●リプレイ本文
「こんにちは、マーティンさんのダイエットに協力することになったヴィー(
ga7961)と申します」
「初めまして、緑川めぐみ(
ga8223)ともうします。よろしくお願いしますね」
「も‥‥萌え‥‥」
にっこりと微笑んで会釈する美少女集団に、マーティンは、天にも昇る気持ちで鼻の穴を膨らませる。
狙い通り、全員女性。しかも、マキちゃんとおそろいの日本人・日系女性が半数以上という、この奇跡。
膨らんだ鼻から、ついでに、ブゴァッ、と謎の音まで立てて興奮状態の彼を前に、緑川はというと、なんと引くこともなく笑顔を保っていた。
「あの、マーティンさん? なんだか凄く息が荒いみたいですし、やせたほうがいいです。頑張りましょう」
「がっ‥‥頑張らせていただぎばゴフッグホォッ!!」
――鼻息の荒さの根本的な原因は、体重以外のところにありそうである。
「身体を動かすのは楽しいですからわたしも一緒にやりますね〜」
進み出たのは、エレナ・クルック(
ga4247)。彼女を含め、忌咲(
ga3867)、ハルトマン(
ga6603)、緑川のローティーン・スクール水着攻撃は、まさしくマーティンの脳天にクリティカルヒット状態であった。
「これしか水着持ってないですから」
はにかんで笑うエレナ。この調子では、マーティンのお友達は鼻血になってしまうかもしれない。
「日本のヲタク文化も随分グローバルスタンダードになったモンだねぇ。まったく未来は明るいなこりゃ」
『人質』とマジックで殴り書きされたゴミ袋の中身を覗き込みつつ、黒いワンピースの水着に身を包んだ風巻 美澄(
ga0932)は、完全に未来に暗いものを見た口調で呟き、ため息をつく。
実は、プールに来る前に、全員でマーティンの部屋を掃除し、『人質』ならぬ『モノ質』をゲットしてきたわけである。
「あ、うあああぁあぁああ!? マキちゃんがっ、マキちゃんが大変なことにぃぃ!」
ゴミ袋に詰められたマキちゃんグッズを目の当たりにし、マーティンは、鬱陶しいぐらいに取り乱した声を上げた。
「ダイエットが終わるまでの我慢ですから〜」
「あ、ちゃんとお返ししますよ? 壊したりしませんから」
マイペースに袋の口を閉じるエレナと、マキちゃんグッズの高価さを知ってのことか、割と気を遣っている様子の平坂 桃香(
ga1831)。
「こんなに汚かったら、女の子もがっかりするのですよ」
「スナック菓子とピザのレシートばっかりですよ〜?」
回収したゴミとジャンクフード(開封済み多数含む)を満杯に詰めた袋を見せ、ちょっと困った顔をしてみせたのは、最年少のハルトマン、そして、乾 幸香(
ga8460)である。
「マーティンさん、これは処分しますね。置いてあると食べちゃうでしょう?」
「あああ〜! ボクの‥‥ボクの非常食‥‥っ!」
「あう、私たちも、遊びで来ているわけではありませんから‥‥すみません」
スナック菓子ごときに未練がましいマーティンの目の前で、ヴィーは、モノ質以外のゴミ袋を、通りすがりの掃除のおばさんに、問答無用で全部引き渡した。
「うう‥‥ひどい‥‥依頼人に対してこの仕打ち‥‥」
「あぁ? 何甘えたこと言ってやがる」
球体に近い姿でしゃがみ込み、めそめそと泣き始めたマーティンに、風巻の容赦ない一言が突き刺さる。
と、泣きじゃくる彼に、髪をお団子にまとめた忌咲が歩み寄り、一冊のノートを差し出した。
それは、『だいえっと手帳』とタイトルが付けられた、忌咲お手製の体重記録用ノートであった。
「元気出して、マーティンさん」
忌咲はそう言うと、おもむろにマーティンの頭を撫でる。
「こ‥‥これ、ボクのために‥‥?」
彼は、ノートを握り締め、ぷるぷると体を震わせた。
リアルな少女に体を触れられるなど、一体何年ぶりだろうか。ちなみに最後に触れてくれたのは、今年1歳の姪っ子だ。
「き、忌咲ちゃん、萌えええぇえぇえぇぇぇ!!!!!」
「いっ‥‥いやああああっ!?」
――数秒後、セクハラ及び暴走の罪により、完全にプールに沈められているマーティンの姿がそこにあった。
◆◇
基本運動メニューは、プールでの水中ウォーキングである。
「ムハァー‥‥ブフォーッ」
「もうちょっとだから頑張れ〜」
「ブハァーッ、グホッ、ズビズビズビッ」
顔をつけてもいないのに苦悶の吐息と鼻水を垂れ流しつつ、マーティンは、必死に50mプールを前進していた。
根性のない彼が何故こんなに頑張るかといえば、周囲を取り囲む水着の天使たちの黄色い声援(?)のおかげである。
しかも、ゴール地点では、スクール水着とはまた一味違った魅力の平坂と乾が待っているのだ。
「マーティンさん、ふぁいとだよ」
浮き輪の代わりにビート板につかまり、マーティンの前を泳いでいるのは、エサ役の忌咲。追いつかれては大変なので、彼女も必死だ。ついでに言うと、マーティンの斜め後ろにいるヴィーもまた、彼の撒き散らした鼻水を避けるのに必死である。
「5往復達成なのです。よく頑張ったのですね」
通常の三倍ぐらいの時間をかけて、プールの縁に辿り着いた虫の息のマーティンに、ハルトマンの可愛い笑顔が向けられた。
「ブボォッ‥‥ゲホゴホッ‥‥も、もう限界‥‥ジュースが飲みたいよ‥‥」
だが、早速弱音を吐き始めた彼に、すかさず喫煙ルームから出てきた風巻の檄(げき)が飛ぶ。
「これぐらいで情けない声上げやがって! 喉が渇いたか。ホレ、水道水。糖分なんか取らせるかバカ」
「うう‥‥美澄ちゃんは、ツンデレだなぁ‥‥」
「誰がツンデレだ! この球体!」
またもいらぬ事を口走ったマーティンに、リーチの長い濡れタオルの一撃がヒットした。しかし、彼にとっては、それもツンデレなじゃれ合いの一種である。
「ほら、マーティンさん、もう5往復残ってますよ〜」
「はい、水中では負担が大きい割に浮力も発生するので極端な肥満の人の足に対するダメージも小さいので長時間続けられますね。さくさく行きましょう!」
「ええぇーー!? もうボク限界だよぉー!」
言ってることはもっともだし可愛いが、案外スパルタなエレナと緑川が、水面に浮かんで怠け始めたマーティンを急かし、強制的に水深の深い方へと移動させた‥‥。
◆◇
掃除、運動ときたら、やはり次は食事である。
「メシはリンゴだけだ。リンゴダイエットってワケだな。体にいいぞ」
「ひぃぃ‥‥鬼‥‥!」
運動後、風巻によるツンデレを超えた食事制限宣告を受けてヘロヘロのマーティンに、乾が声を掛けた。
「やっぱり、食べるものも食べれないというのはものすごいストレスだと思うんです。ストレスが原因で過食に陥る人も居ますし、余り押さえつけない方が後々の為じゃありませんか? だから、なるべく締め付けないで、野菜や低カロリーでお腹に溜まりやすいモノを主体にメニューを考えて食べて貰った方がいいと私は思うんです」
「幸香ちゃん‥‥なんて優しい‥‥」
エプロン姿のハルトマンにさり気なくにじり寄りつつ、マーティンは思わず、乾の言葉に涙ぐむ。
「おからを使うとカロリーが低くてお腹の膨れるお料理ができますよ〜ハンバーグとか〜」
そこへ、エレナが、更に優しい言葉をかけた。アメリカでは入手が難しいおからをわざわざ買いに行き、さらに、依頼終了後に手渡せるよう、レシピ集まで用意する念の入れようである。
「もちろん、おから以外のレシピもたくさんあるのです」
ハルトマンは、自分とマーティンの体が接触する直前に紙一重で避け、にぱっと笑って言った。
「デザートのレシピもあるんですよ」
「ダイエットがんばってますからご褒美です〜」
続いて乾とエレナが、お玉を片手にレシピを捲り、『おからクッキー』『フルーツゼリー』などのページをチラつかせてマーティンの興味を誘う。
「さあ、マーティンさんもお手伝いしてくださいねぇ。お料理覚えましょ!」
「ええッ!? 自分で作るの〜? 疲れたよぉ」
ウジウジするマーティンに、ヴィーは、困ったように小さく呻いた後、片手の人差し指を唇に当て、
「あう、自分の健康は自分で管理しなきゃだめですよ。いつまでも他人任せにしていたら温厚な私も怒りますからね♪」
あえて満面の笑顔で言ってみた。
しかも、ちょっと頬が赤くなってる辺りが、非常にマーティンの興奮を誘ったらしい。
「ヴィーちゃん‥‥ヴィーちゃんになら叱られたいいぃぃぃぃーーッッ!!!」
「きゃああぁっ!? ちょっと、何するんですかっ!?」
「だからそれをやめろーーッ!!」
再び暴走したマーティンの脳天目掛け、風巻の右足が唸りを上げた。
◆◇
一日目、二日目と、ダイエットは順調に進んだ。
昼間はプールで徹底的に運動させ、食事は栄養バランスの良い低カロリーのものを自炊させる。さらに、意志の弱いマーティンの生活が元に戻ってしまわぬよう、夕食後は、彼の家族を交えての意見交換を行う。
そして間食は、ガムや手作りのものを適量与えた上で、スナック菓子やジャンクフードを一切排除した。
さすがにここまでやれば、普通の体型の人間でも体重が落ち始める。通常の数倍の体重を誇るマーティンならば、5kgくらい、すぐに落ちても不思議ではないだろう。
「マーティンさん、あと900g! あとちょっとだよ!」
体重計の前で『だいえっと手帳』にマークをつけながら、スクール水着の忌咲が、プールサイドのマーティンに向け、ガッツポーズをしてみせた。
「うーん、ボクもやればできるんだなぁ」
昼食のおかずに温野菜サラダをパクつきつつ、マーティンは、鼻高々といった様子で頭を掻く。
「あう、ご飯はちゃんとたくさん噛んだ方が、よりお腹が膨れますよ♪」
「それに、しっかり味わえますよ〜」
目を離すとすぐ口一杯に食べ物を頬張る彼に、ヴィーとエレナが、やんわりとした口調で注意した。だが、マーティンは、イマイチ聞いている様子がない。
それどころか、彼は、こんな事を言い出したのだ。
「あ、そうだ! 900gぐらいだったらさぁ、ちょっと水控えたら何とかなるんじゃないかな〜?」
「え‥‥? それは意味がないよ?」
「でも、ボク頑張ったし‥‥ちょっと休憩休憩〜」
眉をひそめる忌咲の前で、マーティンは、おもむろに寝転がり始めた。
そう、なんと彼は、美女に囲まれたこの萌え空間にすっかり慣れ、エネルギー不足に陥ってしまっていたのだった。
「ダイエットは、続けることに意味があるんですよ? 三日坊主でも、三日はもつのに‥‥」
三日もたなかったマーティンの巨体を眺めながら、乾が呆れたような呟きを漏らす。
「だって、もう筋肉痛で動けないよぉ。‥‥あ、そうだ!」
と、ゴロゴロ床に転がっていたマーティンが、すぐ傍に座っていた緑川の姿を目に留め、不気味な笑みを浮かべ始めた。
「‥‥めぐみちゃんが膝枕してくれたら、疲れが吹き飛ぶかも‥‥ぐふふ」
「それはセクハラだよ!」
「また沈められたいみたいなのです」
あまりに気持ち悪いマーティンの含み笑いに、忌咲とハルトマンがすかさず非難の声を上げる。
だが、緑川は、動じることなく無言で立ち上がると、おもむろに人質袋の中に手を入れた。
「‥‥お兄様もアニメが好きですし、知っていますよ。貴方に有効な報復方法はこれですね」
静かに怒っているらしき緑川が取り出したのは、『マキちゃん萌え萌え魔法ステッキ』。彼女の手の中で今にもへし折られんとしているステッキを目にして、マーティンは慌てふためいて悲鳴を上げる。
「あああぁぁっ! や、やめてえええぇぇ!」
「だっ、だめですよ! それ結構高いんですホントに。壊しちゃダメ!」
緑川の本気を感じた平坂が、ミシミシと音を立てているステッキを素早く奪い取り、救出した。人質を手放した緑川は、両手を腰のあたりに当てて嘆息し、おっとりとした口調のまま、マーティンを諭しにかかる。
「マーティンさん、考えてみてください。マキちゃんも女の子なんですよ。女の子に嫌われるような行動をするような人が立派ですか? そんな人にマキちゃんが振り向いてくれますか? 素敵な女性に好きになって欲しいなら、まずは自分を磨くべきだと思うんです」
マーティンの思考回路に合わせて分かり易く説く緑川に、マーティンは、生意気にも、そっぽを向いてモゴモゴと口応えした。
「マキちゃんは、裏切らないよ。振り向いてもくれないけどさ。だって‥‥二次元だし」
「‥‥変なところで常識的なんですね」
「それより、一般常識を身につけてほしいのです」
都合のいい時だけマキちゃんを『架空の人』扱いするマーティンに、ヴィーとハルトマンは、互いに顔を見合せて、ため息をつく。
「――ったく、黙って聞いてりゃ‥‥」
と、そこで進み出たのは、ハンドガンを手にした風巻であった。
彼女は、ビクゥッ、と身を縮こまらせるマーティンの眼前で、その銃口を人質袋へと向ける。
「さっさと本気でダイエットしな。でなきゃ、お前さんの大事なマキちゃんに、とても口では言えないようなオシオキを受けてもらうぜ」
「ひ‥‥ひいぃっ! やめて! 撃たないでえぇぇっ!!」
風巻がハンドガンのセーフティを解除したのを見て取るなり、マーティンは、情けない悲鳴とともにTシャツを脱ぎ捨て、自らプールの中へとダイブした。
「がぼっ、げはっ!!」
「そーら泳げ泳げ。恋人がお待ちだぜぇ? 早くしねぇと、アタシの射撃の腕前が上がっちまって、標的に当たっちゃうぜぇ?」
実に楽しそうにそう言うと、風巻は、人質袋の横の丸めたバスタオルに、数発の銃弾を貫通させる。
「ぎゃあああぁぁっ! がぶぶっ、ごふっ‥‥マキちゃあああぁぁぁんっ!!」
「風巻さん、落ち着いてくださいっ! 撃っちゃダメー!!」
「さっさと泳げよぉ? あと30往復だ!!」
「がぼぼぼっ‥‥鬼っ! 悪魔あぁぁぁごぼぼぼぼ‥‥」
涙まみれ鼻水まみれで泣き叫び、今まで見たこともないスピードでプールを往復するマーティンと、凶器を手に仁王立ちの風巻、そして、器物損壊阻止に孤軍奮闘している平坂。
「‥‥恥ずかしいですけど、このままいけば、ノルマは達成できそうですね」
「うん、そうだね‥‥」
完全にドン引きしている他のプール利用客の視線を避けるように体の向きを変えながら、乾と忌咲は、ボソボソと小さな声で、短く言葉を交わした。
「応援してますから、明日からもダイエット続けていってくださいね〜」
必死に泳ぎ続けるマーティンに向けて手を振り、エレナが、のんびりとした声援を送る。
「ゲフッ‥‥ごぼぼぼぼぼ‥‥マキちゃあああぁぁん!!」
苦笑いの少女たちの背後で、もっと苦笑いなのは、他でもない、このプール監視員であった――。