タイトル:【神戸】bridgeheadマスター:桃谷 かな
シナリオ形態: イベント |
難易度: 難しい |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/09/08 15:47 |
●オープニング本文
ロサンゼルス、五大湖において展開された大規模作戦『シェイド討伐戦』は、世界各地のUPC軍、およびバグア軍を動員する結果となった。
それはこの兵庫県においても例外ではなく、兵庫UPC軍から北米へと送られた援軍は、今も戻らぬままである。
だが、明らかに減衰した人類側勢力に対し、ゾディアック山羊座プリマヴェーラ・ネヴェ率いる兵庫バグア軍が攻勢に出る様子はない。互いに奇妙な沈黙を保ったまま戦線は一時膠着状態となり、兵庫県北部に配置されたUPC軍には、束の間の平和が与えられていた。
軍諜報部と上層部ではこの現状から、兵庫バグア軍からも少なからず、北米へ援軍が送られたのではないかと推測している。
決定には時間を要したが、兵庫UPC軍は、この機を逃すべきではないと判断した。
傭兵部隊による偵察の成果たる県北西部の情報がその価値を失う前に、橋頭堡となる町をひとつでも奪還しなければならない。
白羽の矢が立てられた町は、兵庫バグア軍の本拠地たる香美町西部の港町――佐津地区。
佐津地区は、人類側が優勢を保っている豊岡市より5km圏内にあり、バグア基地のある香住地区との中間に位置している。奪還に成功すれば、この町を拠点に香住を攻めることが可能だ。
偵察により、この町の北東の入江に800m級のビッグフィッシュが停泊し、小学校校庭には白く巨大な施設が存在する事が判っている。
この施設について、以前捕らえられた親バグア派の捕虜より、キメラ製造施設ではないかとの証言が出た。彼らと同時に捕縛され、北米のUPCキメラ研究所へ送られた人間素体のキメラ、上月 心が出入りしていたようだ、との情報もある。
停泊中のビッグフィッシュも主にキメラ母艦として機能している為、信憑性は高い。
しかし、正規軍の戦力が激減している今、下手に動けば逆に不利となる可能性がある。
そこで、兵庫UPC軍は今回の奪還作戦に際して、普段は10名以下に留めている傭兵部隊の人数上限を、倍以上の25人としてULTに動員を要請した。
そして、集められた傭兵達を二つの部隊に分かれさせ、生身でのキメラ製造施設制圧、および機体に搭乗しての航空作戦に振り分ける。そうすることで、正規軍は地上でのワーム・キメラ掃討に専念することができるというわけだ。
◇◆
人類側が香美町への進攻を開始した――その知らせは、北米を発ち日本海を航行中の小型ビッグフィッシュにももたらされた。
全長200mほどの鯨は、日本海側の人類勢力の目を逃れるため、今は深海にその身を沈めている。
『人間どもは、陸と空に分かれて佐津地区を強襲すると見られています。これに対し、泰汰様は中型HW3機、小型HW8機、キューブワーム3機、メイズリフレクター3機の投入をお決めになりました。尚、地上軍のゴーレム、タートルワームは山に阻まれ増援としては使用不可能。現在は、アースクエイク3機とキメラのみが投入されています』
「そう。泰汰本人はどこよ?」
ビッグフィッシュの艦橋に座し、プリマヴェーラは基地から送られてくる通信に耳を傾け、問うた。
『泰汰様は、地上よりキメラ研究施設の防衛に向かわれます』
「‥‥まあ妥当かもね。アレ壊されるの、困るし」
プリマヴェーラは嘆息し、椅子の背に頭を打ちつける。
『ファームライドは今、そちらに?』
「あるけど。でも今は、積荷をそっちに運ぶのが最優先だってば! 急ぐからっ」
苛立った声で言い放ち、彼女は通信を切った。
ともかく、このビッグフィッシュに積まれた『モノ』――貴重な戦力を北米へ供出した見返りの品だけは、無事に基地まで持ち帰らなければならない。
今、自分が出撃するわけにはいかないのだ。
「‥‥心も捕まったとか言うし。人間共にくれてやるぐらいなら殺しとけばよかったわ。便利だったけど」
人間の知能が残ってしまったキメラなど、失敗作に過ぎない。戯れに生かしておくべきではなかった。
‥‥いや、それより、副官に泰汰を置いたこと自体間違いだったか。
闘争心と戦闘能力が高いのは良いが、彼に指揮権を与えている間、人間共に何度勝ちをくれてやったことだろう。
ブツブツと独り言を呟くプリマヴェーラと積荷を載せ、ビッグフィッシュはゆっくりと浮上を始めた。
◇◆
佐津地区へと攻め込んだUPC軍とULT傭兵部隊は、順調に作戦を展開していた。
入江のビッグフィッシュから湧き出したキメラの群れは、空の傭兵部隊と陸のUPC軍によってその勢いを止められ、既にその半数以上が骸となって地に伏している。
「敵増援接近。傭兵部隊は、直ちに迎撃して下さい」
地上の通信士から、空の傭兵達に指令が飛んだ。飛び交う対空キメラの群れの向こうから、HWを中心とした敵編隊が迫っているのが見て取れる。
メイズリフレクターといった面倒な敵機も含まれているようだが、仕方が無い――陣形を整え、迎撃体勢に入る傭兵達。
だがその時、別の悪い知らせも舞い込んで来たのである。
「日本海上に小型ビッグフィッシュ確認。香住方面へ向かっています!」
一方、キメラ製造施設へと向かった傭兵達の前にも、困難が立ち塞がっていた。
「上月‥‥か」
窓の無い、小学校の校庭一杯に建つ白い建造物の入口に凭れ掛り、黒髪の青年が笑みを浮かべる。
その人物を見るなり、傭兵監査官のヴィンセント・南波大尉は目を細め、ポツリと名を口にしてからガンドルフを構えた。
「よう、ULTの傭兵ども」
兵庫バグア軍副官・上月 泰汰は、腰に下げた金属製の筒のようなものを抜き、一歩踏み出す。
「ここはテメェらの来るトコじゃねーんだよ。死にたくなけりゃ、シッポ巻いて今すぐ帰んな!」
●リプレイ本文
鈍名 レイジは剣を抜き、施設の前に立つ青年を見据えた。
(「‥‥人にあって人に非ず、ってか?」)
この世界に於いては人ではない、だが、人にしか見えないものが、今日斬るべき相手だった。
「もう、ウンザリだぜ」
嫌悪を感じる。辟易する。バグアの趣味の悪さには。
それでもレイジは、剣を構えた。『人』へと向けて。
「殺る気でいかねぇと、足元掬われやがるですよ。南波」
「‥‥‥」
敵を視界に捉えたままで、シーヴ・フェルセンが言う。
「――貴様が上月 泰汰‥あの時の三日月HWのパイロットか? 悪いが、今回は構っている暇は‥無い‥!!」
煉条トヲイは走り出した。同時に、後方に下がっていた能力者達が左右に分かれ、一斉に移動を開始する。
「兵庫バグアにEQの借りがあるから抹殺! 上月を不随にしてあれを操る存在を涙目に」
敵を目にして感情の昂った藤田あやこは、施設突入を諦め、彼の撃破に残った。兵庫バグア軍との戦闘には初参加であった為、南波は彼女の言葉に一瞬疑問符を浮かべる。
「‥‥迷っちゃダメだヨ?」
仲間の足音の中に、南波はラウル・カミーユの声を聞いた。
(「仲間の因縁利用してるようで気が引けるぜ‥‥悪ィな」)
南波が残れば奏汰の注意を引けるかと、そう考えた事にすら罪悪感を覚える。『人』相手のやり辛さを、レイジは実感していた。
「クソッ! 待ちやがれっ!」
奏汰はまず、2班を止めようと足を踏み出した。だが、瞬天足を発動した冴城 アスカに回り込まれる。
「そこの素敵な殿方、私たちと遊びましょ?」
蛇剋を抜き、奏汰と対峙するアスカ。
「帰る気ねぇならやってやんよ。悪ぃが、相当激しいプレイになるぜ?」
アスカのやや斜め後ろにあやこが、奏汰の背後を抜けて施設側にシーヴが。校門側からは、南波と美環 響が回り込んで進路を塞ぎ、背面に陣取ったレイジが退路を断つ。
「泰汰さん、降伏する意思はありますか?」
響が、そんな事を訊いた。
「好んで戦いたくはないのですよ。特に同じ人同士では」
甘いとは、自覚していた。
「‥‥人同士、なぁ‥‥」
「それとも貴方は、人ではないと?」
奏汰は応えない。ただ、口端を僅かに引き上げて嘲笑う。
そして、その手に握った金属製の柄が硬質の刃を生んだ瞬間、空気が動いた。
奏汰が振り返る。
「――っ!? 重‥っ」
刃が刃とぶつかり合う甲高い音。奏汰の斬撃を受け止めたシーヴの大剣が、あまりの威力に大きく傾いだ。勢いを脇に流そうとした彼女の両腕から負荷が消え、奏汰の二撃目がその胴を薙いだのは、一瞬の出来事であった。
「く‥っ。――なかなかの威力でありやがるですが‥‥まだまだっ」
横合いから振り下ろされたレイジのコンユンクシオをかわし、刺突を放つ奏汰。避けきれず鎖骨の下を突かれながらも、二撃目を弾き、レイジは豪破斬撃を発動した。
「レイジ!」
跳躍の姿勢を見せた奏汰を、南波の黒爪が襲う。それすらもかわそうとした瞬間、響の放った数発の銃弾が掠め、奏汰はその場に押し留められた。
紅光を放ち、大剣が奏汰の肩を打つ。黒爪がその背を切り裂く。
「チッ‥‥面倒くせぇ!」
舌打ちし、後退する奏汰。だが、そこにはシーヴとアスカが待ち構えていた。
あやこはすかさず練成弱体を発動しようとし、
「‥‥あ、あら? じゃあこっちで!」
そのスキルを所持していない事を思い出してエナジーガンを仕舞い、背に負った大口径ガトリング砲を構えた。
「フェイントを仕掛け隙を生じさせる。支援職の科学者がまさかの積極攻勢。此方を潰せば有利との判断を誤算へ導く! ガチで殺しに来たらガチで殺し返す!」
もとはKV用兵器として開発された大重量の砲から吐き出される無数の弾丸。
「残念」
猛烈な弾幕が前衛のシーヴやアスカを遠ざけた隙に、奏汰は跳躍し、身体を捻る。明らかに目立つ、殺傷能力の高そうな武器を所持していたあやこを、サイエンティストだと見抜くことは逆に難しい。奏汰が彼女を警戒していない筈がなかった。
あやこは苛立たしげにガトリングを地面に落とし、代わりに再びエナジーガンを抜き放つ。
「中々速いじゃない。でも、どう見ても貴方が不利ね?」
避け切れない銃弾を剣で弾いた彼に、アスカの蹴撃が迫る。そして、体を反らせた瞬間に背後から襲い来る、シーヴの大剣。
体勢が悪く、回避行動を選んだ奏汰の腕を、今度はアスカの蛇剋が切り裂いた。動きを封じられ、咄嗟にシーヴと斬り結ぶ。
「テメェに力で負けるかよ」
体勢不利にも拘らず、押し返してくる奏汰の双眸を、シーヴは強く見返した。
「力勝負じゃねぇです」
言うや否や、彼女は剣を一気に傾ける。
力の方向を逸らされ、さらに体勢を崩した奏汰の側面に踏み込み、流し斬りを発動。威力を増した薙ぎの一撃が閃き、赤いものが飛び散った。
続けて豪破斬撃を発動し、奏汰の腕を狙って剣を振り下す。だが敵は、あろうことかそれを左腕で受け止めた。
「危ねぇ! 避けろッ!」
レイジが援護のソニックブームを放つ。しかし、それは奏汰の反撃を止める一手とはならない。
奏汰の剣が一瞬にして質感を変え、レーザーの光がシーヴを斬り裂いた。足元を狙って立ち回るアスカもまた、袈裟掛けに皮膚を灼かれ苦悶の声を上げる。
「面白い武器をお持ちですね。バグアから恵んで頂いた品ですか?」
響が飛び出し、イアリスを振るった。刃の先に肌を裂かれ、敵が一歩後ろに下がる。
「あっは。ったく、テメェらのカンチガイには反吐が出るぜ」
シーヴが放ったソニックブームをかわし、奏汰は再び6人と対峙した。
「上月。俺は、お前に訊きたかった事がある」
斬り合いの最中に生まれた、僅かな間。
南波は奏汰の黒い両目をじっと見据え、口を開いた。
「――お前、本当に上月 奏汰か?」
◆◇
「小型が離れてる? ‥‥となると‥向こうには何かいるな」
漸 王零は、日本海上に現れたという小型BFが気になっていた。
「以前、ロシアから北米へ何かを運んでいるらしい、巨大BFを襲撃したことがあります。アレの挙動と似てますね‥‥」
「この地区にはゾディアックが居ると聞きました。ここに現れないのなら‥‥?」
須磨井 礼二と御崎緋音の通信を聞き、赤宮 リアは、『熾天姫』の機首を北東へと向ける。
(「山羊座‥‥! 空でなら‥零さんと一緒なら――この前のようには!!」)
「ロック完了! 盛大にいきます!」
多くの大型ミサイルコンテナを搭載した雷電から、全機に向けて会戦の合図とも言える通信が響き渡る。ソードは全身の激痛に耐えながら、飛び交うキメラの向こうにHWの姿を捉えていた。
HWのミサイル一斉射を警戒していた者もいたものの、こちらと敵機の間に多数のキメラが存在しているせいか、どうやらその気配は無い。
「注意して下さい。HWの前にMRが2機配置されています」
「多少反射されても、撃墜される程じゃないですよ。負傷はしてますが、これくらいはやっておかないと‥‥」
アルヴァイムが警告を発するが、ソードの意志は固い。死ぬつもりは毛頭無いが、自分に出来ることなら最大限やっておきたいだけなのだ。
「行こうかフェニックスちゃん。今日も一緒に空を駆け回ろう」
ソードの言葉を受け、蒼河 拓人のフェニックスが加速する。キメラの群れの中に食い込み、K−02の照準を合わせた。
「さて、露払いしないとな。その道、開けて貰おうか!」
拓人機が、そして、PRMを起動し、極限まで攻撃力を高めたソード機が、一斉にK−02を発射する。計1750発もの小型ミサイルが白い軌跡を描き、晴天の空に爆炎と爆風の渦を巻き起こした。
「ぐ‥‥っ!?」
「うぁ!?」
MRに跳ね返されたか、ソード機と拓人機を強烈な衝撃が襲う。
黒煙を抜けてきたHWの大型ミサイルが容赦なく襲い掛かり、前進をかける僚機の中で、ソードは後列に下がることを決めた。
「キメラ母艦などをのさばらせておいたのでは、どれだけの被害が各所に撒き散らされるのか、分かったものではないからな。速やかに撃破して後顧の憂いを無くすのが正しかろう」
タイミングを合わせ、北東の方向へとK−02を発射した榊兵衛の雷電が、爆煙の中を入江に向けて抜けて行く。
「悪いな。俺は急に止まらないし、止まるつもりも無い」
邪魔なキメラを剣翼で斬り捨て、鹿島 綾のディアブロが兵衛機に続いた。リア機、王零機もそれに伴って戦域を離脱する。
薄れ行く黒煙の中から、大地へと零れ落ちて行くHW、そしてキメラ達の残骸。残るは中型3機、小型3機、そしてCW3機にMR3機に数体のキメラのみだ。
「さぁ、ダンスパーティーを始めるか」
雷電を駆る鹿嶋 悠が機体を前進させ、踊り出てきた小型HWと交戦を開始する。スラスターライフルが敵機を抉り、破片が陽光を反射しながら飛び散る中を、烏谷・小町のディアブロが擦り抜けて行く。
「MRが1機増殖しています。小型HWの武装は大型ミサイル、プロトン砲。中型も同様ですね」
「了解やー。アルヴァイム、親機はどこにおるん?」
迎撃に来たHWのミサイルを堅牢な装甲で弾き返し、小町はアルヴァイムの返答を待ちながらも、視界の端に見えたMRを迂回し、その向こうのCW目掛けてブーストをかける。
「さて歓迎がきたな、派手に行くぞ! FOX3!」
小町機妨害する竜型のキメラの進路に、堺・清四郎の駆るミカガミが割り込んだ。砲口から吐き出された無数の弾丸がキメラの鱗を吹き飛ばし、蹂躙する。激しい頭痛に震える身体を奮い立たせ、当たらずとも撃ち続けてもう一体のキメラを牽制した。
「1機!」
小町機と擦れ違った瞬間、CWのうち1機が弾け飛ぶ。彼女はそのままの速度を保ち、全速で次を目指した。
「親機確認。敵軍中央、中型2機の前方に位置する機です」
「了解です! 僕が行きます!」
アルヴァイムから送信されたMR親機の位置を確認し、礼二のフェニックスが旋回、敵軍に突入する。即座にHWの1機とキメラが迎撃を開始し、礼二はブーストを点火、ラージフレアを展開して回避機動を取った。
「さて‥愛機につけた『韋駄天』の名、伊達ではない事を‥‥今、証明しましょうっ!」
ミサイルとプロトン砲に被弾しながらもMR親機を目指す礼二機の隣に、金城 エンタのディアブロが躍り込んでくる。ブーストとパニッシュメント・フォースで機体性能を底上げし、礼二機に付き纏うキメラをバルカンで叩き落とした。
そして、閃く光状を何とかかわし、HWと対峙したエンタは、そのまま加速して敵機に突撃する。
「軍からの信頼回復を計りたいところなんですよね!」
シェイドを墜とし損ねたし、とまでは口に出さないが。
エンタ機の剣翼が白く煌き、HWの側面を切り裂く。ついでにその後ろのキメラを両断すると、彼は機体を反転させ、バルカンの引き金を引きっ放しにしながら再び突進した。
「2機! よっしゃ、あと少しや!!」
エンタ機の後方でHWが爆散するのを横目に見ながら、小町は2機目のCWにスラスターライフルを叩き込み、それを屠る。残る1機を捜し、赤い悪魔が猟犬のように戦場を飛び回った。
アルヴァイムのスナイパーライフルがMR親機――そのコアを狙う。慎重に照準を合わせ、引き金を引いた。
緋音機は小型HWと向かい合う。中型が前に出ない以上、先に小型から墜とすまでだ。
「行きましょう、ヘルヴォル」
真正面から撃ち込まれるプロトン砲の光。緋音の機体はバレルロールを描き、紙一重で回避しながら敵機に迫る。
「――この空を制し、この地に生きる人の守り手となりましょう!」
銃弾の嵐が、至近距離からHWを包み込んだ。ぼぼ擦れ違い様に放った高分子レーザー砲はCWとMRに威力を殺がれ、相手の装甲を焦がすのみ。だが彼女は怯まず、機体に据えた剣翼で以て敵機を切り裂いた。
「これが親機‥‥ですか」
蜘蛛の巣のようなヒビに覆われたMR。礼二はそれ目掛けて機体を滑らせ、バルカンを唸らせた。
200発の銃弾が敵機表面を砕き、侵食し、コアを破壊していく。
そして、やがて空中で四散したそれを見るなり、アルヴァイムのディスタンが一気にブーストをかけた。
「MR親機破壊。残機を掃討します」
機体を回転させて中型HWのミサイルを回避し、敵を翻弄しながらスナイパーライフルでMRを狙う。銃弾を放ち、薬莢を吐き出しては何度も敵機を撃ち抜いた。
狙撃を受け、次々と落下していくMR。最後の1機をヒビ割れが覆うのを見ながら、悠は突然、鈍重に見せていた自機の機動を変えた。
操縦桿を素早く操り、中型が放ったプロトン砲をバレルロール回避しながら敵機に肉薄する。唐突な高機動戦に付いていけず、自機を一瞬ロストした中型に、真上から急降下をかける雷電。
「ただの鈍重な雷電と思わないで貰おうか」
悠機の放った無数の銃弾が、中型の装甲を大きく吹き飛ばした。
◆◇
兵衛、リア、王零、綾の駆る4機が入江のBFへと急行する。
「護衛機は無しか。手早く済ますとしよう」
周囲を確認し、兵衛はUK‐10AAMの発射レバーを引いた。巨大さだけが取り柄の鯨は避けることも出来ずに脇腹に受け、オレンジ色の炎が立ち上った。
護衛機の無いBF――それも、800mという巨大さのあまり回避能力に欠ける輸送艦相手の戦闘は、完全に傭兵達の独壇場であった。
ミサイルが飛び、粒子砲が光の帯を描いて絶え間なくBFを襲う。鈍重な鯨は対空砲を撃つこともままならず、少しずつ削られて行く我が身に鞭打って、何度も浮上を試みていた。
「よし! あとは俺がやる!」
綾機がブーストをかけ、一気に垂直上昇し始めたのを見て、艦橋を攻撃し続けていたリア機が離脱する。
今度は機首を真下に向けて猛スピードで降下する綾のディアブロ。パニッシュメント・フォースを乗せたM‐12強化型帯電粒子加速砲が火を噴き、艦橋に大穴を開けた。
「さて、ローストBFの作成時間だ!」
綾の瞳に、焼け焦げた艦橋に倒れた誰かの姿が、一瞬だけ映り込む。
Gプラズマ弾を投下する。
離脱する綾機の背後で電撃が荒れ狂い、鯨が大きくその身を傾けた。
「これで終いだ‥‥散れ‥デカブツ!!」
王零機のM‐12強化型帯電粒子加速砲をその身に受け、鯨は轟音とともに海へと墜落して行った。
◆◇
「平坂さんっ?」
1班の中で、平坂 桃香だけが扉の前で止まらず、そのまま走り抜けた。
アーサー・L・ミスリルに「ちょっと回ってきまーす」と一言残し、彼女の背中は遠ざかって行く。
「仕方ありませんね。‥‥まあ彼女は腕も立ちますし、自力で何とかするつもりなんでしょう」
クラーク・エアハルトは嘆息し、とりあえず三人での突入を決意した。
「やはりキメラ製造施設だったか‥‥」
トヲイは、自身にとって二度目の来訪となる白い建物を忌々しげに見上げ、吐き捨てる。
一体何人の人間が、ここで命を落としたのだろう。
「――潰してみせる。絶対に‥」
(「三人か‥‥アレからマシな戦いは出来る様になったとは思うけど‥」)
城崎での戦いに参加した時、アーサーはまだ、新兵と呼べる状態であった。
それから半年。攻められるばかりだったUPC軍は、もうここには居ない。
(「いや‥‥俺がやる事は、一つ」)
「‥可能な限り、施設の破壊は控えたい所だが‥‥時間が無い、入り口は弾頭矢で吹き飛ばす!」
クラークが2班と無線を飛ばし合い、トヲイが洋弓に弾頭矢を番える。
アーサーは雲隠を抜き放ち、爆音にも劣らぬ声を張り上げた。
「斬って斬って叩っ斬るのみ!!」
内側に吹っ飛んだ扉の奥から飛び出してくる白い物体。一瞬のうちに、アーサーは刀を振り下ろしていた。
右前脚を斬り飛ばされ、地面に転がったそれに刀を突き下ろし、初めて白虎だと認識する。
施設内部から飛来する3つの炎弾。クラークが1発をその身に喰らうが、彼は構わず、ドローム製SMGを構えて立ち上がる。無防備に外へと飛び出した3頭の白虎が、次々と狙撃を受けて悲鳴を上げた。
シュナイザーに持ち替えたトヲイが跳躍し、キメラの只中に着地する。そのまま紅蓮衝撃を発動させ、襲い来た1頭の咽元を深々と切り裂いた。崩れ落ちる白虎の脇から別の一頭が前肢を伸ばし、トヲイの肩に鋭い爪を立てる。
「倒れろ!!」
背後から走り込んだアーサーが、そのキメラの背に刺突を放った。
そして次の瞬間には、串刺しとなったそれの頭がスイカのように弾け飛び、クラークの銃が硝煙を上げる。
返り血と、血でない何かを全身に浴びながら、アーサーは飛来した炎弾を受けた。歯を食い縛り、最後の1頭に斬り掛かる。
クラークが影撃ちを発動し、白虎の毛皮が紅に染まった。見開かれた獣の目に自分を映し、アーサーは、夢中でその首を斬り飛ばす。
「入りましょう。‥‥常に最悪の想定をしておけば、ショックは多少小さいですよ」
僅かの間に、血の海と化した施設入口。その時、桃香からの無線連絡が入った。
『こちら平坂。ちょっと大きい扉開けたら、車が一台あったんで破壊しときますねー』
このまま施設に入ります、と言う桃香に返事を返し、3人は、隠密潜行を発動したクラークを先頭に施設内部へと侵入して行ったのだった。
「キメラは確実にいるだろーネ」
左手に校門と奏汰が見える位置の扉を選び、2班はそこまで一気に駆け抜けた。
(「心みたいなのは‥‥あんなのは、もう作って欲しくないナ」)
人間としての心を残したままキメラと化した青年は、かつて彼を愛した者とその周囲をも巻き込んで、ただ苦悩と悲哀を産むだけの存在と成り果てた。奏汰の存在とて、恐らくは同じ。
それら全てを断ち切れるよう、ラウルは願う。
「キメラ、製造施設、制圧、出来れば、色々と、研究とか、進みそう、です、ね」
「ええ。空の仲間も、陸のUPC軍も全力を尽くしています。大事な局面ですから、手落ちの無いようにしませんと‥‥」
ルノア・アラバスターが物珍しそうに施設を見つめ、銃型の超機械を扉へと向けた。鳴神 伊織もまた、奏汰が追って来れないことを確認すると、ルノアとラウルに一瞥ずつ送り、番天印を構える。
「扉を、破壊、します」
ルノアの合図で、3人は一斉に扉に向けて発砲した。堅牢に見える扉に無数の穴が穿たれ、やがて鍵穴と思しき部分が甲高い音を立てて弾け飛ぶ。
「開きました。――注意して下さい」
ある程度の破壊を加えると、扉は独りでに内側へと開き始めた。鬼蛍を抜き、身構える伊織。
内部から聞こえてきたのは、猛り狂った獣の唸りであった。
「コイツは炎弾を吐くヨ!!」
「なるほど‥‥口内に注意を払えば良いのですね」
同種のキメラと戦った事のあるラウルが警鐘を鳴らし、伊織とルノアの目がキメラの口元へと向いた。口腔内に生まれた炎が次々と撃ち出され、しかし軌道を読まれて軽くかわされる。
大きく跳び上がり、伊織に襲い掛かる白虎。
「スキルを使うほどでもありませんね」
突き出された刃に咽を刺し貫かれ、白虎が必死に手足をバタつかせる。伊織は驚異的な腕力で刀を振り、無残に斬り裂きながらそれを脇に捨てた。
ルノア目掛けて駆け出した1頭に向け、強弾撃を発動したラウルのSMG掃射が襲い掛かる。幾つもの弾丸を受けて悲鳴を上げた白虎は、それでも力を振り絞って炎弾を吐き出した。
「あ、つ」
炎の塊が脚を掠め、眉を顰めるルノア。だが、すぐさま超機械を構え直し、トリガーを引く。
「スナイパーの、知覚力、侮ると、危ない、です、よ?」
白虎の毛皮の下に潜り込んだエネルギー弾が、音もなく膨張して肉を引き千切る。胸部を完全に抉られて倒れた敵を飛び越えて、ルノアは最後の1頭に狙いを定めた。
ルノアの超機械、そしてラウルのSMGが同時に火を噴き、伊織に襲い掛かろうとする白虎の頭部を完全に吹き飛ばす。
刀を振ろうと構えていた伊織は、目の前で崩れ落ちるキメラを見ながら腕を下ろし、二人を顧みた。
「――では、参りましょう。ルノアさん、よろしくお願いします」
「下がって、先行、します」
◆◇
『彼は本当に、上月 奏汰か』
「死んだかどうか、気になんだろ?」
奏汰の声に、南波はピクリと肩を震わせる。
「気になるよなぁ? 殺人になるか殺人未遂になるかのラインだもんなぁ?」
黙り込む南波と、話が読めず疑問符を浮かべる5人。奏汰はケラケラと耳障りに笑う。
「まぁ聞けよ。コイツは戦闘中に、俺の機体を追っかけ回して撃墜しやがったんだぜ? あぁ、ミサイル撃ち込んだのは、あの女の方だったか?」
「南波‥‥惑わされるんじゃねぇです」
シーヴが小さく声を掛けると、南波は顔を上げ、奏汰を見返した。
「上月。お前の軍規違反のお陰で、多くの傭兵が危険に晒された。だから俺はお前を戦場から追い出そうとした。琳 思花(gz0087)の射線上にお前が入ったのは――単なる偶然だ」
「ンなもんどっちだっていいだろ? テメェが人を殺したってのは事実なんだしよ?」
嘲りを込め、奏汰が嗤う。
だが、そこで声を上げたのは、響であった。
「――成程。奏汰さんは死んだのですね?」
「‥‥‥」
奏汰は言った。南波は人を殺した、と。
「あらあら‥‥ボロが出たわね?」
睨めつけるような眼で、アスカが奏汰の顔を見つめ、嘲笑う。
「いー加減めんどくせぇな‥‥」
奏汰はしばらく口を閉ざしていたが、ややあって、再び口端を引き上げた。
「あぁ、そうだぜ? ――奏汰じゃねぇよ、『俺』は」
「誰かと思えば実はバグア、ってわけか。遠慮なくやらせてもらうぜ‥‥寄生虫野郎ッ!」
あやこの前に割り込んだレイジが、降り下されたレーザー剣をその身で受け止め、激痛に耐えながら体当たりを仕掛けた。体をぶつからせ、相手を退がらせた上で豪破斬撃を発動、半転しながらコンユンクシオで斬り裂く。
レイジの二撃目を硬質化した剣で受け止め、奏汰はシーヴを真似てそれを横に流す。そのままレイジの横を擦り抜け、近接武器を持たないあやこ目掛けて剣を振り下ろした。
「ンなもん‥‥!」
エナジーガンを掲げ、何とか受け止める。例え手首の骨が嫌な音を立てようとも、二撃目が腹部を切り裂こうとも、あやこは絶対に悲鳴など上げなかった。
「全力で打倒させてもらいます!!」
響の銃弾が側頭部を掠めて飛び、背後から南波のガンドルフが迫る。奏汰は飛び退き、着地と同時にレイジの放ったソニックブームを横合いから受けて体勢を崩した。
「人様ん星を踏みにじっておいて、死にたくなけりゃ逃げ帰れ? お前こそ巣に帰れ!!」
練成治療で自らとシーヴの傷を塞いだあやこは、憎しみを込めて敵を睨み、怒鳴り付ける。そして、前衛のシーヴとアスカの武器に練成強化をかけた。
「何か言いたいことはある? 無いならさっさとあの世に逝って頂戴」
再び奏汰の前へと躍り出たアスカが、光を纏った短剣を振るい、翻弄する。そして相手が一瞬よろめくと、隙を逃さず、その脇腹目掛けて刃を突き立てた。そこへ振り下ろされる、南波の黒爪。
「ぐ‥‥っ!?」
動きを止めた奏汰に、シーヴの豪破斬撃が襲う。
攻撃を受け止められたシーヴは、すぐに体を離して流し斬りを発動した。彼女の大剣が奏汰の左腕――先程斬撃を止めた部分を狙い、振り抜かれる。
鈍く、骨が折れる感触。彼女はもう一度豪破斬撃を発動し、今度こそ、その左腕を完全に切断した。
声にならない悲鳴を上げる奏汰に、再びイアリスを抜いた響が迫る。アスカに斬撃を加えて退かせ、彼女の身体を盾にしようと動く奏汰。
「攻撃しようが無駄! わたしがいる限りは!!」
エナジーガンの一撃に背部を灼かれ、奏汰は思わずアスカを掴む右手を離した。ふらつくアスカに駆け寄り、あやこは練成治療を施す。
白刃が閃き、敵の咽元に赤い筋をつけるイアリス。響はレイジと南波に目で合図を送り、二撃目をわざと外してみせる。
「当たるか‥‥!!」
軽々と避けたはずの奏汰を、待ち構えていた大剣と黒爪が斬り裂いた。
◆◇
もはや、奏汰がここに留まる理由は無かった。
扉を守っていたキメラたちの声も消え、奏汰自身の傷も深い。
彼は吼え、身体を回転させながら片手で剣を振るい、取り囲む能力者たちを一瞬だけ遠ざけて、走り出す。
「退きやがれぇぇぇッ!!!」
怒号と共に、あやこの右肩から胸のあたりを一閃した。そして、返す剣で再び胴を。一瞬遅れて、真っ赤な血が噴き出す。
「逃がさないわ」
あやこが倒れ、瞬天足と瞬即撃を発動したアスカが、側面から奏汰に急所突きの一撃を見舞った。だが、薙ぎ払うかのような斬撃が襲い掛かり、彼女は思わずその場に崩れ落ちる。
包囲網を抜けた奏汰は何故か、体育館の方へと向かった。
「‥‥HWで逃げる気かもしれねぇ」
ふと、レイジが口にしたその一言に、一同はハッと顔を強張らせた。
小学校の体育館とはいえ、広さはそれなりに在る。
危機感を覚え、瞬天足を発動した南波が、先回りして体育館前に立つ。響のフリージアが銃弾を吐き出し、奏汰の首筋を掠めた。
「お待ちなさい!!」
「――クソッ!!!」
奏汰は南波の黒爪を弾き飛ばし、その胸を大きく斬り裂いて隙を作ると、シーヴとレイジの放ったソニックブームを横に跳躍してかわす。そしてそのまま、手近な塀に手をつき、それを乗り越えた。
「逃がさねぇです!!」
シーヴが塀に駆け寄り、一息に飛び越える。
だが、既に奏汰の姿は無く、そこには無人の民家が立ち並ぶ静かな町並が広がっているのみであった。
「‥‥そう遠くには、行けないよ」
通りに立つ彼女に、塀の上から南波が言葉を落とす。シーヴは無言で剣を収め、暫くそのまま、静まり返った町を睨み続けていた。
「平気よ、ちゃんと帰れるように治しておくわ」
自らの傷を練成治療で塞ぎ、仲間達を治療して回るあやこの声。
そんな中、体育館の中で響とレイジの二人が目にしたものは、予想通り小型HWだった。
天井を改造された体育館の床で沈黙したままの、暗色のHW。
三日月を模したエンブレムを持つそれは、紛れもなく兵庫バグア軍の副官機そのものであった。
◆◇
正六面体の透明なワーム。
透けた内部に核を持つそれは、不意に飛来した小町機の砲を受けて大きく弾け飛んだ。
「これで――最後や!!」
愛用のスラスターライフルを素早くリロードし、中型の砲撃をも僅かに機首を上げたのみで軽々とかわすと、小町は前方に見えるCW目掛けて加速する。
荒れ狂う嵐のように弾丸が降り注ぎ、瞬きする間に原形を失くして行くCW。それが晴天に散る屑と成り果てた時、皆を苛んでいた頭痛がスッと消え失せた。
中型の1機が悠の雷電に追われ、慣性制御を駆使して上下を繰り返しながら戦場を駆ける。その2機のやや上空に位置取り、拓人機が援護のスラスターライフルを掃射した。
「往生際、悪いよ?」
無数の弾丸が降り注ぎ、ガクンと揺らぐ中型。悠はその隙を見逃さなかった。
「何時までも無人機と遊んでいる暇は、無い」
悠機から撃ち放たれた螺旋弾頭ミサイルが敵機に突き刺さり、装甲の内部から爆発を起こす。そして、半身を吹き飛ばされて墜ちるそれを顧みることなく、悠は別の中型へとミサイルの発射レバーを引いた。
「BFは――まだ間に合いますか!?」
ミサイル着弾の爆炎に包まれる中型。そこへ緋音の雷電が真っ直ぐ突っ込み、スラスターライフル、レーザー砲を撃ち込んだ後に剣翼で斬り裂き、止めを刺した。
「微妙なところです」
「やはり、CWやMRがいると長引きますね‥‥」
最後の中型に礼二機がスラスターライフルを叩き込み、エンタ機のバルカンがそれを追い詰めていく。
傭兵側の損傷など殆どが軽微なもので、制空任務としては圧勝である。だが、エンタの言う通り、当初予想していたよりは時間が掛っているのも事実だ。尤も、『BF班を救援に向かう』には少し遅い、というだけの話で、制空権奪取という点では、寧ろ迅速に完了したと言って良いのだが。
「これで終いだ。貴様たちにこの星は渡さん!」
清四郎機の砲が轟音を上げ、撃ち出された幾つもの銃弾が中型の進路を阻み、破壊の限りを尽くす。
光を失い、黒煙に包まれながら地上へと墜ちて行く中型HWの上空を、5機のKVが日本海へと抜けて行った。
小型BFを発見し、兵衛、リア、王零、綾の4機は機体を加速させた。
「俺は鯨に専念する。何か出てきた時は、頼む」
リアと王零にそう言い置いて、兵衛はBF目掛け螺旋弾頭ミサイルを発射する。
着弾し、艦の側面を爆炎が包んだ。漸機はK−02ホーミングミサイルを、リア機はDR‐2荷電粒子砲を、ほぼ同時に撃ち放つ。
光の奔流と無数の小型ミサイルがBFを撃ち、艦全体が大きく揺れた。
綾機が艦上部に接近し、荷電粒子砲を叩き込む。そして、続け様にスラスターライフルのトリガーを引こうと手を掛けた時、鯨に異変が起きた。
「出やがったな‥‥!」
綾の視線の先で、艦下部のワーム発進口がゆっくりと開く。
そこに見えた真紅の機体は――紛れもなく、ファームライド。
「あのエンブレムは‥‥山羊座っ! やはり出てきましたね!! FRは私達が!」
「リア‥‥連携して奴を止める‥‥無茶はするなよ」
FRの発進とともにハッチを閉じるBF。王零機とリア機はFRを目標に加速をかけた。
その目の前で、スゥッと空に溶けるFR。それが姿を消した空域に照準を合わせ、王零機がK−02の残弾を全て撃ち出した。小型ミサイルが雨霰となって空を覆い、だが、敵機に当たる事無く誘爆して行くのみ。リア機もまた、その周辺にレーザー砲を撃ち出して様子を見るが、そこにFRは居ない。
「FRは頼んだ! 俺達はこのままBFを――っ!」
ミサイルを駆使して対艦攻撃に当たる兵衛機の上空で、ひたすらにスラスターライフルを撃ち、BFに攻撃を加え続ける綾のディアブロ。あろうことか、彼女のコックピットにロックオンアラートが鳴り響いた。
回避機動を取るも、2発のミサイルが正確に装甲を吹き飛ばし、続いて撃ち込まれたプロトン砲に尾翼をもぎ取られる。そして、今度は兵衛機の左翼の先が光条に灼かれて溶解した。
即座にG放電装置を射出するリア。だが、それが敵機を捉えることは無い。
「零さん。光学迷彩中は無理に攻撃せず、何とか引き付けましょう!」
「ああ‥‥」
だが、時間は無い。敵機は見えない。――どうやって引き付ければ?
兵衛機のコックピットで、何度もロックオンアラートが鳴り響く。回避し、被弾し、時にプロトン砲を撃ち込まれながらも、兵衛と綾は、徹底的にFRを無視して対艦攻撃をし続けた。自分の役割を正確に理解していたのだ。
「くっ‥‥! 悪ぃ、兵衛!! 脱出する!」
さらに1発、FRのミサイルに被弾し、綾のディアブロが空中爆発を起こして四散した。脱出ポッドがパラシュートを広げ、日本海へと落下して行く。
「綾さん!!」
悲痛な声を上げるリアの機体に並び、冷静に索敵を続ける王零。そして、プロトン砲の光が『何もない空』から生まれた瞬間を、とうとう見切った。
「そこだ!!!」
超伝導アクチュエータを起動し、剣翼を唸らせて突撃する王零機。確かな手応えが機体を震わせ、リア機のG放電装置が電撃を放つ音を聞いた。
『見つかっちゃった☆』
青空の中、溶け出すように姿を見せるFR。すかさずリアはDR‐2荷電粒子砲の砲口を敵機に向けた。
――FRの背後に、BFが並ぶような位置取りを狙って。
『さぁ‥この状況でも避けられますかっ!?』
『撃てば? あたし、そんなんじゃ墜ちないし』
軽く言い放った山羊座のFRに照準し、リアはトリガーを引いた。その光はFRを包み込み、赤い装甲を溶解させて行く。その直後を狙い、再び加速する王零機。剣翼がFRの側面を切り裂き、耳障りな音が響き渡った。
「なっ‥‥また消えたか‥‥!」
更なる追撃を避け、再び空に溶けるFR。空中から幾筋もの光が生まれ、王零機に一撃を加えた後、兵衛機を次々と撃ち抜いた。
「限界か‥‥済まん。後は‥‥」
UK‐10AAEMがBFの腹にめり込み、紅蓮の炎と破片が飛び散る。敵艦がぐらりと傾ぎ、コンテナのようなものが海面へと落下していくのを見つめながら、兵衛は脱出レバーを引いた。
「そんな‥‥」
『もーちょっとだったのにね。Ate logo♪』
リアのアンジェリカを、アラートと激しい衝撃が包み込む。
「‥‥引き上げだな」
左右に揺れ、不安定に飛びながら、香住のバグア軍基地へと遠ざかって行くBF。
王零機の背後には佐津からの5機が見え始め、眼下の海には、不審なコンテナが3つ、浮かんでいた。
◆◇
桃香を除き、キメラ研究施設に突入した6人は、ある意味では拍子抜けとも言える状況に、皆、複雑な表情を浮かべていた。
扉の中は、1階をぐるりと一周する広い廊下のような場所であった。廊下には幾つか扉があり、それらを破った向こう側には、1階の殆どを占めるであろう巨大な部屋が広がっている。
これはどちらの班も同様であり、要するに、施設の外で分かれた傭兵達は、施設の1階で早くも鉢合わせすることになったのだ。
拍子抜けするほど、単純な構造。
しかし、その広い室内で繰り広げられていた光景は、ただひたすらに常軌を逸していた。
「想定内の、最悪の状態ですね」
「最悪すぎるだろ‥‥」
閃光手榴弾のピンを抜きながら呟いたクラークに、アーサーは顔を顰めたまま、小さく返す。
むせかえるほどの鉄の臭いが、その部屋には充満していた。
ラウルが室内を見回す。
壁際に並んだ円筒形の水槽のようなものには、何も入っていない。培養されていたであろう肉塊は解き放たれ、殆どが床の上に濡れた体を晒していた。
そして、自由を手にした少数の未熟なキメラ達は――
「何コレ。‥‥口封じとか、そゆ感じ?」
人を、食っていた。
床の上、デスクの上、何か良く分からない装置の上。全てが、血と肉片に塗れていた。
転がる死体は、恐らくここに取り残された親バグア派の研究員や作業員だろう。
侵入者に対しての防衛戦力として放った未熟なキメラが、万一捕虜となっては面倒な人間の始末もしてくれる、というわけか。
「目を閉じて下さい!!」
デスクの下に隠れた男を掴み、引き摺り出そうとするキメラ目掛けて、クラークが閃光手榴弾を投げ込んだ。
膨大な光が溢れ、轟音がキメラを襲う。
「その手を放せ!!」
「慈悲を掛けたつもりはない。親バグアの人間は大っ嫌いでね。特にキメラの研究者は、ね?」
光が治まるなり室内に雪崩れ込む傭兵達。トヲイのシュナイザーが肉塊にも似たキメラをFFごと両断し、クラークが素早く机の下の男を銃のストックで殴って失神させた。
「趣味の悪い事を。――灼雷・閃」
目を灼かれた3m近い大型のキメラに、紅蓮衝撃、スマッシュ、豪力発現を同時発動した伊織の鬼蛍が襲いかかり、斬り飛ばされた上半身が重い音を立てて床に落ちる。
「逃がしはしないヨ? 用があるからネ」
飛び掛かって来たキメラを影撃ちで一息に屠り、ラウルは、混乱に乗じて逃げ出そうとした研究員の右腕を、急所突きの威力を乗せたシエルクラインで肩ごと吹き飛ばした。
ルノアの超機械が黒色の球を撃ち出し、最後のキメラの左脚を根元から引き千切る。咆哮を上げてキメラが横に傾いだ瞬間、豪破斬撃と急所突きを発動させたアーサーの刺突が、見事にキメラの心臓を貫いた。
「大人しくして下さい‥それとも手荒な方が好みですか?」
静まり返った施設内で、生き残った親バグア派に手錠を掛ける伊織。彼らは皆、一様に怯え切っており、もはや抵抗する様子は見られなかった。
「司令室も空か‥‥」
施設奥の様子を探りに行ったトヲイ、クラーク、アーサーの3人が戻って来る。その中には、別行動を取っていたはずの桃香も混じっていた。
「まあ、施設は放棄したわけじゃないけど、大事なものは持って逃げたって感じみたいですよ。車の側で締め上げた奴が、そんな感じの事を言ってましたし」
桃香もまた、白虎と遭遇したらしい。全身が埃と血に塗れ、生傷が濡れた光を放っていた。
「虎にかまけて、ちらっとしか見てませんけど。2階は倉庫みたいな感じでしたね」
「メモでも何でも構いません。施設について分かりそうな物は片っ端から持っていきましょう」
クラークの言葉に、皆が頷く。
隠密潜行を発動したルノアが先頭に立ち、傭兵達は慎重に、施設奥の階段へと進んで行った。
こうして、キメラ製造施設は殆ど無破壊のまま制圧に成功。
親バグア派捕虜5名の捕縛、及び、いくらかの研究データを押収し、作戦は無事完了したのであった。
◆◇
佐津地区奪還作戦における25人の傭兵部隊の活躍は目を見張るものがあり、制空権奪取、母艦BF撃墜、キメラ製造施設制圧、敵研究員の捕縛、敵エース機鹵獲の他、敵副官を重傷に追いやるなど、その戦果は予想以上のものであった。これにより、遂にUPC軍は、佐津地区よりバグア勢力を駆逐することに成功した。
尚、小型BFより海中へと落下したコンテナは、現在UPC軍の手によって回収され、分析が進められている。