●リプレイ本文
●決戦前夜
日本橋近くのビジネスホテル内、ラウンジ。
「サイエンティストのヴィーと申します。お役に立てるかどうか分かりませんが、精一杯サポートさせていただきます」
フカフカのソファーに腰を下ろしたまま、ヴィー(
ga7961)が礼儀正しくお辞儀して微笑んだ。
「しかし‥‥人面牛? また濃いな」
「‥‥バグアも何を思って、このようなキメラを作ったりしたので御座いましょうかね?」
人面牛の頭部――つまりヲタク顔部分をズームで撮った写真(A4判)をテーブルの上に置き、静かに呟きを漏らす榊 紫苑(
ga8258)とジェイ・ガーランド(
ga9899)。
「‥‥なんと言いましょうか、一部の人間とバクアは共存できるのかもしれませんね‥‥」
シア・エルミナール(
ga2453)は、片方のこめかみを押さえ、言う。
「それでは明日は、街がにぎわう前に、速やかにキメラを廃して平和を取り戻しましょう」
ルームキーを手に立ち上がるジェイ。だが、そこで、ラウンジから夜十字・信人(
ga8235)と鴇神 純一(
gb0849)の姿が消えていることに気付き、乾 幸香(
ga8460)とヴィーが、声を上げた。
「そういえば、夜十字さんと鴇神さんは‥‥?」
「え? そこにいたと思うんですけど‥‥」
二人はそう言って、キョロキョロと辺りを見回す。
「さっき出てったよ?」
チョコバナナパフェを食べていた白鴉(
ga1240)がそう言うと、ジェイは、やや眉を顰め、聞き返した。
「どこへ、で御座いますか?」
「夜十字さん、外行くって言ってた。えっと、それから鴇神さんは〜‥‥」
白鴉は、少し考え込むように視線を天井へと向け、小首を傾げる。
「‥‥スネ毛がどうとか言ってたっけ? 何の話だろ?」
『?』マークを浮かべる白鴉に、一同は、しばし沈黙し――
「‥‥‥‥スネ毛‥‥?」
やっぱり理解に苦しむのであった。
●8人のメイド服VSヲタク面牛キメラ 〜未明のポンバシ攻防戦〜
「うおおぉぉッ!? 痛恨のミスッ!!」
「マジで!? それ、スネ毛抜いた意味ないよね!? 全っ然ないよね!?」
無人のメイド喫茶。そこに、鴇神の雄叫びと白鴉の爆笑が木霊した。
メイド服を華麗に着こなすべく、ヤル気満々でスネ毛を抜いた鴇神。しかし、彼の希望したメイド服は、袴にエプロンの和風メイドである。
早い話が、脚なんか見えない。
「女装は趣味では御座いませんが、キメラ撃破のためとあっては致し方ありますまい‥‥」
「‥‥作戦の成功率向上の為、羞恥心は黙殺。‥‥それがプロだ」
打ちひしがれる鴇神の横で、なぜか軍服の上からメイド服を着込み、どこか諦めたような顔のジェイ。そして、よくわからないことを口走りつつ、寝惚け眼なのは、夜十字である。彼は昨夜、長身だったり小柄だったりのメンバーのために、女装メイド喫茶を回ったりミシンをいじったりと、色々あって寝不足気味なのだ。
「メイド服? いや、似合わないと思うんだが、着ないと駄目か?」
「楽しいよ〜? 着なきゃ損だよ〜?」
あんまり気が進まない様子の榊に、すっかりメイド姿の白鴉が、怪しい笑みを浮かべつつ迫り、更衣室に押し込める。
それと入れ替わりに、着替えを終えた女子メイド集団が、バックヤードから出てきた。
「まさかこんなフリフリのメイド服に身を包む事があるとは思いませんでしたけど‥‥これはこれで楽しいので、ありですね」
「あう、小さいサイズがあって、助かりました」
結構嬉しそうに言う乾の横で、かなり小柄なヴィーが、ややはにかんだ表情をみせる。
「‥‥」
「お、みんないいねベリィキュートだぜw 特にシアなんか長い黒髪が相まってベストマッチ☆」
女性陣の中で唯一不本意そうなシアの背後から、にゅ〜、と現れたのは、スネ毛ショックから回復した和風メイド。
「ほれほれ、照れてんのか? そんな仏頂面じゃ折角の可愛い顔が台無しだぜ、スマイルスマイル☆」
「‥‥」
妙にテンションの高い鴇神に頬を伸ばされながら、シアは、『こんなに明るく振舞ってるけど、この人、今日から当分短パン穿けないんだな』的な事を心の中で思い、されるがままになっていた。
「あう、榊さん‥‥お似合いです」
しばらくして、更衣室から出てきた榊。長い髪を解き、なんだかすっかり本格メイドな彼は、ヘッドドレスを手に、四苦八苦していた。
「ところで、これはどう着けるんだ?」
「‥‥それは、髪を少し捻り、ピンで挿すとずり落ちにくい」
妙に詳しい夜十字。彼のヘッドドレスのポジションは完璧だ。
「榊さん、私が着けましょうか?」
なかなかうまく着けられない榊の肩に片手を置き、乾は、背伸びをして彼の頭の上のヘッドドレスを掴み取る。
「――‥‥」
「あ、あら? 榊さんっ!? た、大変です! ジンマシンがっ!?」
「榊君!? どうしました!?」
傍目に見てもヤバイぐらいのジンマシンを発症しつつ、ぱたり、とその場に倒れる榊。そして、慌てて駆け寄る最高身長(着ぶくれ)メイドのジェイ。
――榊 紫苑、最大の弱点は、女性アレルギーであった。
◆◇
今回の作戦の大筋の流れは、交差点の二角に立つビルの二階に、ジェイとシアがそれぞれ待機。囮役の白鴉・乾・鴇神の三人が付近を歩いて人面牛をおびき出し、交差点まで誘い出したところで、潜んでいたヴィー・夜十字・榊の三人とともに殲滅する‥‥というものである。
今朝は交通整理で人払いをしてあるため、『物陰に潜むメイドな男子』が一般人の目に触れるような心配は、しなくてもよさそうだ。
「俺がメイドさんになっちゃった‥‥みんなでコスプレも楽しいね!」
とりあえず囮役の三人は、交差点の周囲を廻り、路地や建物の影を見て回っていた。
「こんなところにいたりしませんよね。まさか‥‥って‥‥」
そう言って、乾が何本目かの路地を覗いた時である。
ソイツは、いた。
「何あれ、人面牛だよ人面牛! ちょ、写メ撮るしかないって!」
「バグアも何を考えているんでしょう? こんな痛いキメラを作るなんて‥‥」
存在自体がイヤガラセかウケ狙いの人面牛を前に、白鴉は、それはもう大興奮で写真を撮りまくる。その後ろで、やや脱力気味なのは、乾である。
「あんな形だけど生まれてきた以上、生きる権利があるはずですけど‥‥速やかに本来居るべき場所へ返してやるのが本当の慈悲ですよね」
「いやいや! ってか、アレはどこに返すべきだよ?」
鴇神の声に反応したか、人面牛が、『ん?』みたいな顔をして、こちらを振り返る。
「頑張れ俺、フェロモン出してあいつを誘き出すんだ!」
エプロンをはためかせて挑発する白鴉に、人面牛は、徐々にニキビ面を紅潮させ、激しく鼻息を噴出し始めた。
『‥‥めいどぉぅすわぁん‥‥』
「毎日おいしい牛乳を届けてくれる牛さん達‥‥だけどこいつらってカオス‥! うわわっ、来た来た! 来たよー!!」
誘っておきながらつれないことに、接近するヲタク顔を本気で嫌がり、白鴉は、素早く跳んで横に避ける。
直線的な突進など、かわすのはたやすい――鴇神は、エプロンと小太刀を手に、人面牛を待ち受ける。
「よっ――と‥‥おッ!?」
だが、意外と牛もバカではなかったらしい。
エプロンに当たる直前で向きを変え、体当たりをかましてきた人面牛に、鴇神は、数メートルも後方へと吹っ飛ばされる。
それでもエプロンを取り落とさなかった彼に、人面牛は、『チッ』とでも言いたげな顔で、再び突進をかけた。
「痛ってえな! 何しやがる!」
素早く起き上がった鴇神が、今度は万全の注意を払いつつ、人面牛を迎え撃つ。
『めいどぉぅすわぁぁぁぁん!!!』
身を翻し、熱烈な体当たりをかわす鴇神。すれ違いざまに氷雨で突いた牛の背中から鮮血が飛び、風にたなびく真っ白なエプロンを赤く染めた。
「こっちですよ、ご主人様!」
フリルの裾をはためかせ、乾と白鴉が人面牛の攻撃をかわしつつ、交差点まで誘導する。
そして、大通りの交差点、その中央まで人面牛が誘い出されたところで、隠れていたヴィー・夜十字・榊の三人が飛び出した。
――が、次の瞬間、人面牛を目の当たりにした三人が三人とも、『これはキツイ!』といった表情で、息を呑む。
「‥‥じ、実物は怖さも‥その‥気持ち悪さも1.5割り増しです‥‥」
スパークマシンαを構えたヴィーが、思わず一歩後ろに下がって呟いた。
「あう、早く倒しちゃいましょう!」
人面牛に本能的な嫌悪感を覚え、ヴィーは、練成強化を発動した。手にしたスパークマシンから溢れた仄かな光が、皆の持つ武器に吸収され、淡い光を宿らせる。
「顔は色々な意味で攻撃したくないからお尻を叩くぜ!」
「‥‥お前達も、若き日の俺のように、メイドと言うものに心を弄ばれた被害者‥なのかもしれんな」
またわけのわからない過去を披露して牛の気を引いている夜十字と連携して、最前列の白鴉が、牛の顔面が視界に入らない位置取りで動き、素早く側面から流し斬りの一撃を叩き込んだ。
『めいどぉぅすわぁん!?』
人面牛がビックリして後ろを振り返った、その瞬間を狙い、夜十字は、両断剣と流し斬りを発動させる。赤い光を纏ったクロムブレイドが閃き、横合いから敵の腹を裂いた。
「‥‥黒毛か‥‥そんな顔でなければな‥‥」
彼は少しだけ、ビールが恋しくなったりした。
「お帰りなさいませ、ご主人様。熱いシャワーをご用意しております」
ビルの二階から交差点を見下ろし、シアは、そう呟いてスコーピオンを構えた。
ヘッドドレスを揺らし、眼下で入り乱れる人面牛と仲間たちの方向へと銃口を向けると、彼女は、引き金を二度、引いた。
『めいどぉぅすわぁあんッ!!!』
強弾撃で威力の増した銃弾がめり込み、悲鳴らしき声を上げる人面牛。
「傭兵たちとのダンスをごゆっくりお楽しみくださいませ」
「‥‥ところで、そもそも前線に出ない私が着る必要は、あったので御座いましょうかね?」
その頃、シアのいる位置とは対角線上のビルの中で、着ぶくれ巨大メイドと化したジェイは、しきりに首を傾げていた。
彼は、ライフルを構えて、人面牛に狙いを定める。
「一発必中一撃必殺‥‥喰らえっ!」
急所突きを使い、銃身から吐き出された弾丸を脇腹に浴び、人面牛の絶叫が響き渡った。
そして、顔を上げたジェイは、視界の端に、白黒の妙な物体が映り込んでいることに気付き、咄嗟にメガホンを取る。
「――! 夜十字君後方に2匹目発見!速やかに追い込め!!」
『めいどぉぅすわぁぁぁぁん!!!』
「――うっ!?」
一頭目の突進が体を掠め、夜十字がたたらを踏んだ。そこへ、物凄いスピードで二頭目が接近する。
「鼻息が来るよ!!」
二頭目の鼻から白い煙が噴き出したのを見て、白鴉が大きく横に跳躍した。
瞬く間に交差点に広がった白い鼻息が、範囲外に逃れた榊の髪を掠め、紙一重で避け切れなかった乾と鴇神の二人に襲い掛る。
「‥‥あ‥‥」
生気が抜けていくような感覚に、二人は地面に膝をついて呻いた。
「はた迷惑だな? おとなくしく、料理されるんだな」
鼻息が引くと同時、飛び出した榊の蛍火が一閃し、手近にいた一頭目の肩口から脚までを切り裂く。さらに、返す剣で、気味の悪い頭ごと、長く伸びた首を完全に斬り飛ばした。
地響きを上げて崩れ落ちる一頭目を避け、二頭目が加速をかけ、交差点の鴇神を狙う。
やたらと彼ばかり狙われる気がするのは、やはりメイド姿の完成度の問題か。
「お帰りなさいませご主人様☆ 幸香さんご指名でーす☆」
鴇神は即座に立ち上がると、突進してくる牛をひらりとかわし、すかさず小太刀で突く。そして、彼の後ろに待ち構えていた乾が、両断剣に強化されたバスタードソードを振り被り、微笑んだ。
「そろそろご出発のお時間ですよ、ご主人様」
『めいどぉぅすわぁあんッ!!!』
強烈な斬撃を浴び、悲鳴を上げて駆けずり回る人面牛。そこへ、ヴィーの発動させた練成弱体が効果を表し、牛の防御力を著しく低下させる。
そして、ヴィーは、息つく間もなく練成治療を発動させと、柔らかな光で鴇神の傷を癒すと、そのまま救急セット片手に、乾の方へと駆け寄った。
「そろそろ終わりにしようぜ!」
白く美しい長槍を華麗に操り、大きく踏み込みながら、切先を人面牛の胸へと潜り込ませる白鴉。脂汗を浮かべて悶え苦しむ牛の体に、二方向のビルからの銃弾が、次々と撃ち込まれていく。
力を失い、人面牛は、ガクリと前脚を折って膝をついた。
『‥‥めいどぉぅすわぁん‥‥』
死を覚悟した人面牛の前に立ち塞がったのは、フリルのスカートをなびかせ、フォルトゥナ・マヨールーを手にした夜十字であった。
彼は、地面にうずくまる人面牛を見下ろし、銃口を押し当てると、静かに口を開く。
「冥土の土産だ‥‥持って逝け」
『めいどぉぅすわぁぁぁぁん!!!』
早朝の日本橋に、メイドさんを呼ぶ声が木霊した――。
●本番はこれからです
「お疲れ。しかし、濃かった。悪夢見そうだ」
蛍火についた血を拭き取り、榊は、首を左右に倒して肩を伸ばしつつ、呟いた。
「ダンスは如何でしたか? ‥‥疲れてお休みのようですね」
「‥‥それにしても、アレを創ったバグアは何を思って創ったんでしょう‥‥」
人面牛の死体を前に、シアが淡々とした言葉をかける。その隣で、解けない謎を口にしながら、苦笑いのヴィー。
「それにしても、鴇神君の完成度には、ヲタク面牛もまっしぐらで御座いましたね」
「おいおい、俺、メイク崩れまくりだぜぇ?」
ジェイに言われて思い出したか、鴇神は、慌てて鏡など見始めた。
「そういえば、メイド服、ちょっと破れたり汚れたりしてしまいましたけど‥‥大丈夫でしょうか?」
「‥‥大丈夫だ。時間はある」
スカートの汚れをチェックしながら尋ねた乾に対し、夜十字は、きっぱりと言い放つ。
「‥‥これを借りたメイド喫茶は‥‥今日から一週間、浴衣イベントに突入するからな」
「え? マジで!? 楽しそー! このまま行く? って、嘘だけど」
これに反応したのは、日本橋という街にテンション上がりっぱなしの白鴉であった。
「あう、でも、楽しそうです」
「腹も減ったからな! 着替えて、メイド喫茶でモーニング、なんてどうだ?」
なかなか通な提案をしたのは、メイク直しも終わった鴇神である。
「お腹は空きましたけれど‥‥」
「まあ、私は、どこでも結構で御座いますよ」
シアとジェイが他のメンバーの顔を見回したが、特に際立って反対意見はなさそうに見えた。
日本橋というのは、珍しい町である。皆、興味がないわけではないのだろう。
「よーし、じゃ、討伐完了! だけど今日のメインイベントはこっからだぜ、みんな!」
「今日は歩き倒すぜ!」
白鴉と鴇神、ノリノリの二人を先頭に、8人のメイドたちが、無人の日本橋を歩き始める。
それは、彼らの想像以上に、摩訶不思議な光景であった‥‥。