タイトル:【神戸】nightraiderマスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/23 00:04

●オープニング本文


 降り注ぐ水の音がした。
 白い光が閃いた。
 鼓膜を震わす轟音が、大空を裂いて遠くへ落ちた。

 昏い空を染めた赤い炎。 
 凍える海に沈む鋼の翼。

 忘却の彼方に眠る咎の箱、其を呼び覚ますは誰が声か。



 兵庫UPC軍ポートアイランド駐屯地内、作戦会議室。
 召集した傭兵たちの輪の中に座り、ヴィンセント・南波(gz0129)は、手元のノート型端末を机の上に置いた。
 そこに映っているのは、先日神戸市内で起きた、バグア軍による街頭ビジョン乗っ取り事件の映像である。
 無論、回線を乗っ取られている間の映像データは残されてなどおらず、今、南波が見せているものは、偶々そこに居合わせた民間人によって撮影されたビデオ映像に過ぎなかった。
「――これが上月 奏汰。敵エースパイロットだ」
 お世辞にも鮮明とは言えない、雑音だらけの映像の中、街頭ビジョンの向かって右側に映っている黒髪の青年を指し、南波は口を開いた。
「今年初め‥‥兵庫北部で展開された作戦中、敵機の攻撃を受けて死亡したはずの、ULTの傭兵だ。9月に中国山地上空に現れた、小型のエースHWに乗っていた人物と考えられる」
 ファイルの再生が終わると、南波は、少し疲れたように息を漏らす。
「君たち傭兵部隊を正式に配備した目的の一つに、そのエース機の殲滅が含まれている。‥‥いずれ対峙する相手だと思うから、一応憶えておいてほしい」
 エース機の投入に続き、複数の輸送艦隊の襲来と、今までにない動きを見せ始めたバグア軍に対し、兵庫UPC軍は警戒を強めると同時に、ULTの傭兵部隊を常駐させるなど、戦力の増強を図っていた。
「ビジョンの左に映っている男については、現在、画像の解析と調査を進めている段階だ。情報が入り次第、説明する」
 一通りの話を終えた南波は、周囲を取り巻く傭兵たちを見回し、端末の電源を落として立ち上がる。
 そして、召集があれば迅速に対応するように、と、駐屯地内での待機を言い渡し、一同を解散させたのだった。


    ◆◇
 裏寂れた小さな温泉地。
 バグアの侵攻とともに客足の遠のいたこの地には、もはや人の生活の匂いすら残らない。
 打ち捨てられ、朽ちる時を待つばかりの一軒の観光ホテル。
 在るべき理由を失った谷間の村は、今や、裏切り者の集う隠れ郷。

「う――っ!」
 車内から引き摺り下ろされ、顔面から叩き付けられた石の床に、血の痕が光った。
 折れた前歯を吐き出し、顔を上げた女の髪を、真上から伸ばされた手が鷲掴みにする。
「――残念でしたね。もう少しで逃げ遂せたのですが」
 掴み上げられ、突き出された先で、黒衣の男が微笑んだ。柔和な表情で――ただ穏やかに。
 その手の中には、先程まで女が手にしていたはずの、小さなUSBメモリーが握られていた。
「薄々そうではないかと思っていましたよ。‥‥中々尻尾を出してくれないので、少し苛立ってしまいました」
 その言葉も聞き終えぬうち、女の右頬を鈍い衝撃が襲う。
 殴られたのだと気付いた時、彼女の体は宙に浮き、再びホテルの玄関に叩き付けられていた。
「――ぐっ!?」
 横様に倒れた女の腹に、笑ったままの男の靴先が突き刺さる。
 冷たい石の感触と、込み上げる嘔吐感。彼女は思わず、血に塗れた口で、胃の中のものを全て吐き戻した。
「殺しますか?」
 周囲を取り囲む数人の輪の中から、聞き覚えのある声がする。
「好きにしてください。‥‥まあ、訊くまでもなく、その人はUPC軍の間者でしょうし。利用価値なら、いくらでもありますが」
 朦朧とする意識の中、目だけを動かして見上げると、黒衣の男が背中を向け、立ち去ろうとしている様子が目に入った。
 降り出した雨が地面を濡らし、深夜の山村に土の匂いが満ち始める。
 髪を掴まれ腕を引かれ、硬い床に背中を擦り付けながら、女は玄関を抜け、旅館の中へと運ばれていく。
「――ああ。やっぱりその人、僕にください」
 ふと、思い付いたように、立ち去ったはずの男の声が降ってきた。
「明後日ね、北に戻る用事があるんですよ。どうせ殺してしまうなら、向こうで色々と試してみたいので」
 耳梁をくすぐる、柔らかな声音。
 女は、視界を流れる白い天井をただ眺め、階段の上に見えた黒い影を、霞む頭で見送った。



 『諜報員・小田垣 舞(おだがき まい)が、潜入先の親バグア派組織によって拘束された』との情報が兵庫UPC軍にもたらされたのは、彼女からの定期連絡が途絶えて丸一日が経過した頃の事であった。
 春から数えて約半年、兵庫県宍粟市にある敵拠点にて潜入調査を続けていた舞は、ここ最近活発化の一途を辿る兵庫バグア軍の動きを受け、近いうちに任務を完了、呼び戻される予定となっていた。
 別の諜報員が掴んだ情報によると、舞の身柄は、明日早朝にも兵庫北部へと移送され、バグア軍本隊へ引き渡される予定なのだという。 
 長期に渡る地道な諜報活動を続け、親バグア派組織に溶け込むことによって舞が得たであろう情報の数々は、未だその一部しか受け渡しが済んでおらず、大部分が彼女の脳内に留まったままだ。

 何としてもそれを手に入れたい兵庫UPC軍上層部は、傭兵監査官を務めるヴィンセント・南波大尉を召喚。
 召集された傭兵たちに対し、敵拠点への強襲、そして、小田垣 舞の奪還を命じたのであった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
●依頼内容
・親バグア派組織に捕えられた兵庫UPC軍諜報員・小田垣 舞を救出してください。
・作戦開始時刻は深夜1時。舞が移送されるのは午前5時です。
 ただし、襲撃に気付いた敵が移送を早める可能性もあります。
・任務は迅速な完了を求められます。よって、敵組織構成員への殺傷を許可します。
・同行するヴィンセント・南波は、舞の顔を知っています。

●参加者一覧

平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
藤宮紅緒(ga5157
21歳・♀・EL
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
烏谷・小町(gb0765
18歳・♀・AA
風見斗真(gb0908
20歳・♂・AA
水枷 冬花(gb2360
16歳・♀・GP

●リプレイ本文

 静寂と暗闇に包まれ、停車する二台の軍用トラック。
 他に通る車もない深夜の国道で、作戦は密やかに開始された。
「タイミングが良いのか悪いのか分かりませんが‥‥頑張りましょう! 零さん!」
 作戦前にどこかへ寄ってきたのだろうか。赤宮 リア(ga9958)と漸 王零(ga2930)の二人が、仲の良い様子で視線を交わしている。
「‥無事に帰ってきましょう‥‥。舞さんも一緒に‥‥!」
 車両班の藤宮紅緒(ga5157)が、道路に立つ四人の背に言葉を投げ掛けた。
「うん、そだネ。‥‥助けられなかったって後悔は、したくないっしょ?」
 ラウル・カミーユ(ga7242)が、肩越しに返事を返す。そして、隣に立つヴィンセント・南波(gz0129)をチラリと一瞥すると、彼は、改めて目の前の暗い森へと視線を戻した。


    ◆◇
(「‥‥諜報員の正体を見破った相手。油断できないわね」)
 ハンドルに手を掛けて、水枷 冬花(gb2360)は、舞の写真を懐に仕舞った。無線機を取り、電源を入れる。
「3時半よ。行きましょう」

「り‥‥了解。‥‥私も、しゃきっとしないと‥‥」
 冬花からの無線に返事をして、紅緒は、ともすれば震え出しそうな手を一旦握り締め、エンジンをかけてアクセルを踏んだ。すぐ後ろには、冬花の運転する二台目がピッタリと付いて来ている。
「しかし、女の子を助けに行くってのはまるでナイト様だな」
「あと三人おったら、円卓用意せなあかんかったねー」
 まだ敵の気配もなく、風見トウマ(gb0908)が笑いながら言う。烏谷・小町(gb0765)は、前の依頼で受けた傷を包帯越しに撫でながら、軽く苦笑した。
 曲がりくねった谷間の道を、二台の軍用トラックが突き進む。
「‥‥見張りや。紅緒、このまま突っ切るで」
 後部の荷台から窓越しに運転席を覗いていた小町が、低い声でそう言った。
 ヘッドライトに照らされた道の脇で、見張りと思しき男がライフルを構える。
 男の背後に立った女が照明弾を撃ち上げ、暗黒の空に敵襲を知らせる光が閃いた。

 トラックの横腹を敵の銃弾が削る音を聞きながら、紅緒は、アクセルを思い切り踏み込み、猛スピードで山道を走り抜けた。


「結構、表に人が集まってますねぇ」
 3時35分、ホテル裏手の茂みに隠れ、平坂 桃香(ga1831)が小さく囁いた。
 何やら、表の方が既に騒がしく、雨音に混じり、車両の発進音が何度か聞こえてくる。
 屋上を見上げると、逃走用だろうか、ヘリが一機停めてあるのが見える。潜入班の三人は、まずはそれを破壊目標と定めた。
 山中で何人かの見張りと遭遇したものの、舞の正確な居場所について吐いた者はいない。当初の予定通り、上階から順に捜索するしかないだろう。
「零さん‥‥どうかお気を付けて‥」
「汝こそ、無事で、な‥‥」
 突入直前、リアと王零が、僅かに言葉を交わす。
 夜闇に紛れ、茂みを飛び出す五つの影。誰かが何かのセンサーに触れ、ホテル中に非常ベルが鳴り響いた。
 厨房の勝手口を蹴り開け、潜入班の三人が、一息にロビー横の階段まで駆け抜ける。
 隠密潜行で気配を消したラウルとリアが、階段を守る男二人に、横合いから奇襲をかけた。
「ゴメンね。僕、人撃つの躊躇ないんダ」
 額を撃たれて倒れる男に言葉を投げ、ラウルが階段を駆け上がる。
 リアに腕を撃たれた男が、床の上で無線機を出し、何かを叫んだ。三人は、振り返ることなく階数を重ね、屋上を目指す。
「怖い‥けれど‥‥あれは敵! クールになりなさい‥‥赤宮リア!!」
 殺人を犯すことへの躊躇。リアは、手の中の銃を握り直し、強く唇を噛み締めた。


 ホテル正面へと躍り出た桃香と王零を待ち構えていたのは、武装した10人ほどの男女と、屋上に据えられた固定型機銃だった。
 三台の車両と柱の陰に隠れた敵が、接近する王零目掛けてSMGの弾を撒き散らす。
「汝らの業、全て我が貰い受ける‥‥我に出会ったその幸運を呪え‥‥汝らの終焉は今ここだ」
 自分に向けて吐き出される無数の銃弾をかわし、うち何発かをその身で受け止めながら、次々に敵を斬り倒していく王零。覚醒した能力者に、ただの人間が敵うはずもなかった。
「――痛っ」
 ホテルの前庭を走り抜け、敵を薙ぎ倒して車を破壊していた桃香の脚を、固定型機銃の掃射が襲う。その威力に危険を感じた彼女は、咄嗟に手近な車の陰に隠れた。
「アレは厄介ですねぇ」
 ――が、次の瞬間、機銃の掃射音が、唐突に途切れる。
 そして、軍用レインコートの中で、無線機が潜入班からの声を発した。
『――こちら潜入班。屋上の制圧とヘリの破壊は完了。これから捜索に移るヨ』
「了解です。全車両を破壊します」
 短く返事を返すと、桃香は、再び前庭へと躍り出た。


    ◆◇
 集落の入口付近に予備のトラックを停め、冬花は、紅緒の運転する車両に乗り込んだ。
 紅緒は、正面にホテルの明かりを見据えながらハンドルを握り、立ち塞がる敵を蹴散らし、振り切りつつ、トラックを走らせる。
 だが、一軒目の民家まであと少し、というところで、対向車のヘッドライトが猛スピードでこちらへ迫ってくるのが目に入った。
 紅緒は、それでもスピードを緩めない。ここを通すわけにはいかないのだ。
「あかん‥‥あっちもぶつける気や!」
 目の前に迫る、古い観光バス。小町が叫び、全員が荷台の床に伏せた瞬間、轟音と強い衝撃がトラックを襲った。
「痛‥‥藤宮さん、大丈夫?」
 擦り剥けた膝を払い、運転席を覗き見る冬花。
 割れたフロントガラスの至近に、前面をグチャグチャに潰した観光バスが見えた。道路は、完全に塞がれている。
「だ、大丈夫です‥‥は、早く降りましょう‥‥」
 幸い、頑丈さが取り柄の軍用トラックは、それほど大きな損傷を受けずに済んだらしい。震えながら武器を取り、運転席を降りる紅緒を見て、荷台の三人もまた、集落の中へと降り立った。
「急いで民家を調べましょう。ここで時間を食うわけにはいかないわ」
 この様子では、徒歩班は既に行動を開始しているに違いない。冬花の言葉に、四人は、バスに舞の気配がないのを確認すると、最も近い民家を目指し、走り始めた。
「お、出てきたな。女の子を大切にしないド変態ども。早々にナイト様がぶっとばしてやらぁ!」
 民家の塀の陰から現れた男女が銃を乱射する中、トウマが雨に濡れた煙草を地面に落とし、剣を振るう。
「ハッハッハ! 雑兵どもがこざかしいわぁ! ってな!」
「早よ逃げたほうが、身のためやで?」
 悲鳴と怒号が天を震わせ、完全に混乱状態の敵を、前衛に飛び出した小町が次々に薙ぎ倒していった。
 冬花の瑠璃瓶が火を噴き、あっという間にその数を減らしていく親バグア派の人間たち。そんな中、どうしても一線を越えられない紅緒だけが、小銃を手に葛藤していた。
「甘いって、覚悟が足りないって言われるかも知れませんが‥‥、私は‥‥」
 襲い来る銃弾を盾で防ぎながら、相手の足を撃ち抜く紅緒。時間がないとわかっていてもなお、迷いは消えなかった。
「すいません‥‥ごめんなさい‥‥!」
 民家の前に何人もの人間が折り重なって倒れ、苦痛に呻きを上げている。
 冷たい雨が降り注ぎ、吹き下ろす山風が、彼らの体温を容赦なく奪い取って行く。
 その時、ホテルの方から、一台の車がこちらへ向かってくるのが見えた。
 ヘッドライトの位置からして、乗用車だろうか。この先は通行できないはずではあるが、物凄いスピードで接近してくる。
「おっと、逃げる気かい? 悪いけどお姫様は置いてってもらうぜ!」
 舞が乗っている可能性も、ゼロではない。トウマは、咄嗟に車道へ飛び出し、車の真正面からソニックブームを放った。
 タイヤを裂かれ、激しくスピンして畑の中へ転落するワゴン。武器を構えたままの四人が、警戒した表情のまま、車を取り囲んだ。
「だ‥‥誰か乗ってますか?」
「そやね――運転手はおるやろうけど」
 ワゴン後部のロックが外れる音がして、小町は、手の中のクラウ・ソラスを握り締める。
「それ以外のほうが、面倒臭そうやわ」
 唸り声とともに、ワゴンから姿を現した、白く輝く大型獣。
 ゆらゆらと長い尾を揺らし、血に飢えた紅い眼が、四人を射抜く。

 白虎の咆哮が雨音を裂き、冬花の銃声が闇を震わせた――。


    ◆◇
 二階の奥にある一室。
 ラウルが扉を開けると、至近距離に男が立っていた。丁度、向こうも開けようとしていた――そんな感じである。
「今晩は」
 咄嗟に跳び退り、スコーピオンの引き金を引くラウル。その銃声を聞き、南波とリアが異変に気付いた。
「いきなり撃つことはないでしょう?」
 横から聞こえた声にラウルが振り向くと、廊下の端に、先程の男が立っている。
(「瞬天足‥‥?」)
 茶色い髪に黒いコートを着た、二十代後半の男だった。続いて部屋から飛び出してきた二頭の白虎が、甘えた声を出して彼に駆け寄って行く。
「舞サンは?」
「舞さん? ‥‥ああ、スパイの人ですね。下じゃないですか?」
 銃口を向けたままのラウルに、笑ったままで首を横に振る。そして、そのまま、すぐそばの階段の方へと歩き始めた。
「止まりなさい! あなたは‥‥」
 弓に矢を番えたリアが、凛とした声で男に警告を発し、そして眉を顰めた。
「お前、奏汰と一緒に街頭ビジョンで喋ってた奴だろ」
 リアの言葉を継ぎ、南波が問う。
 正直、画面と実物とでは少し印象が違い、自信がなかったのだが――相手の反応は、彼の期待を超えていた。
「‥‥どうして、兄を知っているんですか?」
「――兄?」
 ラウルがピクリと眉を動かして、呟く。
「まあ‥‥どうでもいいですね。では、僕はこれで」
「止まりなさいと言っているでしょう!」
 唐突に身を翻し、白虎とともに階段へと吸い込まれて行く男の左腕を、リアの放った矢が僅かに掠めた。
「――フォースフィールド‥‥!?」
 淡く、赤い光が男の全身を包み込むように輝いたのを、リアは見逃さなかった。瞬天足を発動させた南波が階段まで一気に移動し、男の後を追う。
「リアっち、行こう!」
 そして南波を追い、ラウルとリアの二人もまた、一階へと駆け下りて行ったのだった。


「待ってましたよ。やっぱり調べておいて正解でしたねぇ」
 外へと続く隠し扉を開けた先には、桃香が立っていた。
 大浴場横のリネン室、そこを改装してガレージに変え、外壁に細工をして直接外へ出られるよう造り変えてあったのだが、外に残って外壁を調べていた桃香は、それを見破ったのだ。
 車の横に立ち尽くす、五人の男たち。その中央には、縛り上げられた舞の姿があった。
「今、別動隊から無線が入ったんですけど。道路、塞がってるみたいですよ?」
「表の車も、汝らの仲間も、全て片付けた。さて、どうする?」
 一階に潜入していた王零が、廊下の扉を開けて現れ、桃香と二人で男たちを挟み込む。一階の敵を倒し尽くした彼は、桃香からの連絡を受けて、内側から駆け付けたのだ。
「――クソッ!」
 一人の男が、舞に銃口を向ける。だが、一瞬の後には、瞬天足で接近した桃香の月詠が、その腕を斬り飛ばしていた。
「う‥‥わあぁぁぁッ!!」
 傷ついた仲間を見捨て、舞を放り出して、銃を乱射しながら外へと逃げ出していく四人の男たち。
 王零がそれを追い、銃を向ける者一人一人を殲滅しにかかる。長刀が白く閃く度、雨の中に悲鳴と血の臭いが充満していった。
「舞さん、大丈――」
「うしろ!」
 舞の声に反応したか、それとも勘か。桃香は、咄嗟に背後を振り返り、舞を庇った。
「――っ!」
「すみません。舞さんを狙ったんですけどね」
 扉を潜り、廊下からリネン室へと入ってきたのは、二頭の白虎を連れた、黒衣の男。
「――まあ、いいです。少し不利みたいですし、僕は逃げた方がいいのかもしれません」
 見たところ、武器の類は持っていない。にも関わらず、桃香の脇腹には、銃で撃たれたような穴が開いていた。
 そして、桃香の前を通り、外へと歩いて行く男を、当然ながら、王零が立ち塞がって止める。
「逃がすと思うか?」
「退いてください」
 言うが早いか、前後から男に斬りかかった王零と桃香に向け、二頭の白虎が突然、炎弾を撃ち出して襲い掛かってきた。
 桃香は、自分の方へ飛んできた炎の弾をかわすと、一直線に舞へと向かった白虎の爪を、月詠の一振りで薙ぎ払う。そして、同じく炎弾を避けた王零が、飛び掛かってきたもう一頭にショットガンを撃ち込み、その胸を長刀で斬り裂いた。
 だが、再び視線を戻したその先に、男の姿はもう、ない。
「能力者か――!」
 自動小銃の掃射音が鳴り響き、再び起き上がった白虎の横腹に幾つもの穴が穿たれる。
「零さん!」
 ラウルに続き、ガレージに飛び込んだリアが、強弾撃で威力を増した矢を射ち放った。四本の矢が白虎の前肢をもぎ、腹を射抜き、頭蓋を割って絶命させる。
 そして、桃香と舞を狙うもう一頭の咽元を、急接近した南波の黒爪が掻き切り、鮮血が飛沫いた。
 もがき苦しみ、それでも爪を振るう白虎の前に立ち、桃香は、力の限り月詠を突き下ろす。
「万魂淨葬刃軌導闇‥‥我に業を奪われし無垢なる魂よ‥‥その穢れた躯を棄て迷わず聖闇へと還れ‥‥」
 獣の絶叫と、王零の声。
 血に濡れた山間の集落を、降り注ぐ雨が、静かに洗い流さんとしていた――。


    ◆◇
 夜明け前の国道を、一台の軍用トラックが南進する。
 運転席の紅緒に声をかけたのは、助手席に座る冬花であった。
「ご苦労様、藤宮さん。大丈夫‥‥じゃないわよね‥‥」
「わ、私は大丈夫‥‥です」
 疲れと緊張の色を滲ませながら、紅緒が答える。
 後ろの荷台では、顔も、体も、全身傷ついた舞に、応急手当が施されていた。
「悪い魔王から助けられたか。にしても‥‥きつかったぜ」
 新たに咥えた煙草に火を点け、トウマがぼやく。
 というのも、早い段階で車両班が発見されたため、ほとんどの敵戦力が彼らへの迎撃に回ってしまったから、である。
 キメラ一頭を含め、続々と湧いてくる敵を蹴散らしながらの民家捜索は、思った以上に苦戦を強いられてしまった。
 とはいえ、そのお陰でホテルの戦力が減り、撤退時もほとんど襲われることなく、予備の車まで辿り着けたわけなのだが。
「‥‥悪い魔王ね。舞ちゃん、いっこ訊いていい?」
「情報は‥‥基地で話すって言ってるでしょ?」
 腫れ上がった顔を隠し、うるさそうに南波を見る舞。だが、南波は退かなかった。
「黒い服の、あの逃げた奴だけど。あいつ――『上月』って苗字だったりしない?」
 問われて、舞は、しばらく考えるように黙り込む。
 そして、皆が見守る中、静かに口を開いた。
「‥‥兵庫バグア軍の本隊から来てた奴なのよ」
  
 揺れるトラックの荷台で、舞は、自分を取り囲む傭兵たちと、南波の顔を見上げながら、小さく頷いた。
「そうね‥‥そんなふうに名乗ってたわね。確か‥‥」