●リプレイ本文
隊商のラクダの隣へ立ち、ザン・エフティング(
ga5141)は生けとし生ける者の全てを拒む、ナフド砂漠へと視線を走らせた。もちろん、砂漠の中にも多様な生命体が生息しているが、その環境は苛酷の一言。
「砂漠の旅か。テキサスの荒野より厳しそうだな」
彼はテキサス出身であり、砂漠には慣れっこであるが、やはり、岩砂漠と砂砂漠では勝手が違いそうだった。
「これはかなりの覚悟が必要そうね」
にやりと笑い、鯨井昼寝(
ga0488)はラクダの顔を覗き込む。
「ふふ。なかなか良い面構えしてるじゃない、このラクダ」
ある意味つぶらな瞳で昼寝を見つめ返すラクダ。
そんな中、今回の依頼人、アッドゥサリーが現れた。
「よく集まってくれた。我々は戦士たる諸君を歓迎する」
集まった傭兵達を前にして、アッドゥサリーは丁寧な礼を見せた。
「長い旅になる。砂漠に不慣れな方もいるかもしれないが、我々だけでキメラに対抗するのは難しい。君達の力を、あてにさせてくれ」
伝統的なベドウィンの服を身に纏ったアッドゥサリー。
その装束は砂にまみれてボロボロであったが、不思議とみずぼらしくは感じなかった。そんな彼の前へ一歩歩みでて、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)はスッと右手を差し出した。
「‥‥あなたの上に平安あれ」
とつとつと紡がれたアラビア語の挨拶に、おやと様相を崩すアッドゥサリー。
「あなたの上にも平安あれ」
にこりと笑い返し、アル・ラハルの差し出した右手を力強く握る。
「君はどこの出身かね? 今の挨拶、にわか仕込みとも思えんが」
「‥‥ラハル家の、メフメトの息子、イブンの息子ラシード。よろしく‥‥」
その言葉を聞けば、同族か否かまでは定かではないものの、極近い地域の出身であろう事は、アッドゥサリーには容易に想像がついた。ならば、この装束はよく似合う事だろう――そう言い、皆へ配る衣服を一着、取り上げた。
まずアル・ラハルがその衣服を受け取った後、皆順番にそれを受け取り、袖に腕を通す。本来なら女性用と男性用では服装は違うものだが、アッドゥサリーは、傭兵達をあくまで一介の戦士として遇し、同じ衣服を宛がった。
皆が袖を通し終えた頃、大泰司 慈海(
ga0173)が顔を上げ、アッドゥサリーへと問い掛ける。
「ところで、水や食料等の必需品は、用意してもらえるのかな? 経費外なら、代金を支払わせてもらうけれど」
元々、彼はアッドゥサリーの男気に感化されてこの依頼を引き受けた。
報酬から経費を天引きされたとて一向に構わない心構えだ。
「それなら心配しないでくれ。必需品は我々が責任をもって準備した」
自分の胸に手をあて、力強く頷く。
良いのか、と問い掛ける慈海に対して、当然の義務だと応じてみせる。その他にもロープや毛布、幾許かの布も準備されている事を継げると、隊商はさっそく出発した。
ビシウ村は隊商の到着を心待ちにしている。
無為に時間を消費する理由は無かった。
御者十人、傭兵十人にラクダを含めた二十人と十匹からなる隊商は、ゆっくりと砂漠へ向けて歩き始めた。
●
焼け付くような灼熱地獄の中を、二人の影が駆け抜けた。
鯨井と、不知火真琴(
ga7201)の二人だ。
砂丘の上へと駆け上る二人。フードの下に双眼鏡を持ち、周囲を見渡す。
「そこに待っている人がいるから行くだなんて、浪漫があります」
くすりと笑みを漏らし、真琴は双眼鏡から眼を離した。
「そんな男気のある事を言われてしまっては、こちらも全力で護衛せざるを得ませんね」
「えぇ、それに、バグアの支配地域には砂漠の地域も多いしね。この経験は、今後必ず役に立つわ」
軽くウィンクしてみせる鯨井。
彼女としては、依頼達成は当然の事としても、今後の為、砂漠での活動における自分の実力を試したかった。砂漠とは一種の極限状態。更には敵襲を警戒せねばならぬという重圧下にある。自身の実力を推し量るには、またとない機会だった。
二人は砂丘に登りこそしたが、なるべく姿勢を低く保っていた。高所に立って不用意に目立ってしまえば、無用にキメラを呼び込みかねないからだ。
「こちら不知火。異常無し」
無線機から返される応答。
叢雲(
ga2494)の声だった。
「了解しました。ご苦労様です」
何点かの確認事項をやり取りした後、叢雲は顔をあげる。
「さすがに暑いですね‥‥」
「本当に、容赦無い暑さだな」
叢雲の溜息を隣に聞きながら、レティ・クリムゾン(
ga8679)は隊商最後尾から砂漠を見渡した。頬を伝った汗を指で拭い、腰の水筒を煽った。
それに倣い、自身も水筒を手に取りつつ、叢雲は感慨深そうな表情を見せた。
「けど、この環境で頑張る人達がいるなら、私達も頑張らないといけませんね」
「あぁ、そうだな」
力強く頷くレティ。
最後尾に位置する二人は、そこから隊商後方を広く見渡せるよう留意する。
鯨井や真琴、叢雲とレティ等のように、彼等は二人一組を基本として警戒にあたっていた。叢雲の提案により、隊商は可能な限り列を詰めて前後を短く保ってはいたものの、それでも七頭程度はラクダが連なっている状態だ。
傭兵達は先行偵察+前後左右という堅実な護衛体勢で進む事としたのだ。
「‥‥?」
そんな中、左側の護衛に廻っていたフォル=アヴィン(
ga6258)は、ふとした違和感に双眼鏡を覗き込んだ。
「どうかしたの?」
「キメラです」
慈海に問い掛けられ、フォルは顔を上げた。
キメラと聞いて、慈海も同じ方角へ双眼鏡を向ける。レンズの中には小さくフンコロガシが写っていた。普通のフンコロガシと同じ姿である為か、いまいち距離や大きさが掴めない。
ただ、フンコロガシはこちらに気付いている様子も無く、こちらから離れるような方角へフンを転がしている。おそらくは、問題ないだろう。
「‥‥何だか遠近感が狂うなぁ」
「けど、とりあえず大丈夫そうですね」
苦笑気味の慈海とフォルが、顔を合わせ、頷く。
無線を用いて皆に連絡を入れた。
その連絡を受け取り、みづほ(
ga6115)は無線機を耳に当てたまま、隣のザンへそれをそのまま伝えた。二人は、双眼鏡の使用を交互にする事でまんべんない警戒を心掛けていた。
包囲磁石等を用いてルートを確認しつつ、先行偵察の二人を視界の中に捉えて置けるよう、自分達の位置には常に気を配っている。先行偵察班と本隊の距離が離れすぎてしまう事は無い。
「今のところ問題なし、か」
「このまま何も無ければ良いのですね」
ザンに笑って応じるみづほ。
だが、アッドゥサリーの話を聞くに、砂漠の旅は過酷なものだ。このまま何事も無く終われるとは思わなかった。
●フンコロガシ、強襲!
ぼんやりとした表情で砂漠を眺めるアル・ラハル。
だがその横顔は、何かを深く考えているようにも見えて、複雑だった。
(父さんは、僕らは砂漠から来たって言っていた。なのに、僕は砂漠を知らない‥‥)
ゆらゆらと空気の揺らぐ熱砂の只中、彼は白い布地の中から顔を覗かせた。
父から聞きかじった砂漠での生き方をつらつらと思い出すうち、ふと、頬に何かが触れた。
「そんなに気張るなよっ」
「ふが?」
そのまま頬の肉をぷにと引っ張られ、アル・ラハルは驚いて顔を引っ込めた。ニッと笑顔を見せて、緋沼 京夜(
ga6138)が立っていた。
「一人じゃないんだ。二人一緒に頑張ろうぜ」
「あ‥‥うん」
小恥ずかしそうに頬を掻き、アル・ラハルは慌てて双眼鏡を覗き込んだ。
そんな時、腰にぶら下げた無線機から呼び出し音が鳴り響いた。素早く無線機を耳にあて、口を開く京夜。
「どうかしたか?」
「そちらにフンコロガシが向かってるわ。見える?」
声の主は鯨井だった。
ふと辺りを見渡すが、それらしい影は見当たらない。アル・ラハルにフンコロガシが見えないかと問い掛けると、彼は砂山をひょいと乗り越えて、改めて辺りを見渡した。
「‥‥見つけた。一直線に向かってくる」
距離はまだかなりあるが、巨大なフンを転がしつつ、かなりの速度でこちらへ向かってきている。この速度だと程なく接触してしまうだろう。いや、あるいはこちらに気付いての襲撃かもしれない。
「こっちに一直線らしい。迎撃するぜ!」
京夜の一言に、皆が表情を引き締める。
皆、改めて双眼鏡で地平線を探るが、他にキメラの姿は見当たらない。となると敵はフンコロガシ一体となるのだが、アル・ラハルの言葉によれば、フンコロガシはかなり大型だ。
『大丈夫か?』
無線機からザンの声が聞こえた。
「相手は一匹だしな。大丈夫だ」
京夜からは自信のある返答があったし、何より傭兵達全体としては、各班で対処可能ならば、他班は更なる奇襲を警戒する方向で作戦が纏っている。彼等のやり取りを無線で聞きながら、みづほはアッドゥサリーに連絡を入れた。
キメラ到着の報せを受けたアッドゥサリー達は既に隊列を整えたとの事で、そちらも問題無さそうだった。
「来るぞ‥‥!」
蛍火を構え、フンコロガシの突進を待ち構える京夜。
アル・ラハルはその背後で二丁のスコーピオンをホルスターから引き抜いた。
砂の上を盛大に転がるフン。波打つ砂の上、転がるフンが京夜に迫ったその瞬間、彼の身体に纏わり付くオーラが揺らめいた。
豪力発現を発動しての一撃が、フンの横合いを殴りつける。フンが乾燥していて幸いだった。
その一撃に受け流され、軌道のそれたフンともども、フンコロガシはひっくり返る。慌てて起き上がろうとするフンコロガシだが、その柔らかなどてっぱらにスコーピオンの銃弾が注がれた。
更には、京夜の積極的な一撃を追加され、フンコロガシはあえなく活動を停止した。
『流石だな。先を急ぐとしよう』
無線を通じ、アッドゥサリーの前進指示が伝えられる。
キメラは一匹一匹はさほど強力でも無さそうだが、数多くが一斉に掛かってくると手ごわそうだ――傭兵達は気を引き締めなおし、改めて双眼鏡を覗き込んだ。
●星空の下で
「こんな綺麗な空は見た事がない‥‥」
夜間警備の為に外へ出たレティは、夜空に広がる満天の星空を前に思わず溜息を漏らした。
「‥‥おや。これは本当に凄いですね」
後から続いてテントを出た叢雲も、夜空を見上げて素直な感嘆を口にした。
雲すら殆ど浮かばぬ夜空。時折砂塵交じりの風に隠されるものの、夜空には美しい満月と、バグアの赤い星が輝いていた。あんな星は見たくもないと多くの傭兵は思ったが、この星空は、そんな禍々しさを打ち消してしまわんばかりに美しかった。
「生きるも自由、死ぬも自由の荒野か‥‥厳しくて、その分嘘が無いな」
感慨深そうに呟くレティ。
辺りを見渡せば無限に広がるかのような砂漠があり、空を見上げれば、それこそ空が無限に広がっている。
「こうした景色に包まれていると、世界の大きさと、自分の小ささを感じるな」
叢雲は、レティのその呟きを聞いた。
「なかなか詩的ですね」
「む、そうか?」
腰にランタンを吊り下げ、自前の調味料で味付けした軽食を手に、叢雲は歩き始めた。彼等は一時間半程度でローテーションを組んでおり、代わって慈海、フォルの二人が休憩に入る。
「そろそろ交代ですよ」
「ん、了解です。今のところ異変はありません」
コートの砂を払い、フォルが立ち上がる。
「ゆっくり休んでください。食事もテントにおいてありますので、お二人でどうぞ」
「それは嬉しいね」
息を白く曇らせて、慈海は振り返った。
「暖かい食事は明日への活力の元ですから」
軽く手を掲げて見送り、警戒に立つレティ。叢雲はまだ交代には遠い緋沼とアル・ラハルへと軽食へと食事を持って行き、慈海とフォルはコートをはためかせ、テントの方へと歩いて戻った。
外でばさりとコートを払い、なるべく砂を外に撒く二人。
だが、足を踏み入れたテントの中で、慈海は自分の超機械を前にげんなりした。
「これは‥‥」
彼は超機械を風呂敷で包み、必要が無い限り一切出さないようにしていた。事実、初日はフンコロガシの一件以外に戦いがあった訳でもなく、風呂敷からは出していない。というのに、超機械を開いてみると、あちこちに細かな砂が光っている。
「大変ですねぇ」
思わず苦笑するフォル。
「フォルくんは大丈夫なのかい?」
やれやれと言った風にメンテナンスに取り掛かる慈海が、ふと問い掛ける。
「俺は刀ですからね」
そう言ってトンと鞘を立てた瞬間、彼の朱鳳はあちこちから砂を吐き出した。ざあっと音を立て、テントの中に砂塵が広がる。
きょとんと首を傾げるフォル。
「あれ‥‥?」
「‥‥あ、解った」
その様子を横で眺めていた慈海が、ポンと手を叩いた。
「ほら、SESが搭載されてるって事は‥‥」
そう、空気を取り込む為のインテークがある。
油断だったなと、思わずフォルは頭を抱えた。彼等の中には、格闘武器を使う者が多い。しかも銃や超機械を使う傭兵達と違い、多くはフォルと同じように、防塵対策を行っていなかった。
「明日からは気をつけないといけませんね」
反省を胸に抱いて、フォルはインテークの掃除を始めた。
とはいえ、その辺り、みづほは抜かりなかった。
自分の獲物である長弓「黒蝶」をテントの中で一通り整備してしまい、改めて焚き火の前へと腰掛ける。長弓の整備が終わってしまった事もあるが、鯨井が早朝警戒に備えて早めに寝ている。安眠を妨害しないようにも配慮しての事だ。
焚き火の前ではザンが腰掛け、他の御者達と地元自慢に華を咲かせていた。
砂漠でどんな事があった、隊商の仕事をする中で何か面白い事は無かったか‥‥逆に彼等からアメリカはどんな国だ。テキサスとここはどう違うのかと問い掛けられれ、荒涼たるテキサスの大地を語った。
「そうだ、ちょっと待っててくれよ‥‥」
口に指を当て、ピイと音を鳴らすザン。
それは、西海岸の鳥、コンドルの飛び過ぎて行く音に似ていた。アラビア半島では決して見る事のできぬ鳥の音だった。
●旅路
出発してから三日。
傭兵や御者達はもちろん、アッドゥサリーの顔にも少なからず疲労の色が浮かび始めていた。
(やはり生半可な旅じゃないわね)
汗を拭い、双眼鏡を眼にあてる鯨井。
砂漠、特に砂砂漠では、目立った遮蔽物は少ない。だが、だからこそ、各種キメラもその擬態に工夫を凝らしているだろう――彼女はそう思って警戒に当たっていた。
足元を警戒するあまり空への警戒が疎かになってしまわないか等、そうした細かい事にまで気を配っている。疲れはたまるが、その分夜はきちんと寝ている。長めに寝るのだから、その分しっかりと気を張った。
もちろん、彼等は覚醒も控えて長期戦の構えだ。
砂漠の旅は凄まじい勢いで体力を消耗させる。旅では砂地そのものよりは岩肌や道を歩く事の方が多いが、向かう先は砂漠のオアシス。必然的に砂砂漠を往く事も多く、過酷な旅となった。
先行偵察に奔る二人は素早くキメラの動きを報じたし、連絡を受けてからの傭兵達、隊商の動きは素早かった。ここまではさしたる問題も無く進んで来た。
「あら。水筒が‥‥」
水滴を舐めて、真琴は肩を落とした。
その日、砂漠は特に暑かった。鯨井と自分の二人分を本隊へ取りに行こうかと考えて、だが、彼女はふと違和感を覚えた。
「‥‥?」
地鳴りか地響きかのような音が、微かに聞こえた。
「何か、音が聞こえない?」
「音?」
真琴に問い掛けられ、耳をすます鯨井。確かに、微かではあるが音のようなものが聞こえる。
「何か嫌な予感が‥‥」
双眼鏡を手に辺りをぐるりと見回す真琴。
その途中、とある一点で動きを止め、彼女は眼を丸くした。
「来るわ。砂嵐が」
ハッとして同じ方向へ眼を走らせ、無線機を手にする鯨井。
『何だって? どちらの方角だ?』
偵察班の言葉を元に高所へと上がり、アッドゥサリーは眼をこらす。
猛烈な勢いの砂嵐が、彼等の方へと突き進んできていた。
『これは逃げ切れん‥‥全員、砂丘の影へ。ゴーグルや布で顔を覆え。忘れるなよ!』
砂丘を駆け下りるアッドゥサリー。
彼の一言を耳にして、傭兵と御者達は一斉に駆けた。だが、そうして大きな砂丘へと急ぐ間にも砂嵐は勢いを増し、まるで衝撃波か何かのような勢いで彼等の元へと迫って来た。
「来るぞ! 伏せろ!」
大声を張り上げるアッドゥサリー。
皆、持参した布やゴーグルで顔を保護し、砂嵐の到来と共にうつ伏せになった。
「アル、こっちへ!」
京夜は長身を生かし、小柄なアル・ラハルをほぼ抱え込んだ。何と言ったって、50cm近い身長差がある。自分が砂に打たれる覚悟さえあれば、砂嵐から彼を庇うのは造作も無い事だった。
天地が引っくり返ったかのような砂嵐が、隊商を包む。
いくら砂丘の裏へ隠れたとはいえ、たまったものではなかった。どれぐらいの時間、彼等はじっと耐えていただろう。とても長く感じたが、砂嵐の速度を考えるに、それほど長くは無かった筈だ。
砂嵐が過ぎ去って辺りに静寂が戻ると、一人、また一人と砂まみれの顔を起こした。
『‥‥全員無事か?』
口の砂をペッペと吐き捨てながら、アッドゥサリーは無線機へ問い掛ける。
一人の欠けも無い。
ただ、服や荷物の隙間という隙間全てに砂が入り込み、傭兵から御者達まで、皆心底げんなりとした顔を見せた。
砂嵐が過ぎ去ってほぼ一刻。
(しかし、暑いなぁ)
空を見上げていた視線を、足元へ落とす慈海。
砂漠と言えば、映画等で見てきた悠久の浪漫を感じもするのだが、中々どうして、現実は過酷だ。何よりまず、暑いったらありはしないし、あんな砂嵐に見舞われた後ともなると、オリエンタリズムを感じる暇も無い。
「うん?」
そんな中、彼はふと足を止めた。
フォルが彼に気付いて、どうしたのかと問い掛ける。
「ちょぉっと、待ってね」
そう呟きながら袖へ手をやり、小石を握る慈海。彼の言葉に、皆、何かあったかと足を止めた。数歩歩み出て、砂漠の真ん中目掛けて小石を投げる慈海。小石が、トンと砂地に乗った。
「‥‥」
その様子をじっと眺めるみずほ。
砂の流れ等に、不審そうな点は見当たりそうに無い。だが――
「神経質すぎるさ。砂地獄ってのぁ普通‥‥」
彼女の思考を打ち破り、御者の一人が小石へ歩み寄った。
「待て、不用意に――」
ザンが言うよりも早く、砂が辺りへと巻き上げられた。
地鳴りのような音と共に小石の辺りから大量の砂が吐き出され、彼等は思わず眼を閉じ、顔を布で覆った。
「うわぁ!?」
だが、小石へと近付いていた御者はたまらなかった。驚きの余り手を離してしまい、ラクダは恐慌状態となって暴れだす。
他のラクダに被害が及びかねず、ザンは、慌ててこれを抑えた。
御者は砂を受けて二歩、三歩と後退するが、後退した彼の足元でが突如として砂が崩れ、一点に向かって流れる。突然の事に能動的行動が取れぬまま尻餅を付き、流されていく御者。
「手を!」
身を乗り出し、みづほが手を差し出すが、あと一歩のところで届かない。
「ザン君、頼んだわ」
「任せろ!」
自分の手首に手錠を嵌め、繋がれたロープを投げるみづほ。
そのロープをザンが握り締めた直後、彼女は軽く地を蹴り、戸惑い無く砂地獄へと飛び込んだ。これが、ただの砂地獄ではない事が、容易に想像できたからだ。
勢いよく流れ行く砂。その終着点から再び砂が吹き上げられ、それは姿を現した。
巨大な蟻地獄だ。
どうやら、ただのあり地獄とは違い、極めて高度に砂へ擬態できるらしい。事実、今、突然に砂地を巻き上げて崩してみせた。これは明白だ。
「や、やめろ、来るな!」
恐怖におびえ、もがく御者。
巨大な顎が鋏のように振るわれ、御者の足元でガチガチと音を鳴らす。
もう間に合わない。御者の乗る砂が一段と大きく崩れる――その瞬間、みづほの手が御者の首襟を掴んだ。
「くっ、良いわ、引き上げて!」
勢いよく振るわれた顎が空を切り、脱げてしまった御者の靴を粉砕する。
獲物を逃したと知ったキメラは怒り狂い、より多くの砂を巻き込み、二人に迫る。豪力発現を発動したザンとフォルが、一斉にロープを引き上げた。みづほと御者の二人が持ち上げられる。
それでもなお追いすがろうとした蟻地獄だが、しかし、大口を開いたところに慈海からの電磁波攻撃をくらい、砂を巻き上げながら砂底へと消えていった。
「‥‥ふぅ」
小さく溜息を漏らし、砂埃を払うみづほ。
「有難う、彼の命を救ってくれて。己からも礼を言わせてもらう」
駆けつけたアッドゥサリーが眼を伏せ、胸に手をあてて頭を下げた。
彼は無用心な御者を叱り付ながらも、蟻地獄から離れるよう号令を下し、急いで隊商を移動させたのだった。
●群。
遂に最後の夜が訪れた。
アッドゥサリーによれば、明日の夕方頃にはビシウ村に到着すると言う。
「うん‥‥これでよし、と」
銃を組み直し、満足そうに頷くレティ。
四日目の夜ともなれば砂掃除に慣れたもので、また、二日目からはインテークを気遣って格闘武器等にも布を巻いていた事もあり、彼等は手早く整備を済ませる事が出来た。
あとは、ゆっくりと休むまでだ。
皆のまだ起きているうちにと、レティはピザの材料に手をつけた。
一方、相変わらず夜は寒く、警戒班の傭兵達はコートの襟元をしっかりと抑え、息を白く染めながら事に臨んでいた。
「‥‥」
アル・ラハルは、自分の型に降りかかった砂を手で払い、辺りを見回した。
生まれ故郷の近くを旅できたからと言って、彼は、単純に嬉しいさばかりを感じる事も出来なかった。ビシウ村は砂漠のオアシスにぽつんと孤立している。アッドゥサリー率いる隊商にしてもそうだが、彼等は皆、バグアとの最前線で必死に生きている。
一方で自分はどうだ。
そんな同胞を捨て置いてラスト・ホープで安穏としている。本当にそれで良いのだろうかと、少し後ろめたかった。
「これで、良いのかな‥‥」
「ラース!」
「わっ!」
突然頭におかれた手に、アル・ラハルはびくりと跳ね上がった。
京夜はそんな様子も意に介さぬ風で、そのままくしゃくしゃと撫で、大きな腕でがばっと抱きかかえた。少しどころか、かなり砂がまみれで、抱きつくつと眼に砂が入った。
「大丈夫だ、俺はどこにも行かない。平和を取り戻して、家族皆で帰って来ような?」
「‥‥うん」
寒そうだから俺のコートにでも入ると良い、と、そのまま二人羽織状態になる京夜。
もちろん、警戒を怠る訳には行かなかった。
砂丘の上へひょいと顔を出し、鯨井は眼下のテントへ眼をやった。
寝るにはまだ早い。
彼女は真琴と共に、砂丘の縁を辿るように歩いていた。
「相変わらず、寒いなんてもんじゃないわね。うう‥‥」
ぶるる、と身体を震わせる鯨井。
中央におかれた焚き火とテントは、可能な限り光を漏らさぬよう配置を工夫している。とはいえ、この砂漠が只中においては、隠しても隠しきれるものではない。
「‥‥来たわね」
「どこ?」
ハッとして、真琴は息を飲んだ。
やはり、と言うべきか、睨んだとおり、蠍は夜行性だった。砂肌に良く似た身体を走らせ、砂丘の上で尻尾を揺らしている。
「皆気をつけて、蠍型キメラが来る」
その一言が、戦いの合図だ。
御者達は自衛用の武器を手に一箇所へ集まり、傭兵達はそれぞれの得物を手に覚醒する。砂丘を乗り越えて辺りへ視線を走らせた頃には、甲羅同士の擦れる不快な音が不気味に響いていた。
彼等傭兵の姿勢を見て、蠍は発見された事を悟ったのだろう。じわじわと移動していた蠍は、弾かれるように地を駆けた。
「来るぞ!」
S−01を手に吼えるザン。
2,3回引き金を引いて尾を狙うと、そのまま蛍火を構えて地を蹴った。
狙うは、尻尾。実物の蠍に近いキメラだとすれば、おそらく、その尾には毒がある筈だと彼等は判断した。
近付かせまいと蠍が鋏を振るうが、彼はそれを難なく受け流した。そのままの流れで、蠍の右側へと回り込む。気を取られた蠍の顔めがけ、矢が飛んだ。みづほのものだった。顔に痣を浮かび上がらせた彼女は、ザンとは反対に左側へと位置をとり、蠍を牽制する。
だが、彼女の攻撃は中々致命傷たりえなかった。
やはり、蠍の甲羅はかなり分厚いのか。
「脇が留守だぜ!」
それでも、彼女の牽制は有効だった。あまりおつむは宜しく無いのか、蠍は露骨に矢を払い、みづほへと向かう。その脇へ飛び込んでの、エフティングの一閃。
甲羅と甲羅の隙間を狙った横薙ぎが、蠍の尾を切り付ける。
「くっ、弾かれたか!?」
鈍い音がして、蠍の尾が揺れる。
或いは尾を反らせ、彼の斬撃を受け流したのかもしれない。
「ソレなら‥‥!」
超機械を掲げた慈海。
練成弱体を発動させると同時に、ペアのフォルへ向けて練成強化を発動させる。
通常の斬撃が通用しないとあれば、スキルを発動するか、サイエンティストの援護、あるいはその両方によって威力を高めるしかない。
蠍へ切りかかり、急所突きを発動させるフォル。
「このぐらいで!」
パリィングダガーの脇をすり抜け、その肩に鋏が叩きつけられたが、彼は勢いを殺すことなく尾へと迫り、一刀の元に刎ね飛ばした。不気味な色の体液が、辺りへと飛び散り、砂へ落ちた体液が酸のように蒸発する。
呻き、やたらめったらに鋏を振り回す蠍。
そんな蠍の頭部へSMGの弾丸が叩き込まれ、蠍は動きを止めた。
強弾撃を発動した叢雲の攻撃だった。
更にはペイントがべっとりと顔に広がり、蠍は完全に前後不覚と化した。ペイント弾を放ったレティがステップで飛びずさると、今まで彼女が居た空間に強力な酸がばら撒かれる。
「今だ!」
視界を潰されてされてぐらりと揺れた蠍目掛け、真琴が飛んだ。
砂を巻き上げる瞬天速。グラップラーらしい素早い動きで懐にもぐりこむと、酸を吐く為に広げられていた大口目掛けて夏落を突き立て、蠍の頭部を内から切り裂いた。
完全に頭部を破壊され、恐ろしげな悲鳴をあげ、キメラは地に伏した。
「獅子の息子リドワーンよ、よくぞ来て下すった」
村へと到着した彼等の隊商を、族長が満面の笑みで迎えた。
割に合わない事は解りきっているのに、構わずこんな村にまで足を運ぶアッドゥサリーを、そして危険な道中を護衛した傭兵達を、村人は精一杯の誠意で歓待した。
「有難う、アッドゥサリー。良い経験をさせてもらったわ」
「僕‥‥この旅で。沢山の事、判ったと思う‥‥ありがとう」
鯨井やアル・ラハルが、アッドゥサリーの隣で村を見渡す。
「これでよく解ったぜ。この村へ足を運ぶ理由が」
カウボーイハットをピンと指で弾き、ザンは頷いた。村人達がここに『生きて』いる事を見せ付けられては、今更や〜めた、なんて言える訳が無い。
「‥‥砂まみれか。シャワーを浴びたい」
溜息混じりに荷を解くレティ。
「それなら、泉の水を。最高の水が湧き出てますよ」
「水浴びも良いけど、それよりお酒にしよう」
村長の言葉に割り込み、隠し持ってきた日本酒を揺らす慈海。
ただ――
「酒かぁ‥‥酒なぁ。酒は少しな?」
何だか罪悪感を顔に浮かべながら、村人達は苦笑した。敬虔なイスラム教徒の間ではお酒はご法度だ。その事をすっかり失念していた慈海は、ショックのあまりがくりとうな垂れた。もっとも、彼等はチャイ、慈海は酒と別々のものを飲みながらも一時の歓談を愉しんだ。彼にとっては、それで十分だった。
(代筆 : 御神楽)