タイトル:【収穫祭】齧歯類の宴マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/11 17:40

●オープニング本文


 大阪府北東部――エイジア学園都市。
 そこは、より安全で高度な教育を求める市民の声を受け、ドローム社の出資・協力のもと、関西UPC軍が再開発を進めている地域である。
 各種学校、大学など教育機関を始め、UPCや各メガコーポレーションの研究機関が集まるその都市には、市民が生活していく上で必要な施設や多様な娯楽施設まで揃い、より良い環境で優秀な人材を育成するための配慮が十分に為されている。
 そんな最先端学術都市の一角、小さな丘の上にひっそりと、ひとつの教育施設が建てられていた――。

    ◆◇
「ブラウン先生ぇー? カプロイア伯爵からのおすそ分け、どこに置いたらいいですかぁ?」
「倉庫はもう、資料と機材で一杯だろう。琳先生に場所を空けてもらうから、とりあえずマウス部屋の空いた場所にでも置いておきなさい」
「はーい! でもこれ、すーーーごいいっぱい届きましたよぉ? 秋の味覚っ、楽しみですぅ♪」
 北米を本拠とする、とある研究所の付属研究員養成校の校内は、今日も賑やかであった。
 UPC北中央軍に属するその研究所の設立目的は、未だ謎に包まれた存在である『キメラ』について、様々な角度から研究・分析し、その生態の解明や兵器の開発などに活かすこと。
 そのために、本拠の所在は一部を除いて明かされてはおらず、研究員の卵たちの育成も、北米から遠く離れたこのエイジア学園都市で行っているわけである。
「収穫祭のおすそ分けか‥‥」
 本日、カプロイア伯爵よりこの養成校に届けられたのは、巨大ダンボール十数箱にも及ぶ、秋の味覚。
 世界各地で収穫された食材は、一旦伯爵のもとへと集められ、その後、おすそ分けという形で再び世界へと散って行った。その一端がエイジア学園都市にも分配され、ここにも届いたというわけなのだ。
「さすが伯爵‥‥適量というものをわかってらっしゃらない」
 運送業者と学生達によって運び込まれる大量の食材を眺めながら、たまたま居合わせた譲二・ブラウン助教授は、茫然と一言呟いた。
 そして、すぐ側の研究室の扉を開け、中で試験管を振っていた北米からの出向研究員――琳 思花(gz0087)に声を掛ける。
「琳さん、カプロイア伯爵からの荷物が届いてね。学生達のハロウィンパーティー用に保管しておこうと思うんだが、ちょっと倉庫を空けてくれないか」
「‥‥明日やります‥‥」
「悪いが、よろしく頼むよ。荷物はマウス部屋にあるから」
 さり気に面倒くさい仕事を明日回しにした思花をそのままに、ブラウン助教授は、荷物の運搬を学生達に任せ、いそいそと自分の研究室へと戻って行ったのだった。


「――なんだこれは!!」
 翌日の晩、倉庫の掃除を終えた思花とともにマウス部屋を訪れたブラウン助教授は、その光景に思わず目を疑った。
「‥‥逃げてますね」
 30畳ほどの四角いその部屋は、三方にマウスやモルモットのゲージが積み上げられ、残る一方には業務用冷蔵庫や棚、荷物が置かれている。さらに、真ん中には餌や飼育用具などを保管するケースや流し台、机などが点在し、その隙間を埋めるかのように、カプロイア伯爵から贈られた食材段ボール&穀物袋が所狭しと積み上げられていた。
 ただでさえ足の踏み場もないような惨状だが、ブラウン助教授を眩暈を覚えるまでに追い込んだのは、そんな生易しい理由ではない。
「誰だ‥‥昨日の飼育当番は!?」

 物だらけの室内を我が物顔で走り回り、食材段ボールを食い破りまくっているのは、総勢200匹のマウス・ラット・モルモット軍団。
 学生の操作ミスか、電子制御の小動物ケージの扉が全て開いており、一匹残らず脱走中であった。

「琳さん、早く捕まえなさい! このままでは、食材が全部やられてしまう!」
「‥‥200匹を‥‥?」
 一番懐いているモルモットの『田中』を抱き上げつつ、思花は、面倒くさい上に実現が難しい指示を受け、嫌そうな声を上げる。
「学生も‥‥もう帰りましたし。呼び戻しますか?」
「うむ‥‥時間外にボランティア的なことをさせると、最近は保護者がうるさいからな‥‥」
 ブラウン助教授は、少し前に新聞で読んだモンスターペアレントの記事が忘れられない人だった。
「仕方ない――確か、『なんでも課分室』とかいうのがあっただろう。急ぎ連絡してくれ」
「‥‥能力者に依頼、ですか?」
 『諸事問題対策課分室』こと、通称『なんでも課分室』とは、エイジア学園都市内にある人材派遣センターのような所で、市民の様々な依頼に応じ、そこに登録されている能力者たちを派遣するサービスを行っている。ブラウン助教授は、そこに依頼を出せと言うのだ。
「‥‥報酬は‥‥どうしますか?」
「‥‥‥‥‥」
 物凄く基本的なところを突いた思花の問いに、ブラウン助教授は再び眩暈を覚え、頭を抱えた。


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●依頼内容
・標準体重の人でも動き辛いほど荷物で散らかったマウス部屋にて、動物達を残らず捕獲し、ゲージに戻してください。
・報酬として、カプロイア伯爵から贈られた食材の一部を分けて貰えます。
 近所の公園のバーベキュー施設を使い、楽しくナイトお食事会をしましょう。

●食材一覧(一部冷蔵庫に保管中)
ワイン シードル ブランデー ベリー酒 ジュース サングリア 紅茶
葡萄のパウンドケーキ アップルパイ ジャム タルト ベリーパイ 葡萄羹
クッキー 林檎のコンポート 葡萄パン
生ハム 腸詰 ベーコン 豚肉 冷凍マグロ
九条葱 千筋京みず菜 壬生菜 賀茂茄子 柊野ささ
伏見唐辛子 万願寺唐辛子 鷹ヶ峰唐辛子 田中唐辛子 山科唐辛子
海老芋 丹波やまのいも 丹波くり 紫ずきん 野菜キメラの手足
アイス ヨーグルト チーズ バター クリーム類 ミルク
明石のタコキメラ 栗 香り米

●参加者一覧

/ 西島 百白(ga2123) / 忌咲(ga3867) / UNKNOWN(ga4276) / ラウル・カミーユ(ga7242) / 榊 紫苑(ga8258) / 神無月 るな(ga9580) / 火絵 楓(gb0095) / 朔月(gb1440) / フィスターア(gb3541

●リプレイ本文

 突如として養成校の一室を占拠したげっ歯類軍団。
 万物の霊長を嘲笑うかの如く白い雪崩と化し、無敵の前歯で兵糧を攻めるその数200。
 だが、人類は彼らに対し、まだ本気を見せてはいなかった。
 能力者――それは、本来、侵略者たるバグアに対抗するべく生みだされた、人類を超越した存在。

 そして今夜、決戦の時。
 人類の威信に賭け、能力者対げっ歯類――熱き戦いの火蓋が切って落とされたのだった。


「まずは、捕獲準備かな? 行ってきまーす!」
 なんでも課分室からの依頼の斡旋を受け、一番早く養成校に姿を見せたのは、動物大好き朔月(gb1440)であった。
 来るなり自転車を貸してほしいと言い出した彼女は、どうやら、対げっ歯類専用必殺兵器を作成するため、少し離れたショッピングセンターまで買い出しに行かなくてはならないらしい。
「いってらっしゃい‥‥気をつけてね」
 『経費』と書かれた封筒を手渡し、彼女を見送る琳 思花(gz0087)。
 事務のオバサン愛用の紺色ママチャリを借り、ついでに、そこらへんにいた事務員さんにスーパーの特売チラシを貰った朔月は、目当てのものに赤ペンで丸をつけ、若いのに主婦さながらの買い物計画を立てて養成校を出発したのだった。
「は‥‥はあ‥‥はあ‥‥この坂‥‥キッツいよ〜」
「こんにちは〜。キメラ研究所の養成校って、ここですかぁー?」
 二番目に登場したのは、なにやら異様に膨れ上がった旅行鞄を背負って虫の息な火絵 楓(gb0095)と、ミルクの香り漂うフィスターア(gb3541)。
 この養成校は小高い丘の上に建っているので、大荷物な人とお年寄りに優しくない上り坂を通らなければ辿りつけないのだ。
「‥‥あなたたちも派遣の人?」
「はあ〜‥‥そうでっす。罠設置したくて‥‥ふう‥‥早めに来ちゃったよ」
 ぜーはー言いながら片手を上げ、ははは、と笑って見せる楓。旅行鞄の中身は、ザルやら棒やら、自宅の物置から引っ張り出してきたようなアイテムが満載である。
「私は罠設置のお手伝い♪ 先に入っててもいいのかな?」
 先程から漂っているミルク臭の大元と考えられる飴を口の中で転がしながら、フィスターアが首を傾げた。
「うむ。では私が案内しよう。琳さん、残りの能力者たちの出迎えは頼んだぞ」
「「はーい! よろしくおねがいしまーす」」
 すると、急にしゃしゃり出て来たブラウン助教授が、案内を買って出る。日が暮れて肌寒い養成校の門前に思花を残し、ブラウン助教授は二人を引き連れ、いそいそと校舎内に消えて行った。
「‥‥‥」
 年を取ると寒さが堪えるらしいから、と、ブラウン助教授が入って行った校舎のドアを見つめ、いらん事を考える思花。
 そして、さらに15分ほど待つと、坂の下の方から、なにやらザワザワと人の声が聞こえてきた。
「どもー、何でも課分室からの派遣でーっす☆ お手伝いに来たヨ、思花サン♪」
「あ‥‥ありがとう」
 思花の姿を見つけて、集団の中から走り寄ってきたのは、ラウル・カミーユ(ga7242)であった。まあ何と言うか、思花的に微妙な関係の人物でもある。
 とはいえ、学園都市に居ること自体は伝えた覚えがなかったため、思花は、ちょっと驚いた様子で彼を見返した。
「そだ、ネズミたちの名前リストとかナイの?」
「名前‥‥? モルモットには、ついてるけど‥‥」
 あとで見せてね、と言うラウルに頷き、思花は、何に使うんだろうかと首を傾げる。
 そして、追い付いてきた集団の中にも、見知った顔がもう一人。
「えっと、しーふぁさんだっけ? この前はちゃんと挨拶できなかったから。改めて、忌咲だよ」
 そう、外見年齢14歳、実年齢25歳の脅威の童顔、忌咲(ga3867)であった。ちなみに、思花とは同い年。
「‥‥この間はありがとう。こちらこそバタバタしてて‥‥ごめんね」
 忌咲は、少し前、退院直後に『なんだかなぁ‥‥』な事件に巻き込まれた思花を助けてくれた女性なのだが、警察官だって彼女の実年齢は見抜けなかった。
「あなたが、依頼主ですか? なんでも課分室から、派遣で来ました、榊 紫苑(ga8258)です」
 挨拶はするが、なぜか近付いてはこない紫苑。思花及び他の女性から一定の距離を保ちつつ、謎の緊張感を放っている。
 というのも、彼は体質的に女性にあまり近付けないアレルギー持ちなのだ。
「‥‥? 琳 思花です」
 道端で出会った生粋の野良猫ばりに、常に距離を置きながら話す紫苑を不思議そうに見つつ、思花は一応、挨拶を返す。
 そして、次に目が合った青年は、
「‥‥俺は‥‥西島 百白(ga2123)だ」
 初っ端から面倒くさそうであった。
 そもそも相手がげっ歯類×200と聞いた時点で面倒臭いと思っていた彼なのだが、ここに辿り着くまでの道程に思いの外体力を奪われ、ダルさ全開だ。
「こんばんはっ、神無月 るな(ga9580)です。‥‥大変なことになってるみたいですね?」
「‥‥ええ、とっても」
 ふふふ、と微笑みながら、思花の背後にある校舎を物珍しげに眺めるるな。一般的な学校とは少し造りが違う上、学生時代というものを記憶していない彼女にとっては、教育機関というもの自体、興味深いのかもしれない。
「今日は、全部で9人ですか‥‥。9対200、骨が折れそうですね」
「‥‥面倒だな」
 紫苑が口元に片手を当て、これから始まるであろう激戦を想像しつつ、うーん、と唸る。その隣で、やはり面倒臭そうに無表情で呟く百白。
「‥‥え? もう一人は‥‥?」
 一人足りないことに気付き、思花は、坂の下へと視線を遣り、再び一同の方に顔を向ける。

 その時、なにやらゴロゴロと何かを転がす不審な音が、どこからともなく響いてきた。

「久しぶり、だな。琳。元気そうでなによりだ」
「‥‥UNKNOWN(ga4276)‥‥‥」
 夜闇に紛れ、黒のフロックコートに帽子でダンディに登場した人物を見るなり、思花は、変な汗が背中を伝うのを感じて、軽く呻いた。
 いや、別に、彼が遅れて登場しようが、どんだけダンディだろうが、そういう事が問題なのではない。
 思花が激しい違和感を感じたのは、彼が平然と持参してきた二つのアイテムである。
「‥‥何、それ‥‥?」
 黒・白・紅でキメた、いつも通りのUNKNOWN。
 本日の彼は、やたら太い角材を小脇に抱え、用途不明のドラム缶を転がしながらの、ちょっと鳶職の香り漂う登場であった。

 
    ◆◇
「‥‥ここなんだけど」
 思花に案内され、一行がやって来たのは、養成校の奥にある、機械制御のドアの前だった。
 ゴロゴロとドラム缶を転がす音に、一体何事かと数人の研究者が見物に来ていたりもする。
「おお、琳さん。それで全員かね?」
「ええ‥‥中の二人と、買い物に行った子も合わせて、9人ですね‥‥」
 てっきり先に案内した二人と一緒に作業していると思われていたブラウン助教授だが、マウス部屋横の給湯室で椅子に腰掛け、優雅にコーヒーなど飲んでいた。
「‥‥思花サン、あの人、何もしないの?」 
 完全人任せでノホホンとしているブラウン助教授を見つめ、ラウルが軽く首を傾げる。
 その問いに対し、思花は、結構大きな声で素直に答えた。
「いいの‥‥。助教授は歳だから‥‥肉体労働は辛いんだよ」
「陰口は陰で言ってくれんかね。琳さん」
 まだ40代のプライドを賭けて突っ込みを入れたブラウン助教授を華麗に無視し、思花は、壁のパネルを操作して、マウス部屋の扉を開けた。

「よぉし! これでミッ‥じゃなくってネズミ達も一網打尽だね」
「早くお仕事終わらせてご飯ターイム♪ わ、もう寄ってきたよ!」
「えっ、ちょ! 無理無理! 殺到しすぎだってば!」
「どうしようー。ザルが浮いちゃうよ〜?」

 内部は既に、混沌と化していた。

 『対モルモット用決戦式トラップ』こと、昔話でもおなじみの、ザルと棒と糸を使ったトラップを設置していた楓とフィスターア。
 決戦式、と名付けただけあって、その効果は絶大。殺到するげっ歯類たちの波に、ザルが完全に流されている。
「これは、またすごいですね? 足の踏み場もないですが、しかも捕獲数多いので、苦労しそうです」
「‥‥‥多い‥‥だろ」
 視界を圧迫するほど積み上げられた食材段ボールの山。
 その隙間を埋め尽くし、ガジガジと食材を齧りまくるげっ歯類軍団。
 冷や汗混じりにその惨状を見つめる紫苑と、開いた口が塞がらないゼ☆状態で、呆然と呟く百白。
「ふむ‥‥やっぱりアレですね‥‥実力行使あるのみですっ!」
 縦横無尽に動き回るザル×3と、ワタワタしながら必死にそれを追い掛ける楓とフィスターアの姿をしばらく眺め、るなは、何とか気合を入れ直し、突入を決意した。
「‥‥はい、武器」
 武器という名の虫取り網を手渡し、出口に押し寄せるげっ歯類の波を止めている柵に、そっと手を掛ける思花。
 人類対げっ歯類――戦いの幕開けであった。



 戦闘開始から10分。
 戦いは、早くも混戦を極めていた。

「服、服の中に一匹入ってます。どうしたらいいんでしょうね?」
「‥‥面倒‥‥だな‥‥本当に‥‥」
 マウス満載の網を持ち、服の中を駆け回る何かに翻弄される紫苑。その反対側の荷物の陰では、足元を逃げ回るげっ歯類にウンザリ気味の百白が奮闘していた。
「♪〜うふふ‥‥」
 床に置いたチーズに集まってくるマウス集団を見下ろし、捕食者っぽい笑みを浮かべるるな。
 エサの奪い合いで大騒ぎのげっ歯類の山目掛け、一気に網を振り下ろした。
「ふむ、ちょっと捕まえました。残りは‥‥やっぱりいいです‥‥」
 勘のいい奴らが蜘蛛の子散らすように逃走していくのを横目に見つつ、網にドッサリ入ったマウスの山をゲージに放り込む。
「わあ、こっちもたくさん入ってるね」
 入口付近には、ビーカーを利用した罠にかかって焦るマウスたちを確認して回りながら、主に手掴みでモルモット勢を狙う忌咲の姿があった。
「ほら、怖くないからおいで〜」
 小柄な体型を利用し、狭い隙間に潜り込んで行く忌咲。とりあえず、スカートが完全にめくれ上がっていることには気付いていない。
 だが、周囲の男性陣はというと、そんなもん別に珍しくもないUNKNOWNとラウル、あんまり興味がなさそうな紫苑、ネズミに苛立ってそれどころじゃない百白がいるのみで、何とも下着の見せ甲斐のない、嘆かわしい状況であった。
「なんだかこの子、丸っこくてマーティンさんに似てる気がする」
「‥‥そうかなぁ‥‥」
 捕獲した巨漢モルモットを愛おしげに抱き、どういうわけか、先日日本を去ったヘヴィーなヲタク(色んな意味で)を思い出して懐かしげな表情の忌咲。納得いかない思花。
「お、またお前か」
 やたらフレンドリーな声を掛け、ラットの背中を掴んでドラム缶へと放り込んでいるのは、UNKNOWNである。
 彼は、マウス部屋の出口にドラム缶をデン、と置き、さらにその前に角材を置いて、よじ登ってくるげっ歯類を次々捕獲していっていた。
 自由の天地を目指すげっ歯類軍団の行く手を阻む、人類最後の砦である。
「‥‥あなたがネズミを捕りにくるとはね」
「おや、意外かな?」
 咥え煙草に紅のタイ、おおよそネズミ捕りにはそぐわない格好のUNKNOWNを見て言う思花に、彼は、ドタバタと走り回る他のメンバーを微笑ましく見守りつつ、口を開いた。
「ここにある食料は、私の物、だからね。それを護りに来た、というわけだ」
「‥‥‥いつの間に私物化したの?」
 全くもって理解できない参加理由を平然と言ってのける彼に、思花は、ふう、と息を吐くと、再び室内へと戻って行ったのだった。
「はやくはやく! 網〜!」
「わわっ‥‥ちょ、待っ‥‥ニャはhhh‥やっちゃった〜‥‥」
 『動くザル』を追いかけ、ようやく押さえつけたフィスターアに駆け寄ろうとして、自分で仕掛けた罠の残骸に躓く楓。そのまま、ほとんど顔面からズデーンと床に転がった。
「ああー、逃げちゃったねー‥‥」
「ごめ〜ん」
 再び逃走を始めたザルを壁際まで追い詰め、網を持って迫る二人。
 まるで『アクションゲームで方向転換が上手くいかなくて部屋の角で詰まっている主人公』みたいな状態で、身動きが取れないザル。両側から襲い掛かった網によって、ようやく御用となったのであった。
「何もないよりは、入りたい度UPだと思うんだよねー」
 追い掛ける派のメンバーが走り回っている中、ゲージの中に直接エサを置いて、げっ歯類の自発的な帰宅を狙うのは、ラウルである。
「山田、鈴木、マイケル、真田、ジョセリン、リンメイ、高田、ファティマ、トニー、浜野‥‥お家へ帰ろー」
 国際色豊かなようで和名が多いモルモットの名前を呼びつつ、マウスやらラットやらもいっしょくたにしてゲージへ追いこんで行くラウル。エサに釣られたげっ歯類たちが、何の疑問も持たずに帰宅していく中、入口付近の思花がパネルを操作し、次々とゲージの扉を閉めていっていた。
「権田、ユキ、ジョーンズ、リナ、河野、番長――‥番長?」
 名前リストにさり気なく書かれた、異色な名前。ラウルは思わず、リストを二度見した。
「‥‥あれだよ」
 やや戸惑い気味のラウルを見た思花が、最も高く積まれた段ボールの頂上を指差した。
 そこに仁王立ちになり、下界を見下ろしていたのは、モルモットではない。

 ――異様にデカい、隻眼のラットであった。
 
「あれは‥‥確かに、番長の風格ですね?」
 ようやく服の中のマウスを取り出した紫苑が、大騒ぎでげっ歯類と戦う人間共を悠々と眺めている番長を発見し、その威風堂々っぷりに苦笑を漏らす。
「後回しにしましょうか」
「そだねー」
 とりあえず、動く気がなさそうな番長は放っておいて、再び一般マウスたちを追い始める紫苑とラウル。
 そして、少しずつ数も減り、恐らく7割方片付いたかと思われるその時、
「虎を‥‥なめるな‥‥げっ歯共が」
 いきなり、百白が動物相手に本気でキレた。
 ちなみに、虎というのは、あくまでも自称である。
「だめだよ、落ち着こうよ」
 数が減って余計に捕まえにくくなったげっ歯類たちに苛立ち、踏み殺さんばかりの勢いで激闘を繰り広げる百白を、忌咲が必死に止めていた。
「はあ‥‥でも、確かにしつこいですね‥‥素直に投降して下さい‥‥」
 中身を確認しつつ、段ボールを運んで視界を広げる作業に移ったるなも、そろそろ気力の限界が近付いたか、ゲンナリとした様子で溜息をつく。
 げっ歯類軍団の残存勢力、およそ50匹(番長含む)。
 この50匹の捕獲が、実に難しいのだ。
 そして、全体的にお疲れムードが漂い始めたその時。

 ――救世主が現れた。

「ただいまー! ごめん、遅くなった!」
 スーパーの袋一杯のトリモチ、そして、ネズミが嫌うハッカの煮出し汁を詰めたスプレーを両手に抱えた朔月である。
「さっさと追い込んでバーベキューにしようぜっ! はい、みんなコレ使ってー」
 テキパキと捕獲グッズを配っていく朔月。だいぶ広くなって逃げ場を減らされたげっ歯類軍団は、新兵器の登場にドッキドキだ。
「では、自分は、トリモチを仕掛けましょうか」
「じゃあ僕、追い込んだのに投網かけよカナ? 漁師町っ子の腕の見せ所♪ ‥‥親、漁師じゃナイけど!」
 げっ歯類が逃げ込みそうな隙間の前にトリモチを置き、かかったものから地道にゲージに戻していく紫苑。朔月が壁や床に振り撒くハッカ臭に追われて一箇所に固められた集団を投網で狙い、一網打尽にするラウル。
「よし‥‥だいぶ視界が確保できましたね」
「ふむ、残るは20、といったところか」
 るなが段ボールをサクサク運び、かなり片付いてきたマウス部屋を見て、UNKNOWNは、入口のドラム缶要塞を離れ、穀物袋を揺らして裏に隠れているラットとモルモットを誘い出した。
 おっとりとした三毛のモルモットを抱いて帽子の上に載せ、ダッシュで逃げるラットに、謎の眼力で攻撃を加える。
「はっはっは。いかんな、逃げては」
 彼は、恐怖のあまり硬直するラットを掴み上げ、優しい(?)声をかけながら、そっとゲージに戻してやった。
「大学に居た頃も良くこんな事してたよ」
 朔月の放つハッカ液から逃げてきたマウスたちを網で捕まえ、ヨシヨシと網越しに撫でてやりながら、忌咲は、ふふ、と嬉しそうに微笑む。
「‥‥ようやく‥‥終わる‥‥な」
 心底疲れた声を出し、百白は、すみっこで呑気にウトウトしているモルモットたちを素手で掴むと、ポイポイとゲージに放り込んでいった。ぶっちゃけ、もうげっ歯類は見たくない。
「つ、捕まえたぁ〜‥‥残りは?」
「うーん、番長だけかなぁ?」
 隠れているげっ歯類たちを網の柄やハッカ液でおびき出し、ガンガン捕まえていっていた楓とフィスターアが、隙間や棚の中、段ボールの中を確認しつつ、頭上の番長を見上げて言った。
「番長とかいるのか? うわ、手強そうな奴だなー」
 左手にハッカ液、右手に網を構えた朔月と、隻眼の番長の視線が交錯し、火花を散らす。

 皆が疲弊しきったこのマウス部屋の中で、番長と朔月、彼らはまだ、戦える余力を残していた。

「よし、かかって来い! 俺が相手になってやるぜ!」
 朔月が挑発し、二人(?)の間に緊張が走る。

 そして次の瞬間――番長の体が、宙を舞った。



    ◆◇
「一応‥‥任務‥‥完了‥‥だな」
 公園のバーベキュー施設、そのすみっこのテーブルに突っ伏し、もはや何をする気力もない様子の百白が、悪夢の数時間を振り返りながら、低く呻き声をあげる。
「疲れました。逃がした人に文句言いたい気分です」
 バーベキュー用のかまどに火を起こし、豚肉やベーコンを手際よく切り分けているのは、紫苑であった。
 ブラウン助教授の記録によると、逃がしたのは吉田さんという学生らしいが、会ったことがないのだから文句の言いようがないわけで。
 紫苑は、げっ歯類との戦いで溜まったフラストレーションを、表には出さず、肉にぶつけることにした。
「あー、手強い奴がいたもんだね。危うく取り逃がすとこだったよ」
 チーズをパクつきながら、うーん、と伸びをして達成感を噛み締める朔月。
 あの後、飛び掛かって来た番長の攻撃をかわしつつ、ハッカ液スプレーで逃げ道を塞ぎ、網で追いかけ回すこと20分。朔月は頑張った。
 結局根性の面で惨敗した番長は、無念の表情を浮かべたまま、自宅ゲージへ強制送還されたのであった。
「まあ、今すぐにはわかんないけどさ。もーちょっとしたら、ポコポコ子ネズミが生まれて大変だと思うよ?」
「‥‥さあ。その頃には私‥‥もういないかもしれないし」
 意地の悪い笑みを浮かべてみせる朔月に、思花は、完全に他人事の表情で、野菜を切っては皿に並べている。
「しーふぁさん、どこか行くの? ずっとここにいるわけじゃないんだね」
 高級豚の生ハムを肴に、ブランデーやワインをテーブルに置いて飲んでいた忌咲が、少し不思議そうに尋ねた。ちなみに、警察が来たら絶対補導されそうなので、ちゃんと免許証もポケットにスタンバイ済みである。
「‥‥たぶん、ね」
「北米に帰るのカナ? あ、そだ、葡萄のパウンドケーキとサングリアは僕作ダヨ♪ あと‥‥ジョセフィーヌも‥‥良かったら」
「ジョセフィーヌ‥‥‥まさか、帰ってくるとは」
 プリプリのタコ足を横目に、急に陰鬱な空気を纏い始めるラウルと紫苑の二人。何と言うか、思い出の変態ダコの帰還については、色々と思うところがあるらしい。
 彼らが受けた恥辱を知らない周囲の者たちは、一体何事かと首を傾げるばかりであった。
「あ、ありがとう‥‥大丈夫?」
「ダイジョブだよー。‥‥あれ? 食べナイの?」
 下拵えを終え、思花の隣に腰掛けたラウルが、正面の席のるなに声を掛けた。彼女は、果汁ジュースを少し飲んでいるだけで、網の上で美味しそうな臭いを漂わせている食材には手をつけていなかった。
「いえ‥‥あんまり戴くと悪いのでお飲み物だけいただきますね」
 銀色のウェーブヘアをふるふると揺らし、るなは、遠慮がちにそう返した。
 そして、遠慮しなくていいのに、と周囲が食べ物を勧める中、颯爽と現れて彼女の前にマグロのカルパッチョを置いた男が一人。
「なに、遠慮はいらんよ。これは『私の』食材なのだから、ね」
「‥‥まだ言ってるし」
 相も変わらず養成校のものを私物と言い張るUNKNOWNを見上げ、思花は、ぽつり、と呆れた声を漏らす。だが、言われた本人はというと、既に思考を別の次元へと飛ばしていた。
「‥そういえば、琳。珊瑚島で果たせなかった『約束』だが」
「う‥‥まだ覚えてるし‥‥」
 食べる手を止め、不意を突かれて呻く思花。
 とても眠い時に言い交わしたような気がする『約束』。思花の着替えを手伝うとかそんな話なのだが、何ヶ月も経った今、彼はまだ、それを覚えていた。
「私は記憶力が良いのでね。機会があればまたしよう‥‥お嬢さん」
 京料理、魚介のプロヴァンス風、カルパッチョ、マグロステーキ、シードルとチーズ・ヨーグルトのディップ等々、どこからともなく調理してきたディナーの数々を並べつつ、不敵に微笑むUNKNOWN。
「何の話か知らないケド、変なコトはダメだからねー」
「変ではないよ。安心したまえ」
 警戒した様子で思花の腕を引き、UNKNOWNの側から引き離しにかかったラウルに対し、彼は、自信満々でそう言い切った。
「これ美味しい♪ これは何かな? ‥‥あっ、唐辛子! 辛ーい!」
 ジュウジュウと食欲をそそる音を立て、網の上で箸の到来を待つ食材たち。フィスターアは、キラキラと輝く瞳でそれらを見つめ、次々と胃に収めていく。
「楓ちゃん、これ食べてみて? ラウルさんが作ったパウンドケーキなんだって」
「ふっ‥‥ふふふ‥‥」
「?」
 フィスターアが差し出した葡萄のパウンドケーキを無言で受け取り、なにやら不気味な笑みを浮かべている楓。明らかに何かを企んでいるその様子に、フィスターアをはじめ、一同は顔を見合わせた。
「大勢での‥‥食事‥‥か」
 そして、先ほどと同様、かなりすみっこの方で魚介のプロヴァンス風やら焼きタコやらを食していた百白が、ぼそり、と呟きを漏らす。
「‥‥‥面倒だな」
 色々疲れているらしい。
 とりあえず食べてはいるので、無理に話し掛けずにそっとしておくことにした。
「折角ですから‥‥じゃあ、少しだけ頂きます」
 もう調理されているのだから、と勧められ、るなも皿の上の料理に箸をつけ始める。
「思花サン、この辺焼けてるヨ」
「‥‥ありがとう。ええと‥‥ラウルも食べてね‥‥」
 葡萄のパウンドケーキはデザートにすることにして、ラウルは、網の上のベーコンや京野菜を皿に取り、せっせと思花に渡していた。渡される方としては、嬉しかったり、やや恥ずかしかったりもするのだが。
「アップルパイ♪ 私大好き〜!」
 一体どこにそんな収容力があるというのか、ディナーの後にアップルパイをまるごと食べ尽くすフィスターアに、一同唖然。
「疲れましたが、運動の後の食事は、美味しいものですね」
 多すぎるくらいの料理と飲み物をどんどん平らげていく一同を見回し、紫苑は、穏やかな表情でサングリアを一口、口に含んだ。
「しーふぁさんの服可愛いよね。私も欲しいな」
「‥‥これは‥‥サンフランシスコで買ったものだから‥‥」
 てくてくと歩み寄り、スカートを軽く引っ張った忌咲に、思花は、サンフランシスコにあるショッピングセンターの名前を教えようと、どこからかメモを取り出した。
 ――その時。

 秋の夜空に、凄まじいまでの閃光が炸裂した。

 そして、ほぼ同時に、ロケット砲着弾級の爆発音が、皆の耳をつんざいて響き渡る。

「な、何だ!?」
 大慌てで立ち上がる朔月。
 その視線の先には、公園の真ん中で仁王立ちになり、含み笑いを漏らしている人物が一人。
「ふふ‥‥ふふふ‥‥」
 酔っているのか素面なのか、どう考えてもそのへんのコンビニでは売ってなさそうな『闇通販』と書かれた花火を地面に置き、次々と着火しているのは、楓であった。
「た〜〜まや〜〜!!!」
 静かな秋の夜長をブチ壊し、明らかに危険な爆発が空を支配する。
「え‥‥っ、ちょっと、ダメだよ。‥‥私が怒られるから‥‥」
 焦った思花は席を立ち、ダッシュで楓を止めにかかった。
「あれ? 何か落ちたよ?」
 と、思花のポケットから落ちた手紙のようなものに気付き、忌咲がそれを拾い上げる。
 宛名は琳 思花。
 差出人欄には、ただ、こう書かれていた。

 『Veretta Orim』

「‥‥ヴェレッタ・オリム(gz0162)‥‥?」
 何となく読み上げて、ラウルは、少しの間、押し黙った。
「あ‥‥ごめん、忌咲。‥‥それは私のだね」
「――うん。手紙、落としちゃダメだよ?」
 暴れる楓を引き摺り、戻ってきた思花に、にっこりと微笑んで手紙を返す忌咲。

「よーし、じゃ、開けてないジュースも、この際全部開けようぜ!」
 朔月が拳を振り上げ、笑いながらクーラーボックスのほうへと走って行く。
 再び席に着いた思花と楓を輪の中に加え、一同は、だいぶ乏しくなってきた料理を前に、人類の勝利を祝って更なる祝杯をあげた。
 今日は、げっ歯類という脅威の軍団を人類の叡智で凌駕した、記念すべき日なのだから。

「まだまだ逝くよぉ〜〜〜!!!」

 脱走した楓の手によって、危険な花火が再び夜空を紅く染め上げる。
 勝利の宴は、まだまだ終わりそうにないのであった――。