タイトル:【神戸】failureマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/09 05:14

●オープニング本文


 ――兵庫UPC軍・ポートアイランド駐屯地。

「それで? ちょっと前にあたしをボッコボコにしてくれたアイツは、結局なんなのかしら?」
 諜報部の一角に用意された小部屋で、諜報員の小田垣 舞は、電話の向こうへ問いかける。通話先は、大阪府北東部・エイジア学園都市だ。
『‥‥強化”人間”と、いうよりは』
 ハンズフリーボタンを押された電話のスピーカーから、琳 思花(gz0087)の声が響く。
『人間を素体にした‥‥キメラ‥‥だと思う』
「それって、強化人間と何が違うの?」
 舞の隣に腰掛けた兵庫UPC軍大尉、ヴィンセント・南波(gz0129)が、こめかみに手を遣りながら、疑問を口にした。
 
 彼らが今話しているのは、先日、バグアによる城崎温泉郷襲撃作戦の折に姿を現し、そして逃走した、兵庫バグア軍副官の弟・上月 心についてである。
 心と直接対峙した傭兵の武器には、彼の血液が付着していた。
 人間の血としては有り得ない、青緑に近い色合いのその血液は、UPCキメラ研究所所員の思花によってエイジア学園都市へ持ち帰られ、分析が進められているのである。

『‥‥強化人間は‥‥その名の通り、細胞を活性化された”人間”だけど。‥‥キメラは‥‥合成生物、かな‥‥。寿命も短いし‥‥一般的に、強化人間ほど戦力にはならない‥‥と、思う』
 なるほど、と、南波が呟き、テーブルに肘をつく。
「能力者と戦いたがらないのは、そのせいか」
『‥‥まあ‥‥頭の悪い人ではないし‥‥自分の実力ぐらいは‥‥わかってるんじゃないかな‥‥』
 思花の言葉に、南波は、心が現れた二つの戦いを、改めて思い返した。言われてみれば、相手は二回とも、形勢不利を悟るなり即座に撤退している。
「でも、そのへんのキメラで、あんな人間っぽいの見たことないわよ?」
『そうだね‥‥』
 舞に言われて、思花はしばらく考え、言葉を継ぐ。
『人間素体のキメラは、見たことあるけど‥‥人間並みの知性を残してるのは、初めて見たかな‥‥。珍しいと思うよ‥‥』
 捕まえてみる価値はあると思う、と続けた思花に、南波と舞は、何も返さずにしばらく沈黙した。
『‥‥私はもう少し、仕事があるから‥‥。そっちに行く時は‥‥また連絡する』
 分析の結果報告が終わり、思花は電話を切る。
 ツーツー、という終話音が消えると、南波は気だるげに溜息をつき、舞の方を見た。
「――バグア技術の解明は、確かに人類の進歩に繋がると思うけど」
 舞は、通話の切れた電話を見下ろしながら、肩を竦める。
「複雑よねぇ。今の子、上月 心の昔の彼女か何かじゃなかった?」
「‥‥諜報部員の口から、そんな甘い台詞が飛び出すとはね」
 南波は軽く頭を振って口端を上げると、テーブルの上に置かれた資料を手に取った。
 そして、視線を落としたままで、言う。
「だから、今回の作戦は、思花を連れて行かない」

 南波の手にあるのは、兵庫県中部の山中で最近頻発している、親バグア派武装集団によるUPC軍補給部隊襲撃事件の詳細を記した資料である。
 先日の豊岡・城崎におけるバグアの攻撃により、UPC豊岡基地と豊岡市街、城崎温泉郷は、壊滅的とまではいかないが、それなりのダメージを受けていた。
 その再建のため、兵庫南部からは、建設資材や食糧、さらには武器弾薬といった補給物資が、毎日のように豊岡へと届けられている。空路はもちろん、陸路も通って。
 空路の方は、今のところ、バグアによる大きな被害はない。
 問題は、陸路のほうだった。

「――中国山地内を走行中の輸送トラックと護衛車を、アースクエイクとキメラを使って足止め、破壊‥‥最後に物資を強奪か。派手だよね」
 資料を読み終わって、南波は苦笑した。
 主に兵庫県内の親バグア派の動向を探っている舞の部署から出撃命令が来るとは、珍しいことだ――と最初から思ってはいたのだが。
「まあ、いくら相手が親バグア派の‥‥ただの人間でも。ワームとキメラを使うんじゃ、能力者が出動しないとね」
「正規軍は、今、各拠点の防衛に必死だもの。傭兵部隊に頼んだ方が、早いじゃない。‥‥それに、これはあたしの推測だけど――」
 舞はそこで言葉を切ると、資料の束を見つめ、険しい表情で首を傾げた。

「親バグア派とはいえ、ただの“人間”がキメラやワームを操るのは、そう簡単じゃないでしょ?」


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●依頼内容
・兵庫県中部の山中、国道上にて、親バグア派武装集団がUPC軍補給部隊を狙った襲撃を繰り返しています。
 キメラとアースクエイクは殲滅し、武装集団を制圧して下さい。
・武装集団の中に、キメラとアースクエイクを操る指揮官がいると思われます。
 強化人間・キメラ人間であった場合は、貴重な研究材料になりますので、捕縛して下さい。
 捕縛が難しい場合は、殺害して下さい。

●参加者一覧

霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
エルガ・グラハム(ga4953
21歳・♀・BM
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
風花 澪(gb1573
15歳・♀・FC
セフィリア・アッシュ(gb2541
19歳・♀・HG
那間 樹生(gb5277
22歳・♂・BM

●リプレイ本文

「高速道路は使用可能でしょうか。通行止めになっているなら、待機場所はそちらの方が」
「いや、高速は今でも使ってる。バグアの目もあるから、下道と使い分けてるけど‥‥急に通行止めは難しいな」
 霞澄 セラフィエル(ga0495)とヴィンセント・南波(gz0129)は、熱心に作戦内容の最終確認を行っていた。
「KV組の出発は少し遅らせ、別方向へ迂回してから待機場所へ向かいましょう。構いませんか?」
「じゃあ東側から。伊丹駐屯地に向かうように見せたらいいよ」
 瓜生 巴(ga5119)の提案に、南波は彼女に地図を向け、応える。
「私の機体は射撃武器の攻撃力がそれほど高くないので‥‥囮と牽制に専念します。‥‥もちろん、勝機が見えたら別ですが‥‥」
 セフィリア・アッシュ(gb2541)が自機のアヌビスを見つめ、言う。巴はそれに頷き、次に赤宮 リア(ga9958)の方へと視線を向けた。
 彼女は、前回の作戦で敵指揮官を取り逃がした責任を感じているらしく、その気急いた様子が気掛かりだった。
「大丈夫ですよ」
 巴の視線に気付き、リアは、真っ直ぐな目で彼女を見つめ返す。
「私は、生身班の仲間を信じます。もし‥‥彼が現れても。私は決して熾天姫を降りません」
 確固たる決意を感じさせる、その言葉。碧い瞳が神戸の夜景を映して揺れ、作戦成功の為なら感情をも殺さんと告げていた。


 出発前、問題が起きたのは、生身班の方であった。
 運転手役の、エルガ・グラハム(ga4953)の服装である。
 フリルのヘッドドレスにセーラー服に身を包み、お嬢様風の偽装で車内に隠れた仲間を隠蔽する作戦だったと、エルガは弁解した。
「私服ならまだしも‥‥軍用輸送トラックの運転手がその姿で、逆に怪しまれるとは思わないの?」
 舞が、低く厳しい声で着替えを指示する。
「‥‥すまん。勘違いした」
 エルガとて、意地を張るつもりはない。彼女は謝罪の言葉を述べ、再び更衣室へと走った。

 こうして、一行は、予定時刻を約20分程遅れて出発したのであった――。


    ◆◇
「来ませんね。渋滞か何かでしょうか」
 予定時刻を過ぎても、UPC軍の補給部隊が現れない。
 山林と夜闇に紛れ、武装した壮年の男が、白虎に凭れて目を閉じている青年に声を掛けた。
「‥‥まあ、多少遅れることもあるでしょう。護衛を強化しているかもしれません。輸送路自体を変えられた可能性もありますよね」
「ここを感付かれたとしたら、一箇所に長く留まるのは――」
「30分ほど待ちましょうか。それ以上は危険ですが」
 青年の肩から、鳶が一羽、神戸に向けて夜空へと舞い上がる。
「では向こうが来る前に、道でも塞いでおきます?」
 国道のアスファルトの下に潜む蟲の気配が、ゆっくりと移動を開始した。


    ◆◇
「‥‥暗いな。両脇は暗闇じゃねぇか」
 軍から買い取った傭兵用の軍服に着替えたエルガは、殆ど街灯もない山道に敵の気配を探しながら、トラックを走らせていた。
「‥‥ん。丁度良い。スペース。ぴったり」
「いざとなったら僕が護ってあげるからねっ♪」
 運転席と助手席の間に身を隠した最上 憐(gb0002)を、やや不純な眼差しで見つめているのは、風花 澪(gb1573)である。
「‥ん。餌は。私達。沢山釣れるかな」
 山道に揺れるトラックのシートに頬を寄せ、憐はひたすら、その時を待った。

(「キメラやワームを操れる人間、か‥‥思花サン見て動き止めたんだヨネ」)
 ラウル・カミーユ(ga7242)の脳裏に浮かぶのは、兵庫バグア軍のキメラ人間――上月 心の事だ。
「悶々としすぎ。心の事?」
 運転席の南波が片手を伸ばし、ラウルの頬を指で弾く。
「‥‥僕は冷静デス」
「兄貴のほう‥‥上月 奏汰が死んだ時、色々あったから」
「‥‥色々って?」
 ラウルが問う。
 彼はただ、「そのうちわかるよ」と、小さく口にした。

 先頭の護衛車を運転しているのは、那間 樹生(gb5277)。ヘッドライトが照らす風景を、ケイ・リヒャルト(ga0598)が静かに見つめる。
(「キメラを操るヤツまで居るたぁな‥‥そんな事出来んのは何処のどいつだ?」)
 樹生は初陣であった。
 緊張も恐怖も感じない。感じるとすれば、湧き上がる力を早く試したいという、ストレートな欲求のみだ。
「! 止まって!」
 何かを見つけて、ケイが叫ぶ。
 路面のヒビ割れ。
 国道上に大きく走るいくつかの亀裂の先に、破壊されたアスファルトと露出した地面が照らし出される。
 ヒビの直前で急停止した護衛車が、止まり切れなかったトラックの質量に負けて前へと押し出され、アスファルト塊へ乗り上げた。
「痛って‥‥と、おお!?」
 追突の衝撃が治まった車内に、ガラスの破片が飛び散る。白虎の前肢が運転席側の窓を突き破り、樹生の頬を掠めた。
「出るわよ! 早く!」
 露出した土に二人が転がり出た直後、白虎の吐いた炎弾が炸裂、護衛車内は炎に包まれた。
 轟音に振り向けば、後続護衛車の背後を取ったアースクエイクが、アスファルトの下から勢い良く姿を現す。
「あーあー‥‥あんなもんまで用意してくれちゃって。ま、頑張んな‥‥」
「お遊戯の時間ね‥‥徹底的に潰してみせる‥!」
 樹生はわざと見せつけるように、白虎の爪をその腕で受ける。炎を越えて飛び掛ってきたキメラの牙をかわし、ケイは、鳶の飛び回る夜空を見上げた。
「覚醒はナシで!」
 車外に飛び出したラウルと南波は、EQが無人の護衛車を咀嚼する様子に、慌てて距離を取る。
 武装集団を誘き寄せる為とはいえ、左右から襲い掛かってくる白虎の爪は鋭く、裂かれた手足から鮮血が舞った。
「たは、やっぱ覚醒しないと痛いねー」
 容赦なく撃ち込まれた炎弾がラウルの腕を焼き、嫌な臭いを漂わせる。
「くそ‥‥ッ! 早く出て来やがれ」
 トラックの右側を護るエルガが、白虎の攻撃を甘んじて受けながら、山林に目を凝らした。
 澪の撃った照明弾が夜空に輝き、数秒間、周囲を明るく照らし出す。
「みつけた♪」
 木々の陰に潜む、何十人もの人間たち。
 照明弾に照らし出され、一気に路上へと姿を現した武装集団を目にして、それまで互角の戦いを演じていた傭兵達の動きが変わった。
 獣の唸りと重なる銃声。親バグア派の銃弾が、キメラもろとも傭兵達へとバラ撒かれる。
 豊岡側から2台のトラックが猛スピードで現れ、荷台からマシンガンを携えた人間たちが飛び出してくるのも見えた。
 夜空を仰ぎ、鳶を狙うケイ。その腹を引き裂かんと襲い来た白虎を、円状に振り抜かれた樹生のイアリスが大きく薙いだ。
「キメラやデカブツ持ち込んだ所で、真人間に遅れを取ると思ったかい!?」
「さ、蝶々と一緒に舞いましょう?」
 更なる斬撃を受け、態勢を崩す白虎の前で、ケイが両の引き金を引く。何かが落下する音を聞きながら、彼女は腕を下ろし、樹生のイアリスに貫かれた白虎の口腔内に、S−01を押し込んだ。
「華麗に散りなさい」

 敵車両のヘッドライトが周囲を照らす中、ラウルと南波はEQの動きに注意しつつ、それぞれ逆側の山林へと走った。
 敵に囲まれてしまったとはいえ、覚醒さえしてしまえば、普通の人間が放つ銃弾など恐るるに足らない。
「逃げたらもっと痛い目に合うヨ?」
 ラウルの持つSMGからバラ撒かれた、15発の弾丸。四人の男女がくぐもった声を上げ、倒れる。
 武装集団と山林の間に陣取った彼は、急降下してくる鳶を仰ぎ、素早く撃ち落とした。
「‥‥ん。そろそろ。出番かも」
 トラックに身を隠していた憐が一息に飛び出し、白虎の頭部にタバールを振り下ろす。キメラが飛び退いたその隙に、彼女は瞬天足を発動――武装集団の背後へと回り込んだ。
「能力者が‥‥!」
「‥‥ん。速さの。見せ所。頑張る」 
 忌々しげに銃を向ける親バグア派の男の腕を、憐の斧が一瞬にして斬り飛ばす。
 

 相手が全員能力者であることを悟り、撤退の姿勢を見せ始める武装集団。
 EQが輸送トラックを咥え、傭兵達の側から引き離しにかかったその時、夜空に戦闘機の駆動音が響き始めた。
『年貢の納め時です。神妙になさいっ!!』
 上空を旋回し、豊岡側から降下してくる二機のアンジェリカ。真紅に塗られた一機からの凛とした声が、夜の帳を震わせる。
「EQの位置はあちら側ですか‥‥赤宮さん、こちらは敵の逃走に注意しましょう」
 二機が空中で人型をとり、大地に降り立つ。国道に静止した霞澄機は、EQの手前に逃げ惑う武装集団を見ながら、リア機の左後方に立った。
「道幅が狭い‥‥二機は並べないかな」
 装備の重さにやや遅れを取ったものの、神戸側から飛来した巴機が、旋回して待つアヌビスを追い越して、変形する。
「今回は囮‥‥いくよ、アヌビス‥‥」
 腰部ブースターをフル稼働させ、素早く着陸したセフィリア機が国道を滑走する。片膝をついた巴機の斜め後ろについた。
 四機が地殻変化計測器を大地に打ち込み、EQが鎌首をもたげて攻撃を開始する。横凪ぎに繰り出された虫の体当たりを受け止め、巴機の左腕が大きく軋みを漏らした。

「――あれ?」
 白虎の襲撃を大鎌の一撃で薙ぎ払い、澪は唐突に首を傾げた。
 間近に転がる人間の腕を見下ろし――大声を上げる。
「奇跡的にまだ傭兵になってから人殺してない! 何があった僕!?」
「俺っちの好きな城崎の地ビールを壊滅させやがってこの野郎! 手前らアルコール消毒だァ!」
 本人にとっては衝撃の事実に困惑顔な澪を尻目に、彼女と背を合わせたエルガが真音獣斬を発動、南波の脇を抜ける男たちを、黒の衝撃波が襲った。
 飛び出そうとするエルガに白虎が飛び掛かり、小銃の連射で頭蓋を飛ばされる。澪の大鎌がふわりと赤い光を纏い、口腔に火種を生じたもう一体の首を刈り取った。
「このままじゃ逃げられるわ。食い止めましょう」
 急降下してきた鳶を銃で撃ち落とし、ケイが言う。
「ここらで分かれるか」
 樹生が応え、白虎の胸に潜り込ませた刃先を引き抜く。山林へ入ろうとする人間たちを睨み、瞬速縮地を発動させた彼を見送り、ケイは国道上の敵車両へと向かった。
 彼女の目の前で、吸い込まれるようにして荷台へと逃げ込んで行く人間たち。だが――
『そう何度も逃してなるものですか‥!』
 一瞬車が動いたかと思ったその時、その先に立つリア機が降らせた弾丸の雨が車体を穿ち、沈黙させた。
 そして、荷台を飛び出した者たちを霞澄機のレーザー砲が足止めし、ケイの銃が狙い撃つ。
『逃げられるとは、思わないでね』
 瓜生機が銃口を向けただけで、地を駆ける人間たちは恐れ、逃げ惑った。
 国道上でうねるEQ。その頭部に、セフィリア機の放ったホールディングミサイルが突き立ち、爆炎を上げる。間髪入れずに唸りを上げるガトリング砲に呼応するかのように、瓜生機の銃口が下方からEQの胴を狙い、無数の弾丸を吐き出した。
 甲高い音を立て、空薬莢が路上に散らばる。そして、徐々に地上へと押し上げられていくEQに向け、SESエンハンサーを起動したリア機と霞澄機が、ほぼ同時にレーザー砲の連射を浴びせた。
『EQが地中へ潜ります。注意してください』
 損傷を受けたEQが、一瞬の隙をついて地中へと引っ込んで行く。霞澄の声に、緊張が走った。

「さーてと? キメラ操ってる人はどこかなー」
 半ば自棄になって銃撃を繰り返す相手を、澪は躊躇うことなく大鎌で斬り伏せた。
 ラウルの銃が火を噴き、最後の白虎を撃ち抜く。山の闇へと身を躍らせ、姿を消す親バグア派を少しでも食い止めるため、彼は何度も引き金を引いた。
(「指揮官は――」)
 国道を見渡す。皆も一様に、未だ姿を見せない敵指揮官の姿を求めて戦場に視線を巡らせていた。
 ――その時だった。

「うあっ!?」
「が‥‥っ!?」

 澪とエルガの首元を、何かが穿った。


「‥‥頭を出したら‥‥そこで仕留める‥‥」
『真下から!』
 セフィリア機と瓜生機の間の地面を、EQが一息に突き破る。完全に動きを読んでいた二機は、素早く身を翻して蟲と対峙した。
 霞澄機とリア機の放ったエネルギー弾が、敵車両、地を走る者たち、そして片膝をついた瓜生機の頭上を通って次々にEQへと着弾する。
 超伝導アクチュエータを起動し、ヘビーガトリングと対戦車砲を叩き込む瓜生機。
 そして、もはや地に潜ることすら叶わないEQの外殻を、機槍の先が勢い良く突き破る。
「貫き‥‥断ち割る‥‥!」
 セフィリアは、機体両腕にかかる負荷には目を瞑り、機槍を上へ振り上げた。


 国道に転がる親バグア派の人数は、ざっと見た限り全体の5割程度。
 山林で捕えられた者たちを含めても、ギリギリ7割に届くか届かないか、という数だろう。
 首元と、そして全身の傷から鮮血を溢れさせ、エルガは重傷を負いながらも、山林へ逃げる者達に銃弾を放ち続ける。
 ケイの脚を、木々の間から飛来した何かが穿った。咄嗟に澪が放ったアーミーナイフが、音を立てて木の幹に突き立ち、ケイの銃口が火を噴く。
「三度目の正直‥って日本では言うんだヨネ?」
「‥二度ある事は三度あるとも」
 ラウルの問いに、黒衣の青年――上月 心は、ケイの銃撃で使い物にならなくなった左手から、パラパラと鉛玉のようなものを落とした。
 恐らく上半身のどこかにも、ラウルの放った弾を受けているだろう。
「‥‥ん。逃がさない」
「――!」
 林の中の、遮蔽物の多い空間。一瞬姿を消した心に、憐が追い付くのは難しいことではなかった。
 心の肩口を、憐の斧が一撃する。
「逃がしゃあしないぜ、おまいさんに用がある奴はごまんと居るんだ!」
 彼が怯んだその瞬間、瞬速縮地で回り込んだ樹生のイアリスが肌を裂き、澪のアーミーナイフが頬を掠めた。
 僅かに表情を歪め、再び一瞬で空間を移動する心。その先は――
「――っ!?」
 国道側、ラウルの目の前だった。
 ラウルが至近距離で小銃を撃ち込んだと同時、心の右手の指三本が、ラウルの肌を破って腹の中に侵入してくる。

 道を開けようとしないラウルの前で、心の身体が大きく傾いだ。
「逃がさねぇってんだろ」
「‥‥これだから、能力者は嫌なんですよ‥‥」
 一言、小さく呟いて、山林の闇に崩れ落ちる心。
 樹生のイアリス、そして憐のタバールが、その背に深々と突き立っていた。


    ◆◇
「思花サン見て動き止めたのは‥何故?」
「‥‥教えないといけませんか」
 ラウルが問うと、心は、半分目を閉じたような顔で少し笑う。
 傭兵達が取り囲むその中で、彼は、南波の顔を見詰めていた。
「‥‥上月 心中尉ですね」
 心は、何も答えない。ただ、黙って南波の言葉を聞いていた。
 だが、南波の放った次の言葉に、僅かな反応を示す。
「――自分は、兵庫UPC軍大尉、ヴィンセント・南波です」
「‥‥‥あなた、ですか」

 感慨深げに呟いた心に、南波は、静かに頷いて口を開いた。


「はい――上月 奏汰を殺したうちの、一人です。ご存じでしょう」