タイトル:日本脱出! 巨漢輸送!マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/15 23:20

●オープニング本文


 秋の空は高く、日毎冷たさを増す風が、木々に茂る葉をゆっくりと紅く染めていく。
 季節に色を奪われた草の中、虫たちの奏でる旋律が、物悲しく響き渡る。

「‥‥‥」
 病院の中庭に置かれたベンチに腰を掛け、空を見上げる。
 彼女の瞳に映るは、空を渡る白い雲。心に浮かぶは、あの日見上げた敵の機体。記憶に埋もれた男の顔。
「‥‥あ」
 不意に舞い落ちた葉に額を叩かれ、琳 思花(gz0087)は、遠く外界から遮断していた思考を、ハッと現実へ引き戻す。
 久々に搭乗したバイパーを敵機に撃墜され、傷を負ってからというもの、以前にも増して深く考え込むことが多くなった。
 自分の体を苛む痛みすら、忘れてしまう程に。
「‥‥行かなきゃ」
 退院後はしばらくの間、大阪北東部の学園都市に留まるようにと、研究所からの通知が来たのだ。
 思花は立ち上がり、足元の荷物を取り上げて歩き出す。
 そして病院の正面入り口を出た――その時だった。

「うぶおおうおおうおぉぉぉぉッ!!」
 いきなり突進してきた球体のような物体に、彼女は路上へ吹っ飛ばされた。
「うわあああぁぁぁぁぁん!! 助けてええぇぇぇーーーーーっ!!!」
「い‥‥痛。‥‥何?」
 足元に身を投げ出し、地面に顔を擦りつけて号泣する球体――もとい、限りなく球体に近い巨漢の男にドン引きし、ちょっとたじろぐ思花。
「ぶおおぉぉぉーーっ! 殺されるぅぅぅーーーーっっ!!!」
 ぶるぶると脂肪を震わせて泣き叫ぶ謎の肉塊に、思花は一種の危険すら感じ、即座に立ち上がった。何だか事態が飲み込めないが、とても怖いことだけは確かだ。
 ――だが、今日の彼女は非常に運が悪かった。
「ぶうおおおぉぉぉおおおッ!? ボ、ボクの! ボクの咲紀ちゃんがああああぁあああッッ!?」
「え‥‥あ、ごめん‥‥」
 うっかり地面に落としたアイドル写真を思花に踏まれ、さらに泣き叫ぶ球体人間。無駄に蓄えた脂肪を包むパッツンパッツンのTシャツは汗に濡れ、あまりの興奮に湯気が立ちかねないような状況である。
「酷いよぉぉっ! ボクの咲紀ちゃん‥‥ってキタ―――――ッ!!!」
 顔を上げるなり奇声を発し、ずさーっ、と草むらへと滑り込んだヲタク男に、思花は、心底ビビッて体を硬直させた。
「ゴスっ娘キタ――! チャイナはぁはぁ」
「‥‥‥」
 かなりはみ出してはいるが、草陰に隠れ、鼻息荒く思花を眺め回す球体。いいかげん肌寒いのに汗と油でシットリなボサボサロン毛&ニキビ面の真ん中で、肉に埋もれた両目が澱んだ光を放っていた。
 ちなみに、思花の服は間違いなくゴシック系だが、断じて彼の眼福のために着ているわけではない。
「‥‥落ち着いてください」
 こんな奇怪な騒ぎ方をされては、自分まで同類だと思われてしまう。思花は、とりあえず冷静にそう勧告する。
「運命の悪戯キタ――――!! 萌えええぇぇぇぇーーーーッッ!!」
「だから‥‥‥落ち着いて!」
 口元から若干の涎を撒き散らしつつ突撃してきたヲタクの顔面に、思花の鞄がめり込んだ。


    ◆◇
「‥‥落ち着いた?」
「オチツキマシタ」
 数分後、病院の裏庭にて覚醒を解いた思花に対し、地面に正座した状態で、妙に機械的な返事を返すヲタク男。ふるふると小刻みに震えているように見えるのは、目の錯覚だろう。
「‥‥要するに‥‥親バグア派の報復に遭ってるんだね」
「ソノトオリデス」
 別に痛い目に遭わせたわけでもないのに、不思議と委縮しているヲタク。無駄に汗もビッショリだ。
 彼の名前は、マーティン・スミス(36歳・独身)。アニメ『萌えっ子魔女★ぷりてぃマキちゃん♪』と、グラビアアイドル・赤代 咲紀(シャクシロ サキ)をこよなく愛す、アメリカンなヲタクである。ちなみに現在、身長163cm、体重150kg。
 数か月前に日本を訪れた彼は、咲紀が親バグア派に誘拐される場面に偶然(?)出くわし、重傷を負って入院していたのだ。
 その後、咲紀はULTの能力者の活躍で無事に救出され、マーティンもまた、無事に退院の日を迎えたわけである。
「午後の便でサンフランシスコに帰る予定だったんだけどぉ‥‥病院出たところで、変な黒い車が停まってさぁ。怖い人たちに連れて行かれそうになったんだよぉぉ‥‥」
 咲紀が誘拐された時、マーティンは、果敢にも親バグア派に立ち向かい、そのうちの一人を捕縛している。その結果、敵のアジトの位置が特定され、事件解決へと繋がったのだ。
 しかし、彼のそうした勇気ある行動が、親バグア派グループの恨みを買う結果となってしまったらしい。
「このままじゃ、怖くて帰れないよおおぉぉぉ!!」
 地面に泣き崩れ、グズグズと鼻水を垂らすマーティン。うずくまると、まさしく球体である。
「キミ能力者だよねぇ? 助けてよぉぉ」
「‥‥助けてあげたいけど‥‥私一人じゃきついかな‥‥」
 うーん、と思い悩む思花に、マーティンは、涙と鼻水の光る顔を上げ、モゴモゴと口を動かして訴える。
「じゃあ他の能力者にも頼むから、代わりにULTに依頼出して来てよぉ‥‥ボク、怖くて外に出れないぃぃぃっっ!!」
「‥‥‥‥」

 ドサクサ紛れに突進をかましてきたマーティンの顔面に、今度は思花のブーツがめり込んだ。


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●依頼内容
・親バグア派に付き纏われているマーティンを、病院から高速移動艇のターミナルまで連れて行ってください。
・琳 思花(サイエンティスト)が同行します。彼女も退院したばかりですが、覚醒すれば戦えます。
・なお、高速移動艇内のセキュリティは万全ですが、ターミナルは多くの人で込み合います。
 人混みに紛れての襲撃に注意してください。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
忌咲(ga3867
14歳・♀・ER
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
梶原 暁彦(ga5332
34歳・♂・AA
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
真田 音夢(ga8265
16歳・♀・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

 巨漢のアメリカン・ヲタク、マーティン・スミス。
 彼の依頼を受け、集合場所の病院ロビーに到着した能力者たちは、早速、厳しい現実に直面していた。
「‥‥コイツ‥‥動かせるのか?」
 ロビーの椅子二人分を普通に占領し、集結した女性能力者たちに勝手に萌えているマーティンを目にして、須佐 武流(ga1461)は、絶望すら感じさせる声音で呟きを洩らす。
「あまり痩せてないですねぇ。お医者さんにも言われてるんじゃないですか?」
「大丈夫だよぉ。ちょっとは痩せたしねっ。桃香ちゃんポニテ萌えぇぇ〜」
 お久しぶりの忌咲(ga3867)と平坂 桃香(ga1831)は、もうだいぶマーティンという生き物を見慣れているので、かなり平常心だ。が、マーティン側の血圧は、何回会おうが上昇傾向である。
「おい‥‥こいつから聞いてないかもしれないが、俺とこいつは恋人同士だ。何かしようとしたら‥‥容赦はせんぞ?」
 マーティンの粘着質な視線を遮るかのように割って入った武流が、さっと桃香を抱き寄せ、警告を発する。
 仕事中なのに、と言いながらも拒みはしない桃香の様子に、空気の読めないマーティンが、「仕事中だよぉ」などとブーイングを飛ばしていた。
「思花サンに突撃かましたとか――僕が撃ってもヨイかな?」
「‥‥弾がもったいないよ」
 全然冗談とは思えない本気の目で言ったラウル・カミーユ(ga7242)を、すぐ側の椅子に腰掛けた琳 思花(gz0087)が、普通の人相手だったら物凄く失礼な理由で止める。
「退院早々こんな人に絡まれて、ツイてないですねぇ。まぁ世の中どうにもならないことも多いですからね」
「‥‥星占い‥‥最下位だったからね‥‥」
 さらに、『こんな人』呼ばわりで何気に酷い桃香の言葉に、思花は、己の不幸を星占いのせいにした。
「え〜と、ものすごく濃い人ですねえ? 暴走したら、手がつけられない気がしますね? クスクス」
 神森 静(ga5165)は、考えていることが若干口に出てしまっているのだが、まあ、この期に及んで萌え萌え状態のマーティンには聞こえていないことであろう。
「前回の作戦に参加していた梶原 暁彦(ga5332)だ。今回もよろしく頼む」
「ああ、うん。久しぶりだね――袴っ娘ハァハァ! チャイナスリットきわどブゴゲホォッ!!」
「‥‥‥」
 完っ全に男はそっちのけなマーティンに、暁彦は、一体この生物をどう扱えば良いのかと、しばし沈黙した。
「大丈夫だよ、マーティンさんは私たちが守ってあげるから。だから安心してね」
「き、忌咲ちゃムハアァァーーーーッブグォッ!!」
 忌咲に肩を撫で撫でされたりして、鼻息噴射&若干鼻水も飛んでしまうマーティン。思わず理性を失くしてビヨーンと飛びつこうとした彼を、赤崎羽矢子(gb2140)の巨大ハリセンの一撃が容赦なく叩き落とした。
「次はぐーで殴るよ?」
「や、ヤキモチなんて、羽矢子ちゃんは素直じゃないなぁ〜」
「‥‥殴るよ?」
 女性の暴力を脳内でツンデレプレイに置き換えがちなマーティンに、羽矢子は、握った拳をワナワナと震わせる。
 と、そこへ颯爽と立ち塞がったのは、真田 音夢(ga8265)。萌え系袴少女である。
 彼女は、ふるふると無表情のまま首を振り、言った。
「‥‥たとえキメラでも、苛めるのは‥‥駄目‥」

 間違っている。
 根本的なところが間違っているのだが。

「‥‥‥‥」
 訂正しようとする者は、誰一人としていなかった。


    ◆◇
 血圧急上昇で鼻息の荒いマーティンを残りのメンバーに任せ、桃香と音夢の二人は、先にターミナルまで車を走らせていた。
「何事もなければ‥‥走りやすい道ですね」
 ターミナル外の駐車場に車を停め、潮の匂いを含んだ風を浴びながら、音夢は、今通ってきた道を振り返り、言う。
 高速道路を下りてからの道は総じて見通しが良く、標識も多く設置されて迷う心配はない。迂回路に使う脇道にも入ってみたが、目立って不審な車や人物は見当たらなかったような気がした。
 桃香は、携帯電話を使ってルートや周辺の様子を他のメンバーに連絡すると、音夢と共にターミナル内へと向かう。
「ただ待機も勿体無いですからねぇ。ざっと見回りでもしておきましょうか」
「はい‥‥では、私は警備責任者と少し話しておきたいと思います。何かありましたら、ご連絡を‥‥」
 大きなリボンを揺らし、警備員室へと歩いて行く音夢。残された桃香は、早速案内板で非常出口と北米行き搭乗口の場所を確認すると、動きの怪しい者や不審な荷物の有無をチェックしながら、ターミナル内を歩き始めた。
 一般旅客の他、能力者と思しき集団や職員で賑わうロビーは騒がしく、要所に立つ警備員の数は、いつもより若干多いような気もする。一応、マーティンの件は、ULTから連絡が行っているらしい。
「荷物、置きっ放しは危ないですよ?」
 白い小さめのスーツケースをロビーの隅に置き、化粧室へ向かおうとした中年の女性を、桃香が呼び止めて注意した。彼女は、一瞬首を傾げるような仕草をしたが、すぐに自分の事を言われているのだと気付き、慌てて荷物を手に頭を下げる。
「気をつけてくださいねぇ」
 その後も桃香は、一通り建物の中を歩き回り、荷物の置き忘れや、何かを探しているような素振りの者に声を掛けて回った。とはいえ、その中に怪しい者がいたかどうか、となると、中々判別はしにくいものである。
「――わかりました。名簿が非公開ということでしたら、スタッフの顔と人数の確認については、そちらにお任せします。‥‥ただ、もう少し警備の強化を‥‥」
「とは言ってもねぇ、これ以上警備員を増やすわけにも‥‥」
 桃香が警備員室の前を通りかかると、警備責任者らしき男性と音夢が、何やら軽くモメていた。どうやら、あまり事を荒立てたくない警備側との交渉が難航しているらしい。
「では‥‥不審な人物を発見された場合は、連絡をいただきたいと思います」
「うーん‥‥」
 桃香の持つ無線機を指し、チャンネル番号を伝える音夢。だが、警備責任者の態度は、どうも煮え切らないものがあった。
「私、今見てきたんですけど。結構荷物置き去りの人って多いんですよねぇ。危ないと思いますよ?」
 思わず口を挟んだ桃香の言葉に、警備責任者は、少しムッとした様子で眉を動かした。次いで、音夢が畳み掛けるように、言う。
「ここでの襲撃を許したら、それこそULT全体の沽券に関わる問題です。何も無ければいいのです。‥‥ただ、ほんの少し注意していただければ」
「ああ、わかったわかった。‥‥そこまで言うなら、見回りを強化させる。ただ、そちらも何か起こった時には、すぐに連絡をよこすように」
 そうして、すっかり根負けした警備責任者は、渋々、といった表情で桃香の無線チャンネルをメモすると、一息ついてようやく首を縦に振ったのだった。

「‥‥あれは‥‥何でしょうか?」
 ロビーを振り返った音夢が、ふと声をあげる。
 駐車場側の入口近くに、何やら奇怪な声を発しながら大騒ぎしている集団を見つけたのだ。
「何でしょうかね。行ってみますか」


    ◆◇
「車別々なんだよ。でも、ちゃんと後ろから付いて行くからね」
「ええーっ‥‥男ばっかりで暑苦しいよぉ。静ちゃんも何とか言ってよおぉ」
「すみません。これも、護衛のためですので」
 忌咲と静のランドクラウンに普通に乗り込もうとして引きずり降ろされたマーティンは、相変わらず勝手なことを言ってゴネていた。
 一体誰が一番暑苦しいか、自覚がないようである。
「じゃあ前がいいなっ。思花ちゃん羽矢子ちゃん一緒に乗せてえぇぇグブォッ!!」
 暁彦の手を逃れて先頭の普通車に駆け込もうと突進したマーティンの腹に、ラウルのシエルクラインがめり込んだ。銃身を通じて伝わる感触は、脂肪100%な弾力性。
「弾は無駄にしていナイ!」
「いいから早く乗れ。便に遅れるだろう」
 男の暴力はプレイに置き換えることができないらしく、何やら小声でネチネチ文句を垂れているマーティンを、暁彦と武流の二人が引き摺り、容赦なくワゴンに放り込んだのであった。

 最初にその車を見たのは、出発直後のことだった。
 交番の前でいきなり止められ、免許証の提示を求められてしまった忌咲を待って停車した車内で、羽矢子が声を上げる。
「‥‥あれ、怪しくない? 紺色の車」
「そうだね‥‥」
 後ろを走っていた紺色のセダンが一行を追い越し、急に脇道へと曲がって行った。なんとなく、見られていたような気もする。
 思花は無線機を取り出し、後続の二台に連絡した。
「‥‥さっきの、紺色の車。気をつけてね‥‥」
『了解した』
『わかりました。紺色の、ですね』
 暁彦と神森が応え、ちょうど脅威的童顔な忌咲の疑いも解けたところで、羽矢子は再びアクセルを踏み込む。
「しかし変なことに巻き込まれてるねぇ。退院したての体にはキツイかもだけど、ちょっと荒くなるかもよ!」
「‥‥最近、運が悪くて‥‥」
 羽矢子に借りたシンシアを傍らに置き、思花は、深いため息をついたのであった。

「暑いよぉ〜‥‥どうしてボクがこんな格好‥‥」
「外からの襲撃と僕に撃たれたくなかったら、自分で出来る範囲の努力はしよーネ?」
 高速道路を行くワゴンの中央座席で、でかい毛布の塊と化したマーティンが、モゴモゴと文句を言っている。
 亀になっとけ、という羽矢子の言い付けにより、毛布グルグル巻きの上に盾まで乗せられた彼は、持ち前の保温性能と毛布のおかげで、いつもに増して汗臭かった。隣のラウルはいい迷惑だ。
「それで伏せてるのか‥‥」
 あまりのボリュームに伏せてんだかなんだか分からないマーティンをルームミラー越しに見つつ、暁彦は、後部座席の窓にスモークを貼っておいてよかった、と内心胸を撫で下ろす。
「ま、俺がいるんだ。大船に乗ったつもりで安心して家に帰りな」
「大船〜? ボク、高速移動艇に乗るからねぇ」
 以前の報告書を読んできたらしい武流は、少しだけマーティンに優しかった。が、相手は、慣用句を理解できない脳みそだった。
 ――その時。
『来ました。紺色の、セダンです。後続車は、いません』
『前に詰めるよ! 早く引き離そう』
 ランドクラウンから無線が入り、俄かに緊張感を取り戻した三台が車間を詰める。
 物凄いスピードで左車線から現れたのは、先程交番の前で見かけた、あの車であった。
「後部座席! 撃ってくるぞ!」
 セダンの後部座席の窓から顔を出した男が、いきなりワゴンに向けて発砲する。対してラウルも窓を開けると、迫ってくる車に狙いを定め、引き金を引いた。フロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入り、運転席の女が舌打ちのような仕草を見せる。
「このヘボテロリスト‥‥お前らがこの程度のこともしくじるからこんなことになってるんだ!」
 再び飛来した銃弾がワゴンの側面に穴を開けると同時、武流が、よくわからない理屈を叫びつつ、身を乗り出してショットガンを撃った。タイヤ付近に複数の弾を受けたセダンが一瞬バランスを崩し、ぐらつく。
 そして、減速したセダンのフロントガラスに、先頭車両の思花が撃ったペイント弾が着弾した。
 特殊インクとヒビに視界を遮られた運転手が急ブレーキを踏み、敵車両が高速道路上に一時停車する。
「よし‥‥このまま突っ切るか」
 あっという間に見えなくなった紺色のセダンをそのままに、三台は、音夢たちの待つターミナルへと急いだ。 


    ◆◇
 ターミナルに到着した一行は、どう頑張っても目立つマーティンを護るため、周囲をがっちり(男性陣で)固めて搭乗ゲートを目指した。女性陣は、ちょっと離れて周辺警戒である。
『今のところ、不審な人は、いません。警備員も多いですし』
 吹き抜けの三階にいる静が、全体の様子を無線で皆に伝える。
 周囲の人の動きを注意深く見ながら、極力壁沿いを歩き、一行は、搭乗手続きを済ませたマーティンと共に搭乗口を目指した。

「あ、あれ? さ、咲紀ちゃああぁぁぁんっ!! ニーソハァハァ!!」
 搭乗口で待っていたのは、桃香と音夢、そして、なんとマーティンの心の嫁・グラビアアイドルの赤代 咲紀であった。
 アイドルのニーソックスに萌えまくり、思わず柱に隠れるマーティン。もちろんはみ出している。
「それにしても、なぜここに?」
「マーティンさんにお手紙を貰いましたので、お見送りに! ファンに囲まれてるところを、お二人に助けてもらったんです」
 暁彦の問いに答え、咲紀が鞄から一通の手紙を取り出した。そこには、マーティンの名前と、出発日、搭乗便が記載されている。
「‥‥え? ボク、送ってないと思うけどなぁ‥‥」
「え?」
 疑問符を浮かべて首を傾げる咲紀。
「後ろっ!」
 突然、ラウルが声を上げ、咲紀の後方に向かって発砲した。
 何が起きたか分からず悲鳴を上げる人々の間から、覚醒した羽矢子が飛び出し、群衆の中から一人の女を獣突で突き飛ばす。さらに間髪入れず、桃香と武流が床に転がった女に駆け寄り、その場で取り押さえた。
「落ち着いて、慌てずに速やかに避難して下さい」
 忌咲が他の乗客を誘導し、警備員の足音が近付く中、女の手から零れ落ちた閃光手榴弾が、コロコロと虚しくターミナルの床を転がって行った。


「ダイエットも頑張らないとダメだよ?」
「そのままじゃ体壊しちゃいますからねー」
「忌咲ちゃんも桃香ちゃんも、別れ際までひどいよぉ‥‥」
 暁彦と思花、そして偽の手紙を送り付けられた咲紀の三人が、襲撃者連行と事情聴取のため警察に向かった後の搭乗口では、出発直前のマーティンが体重について言及されていた。
「‥‥」
「お、音夢ちゃんは優しいなぁ。ぐふふ」
 冷たい目で餌の金平糖を差し出した音夢に、薄気味悪い笑みを返すマーティン。
「早く乗りなよ」
「うん。もう行っていいヨ?」
「もういいから早く帰ってくれ」
 羽矢子、ラウル、そして武流の三人は、いい加減疲れ始めて冷たかった。
「わかったよぉ〜。じゃあ、もう乗るからね」
 萌え系の皆さんに後ろ髪を引かれつつ、マーティンは、渋々高速移動艇へと乗り込んで行く。
 色々あったが、ようやく任務完了である。

「皆さん、お疲れ様でした。しかし、疲れました。いつもより、余計に神経使いましたので」
 静は、一息つきながら、穏やかな口調でそう口にした。
 ――搭乗ゲートにマーティンが詰まって身動き取れなくなっているのは、見なかったことにして。


    ◆◇
 その後の調べで、今回の事件は、マーティン、そして、彼をエサにおびき出した赤代 咲紀の拉致を目的とした犯行であったことが判明した。
 今回、能力者たちの活躍により捕えられた親バグア派はUPCに引き渡され、地元警察の協力の元、組織の全貌解明に向けて調査が行われることとなったのであった。