●リプレイ本文
静寂と暗闇に包まれ、停車する二台の軍用トラック。
他に通る車もない深夜の国道で、作戦は密やかに開始された。
「タイミングが良いのか悪いのか分かりませんが‥‥頑張りましょう! 零さん!」
作戦前にどこかへ寄ってきたのだろうか。赤宮 リア(
ga9958)と漸 王零(
ga2930)の二人が、仲の良い様子で視線を交わしている。
「‥無事に帰ってきましょう‥‥。舞さんも一緒に‥‥!」
車両班の藤宮紅緒(
ga5157)が、道路に立つ四人の背に言葉を投げ掛けた。
「うん、そだネ。‥‥助けられなかったって後悔は、したくないっしょ?」
ラウル・カミーユ(
ga7242)が、肩越しに返事を返す。そして、隣に立つヴィンセント・南波(gz0129)をチラリと一瞥すると、彼は、改めて目の前の暗い森へと視線を戻した。
◆◇
(「‥‥諜報員の正体を見破った相手。油断できないわね」)
ハンドルに手を掛けて、水枷 冬花(
gb2360)は、舞の写真を懐に仕舞った。無線機を取り、電源を入れる。
「3時半よ。行きましょう」
「り‥‥了解。‥‥私も、しゃきっとしないと‥‥」
冬花からの無線に返事をして、紅緒は、ともすれば震え出しそうな手を一旦握り締め、エンジンをかけてアクセルを踏んだ。すぐ後ろには、冬花の運転する二台目がピッタリと付いて来ている。
「しかし、女の子を助けに行くってのはまるでナイト様だな」
「あと三人おったら、円卓用意せなあかんかったねー」
まだ敵の気配もなく、風見トウマ(
gb0908)が笑いながら言う。烏谷・小町(
gb0765)は、前の依頼で受けた傷を包帯越しに撫でながら、軽く苦笑した。
曲がりくねった谷間の道を、二台の軍用トラックが突き進む。
「‥‥見張りや。紅緒、このまま突っ切るで」
後部の荷台から窓越しに運転席を覗いていた小町が、低い声でそう言った。
ヘッドライトに照らされた道の脇で、見張りと思しき男がライフルを構える。
男の背後に立った女が照明弾を撃ち上げ、暗黒の空に敵襲を知らせる光が閃いた。
トラックの横腹を敵の銃弾が削る音を聞きながら、紅緒は、アクセルを思い切り踏み込み、猛スピードで山道を走り抜けた。
「結構、表に人が集まってますねぇ」
3時35分、ホテル裏手の茂みに隠れ、平坂 桃香(
ga1831)が小さく囁いた。
何やら、表の方が既に騒がしく、雨音に混じり、車両の発進音が何度か聞こえてくる。
屋上を見上げると、逃走用だろうか、ヘリが一機停めてあるのが見える。潜入班の三人は、まずはそれを破壊目標と定めた。
山中で何人かの見張りと遭遇したものの、舞の正確な居場所について吐いた者はいない。当初の予定通り、上階から順に捜索するしかないだろう。
「零さん‥‥どうかお気を付けて‥」
「汝こそ、無事で、な‥‥」
突入直前、リアと王零が、僅かに言葉を交わす。
夜闇に紛れ、茂みを飛び出す五つの影。誰かが何かのセンサーに触れ、ホテル中に非常ベルが鳴り響いた。
厨房の勝手口を蹴り開け、潜入班の三人が、一息にロビー横の階段まで駆け抜ける。
隠密潜行で気配を消したラウルとリアが、階段を守る男二人に、横合いから奇襲をかけた。
「ゴメンね。僕、人撃つの躊躇ないんダ」
額を撃たれて倒れる男に言葉を投げ、ラウルが階段を駆け上がる。
リアに腕を撃たれた男が、床の上で無線機を出し、何かを叫んだ。三人は、振り返ることなく階数を重ね、屋上を目指す。
「怖い‥けれど‥‥あれは敵! クールになりなさい‥‥赤宮リア!!」
殺人を犯すことへの躊躇。リアは、手の中の銃を握り直し、強く唇を噛み締めた。
ホテル正面へと躍り出た桃香と王零を待ち構えていたのは、武装した10人ほどの男女と、屋上に据えられた固定型機銃だった。
三台の車両と柱の陰に隠れた敵が、接近する王零目掛けてSMGの弾を撒き散らす。
「汝らの業、全て我が貰い受ける‥‥我に出会ったその幸運を呪え‥‥汝らの終焉は今ここだ」
自分に向けて吐き出される無数の銃弾をかわし、うち何発かをその身で受け止めながら、次々に敵を斬り倒していく王零。覚醒した能力者に、ただの人間が敵うはずもなかった。
「――痛っ」
ホテルの前庭を走り抜け、敵を薙ぎ倒して車を破壊していた桃香の脚を、固定型機銃の掃射が襲う。その威力に危険を感じた彼女は、咄嗟に手近な車の陰に隠れた。
「アレは厄介ですねぇ」
――が、次の瞬間、機銃の掃射音が、唐突に途切れる。
そして、軍用レインコートの中で、無線機が潜入班からの声を発した。
『――こちら潜入班。屋上の制圧とヘリの破壊は完了。これから捜索に移るヨ』
「了解です。全車両を破壊します」
短く返事を返すと、桃香は、再び前庭へと躍り出た。
◆◇
集落の入口付近に予備のトラックを停め、冬花は、紅緒の運転する車両に乗り込んだ。
紅緒は、正面にホテルの明かりを見据えながらハンドルを握り、立ち塞がる敵を蹴散らし、振り切りつつ、トラックを走らせる。
だが、一軒目の民家まであと少し、というところで、対向車のヘッドライトが猛スピードでこちらへ迫ってくるのが目に入った。
紅緒は、それでもスピードを緩めない。ここを通すわけにはいかないのだ。
「あかん‥‥あっちもぶつける気や!」
目の前に迫る、古い観光バス。小町が叫び、全員が荷台の床に伏せた瞬間、轟音と強い衝撃がトラックを襲った。
「痛‥‥藤宮さん、大丈夫?」
擦り剥けた膝を払い、運転席を覗き見る冬花。
割れたフロントガラスの至近に、前面をグチャグチャに潰した観光バスが見えた。道路は、完全に塞がれている。
「だ、大丈夫です‥‥は、早く降りましょう‥‥」
幸い、頑丈さが取り柄の軍用トラックは、それほど大きな損傷を受けずに済んだらしい。震えながら武器を取り、運転席を降りる紅緒を見て、荷台の三人もまた、集落の中へと降り立った。
「急いで民家を調べましょう。ここで時間を食うわけにはいかないわ」
この様子では、徒歩班は既に行動を開始しているに違いない。冬花の言葉に、四人は、バスに舞の気配がないのを確認すると、最も近い民家を目指し、走り始めた。
「お、出てきたな。女の子を大切にしないド変態ども。早々にナイト様がぶっとばしてやらぁ!」
民家の塀の陰から現れた男女が銃を乱射する中、トウマが雨に濡れた煙草を地面に落とし、剣を振るう。
「ハッハッハ! 雑兵どもがこざかしいわぁ! ってな!」
「早よ逃げたほうが、身のためやで?」
悲鳴と怒号が天を震わせ、完全に混乱状態の敵を、前衛に飛び出した小町が次々に薙ぎ倒していった。
冬花の瑠璃瓶が火を噴き、あっという間にその数を減らしていく親バグア派の人間たち。そんな中、どうしても一線を越えられない紅緒だけが、小銃を手に葛藤していた。
「甘いって、覚悟が足りないって言われるかも知れませんが‥‥、私は‥‥」
襲い来る銃弾を盾で防ぎながら、相手の足を撃ち抜く紅緒。時間がないとわかっていてもなお、迷いは消えなかった。
「すいません‥‥ごめんなさい‥‥!」
民家の前に何人もの人間が折り重なって倒れ、苦痛に呻きを上げている。
冷たい雨が降り注ぎ、吹き下ろす山風が、彼らの体温を容赦なく奪い取って行く。
その時、ホテルの方から、一台の車がこちらへ向かってくるのが見えた。
ヘッドライトの位置からして、乗用車だろうか。この先は通行できないはずではあるが、物凄いスピードで接近してくる。
「おっと、逃げる気かい? 悪いけどお姫様は置いてってもらうぜ!」
舞が乗っている可能性も、ゼロではない。トウマは、咄嗟に車道へ飛び出し、車の真正面からソニックブームを放った。
タイヤを裂かれ、激しくスピンして畑の中へ転落するワゴン。武器を構えたままの四人が、警戒した表情のまま、車を取り囲んだ。
「だ‥‥誰か乗ってますか?」
「そやね――運転手はおるやろうけど」
ワゴン後部のロックが外れる音がして、小町は、手の中のクラウ・ソラスを握り締める。
「それ以外のほうが、面倒臭そうやわ」
唸り声とともに、ワゴンから姿を現した、白く輝く大型獣。
ゆらゆらと長い尾を揺らし、血に飢えた紅い眼が、四人を射抜く。
白虎の咆哮が雨音を裂き、冬花の銃声が闇を震わせた――。
◆◇
二階の奥にある一室。
ラウルが扉を開けると、至近距離に男が立っていた。丁度、向こうも開けようとしていた――そんな感じである。
「今晩は」
咄嗟に跳び退り、スコーピオンの引き金を引くラウル。その銃声を聞き、南波とリアが異変に気付いた。
「いきなり撃つことはないでしょう?」
横から聞こえた声にラウルが振り向くと、廊下の端に、先程の男が立っている。
(「瞬天足‥‥?」)
茶色い髪に黒いコートを着た、二十代後半の男だった。続いて部屋から飛び出してきた二頭の白虎が、甘えた声を出して彼に駆け寄って行く。
「舞サンは?」
「舞さん? ‥‥ああ、スパイの人ですね。下じゃないですか?」
銃口を向けたままのラウルに、笑ったままで首を横に振る。そして、そのまま、すぐそばの階段の方へと歩き始めた。
「止まりなさい! あなたは‥‥」
弓に矢を番えたリアが、凛とした声で男に警告を発し、そして眉を顰めた。
「お前、奏汰と一緒に街頭ビジョンで喋ってた奴だろ」
リアの言葉を継ぎ、南波が問う。
正直、画面と実物とでは少し印象が違い、自信がなかったのだが――相手の反応は、彼の期待を超えていた。
「‥‥どうして、兄を知っているんですか?」
「――兄?」
ラウルがピクリと眉を動かして、呟く。
「まあ‥‥どうでもいいですね。では、僕はこれで」
「止まりなさいと言っているでしょう!」
唐突に身を翻し、白虎とともに階段へと吸い込まれて行く男の左腕を、リアの放った矢が僅かに掠めた。
「――フォースフィールド‥‥!?」
淡く、赤い光が男の全身を包み込むように輝いたのを、リアは見逃さなかった。瞬天足を発動させた南波が階段まで一気に移動し、男の後を追う。
「リアっち、行こう!」
そして南波を追い、ラウルとリアの二人もまた、一階へと駆け下りて行ったのだった。
「待ってましたよ。やっぱり調べておいて正解でしたねぇ」
外へと続く隠し扉を開けた先には、桃香が立っていた。
大浴場横のリネン室、そこを改装してガレージに変え、外壁に細工をして直接外へ出られるよう造り変えてあったのだが、外に残って外壁を調べていた桃香は、それを見破ったのだ。
車の横に立ち尽くす、五人の男たち。その中央には、縛り上げられた舞の姿があった。
「今、別動隊から無線が入ったんですけど。道路、塞がってるみたいですよ?」
「表の車も、汝らの仲間も、全て片付けた。さて、どうする?」
一階に潜入していた王零が、廊下の扉を開けて現れ、桃香と二人で男たちを挟み込む。一階の敵を倒し尽くした彼は、桃香からの連絡を受けて、内側から駆け付けたのだ。
「――クソッ!」
一人の男が、舞に銃口を向ける。だが、一瞬の後には、瞬天足で接近した桃香の月詠が、その腕を斬り飛ばしていた。
「う‥‥わあぁぁぁッ!!」
傷ついた仲間を見捨て、舞を放り出して、銃を乱射しながら外へと逃げ出していく四人の男たち。
王零がそれを追い、銃を向ける者一人一人を殲滅しにかかる。長刀が白く閃く度、雨の中に悲鳴と血の臭いが充満していった。
「舞さん、大丈――」
「うしろ!」
舞の声に反応したか、それとも勘か。桃香は、咄嗟に背後を振り返り、舞を庇った。
「――っ!」
「すみません。舞さんを狙ったんですけどね」
扉を潜り、廊下からリネン室へと入ってきたのは、二頭の白虎を連れた、黒衣の男。
「――まあ、いいです。少し不利みたいですし、僕は逃げた方がいいのかもしれません」
見たところ、武器の類は持っていない。にも関わらず、桃香の脇腹には、銃で撃たれたような穴が開いていた。
そして、桃香の前を通り、外へと歩いて行く男を、当然ながら、王零が立ち塞がって止める。
「逃がすと思うか?」
「退いてください」
言うが早いか、前後から男に斬りかかった王零と桃香に向け、二頭の白虎が突然、炎弾を撃ち出して襲い掛かってきた。
桃香は、自分の方へ飛んできた炎の弾をかわすと、一直線に舞へと向かった白虎の爪を、月詠の一振りで薙ぎ払う。そして、同じく炎弾を避けた王零が、飛び掛かってきたもう一頭にショットガンを撃ち込み、その胸を長刀で斬り裂いた。
だが、再び視線を戻したその先に、男の姿はもう、ない。
「能力者か――!」
自動小銃の掃射音が鳴り響き、再び起き上がった白虎の横腹に幾つもの穴が穿たれる。
「零さん!」
ラウルに続き、ガレージに飛び込んだリアが、強弾撃で威力を増した矢を射ち放った。四本の矢が白虎の前肢をもぎ、腹を射抜き、頭蓋を割って絶命させる。
そして、桃香と舞を狙うもう一頭の咽元を、急接近した南波の黒爪が掻き切り、鮮血が飛沫いた。
もがき苦しみ、それでも爪を振るう白虎の前に立ち、桃香は、力の限り月詠を突き下ろす。
「万魂淨葬刃軌導闇‥‥我に業を奪われし無垢なる魂よ‥‥その穢れた躯を棄て迷わず聖闇へと還れ‥‥」
獣の絶叫と、王零の声。
血に濡れた山間の集落を、降り注ぐ雨が、静かに洗い流さんとしていた――。
◆◇
夜明け前の国道を、一台の軍用トラックが南進する。
運転席の紅緒に声をかけたのは、助手席に座る冬花であった。
「ご苦労様、藤宮さん。大丈夫‥‥じゃないわよね‥‥」
「わ、私は大丈夫‥‥です」
疲れと緊張の色を滲ませながら、紅緒が答える。
後ろの荷台では、顔も、体も、全身傷ついた舞に、応急手当が施されていた。
「悪い魔王から助けられたか。にしても‥‥きつかったぜ」
新たに咥えた煙草に火を点け、トウマがぼやく。
というのも、早い段階で車両班が発見されたため、ほとんどの敵戦力が彼らへの迎撃に回ってしまったから、である。
キメラ一頭を含め、続々と湧いてくる敵を蹴散らしながらの民家捜索は、思った以上に苦戦を強いられてしまった。
とはいえ、そのお陰でホテルの戦力が減り、撤退時もほとんど襲われることなく、予備の車まで辿り着けたわけなのだが。
「‥‥悪い魔王ね。舞ちゃん、いっこ訊いていい?」
「情報は‥‥基地で話すって言ってるでしょ?」
腫れ上がった顔を隠し、うるさそうに南波を見る舞。だが、南波は退かなかった。
「黒い服の、あの逃げた奴だけど。あいつ――『上月』って苗字だったりしない?」
問われて、舞は、しばらく考えるように黙り込む。
そして、皆が見守る中、静かに口を開いた。
「‥‥兵庫バグア軍の本隊から来てた奴なのよ」
揺れるトラックの荷台で、舞は、自分を取り囲む傭兵たちと、南波の顔を見上げながら、小さく頷いた。
「そうね‥‥そんなふうに名乗ってたわね。確か‥‥」