●リプレイ本文
「みんな、いよいよ出番ね!」
舞台裏に設けられたテントの中、アウローラは、集められた8人のモデルたちを前に、満面の笑みで声を張り上げた。
「ウェディングドレス‥‥やっぱり、憧れ‥‥です」
「お、俺がウェディングドレスを着られる日が来るとは‥‥!!」
全身鏡に自分のドレス姿を映し、感激に浸る五十嵐 薙(
ga0322)とラガーナ・クロツ(
ga8909)。
この日のためにブライダルエステのフルコースでピカピカに磨き上げられたモデルたちは、今、各々がデザインしたウェディングドレスに身を包み、最高の輝きを放っていた。
「あの、すみません」
照れたように頬を染め、進み出たのは、智久 百合歌(
ga4980)であった。
「カタログ前の写真、少し分けて頂けませんか? 実は‥‥来月、再婚するんです。彼に最初に見せたいのでっ!」
「あ、そーなんだー。おめでとー! いいわよ、後で送ってあげる」
「いいわねぇ。ブライダル業界的に、再婚って大歓迎なの」
新郎でも意識したか、白いモーニングを纏ったジャンが、入口近くの長机に腰を下ろしたまま、片目を瞑ってみせる。
「私は、あんまり結婚というものに夢を持っていないのですが、夢を持っている人は幸せになって欲しいと思うのですよ」
何となく達観的なコメントを呟いているのは、小川 有栖(
ga0512)。これでも最年少14歳。
「結構、人が入ってるみたいだね」
会場のざわめきを聞きながら、桜塚杜 菊花(
ga8970)は、かなりの力作となったアイメイクを、鏡に映してチェックする。
「暁さん‥‥あたしに、勇気を‥‥下さい‥‥」
「薙さん、大丈夫ですよ。とっても綺麗です。きっとみんなみとれちゃいます」
「その通りですわ。薙ちゃん、楽しみましょう♪」
想い人の名前を呼んで緊張気味の薙に、優しく話し掛ける淡雪(
ga9694)とラピス・ヴェーラ(
ga8928)。
「‥‥ウェディングドレスの‥‥ショーですか? ‥‥男で女装ですけど‥‥良いんでしょうか?」
「ほんと、みんな素敵よ。アタシがノーマルだったら、ほっとかないわ〜」
「‥‥」
鏡に映る自分を見つめながら、疑問を口にしていた神無月 紫翠(
ga0243)だったが、ちょっと変わったショー企画者の一言に、口を動かすのを止めた。
そこで、会場の様子を窺っていたアウローラが振り返り、大きく一度、手を叩く。
「さあ! 始まるわよっ! みんな、がんばってねー!」
◆◇
「いよいよ始まりました、能力者ウェディングドレスショー! 女性能力者といえば、戦場に咲く可憐な花! そんな彼女たちが、今日はどんな一面を見せてくれるのでしょうか?」
白で統一された教会風の会場に、MCのナレーションが響き渡る。
「一番手は、今回、オルガン演奏も担当してくださる、智久 百合歌さん!」
皆の視線が集まる中、ロングドレスに身を包んだ百合歌が、にこやかな微笑みとともにステージへと進み出る。
柔らかな質感のレースとドレープが美しい彼女のドレスは、左肩を大胆に露出した白のワンショルダーであった。
スカート部分は女性らしいAラインに加え、裾に向かって白から淡いブルーへと穏やかなグラデーションが広がり、たっぷりとしたドレープの中心には、左のウエストにつけた優しい空色のシルクフラワーがあしらわれている。
爽やかな寒色系のドレスに、紫のトルコ桔梗とブルースター、それに動きのある緑の葉でボリュームを出したオーバルタイプのブーケ。
ショーの写真を分けてもらう約束を取り付けた百合歌は、幸せいっぱいの笑顔で観客席へと手を振った。
そして、ステージの先端まで来ると、百合歌は、おもむろに手にしたブーケをスタッフに手渡し、優雅に一礼すると、右手に持っていたフルートをバトントワリングのようにクルクルと回し始める。
――おおおっ!!
突如、会場にどよめきが走った。
一瞬の内に、百合歌のドレスが、ミドル丈のマーメイドラインに早変わりしたのだ。
Aラインのオーバードレスを脱いだ百合歌は、先程とは打って変わって活発な動きで手を振り、踵を返すと、笑顔のままフルートを吹き始める。
澄んだ音色が青空を渡り、彼女が短い演奏を終え、ステージの奥でお辞儀をすると、たちまち歓声と拍手が巻き起り、ステージを包み込んだ。
「さあ、続きましては、五十嵐 薙さん!」
リズミカルな音楽とともにステージに現れたのは、頬をわずかに赤く染めた薙であった。
スカート部分は、花びらを模したふわふわのオーガンジーを幾重にも重ねた丸みのあるシルエットで、内側が濃いピンク色、外側が桜色のグラデーションとなっているドレスである。
こちらも大胆なデコルテラインで鎖骨と肩の上部を出し、スカートも後ろが長く、正面部分は膝丈といった脚の見えるデザインではあるものの、レースの七分袖と猫耳のようなミニティアラが露出を抑え、可愛らしさを加えていた。
お揃いのドレスを着せたクマさんのぬいぐるみをブーケがわりに抱え、薙は、やや硬い動きでステージの中央まで進み、しっかり顔を上げて、口を開く。
「え‥‥えっと、あたし・・・・今‥‥幸せです! 五十嵐薙‥‥好きな人に‥‥見合う‥‥素敵な女性に‥‥なれるよう、頑張ります!」
赤面し、ところどころ詰まりながらではあったが、実に初々しい挨拶を披露した薙に、観客席から、ひやかすような、祝福してくれているような、歓声と口笛が鳴り響いた。
薙は、恥ずかしそうに頬を染めながら、クマさんをステージの床に置き、くるりとターンしてその場に座る。すると、ふんわりとしたスカートが、まるで大輪の花のように床に広がり、薙の笑顔を包み込んだ。
「続いて、桜塚杜 菊花さん!」
ここからは百合歌のオルガン演奏も加わり、シックなラブソングが流れる中、ステージの足元に白いスモークが焚かれ始める。
陽光を受けてキラキラと輝くシャボン玉と、ふわりふわりと舞い落ちる白い羽根の向こう側から、軽やかに、菊花がステージ中央へと歩み出た。
白シルクを素材とし、ボディラインに沿ったマーメイドラインのドレスは、肩紐のない、背中を編み上げのように紐で締めたビスチェタイプでバストが強調され、二の腕までのロンググローブが、逆に過度の露出を抑えていた。
スリットから青いガーターベルトが覗くスカートは、やや長めにとったトレーン(引き裾)と、ウエストから伸びるオーガンジーで作られたドレープの飾りが、エレガントな印象を与える。
そして、左サイドを残した夜会巻きに青く染めたバラを飾り、ヴェールの下のイヤリングとチョーカーも青バラがモチーフと、白と青の対比が鮮やかな中に、白いカラーを3本束ねたアームブーケが清楚な雰囲気をプラスしていた。
舞台映えする長身の彼女に観客が見惚れている間に、菊花はステージの先端まで歩き、そこで、一番前の席に座っていた男性を一人、舞台に上げた。
恥ずかしいやら嬉しいやらでぎこちない動きの男性を新郎役に、彼女は腕を組み、ターンを決めると、長いトレーンを引いて優雅にステージを歩いて行ったのであった。
「そして次は、最年少の小川 有栖さん!」
コールと同時にスキップで登場した有栖のBGMは、ポップス調のラブソング。
「ショーは楽しいですよね〜♪」
緊張の色など全く見えない、実に楽しそうな有栖が手にしているのは、色とりどりのハート型の風船を束ねた、可愛らしいバルーンブーケである。
「足が地に付かないといった感じで、風船なのです」
正面がミニ丈、後ろが脹脛まであるスワロウテイル風のビスチェドレスは、サテンの生成り色のゴスロリ調。胸元のカットはハートシェイプ、そこから縦に施されたタックレースとフリルが甘い印象を与え、白い胸元にハートのチョーカーがよく映える。
そして、スカートの裾にもあしらわれたタックレースとフリルがふんわりとしたシルエットを作り、さらにその上から、同じくタックレースとフリルをふんだんに使った半円形の生地が、左右・前後の順に重なり、かなりデザイン性の高い出来上がりとなっていた。
彼女は、フリルペチコートでボリュームを出したスカートを翻し、くるりと一回転してにっこり笑って見せると、客席の女性たちにブーケの風船を一つずつ、配り始める。
「楽しんでいってくださいね〜!」
風船を配り終えた有栖は、元気よく客席に手を振り、楽しげにスキップをしながら、ステージ袖へと戻って行った。
「続いては、ラガーナ・クロツさん!」
荘厳な音楽が流れ、ステージへと歩み出たのは、純白のシルクのドレスに身を包んだラガーナ。
「はきなれないものをはいて足元がグラグラする‥‥」
ヒールのお陰でちょっと足元がおぼつかないが、長身の彼女には、やはりマーメイドラインが良く似合う。
やや筋肉質な彼女は、あえてそれを隠さず、スカートの後ろにあしらった段フリルや長めのヴェールで女性らしさをプラスし、さらに、胸元に宝石を散らして、シンプルかつゴージャスなデザインに仕上げた。
そして、ライラックやブルーダイヤのチューリップでボリュームを出し、スイートピーとアイビーの蔦で長さを出した紫のキャスケードブーケが、手元を華やかに彩る。
ふらつくラガーナがステージの先端に辿り着くと、すかさずスタッフが飛んで出て、床に置いたブロックの上に数枚の瓦をセットし、彼女を促した。
全体的に?マークが飛び交う観客を前に、ラガーナは、思い切り拳を振り下ろす。
――おおおっっ!?
木端微塵に砕け散る瓦と、土台だったはずのブロック。
観客席はどよめき、やがてそれは、大歓声へと変わった。
「テーマは、長身の女性、そして、力強い女性のブライダル、だ!」
歓声に応えながら、ラガーナは、マーメイドラインのドレスにしては大股で、ステージを後にする。
「さあ、次は、ラピス・ヴェーラさん!」
クラシックをバックに、ドライアイスの煙の中から、純白の翼を背にしたラピスが、まるで天使のように柔らかな微笑みを浮かべ、登場する。
プリンセスラインのドレスは、ピンク色のラメが輝くグリッターオーガンジーをふんだんに使い、ウエストの切り替えが斜めに入ったデザイン。大きく開いたビスチェの胸元には、ロザリオとチョーカーが光り、露出した白い肩を、レースのヴェールが優しく覆い隠していた。
そして、サテン製のリボンやバラのモチーフが清楚なドレスを華やかに飾り、斜めに載せたクラウンは、四つ葉のクローバーがモチーフ。
清楚で可愛らしい中にも、大胆なカットが大人の女性の魅力を引き出す、長身でも小柄でも気にせず着られそうな仕上がりである。
白とピンクの八重咲きチューリップを桃色のリボンでまとめたキャスケードブーケを手に、ラピスがステージの先端で身を翻す。
すると、ドライアイスの薄い煙がその風圧でふわりと空へ掻き消え、降り注いだ温かな陽光の中、彼女のドレスがキラキラと美しく輝いた。
観客席から沸き起こる感嘆の声を背に受け、ラピスは、慣れた足取りで優雅にステージをこなしたのであった。
「さて、いよいよ残るは二人! 次は、淡雪さんです!」
淡雪がステージ袖から軽やかに進み出ると同時、メルヘン風のBGMが会場を包み込む。
観客席からの応援に、にこにこと微笑みながら手を振る彼女の純白のドレスは、プリンセスラインのオーソドックスに近いデザインである。
袖が一切ない代わりに、肘上までのロンググローブを着け、胸元から伸びた長いレースのリボンをうなじの辺りで結んで、レースアップの背中にかかるようなつくりになっている。ふんわりとしたスカート部分は、シフォンとレースを重ねて柔らかな印象を与え、彼女の愛らしさを十分に引き立たせていた。
淡雪が体の向きを変える度、両サイドの髪に飾った白い花とリボンが風に揺れ、両手に持ったラウンドブーケの香りが彼女の鼻先をくすぐる。
彼女は、手を振りながらステージの先端まで歩み、片足でくるりとターンを決めた。
背中のリボンがふわりと舞い、淡雪は、にっこりと微笑みながら、再び正面を向くと、ゆっくりとお辞儀をする。
やがて流れてきた曲は、バラード調のゆったりとした結婚式の定番曲。
淡雪はそれを、澄んだ声音で爽やかに歌い切り、再びお辞儀をしてみせた。
「みんな、幸せになろう!」
口笛と拍手の巻き起こる観客席に手を振り、淡雪は、にこやかにもと来た道を戻って行ったのだった。
「さあ! いよいよラストです! トリを飾って下さるのは――」
ロマンチックな音楽が鳴り響き、最後の一人、紫翠が、ステージの上に姿を現した。
スレンダーなラインの純白のドレス。紫と青に染めたバラにピンクと紫の小花を散らしたクレッセントブーケを手に現れた長身のモデルは、白や紫のフラワーシャワーが降り注ぐ中を、ゆっくりとした足取りで進んで行く。
拍手で迎える観客たちの様子を満足気に眺めていたMCは、紫翠がステージの先端に立つのを待ち、再び、大声を張り上げて、本日最後のモデルを紹介した。
「神無月 紫翠さん――今回唯一の、男性モデルです!」
客席は、しばし沈黙し――
そして、凄まじいまでのどよめきが巻き起こった。
「‥‥やはり‥‥皆さん‥‥気付いてませんでしたか?‥‥」
別に観客席に向かって問いかけているわけでもないのだろうが、紫翠は、ポツリと一言、小さく呟きを漏らす。もちろん、温和に微笑んだままで。
真珠のネックレスが輝く首元は、レースをあしらったハイネック。アップに結い上げた金髪が純白のドレスに映え、シンプルなデザインのドレスに、ナチュラルメイクが良く似合う。
言われなければ男性だとは気付かない――どころか、言われても信じられないぐらい高レベルな女装モデルの登場に、会場は、異様な盛り上がりを見せたのだった。
◆◇
『イェーイ!!』
細長いステージに一列に並んだモデルたちが、観客席に向けて、一斉にブーケを投げた。
「みんなに‥‥幸せが‥‥訪れます、ように‥‥」
「幸せになってくださいね〜♪」
「いつか本当の結婚式で着たいものだ。今日は本当に楽しかった。ありがとうッ皆!!」
薙、有栖、ラガーナが観客席に手を振り、お辞儀をする。
「楽しかったです! ありがとうございましたー!」
「皆様に楽しんでいただけて、嬉しいですわ♪」
「ありがと〜!」
一部、菊花の投げたガーターベルトによる混乱が生じている模様ではあるが、淡雪、ラピス、菊花の三人も、続いてお辞儀をした。
「‥‥ありがとう‥‥ございました‥‥」
「ありがとうございました! みなさん、幸せになりましょうっ!」
紫翠と百合歌の二人がお辞儀をし、再び正面を向く。
そして、最後に、8人のモデルたちが一斉にお辞儀をすると、大歓声と割れんばかりの拍手が、ラスト・ホープの空に響き渡ったのであった。