●リプレイ本文
「口を開けるは地獄の釜‥‥さて、誰にとっての地獄、なのかしらね‥‥」
リン=アスターナ(
ga4615)が薄暗い地下通路の奥へとR‐01を進ませながらぽつり、と呟きを洩らした。
敵を追い詰めたのはいいが、嫌らしい場所に篭ってくれた、とリンは思う。
合金で覆われた地下通路は、高さ二十メートル、幅五十メートルほどで緩やかに右カーブを描いて続いている。その先は見えない。 レーダーは敵のジャミングや地形によりまともに機能していない。おまけに地上とは違いこの狭さ、一度に進むには制限がかかっていた。
「死地にいるのはバグア‥‥そして僕たちも、ですね」
ディアブロに搭乗する斑鳩・八雲(
ga8672)が言った。真紅の悪魔は地獄を制する事が出来るか。
「蟻地獄に突っ込んでいくような気分でありますな」ナイチンゲールを駆る稲葉 徹二(
ga0163)が言った。「ただまァ、自分たちは鳥の群れ。虫は獲物と相場が決まっています。きっちり喰っちまいましょう」
ナイトフォーゲル、鋼鉄の翼、騎士の鳥。今は地上にあるが、その鋭い嘴は健在な筈である。
「久々の地上戦だ。腕が鳴る。思う存分働いてみせよう」
槍兵衛の異名を取る榊兵衛(
ga0388)が静かに、しかし闘志を秘めて言う。KVでも槍を取った地上戦ならお手の物だ。
「お願いします。ただ、どんな時でも落ち着いて、着実に、作戦を活かしていきましょう。先の一隊を撃破してる事からも敵はかなりの強敵の筈です」
音影 一葉(
ga9077)が一同に注意を促した。
「そうね、手負いの獣を追い詰めたと思ったら逆に噛み殺された‥‥そんな無様な醜態だけは晒さないようにしないと、ね」
と頷いてリン。
「ああ‥‥敵はどうも、噂では自爆装置付きらしいしね」
XF‐08D雷電を駆る緑川 安則(
ga0157)が言った。今回は前衛だ。「雷電の特徴はその装備力。このハヤブサなどでは持ちきれない重い玩具も軽々ってな」と語っていたいたように、ライトニングハンマーを手に重装備で固めている。
「自爆装置?」
「あくまで噂だがね。なかなかの威力だそうだ。並みの機体なら簡単に大破するとか」
「銀のエース、か」
緑川の言葉に不破真治が言った。
「確かに、河南省の戦闘で盾持ちのエース機が自爆したのが確認されている。ここも同型やもしれんな」
「‥‥こんな場所で爆発したらただではすみませんね。敵も、味方も」
音影が眉を顰める。密閉空間での爆発の威力は脅威的なものがある。
「ふむ‥‥」
ゼシュト・ユラファス(
ga8555)が何かを思うように呟きを洩らした。が、皆までは言葉に出さない。どこか謎めいた雰囲気を持つ男だ。
「敵はあくまでも徹底抗戦の構えですか‥‥生き延びれば再戦の機会もありますでしょうに」
代わりかどうかは解らないが、ヴァシュカ(
ga7064)がそのような事を言った。愛機は勿忘草色のアンジェリカ。鈴蘭を模したマークを入れたマントを纏っている。
(「背水の陣」)
暁・N・リトヴァク(
ga6931)の脳裏をそんな言葉がかすめた。世にはそういった諺があるらしい。敵もそんな感じなのだろうか。
(「しかし命を懸けてる戦場でそんな言葉に意味を成すかな。俺も向こうも、対等の中で自分の力と技術を使うだけだ」)
青年はそう考え、故に言った。
「同じ人類でも、俺は戦うだけだ」
「同じ人類‥‥バグアに与する人間の軍隊かー‥‥」
リトヴァクの言葉に獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が呟きを洩らした。少女は思う、物理的な洗脳を受けていないのだとしたら、何が彼らを駆り立てるのか? 獄門としては知りたいところである。
「ただまぁ、自爆装置については不確定要素だ。それよりも確実な問題は戦場が狭いトンネル内部であることだ。回避能力が高い機体でも結局ガチンコでの殴りあうことになるだろうな」
と緑川が言う。
「そうだな、下手に突撃すると不味い事になりそうだ」
むぅと唸って不破真治。
「‥‥不破少尉、前回の戦いでは申し訳ありません。カバーに入って頂いた為にそちらのバイパーに乗れなくなったみたいで‥‥」
ヴァシュカ(
ga7064)が言った。
「ん? ああ、気にするな。あれが俺の役割だ」
「すいません、今回は、お気持ちも分かりますが後方から電子支援と情報支援指示お願いしますね」
「‥‥つまり、突っ込むなと」
「ひらたく言うとそうです」
それにリンが苦笑して言った。
「聞いたわよ少尉。前回はまた随分派手にやらかしたらしいわね」
「耳が早いな。まぁ、地味に壊れるよりは景気が良いだろう?」
不破真治はそんな事を言った。冗談か本気か、淡々と言うので口調からは判別がつきにくい。本気の可能性も捨てきれない。幾人かがそんな事を思っていると少尉は一つ咳払いして言った。
「――冗談だ。とりあえず、今回は大人しくしてるさ。さしもの俺も岩竜では無茶はやらない。心配は無用だ」
「頼むわね」
「任せておけ」
かくて、傭兵達は不破機を最後尾に配すると三機横隊で防御力の高い機体を前列に押し立て、通路の奥へと進んで行ったのだった。
●パランカの落日
パランカ・ラヤ、かつて異星人の勢力に奪取されて以来カリマンタン島における親バグア軍の一大軍事拠点として長きに渡り栄えてきた都市だ。ヘルメットワームの優位により奪い返す事など不可能と思われていたこの都市も『落雷』作戦による航空戦力の排除、および爆撃により大打撃によって地上には地球側人類の軍勢が溢れていた。
施設の多くは既に陥落し、現在でも落とされ続けている。だがパランカ・ラヤ軍団の司令官バグダット・イグナスは地下ドームに籠り抵抗を続けている。地球人類側の先遣隊は全滅した。そして不破真治率いる傭兵隊がやってきた。
パランカ・ラヤの地下通路、鈍色の合金で覆われている。薄暗い黄色の光に通路は照らされている。二十メートルほどの高さがありそこに光源が一定の間隔で備えられていた。
通路は緩やかに右手に曲がっていっている。傭兵達は最前列に三機、右から稲葉機XN‐01改ナイチンゲール、ゼシュト機ナイトフォーゲルF‐108ディアブロ、音影機FG‐106ディスタン。次列に緑川機XF‐08D雷電、榊機XF‐08D雷電、ヴァシュカ機PM‐J8アンジェリカと続き、三列目にリトヴァク機EF‐006ワイバーン、斑鳩機F‐108ディアブロ、最後尾が獄門機F‐104改バイパー、不破機H‐114岩龍、アスターナ機R‐01改となっている。
地上からの戦闘音も地下深くの通路にはあまり届かない。精々、遠くから爆発の音が聞こえてくる程度だ。静寂の中を十一機のKVは進んでゆく。自らと仲間の機体が立てる音だけが、通路に反射してよく響いた。
「レーダーは‥‥やはり、あまり上手く動かないみたいですね」
アンジェリカのコクピット内でヴァシュカが言った。それに無線から不破の声が響く。
「ジャミング中和装置は起動させているが‥‥それでも有効範囲は相当狭くなっているようだ。気をつけてくれ」
「了解」
一同はKVの重厚な足音を響かせながら奥へと進む。
「うーん。なんかWW2のアフリカ戦線に似てるな」
リトヴァクがそんな呟きを洩らした。
「WW2――第二次世界大戦のですか?」
斑鳩が問いかける。
「ああ、士官学校で習った戦史のそれと、状況がどこか重なる」
「歴史は繰り返す、という奴か」
と榊兵衛。
「戦略、戦術には定石もあるからねぇ。自然、似たようなパターンが発生する場合もあるのかもしれないね」
緑川がそんな事を言った。
通路の先頭をゆくのはディスタン、ディアブロ、ナイチンゲールの三機。それぞれの横幅はおよそ10.7m、14.7m、9.4mだ。全翼で測る。KVは張り出した翼の分だけスペースを取る。
最前列の味方機および壁との間はおよそ二メートルと五十センチ、KVで戦闘機動を行うスペースとしては極めて乏しい。下手な操縦ではただ進むだけでも、壁や味方機にぶつかる可能性がある。もっとも、傭兵達はAIの補助を受け、また今回のメンバーは熟練者が多いことから、戦闘時でもなければその心配はなさそうであったが。
いずれにせよ狭いので、最前列、右端を進む稲葉は他の二機より偵察も兼ねてやや先行し、スペースを確保していた。
ちなみに雷電は11.7m、ワイバーンは11.2m、バイパーは9.4m、アンジェリカは10.7m、岩龍は7.9m、R‐01は15.6mだ。
四半刻も進んだ頃だろうか、通路の途中に傭兵達は鉄の塊を発見した。その数十一、KVだ。黒コゲになったバイパー、S‐01、R‐01の残骸が転がり破片が飛び散っている。かなりの量だ。
「先遣隊のなれの果て、でしょうか」
音影が呟いた。
「恐らくな」
ゼシュト・ユラファスは答えつつ、目を鋭く細めていた。
(「‥‥妙だ」)
違和感を感じる。元特殊部隊員の嗅覚が警笛を鳴らしている。この位置は、おかしい。残骸の散らばり具合が妙だ。敵が動かした、吹き飛んだ。可能性は零ではない、しかし、飛び散った破片にまでも手間をかけるか? 前衛が押されて崩壊すれば、後衛は後退する筈。だがこの位置はむしろ中央に集められている。これではまるで――
ゼシュトが結論を出すよりも早く、焔の噴き上がる駆動音が通路内に鳴り響いた。視線を向ける。ゆるやかな右カーブを描くその陰から黒と青の影がバーニア機動でスライドし躍り出てきた。ゴーレムだ。黒が一機、青が二機、他の姿は見えない。彼等の横幅はおよそ5mほどか、KVと違い翼が無い分コンパクトで小回りが利く。左手に大楯を持ち右手に大砲、背に剣を、腰の左右に金属の筒と銃を装備している。右足をひき、左側面を傭兵隊に向け、そしてその左側面の大部分を楯で隠し、楯の陰から大砲を傭兵達へと向けている。狙っている。
真紅の輝きが膨れあがった。巨大な砲弾が焔と共に大砲から撃ち放たれ爆音をあげて飛来する。狙いは先頭、稲葉機。ナイチンゲールに砲弾の嵐が襲いかかる。稲葉機、前に出ている分、左には避けられる。ナイチンゲールはハイマニューバを発動させ素早く横に機動し、避けた。
「泥人形共を確認! パーティの始まりだ!」
稲葉は警告を声をあげながら機体を前進させ煙幕銃を撃ち放ちブーストを発動させる。稲葉機が回避した砲弾は、途中で消滅する訳ではないので、まっすぐに飛んだ。稲葉機の背後にいるのは緑川機。
「っ?!」
緑川機の手前、角度の関係で右手の壁にグレネードが激突し破片と共に爆炎が膨れ上がった。残りの二連の砲弾が焔に巻き込まれ次々に爆発を巻き起こす。熱波の嵐がコクピットの視界一杯を埋め尽くし雷電に迫った。緑川は咄嗟にシールドを掲げ防御する。熱波が届く一瞬前、雷電は間一髪で楯でそれを遮った。しかし焔は面で来る。直撃は避けたが衝撃波と破片と共に焔が吹き荒れ、猛烈な振動が雷電を揺るがした。
(「――地下通路でグレネードだとっ? 奴等正気か!」)
下手をすれば通路が崩落し敵味方ともに生き埋めだ。周囲は爆熱の色に染まっているが、背筋は冷たい。緑川は顔を歪めて舌打ちした。損傷率一割四分。
「後衛、背後を警戒しろ!」
炎が炸裂する数瞬前、砲撃と同時にゼシュトはブーストを発動させ、前方へと機体を走らせつつ注意を飛ばした。が、数メートル前に回避機動をとった稲葉機がブーストとマニューバーで飛び出してくる。稲葉機は前進しながら煙幕銃を撃っている。射撃に注意を割いている分、ゼシュト機よりも加速が悪い。ナイチンゲールが迫る。このままでは右翼がぶつかる。左に機体を捌く。ぎりぎりで避けた。稲葉機に並ぶ。道がカーブしていて隣の味方機の翼や壁に激突しないように神経を使う。通路、足元にKVの残骸が転がっている。邪魔だ。果てしなく進みづらい。
落ちついてゆくべきか。ゼシュトは冷静に判断し若干速度を落として残骸を回避しながら進み、指揮官機を狙ってリニア砲を撃ち放つ。
音影機ディスタン、前進しながら煙幕銃を放っている。煙幕弾が飛んだ。狙いは通路の途中。
大砲を放り捨てたゴーレム達は腰から銃を抜き放ち、稲葉機へと狙いをつける。ディスタンとナイチンゲールの煙幕弾が炸裂し、敵と味方の間の通路に一瞬で煙幕が広がり、ゼシュト機から放たれた砲弾が指揮官機の大楯に炸裂した。
煙幕が広がったことにより二機のゴーレムに動揺が走った。が、漆黒のゴーレムは構わずに煙の中へと銃弾を撃ち込んだ。フルオート射撃、弾丸が猛烈な勢いで撃ち出される。これだけ空間が狭ければ見えていなくても問題ないという判断か。残りの二機ゴーレムも数瞬遅れて楯の陰からガトリング砲を撃ちまくり始める。数百の弾雨が空間を薙ぎ払った。
弾丸が稲葉機、音影機、ゼシュト機、そして翼の隙間から射撃を狙っていたリトヴァク機、斑鳩機へと襲いかかった。前に当たらなければ弾丸は後ろに飛ぶ。
掃射の為、弾丸は拡散している。威力は減衰しているがその分、避けにくい。煙中の稲葉機は直撃、青ゴーレムの銃撃は弾いたが黒ゴーレムの弾丸に撃ち抜かれる。損傷率六パーセント。ゼシュト機、楯でガードした。衝撃で損傷率六パーセント。音影機、アクセルコーティングを発動させディフェンダーを掲げる。弾丸の大部分がすり抜けた。損傷率九パーセント。リトヴァク機ワイバーンへは全弾外れ。高さの問題だ。斑鳩機直撃、損傷率八パーセント。
アスターナ機、獄門機、援護射撃を狙うが、直線上にはA班が翼の隙間にはB班が位置取っている。射線はほぼ完全に消えている。リトヴァク機の背越しも、針の穴を通すようなものだ。厳しい。煙幕も展開していて見えない。敵はばらまけば穴を通す事も出来るが、こちらがそれをやると大部分が味方の背に当たる。狙えない。
爆音と共にゼシュトの言葉が無線から流れてくる。リンと獄門はレーダーへと視線を落とした。
榊機、緑川機、ヴァシュカ機は先頭三機の後方について前進する。リトヴァク機、斑鳩機はレーザー砲で隙間から射撃するが、通せる射線が固定されている為、満足に狙えない。それでも撃つが、当たっても楯で弾かれ、横に動いて射線を消され、煙幕が広がってからは味方機の位置が解らなくなった為、撃てなくなった。地形と状況が完全に敵の有利となっている。
「レーダー、後方に敵影、数三! 来るよ!」
獄門が注意を飛ばした。見ればレーダー上、近距離に光点が三つ出現している。挟撃だ。先遣隊の十一機のKVも恐らく、この戦法で叩き潰されたのだろう。
(「指揮官機のゴーレム、あの黒いのか‥‥この戦況で、よくやる!」)
リトヴァクは煙の中へと視線を投げ、胸中で呟いた。敵だが、敬意を表するに値する、青年はそう思った。
「CとBは反転して背後にあた――!」
不破真治が無線に言い切るよりも前に、猛烈な爆裂の嵐が最後尾の不破機を飲み込んだ。爆風に岩龍が吹き飛び、破砕し、通路に転がって動かなくなる。瞬間、ジャミング中和能力が消え、レーダーが完全に役に立たなくなった。
後背の通路の陰からバーニアを吹かせ三機の青ゴーレムが姿を現していた。楯を構え大砲を捨て、金属の筒を抜き放った。突っ込んでくる。
(「――後がやられた?!」)
煙の中、残骸を蹴散らしながら前進中の稲葉に動揺が走る。しかし、よく聞き取れなかったが、上官はA班には反転しろと指示していなかった筈。
「とならぁ、いくっきゃねェか!」
「前衛突撃! 突っ込め!」
稲葉が腹を決めると同時にゼシュトが叫ぶ。前衛組がここで反転してもどうなるものでもない。背中を撃たれるだけだ。ナイチンゲールとディアブロが弾丸の嵐と煙を切り裂いて前方へと駆け出る。
「て、敵が、後からっ? って、と、突撃ですか?!」
音影、普段は冷静だが予想外の事態には弱い。黒髪の少女はコクピットの中で盛大にうろたえている。が、立ち止まる訳にもいかない、後続がいる。パニックになりつつも夢中で機体を前に進ませる。ナイトフォーゲルの残骸に足をひっかけ――そうになったが、クリティカルに避けた。伊達に修羅場は潜ってないらしい。ディスタンもまた先の二機に続いて煙の中から飛び出て敵に肉薄する。
ゴーレム三機は銃を納めると金属の筒を取り出した。ナイチンゲールが右端の敵の左側面を狙って駆ける。翼の刃が煌めく。右端ゴーレムAは金属の筒を掲げると青く輝く長大な光の刃を出現させた。重厚な機体を疾風の如く踏み込ませ、稲葉機のソードウイングが届くよりも前に一閃、カウンターの一撃。稲葉機の性能と少年の腕なら避けられる攻撃だったが、場所と狙う行動が厳しい。光刃によって深々と脇胴を抉られる。しかし、剣翼も入った、ゴーレムの胴を抉り斬りながらそのまま後方へと抜ける。ゴーレムは振り向きながら蒼光剣を薙ぎ払う、ナイチンゲールの背中を光の刃が切り裂いた。稲葉機はそのまま駆け抜ける。ゴーレムは光の筒を放り捨て、銃を抜きざまに連射した。ナイチンゲールは後背から放たれる追撃の弾丸をスライドしながら回避する。速い。稲葉機、現在の損傷率五十パーセント。
ゼシュト機、中央の黒のゴーレムに肉薄するとヒートディフェンダーを振り上げ斬りかかった。旋風の如き三連斬。火花をまき散らしながら黒のゴーレムは楯でその攻撃を悉く受け止める。ゴーレムの右手から蒼い光が伸びた。
閃光二条、ほぼ同時に十時に奔る。ゼシュト機の楯が真っ二つに割られ、左腕が肩口から切断され火花をまき散らしながら吹き飛んだ。
「貴様‥‥何者だ。只の傀儡ではあるまい?」
ゼシュト機は間合いを外すとヒートディフェンダーを構えなおし、外部スピーカーで声を発した。
「‥‥戦場で会話とは!」
黒ゴーレムから野太い男の声が響いた。ゴーレムは赤い眼窩でゼシュト機を見据えて言う。
「貴様、なかなかやるようだが、隙があるな」
「私の呼びかけに応えている時点で貴様も同様だと思うがね――貴様程の男がバグアに何を願う? 何を祈る? 答えろ!」
「守るべきものがある。故に退けぬ! 言葉は不要、問答は無用! 事ここに至れば刃弾で勝敗を語るのみ!」
黒ゴーレムは金属の筒を納めると剣を抜き放つ。
「我が前に立つならば、貴様も地底の塵に消える定めと知れい! ゆくぞッ!!」
ゼシュトと指揮官が会話を交わしているその一方、音影機は左端のゴーレムへと踏み込み、肉薄していた。
「お願いします、ディスタン!」
少女の言葉に応えるように白銀の巨人はSES機関の上昇する駆動音と共にヒートディフェンダーを振り上げ、ゴーレムの肩口へと向けて打ち込みをかける。ゴーレムは楯で受け流す。音影機はそのままゴーレムの脇を通りぬけようと進む。青の鉄巨人の手から蒼光の刃が伸びた。右から左へと回転しながら薙ぎ払う。ディスタンの後背から光の刃が入り、左の脇腹を深々と切り裂いて通り抜けた。ディスタンが進む。ゴーレムは向き直って、踏み込みその背を縦に一閃、後頭部から真下まで降り抜いた。装甲が砕け、飛び散る。損傷率七割二分。ゴーレムがトドメの一撃を狙うべく金属の筒を放り捨て長剣を抜刀し踏み込む。が、その剣が振り下ろされるよりも前に、猛烈な閃光がゴーレムの後背より襲いかかった。
「弾幕はパワーですよっ。パワーっ!」
ヴァシュカは愛機のブーストスタビライザーとSESエンハンサーを発動させると、レーザー砲を猛射し、スパークワイヤーを撃ち放った。強烈な破壊力を秘めた十二連の光がゴーレムの装甲を次々に吹き飛ばし、ワイヤーがゴーレムの身に絡みつく。
「篭城戦にはまず外堀からってね。残念ですが堕とさせて頂きます」
ワイヤーを引き絞りながら呟く。猛烈な電流がゴーレムへと流され激しくスパークをまき散らした。が、バグア軍、伊達に世界の半分はもぎ取っていない。まだ動く。からみついたワイヤーもろとも切断するよう、ゴーレムは振り向きざまにステップし長剣を薙ぎ払う。アンジェリカは手に持つ長剣で受け流した。
稲葉機へと斬りつけたゴーレムの後背へも緑川機が迫っていた。超電導アクチュエータを発動させるとライトニングハンマーを振りかぶり投擲する。電撃をまき散らす鉄塊がゴーレムの後頭部に激突し、破片をまき散らした。緑川機は鎖を素早く引き戻すと再度鉄球を振りかぶる。ゴーレムが振り返る。投擲、ゴーレムが楯を掲げた。楯の表面に鉄塊が激突し弾かれる。
榊機、黒ゴーレムはゼシュトと会話している。武士としてはここに文字通りの横槍を入れるのは無粋か? 逡巡する。右のスペースが空いている。緑川機のハンマーが弾かれた瞬間に飛び込み、超電導アクチュエータを発動させて、ゴーレムAへと爆槍ロンゴミニアトを突き込む。敵が楯を掲げる。ハンマーの衝撃が残ってる。遅れる。穂先が脇を縫った。ゴーレムの胴に突き刺さる。
「槍使いの俺にこの強き槍を持たせたのが己らが不運と心得るのだな!」
槍を押し込みトリガーを引く、爆裂三連。ゴーレムの体内で爆炎が膨れ上がり、その上半身を消し飛ばす。ゴーレムの残骸もまた音を立てて吹っ飛んだ。
後衛、リン=アスターナは愛機の方向を転換させると青ゴーレムの一機へと狙いを定め、手持ちの火器をフルバーストした。
「ガトリング2門にバルカン1門‥‥弾幕のフルコースよ!」
猛烈な弾丸の嵐が青ゴーレムCへと襲いかかる。しかし、ゴーレムは楯で弾丸を弾きながら突っ込んでくる、止まらない。
獄門機はゴーレムCへと狙いを定めるとP12ポッドミサイルを九十発撃ち放った。ゴーレムの楯はアスターナ機の弾丸によって固定されている。空間を埋め尽くす程のミサイルがゴーレムへと襲いかかり爆裂の嵐を巻き起こす。炎の嵐はゴーレムの楯を越え、その全身を飲み込んだ。獄門機はさらに炎の壁の中へと向けてヘビーガトリング砲を構えフルオートで弾丸を猛射した。
瞬後、青のゴーレムが楯を構え、バーニアを吹かせ、焔を切り裂いて飛びだして来る。破壊の後は見られるがまだ健在だ。後衛に迫る。四足の鋼鉄獣が獄門機とリン機の脇をすり抜けてゴーレムの眼前へと躍り出た。リトヴァク機だ。ハイディフェンダーによる一撃を狙う。迎え撃つゴーレムは蒼い光の刃を出現させた。高速で突進し、ワイバーンに向けて長大なレーザーブレードを槍の如く突き出す。鋼鉄獣と鉄巨人が交錯する。蒼い刃がワイバーンの肩を深々と抉り取った。ワイバーンはそのまま懐に飛び込むと口にくわえた剣でゴーレムの胴を掠め斬った。火花が散りゴーレムの胴が抉られる。ゴーレムがレーザーブレードを振り下ろす。ワイバーンの頭部を狙った一撃。首をふって避ける。肩に当たった。半ばまで切断されて電流が迸る。損傷率九割四分。ワイバーンはマイクロブーストを発動させ、再度ハイディフェンダーで駆け抜け斬る。楯の隙間を縫い斬った。
その間に中央に展開する斑鳩機は、リトヴァク機の攻撃を防いでいる隙を狙い、ガトリング砲で味方機の間からゴーレムCへと猛撃を仕掛ける。横殴りの弾丸の嵐がゴーレムCを撃ちつけ、その身を穿った。リトヴァク機はその隙に味方機の中央へと駆け戻る。
ゴーレムDは獄門機へと肉薄するとレーザーブレードで二連撃を仕掛けた。
「くっ‥‥!」
バイパー、身を逸らす。避けきれない。光の刃がクロスし、バイパーを切り裂いた。装甲が弾け飛ぶ。損傷率九割九分。レッドランプが一斉に点滅し、けたたましいアラートがコクピットに鳴り響く。
ゴーレムE、アスターナ機へと向かう。光の刃、二連撃。R‐01の装甲が砕け散った。損傷率九割一分。コクピットが赤い光に染まる。
「そう、簡単には‥‥!」
アスターナ機、アグレッシヴ・ファングを発動させると眼前のゴーレムEへとハイディフェンダーで斬りかかる。音速の烈閃。ゴーレムは素早く楯をかざし、長剣を逸らす。火花が散った。ゴーレムは背から長剣を抜刀すると唐竹割りに斬りつける。刃が頭部から入って胴の半ばまで喰い込む。爆裂が巻き起こった。剣が引き抜かれ。R‐01が倒れる。大破。
ゴーレムF、金属の筒を放り捨てると、長剣を抜刀し獄門機へと斬りかかる。左肩から入って右脇へと刃が抜けた。バイパーが切断面より茨の如き電流をまき散らし、爆発の嵐を巻き起こして崩れ落ち、動かなくなった。
「これは、劣勢ですねぇ‥‥」
斑鳩は参った、とでも言うように呟きつつガトリング砲をリロードする。
「しかし、負ける訳にはいきません。スマトラ、ジャワに食い込むここカリマンタンは、僕たちの手に返して頂きますよ」
アグレッシブ・フォースを発動させ、猛烈な射撃をゴーレムCへと向けて撃ち放つ。ゴーレムCは楯を掲げ防御する。リトヴァク機はマイクロブーストを発動させると平行移動し、斜めを取る形でゴーレムCへと射撃を加えた。ガトリング砲が装甲を身を撃ち抜き、ゴーレムCは煙を噴き上げて倒れる。
「言葉は不要か――ならば、ぶつけるがいい! その怒りを! 悲しみを!」
ゼシュトは突撃してくる黒ゴーレムに対し右手一本で爆熱剣を構え、迎え撃つ。アグレッシヴ・フォースを発動させ極限まで刃にエネルギーを集中させる。
「暗黒の地を知らぬ、貴様ら等に、やらせはせぬわぁッ!!」
男は吼え、ゴーレムの動きが加速する。黒のディアブロと黒のゴーレムが迫り、互いに剣を振り下ろす。閃刃交差。ヒートディフェンダーがゴーレムの左肩に食い込み爆裂を巻き起こし、長剣がディアブロの胴体を袈裟斬りに断ち切った。
「‥‥これが、死兵の力か」
真っ赤に染まったコクピットの中ゼシュト・ユラファスは呟きを洩らした。ディアブロの胴が激しく漏電を巻き起こし、切断面より上下にずれ、爆発を巻き起こした。漆黒のディアブロが大地に倒れる。大破。
「むぅ‥‥!」
榊兵衛は唸り声をあげる。機槍をリロードし、ヘビーガトリングを構えると指揮官機のゴーレムへと狙いを定めて弾丸を撃ち放った。黒ゴーレムは素早く楯を構えなおし弾丸を弾く。
音影機は素早く機体をゴーレムBへと向き直らせるとヒートディフェンダーをその左腕へと横薙ぎに叩きこんだ。爆裂が巻き起こりゴーレムの腕がひしゃげる。ゴーレムが振り向く。音影機が再度、ディフェンダーを振り上げる。ゴーレムは楯を掲げようとするが、曲った腕では上手く持ち上げる事が出来ない。ディスタンは連撃を叩き込むとゴーレムを爆砕した。
稲葉機は金属の筒を引き抜くと黒ゴーレムの後背より迫り、蒼く眩く輝く光の刃を出現させる。試作剣雪村だ。敵の脳天めがけて叩き斬る。黒ゴーレムは榊機のガトリングで動きを止められている。一閃、入った。強烈な一撃。黒ゴーレムの身がよろめく。肉薄しソードウイングで掠め斬らんとする。ゴーレムが横に飛び退いた。外れ。榊機は即座に追ったが、多少流れ弾に巻き込まれた。
黒ゴーレムは乱数機動を行って駆けまわる。緑川機は黒ゴーレムの軌道を予測すると超電導アクチュエータを発動させ、側面を狙ってライトングハンマーを投擲した。ゴーレムの身に鉄球が直撃し、その身がよろめき壁に激突する。
足が止まった瞬間を狙い、ヴァシュカ機もまた側面へと回りレーザー砲を猛射する。閃光の嵐が黒ゴーレムを撃ち抜いた。
稲葉機、飛び道具が無い。ソードウイングで弾幕の中に突っ込むのは厳しい。待機して機会を測る。
榊機は黒ゴーレムへと接近すると機体能力を発動させ機槍を掲げロンゴミニアトを繰り出した。楯と穂先が激突し、爆炎が巻き起こる。黒ゴーレムが長剣で榊機へと斬りかかる。雷電の装甲をゴーレムの剣が叩き斬った。横合いから閃光が飛び、鉄球がゴーレムの身を直撃する。よろめいた。武士は機槍を繰り出す。ゴーレムが楯を掲げる。穂先の方が速い。刃がゴーレムの腹に食い込んだ。
「ぬぅううううんっ!!」
榊兵衛は裂帛の気合と共に機槍から爆炎を噴出させる。ゴーレムの装甲が吹き飛んだ。ナイチンゲールが迫る。肉薄すると上方へ飛び上がるようにして翼で叩き斬った。
「オオオオオオオオオッ!!」
ゴーレム、まだ動く。眼前の雷電へと向けて高速四連斬。重厚な雷電の装甲が瞬く間に削られてゆく。榊機損傷率五割三分。音影機がヒートディフェンダーを掲げて斬りかかる。ゴーレムの肩に食い込み爆炎が巻き起こった。
後方、リトヴァク機、ゴーレムDの側面を取るように駆けながら猛射する。ゴーレムが楯を構え突っ込む。弾丸は楯の合間を上手く縫って突き刺さる。しかし、ゴーレムは止まらない。ワイバーンに剣を振り上げ、振り下ろす。二連斬。ワイバーンが吹き飛び、爆発を巻き起こしながら動かなくなった。
斑鳩機はアグレッシブ・フォースを発動させるとゴーレムDの側面から突きかかった。レッグドリルだ。ゴーレムが身をよじる。切っ先、入った。螺旋の回転がゴーレムの横腹を抉りながら入り、装甲をぶち抜いて貫通する。ゴーレムDは炎を吹き上げて大破した。ゴーレムEがディアブロに斬りかかる。二連の剣閃が斑鳩機を斬り裂いた。損傷率二割六分。
黒ゴーレム。稲葉機がソードウイングで体当たりをするようにして猛攻をかけ、榊機がロンゴミニアトを突き刺し、緑川機がツインドリで抉り、音影機がヒートディフェンダーをたたき込み、ヴァシュカ機がワイヤーで絡めて電流を流して攻撃を仕掛ける。死兵は最期まで長剣を嵐の如く振り回して抵抗した。榊機がその刃の前に倒れたが、生き残りの傭兵達の猛攻を受け、ついに沈んだ。
ゴーレムEに対しては斑鳩機が持ちこたえている間に指揮官機を破った四機が舞い戻り、これもまた総攻撃を加えて葬り去ったのだった。
かくて、戦闘終了後、緑川機が敵が残した楯を回収した所、突然爆発し、あわや大破しかける等というハプニングもあったが、傭兵隊及びUPCは施設の制圧に成功したのだった。
了