●リプレイ本文
「僕の信条――それは、『楽しんだ者勝ち』」
ロサンゼルス・サンタモニカ地区。
「僕の辞書に敗走の二文字はありません。此度の戦場――勝利は僕の手に!!」
そびえ立つ13階建てホテル『サンタモニカ・パシフィック・ホテル』を前に、美環 響(
gb2863)は、さらりと髪を掻き上げ、優雅に高笑いを響かせた。
●17時
『本日はお集り頂きまして、まことにアリガトーゴザイマース!!』
キーン! と全員の鼓膜を攻撃して来るハウリング音も一切気にせず、シンシア・バーレンが不必要な大声で挨拶を始めた。
『世の中どこ見てもクリスマス! どこ行ってもクリスマス! だから何なのクリスマス!! 畜生どうでもいいのよそんなもん!! うふふ‥‥頑張れ私』
二言目でいきなり脱線の兆候を見せる開会の挨拶。シンシアの目に涙が浮かぶ。
『とにかく騒ぎましょーっ!! 乾杯っ♪』
わあっ、と歓声が上がり、グラスのぶつかる音が夕方の展望ラウンジを包み込んだ。
「‥‥お酒、凄い量ですね‥‥」
ラウンジの椅子という椅子、テーブルというテーブルを端に寄せ、キレイに掃除されたふわふわの床。所構わず置いてある世界の銘酒とソフトドリンクの数々を見渡して、なつき(
ga5710)は苦笑いを浮かべつつ、バーカウンターへ向かう。
「一日中お酒が飲めるなんて、楽しみなのですっ。あ、なつきさん、お皿取りましょうか?」
「レグさん‥‥嫌いなものはありませんか? ‥‥よかったら‥‥一緒に取っておきますけど‥‥」
「大丈夫ですよ☆ ぜんぶ取っちゃってくださーい♪」
不知火真琴(
ga7201)、朧 幸乃(
ga3078)、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)の三人が、各自取り皿を手にドンドン料理を運んで行く。
そんな中、24時間という持久戦に万全の体制で挑むべく、レグが取り出したのは、牛さん印の1Lパック牛乳。
「みなさん、最初に牛乳を飲んでおくと、酔いが回るのが遅くなるのですよー」
紙コップに牛乳を注ぎ、ゴクリと飲み干すレグ。だが、
「「レグさん、ヒゲがっ」」
「え‥‥はうっ!?」
勢い余って、口の上が真っ白になるという小学校で人気の現象を体現してしまったりする。
「サンタクロース芸はまだ早いですよ、レグさん」
あわわ、と口を拭くものを探して奔走するレグを見守りつつ、叢雲(
ga2494)が、取って来たティッシュを差し出して微笑った。
「あうぅ‥‥と、ともかくもう一度乾杯なのですよっ」
ゴシゴシと口元を拭い、ちょっと恥ずかしそうなレグを輪の中に迎え、5人揃ったところで、再びグラスを高く掲げる。
「「乾杯っ♪」」
ラウンジの窓枠に腰掛け、特に誰とも関わることなく飲んでいるのは、榊 紫苑(
ga8258)である。
「この酒の量は、すごいですね? さてと、どれくらい酔いつぶれる人出るでしょうかね?」
もともと、気を許した相手以外には非常に無口なこの男、周りのドタバタを見ているだけでもそれなりに満足できる、というだけで、別に人間が嫌いなわけではないらしい。
「‥‥何か、さっきから悪寒が走っているんですが、風邪でしょうか?」
原因不明の寒気を感じ、訝しげにラウンジを見回す紫苑。
「気のせい‥‥ですかね」
ぶるり、と大きく体を震わせ、彼は、首を傾げながら再び、グラスの端に唇をつけた。
「‥‥新条さん?」
一人、キョロキョロと辺りを見回している青年を見つけ、琳 思花(gz0087)が声を掛けた。
「あ、思花ちゃん、久しぶりだね〜。来年もよろしく」
「うん‥‥こちらこそ。誰か探してるの‥‥?」
思花に尋ねられ、新条 拓那(
ga1294)は、少し首を傾げて答える。
「うん、準備のときはいたんだけどね‥‥厨房に行ったきり、まだ戻らないから」
とりあえずその場に座り、周囲に視線を巡らせる拓那。ふと、遠くに知り合い――レグの姿を見つけ、大きく手を振る。
「今年は色々ありがとう〜。来年もよろしくね〜!」
「私もよろしくなのですよ〜♪」
――と、レグから視線を外した拓那の目に、大きなトレイを抱えて駆けて来る黒髪の少女の姿が映った。
「すみません、拓那さん‥‥遅くなりました。厨房が本当に広くて‥‥手間取ってしまって」
「あはは、迷子になってるかと思って心配したよ?」
「あの‥‥初めまして。石動 小夜子(
ga0121)です。皆さんも、よろしければ‥‥」
拓那の隣に腰を下ろし、小夜子は、手に持っていたトレイをUPCキメラ研究所の面々の前に置き、丁寧にお辞儀をして自己紹介する。
トレイの上には、酒の肴にちょうど良い、大葉や牛蒡の天ぷらが載せられていた。
「あ、ラッキー☆ 食糧増えたっ! ありがと石動さん♪」
何の遠慮もなく天ぷらにガッつくシンシア。小夜子は、ガンガン消費されていく料理を微笑みながら見ていたのだが、ふと、隣の拓那へと顔を向けた。
「あんなに本格的な設備でお料理なんて、初めてです。美味しく揚がっていると良いのですが‥‥」
天ぷらの一つが、さくり、と軽い音を立て、拓那の口の中へと消えていくのを、緊張の面持ちで拓那を見つめる小夜子。
「どう、でしょう‥‥?」
上目遣いでそう尋ねた可愛い恋人を、拓那は、ニッコリと微笑んで見返した。
「もちろん美味しいよ。ありがとう、小夜ちゃん」
照れて赤くなった頬に両手を当て、嬉しそうに笑う小夜子。
拓那は、そんな彼女にオレンジジュースのグラスを渡し、二人だけでもう一度、小さく乾杯を交わしたのだった。
「しーふぁさん、一緒に飲んでもいい?」
と、そこへ一升瓶片手に登場したのは、外見年齢14歳の酒豪・忌咲(
ga3867)だった。
「「‥‥‥」」
「流石に私も、24時間飲み続けたことは無いかな。でも途中で休憩できるんだよね」
思花の隣にチョコンと座り、手酌で日本酒を煽り始めた忌咲を、ポカーン、とした顔で見つめる一同。
シンシアが思花の耳に口をつけ、小さく尋ねる。
「この子、何歳?」
「25。‥‥私と同い年」
「ブフッ」
これぞ人体の不思議。シンシアは、思わず口の中のワインを噴いた。
「ちょっとぉ、汚いなぁ〜」
「そんなだから売れ残るんですよね」
何気に失礼な事を言いながら、床を拭くこともなく飲み続けているのは、同じく研究員の朴 佑幸(パク ウヘン)とキース・ロドリーである。
「恋人は居た事無いんだよね〜。学生時代はマスコット扱いだったし、今は娘とか妹くらいにしか見られないし」
「‥‥若く‥‥見えるからなぁ‥‥」
拓那と小夜子の様子を眺めながら、羨ましそうに、というよりは、未知のモノを語る口調で首を傾げている忌咲のグラスに、思花は、うーん、と小さく唸りながら日本酒を注いだ。
すると、
「ちょ! 待てラウル!! それ返してから行けーーーっ!!」
いきなり、ラウンジの入口付近からヴィンセント・南波(gz0129)の悲鳴が聞こえたかと思うと、ドタバタと騒がしい足音とともに、ラウル・カミーユ(
ga7242)が勢い良く駆け込んできた。
「ダメだヨ♪ また思花サンに変なコト吹き込まれないよに、コレは人質にしてやるっ!」
追ってきた南波の前に、楕円形携帯型育成ゲームをチラつかせるラウル。
「くっ‥‥携帯ペット質を取るとは卑怯者っ!」
「んー、てか、知らない間に僕のポケットに入ってたんだケドね」
不本意にも卑怯者呼ばわりされたラウルは、不思議そうにゲーム機を見つめ、ふと、顔を上げて反対側の窓際に視線を遣る。
そして、座り込む南波を、面白げな表情で眺めている男――紫苑の姿を見て、ラウルは、なぜ自分の元に南波のゲーム機があったのかを、大体理解した。
「あ、そだ。ご挨拶」
ゲーム機をポケットに仕舞い、ラウルは、キメラ研究所の皆さんへと向き直った。
「ラウル・カミーユでっす! どぞ、ヨロシクー」
――アフロカツラ装着で。
「「ブフッ」」
一斉に空を舞うワイン、そして日本酒。
「ア、アフロ君‥‥っ!」
床に転がった佑幸が、アフロなラウルを指差して爆笑の渦に沈む。変な呼び名まで付いていた。
とある依頼で撮影され、思花に送られた『アフロ頭でナンパに勤しむラウル君』の写真は、どうやら研究所の皆さんの間で楽しく鑑賞されたようである。
「しーふぁさんとラウルさんは恋人同士なんだっけ? あれ、違った?」
「何ですって裏切り者がこんなところにも!?」
忌咲の何気ない質問に、敵意剥き出しの大人げない反応を示すシンシア。これだから必死な人は困るのだ。
そこで、アフロなラウルは、これは外堀から埋めるチャンスとばかりに、こう宣言してみた。
「まだ恋人じゃないケド、思花サンとお付き合いしてマス!」
「「‥‥‥」」
「‥‥思花‥‥あんた、若い子相手に、とても人様に言えないようなトモダチ関係築いてないわよね?」
オーバー30彼氏いない歴3年なシンシアの発想は、もうだいぶ、腐っていた。
「ち‥‥違っ‥‥!」
「よしアフロはっけーーーん!! ラウルさんコレ借りるねーーっ!!」
変な疑惑が生まれそうな空気の中、終わりかけのアフロの話題を蒸し返さんと襲来した一陣の風――それは、弓亜 石榴(
ga0468)であった。
彼女は、なにやら透明の装置を小脇に抱えて走って来たかと思うと、ラウルの頭からアフロカツラをもぎ取り、ゴソゴソと作業を開始する。
「なにそれ? ペットボトルかな?」
「ロケットアフロ、発☆射ーーーーッッ!!!」
忌咲の鼻先をモロに掠め、物凄い勢いで飛んで行くペットボトルロケット。いや、ロケットアフロ。
絶好調なら100mは飛ぶ強烈な威力をもって、空を裂いて突き進む。
その先には――まさに今、手品を披露せんと準備中の響、そして平坂 桃香(
ga1831)、さらにその向こうには、窓の下でひとり酒中の水無月 湧輝(
gb4056)の姿が。
「はっ――殺気!」
だが、桃香はこんな場においても戦士の本能を忘れてはいなかった。
弾かれたように上体を反らし、襲い来るシュールな物体をギリギリのラインでかわす。
そして、勢い余って後ろに倒れかけた桃香の頭を、瞬天足を発動させた南波の右手が見事にキャッチ。
「「おおおっ!?」」
まさかのスーパーファインプレーに沸く皆の前で、目標を失ったロケットアフロは、響の髪を舞い上げて通過し、そのまま豪快に窓を割って墜ちて行ってしまった。
「‥‥不思議の世界へようこそ」
「やはりジントニックはライムが無いと物足りないな‥‥切るか」
何事もなかったかのように、トランプマジックを始める響。冷静に割れた窓の下を離れ、ライムを探しに行く湧輝。
渾身の一発芸(?)をかわされた石榴は、チッ、と小さく舌打ちなどしつつ、ロケットアフロが撒き散らした水を雑巾で拭き始めた。
「そういえば、南波大尉」
後頭部を南波の手の上に載せ、体が完全に斜めになった非常に器用な姿勢のまま、桃香は、どこからともなく取り出したリボン付きの包みを、南波の顔の前に突き出した。
「クリスマスプレゼントです。今すぐ使ってほしくて持ってきたんですよねぇ」
「え? 俺? おお、ありがとー」
南波は、一瞬少し驚いたような顔で桃香を見たが、普段、軍隊という体育会系の世界にいるだけに、女の子からのプレゼント、という響きには、内心かなり心躍るものがあった。
何やら今すぐ使ってほしいらしいので、早速開封してみる。
「俺、何も持ってきてないけどいーの?」
「いいんですよ〜。ずっと気になってたんで」
こちらもまた誤解してしまいそうな台詞を吐きながら、桃香は、ニコニコと南波の手元を見守っていた。
「気になっ――‥‥えっ?」
包みを開けて出てきたもの――それは。
半月形がステキなタンバリンだった。
「『なんばりん』って『タンバリン』と似てません? いやずっと前から気になってたんですけど言う機会が無くてですね」
「ああ‥‥そっち? そっちの『気になる』ね‥‥そうだよねー」
「ちょうどカラオケ大会もありますし。ガンバレ大尉、今の君ならきっと輝ける!!」
一瞬でもときめいてしまった自分が恨めしい。
南波は、頂いたタンバリンを胸に、今回のカラオケ大会は意地でも盛り上げてやるんだ‥‥、と心に誓った。
――一方その頃、3階客室フロアでは。
「広いです。どこにいるんでしょう?」
ホテルに入ったはいいが、未だに宴会場である展望ラウンジに辿り着けていない榊 菫(
gb4318)が、一人ふらふらと廊下を彷徨っていた。
「兄様〜、どこですか〜」
落ち着いた感じの外見とは裏腹に、間延びした口調で兄を呼び、片っぱしから客室の扉を開けて行く。無人なのをいいことに、無施錠でイチャついてるカップルでもいたらどうするのだ。
「兄様‥‥いないですね‥‥」
幸いというか何というか、どこの部屋を覗いても当然人の気配はなく、菫は、ふう、とため息をついて頭を捻るのであった。
●間もなく0時
「大好きなお友達と一緒だと、お酒もぐっと美味しくなりますねえ♪ 幸乃さん飲んでますかぁ〜?」
「ええ‥‥これで5杯目くらい‥‥でしょうか」
会場に準備された酒類はもちろん、自分で持ち込んだ黒ビールやらワインやらカクテルやらを次々に開けていくレグは、もうすっかり酔いどれ状態であった。
「今さらですけど‥‥朧さん、成人されてたんですね」
酔っているわけではなさそうだが、だいぶリラックスした様子で幸乃に寄り添い、意外そうに呟いたのは、なつきだった。レグのグラスにブランデーを注ぎ、微笑みながらもう一度、幸乃を見上げる。
「一緒にお酒を飲むのは‥‥初めてですね。嬉しいです‥‥」
「どうも‥‥10代に見えてしまうようで」
幸乃は苦笑しながらそう答え、レグの差し出したビッグアップル(ウォッカ+林檎ジュース)を受け取った。そして、それを絨毯の上に置くと、ややぼんやりしたおぼつかない手つきで、皿の上のおつまみを皆に勧める。
「なつきさんっ、グラス空いてますよー? 何がいいです?」
梅酒とウィスキーを両手に持った真琴が、少し上機嫌でなつきに声を掛けた。彼女の周りには、飲み干された酒瓶の残骸がゴロゴロ転がっている。
「えと‥‥梅酒を頂きますね。‥‥真琴さん、ペース速くないですか‥‥?」
「そうですか? なつきさんの方が速いですよー、ね、叢雲?」
同じくなつきを取り囲む酒瓶たちを指差し、厨房から戻って来た叢雲を振り返る真琴。叢雲は、たった今作って来たばかりの唐揚げや焼きオニギリ等の皿を輪の中央に置き、うーん、と唸りつつ苦笑した。
「どちらも良い勝負ですよ」
床を占領している酒瓶を片付け、叢雲もまた、輪の中に入って日本酒を飲み始める。
「叢雲さん、おかえりなさいなのですよー♪ みんな一緒が一番ですー☆」
「レグさん‥‥!」
酔っ払ってテンションの上がったレグが、隣の幸乃目掛けてガバッと抱きつき、驚く彼女にスリスリと頬を寄せた。
「あ、ずるいですよー! 私もー!」
「きゃあ、真琴さん‥‥。あは、お酒が零れてますよぉ‥‥」
便乗して幸乃に飛び付いた真琴の手が、すぐ隣のなつきをも巻き込んで抱きすくめる。
幸乃を中心にすっかりダンゴ状態になった女子四人は、歓声を上げて笑い、そのままゴロリンと床に倒れた。
「あは☆ だーいすき、ですっ♪」
「私も! だーいすきですよーっ☆」
レグと真琴は、手にした酒が床に零れるのも気にせず、幸乃となつきの二人に熱烈なハグを繰り返している。
「ほらほら、床が濡れていますよ。‥‥全く、仲が良いですね」
女子ダンゴを微笑ましく見守りながら、世話好きの叢雲がグラスを除け、回収していく。
「あ♪ 折角ですから、なつきさんと朧さんに恋バナしてもらっちゃいましょうっ」
「え‥‥あの、私は‥‥」
興味津々、といった表情で詰め寄って来た真琴に、幸乃は、困惑した様子でわずかに頬を染めた。
「じゃあ、なつきさんからですね☆ 彼氏さんは今日、一緒に来なかったのです?」
「あ‥‥その、多分、友達の家に転がり込んでると‥‥」
少し俯き、なにやら幸せオーラを醸し出しつつ話し始めるなつき。
キャッキャと笑い声を上げながら、女子四人+叢雲は、再び酒瓶に手を伸ばすのであった。
「‥‥それでね、グラナダで獲って来たメカキメラっていうのがホント生物としての基本構造を無視しててねっていうか合成生物のくせに機械入ってるって時点で」
「キメラもいろいろなんだね。私も大学では生物工学の勉強してたから、ちょっと見てみたいかも」
完全に酔っ払い、先人の生み出した『句読点』というシステムを無視して喋り続けるシンシアの隣で、根気良く相槌を打っているのは、忌咲である。
「研究所って、見学とかできないのかな? 学園都市の養成校のほうは、この前行ったんだよ」
「ふっ‥‥そう簡単に外部の人間が入れるよーなら、私は今頃、素敵なダーリンと一夜を過ごせてたはずよ‥‥っ。畜生!」
シンシアは、自分に彼氏ができない理由を、いきなり研究所の危機管理体制のせいにした。言い掛かりも大概にして欲しいものである。
「見学も無理なんだー。研究所で思花サンがどんな感じか、見てみたかったのにナ」
「え‥‥そんなに変わらないよ‥‥?」
グラスの氷をカラカラ鳴らしながら、残念そうに言ったラウルの声に、それまで壁際でぼうっとしていた思花が顔を上げた。
「思花はあれよね、たまに奇行に走るわよね」
「‥‥奇行‥‥?」
言われた当人が、一番心当たりなさそうに眉をひそめてシンシアを見返した。
「枯れたサボテン窓際にためてたり、変なアフロ男の写真を回覧板でみんなに回したり」
「その写真、僕なんですケドね‥‥」
自らアフロで登場しておいて何だが、ラウルは、そろそろ弄られるのも辛かった。
ラウンジの中央付近では、アンダー20歳組が、響のコインマジックを鑑賞しつつ、ジュースとお菓子を食い散らかしていた。
「おおおっ! コイン増えたっ」
「待って、もう一回やって見せてよ。絶対タネを見抜いてやるんだからっ」
異様なまでに喰い付いているのは、南波と石榴である。
桃香はというと、「すごいですねぇ」などと言いながらも、視線は別のところを向いていた。誰か酔いつぶれた男はいないかと、悪戯のチャンスを窺っているわけなのだが。
「タネも仕掛けも御座いませんよ。何度見ても無駄です、クスクス」
「嘘つけっ! タネがなかったら硬貨偽造で犯罪だぞ!」
「ふっ‥‥あなたに見破れる程度のタネなど無い、という意味です」
妙に論理的で鬱陶しい反論をしてきた南波に対し、涼しい顔でコインを片付け始める響。どっちが年上なんだか。
「そういや南波さん、アフロ型KVの話はどうなったのかな? ヘリ型KVなら何とかできない?」
ふと、思い出したように南波を振り返り、石榴が尋ねた。ああ、こんなところにもアフロに取り憑かれた人間が。
「うん、だからね。多分だけど、その企画を上に出した瞬間、俺の階級2コぐらい降格しちゃうからね‥‥」
南波のアフロ熱はまだ、大尉という階級を手放す勇気が持てる程には達していないらしかった。
そんな夢のない大人の事情を聞かされたところで納得できない石榴は、「大人気間違いなしなのに」と、不満気に口を尖らせて、先ほど窓から墜落したロケットアフロを回収しに向かうのであった。
●カラオケ大会
「さー、歌って今年の憂さを晴らしたい人、前へかもーん! それじゃあ一曲目。歌いたい人どうぞ〜!」
カラオケ機材の調整が終わり、拓那がマイク片手にカラオケ大会開始を宣言した。
「‥‥誰も居ないなら俺行っちゃっていいかな?」
とりあえず言いだしっぺな自分が頑張ろうかとリモコンを取った拓那だったが、そこへ、一人の男が進み出る。
「では、ここは俺が口火を切ろう。上手いかどうかはわからんが」
先程まで一人で飲んでいた湧輝である。意外な人が一番に名乗りを上げたものだから、ラウンジ中の注目が一気に彼へと集中した。
「おっけーじゃあよろしく〜! ガンバレ水無月さーん!」
マイクと音源の音量を思いっきり上げ、拓那が機材を離れると同時、一曲目のイントロが流れ始める。
最初だけあってアップテンポの、誰でも聞いたことがあるようなヒット曲を選んだ湧輝の歌声は、当然ながらプロ級とまで行かないが、声質に合った、歌い慣れた感じがあった。
「下手な歌をすまん、ちょっとしたら12Fでバーやるから、暇な奴は来てくれ」
一曲目が終了し、盛大な拍手にやや照れたような口ぶりで、湧輝がマイクを差し出した。
「じゃあ次は私が。ちょっとマニアックにいきますよー」
マイクを受け取った桃香がリモコンを操作すると、最新アニメソングが流れ始める。最近のアニメソングは普通にヒットチャートに入ってきたりするので、盛り上げたいときにはもってこいだ。
「引かれなくてよかったー! もう一曲歌ってもいいですかねぇ?」
隅っこの方で「それ、歌いたかったのに‥‥」などとOとRとZなポーズになってる南波は無視し、今度は少し古い、懐かし系セクシーアニメの主題歌を歌ってノリノリな桃香。皆さんの手拍子も頂いて大盛況である。
「はい、南波大尉♪ ピッタリな曲入れちゃいましたよー。頑張ってくださいねぇ〜」
「え? 俺?」
――それは、すごくお馬鹿キャラな人たちが歌ってるヒットソングだった。
「頑張れなんばりん♪ 振り付きは基本だからネ☆」
「よ〜し、じゃあ南波さんおねがいしまーす」
「ふっ‥‥むしろ完璧に踊れちゃう自分が悲しいぜ‥‥!!」
外野なラウルと呑気な拓那の声援を受け、なんでか知らんが完璧な振り付けで頑張る南波。そもそも複数人で歌うものなだけに、一人でやると若干寂しい上に息が続かないところも、多々あった。
「次は私ですね! 振り付きなら、僕も当然負けません!」
ぜーはー言ってる南波からマイクを奪い、ここで響が参戦。流れてきたのは、いわゆるハイティーン女性アイドルの歌である。しかも、メドレーで攻めてくるあたり、かなりの猛者と思われる。
相当キーの高い部分が混じっていたにも関わらず、全ての曲を振り付きで歌いこなす響のテンションは、今や絶頂に達さんとしていた。
「‥‥皆さん、歌、お上手ですね‥‥」
32杯目の酒を手に、カラオケ大会の盛り上がりをポカンと眺めているのは、なつきである。
「次、私が歌ってもいいですか? あれ、このリモコン‥‥どうすれば‥‥」
「4桁目で一旦、『セット』を押すタイプですよ」
叢雲の手を借りて参戦した真琴が歌うのは、女性ボーカルの、もどかしい初恋な心を詞にしたラブソングであった。
「真琴さ〜ん! お上手なのですよー!!」
人並とはいえ、透き通った声でシットリと歌い上げた彼女に、レグの声援と皆の拍手が惜しみなく送られる。
「次歌いたい人〜? あれ、小夜ちゃん?」
「あの‥‥最近の曲はわからないのですが‥‥構いませんか?」
恥ずかしそうに前へ進み出た小夜子が伝えた曲名を、リモコン操作で検索する拓那。やがて、何やら聞き慣れた和風のイントロがラウンジを包み込んだ。
『傷心の女性が真冬の海峡に行って感傷に浸るかんじの有名な演歌』を見事に歌い上げた小夜子は、アンコールの声に恥ずかしがりながらも応え、続けて『峠越えと男女の恋をテーマにした高低の激しい演歌』を、今度は少し感情移入しながら堂々と歌って見せたのだった。
「なんばりんっ、スウィートルーム見に行かナイ?」
「おー、いーよー」
折角なので、と、カラオケ大会を抜けて南波を誘ったのは、ラウルであった。
くるり、とおもむろに思花を振り返り、
「思花サンを誘わないのは、えちぃと思われたくないからじゃないんだからネっ!」
などと、本人を前に言ってみる。
「えっ‥‥と‥‥」
「いやーおねーさんはむしろ今、BLを期待しちゃったわね! ガンバレ青少年っ♪ 邪魔しないから☆」
思花は一瞬何か言おうとしたようだが、思考の腐ったシンシアの発言により、完全に遮断された。これだから空気の読めない女は困るのだ。
「‥‥‥」
あまりの報われなさに悲しくなってきたので、ラウルは南波を連れ、静かにラウンジを後にしたのだった‥‥。
と、その時。
「兄様発見♪」
バーン、とラウンジの扉が開き、ようやく13階まで辿り着いた菫が飛び込んでくる。
そしてそのまま、窓際の紫苑に突撃をかまし、押し倒してしまった。
「重い、一体? 菫? なんで、此処に‥‥」
「やっと見つけました兄様♪ 大きな歌声が聞こえたので、ここだと思ったんです」
床が絨毯じゃなかったら負傷してた勢いで転んだ紫苑が、冷や汗混じりに背中の菫を見遣る。なんだなんだと注目する一同に苦笑いを返し、なんとか起き上がった。
「妹ですよ? そうじゃないと、女性アレルギ−発動します」
「兄様〜♪」
執拗にへばり付いている菫を見て、一同は、「大変だなぁ」などと他人事な感想を抱き、再びカラオケ大会へと戻って行く。
「‥‥レグさん?」
ふと、幸乃が声を掛ける。レグは、じゃれ合う紫苑と菫の二人を眺めたまま、寂しそうにグラスを握り締めていた。
「「‥‥‥」」
真琴と叢雲、なつきが、幸乃と目を合わせて静かに頷いた。いずれ、こうなるかもしれないと、皆予想していたからだ。
「‥‥淋しい、ん、ですっ。逢いたいんです‥‥っ!」
前を見ていたレグが、堰を切ったように泣き出した。どうやら、長期出張中の恋人を思い出してしまったらしい。
「早く、帰って来て下さいぃ‥‥っ!」
大声を上げて号泣し始めたレグの頭を、叢雲が、何も言わずに優しく撫でた。
まるで子どものように愚痴りながら大泣きするレグに抱きしめられ、真琴が何度も首を縦に振って相槌を打つ。
なつきがそっと甘い酒を差し出し、幸乃が新しいお菓子を開けて、レグの前に寄せる。
「‥‥逢い、たいです‥‥」
カラオケ大会も盛り上がり、宴もたけなわ。
「ん‥‥ちょっと疲れたみたいです。そろそろ‥‥お部屋へ行くのですよー‥‥」
「では私も一緒に‥‥」
拓那の歌声が響き、手拍子が繰り返される中――レグはしばらく泣いた後、なつきに付き添われ、S−01のぬいぐるみをぎゅっと抱えながら、宴会場を後にしたのだった。
●2時
スウィートルームの一室、そこには、宴会場で眠ってしまった真琴を運び、ベッドに寝かせている叢雲の姿があった。
「だからビールはやめておきなさいと言ったのに‥‥」
幸せそうに眠る彼女の寝顔を眺めて苦笑し、叢雲は、折角スウィートなのだから、と立ち上がり、散策を始める。
工事で壊してしまうのかと思うと勿体無いほど豪華な内装、いくつもある寝室、ブランド家具の並んだリビング、ジャグジーつきの浴槽――それに、美しい夜景。
若干、真琴の存在を忘れかけながら部屋中を見て回り、叢雲は、再びもとのベッドサイドへと戻った。
そのうち、真琴が起き出して、色々と連れ回されることだろう。
叢雲は、そっと電気を消すと、静かに隣の寝室へと入って行った。
そして同じく、宴会場を後にした紫苑と菫の兄妹もまた、就寝の時を迎えていた。
「ふわふわ‥‥気持ちいいかも」
大きなベッドにボフン、と転がり、子どものようにはしゃぐ菫。
「まさか、追ってくるとは‥‥」
溜息まじりの兄、紫苑は複雑な表情で菫を眺めていた。
そして、彼女がゆっくりと眠りに落ちていくのを見ると、静かに電気を消し、一緒のベッドに潜り込んだ。
一方、未だに遊んでる人もいた。
「聞いたところによると、この場所では‥‥かつて屋上から身を投げた女性の霊が出るとの噂が」
「だだだ大丈夫っ! このメイ探偵石榴とその助手が、ホテルの謎を解き明かして見せましょう!」
懐中電灯片手にリネン室や無人のレストランを探検しているのは、響と石榴である。
響が適当にでっちあげた怪談話を聞きながら、微妙に腰が引けているかんじで進む石榴の声は、少し怯えていた。
「コレ、変なの映ってたら嫌だなぁ‥‥」
非常階段を上りつつ、石榴は、響の持つビデオカメラにチラリと目を遣る。
「それはそれで面白いじゃないですか」
「そうだけど‥‥うう。まあいいわ。‥‥さて皆さん、この『サンタモニカ・パシフィック・ホテル』では――」
カメラに向かい、石榴が実況を始めた、その時だった。
『ぎゃーーーーーーーーーー!!!!』
「きゃああああ!? な、何、何!?」
ホテルを揺るがし、響き渡った男の悲鳴に、石榴は思わず響を盾にして後ろに隠れる。
「これはもしやホンモノ!? 行きましょう石榴さん!」
「ええええーー待ってーーーー」
喜び勇んで階段を駆け上がり始めた響を追い、石榴は、震える足で必死に走った。
そして、全速で走り、辿り着いたその先は、10階スウィートルームの一室。
「「‥‥‥」」
二人が覗き込んだ先――そこには、全身ズブ濡れで佇むラウルと、部屋の隅でめそめそしている南波の姿があった。
「自業自得って、こゆ時に使う言葉なんだネ。よく考えナイで人を突き飛ばしたりするからだヨ」
探検中の石榴たちを驚かせようと、『死体ごっこだー!』とか言って、ラウルを浴槽に突き落とした南波。
だが、彼は、致命的なミスを犯していた。
ラウルのポケットには、自分のゲーム機が入っていたのだということを。
「うう‥‥スッカリ忘れてたぜ‥‥っ‥‥」
水死した育成ゲーム(享年3日)を握り締め、本気で泣き出す南波。髪をタオルで拭きながら、着替えはどうしようかと思案に暮れるラウル。
そんな二人を、石榴と響は、とても醒めた目で見つめていた――。
●3時
「窓際で夜景でも眺めるのも良いんじゃないか? 酒ならそっちまで持ってくぜ」
12階の展望レストランでは、訪れた拓那と小夜子の二人に、バーテンダーと化した湧輝が声を掛けていた。
「おっと‥‥さすがに、彼女にアルコールは出せないがな。こんなのもあるぜ」
「ありがとうございます‥‥では、これを」
ノンアルコールカクテルを2つ選び、窓際に移動する二人。やがて、湧輝が持ってきたドリンクを受け取ると、拓那は、夜景を眺める彼女に笑い掛け、言った。
「‥‥今年一年ありがと。一緒にいてくれて嬉しかった。来年もよろしくだよ。乾杯♪」
「私も‥‥拓那さんと一緒にいられて、楽しかったです。これからもよろしくお願いします‥‥」
紅潮した頬を片手で押さえ、小夜子は、本日三度目の乾杯をする。
「え〜と‥‥泊るのは別々の部屋、だけど。あ〜、うん‥‥小夜ちゃんがいいなら。その、ちょっと、お邪魔させてもらうね?」
「あ‥‥あの‥‥は、はい。拓那さんが‥‥そうしたいなら‥‥」
拓那の申し出に、小夜子はさらに顔を赤くしながら、恥ずかしそうに頷いたのだった。
「お嬢さん、誰かお探しかい。果報は寝て待てと言うことわざもある。どうだね、ここで何か飲んでいくかい?」
次に湧輝が見つけたのは、窓際のソファ席に座った思花であった。かなり眠そうに見える。
「‥‥ありがとう。でも‥‥たぶん、もう来るから‥‥」
「や、良いのか。意中の人が見つかるように祈っておくよ」
折角だから、と湧輝が赤色のカクテルをテーブルに置いた時、先程とは違う服装のラウルが、レストランの入口を開けて入って来た。
「‥‥どうして着替えたの‥‥?」
「んー、イロイロあってなんばりんに借りたー」
二人は、窓の外――ロサンゼルスの夜景を眺めて、ハリウッドがどこだとか、チャイナタウンがどっちだとか、他愛もない話をしていた二人だったが、思花の眠気はもはや、限界に近かった。
「‥‥夏より、少しは好きになってくれたかなぁ?」
「‥‥‥」
もう眠ってしまったのだろうか。返事のない思花に上着を掛け、ラウルは、彼女の頭をそっと、自分の肩へと寄せる。
――だが、
「‥‥‥そうだね」
急に耳元で響いた声に、ラウルの方の眠気は、一瞬にして吹っ飛んだ。
●翌朝
朝6時。まだみなさん寝静まっているこの時間、既にバトルは再開されていた。
「とっつげーきッ!!」
「ふふふ、甘いぜ〜。絶対来ると思ったよ」
なんだかんだ言って一緒の部屋で寝ちゃった拓那と小夜子の寝起きを激写せんと、朝っぱらから乱入してきた石榴。しかし、その行動は既に読まれていた。
「ちっ‥‥なんで起きてるわけー?」
「気持ちはわかるけど、もう少しゆっくり寝かせてあげてくれ」
どうやら、小夜子は起こされずに済んだらしい。
ブウブウと文句を垂れる石榴を、苦笑しながら部屋の外へと追い出し、拓那は、ふう、と安堵の溜息をついた。
12時。
この時間になると、夜遅くまで飲んでいた者たちもゴソゴソ起き出して、温水プールなどに繰り出してきたりする。
「あはは、すっかり寝坊しちゃったねー」
「だいぶ飲んでましたからね。部屋に運んだことも、覚えてないでしょう?」
夜のうちに来ようと思っていた真琴だったが、やはり、深夜に寝て暗いうちに起き出すなど無理だった。昼前に起きてしまい、慌てて叢雲をプールに引っ張って来たというわけである。
「覚えてない。でも、楽しかったからいいよね」
ぼうっと水に浮かぶ真琴を、叢雲は、プールサイドからじっと見守っていた。
「‥‥流石、高級ホテルだね。何か映画の登場人物になれそうな気分だよ」
プールサイドの椅子に腰掛け、のんびりとブランチを楽しんでいるのは、拓那と小夜子である。
「ええ、その‥‥またいつか、二人で旅行に来られたら嬉しいです」
「うん、そうだね。改築が終わったら、また来れる、かな?」
照れる小夜子の頬を撫で、拓那は、柔らかい微笑みを浮かべて、大きく頷いて見せるのだった。
「兄様〜! がんばってくださ〜い♪」
その頃、紫苑と南波は、プールの端のコースを使って本気の戦いを繰り広げていた。
プカリと水に浮いた菫が声援を送る中、覚醒無しで行われた50mクロール勝負の結果――それは。
「残念です。本気でしたね? 良いストレス発散できましたか?」
南波より少し遅れてゴールした紫苑が、顔の水を払いながら微笑う。
「うん。最近、なんかネタキャラが板についてきたっぽいし。このへんで本気出さないとね」
悲しい理由を口にして、南波は、ちょっとだけ自分に自信を取り戻すのであった‥‥。
●15時、そして解散
「なんですかこれはああああああッ!?」
「うっさい黙れ!!」
宴会場で目覚めたキース。窓に映った自分の顔を見るなり大声で叫び出し、シンシアに蹴り倒される。
「違いますよシンシアあなたも酷いことにっ!!」
「ぇー? ぶほ!」
寝惚け眼でキースの顔を見たシンシアは、思わず噴いた。
何者かの手によって、キースの顔面が白塗り歌舞伎顔に塗りたくられているではないか。
「ぎゃー! なんなのコレー!?」
そしてシンシアもまた、鏡を見てパニックに陥った。こちらは、眉墨で鼻毛が書かれている。
「ふふふ‥‥」
ドタバタと大騒ぎしながら宴会場を出て行く二人を、落書きの張本人である桃香は、にやにやしながら眺めていた。
ターゲットは男だけにしようかと思ったが、まあ、シンシアなら問題なかろう。
「‥‥良かった‥‥気が付いて‥‥」
酷いことになった二人と、満足気な桃香を眺めながら、眠りが浅かったがために難を逃れた幸乃が、ホッと胸を撫で下ろす。
彼女はコーヒーを飲みながら、まだ宴会場に転がって眠る石榴や響の毛布を掛け直して回っていた。
「おはよ〜。お酒未だ残ってるよね?」
と、そこへ登場したのは、なんと下着に白衣姿で寝惚け過ぎな忌咲であった。
「朝からお酒飲むなんて、滅多に無いからね〜。なんだか、ただひたすらお酒飲んでただけな気がするけど、そういう趣旨の集まりなんだよね?」
半裸で平然と飲み始めた彼女を、ポカーンと眺める幸乃。そして桃香。
幼児体型だからいいのか。本人は気付いてないのか。
というか、下着がサテンネットインナーだなんてセクシーすぎやしないか。
色々な思いが二人の脳裏を駆け巡ったが、なにやら廊下がザワザワし始めたのを聞いて、幸乃は、慌てて入口の扉を塞いだ。
『あれ? 開かないね〜。片付けしなきゃなんだけどな〜』
「だ‥‥だめです‥‥! 今は入れません‥‥っ」
会場の片付けに来るだなんて、拓那はなんて気が利く男なのだろう。だが、今はダメだ。
『朧さん? どうなさったんです?』
「いえ、その‥‥今は‥‥」
自分のために戦う幸乃の姿にも気付かず、ひたすら酒をあおりまくる忌咲。
結局、忌咲は、桃香によって毛布でグルグル巻きにされ、強制的に部屋に返されたその時まで、自分の惨状に気付くことはなかった――。
●おまけ
なんだかんだでドタバタな終わり方となった24時間耐久飲み会であったが、帰り際、参加した傭兵全員に、シンシアから、ささやかなクリスマスプレゼントが贈られた。
男はいないが金だけはある女からの贈り物――それは、『勝負下着☆』とメモが添えられた、とてもじゃないが勝負をかけられない物体。
男性には、『【雅】漢のふんどし』。シンシアの、日本に対する誤解が浮き彫りになった一品である。
女性には、『【Luneria】ドット柄インナー』。男はベビードールが好きに違いないという、よくわからない理由であった。
ちなみに、一人だけ、男性であるにも関わらず、ドット柄インナーが入っていた人物がいたとか、いないとか‥‥。