タイトル:山より来たりし赤眼の王マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/05 01:19

●オープニング本文


 天高く闇を照らす白い月、その光も届かぬ昏い森の中、獣の唸りが木霊した。
 茂みが揺れ、血が飛沫き、幾つもの骸が折り重なって地面を濡らす。

「畜生! 撤退だ!!」
 闇に浮かぶ無数の赤い光。それは、獲物を狙う血に飢えた獣達の眼。
 荒く、湿った呼吸音が敗走する彼らにどこまでも追い縋り、遅れた者から次々と、悲鳴を上げて茂みに引き摺り込まれていく。
 木々の間に響き渡る仲間達の断末魔を聞きながら、彼らはひたすら、走り続けた。


「クソッ!!」
 ようやく辿り着いた岩穴の中、ケンは、震える足で地面を蹴った。
「落ち着きなさい、ケン。騒げば、奴らが来るわ」
「落ち着いてられるか! みんな殺られた! 残ったのは、俺達三人だけだ!」
 冷静に彼を諌めようとするルナを、恐怖と怒りに興奮し切った声で怒鳴りつけ、ケンは、不貞腐れたようにその場に寝転んだ。
 ルナは、そんな彼の様子を、悲しげな目でしばらく見つめ、静かに嘆息する。
「‥‥そうね。生き残ったのは、私達だけ。十二人中、たったの三人だけよ。‥‥何とかしなきゃ、私達も‥‥」
 言葉を切り、視線を落とすルナ。
 そこへ、岩穴の入口を見張っていたジュードが歩み寄り、口を開いた。
「数も、力も、奴らは俺達を上回る。何とか隙をついて、麓まで逃げ延びるしか手はないな」
「だけど‥‥奴らは速いわ。次は、逃げ切れないかもしれない」
「‥‥だが、他に道はない」
 重い沈黙が辺りを包み、三人は、絶望の淵に立たされたまま、目の前の地面を見つめ続ける。
 死が、足音と共に歩み寄ってくるような、静かな恐怖。
 彼らは、為す術もなく立ち尽くした。

「‥‥諦めるでない」

 不意に響いたその声に、ジュードは、ハッと我に返って岩穴の奥に顔を向ける。
「長老‥‥!」
「手が無い訳ではない、ジュード、ルナ、ケンよ。まだ‥‥諦めるのは早い」
 ゆっくりとした足取りで彼らの前に現れたロングコートチワワが、威厳のある低い声で、きっぱりとそう言い放った。
「ポチ長老‥‥いけません、お体が‥‥」
 労わるように駆け寄ったルナの鼻先を払い除け、ポチは、皆の顔を見渡し、言う。
「お前達は生き延びよ。我はもう、戦うことも、走ることもままならぬ。じゃが、奴らタヌキ軍団の目を逸らすくらいのことは‥‥できるはずじゃ」
「何言ってんだ長老!! あんたが犠牲になるってのか!?」
 ケンが飛び起き、凄まじい勢いでポチに迫った。その目には、涙が浮かんでいる。
「黙れケン! この老いぼれ、伊達に長老を名乗ってはおらんわ! お前達を生かし、我ら野犬一族を守ることが我が務め‥‥!」
「でも‥‥!!」
 食い下がるケンを、ジュードとルナが必死で止めた。
 ポチの決意は固く、もはや誰にも止められないだろうことを、彼らは悟ったのだ。

 風に乗って鼻を掠める、タヌキ達の臭い。
 木々のざわめきに紛れて鼓膜を刺激する、無数の唸り。

「行け! 我が食い止める!!」
 もはや俊敏には走れぬ足で、ポチは岩穴の入口に立った。
「長老! 長老ーーっ!」
「走れ!! 生き延びるんだ!!」
 悲痛な声を上げるケンを一喝し、ジュードとルナは、岩穴の奥――抜け道へと走り出す。


 押し寄せるタヌキ達の足音と、ポチの最後の吠え声を背に、三頭は、夜の森へと消えていった――。


   ◆◇
「――なんだか今日は、山が騒がしかったわねぇ」
「さあ、野犬の喧嘩だろ?」
 麓の田んぼ道を歩いていた夫婦は、急に静かになった山の方を見上げながら、不安気にそう言い交わした。
 先程から聞こえていた獣同士の争う声が、ピタリと止んだのだ。
「最近、捨て犬が野犬化してて、困るよな‥‥ん?」
 ふと、夫婦は、前方に何か動くものを見つけて立ち止まる。
「やだ、あなた、野犬よ‥‥」
 街灯の下、三頭の中型犬が佇んでいた。
 そして、来た道を引き返そうとした夫婦は、犬達の様子がおかしいことに気付き、眉をひそめる。

 牙を剥き出し、唸っているのだ。
 山へと続く、暗い道路に向けて。

「な・・‥何? アレ‥‥!!」

 ――爛々と光る無数の赤い光が、犬達を追い、麓の村へと押し寄せて来ていた。


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●依頼内容
・近畿地方の小さな村が、山から下りて来たタヌキ型キメラによって占領されました。
 村に居座り、畑や民家を荒らしているキメラを殲滅してください。
・任務の遂行を最優先とし、どうしても必要と判断される農作物や建造物への被害は容認されます。

●参加者一覧

九条・命(ga0148
22歳・♂・PN
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
ジェイ・ガーランド(ga9899
24歳・♂・JG
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
皆城 乙姫(gb0047
12歳・♀・ER
篠ノ頭 すず(gb0337
23歳・♀・SN

●リプレイ本文

(「やま、なつかしいな‥‥おわったらいってみようか」)
 村を取り囲む緑濃い山々、風にざわめく木々を眺めながら、番 朝(ga7743)は、昔を懐かしむように、穏やかな表情をみせた。
 これが終わったら、念のため森の中も見ておこう――などと考えながら。
「大きな村では御座いませんが念の為。迷子になったら困りますしね」
「ええ、それに、山に逃げられると厄介ですね。無線連絡は密にしましょう」
 赤宮 リア(ga9958)、そしてフォル=アヴィン(ga6258)の二人が、入手した村の地図を皆に配り、各班の配置を確認する。すると、何やら沈黙していたラウル・カミーユ(ga7242)が、口を開いた。
「‥‥風、南東から吹いてるみたいだネ。風下のほう、よく見張ったほうがいいカナ」
 彼の言葉に、そういえば、と納得する一同。今回のキメラは、嗅覚が優れている可能性も高いだろう。
「しかし、野生の狸はともかく、キメラの群れとは‥‥大変で御座いますね」
 今回は、敵の数も多く、逃走経路を塞ぐことが重要になってくる。ジェイ・ガーランド(ga9899)は、やや低めの声で独りごちた。
 すると、それを聞いていた九条・命(ga0148)が、ぽつり、と言葉を漏らす。
「狸合‥‥いや何でもない‥‥」
 何でもない。昔懐かしのタイトルを思い出したりなんて、断じてしていないのだ。
「すず、気をつけてね?」
「お互い無事に戻ろうね?」
 心配そうに見上げる皆城 乙姫(gb0047)に、篠ノ頭 すず(gb0337)が、そっと口付けて頭を撫でる。
「ジェイ、リアも気をつけてね!」
 乙姫が笑い掛けると、ジェイは、二コリと笑って頷いた。
「ええ。タヌキメラなんて、サクッと倒してタヌキそばにしちゃいましょう♪」
『‥‥‥‥』
 リアの言葉に、シン、と静まり返る一同。
「タヌキそばに‥‥タヌキは入ってませんよ?」
「えっ、リア、タヌキメラ食べちゃうの!?」
 顔を見合わせるフォルと乙姫を見て、リアは、自分がトンでもない勘違いをしていたことに気付く。
「わゎ‥‥わかっておりますよっ! 冗談です‥‥」
 焦ったリアは、真っ赤に頬を紅潮させて弁解したが、もはや後の祭りなのであった。


    ◆◇ 
 最初にタヌキメラと遭遇したのは、北東のラウル・リア班だった。
 隠密潜行で気配を消し、村を取り囲む森の木々に隠れるようにして村の奥を目指していた二人の目に留まったのは、農道の脇に建てられた物置小屋。よく見れば、扉が開きっ放しになっている。
「‥‥先に調べた方が、いいかもしれませんね?」
 ふわふわと揺らめくオーラを纏い、声を殺して尋ねるリアに、ラウルは一つ頷くと、農道へ出た。
「僕が見てくるカラ、リアは、そこから見張っててネ?」
「はい。お願いします」
 小屋へと近付いて行くラウルの背を、洋弓を構えて見守るリア。静まり返った村の様子に、自然とため息が漏れる。
「のどかで良い村ですのに‥‥」
 そして、そうっと小屋の中を覗き込んだラウルの暗色の瞳に、薄闇で寝息を立てる生物らしきものの姿が映った。
(「‥‥キメラ? 犬?」)
 タヌキメラが夜行性で、昼間は眠っている生物だと仮定すると、一つだけ困ることがある。
 寝ている状態では、目の光が確認できないのだ。
 仕方なく、ラウルは、山際で待つリアに合図を送り、足の先で軽く、物置の壁を蹴飛ばしてみる。
「――リア!! そっち行くヨ!」
 途端に跳び起き、飛び出してきた二つの影に赤い光を見て、ラウルが叫んだ。
 飛び掛かってきた一頭を即座に射落とし、甲高い声を上げて威嚇するそれに、容赦なく二本目の矢を撃ち込む。
 そして、ラウルの脚の間を抜けて逃走を図ったもう一頭を狙うのは、リアの持つ洋弓アルファル。
「さぁアルファル‥‥貴方の力を見せて下さい!」
 凄まじい勢いで解き放たれた矢が、空を裂いてタヌキメラを襲い、衝突音にも似た音を立ててその体を貫通する。
「すごい威力‥‥これは慎重に扱いませんと‥‥」
 灰色とも茶色ともつかない体に矢を生やし、タヌキメラは、震える足で必死に山を目指して走り出した。
 だが、山側をリア、村側をラウルに挟まれたタヌキメラに、もはや生存の道はない。
「逃げちゃダメだって」
 背後から放たれたラウルの矢が、タヌキメラの頭部を貫き、その首を吹き飛ばした。


『南西、配置についた』
『こちら北東、準備OK。二頭倒したヨ。物陰に注意ー』
『北西、配置完了したよ』
「了解。南東も準備完了です。捜索を開始しましょう」
 他班と無線で連絡を取り合い、南東班のフォルと朝が動き始める。
「狸が山から村に下りて来た、ねぇ。そんな所まで野生動物の現状を真似る事ないのに」
 農道を歩き、点在する家々の縁の下、そしてキメラが入り込める隙間を覗き込みながら言ったフォルの言葉に、朝は、首を傾げて、うーんと唸った。そして、村の人々が見たという野犬の話を思い出し、ぽつりと呟く。
「‥‥やけんさんたちは、にげれたのかなぁ」
「どうかしましたか?」
 民家のチェックが終わり、戻ってきたフォルが、そんな朝の様子を見て、不思議そうに尋ねた。
「何でもない。がんばろうな」
「はい。早く終わらせてしまいましょう」
 一軒一軒丁寧に、軽く音を立ててみたり、屋根の上を調べてみたりと、他班と連携しつつ着実に捜索を進めていく二人。
「こっちはかざかみだからな。にげたのかも」
「確かに‥‥」
 と、二人が目の前の水田に目を遣る。
「! 来ますよ!」
 ガサガサガサッ、と音を立て、何かが稲穂を揺らし、二方向から接近してきた。
 フォルの瞳が青く染まり、腰まで伸びた朝の緑髪が舞う。
 次の瞬間には、稲の間から飛び出してきた二頭のタヌキメラが、凶悪な光を瞳に宿し、二人に襲い掛ってきた。
「一匹ずつ、一気にしとめましょう!」
 小銃を地面に落とし、パリィングダガーで敵の牙を受け流しながら、フォルが声を上げる。二人は背中合わせの位置に立ち、それぞれにタヌキメラと対峙した。
 跳躍して攻撃を仕掛けてくるタヌキメラの腹を、フォルの朱鳳が横一文字に薙ぎ払う。
 ギャッ、と悲鳴を上げて転がり、踵を返して逃げ出そうとするタヌキメラの姿に、彼は、素早く前方に走り込んで逃走を阻止した。
「逃がす訳には行かないっ」
 走るキメラに追い付き、フォルは、そのずんぐりとした体の上から、力の限り刀を突き下ろす。地面に繋ぎ止められたタヌキメラは、そのまましばらく痙攣し、やがて、力尽きて頭を垂れた。
『ギギャッ!』
 農道の上で、朝の大剣に足を叩き斬られたタヌキメラが、悲鳴とともに吹っ飛び、地面に落ちる。
 朝は、完全に無表情を保ったまま、吹っ飛んだキメラに駆け寄ると、三本足で必死に飛びついてくる相手の攻撃をかわし、バスタードソードを振り被った。
『きゅいーーーん!!!』
 断末魔の悲鳴を上げ、タヌキメラの体が、腹のあたりで真っ二つに分断される。
「こちら南東。二頭仕留めました」


「また一緒だね? 今回もヨロシクね!」
 乙姫はニコニコと笑いながら、前を行く九条に声を掛ける。彼は、ああ、と返事をひとつ返し、何件目かの民家の前で立ち止まった。
「ここで待機していてくれ。何かあったら、すぐに俺を呼べ」
「うん。そっちも危なくなったら、すぐ言ってね?」
 田舎にありがちな無施錠の引き戸を開けて屋内へと入って行く九条に対し、乙姫は、そう言って送り出した。
(「‥‥台所か?」)
 板張りの廊下を抜け、九条は、家の奥にある台所を覗いてみた。だが、キメラらしき気配はない。
 大柄な彼にとって、ギシ、ギシ、と音を立てる床が煩わしく、低い欄間はとても危険なのだが、今はそんな古典的構造トラップに引っ掛かっている場合ではない。九条は、寝室と思しき部屋の前へと辿り着いた。
『キメラ発見だよ!!』
「!」
 無線機から乙姫の声が響いた瞬間、いきなり、半分開いた襖の奥から、丸々と太った獣が躍り出た。
「すぐに戻る!」
 九条はそれだけ返し、咄嗟に覚醒すると、体を反らせて敵の攻撃をかわす。そして、相手が着地するよりも早く、右の拳を腹に叩き込み、空中に浮かせた。
「喰らえ!」
 放り投げたキメラの体に、九条の放った蹴りが命中し、靴先の爪が灰色の毛皮を大きく切り裂く。
「悪いが、遊んでいる暇はない」
 冷たく、低い声音でそう吐き捨て、彼は、震えるキメラの体に、再度足爪を叩き込んだのだった。

 その頃、全身から赤いオーラを立ち昇らせた乙姫は、発見したタヌキメラを追い、畑の中を駆け回っていた。
「は‥‥はあ‥‥は‥‥このへん、に‥‥」
 その時、息を切らし、畑の柔らかな土を踏みしめて進む乙姫の目に、赤い光が映った。一頭のタヌキメラが、草むらに身を隠し、彼女の様子を窺っているのだ。
『ギュギィッ!』
「私だって! 戦えるんだっ‥‥!!」
 絞り出すような鳴き声を上げ、草むらから飛び出してきたキメラの顔面目掛け、乙姫は電撃を浴びせ掛ける。悲鳴を上げてのたうち回る相手に、彼女は、武器を構えたまま、数歩後退した。
「大丈夫か!?」
 響いた声に振り返ると、そこには、屋内捜索から戻ってきた九条の姿。
 彼は、乙姫の無事を確認すると、再び起き上がったキメラへと一気に距離を詰め、一息にその頭を蹴り砕いた。


「こちらは収穫なし、で御座いますね‥‥」
 無線機からの声を聞きつつ、ジェイは、ヤレヤレといった様子で、5件目の民家の玄関を出る。
「包囲されてるという事で相手も背水の陣‥‥それとも包囲されてる事もわかってないのかな?」
「確かに、逃げて来るなら遭遇もしましょうけれど」
 ショットガンを背負ってため息をつくすずに、ジェイは、少し笑ってそう返した。
「そう言えば乙姫やリアもですが‥‥すずと一緒に戦うのは初めてで御座いますね」
「そうだったね。‥‥それに、タヌキ‥‥はじめて見るな」
 タヌキといえば、近頃、最強のライバル・レッサーパンダの台頭によって、一部の動物園では隅に追いやられがちだが、案外可愛い。すずは、密かに期待している。
「――! ジェイ」
 突然覚醒したすずの目は、道端に停車した軽トラックの陰に釘付けになっていた。
「前衛は引き受ける。すず、援護を」
 吹き上がる光の柱の中、ジェイがライフルを構えて前へ出る。そして、トラックに隠れるようにして蠢く灰色の物体に照準を合わせ、引き金を引いた。
「逃がすものか!」
 ギャッと鳴いて跳び上がり、一目散に走り出したキメラの胴に、もう一発の弾丸がめり込む。
 じたばたともがき、地面を転がり回るタヌキメラに、すずの銃口が向けられた。
「大人しく山に居ればこんな事には‥‥もう、今更逃がしてはやらないけれど‥‥」
 ショットガンが火を噴き、散弾が容赦なくキメラの体を吹き飛ばす。
「すず、あれを」
 不意に、キメラの死骸を見下ろしていたすずが、ジェイの指差す方向へと視線を移し、動きを止めた。
「――あれは‥‥どう見ても、そう、だよね?」
「北西班、タヌキング発見。各員、急がれたし」

 ――彼らの視線の先には、何頭ものタヌキメラに護られた倉庫があった。


    ◆◇
 風上を避け、東西に分かれたスナイパー班が、倉庫の前庭を左右から挟み込むようにして草むらに身を潜めていた。
 ラウルのアサルトライフルとジェイのライフルは強弾撃の効果を帯びて倉庫の方を向き、さらに、すずのバロック、リアの洋弓アルファルが、それぞれに、倉庫前の七頭のタヌキメラを狙う。
「では行きましょう。狙撃開始!」
 フォルの合図のもと、のどかな山村に無数の銃声が響き渡る。
『ギィギュッ!!』
『キュイーーン!!』
 左右から突然降り注いだ弾丸と矢の雨に、前庭にいたキメラたちは、パニックを起こして逃げ惑い、次々に地面に倒れた。
 一斉射撃を命からがら逃れた三頭が、左右を避けて正面方向へと一目散に逃げ出し、農道を走り抜ける。
「通すと思うな!」
 その時、逃走を図るキメラたちの前に立ち塞がるようにして、倉庫正面の水田から、九条・フォル・朝の三人が姿を現し、迎え撃った。
 九条の足爪が灰色の獣を薙ぎ倒し、それを避けて飛び退った一頭を、フォルの朱鳳が一刀のもとに切り捨てる。残る一頭もまた、朝の振り下ろした大剣に頭を砕かれ、ごろりと土に転がった。

『きゅいいいいぃぃぃぃんッッ!!!!』

 次の瞬間、なんだか可愛い声を上げて、恐ろしくデカい物体が、倉庫の闇から姿を現す。
「き、キング!」
「うわ、ホントに王様だー!」
 あまりのデカさに、一瞬びっくりして声を上げるリアとラウル。これでタヌキそばなど、絶対に無理だ。
「みんな! 一気に終らそう!!」
 草むらから飛び出した乙姫が、練成弱体を発動させ、叫んだ。
 九条が大きく跳躍し、凄い勢いで突進してきたタヌキングの眉間に急所突きの一撃を加え、着地と同時に前脚を大きく抉る。
 痛みに体勢を崩した敵を見て、フォルは、流し切りで一気に近付き、側面に回り込んでその腹を裂いた。そしてさらに、返す剣で後肢の関節を狙い、急所突きを発動させる。
『ギュギギッ!』
 怒りの声を上げ、大きな顎を開いて九条に襲いかかるキメラ。
 だが、九条は素早く土を蹴って後退し、巨大なその牙を逃れた。
「赤宮流 神風乱射! 地に伏しなさい! タヌキング!」
 形勢不利を悟って逃げ出そうとしたキメラに、即射を発動させたリアの弾頭矢が三発立て続けに飛来し、火薬と肉の焦げる匂いが充満する。ラウルの放った強弾撃の弾丸がキメラを襲い、右前後肢と瞼のあたりを次々と貫いた。
「すず、これで決着をつけるぞ‥‥一発必中一撃必殺、吹き飛べっ!」
 ジェイとすずの二人が、貫通弾を装填した銃を構え、引き金を引く。
「くらえっ! ドラゴンショォォットッ!!」
 意味はわからないが、なんか凄そうなすずの叫びと共に、二つの貫通弾がキメラの腹にめり込み、血と肉を盛大に散らした。
 大きく傾いだキメラの脚を、朝の振り回す大剣が勢い良く叩き斬り、宙へと吹き飛ばす。
 そこへ、スパークマシンを前へ突き出した乙姫が躍り出て、九条の足爪に、練成超強化をかけた。
「今だよっ!!」
「ああ‥‥これで、終わりだ!!」
『ぎゅいいぃぃぃーーーーんッッ!!!』
 そして、断末魔の悲鳴とともに、頭蓋を割られたタヌキングは、大地を揺らしてその場に崩れ落ちた。


 平和な山村を占拠したタヌキの軍勢は、こうしてその歴史に幕を閉じたのであった――。


    ◆◇
 村人たちが見たという三頭の野犬だが、その後、山へと帰って行くところを目撃されたという。

 ちなみに後日、すずとジェイとの間で、このような会話が交わされていた。
「相手がタヌキという事だから、意外と今回の戦い全部――」
「皆、狸に化かされて‥‥と? それは‥‥ないと願いたい」

 本当に、ないと願いたいものである‥‥。