●リプレイ本文
『わんにゃんチャリティー2008』開催数日前、8人の傭兵たちは、UPC北中央軍本部、通称『レスキュー犬部隊』を訪ねていた。
まず、商品やイベントについて簡単な説明を受けた彼らは、続いて、事前に自分たちで練ってきた販売促進案を、クリスト中尉へ提出した。
その中で、簡単に提案が受け入れられたのは、『UPC印のTシャツをユニフォームにする』、『UPCのスタンプを商品説明書に捺す』、『展示スペースにイスを置く』、『レスキュー犬との記念撮影サービス』『チラシ配り』の五点である。このあたりは、部隊内の備品でなんとかなりそうだとのこと。
しかし、残念ながら却下されてしまったのは、『無料サンプルの配布』であった。
「ウチ、一応軍だからさー。しかも、今回はチャリティーだからね。タダで配れるほど、予算なくって」
やや情けない声でそう言って、クリスト中尉は、ぽりぽりと頭を掻いた。
「まあ、多少の予備はあるし、ブースに来たワンちゃんにペット用の水飲ませるぐらいならOKかな」
「そうさせて頂けると、嬉しいです」
提案者のホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が相槌を返すと、クリスト中尉は、Laura(
ga4643)とシュブニグラス(
ga9903)の方に視線を移す。
「救助犬のデモンストレーションを手伝いたいって? で、その後に販促デモか‥‥」
「こういったイベントには、職業犬のデモがつきものですから‥‥」
クリスト中尉に、櫻杜・眞耶(
ga8467)が、静かに微笑んで答えた。
「そっか‥‥じゃ、やってみる?」
Lauraとシュブニグラスが頷き、クリスト中尉は、なんだか楽し気な様子で一同を見回している。
「あとは、これだなー‥‥」
UNKNOWN(
ga4276)とホアキンの、『レスキュー犬が客に商品を渡す』という提案を読み返しつつ、クリスト中尉は低く呻いた。
「やはり、無理ですか?」
元々、一部の仲間からも否定された案である。言葉少なに尋ねるUNKNOWNに対し、クリスト中尉は、パタパタと片手を振って、やや考えるような素振りを見せた。
「まあ、当日までに、色々試して調整してみるよ」
「色々と無茶なことを提案してしまったようで、申し訳ない」
卓の上で両手を組み、少し頭を下げて言ったホアキンに、クリスト中尉は、
「いや? 言ってくれたほうがいいよ。できるできないは、俺が決めればいいんだしさ?」
相変わらずニコニコと笑った顔のまま、首を傾げた。
ここまで意見をまとめるのにも、実は結構苦労していた一同だったのだが、とりあえず、これを聞いてホッとした表情を浮かべる。
「気軽に、な?」
「‥‥はい」
ポン、と軽く頭に手を置き、声をかけたUNKNOWNに、エレナ・クルック(
ga4247)は、少し微笑って頷いた。
「じゃあ、最後に一言。みんなに接客の心得でも言っとこうか」
「心得って、笑顔とか?」
尋ねる朔月(
gb1440)に、クリスト中尉は、笑いながら首を振ると、一同を見渡し、口を開く。
「相手を理解し、受け入れてから、自分を理解してもらうこと。‥‥相手が人でも、犬でも、これが一番大事なことだから、忘れないようにね」
◆◇
「テン、今日はここで大人しくしててくれよ」
UPCブースの奥、裏方スペースに飼い犬のティエンランを繋ぎ終えると、朔月は、配布用のチラシが入った段ボールを手際よく開ける。
「俺もここで裏方だしさ。一人にするわけじゃないよ?」
展示用のヌイグルミにペット用の靴下を履かせつつ、朔月は、自分を見つめるティエンランに向け、優しく言い聞かせるのだった。
「UPCブースです〜人命救助のパネル展示とペット用非常袋の販売を行ってます〜よろしければ足を運んでくださいね〜」
会場直後、どこから回るべきか悩み、入口付近で各ブースの看板などを見て回る人々に、エレナは、満面の笑顔でチラシを手渡していた。
そのすぐ隣では、彼女とお揃いのTシャツを着た鳥飼夕貴(
ga4123)が、早速話し掛けてきたチワワ連れの客に、チラシの内容を説明中だ。
「大丈夫です。靴下は5サイズあって、試着はできませんが、ブースで採寸できます」
「フードはドライよね? うちの子、チキンにアレルギーが‥‥」
「非常袋に入っているのは、ラム&ライスのフードです。緊急時のものですから、全て成犬用になりますが、成分表示もありますし、安心ですよ」
チラシの裏面には、事前打ち合わせでLauraが質問した内容が、全て印刷されている。彼は、それを一つ一つ丁寧に確認しながら、ゆっくりと説明した。
「もし、原材料に不安なものがあれば、フードのお取換えもできますよ〜?」
エレナが、素早く無線でクリスト中尉にフードの交換の可否を確認し、フォローを入れる。
「そう? で、ブースはどこにあるの?」
興味を持った客がそう尋ねると、エレナは、鳥飼に目だけで合図をし、にこやかに返事をした。
「はい! UPCブースはこちらです〜」
その頃、ブースでは、水難救助犬のバルトによる、子ども連れ客向けサービスが人気を博していた。
「さあ、バルト、あちらのお嬢さんが呼んでいるよ」
ボールを持った子どもを手で指し示し、バルトを誘導しているのは、ハンドラーのアイカ・ヨウとUNKNOWNである。軍服とUPCTシャツに囲まれ、なぜか一人だけ黒の正服の彼は、ダンディとはいえ少々浮いていたりもする。
バルトのジャケットに紐で括り付けたキャスター付きのカゴに商品を入れ、ボールを持った客が名前を呼ぶと、バルトがカゴを引っ張りながらボールを貰いに行く、という単純なゲームだが、これがなかなか大ウケであった。
元々、これは災害救助犬のセーラがやる予定であったのだが、性格的な問題と、普段の仕事内容から見て、水難救助犬の方が『物を引っ張る』ことが得意だろう、と、バルトが担当することになったのだ。
そして、ペット用靴下を履いたセーラが、店頭にチョコンと座っていた。
「靴下って、嫌がったりしない?」
「そうですね。ですから、災害時に急に履かせるのではなく、普段から時々履かせて、慣れさせておくと良いでしょうね。最初は嫌がりますから‥‥ご褒美をあげたり、褒めたりして安心させながら、何日かかけて慣らしていってあげてください」
接客担当の櫻杜が、セーラの靴下に目を止めた客の質問に対し、にっこりと微笑みながら答えた。そのすぐ横を通り過ぎ、ペットたちの試飲用の水を裏から出したり、器を洗いに行ったり、お釣り用の硬貨を補充したりと大忙しなのは、裏方担当の朔月である。
「面倒な質問なら回してよ♪ 動物の知識なら専門知識も哺乳類限定だけど少しはあるしさ‥‥」
ハンドラーたちの手が開かない間は、朔月も接客に回ったりと、さらに忙しい。
「はい、撮ります。3、2、1!」
展示スペースの前方では、ホアキンと災害救助犬・チャンプによる、記念撮影サービスが行われていた。
「わー、かわいいー!」
「きゃー!」
写真を撮り終え、わさわさとチャンプを撫で回そうとする子どもたちに、ホアキンは、インスタント写真を手渡し、
「大きな声で沢山触ると、ワンちゃんが驚いてしまうからね。小さい声で、ワンちゃんにお礼を言えるかな?」
叱られているように感じないよう、相手の目線に合わせてしゃがみ、やんわりと制止をかける。
「わんちゃんありがとうございました!」
「ござーました!」
ペコリ、とお辞儀をして母親の元へと走って行く子どもたちを見送ると、ホアキンは、再び立ち上がってカメラを構えた。
「次の方、どうぞ!」
◆◇
「皆さ〜ん、こんにちは〜!! 今日は、と〜っても暑い中、来てくれてありがとう!」
シーソーや平均台、トンネルなどが置かれた広場で、軍服にハイヒールのLauraがマイク片手に声を張り上げる。
「これから行われますのは、UPC北中央軍に所属します災害救助犬・セーラのデモンストレーションです!」
湧き上がる歓声と拍手の中、クリスト中尉とセーラが、広場をぐるりと一周して観客に挨拶をした。
「さあ、皆さん! 左に見えます大きな木箱、何だと思いますか? 実は、あの中に、セーラの救助を待っている、私たちの仲間がいるんです」
Lauraが手で示したのは、数々の障害物の先に置かれた3つの木箱である。もちろん、1つはシュブニグラス入りだ。
「セーラは彼女を見つけることができるんでしょうか!? それでは、よろしくお願いしまーす!」
Lauraの合図で、クリスト中尉が号令かけると、セーラは、今までの大人しさが嘘のように、元気よく走り出した。
シーソーを難なく越え、トンネルをくぐり、平均台の上を慎重に進む。
そして、瓦礫に見立てた段ボールの山を嗅ぎ回り、瞬く間に、例の3つの木箱の前までやってきた。
セーラは、木箱の前で鼻を上に向け、クンクンと空気中の匂いを探る。
そして、右端の木箱の前で立ち止まり、ワンワンと大きな声で吠え始めた。
「さあ、皆さん、注目の瞬間です!」
観客の視線が集まる中、木箱の蓋が開けられる。
そこから出てきたのは――黄色いTシャツが眩しいシュブニグラスであった。
「見事、正解で〜す!! 皆さん、救助犬のセーラに拍手をお願いしま〜す!!」
シュブニグラスに褒められ、大喜びのセーラに、盛大な拍手が送られる。
クリスト中尉が観客に向けて手を振り、仕事を終えたセーラとともに会場を後にすると、Lauraは、『ペット用非常袋』を手に、広場中央へと進み出た。
「ところで皆さん、『ペット用非常袋』ってご存知でしょうか? そう、災害時にすぐ持ち出せるよう、フードや水を入れておく袋のことですね」
Lauraの隣に立つシュブニグラスが、商品の中身を一つ一つ取り出して掲げ、わらわらと集まってきた観客たちにアピールする。
「今の時代、これくらいはペットにも必要ねぇ」
「ほんとにねぇ。昔じゃ考えられないわよねぇ」
ブルーの靴下片手に、シュブニグラスが感心したような声で呟くと、前列にいた見知らぬおばさんがそれを耳に留め、ウンウンと大きく頷いて同意した。
「UPC北中央軍ブースでは、水やフードはもちろん、救急箱やペット用の靴下もセットになった、こちらの商品を販売しています」
「災害時には、ガラスなんかの破片で足を切らないよう、靴や靴下を履かせるといいのよ」
の前で、シュブニグラスが、災害救助犬のチャンプを使い、ハンドラーとともに、手際よく靴下を履かせるための実演を始める。
――こうして、工夫を凝らした傭兵たちの販売努力が実を結び、『ペット用非常袋』は、午後2時の段階で見事に完売となったのだった。
◆◇
「1人じゃ迷いそうなので一緒にまわってもらえませんか?」
「もちろん。ふれあいコーナーにでも行くかな?」
自由時間になり、他ブースへと出掛けようとするUNKNOWNに声を掛けたのは、エレナであった。自然に手を繋ぎ、人混みから彼女を守って歩く彼に、エレナは、頬を真赤に染めながら付いて行く。
「人混みで、よく見えないだろう」
「え――は、恥ずかしいです〜‥‥」
背の低いエレナを気遣い、UNKNOWNは、彼女を肩車してやった。エレナは、さらに恥ずかしそうに目を伏せたものの、やがて、道の向こうに犬を見つけると、
「あ! あの子可愛いです〜! 会場にいる動物がたくさん見えます〜」
落ちるんじゃないかというほど、はしゃいで見せた。
櫻杜は、会場内に設けられた里親募集コーナーを訪れ、ケージの中の犬猫たちを眺めて過ごしていた。
「えらい大勢の子が飼い主はん亡くしてるんやなぁ‥‥」
この場で直接引き取りができるわけではないため、会場に来ている犬猫はシェルターに収容されている中のごく一部に過ぎないが、それでも、激戦地であるアメリカの厳しいペット事情を知るには、十分すぎる数である。
「ええ飼い主はんに巡り逢えるよう、私も祈ってます‥‥早く見つかるとええね」
じっと目を合せ、何かを訴えかけるかのように見つめる白い犬に、櫻杜は、優しい声でそう言葉を掛けた。
「俺は猫が見たいんだ」
そう宣言し、広い会場内を歩き回っているのは、ホアキンであった。同じく猫派のシュブニグラスとともに、既に半分以上の猫スポットを堪能済みである。
「傭兵だとなかなかペットって飼えないのよねぇ‥‥毎回毎回仕事の度に、誰かに預けないといけないもの」
「兵舎内に、ペットホテルでもあれば安心だと思うのだがな」
そんなこんな言いながら、次に二人が訪れたのは、わんにゃんサーカスの『にゃんにゃんアクロバットショー』だった。
「‥‥さーて、どんなにゃんこがいるかにゃー‥‥」
微妙に猫口調になってしまっているのは無意識なのか、ホアキンは、結構ドキドキしながら開演時間を待つ。
隣のシュブニグラスはというと、扇で顔を扇ぎつつ、静かにサーカスのパンフレットを眺めていたのだが――
開演のブザーが鳴り、軽快な音楽に合わせ、沢山の猫たちがゾロゾロと登場し始めたと同時、彼女の心のスイッチが入ったらしい。
「見て! ロシアンブルーじゃない? いつ見ても綺麗な毛並ねぇ‥‥。あら、あの足が短い子は、何て種類だったかしら?」
シュブニグラスは、ステージに集結した猫たちに熱い視線を送りながら、うっとりと吐息混じりの声で語り始めたのだった。
「きみは、もうどこか回ってきたの?」
ドッグランのそばにある飲食スペースで、看板犬の頭を撫でて癒されつつ、鳥飼は、たまたま通りかかったLauraに、一言そう問いかけた。
彼は、あとでゆっくり食べようと置いておいた弁当を食べながら、ドッグランの犬を眺めたり、看板犬たちと戯れたりして、のんびりと自由時間を過ごしていたのだ。
「ええ。物販コーナーと、あと、募金コーナーにも行ってきました」
「募金か‥‥里親募集ブースにあるのかな?」
「いえ、本部にありましたよ。でも、ものすごく人がいて、なかなか進めませんでした」
Lauraはそう言って椅子に腰を下ろし、ふう、と大きく息をついた。
ドッグランの中では、朔月とティエンラン、展示スペース休憩中のチャンプが、ボール遊びをしている。
「チャンプ! テンちゃん! 投げるよー!」
朔月が思いっきり投げたボールを、2頭がじゃれ合いながら追い掛けていく。
「チャンプ、偉いね〜!」
ボールを咥えて戻ってきたセーラの頭を撫で、朔月は、「『おりこうで可愛い』ってのは全部の犬共通の呼ばれて嬉しい愛称だしね♪」と言いながら、大袈裟なほど褒めまくった。
◆◇
こうして、『わんにゃんチャリティー2008』は、当初見込んでいたより多くの入場者数をあげた。
UPC北中央軍のブースも人気を博し、クリスト中尉より改めて感謝の意を述べられた傭兵たちは、思う存分動物たちとのふれあいを楽しみ、日が暮れるまで遊び続けたのであった――。