タイトル:【神戸】place to dieマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2009/06/14 04:39

●オープニング本文


 ――兵庫県・淡路島。
 本州との間を明石海峡大橋で繋がれたその島には、現在、兵庫UPC軍の施設が多く建設され、かつて農業や観光で栄えた頃の面影はない。
 島の3分の1以上を占める演習場では、戦闘機の駆動音が常に鳴り響き、地を揺るがす砲声が空へと消えていく。

「偵察が成功したお陰で、香美町と新温泉町の様子は大体わかった。ビッグフィッシュの運用方法も、おおまかな敵軍の規模も、出てきた敵機の数と動きでそれなりに推測できるしね。基地の造成状況も、その詳細映像も手に入ってる。‥‥変な施設は見つかったけど、それも大規模なものじゃない。兵庫UPC軍が攻勢に出るために、十分な情報は手に入ってるんだ」
 淡路島某所の施設地下を歩きながら、兵庫UPC軍大尉 ヴィンセント・南波は、隣を行くキメラ研究者の琳 思花(gz0087)に、ひとしきり状況を説明した。彼女は無言で頷くだけだ。
「兵庫県内をウロウロしてる親バグア派は邪魔だけど。それでも、前に捕えた奴らから、まだもう少し情報を引き出せると思う。諜報部も頑張ってるしね」
 カツン、と靴音が止まり、南波は、目の前にある扉に目を遣る。それは、『扉』と呼ぶには相応しくないほどに厚く、重く、堅牢な造りのものであった。
「ただまあ‥‥今のところ、こっちの手元にある中で、兵庫バグア軍の内部まで入ってたっぽい奴は、『彼』ぐらいなんだよね。色々知ってる事はあるんだろうけど」
 扉の横に設置されたパネルを操作し、ロックを外す。
 拍子抜けするほど軽快に、スーッと開いた入口を潜り、そしてまた、幾つかの扉を抜けた。
「ただ残念なことに、『彼』の洗脳は、そこらの親バグア派に施すものの数十倍は強烈らしい。二か月以上拷問と尋問を繰り返したところで、何一つ吐いてくんなくて。埒があかない」
 最後の扉が開き、白い、小さな部屋が現れる。
 何重にも張られた強化ガラスと鉄格子の向こうには、強化人間用の拘束具を嵌めた青年が椅子に掛けてこちらを見つめていた。
「だから兵庫UPC軍は、『上月 心』の身柄を、UPC北中央軍に引き渡すことにした。UPCキメラ研究所にね」
「‥‥‥そう」
 思花はそこまで聞いて、ただ一言だけ返事をした。彼女の背後から、念の為連れてきた護衛の傭兵達が姿を現す。
『誰を連れて来たかと思えば‥‥』
 壁のスピーカーから、心の声が響いた。
「‥‥私が‥‥あなたを研究所に移送するから」
『軍属になりましたか。傭兵を辞めて?』
 心が問う。思花は、首を縦に振っただけだった。
『兄の事が原因なら、気に病むことはなかったのに。僕は別に、あなたが彼を殺したとは思っていません。あの時は少し、動揺して嫌な言い方をした気もしますけど‥‥』
「‥‥‥」
 沈黙が流れ、南波は二人を交互に見る。思花は何も言わず、心はひとつ、息をついた。
『‥‥僕の頼みを聞いてくれますか?』
「‥‥‥何」
『今すぐ僕を殺して下さい。奥歯に毒を持っていたと思うんですけど、抜かれてるみたいで』
 ざわめきはしなかったものの、傭兵の一人が、明らかに眉をひそめた。
『拷問も尋問も飽きましたし、研究所ではどうせ、死ぬまで切り刻まれるだけでしょう? 僕は、たまたま知能が残っただけのキメラですよ。逃げたって、どうせバグアは助けてくれません』
 心は、椅子に掛けたまま、冗談のように続けた。微笑んですらいた。
『‥‥キメラの寿命は短いんです。それなら、今、死にたいんですよ』
「‥‥‥それは‥」
「タイムオーバー。移送を開始する」
 思花が口を開いた時、南波が壁のスイッチを思い切り叩いた。

 強化ガラスの向こうに噴き出したガスが、白い小部屋をより一層、白く埋め尽くした――。

 
    ◆◇
 鈍色の輸送機が、ナイトフォーゲルの編隊に守られて飛んで行く。
 その鈍重な機内に積まれているのは、主に近畿地方で捕獲された希少キメラや、エイジア学園都市から北米の研究所へと運ばれる大量の荷物であった。
 日本を離れ、海上を進む輸送部隊は、まもなく給油のため、北米への途上にある補給基地に立ち寄ることになっていた。
「‥‥そろそろ基地が見えてきます。着陸の準備を‥‥」
 先頭を行く雷電から、全機に通信が送られる。傭兵たち、そして兵庫UPC軍のS−01・R−01混成部隊は、輸送機の降下に合わせて少しずつ、高度を下げ始めた。
 だが、その時、
『傭兵部隊へ連絡する。基地の管制塔に呼び掛けているが、応答がない。基地へ先行し、状況確認を頼む』
 輸送機からの通信に、緊張が走る。
 基地から十分に距離をとった海上に輸送機と正規軍のナイトフォーゲルを残し、傭兵達は、海の向こうに見え始めた補給基地を目指した。

「これは‥‥ゴーレム!?」
 一人の傭兵が、思わず声を上げる。
 目視で確認できるほどの距離まで接近すると、基地の滑走路にゴーレムが三機、そして中型ヘルメットワームが一機、計四機が侵入しているのが見えた。
 貨物機や戦闘機、戦車――破壊されていく基地の中で、それらは既に鉄クズとなって転がり、辛うじて残った数機のナイトフォーゲルだけが、迫り来る敵に必死で抵抗を続けている。
 そして、傭兵達を襲った突然の頭痛とともに、全ての計器が異常を示し始めた。

「うふふ‥‥ナイトフォーゲル、みつけた」

 どこからともなく響く、少女の声。
「キ‥‥メラ?」
 それを目にして、思花は、一瞬状況が理解できず、動きを止めた。
 雷電の風防越しに――つまり、空に、一人の少女が見えたのだ。
「ナイトフォーゲル、みつけた‥‥ふふ。壊してあげる」
 長い金髪、紅玉の瞳。病人のように青白い肌に纏った黒のイブニングドレス。
 背に蝙蝠のような翼を広げ、少女は不気味に微笑む。鋭く尖った犬歯が、血のように紅い唇の上で光った。

「‥‥‥‥おいしそう」

 少女は一言そう言い残すと、動きの鈍ったナイトフォーゲルの間を擦り抜け、土煙の上がる基地へと消えて行った。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
烏谷・小町(gb0765
18歳・♀・AA
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA

●リプレイ本文

「さーて、強化型ディアブロのお披露目や!」
 吐き出された500発のミサイルが軌跡を描き、空を白一色に染め上げて敵機を覆い尽くす。
「こんにちは、諸君。ミサイルサービスの時間だ‥‥!」
 CWへの着弾を待つ事無く、鹿島 綾(gb4549)がAAMの発射レバーを引いた。
 烏谷・小町(gb0765)によるK−02の連撃が中央の三機を完膚無きまでに爆散させ、残る両端の二機もまた、KV九機による一斉射撃を受けて瞬時に墜ちた。
『‥‥ちら‥‥1、傭兵部‥‥況を報告‥よ』
「こちら傭兵部隊、烏谷・小町。補給基地はバグアの襲撃を受け、交戦中。こちらの指示があるまで、待機願います。――って、聞こえとんのか?」
 CWは撃墜したものの、地上のワームが発するジャミングのせいか、距離のせいか、輸送機からの通信は途切れがちである。
『‥‥了解‥‥た。当機は‥こで待機し、連絡‥‥待つ』
「増援も考えられます。冷静に、臨機応変に対応しましょう」
 霞澄 セラフィエル(ga0495)のアンジェリカが、大きく旋回機動をとる。小町、琳 思花(gz0087)、ラルス・フェルセン(ga5133)の三人は、それに付いて操縦桿を切った。
「輸送任務を第一に考えるなら‥‥この基地を避けるべきなのでしょう。ですが‥‥!!」
「基地をこのまま見過ごしやがったとしても、輸送機が無事な保証はねぇです」
 赤宮 リア(ga9958)の言葉を継ぎ、凛とした声を響かせたのは、岩龍を駆るシーヴ・フェルセン(ga5638)。藤田あやこ(ga0204)のアンジェリカと自機を並べ、一度ブーストを吹かして足並みを揃える。
「ただのキメラ‥‥だったら良いんですがね」
「あの基地が、輸送機の積荷とKVを鹵獲する罠だとしたら? ‥‥考え過ぎよね」
 レールズ(ga5293)の呟きを聞き、あやこは、自分に言い聞かせるかのようにそう応えた。
「このまま放って置く事も出来ませんが、何か罠のような気がしますね‥‥」
 鹿嶋 悠(gb1333)の雷電が、リア機とともに煙幕装置を起動させ、滑走路上に巨大な壁を作り上げる。交戦区域を避けて敵機の背後を取り、地上班の五機は次々と地上へ降りて行った。
「ああ、そうだな。杞憂で済めばいいんだが‥!」
 浮上しようとする中型HWの上空を煙幕で塞ぎ、綾機は再び空へと舞い上がる。
「加勢に参じました。後はお任せ下さいっ!」
「こちらULTの傭兵です。まだ戦闘可能な残存する基地守備隊は直ちに集結! 後方支援を願います!」
 煙が風に流され、敵機の向こうにボロボロのS−01とバイパーが見えてきた。リアとレールズは、自機の方へと向きを変えた中型HWのフェザー砲掃射を受け止め、砲撃の合間を突いて即座に変形する。
「さっさと敵を処理して一休みといきましょう」
 ゴーレムが振り返り様に放ったライフルの一撃を硬い装甲で弾き返すと、悠は機体を変形させ、前進してくる敵機を睨みながら機槍「黒竜」を構えた。
「弾幕を張るわ。ゴーレムが動きを止めてる間に変形を」
「了解。すぐ終わらせやがる、です」
 ゴーレムの放つ銃弾が、あやことシーヴの機体を抉る。あやこのアンジェリカが先に人型へと変形し、レーザーバルカンの掃射でシーヴ機が変形するだけの時間を作り出した。
 そして、格納庫や補給施設、酷く破壊された管制塔の前を守る友軍五機と、空からでは視認できなかったもう一機のS−01が、じりじりと移動を開始する。
(「いざとなれば、盾になるしかない‥‥!」)
 友軍機が砲撃を再開し、足を止めたゴーレムに、悠の雷電『帝虎』が迫る。勢い良く突き出された機槍の先端が、敵機の左胸の装甲を突き破って火花を散らした。機体を浮かせ、空を斜めに滑って槍先から逃れるゴーレム。振り下ろされた鎌の一撃を盾で受け流し、悠機は装輪走行で敵側面に侵入。その脇腹目掛け、再び黒竜による突きを放った。
「空を飛ばれては厄介ですからね」
 レールズ機が熱剣を盾に中型HWの側面を通り抜け、友軍機と施設群を守るように動きながら、ガドリングを掃射する。そこへリア機からのレーザーガトリングが加わり、クロスファイアとなって中型HWに無数の穴を穿った。
「この時点で損傷率50%ですって?」
 ゴーレムのバルカンが火を噴き、アンジェリカの右腕が滑走路に落ちる。お返しとばかりに、あやこはレーザー砲の引鉄を引き、ゴーレムの右脚の装甲を吹き飛ばした。
「変形しちまえば、こっちのモンでありやがるです」
 ブースト加速したシーヴの岩龍が、機剣を前に突き出してゴーレムに襲い掛かる。殆ど正面衝突のようにして繰り出された超高温の一撃は、相手の装甲を溶かし、その肩関節を刺し貫いた。

 ラルス機に搭載された煙幕装置が発動し、着陸姿勢に入った綾機と思花機を守るべく再び壁を形成する。
「三人とも、上空警戒は任せたぜ!」
 綾はエアブレーキを利かせて減速し、低空での空中変形着陸を慣行した。最低速で飛行しながら綾のディアブロは素早く人型に変形し――
「うわ!?」
 直後にブースト加速した綾機は、機体を激しく揺らしてバランスを崩し、地面に激突して破片を散らした。
「だ、大丈夫‥‥?」
 綾の駆るディアブロ改がアヌビスの運動制御系を継承しているとしても、ただでさえ難度の高い空中変形着陸に際して、アヌビスを超越した動きができるわけではない。
「悪い! ‥‥ったく、KVって奴は‥‥着陸するにも一苦労ってか」
 綾は、痛む身体を無理矢理動かして機体を立ち上がらせ、同時に思花機も着陸、変形する。
 地を這う中型HWが放った拡散レーザーを避けきれず、レールズは機剣を盾にして凌ぐ。
 ガラ空きになったHWの側面を狙い、リア機がSESエンハンサーを起動させてDR−2荷電粒子砲の砲首を上げた。大型知覚兵器から撃ち込まれた一撃が、恐ろしいまでの威力を持って敵機を貫く。
「まだまだ‥‥この位の練力は残ってます!」
 止めを刺さんと再び照準を合わせるリア。
 だが、荷電粒子砲が穴を穿ったのは、友軍機のさらに後ろの地面だった。
「例の少女です。皆さん、気を付けて下さい」
 リアの言葉に緊張が混じる。
 砂埃の中、空で出会った異形の少女が不気味な微笑みを浮かべて宙を舞っていた。
「焦らなくても、後で遊んであげるのに‥‥」
 少女は、その手にぶら下げた女性兵士の遺体を投げ捨てると、血に濡れた唇でクスクスと笑い、腰のレイピアを抜いた。
 中型HWに止めを刺したレールズ、そして思花と綾が、機体を反転させて少女に向き直る。
 翼を羽ばたかせ、加速してきた少女に、四機が一斉に弾幕を張った。
「コレだけの数のレーザー弾ならっ!!」
 的が小さい少女の体を、リア機の放ったレーザーガトリングの光弾が灼く。さすがに四機の攻撃を避けきることは不可能なのか、顔を庇いながら迫ってくる少女の前に、レールズの放ったグレネードが炸裂した。
「小さくて当たらなくたって‥‥面ごと吹き飛ばせば――!?」


 唐突に、レールズの視界が暗転する。
 いや、手元の計器類の光は見える。問題は外だ。

 機体が闇に包まれていた。
 カメラアイの異常などではない。自機の腕すらも見えない、完全なる闇。

 わけがわからないまま、レールズの機体を衝撃が襲った。
「うふふ‥‥」
 少女の笑い声と、機体の損傷を告げるアラームが同時に聞こえた。


「闇、でありやがるですか。これはあの吸血鬼少女が――?」
 滑走路に突如として現れた、巨大な『闇』。
 風にも流されず蟠るそれを抜け出してきた四機を見て、シーヴは訝しげに呟いた。レールズのシュテルンは、闇の中に左腕を置いてきてしまったらしい。
「わけのわからない技使いやがってっ!」
 どこかへ消えた少女を探しながら、綾は、悠機と対峙するゴーレムに向けてスラスターライフルを発射する。
「く‥‥っ」
 赤く発光し、突然に力を増したゴーレムの五連撃を全て受け止めた悠機の腕が悲鳴を上げ、だらりと垂れ下がった。
「この帝虎を相手にした事を呪うがいい!」
 しかし、悠は怯むことなく機槍を繰り出し、敵の大鎌を自機の装甲に喰い込ませたまま、ゴーレムを撃破する。
「後ろがお留守よ! 無人機の限界かしら?」
 シーヴ機と鍔迫り合いになっていたゴーレムの背中に、SESエンハンサーを乗せたあやこのレーザー砲が大穴を穿った。思わずよろめいたゴーレムの機剣を弾くと、シーヴ機は熱剣を振り上げ、袈裟掛けの一撃を叩き込む。

『うわあっ!?』

「アースクエイク!?」
 綾の背中を、嫌な汗が伝う。
 大地から噴き上げるようにして現れたアースクエイクが、友軍のS−01を咀嚼していた。
「!? いやあぁっ!?」
「藤田さん!」
 もう一機。地面から飛び出してきたEQが、あやこのアンジェリカを背後から呑み込んだ。
 思花が慌ててその腹にガトリングを撃ち込み続け、何とか吐き出させることに成功したものの、原型を留めぬほどに拉げたアンジェリカから、応答は無い。
「誰か! 地殻変化計測器は!?」
 友軍を襲うEQに攻撃を加えながら、綾が問う。
 だが、返って来たのは沈黙だけだった。
 地面を割って顔を出したEQに、リア機が背後から吹っ飛ばされる。レールズの攻撃を受けた敵がそそくさと地に潜り、新たな獲物を探して移動を始めた。
 施設群の裏手から、破壊音が響き渡る。
 皆の知らぬ間に足の下を通り抜けたEQが、補給施設を破壊している音だ。
『が‥‥っ!?』
 また一機、友軍のバイパーが蟲に食われる。
 残りのゴーレムを打ち倒し、傭兵達は彼らを守るべく、基地を守るべく、必死で蟲達の動きを追った。


『‥‥ダーに反応‥‥り。敵‥‥接近!』
 輸送機からの通信が送られてきたのは、補給施設が崩壊した直後のことだった。


    ◆◇
 輸送機を示す光点がレーダーの上を進み、残る燃料を燃やして全速力で離脱していく様が見て取れた。EQに翻弄される思花機と綾機の離陸を待てず、霞澄機、小町機、ラルス機の三機は、SOSを発した輸送機へと急行する。
「あれは――!」
 遠くの空を進む輸送機の後方に一機の中型HWを発見した霞澄が、息を呑む。
「‥‥ロシアの経験がここで役に立つたぁねぇ」
 小町は、緊張に汗ばんだ手で操縦桿を握り直した。

 正規軍と交戦している敵機――それは、本星型HW。
 そう‥‥ロシアで見た、新型だ。

「‥‥こちら傭兵部隊、霞澄 セラフィエル。加勢いたします」
 ロッテを組んだ二機が、加速して新型HWへと迫った。小町機がAAMを発射したのを受け、霞澄は即座にSESエンハンサーを起動、G放電装置を展開する。
『増援か‥‥』
 外部装甲から白煙を立ち上らせ、新型が傭兵達へと向き直った。
「増援? 戻ってきただけなんやけど‥‥」
 新型の女性パイロットが発した言葉に、小町が眉根を寄せる。基地を襲撃し、輸送機から傭兵を引き離そうとしたわけでは無いのだろうか。
 だが、
「来るで!」
 急加速してきたHWに、小町が声を上げる。
 銃弾の嵐とプロトン砲が降り注ぎ、激しい衝撃が小町と霞澄を襲う。二機の間を通り抜けた新型に、正規軍の放つスナイパーライフルの銃弾が降り注いだ。
 それらを全て回避し、機体を反転させて向かってくる新型を見据えて、小町は逆にブースト加速で突進をかける。
「霞澄!」
 かわし切れない敵砲撃をその身に受けながら、小町機は、至近距離でスラスターライフルを撃ち込んだ。ディアブロに前を塞がれた格好の新型に、再び霞澄機のG放電装置が炸裂する。
「FFが‥‥」
 狂い咲く電撃の中、新型HWの纏うFFが、より一層強く輝いた。
 まるで何事もなかったかのように放電を抜け出した敵機は、赤光の連射で小町機と霞澄機の装甲を大きく吹き飛ばす。
 その時、
「輸送機だけは守る! さっさと退場しな!」
 基地の方面から飛来した綾のディアブロが、敵機の背後を突いて現れ、パニッシュメント・フォースを乗せた銃弾を撃ち放った。
 赤いFFに阻まれ、攻撃自体は弾き返されたものの、新型は新たに現れた綾機と思花機に気付き、急速に後退する。
 いくら新型HWといえど、これで一対九。ここを突破して追うには、既に輸送機との距離が開き過ぎていた。

『何をしているのです、ドリス』
 
 後退しながら、新型のパイロットが、外部音声で何者かに呼び掛けた。
 すると、波間に身を隠すかのように海上を飛んでいた少女が、ふわりと舞い上がってその姿を晒す。先程まで基地にいた彼女がここまで移動していたとは思っておらず、傭兵達は無言でそれを見つめていた。
「シェイク‥‥あなたの言う通りに全部壊していただけよ。この可愛い顔を汚してまでね」
 ドリスと呼ばれたその少女は、KVの射程に入らないよう注意しながら、反論する。
『‥‥私はもう、次の目標へ向かいます。あなたも早く他の者と合流なさい』
「わたしだって‥‥もうここに用はないわ」
 シェイク、と呼ばれた女の機体が、輸送機を諦めて高速で撤退して行った。
 ドリスは傭兵達を一瞥すると、翼を羽ばたかせてそれを追い、遠くの空へと消えて行く。
「深追いは――しない方が良いですね」
「‥‥そうだな」
 移動用だろうか――陸の方から飛来したもう一機の新型HWが、小さくなっていくドリスの影と重なる。
 二機が消えた空を見つめる霞澄の言葉に、綾は僅かに頷いて同意した。



    ◆◇
 およそ六分の旋回に加え、エンジン全開で離脱した輸送機は、数分後に巡航速度へと移行した。
 補給施設と格納庫を破壊されながらもEQを掃討した地上班は、機能を失った基地を飛び立ち、少し遅れて輸送機の護衛任務へと戻った。
 次の補給基地手前で輸送機が燃料不足に陥るも、なんとか至近に機体を着陸させ、スケジュールを多少遅らせただけで、サンフランシスコまで辿り着くことができた。
 輸送機は守り切ったものの、傭兵達は――特に、目の前でEQに僚機を食われた地上班は、言葉少なに基地へと降り立った。
 その中に、重傷を負い、途中の補給基地で仲間の補助シートを降りたあやこの姿はない。

「シェイク‥‥それがシェイク・カーンだったのなら、言いたい事があったのですが」
 空戦班が遭遇した敵の話を聞き、レールズは腕を組み、独りごちた。
「『彼』も、行くんですね‥‥」
 思花に話し掛けようとしたリアは、その視線の先にある輸送機を見て、ぐっと言葉を呑み込む。話したい事は山のようにあったのだが、死にゆく基地を守れず、そして死地へと向かう輸送機を前にした今、明るい話題など出て来ようも無かった。
「大丈夫でありやがるですか? ‥‥複雑かもですが、思花支えてやがるモン忘れず」
「うん‥‥そう、だね‥‥。でも、」
 シーヴの手を握った思花が、一瞬言葉に詰まる。
「‥‥‥なんで、こうなっちゃったのかなぁ‥‥」

「なんでなんやろうな‥‥」
 立ち尽くしたままで涙を流す思花を、小町は、ただ静かに愛機の傍で見守っていた。