タイトル:蒼海の悪霊マスター:望月誠司

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/26 10:55

●オープニング本文


 暗黒の空。
 雷鳴が連続して轟き稲妻が闇を幾重にも切り裂いている。
「いいのか、ナダ。俺達の海にこんなもんを放して」
 豪雨。激しく揺れる船上に置かれた巨大なメトロニウムのコンテナにしがみつき島民の男が言った。
「死んだのはチューザイだ」
 ナダ、と呼ばれた男が答えた。まだ若い。年齢は二十そこそこだろうか。稲妻に照らし出された眼には強烈な光が宿っている。
「本土からサツが来る。とっとと帰ってもらんなきゃあ、例のアレがバレるかもしれん。そうなったらこの島はお終いだ」
 船の上には制服を着た男がうつ伏せに倒れていた。片手に拳銃を持ち、血の海に沈んでいる。
「キメラがやった事にしなけりゃならない。事件は速やかに解決し速やかにサツは本土に帰ってもらわなけりゃならない。もしくは」
「もしくは?」
「本当にキメラに喰い殺されてもらわなけりゃならん」
 稲光が闇の中の世界を一瞬だけ浮かび上がらせる。
「ナダ‥‥良いんだろうか、本当に、これで‥‥!」
 闇の中、若い女が不安そうに言った。それにナダと呼ばれた男は牙を剥いて答える。
「もう後戻りは効かねぇ、俺を信じろ‥‥っ!」
「しかし、いきなりキメラといっても、わざとらしくねーか。この辺りにはずっといなかった筈だで。そんな知識、一般人にあるか? 俺達は朴訥な島民の筈じゃろ」
 中年の海人が言った。
「朴訥ね」
 男は鼻で笑った。
「キメラくらい知っていても‥‥と思うが、まぁここは慎重にいくか。県警には悪霊が出たとでも言っておけ。海から悪い霊がやってきて、島民を海中にひきづりこんでしまったとな」

●島へ
 蒼海の上、風を切って小型船が走っている。
「おい長谷川、なんだって儂等が国家権力の手先と同行しなければならんのでござる?」
 漆黒の狩衣姿の男が甲板で言った。四十がらみの濃ゆい顔を不審そうに歪めている。
「んふっふ、まぁ、そう言わないでくださいよぉ歌部先生」
 含み笑いを浮かべながら陰陽師の肩を叩くのは赤いネクタイをした中年の刑事だ。いかにもデカ、といった容貌をしている。
「もちつもたれつ、って言うじゃないですかぁ? 西園寺の時だって協力したでしょう?」
「‥‥ふん、まぁ良かろう、しかし、何故、私だね?」
「悪霊が出た、と伝えられましてね」
「ほー、そう聞けば最近の警察は陰陽師を現場に連れてゆくのでござるか、我々の業界も景気が良くなったモンにござる」
「最近、ファンタジィがファンタジィで無くなって来てますからねぇ‥‥幽霊の一匹や二匹、出てもおかしくありませんでしょお?」
 歌部は半眼で赤ネクタイの刑事を見た。
「――少々、キナ臭い島でしてね」
 長谷川は言った。
「貴方ならぁ、大抵の事には対応出来る」
「護衛なら慶次郎君で十分ではないかね」
「通常の護衛なら、ね。衆寡敵せず、という事も考えられますし‥‥あれは融通が効きません」
「‥‥そこまでデカイ山なのかね?」
「裏にいるのは恐らく東南アジアの親バグアと‥‥それとBKでしょうねぇ」
「BKだと? いまだ摘発されずに動いていたのか。では島民はコロッセオにキメラの売却を?」
「いえ、流しているのは大陸からのSES兵器でしょうね。軍閥からマフィア、マフィアから島民、島民から東南アジアというルートです」
「‥‥ほぉ、御前の読みは警察的にも確率高めなのかね?」
「いえ、零に近い、というのが大勢の意見です。あの島の彼等は善良だ、そんなものに関わっている筈がない、とねぇ」
「ならまた御前の考え過ぎじゃあないかね?」
「定期的に何人か死んでるんですよ」
 長谷川が言った。
「そして今度死んだのは警官だ。どうも匂う。偶然とは思えない」
「‥‥しかし、そうなると、やはり連れて行くのは我々でなくても良くはないかね? もっと専門の」
「ほっほぉ? 天下の歌部星明にしては随分と腰が引けてますな? あのお嬢さんが理由ですかぁ? 過保護はいけませんよぉ? 傭兵、なのでしょう?」
「そういう訳ではない。いや傭兵ではあるが、あれが理由ではない」
「何時までもいると思うな親となんたらと申すでしょう。もし貴方が死んだりした場合、それであの娘、やっていけますかね? 先だって死にかけたのでしょう?」
「ぬぅ‥‥」
「また苗に水をやり過ぎて枯らすつもりですか?」
 その言葉に陰陽師の男は刑事を睨み、中年の刑事は微笑を浮かべた。刑事は言う。
「この際に周辺だけでも叩いておきたい。キメラなら見つけたら即、退治しなければなりませんが、悪霊ならなんのかんの言って滞在期間を引き延ばせるでしょう?」
「強引だな」
「信心深い中年警部の指揮によって一団の引き上げが遅れている‥‥笑い話ですがそういう事もあるかもしれない、程度で良いのですよ。とりあえず留まれさえすれば、ね」
 赤ネクタイの中年の刑事は深い微笑を浮かべながらそう言った。


 九州の南方洋上、奄美大島よりもさらに南に小島が一つ、蒼海に浮かんでいる。人々はその島を九尾桐島と呼んだ。
「ああ、よくぞ来てくれました」
 島に降り立った時、一同を迎えたのはまだ若い男だった。
「私は仙波灘安と申します、僭越ながらこの村の村長を務めております」
 一見では二十前半の褐色の肌の好青年だ。
(「村長っていうからお爺さんかと思ったけど‥‥」)
 意外だ、と白の狩衣に身を包んだ少女は思う。西園寺燐火、歌部に弟子としてついている傭兵見習いだ。
 双方、自己紹介などしつつ、挨拶をする。
(「ん‥‥? なんか体調悪そうな人がいるな」)
 村長と共に一同を出迎えた者は老若男女皆、にこにこと笑みを浮かべていたが、村長の陰に隠れるようにしている若い女性は顔色悪く表情も暗かった。
 一通りの挨拶を終えると、村長の灘安青年はとても困ったような顔をして言った。
「どうも最近、浜辺に悪霊が出る、と村人達が噂しておりまして‥‥実際に行方不明者も出てしまっているのです。頼りにしていた林巡査も先日から姿が見えません‥‥村人一同、不安に慄き夜も眠れまないのです」
「それはぁ、とても大変ですねぇ。しかしもう大丈夫。こちらの歌部先生は依頼達成率99%の敏腕陰陽師ですからねぇ。きっとこの島の悪霊も見事払ってくださいますよぉ」
 にこにこと笑顔を浮かべながら長谷川が言う。
「ああ、ではこちらがあの高名な‥‥」
「うむ、私が歌部星明(gz0051)である!」がははははと声をあげて名乗り、ニヤリと野太い笑みを陰陽師は浮かべた「我々が来たからには速やかに悪霊を鎮めてしんぜよう」
「おお、これは頼もしい限りです! 既に御存知かとは思いますが、この九尾桐島は古くは首切り島と呼ばれていましてね。罪人が送られ処刑される場所だったのですよ」
 灘安は笑みを浮かべて言った。
「古来より死体がうろつくと言われている島です‥‥悪霊も手強いでしょうが、どうかよろしくお願いしますよ」

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
美環 玲(gb5471
16歳・♀・EP

●リプレイ本文

 空は晴れ、青く澄んだ海原が広がっている。
 夏の某日、出航の少し前、九州のとある港の桟橋。
「お久しぶりですっ。お元気でしたか?」
 直衣姿の柚井 ソラ(ga0187)が船の前に立つ人影を見て声をかけた。
「あ、誰かと思ったらソラじゃないか!」
 燐火が振り向いて驚いた顔をし、次に駆け寄って嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「久しぶり! 今日はどうしたんだい? それにその格好、凄い派手っていうか、ああ、でも似合ってるかも! 格好良いよ、それ!」
 まくしたてる燐火に歌部が苦笑して少女の頭を抑えて言った。
「今回は柚井殿達に同行を願う事になったのだ」
「え、そうなのっ?」
 歌部は柚井に向き直ると一礼し、
「ふふふ、柚井殿、お久しぶりにござるな! 我々の方はこの通り、元気でやっておるでござるよ。そちらの方もお変りはないかな?」
 挨拶をかわし簡単に近状を報告する事しばし、
「本当に、能力者になったんですね」
 柚井が言った。燐火が能力者になったのは嬉しいが、反面心配でもあって、少し複雑な心地だ。ただ、それが燐火の選んだ道なら応援したくは思うのだが。
「うんっ」
 他人の心配など気付きもしないのだろう、少女はまったく曇りの無い満面の笑顔で誇らしそうに頷いてみせた。
「――とまぁ、御覧の通りまだまだ小娘でな。一端とは言えぬので西園寺夫妻より私が預からせていただいている。それで、柚井殿、そちらのお嬢さんは?」
 歌部がクラウディア・マリウス(ga6559)へと視線を投げて言った。
「あ、こちらはですね――」
 と柚井はクラウディアを紹介する。
「燐火ちゃん。初めましてっ! クラウディアです。クラウでいいからねっ」
 柚井からの紹介を受けて銀髪の少女が快濶に笑って言った。
「は、初めまして、西園寺燐火です」
 クラウディアはぎくしゃくと言う少女を見た。少し表情が硬い。案外、人見知りする性質なのかもしれない。
 柚井曰く、クラウさんも燐火さんと同世代(?)同性同クラスだし、何か得られるものがあるかも、との事で、あと単純に友達になってもらえたら嬉しい、との事だそうだ。
「クラウさん、一緒にいてほんわかする人だから」
 柚井に言われて燐火が探るように見てくる。クラウディアはにぱーっと笑顔を返した。瞳から少し脅えが減少したように見えた。
「同じサイエンティストだね、よろしくね!」
「ん‥‥こちらこそ、よろしく」
 少女達が自己紹介していると不意に遠くの方から声がかけられた。
「お、居た居た!」
 声と共に波止場の向こうから金髪の男と黒髪の男が歩いて来る。アンドレアス・ラーセン(ga6523)と 叢雲(ga2494)だ。
「よぉ、もう皆来てんのか?」
 一通りの挨拶をしつつ、
「歌部のオッサンと燐火は久しぶりだな」
「アンドレアスも久しぶりっ、君達も行くのかい?」
「おうよ。燐火は本当に能力者になったんだなぁ」
 アンドレアスは感慨深そうに頷いて言った。
「話には聞いていましたが‥‥何にせよ、これからは仲間としてよろしくお願いします」
 叢雲が右手を差し出しながら言った。燐火は少し照れたような笑みを浮かべながら右手を握り返した。
「へへ、よろしくね!」
「はい」
 微笑して叢雲。
 かくて彼等は船に乗り込み、その島へと出発した。
 蒼海に浮かぶ孤島へと。


「今回の依頼は悪霊退治ですわね。オカルトには興味があるのでちょっと楽しみですわ」
 船のキャビン内でテーブルに腰かけタロットを切っているのは美環 玲(gb5471)だ。瀟洒な黒のドレスを着こんでいる。
「悪霊ねぇ」
 鯨井昼寝(ga0488)が眉を顰め顎に手をやりつつ呟く。
「ま、確かに、何かしら事件が起こっているのは間違いないわよね」
 ただ、鯨井は霊というのは限りなく眉唾だと思っている。しかし彼女にとっては敵が悪霊だろうがキメラだろうが他の諸々だろうが同じ事で、結局の所、要は引っぱり出してバトるだけだ、とも思っている。
 百鉄の女王は言う。
「もし万が一、霊を相手にする場合は知覚攻撃が有効かしら?」
 目が本気だ。きっと彼女は神でもバトる。
「‥‥物理攻撃よりは目がありそうですわね」
 美環が微笑しながらそんな事を言う。女はタロットを引いた。カードを見て「あら」と表情を変える。
「何が出たの?」
「これは月、の正位置ですわね」
「月ねぇ‥‥」
 司るのは変化であり、狂気と幻想、そして、
「――隠された敵」
 女は満月の色のカードを指で挟み、鯨井へと見せた。
「‥‥出来過ぎね。それ、もしかして貴女の予想?」
 半眼で言う鯨井に美環はくすくすと微笑むと、
「さぁ‥‥? これは、純粋に占いの結果ですわ」
 漆黒のゴシックドレスに身を包んだ少女はそう言ったのだった。


 船は海を切り裂き南へと飛ぶように進む。
「判ったわ。要するに黒いシルエットの人を探せばいいのね」
 にやりと笑って阿野次 のもじ(ga5480)が言った。
「んふっふ、まぁそういう事ですねぇ」
 ニカッと笑って中年警部。二人の話しが噛み合ってるのかすれ違ってるのか、三六〇度して戻って来ているのかは、傍から見ただけでは解らない。
「ま、今回もよろしくお願いしますよぉお嬢さん」
「今回も?」
「いつぞやのマスコット事件の時はお世話になりましたぁ」
「あぁ、あの時の‥‥県警に居た刑事さん、長谷川警部だったのね」
 以前の記憶を思い返しつつ阿野次。
「じゃ、また今回も色々教えてくれないかしら?」
「お答出来る範囲でしたら、お答えしましょう? 何が知りたいのです?」
 阿野次は言った。
「島内外の収支を」
「ほぅ?」
「それと、ここ最近の活動内容ね」
「なるほど、なるほど、なるほどねぇ‥‥」
 うんうんと頷いて長谷川。
「おかしなところはないの?」
「まったくありません。収入が激減していますがぁ、それは真珠などの主要物取引の実態と一致していますぅ。外部から確認出来る記録の上ではぁ何もおかしな所はありません」
「あら、そうなの?」
「ええ、数字の上ではね――ただ、不思議なんですよ。収入が減っている筈なのに? 島の皆さんはこれまで通り結構良い生活してるんですよねぇ?」
「ふーん、でも、もしかしたらこれまでに貯蓄してたのかもしれないわよ? 何か、収入を回復させるような努力はしてるのかしら?」
「いえ、それがまったくなし。借金かとも思ったがそれも無し。だから九尾桐島には金の成る木でも生えてるんじゃないかと私などは疑ってるんですがねぇ?」
 ぬふっふと笑って長谷川。
「へぇ、そうなの‥‥」ふふ、と目を細めて阿野次「それが事実だとしたら、羨ましい話ねぇ?」
「でしょう?」
「ええ、まったく」
 あっはっはと笑って頷きあってる中年と少女。一体何を解っているのか。
「‥‥警部殿が武器密輸を疑ってる根拠ってぇのは、要するにそれなのか?」
 隣で話を聞いていたアンドレアスが咥えた煙草の煙を潮風に流しながら問う。
「ま、疑いを向ける理由になっている事の一つではぁありますねぇ」
 と長谷川。
「ふーん?」
 正直、アンドレアスなどはこの警部殿は考えすぎなのでは、などとも少し思う。長谷川のそれは遠くの山から煙が上がっているから山火事だ、と考えるのに近い。
(「まぁ、でも燐火の件で世話になってるぽいし多少は乗ってやるか‥‥」)
 そんな事を胸中で思いつつ考える。デンマーク出身のこの金髪の男は割と義理硬い。
「そんじゃ聞くけど‥‥さっき歌部のオッサンと話してたよな? BKってなんだ?」
「BK、ですか」
 長谷川の笑顔が少し固まったような気がした。
「あれはなんと言いますか‥‥まぁ、鉄火場ですねぇ」
「鉄火場?」
「あまり近寄らない方が良い場所です」
 長谷川早雲は煙草に火をつけながら言った。
「知らず、踏み込んでおられる方もいるかもしれませんがぁ、知らぬ分には問題なく、知れば消される。だからそれについては深入りしない方が良いでしょう。九尾桐島自体はBK達ではありません」
 まぁそういうのは古今東西、良く聞く話だ。しかし、
「BK‥‥達?」
「BKというのは場所であり、組織であり、それの息がかかった人間であり、行動です。それらを総称してBKと我々は呼んでいます。ま、要するに符丁ですね」
「ふーん‥‥」
 符丁ね、とアンドレアスは呟いた。

●上陸
「うーーみーー!!」
 輝く浜辺を一人の女が猛スピードで駆けている。どどどどっと、音を立て瞬速縮地で砂を巻き上げている。彼女の名は赤崎羽矢(gb2140)、とてもイイ笑顔を浮かべている(外見年齢)二十四歳だ。数多の戦場を自慢の速度で駆け抜けて来た強者である。
「‥‥前はもうちょっと、落ちついたお姉さんだったような気がしたのだけど」
 燐火が呆気に取られたような顔をしている。
 赤崎、今回はかなりバカンスモードへ入っているようである。
「ちょっと赤崎さん、仕事、仕事!」
「海が、白い砂浜が、私を呼んでいるんだ!」
「後でも十分走れますから! 潜れますから!」
 長谷川の部下の慶次郎青年に瞬天速で捕まえられてひきづられている。
 とりあえずそのようにして戻ってきた赤崎らと共に一行は村へと向かうと、そこで例の村長仙波灘安や村人達からの挨拶を受けた。
「死体がうろつく? そりゃまたCoolな話だ」
 灘安の言葉を聞き、アンドレアスがそんな事を言った。鯨井なども呆れ顔である。
「ふふふ、皆さん、お困りなようね!」
 不意に威勢の良い声が高らかに響き渡った。
「な、なんだ?」
「どこからだ?」
 ざわざわと島民達がさわぎ始める。
「あ、あそこだ!」
 村人の一人が指さして言った。
 するとそこには、いつの間に登ったのか、南国の独特の木の枝の上に阿野次のもじがバーンと仁王立ちに立っていた。ヒュンヒュンと七色に光輝くオーラをまき散らして言う。
「私の名前は阿野次のもじ! 好きなジュエルは銀水晶! 亡霊騒動にその他風評被害、お困りのご様子。その全て、このスーパーアイドルいっちゃんに委細お任せ、人肌脱いで差し上げよう!」
 改造セーラー服にスク水姿の少女は「とうっ」とかけ声をかけると、持ち前の身の軽さで空中からくるくると回転しながら砂浜に降り立ちビシッとポーズを取ってみせた。島民達から「おーっ」と声があがる。十点、十点、十点と看板があがっていく光景が見えたような気がした。
「銀、水晶‥‥ですか?」
 仙波灘安が首を傾げている。そのパワーストーンなんだか架空の宝石なんだかについてはよく知らないようだ。
 その傍らでは何やら叢雲がこっそりと歌部に耳打ちしている。それを受けてか濃ゆい顔の陰陽師は漆黒の狩衣の袖を一つ払うと言った。
「ははは、では仙波殿、まず悪霊というものについて注意を促したく、また現状についてのお話の諸々をお伺いしたいので島民の皆さまをお集め願いたいのだが、それは可能だろうか?」
 その言葉に向き直った灘安は少し困った顔をした。
「この後、となりますと‥‥私個人でしたら大丈夫ですが、島の皆を、となると難しいですね。皆、それぞれ仕事や予定がありますし‥‥後日、都合がつく者だけ、ということでしたら」
「うむ、感謝いたす」
 一礼して歌部。そう言われてしまっては是非も無い。即座に招集を強行するのは無理なようだ。
 一行は島民へと挨拶を済ませると村の役場へと向かい灘安から今回の悪霊騒動についての詳しい話を聞いた。

●調査
 役場では灘安から「では悪霊が出る可能性が高い場所へと案内いたします」という提案があったが歌部星明が「除霊を行うには順序がある」などと胡散臭い持論をぶちまけて退けていた。事情をある程度知っている者には、まさにはったりの大盤振る舞いだと解ったが、そんな内容でも押し切れたのは揺るがぬ面の皮の厚さと何故か非常に高い名声のおかげだろう。案外そういった滞在を伸ばすやり口、には慣れているのかもしれない。何処の依頼者とて経費は少ない方が助かるからだ。
 結局のところ「その道のプロに任せておこう」という空気になり、一行は一部を除いて役場を出て島での調査と聞き込みを開始していた。
 島を歩くと気付く事があった。灘安は「皆、それぞれ仕事がある」などと言っていたが、確かに噂などものともせずに出航してゆく剛毅の海人達もそれなりにいたが、全体としては特産の真珠の養殖業は外来に押されて不景気になっており、また悪霊を恐れて海に出ない者も多く、道の脇に腰かけてのんびりとキセルを吹かしている者達の姿がちらほらと散見されていた。実は、暇なのだ。
「あの村長‥‥‥‥謀られましたかね」
 叢雲が呟いた。東南アジア絡み、ということはカメルの事もあって彼個人としては武器密輸などありえない話ではない、と思っている様子だ。
「そーかぁ? 村の長としちゃ普通の対応じゃね?」
 紫煙を吐き出しつつアンドレアス。こちらはあまり疑っていない。村長とてあまり突拍子もない行動をしていては村人達からの支持を失ってしまう。上に立つ者は何よりも支持を失う事を恐れる。仕事自体はなくても、皆には予定があるから、といって即座の招集を拒否するのはそれなりに筋が通っている。人を集めるなど、誰かの行動を制約するならば、予め話を通しておかなくてはならない。現代社会だとそうなる。
「‥‥まぁ止むを得ませんか」
 間を開けるという事は敵に対応させる時間を与える事になる、叢雲は一つ嘆息したのだった。
 とりあえずアンドレアスと叢雲は長谷川、赤坂、歌部といった面々は別に動いていた。
 アンドレアス曰く「オッサン達が雁首並べちゃビビって喋れねぇだろ」との事で、なるほど、年齢区分に関しては諸々の判断を仰ぐとして、確かにその五人が固まって動いたら威圧感のある光景であろう。
「よー、今ちょっと、良いかい?」
 島民に対してアンドレアスが軽い口調で質問をし叢雲がその内容をメモしておく、という形で調査は進められてゆく。
 今回の犠牲者について。駐在所に勤務していた警官の名前は林康三、歳は三十程度だったらしい。これは警察の資料でも確認できる。真面目で正義漢が強い警官であったらしい。人当たりも良かったようで、島民達からの評判は悪くなかったようだ。
 だが、嵐の晩に突如として消えた。
 以前より島には嵐の晩には人が消えるという伝説があるらしい。本筋は不用意に海に出るのを戒めるような話だがいささか会談じみた話でもあった。海の機嫌を損ねた者は悪霊に祟り殺されるというものだ。そしてこれまでにも何人か嵐の晩に消えているらしい。故にか、きっとまた悪霊の仕業なのだと島民達は皆、口をそろえて言った。
「あ、少しだけいいですか」
 何人かに話を聞いた所で叢雲がふと言った。
「行方不明者の名前とかの資料ってありますかね。できれば、失踪直前の足取りとかも聞ければいいのですが」
「んー、どうやがなー、役場の方ったらあるかもしれんだが。たんだー、噂によりゃきえたー連中はミンナ、消える直前は妙にそわそわしてる風だったて話だで」
「‥‥そわそわ?」
 叢雲はメモを取る手を止めて問いかける。
「なんか、こう、何かにびびってるみたいだったてよ? ちょっとガタンしたらビクゥってカンジさで。もしかしてアクリョーにさ、とり憑かれてたんでねぇかぁ?」
 二人は島民に礼を言うと再び村役場へと向かった。

●村興しぴある
 村の役場に行くと何故か阿野次が灘安や役人を前にアイドルとして売り込み(?)をしていた。
「能力者による島PR活動で悪霊騒ぎのイメージ払拭! 話題作りで真珠も売り上げ増よ!」
「いや、でもそれには結構日数かかってしまうのでは‥‥」
「私達はULTの傭兵で、根拠地も通称もラストホープなのよ、それくらい必要経費のうちでやってあげるわ!」
 老獪な訪問販売員のごとき笑顔を浮かべながら「善意の押し売り」を敢行する阿野次である。
「え、えー‥‥」
 役場の職員達は困っている。
「あ、そうそう明るいイメージが欲しいなら、綺麗どころ多いし真珠装飾とか水着とかで撮影会するのとかどう? あと一日村長とかミス首桐島とかっ」
 少女は灘安を前に熱弁をふるっていた。
 そんな光景を背後に叢雲とアンドレアスは行方不明者について係員に尋ねる。
「ここ十年で行方不明になった方は十六人ですね。大半は漁に出て嵐に呑まれたとみられています」
「それじゃそれ以外は?」
 係員は能面のような顔で淡々と言った。
「神隠しです」

●ミエ
「これ以上犠牲者を出さない為にも、きっちりと原因を調べ禍根を絶たないといけませんわねぇ‥‥」
 要所に薔薇のモチーフがあしらわれた総レース仕上げての黒い日傘を差し、これまた漆黒のゴシックドレスに身を包んだ少女が、そんな事を呟きながら道を歩いている。
 怪談を隠れ蓑にして犯罪を行っているというのは、よく聞く話だ。可能性としては低いようだが、刑事達が言っていた武器の密売、その他の犯罪が裏で行われているというのも、もしかしたらあるのかもしれない。美環玲はそう思う。
 島民の話や記録、刑事達や叢雲・アス組の調査結果を総合すると神隠しが特に頻発し始めたのは四年前からだ。真珠の売り上げが激減し、前の村長が行方不明になり仙波灘安が村長になった時期に重なる。灘安は前の村長、仙波海の息子だという。
 美環自身は同年代の同性に狙いを定めて調査を行っていた。占いや呪術などで将来や恋の悩み相談を行って話のとっかかりにし、警戒を解き、聞きだそうという狙いだった。
(「意外に皆さん口が硬い」)
 誰かに話さないように命令されている、あるいはこちらを混乱させようと恣意的な情報を流そうとしている、そんな気配がした。しかし、それを感じ取らせているようでは失敗していると言えるし、誘導自体も中には自爆気味のものがあった。だが所詮は素人という事なのか、それとも罠なのか、その判断自体はつきかねた。
「十代の頃あちこち回った事あるんだけどさ、田舎の人ってどこも大らかで気のいい人ばかりなんだよね」
 船上での赤崎羽矢子の言葉をふと思い出す。
「そういう田舎の人達を疑わざるを得なくて、そしてそれが本当にクロだったりしたら‥‥嫌な時代だよね」
 船縁を掴み蒼海の彼方を見据えながら赤毛の女はそう言っていた。
 全てが勘違いであれば良い、そう思った。
 上陸した時に、灘安の傍に顔色の悪い女性が一人居た。それとなく聞き出した話によればその女性の名は安藤深恵というらしい。灘安の幼馴染であるとかなんとか。
 役場の職員であるが今日は早退しているとの事で「心配になった」美環は安藤美恵への見舞いの為に、その家へと向かっていた。
 両親に先立たれ村はずれの一軒家で一人暮らしをしているという。
 平屋の前までゆきインターホンを鳴らす。やや経ってから例の顔色の悪い女が出てきた。まだ若い、何処か気の弱そうな女性である。
「な、なんでしょう‥‥?」
「先にお会いした時、お顔の色が優れないようでしたので‥‥」
 そういうと美恵は不意に怯えたように息を飲んだ。
「だ、大丈夫です! ちょっと私貧血気味なんです、ご心配をおかけしましたっ!」
 言って思い切り扉を閉めてしまった。妙にビクビクしている。
 美環はしばし呆気に取られてから嘆息して振り返る。散歩中の老人達がキセルを咥えながら道を歩いていた。
 
●子供達は
 一方、クラウディア、柚井、燐火の三名は島の子供達に対して聞き込みを行っていた。
「ねえねえ、悪霊がでるって噂聞いた事ある?」
 村の外れで遊んでいた子供達へとクラウディアが問いかけた。
「‥‥あんた、ダレ?」
「うわっ、髪のケしれぇっ!」
「メがアオい! ガイジンだ!」
 閉鎖された島の住民と外部からやってきた人間のお決りのやりとりをしてから、そこそこに子供たちの警戒を解くと、
「オレ、シってる、よ! ねーちゃん! あくりょー、ウミにデるんだ、ゼ! だからウミにチカヅイちゃダメ! なんだ!」
 と、一番背丈の小さい幼子が両手を広げていった。
「ふーん、そうなんだー」
「そ、だから最近ツマンネーんだよ。ドークツにもイケネーし」
「ドークツ?」
「島のニシってハマじゃなくてガケになってるだろ? そっちにまわりゃドークツはたくさんあるよ」
 餓鬼大将らしき少し年嵩の少年がそう言った。
「モグってもイイし、アナをタンサクしても良い、ヒマな時はオレたちはドークツでタンケンするんだぜ」
 つまり洞窟のことらしい。
「へー、なんだか楽しそうー、ちょっと行ってみたいかも」
 とクラウディア。
「ああ、駄目駄目! 最近はマジヤバイんだって! ウミに近づいちゃいけない。オトナは皆、ピリピリしてる。チューザイさんも本当にいなくなっちまったし‥‥きっとアクリョーにトられちまったんだ」
 少年はそう言った。
「大人が秘密にしてるけど、知ってる事とかってある?」
「‥‥かーちゃんのヘソクリのありかとか?」
 首をかしげて少年。純粋にこれといっては知らないようだ。

●港湾の倉庫
 役場を出た叢雲達は港へと向かった。
 表向きには行方不明者の足取り調査の為であり、悪霊もしくはキメラの痕跡・被害調査の為である。
 悪霊騒動の為か埠頭には人はおらず、閑散としていた。
 倉庫はシャッターが閉められ鍵がかかっており徒手での侵入は難しそうだった。鍵や窓を破壊するなりすれば侵入できそうだったが、さすがにそれをやるのは躊躇われる。
 ただ悪霊もしくはキメラが暴れた様子も特には見受けられなかった。
 二人は聞き込みを続行する為に村へと戻ったのだった。

●黒い影
「おや、どこへ行くんだい? そっちには山と森しかないよ」
 三人は子供たちとひとしきり遊んでから別れ、今度は島の中央に広がるマングローブの森に入ろうとした時、不意に人の良さそうな老人に声をかけられた。
 少年と少女達は一礼をすると言う。
「キメラの情報が少ないから、海だけじゃなく念のため山も見てこようかと思いまして。巣とかあるかもですし」
 と柚井。
「え、キメラ? 島に出たのは悪霊だろう? キメラだって解ったのかい?」
「悪霊なんていないのです‥‥っ」
 柚井ソラは眉根を寄せて言った。ソラはこの島の悪霊とはキメラだと信じている。そうでないと怖いからだ。相変わらずの幽霊嫌いである。
 まぁつまり、特に根拠があっての発言ではない。
 老人は吃驚したような顔をすると、
「そ、そうか。さっすがは高名な陰陽術師の御一行だぁな、調べが早い‥‥」
「はい?」
「ああ、いや、なんでもない。頑張っての」
 言って老人はそそくさと去って行った。
「‥‥あのお爺さん微妙に変なこと言ってなかった?」
 クラウが違和感を感じて首を捻る。
「え、そうですか?」
 とソラ。疑えば疑えるが、疑わなければ別におかしくは思わないレベルだ。
「寄る年波にボケてるんじゃないの」
 あんまりな事を言うのは燐火である。
「んー、けっこーかくしゃくとした感じだったですけど‥‥」
 首傾げつつソラ。
 そんな事を話しつつ三人は森へと向かった。
黒いシルエットは物影からそれをじっと見つめていた。

●消えた記録
 赤崎と鯨井は刑事達と共に村の駐在所へと向かっていた。
 死亡した巡査の日報などが交番に残ってるだろうし、島民が怪しいなら何か書いていないだろうかという予想である。
「日報、日報‥‥これかな?」
 赤崎は警部の許可の元、駐在所の保管庫を叩き壊して開けると中に入っていた記録の類を閲覧する。
「‥‥ん?」
 冊子に抜けがないかをチェックしていた赤崎だったが、日単位ではなく冊子単位で、ここ一ヶ月の物が消失していた。
「無い、ですね」
 と長谷川。
「保管庫には鍵かかってましたよね?」
 赤崎は問いかける。
「ええ」
 頷く慶次郎。
「おかしいですねぇ、林巡査は毎日日報を書き終えたらこの保管庫の中に入れてた筈、ですがぁ‥‥?」
「偶々何処か別の場所に放り込んでしまう事だってあるんじゃない?」
 と鯨井。
「そうですねぇ、もうちょっと良く探してみましょう」
 四人は手分けして駐在所内を探したが、ついに今月分の冊子を見つける事は叶わなかった。
「外部に持ち出すことはまずない、筈です」
 長谷川が言った。
「でもないわね」
 と鯨井。
 沈黙が降りる。夏の虫の鳴き声が妙に耳に五月蠅かった。
「‥‥林巡査でない誰かが、冊子を持ちだした、かもしれない?」
 赤崎が問いかける。
 刑事達はそれに無言で頷いた。

●蒼海
 刑事達と別れた鯨井達は浜辺へと向かい水着に着替えエアタンクなど各種潜水用具を用意していた。
 悪霊騒動の為か、周囲に人気はない。
「クローズドサークルで悪霊騒動に、行方不明者に、記録の紛失? なかなか雰囲気出てるわよね」
 と鯨井昼寝。
「そうね」
 ダイバースーツに身を包んでいるのは赤崎だ。どこかぐったりとしている。
「‥‥どうしたの?」
「いやぁ最初に砂浜で瞬速縮地を連発したのが堪えて‥‥やっぱり退治は明日にしない?」
「そういう訳にもいかないでしょ。というか瞬速縮地って連発してもせいぜい真音獣斬を一発撃ったくらいじゃない? 羽矢子そんなにヤワじゃないでしょう」
「いやまぁ、そういってしまえばそうなんだけども」
 そんな事を言っていると、村の方から少女がやってきた。阿野次のもじだ。
「やほー、これから潜るの?」
「ええ、そっちの首尾はどうだった?」
「あからさまに迷惑そうな顔されたわ」
 ふっと笑って阿野次は言った。
「ただ普通の迷惑そうな顔とも少し違うカンジだったわね。あまり島を興こす事には興味がないみたい」
 むしろ外部に注目されるのを嫌がっているような節があった。
 ちなみに阿野次は同年代に聞き込みを行ったが、微妙に口が固くこれといった情報は得られなかった。聞けたのは今は海辺に近づいては駄目ですよ、くらいのものだ。
「ふーん‥‥」
 鯨井と赤崎は阿野次に浜辺でのバックアップを頼むと、エアタンクを背負いレギュレータを口に入れて海へと入った。


 柚井達は森を丹念に調査していった。
「敵の大きさも形もわからないので」との事で、キメラが潜めそうなところは隈なく探し、狭い隙間から岩陰、茂みの奥、川沿い、怪しい場所は覚醒してまで発動させて徹底的に調べてゆく。
 あっという間に時間が過ぎて行った。
「あれ? これ、足痕ですかね?」
 川沿い、大分、森の奥まできた所で柚井がぬかるんだ地面に多数のくぼみを発見した。
「何か物をひきずった痕もあるね」
 とクラウ。視線を投げる。もう既に山に入るのか、坂道がそちらの方へと続いていた。
 不意に三人のトランシーバーにノイズが走った。
「え、キメラが出た?!」
 三人は調査を切り上げると海辺へと向かった。


 九尾桐島の海は蒼く蒼くとても澄んでいた。
 その日の透明度は三十メートルを超えていたかもしれない。
 海面は穏やかに揺らぎ、金色の光が海の中に帯状に降り注いでいる。
 鯨井達が潜った場所は島でも少し入り組んだ湾になっていて海流は穏やかでいながら水は澄んでいる。真珠の養殖もこの湾内で行われていた。
 かつてに比べれば激減しているとはいえ島におけるほぼ唯一の特産品といえるのがこの真珠である。
 鯨井は「もしもここがキメラにでも荒らされたら可哀相だ」と、ちょっとしたサービス精神で赤崎と共に見回りを行った。
 しかしアコヤ貝を養殖していたであろう網はズタズタに破られ、そこにあるべきはずの貝はほとんど無くなっていた。壊滅的被害と言って良い。
(「これは、まぁ、随分と‥‥」)
 鯨井と赤崎はその惨状に思わず呆然とする。その彼女達の背後から巨大な黒い影が近づいていた。
 驚いてはいても二人ともに熟練の能力者である。音に気づいてほぼ同時に振り返る。全身にびっしりと鱗を生やした、体長四メートル程度の魚人がそこにいた。手足にヒレと鋭い爪をもち、上下に広げる顎いは鮫のような鋭い牙を備えていた。猛スピードでこちらに向かって突撃してきている。即座に鯨井はアロンダイトを抜き放ち、赤崎は蛟を構えた。
 弾丸のように突っ込んでくる魚人に対し鯨井は水を蹴って身をかわすと、すれちがいざまに水刃剣で斬りつけた。鈍い手応え。強靭で弾力のある鱗に刃が滑り弾かれてゆく。赤崎が空気をの泡を吐き出しながら三叉の槍を突き込む。魚人は腕で払った。やはり鱗のせいか手応えが鈍い。
 赤崎は後退しつつハンドシグナルで陸を指した。鯨井はそれを見て頷くとやはり陸へと向かって浮上してゆく。魚人が機敏に旋回して二人の後を追い、追撃をかけた。


 二人は応戦しつつ、陸へと撤退し、浜辺に魚人を誘き出した。阿野次が応援に駆けつけトランシーバーで仲間達へと連絡を入れる。
 魚人は水中ではなかなか苦戦しそうな相手だったが相対的に陸上では動きが鈍るらしく、二人のグラップラーとビーストマンは機動力にものを言わせてあちらこちらへとふりまわして時間を稼いだ。
 やがてぱらぱらと仲間達が集合し、人数が揃った所で一気に反撃に転じて葬り去ったのだった。
 かくてキメラは退治された訳だが、歌部は島民達に対して「まだ悪霊の気配がするにござる」などとのたまって島に滞在する構えを見せていた。