潮を噴き上げ、ゆっくりと遠ざかって行く。
「楽しかったですねぇ。‥また来たいです、ね?」
 遠ざかる島を見つめながら、セロリが拓人に同意を求める。拓人は、それに笑顔で頷いた。